『“未来”への反逆者たち ―序―』


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夜が静かに更けようとしていた。
雲の間から微かに漏れる青白い月の光の中、無機質な建造物が佇立している。

その陰に没するかのようにして立つ3つの影―高橋愛、新垣里沙、田中れいな―はそれぞれの思いを胸にそれを見上げていた。

「ガキさんを助けに来たとき以来っちゃね」

そのれいなの小さな呟きは、愛の脳裏に再びあのときのことを甦らせる。

 “組織”を離反し、愛たちとともに歩むことを決意した里沙。
 だが、その直後に里沙は再び愛たちの前から唐突に姿を消した。

 突然の事実を前にしたそのとき、愛はどうしていいか分からなかった。
 やはり自分では頼るに足りないと里沙に見限られたのだろうか。
 それとも、それとも、それとも―――

 「行こう。新垣さんを助けに」

 答えの出ない愛の煩悶に決着をつけたのは、久住小春のその一言だった。
 分かりきった答えを当たり前のように口にしたかのような、そのシンプルな言葉だった。
 そして――決然たる光を湛えた瞳で小春が見渡した先にある、同じ光を宿したいくつもの瞳だった。

「いやいや、その節は本当にお世話になりまして」

そう言っておどけたように2人に向かって頭を下げる里沙を笑顔で見遣りながら、愛は改めて感謝していた。
里沙に、れいなに、小春に……かけがえのない仲間たちに出逢えたことに。

もう、全員が揃って同じ空の下で笑い合うことはきっとないだろう。
だけど……ほんの短い間だったけれど、みんなと繋がり合った時間は決して無駄なんかじゃなかった。
自分にとっても、みんなにとっても。
そう信じたい。


「あの後、どうやらここの施設は廃棄されたと同然になったみたいだね」

真面目な表情に戻った里沙のその言葉に、愛は視線と意識を建物へと戻した。

何らかの重要な役割を担っていたらしいこの施設は、部外者の内部への侵入を許したことでそれを剥奪されたのだろう。
おそらくはここで行われていた“何か”は、丸ごと他のどこかへ移されたはずだ。
要するに、今目の前にある建物はもはやその脱け殻にすぎないと言えた。

しかし―――

「もし愛佳がおらんやったら、きっと誰も気付かんかったっちゃろな……」

れいなのその半ば独り言のような呟きに、視線を建物に向けたまま愛は小さく頷きを返す。

 予知能力者である光井愛佳が告げた、凄惨極まる“未来”――
 言葉で聞いただけで恐怖と絶望が全身を満たすかのようなその“未来”を、実際にその目で“視”た愛佳の衝撃は一体どれほどのものだっただろう。
 だが、愛佳はその“未来”に真正面から立ち向かった。

 「高橋さん、“未来”を変えましょう。わたしたちの手で…明日の青空を守りましょう」

 だが、力強い決意と揺るぎない仲間への信頼が浮かんだその瞳をまっすぐに見つめ返したそのとき――愛は、愛佳が敢えて隠した“未来”をも“見”てしまった。
 そして――愛は決めた。
 愛佳の“視”た“2つの未来”を変えるため、仲間に別れを告げることを。

いまや、誰からも顧みられることはないだろうこの施設。
だが、この忘れられた建物こそがやがて“未来”の空を覆うことになる。
愛佳曰く「ノアの大洪水」を引き起こす“雨”をもたらす闇色の雨雲となって―――

“組織”にとって不必要となったこの施設設備の一部を、今現在自身の研究のために使っている一人の女性。
その小川麻琴という女性研究者こそが、人類にとって災厄の“雨”を降らす張本人となる――と、愛佳は言っていた。


なんとしてもその“未来”は変えなければならない。
明日の青空を守らなくてはならない。
自分たちの手で。
――この身に代えても。

災厄の根源を目の前にしてその思いを新たにした愛は、同時に微かな胸の痛みを覚えた。

愛佳もまったく同じことを言っていた。
そして、思っていた。
…いや、愛佳だけではない。
他の皆もきっと同じ思いだったはずだ。
それなのに、自分はそんな仲間たちを置いてきた。
皆の気持ちを裏切って、自分本位の選択をした。

 ――これでよかったのだ
 ――これでよかったのだろうか

今さら考えるべき事柄ではないと分かってはいても、心の奥底の迷いは消えない。
「覚悟」を決めてこの場に臨んだはずだったのにと、自分が情けなかった。

「……行こうか」

その迷いを振り切るように、愛は短く言った。
静かに頷く気配が2つ、その声に応えるように返ってくる。

そう、今はもう迷っているときではない。
自分がやるべきことをやらなければ。


いつの間にか雲が切れ、煌々とした月明かりが照らす中、静かに揺れる3つの「決意」は“未来”への一歩を踏み出した。