『“未来”への反逆者たち ―幕―』


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―――自分を呼ぶ声が聞こえた気がして、光井愛佳はゆっくりと目を開けた。

まだ完全に覚醒しきらない愛佳の意識に飛び込んできたのは、何度見ても同じ感想 ――綺麗やなぁ…―― を抱く久住小春の端整な笑顔。
そして、そのちょうど背後にある窓を端から端まで覆い尽くす、真っ蒼に晴れ渡った空だった。

「めずらしいね、居眠りなんて。あ、もしかして……夢…“視”てた?」

ふと気付いたように、途中で真顔になってそう問いかける小春に向かい、愛佳は体を起こしながら小さく頷いた。

「“未来”の…?」

愛佳が笑顔を交えずに頷いたのを受けて、小春の声がやや緊張をはらむ。

無理もない。
自分はかつて既に一度、とんでもない“未来”のビジョンを告げたことがあるのだから。

「まあ……ある意味では」

曖昧な頷きを返すと、小春は硬い表情を浮かべたままで僅かに首を傾げた。
その様子に思わず口元を緩めると、小春は怒ったような声と表情で詰め寄ってくる。

「詳しく話してくれるんだよね?」

その勢いに押されて少し仰け反るようにしながら、愛佳は慌てて頷きを返す。

「話す、話すから。でもその前に……」
「その前に何?」
「…コーヒー、早くテーブルに置かへん?小春。お盆がジュンジュンみたいなことになってるで」

その言葉で、ようやく自分が手にしたトレイの上で湯気を立ち昇らせるカップの存在を思い出したらしい小春は、「あ…」と間の抜けた声を出す。
オフホワイトのトレイには、既にカップからこぼれ出た黒褐色の液体によって、その声同様にどこか間の抜けたまだら模様が描かれていた―――


      ◆      ◆      ◆


「そっか…。あのとき…あの後の“未来”も……“視”てたんだね、愛佳」
「そうみたい。…としか言えへんけど」

小さく頷くと、愛佳は手にしたコーヒーカップを口に運んだ。
長い話を終えて乾いた喉を、すっかり冷めきった苦い液体が潤す。
向かいに座った小春も、思い出したようにカップに顔を近づけた。


あの後―――
愛たちはやはり愛佳たちのところに帰っては来なかった。

だから、あれからどんなことがあったのか……正確には分からなかった。
ただ、愛たちが命を懸けて未来を守ってくれたということが分かっただけで。

昨晩、あの夢を“視”るまでは―――


「でも、昨日の夜に“視”たんだよね?なんですぐに話してくれないのさ」

やや不機嫌な調子の小春の言葉に、愛佳は「ごめん」と頭を下げる。

「そやけど、私かって混乱してたんやもん。ほんまにあったことなんかただの夢なんか自信もなかったし…」

だが、ついさっきのまどろみの中、愛佳はようやく確信した。
これは紛れもなく「かつての“未来”」であり、「現在に繋がる過去」であると……

愛の手で気絶させられ、置いていかれたあの日。
目を覚ましたときには、もう愛たちの姿はなかった。
そして……もうあのときには、すべてが終わっていたのだろう。

でも、愛佳はその眠りの中で、きっと“未来”を“視”ていたのだ。
愛たちが向かった先で、何が起こるのかを。
愛が、れいなが、里沙が、リンリンが……どうなったのかを。

どうしてあのとき起きてすぐに自分の“視”た“未来”を思い出せなかったのか、そして今頃になってそれを思い出し、夢に見たのかは分からない。
ただでさえ気持ちを整理できていなかった当時の自分に、無意識の自己防衛が働いていたのかもしれない。
それとも、もしかすると里沙が念のために暗示を掛けていったのかもしれない―――

「……なんてこと言いながらさ、実は小春も愛佳に黙ってたことがあるんだけど」
「………?」

愛佳の意識が現在に引き戻される。
そこにあったのは、少しばつの悪そうな表情を浮かべた小春の端整な顔だった。

「実は、昨日…連絡があった。話がしたいって」
「…連絡?話?誰から?」
「うん、その……なんて言ったらいいだろ」

訝しげに首を傾げる愛佳に対してさらに気まずそうな表情を作りながら、小春は珍しく口ごもる。

「昔、新垣さんがいた組織の人で……愛佳の“夢”にも出てきた……保田って人」
「………ええっ?」
「だから、会う約束した。その……今日」
「はぁっ!?――そっちこそなんでそんな大事なこと黙ってるん!まさか一人で会いに行く気やったん!?」
「ご、ごめん……だって…向こうの意図が分からなかったし…」
「そやからこそなおさら言わなあかんのとちゃうの!?」
「そ、そうだね。ごめん。ごめんなさい」

怯えた表情の小春もまた綺麗だとつい思いながら、愛佳は、あのときの“未来”を今頃になって夢に見た理由が分かった気がした。

きっと、また未来が大きく動こうとしているのだ。
自分たちが生き、これから歩いてゆく未来が。

自分の座る席――喫茶「リゾナント」のテーブル席――から、愛佳は再び窓の外を見やった。
そこには、愛たちが届けてくれた青空が、どこまでも続くかのように広がっている。

「蒼き正義に共鳴せよ―――」
「………は?」

唐突に過ぎるその愛佳の言葉に、小春がやや困惑した顔を向けてくる。

「小春、この青空……ずっと守っていこな。一緒に」

困惑顔の小春にそう言いながら笑顔を返し、愛佳は椅子から立ち上がる。
そして、明るい光の射し込む窓際へと歩み寄り、その外に広がる青空を見上げた。
“未来”の中で語られていた一つの“正義”によって、失われるところであった青空を。

愛が“正義”なんて言葉を口にしたことは一度もなかった。
かといって、「どんな言葉で飾ったところで“正義”なんて言葉は自己正当化に過ぎない」……なんて分かったようなことを考えていたわけでもないだろう。

愛が日頃口にしていたことといえば、例えば今日のような晴天の日に「こんな青空がいつまでも続くような未来やとええね」といったようなことだけだった。
何の気負いもなく、でも……おそらくは確固たる揺ぎない思いをその心の奥底に抱きながら。

だが、愛佳は思う。
それもまた、紛れもなく一つの“正義”の形なのだと。
たとえ本人の意識がどうあろうと、人は自分の中になんらかの“正義”を抱いているのだと。

それらがぶつかり合うから、争いが…そして哀しみが生まれる。
繋がり合い、共鳴し合えば生まれなかったかもしれない……哀しみの連鎖が―――

「蒼き正義に共鳴せよ―――か。正義って言葉、胡散臭いと思ってたけど…不思議と心に沁みるね、それ」

席を立ち、愛佳の隣に並んで空を見上げながら、小春が呟くように言う。
その ――悔しいくらいに綺麗やわ…―― な横顔を視界の片隅に収めながら、愛佳は改めて自分の決心を噛み締めた。

愛が、みんなが、自分たちに託した未来。
その空の蒼さを守ってみせる。
未来の中を生きる自分たちの手で。

それが自分の思う“正義”である………と―――


「遅刻!遅刻シタ!スマン!」

そのとき――賑やかなベルの音と共に、賑やかな声が店内に飛び込んできた。

「あーあ、めっちゃ大事な話しとったのに」
「そうなのか?何の話ダ?」
「蒼き正義に共鳴せよ……って話だよ」
「……意味が分からナイ。最初からちゃんと話してくれ」
「だからそやったら最初からちゃんとおれっちゅうねん」
「ほんとだよ。マジで超大事な話だったんだから」

相変わらずマイペースな年長者にため息混じりの言葉を返し、愛佳と小春は窓際を離れた。

体を反転させた愛佳の服の裾が、ふわりと持ち上がる。
一瞬…その隙間から2つのお守りが覗いた。

蒼く染められた窓から射し込んだ光が、その光景を温かく照らしていた―――――

                                                        fin.