『R-Infinity(1) もしも出会いが奇跡なら』


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承前

初めに闇があった。
闇は「光あれ」と言った。そして光が生まれた。
光は闇と分かたれ、光は闇から隠された。

予言者は言った。
一つの光、九つの光。一つの心、九つの心。
光と心はいつか、闇へ帰るだろう。



第1話 もしも出会いが奇跡なら


左腕が熱い。
痛みが熱を帯びて、まるでそこにだけ別のいのちが息づいているかのように、左腕がうずく。
シャワーの熱が汗を洗い流していく中で、里沙は左腕を見つめ、微笑を浮かべた。

(強くなった……本当に、あの子……)

里沙の左腕に熱を刻み込んだのは久住小春の蹴りだ。鞭のようにしなる良い蹴りだった。
横浜での戦いを経て、小春は人が変わった様に訓練に熱が入り、戦士としての階段を一気に駆け上がっている。
格闘戦に限れば、小春が高橋愛や田中れいなにも引けを取らない実力を身につける日もそう遠くないのではないだろうか。

(もし、その日が来たら……)

里沙は思った。
その日が来たら私達は――リゾナンターは――もっと強くなる。
もっと強くなれば、リゾナンターは勝てる。

――ダークネスに勝てる。
勝ち目がある。そう思うたび、里沙の心はあざやかな驚きで震えた。
里沙がリゾナンターに身を投じた時点では、ダークネスとの戦力差は懸絶していた。
その気になれば卵を握りつぶすほどの容易さで、ダークネスはリゾナンターを粉砕できたのだ。
結果としてそうならなかったのは、ダークネスがそれを欲しなかったからにすぎない。

高橋愛の中に眠る『光』と呼ばれる生物兵器i914の力を手に入れるため、ダークネスは里沙を派遣し、悠長とも思えるやり方をとった。
だから私達は今日まで生き延びられたのだと、里沙も愛もそう考えている。

(でも……どうして?)

確かに『光』と呼ばれる力は強い。
完全に『光』の力を御しきる事が出来るなら、ダークネス二つの頂点安倍なつみの『ホワイトスノー』と後藤真希の『念動力』にすら肩を並べるだろう。
しかしいくらこの力が強いとしても、ダークネスという組織にとってそれがリスクを負う程のうまみ、手に入れる必要性がある話かどうかは別問題だ。
安倍、後藤という二人の最強の能力者にそれを加えてまで挑まねばならない敵など、ダークネスに存在するのか。

現在、リゾナンターがダークネスにとっての脅威になりつつあるが、それは高橋愛の『光』と『完成されたサイコ・ダイバー』新垣里沙ありきの話で、
第一『光』の件がなければ里沙だって組織を離反しなかったのだから本末転倒である。
では、何故組織はここまで執拗に『光』を手に入れようとしたのだろうか?

この疑問がどうにも里沙の心に引っかかっていた。

加えて、組織の重鎮であった予知能力者飯田圭織の精神に封じ込められた『闇』が一体何を意味するのか。
里沙には己が巨大な運命の輪の中で漂っているような感覚があった。そして、ふと安倍なつみの闇色の瞳が脳裏をよぎった。

「安倍さん……」

里沙がこぼした呟きは、シャワーの水音に飲み込まれながら、闇の中へ流れ落ちていった。



そこにだけ柔らかな春の日差しが差し込んでいるような部屋だった。
取り立てて何か変わった所があるわけではない。
この部屋の主の作りだす空気が、訪れた者にそういった印象を与えるのだろう。

「なっち」

黒のドレスに身を包んだ妖艶な女が、ソファーに腰掛けている部屋の主――安倍なつみに背後から声をかけた。
なつみはドレスの来客――後藤真希に振り向き、ソファーの隣の席を促した。
後藤は振り向いたなつみの顔を見た時、少し意外そうな表情を浮かべた。

「ずいぶん機嫌が良さそうね」
「そう見える?」
「なっちが笑ってるの、久しぶりに見たわ」

傍目には平素と変わりないようだが、見る者が見れば、なつみの頬にほんのかすかな微笑が浮かんでいるのが分かるのだろう。
後藤には、その微笑の見当がついていた。

ダークネスという組織は今、異常事態に見舞われている。
リゾナンター高橋愛と新垣里沙討伐のため送り込んだ粛清人AとRが敗北し、
その復讐戦のため粛清人を継いだ吉澤ひとみも、新兵器「戦獣」を全て失った上に敗走した。
ダークネス恐怖の象徴と喧伝される粛清人が、三枚とも落ちるなどあっていい事ではない。

特に吉澤のケースは深刻であった。
吉澤は先の二人のように激戦の末の決着ではなく、サイコ・ダイバーとして新たな地平に立った新垣里沙に一蹴されたのである。
粛清人を一蹴できる存在などこの地上に安倍なつみと後藤真希しかいない筈だったのだ。
と言う事はつまり新垣里沙は――なつみが上機嫌な理由はこの辺りにあると後藤は踏んでいる。

「粛清人を二人も倒したって事はさ、新垣の戦力はもう、私達の所まで来てると考えていいかもしれない」
「強くなった……本当に、あの子……」
「何がどうなってあんなに強くなったのか知んないけど、まさかあの新垣がねえ……」
「今日はよく喋るわね」
「そう?」
「私ね、ずっと考えてたの。あの子を送り出してからずっと」
「何を?」
「もし、その日が来たら……って」
「その日って、どの日?」
「目覚める日」

高橋愛が『光』の力に目覚め、そしてその力を完全に我がものとして受け入れられる日をずっと待っていたのだと、なつみは続けた。
その力が組織を貫く牙となろうとも、絶対にそれが必要なのだから。

「でも……どうして?」
「ねえ、春と、夏と、秋と冬だったら、後藤はどれが一番好き?」
「え?」
「私はね、全部好き。晴れの日も、雨の日も、曇りの日も、雪の日も、みんな好き」

そしてなつみは後藤の目を見つめ、「手を貸してほしい」と言った。世界を守るために。



「明日出かけるから、今晩泊めて」

と、風呂上りにいきなり言われた。目の前に愛が立っている
里沙はタオルを頭にかけたまま、目をぱちくりとさせ、そしてため息をついた。

「なんやお風呂入っとったんか」
「びっくりするからワープして部屋に入ってこないでって前から言ってるでしょ。玄関から来て」

まったくもう、といった様子で里沙はキッチンまで行き、冷蔵庫を開けた。

「何か飲む?愛ちゃん」
「お酒、ある?」
「梅酒ならあるけど……何で割る?」
「ガキさんと同じのでええよ」
「じゃあロックになるけど」
「ちょっと薄めてもらった方がええかのう。二日酔いで跳ぶと行き先間違えるかもしれんし」
「そんなに量飲まなきゃいいじゃない」
「この前なんて新宿に行こうとして新橋行ってしもうたからなあ」

愛は何かちょっと面白い事言ってやった的な顔をして里沙を見つめている。
まともに相手すると厄介そうなので、里沙はその視線をかわしながら手早く準備を済ませ、愛にグラスを渡した。

「薄めにしといたから」
「あっ、ガキさん、そんな事より髪の毛早よ乾かしなよ。風邪ひくで」
「あんたねえ」

里沙がドライヤーを当ててる様子を肴に、愛は梅酒のソーダ割りをちびちびやっている。
ゆったりとした時間が二人の間に流れた。

「ガキさんが作ってくれたの、ちょうどええなあ。おいしいよ」
「あんまり飲み過ぎちゃ駄目よ。明日は遠くまで跳ぶんでしょ?」
「え?」
「明日でちょうど、十年だもんね」
「……憶えてて、くれてたんか」
「愛ちゃんの事だもん」

そう言って里沙は、独特のちょっと困った様な笑みを浮かべた。
どうしようもないいとおしさが胸の中に広がっていくのを感じながら、愛は十年前のあの日に思いをはせた。
あの日のかなしみから、十年。私は、失ったものに代わりうる何かを得ただろうか?

「ガキさんがおる」
「え?」
「あたしにはガキさんと、みんながおる。あたしの十年は幸せやった」

そう言って愛は、少し照れたようにしてグラスに口をつけた。
隣に座る里沙も同じように口をつけ、「おいしいね」と呟いた。



「どういう事だそれは」

怒りに震える声で吉澤ひとみはそう言って、小川麻琴に詰め寄った。
小川は吉澤が――というよりも人間が――これ程までの怒気を発するのを初めて目の当たりにしていた。
教える時期を早まったかもしれない――小川の胸中に不安が湧きあがってくる。

「一応、お耳に入れといた方がいいかと思いまして」

小川がそういった瞬間、ガン!という衝撃音が部屋に響いた。
吉澤が壁を殴ったのだ。黒煙を吹きだしそうな程の怒りが、吉澤の全身を震わせている。

「それが……戦って死んでいった者に対するやり方か……」
「上の判断ですから、私には何とも――」
「冒涜だ!」

吐き捨てるようにそう叫び、部屋を出ていこうとする吉澤を小川は慌てて呼びとめた。

「吉澤さん!どちらへ?」
「決まってんだろ、潰しに行くんだよ。その計画ってやつを」
「上の判断だと、申し上げた筈ですが」

小川のその言葉が、吉澤の表情にこわばりを生んだ。
吉澤ひとみは、横浜での戦いで新垣里沙達リゾナンターに敗北したためその発言力が弱まっているとはいえ、
粛清人と諜報機関の長を兼ねる組織の幹部であり、その権限は相当に重い。
吉澤の権限が及ばない程の上層部に属する人間などかなり限られてくるだろう。
少なくとも、小川麻琴の属している生物化学研究所が単独で進めている計画ではないという事になる。

「……まさか、あの人が絡んでるのか?」
「その辺りはご想像に」
「気にいらねえな」

そう言って吉澤は、壁に視線を送りしばらく黙りこんだ。
小川はその様子を注意深く見つめた後、頃合いを見計らい「くれぐれも無茶だけは」と言い残し部屋を去ろうとした。
その時、

「おい、お前のボスに伝えとけ。手を貸してやるってな」

背後から吉澤の決然とした声が響いた。
振り向いた小川の心中を貫くように、吉澤の冷たく、鋭い視線が放たれている。
その凄味は、彼女がダークネス諜報機関の長である事を改めて小川に思い知らせるに十分であった。



「なあ……ガキさんは、どう思う?」
「どうって、小川さんの事?」
「信用してもええんかなあ」

そう、二杯目のソーダ割りを作っている里沙に、愛は問いかけた。
一瞬、里沙はその手を止め、またすぐに作業を始める。

「信用すべきかどうかは分からないけど、少なくとも愛ちゃんから本心を隠し通せる人間なんていないよ」
「じゃああの話、受けた方がええかな」
「愛ちゃん」

里沙は愛に向き直り、言った。

「小川さんが信用できる人でもね、あの人が所属している組織まで信用してもいいって事にはならないと思うの」
「そうかのう……」

意外な事に、どうやら里沙はこの計画にあまり乗り気でないようだ。
現実家としての新垣里沙ならば、利用できるものはとことん利用すべきだと考える筈だ。
普段はとことんお人よしのくせに、時折冷たい刃のような鋭さを垣間見せるのが新垣里沙ではなかったか。

「彼らにとっては私達もダークネスも似たような物だもの」
「でも、いつかきっと分かってもらえる時は来るよ。それにあの人らの助けがあれば」
「ねえ愛ちゃん、私達強くなったよね」

横浜での戦いで、里沙と愛は超共鳴によって以前とは比べ物にならない程の力を得た。
超共鳴。心の一番奥深くで心の一番濃い部分が響き合って起こった共鳴。
二人がその力を得たのは様々な要因が関係し、そのうちのどれか一つ欠けてもそれは起こりえなかっただろう。

「あの共鳴はまるで、奇跡」

まさに奇跡であった。
奇跡は、他人の精神に潜るサイコ・ダイバーである里沙と、i914としての自分を心の奥底に封じ込めた愛の二人だったからこそ、
里沙と愛の間に決して切れない絆があったればこそ起こったのだ。
もしも二人が出会わなければ、愛は、『光』は、どうなっていただろうか。

「見て、愛ちゃん」

里沙は愛に梅酒を手渡し、左の袖をまくった。
里沙の細い腕が赤く腫れあがっている。

215 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/12/04(土) 00:27:51.26 0
「どうしたんや?それ」
「トレーニングでね、小春に」
「さゆに治してもらいなよ、痛いやろ」
「小春ね、強くなったんだよ。多分次やったらガードできないね」

里沙は愛の目を見つめて、言った。

「きっとね、もっと強くなる。みんな」
「みんなにもあたしとガキさんの間で起きたような事が起きるって事?」
「それは分からないけど、でも」

里沙は一拍置いて「もし、奇跡がまたあるのなら、それを信じたい」と、静かな声で言った。
愛は里沙の言葉を噛みしめるように、梅酒を口に含んだ。
翌日、愛は朝日とともに目覚め、まだ静かに寝息を立てている里沙に「おはよう」と言い残し空間を跳躍した。



風が吹いている。
風はやわらかく丘の上を吹きとおり、愛の前髪をゆらした。

「ばあば、来たよ」

辺りを見下ろす小高い丘の上に、ひっそりと墓標が立っていた。
かつてここには小さな村があったが、現在では過疎が進み、この地にすむものはいない。
たった一人、かつて愛を育ててくれた祖母がこの丘に眠っている。

「この辺りもだいぶ変わったなあ」

墓標に語りかけるように、しみじみとした口調で愛は言った。
愛の胸には十年前のあのかなしみが去来している。
かなしみをそっと撫でるように、愛は瞼を閉じた。

「ばあば、もう少しで、終わるよ」

あの日祖母は言った。仲間を見つけろと。
真に心を通わせる事の出来る仲間を見つけ、そしておのれの運命と戦えと。
「運命を越えて、生きろ――愛」それが、祖母の最後の言葉だった。

「もし、本当に運命なんてものがあるとしたら、今日この日が来たのはまさにそれかもしれないわね」

突然、愛の背後から、声が聞こえた。声の主はすぐ近くにいる。
優れた精神感応能力者であり、戦いの中で研ぎ澄まされた感覚を持つ愛がまるで気がつかなかったとはどういう事だろうか。
振り向いた先には、頬にかすかな微笑を浮かべた女が立っている。

「何者や、あんた」
「名前くらいは、あの子から聞いたことあるんじゃない?」
「まさか……あんたが」
「初めまして。あなたに会える日が来るのを、ずっと待ってたのよ」

まるでそこにだけ春の日差しが差し込んでいるような人――里沙から聞いていた話と目の前の女の印象は完全に一致している。
間違いない。
この女こそがダークネス最強の能力者、安倍なつみ。

「なんでこんな所におる」
「その人が亡くなって、今日でちょうど十年だもの。きっと来ると思ってたわ」
「なんでばあばの事……!」
「その人から聞かされてなかったの……そう、気の毒ね」

愛に注ぐ視線を微塵もゆるがせる事なく、なつみは言葉を続けた。
静かではあったが、強い意志を感じさせる口調だった。

「その人は、ダークネスの生みの親なのよ」

瞬間、視界が闇に包まれた様な感覚が愛を襲った。