『R-Infinity(2) 雪と光』


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第2話 雪と光


猛スピードで通り過ぎていく景色を、新垣里沙は焦れたように眺めている。

「名古屋に着いたら新幹線乗り換えの時間ありますから、駅でちょっと何か食べましょう」

隣の座席に座る久住小春がかけた言葉が耳に入っているのかどうか、里沙はこちらに視線を向けもしない。

「ねえ、新垣さん。今日はたまたま私の調子が悪かっただけかもしれないし…」

その言葉に里沙は顔を向けた。
はっとするほど沈痛な面持ちをしていた。

「ごめんね、小春。大丈夫だから、私」

そう言って里沙は、小春の手を握った。微かに、里沙の手が震えている様な気がした。

「あの、こんな事いうとアレなんですけど、もし……」
「もし……愛ちゃんがもう死んじゃってたとしても、それでもどこにいるかは分かるんだよね。小春なら」

まるで小春が何を言うか予知していたような、里沙の口調だった。

「だから逆になんですけど、高橋さん無事だと思うんです。今は居場所が分からないけど、きっと」

小春の言葉を聞きながら、「それはない」と里沙は確信していた。
小春の念写で見つからないのは、愛が念写の届かない所にいるという事を意味している。
恐らく念写に対する結界。
それもリゾナンター久住小春の念写能力を遮れるだけの結界となると、この世にただ一つを除いては存在しないだろう。

里沙は確信していた。


話は遡る。

里沙が喫茶リゾナントに着くやいなや、店番の田中れいなから受話器を手渡された。

「あ、ちょうど良かった。ガキさん、電話」
「電話?誰から?」
「えっと、小川麻琴さん」
「小川さんから?」
「の上司って言うとったよ」
「上司?」

白昼に喫茶リゾナントに電話を入れる小川麻琴の上司となると、ダークネスでの上司ではなく、彼女の本業の方の上司だろうか。
受話器を受け取り、里沙は用心深く口を開いた。

「お電話代わりました。新垣です」
「新垣さんね。良かったいてくれて、ここの番号しか聞いてなかったから」
「私に何か御用でしょうか」
「小川からの連絡でね、向こうの状況に変化があったらしいのよ」
「それを…私に?」

電話の向こうにいるのは女、小川の上司というだけあって声に落ち着きがある。
里沙は目配せして「小春を」と唇の動きだけでれいなに伝えた。
れいなは軽く頷き、地下トレーニングルームへ駆け降りていった。

「状況次第では計画が早まるかもしれないの。あなた方リゾナンターの力が是非とも必要になるわ」
「それは私の一存では…」
「新垣さん、これはチャンスなのよ」

リゾナンターのリーダーが里沙ではなく愛だという事をこの女が知らない筈はあるまい。
にも関わらず、あえてこの話を持ってくる理由は何であろうかと、会話を続けながら里沙は思案を巡らせる。

「チャンスといってもそれはあなた方にとってのものでしょう」
「我々に恩を売っておく事は、リゾナンターにとっても有益な話よ。その程度の計算が出来ない新垣里沙ではないと思うけど」

階下かられいなが小春を連れて戻ってきた様子を見計らい、里沙は「愛ちゃんに連絡を」と書いたメモをれいなに渡した。

「勝ち目があると……?現段階で」
「……勝ち目のない戦いにな、部下を送り込んだりはせえへんよ」

違和感がある。
この女の口ぶりだけでなく、この女から自分に今このタイミングで連絡があった事自体が、妙に里沙に引っかかっている。
何かを隠しているであろう事は間違いないが、無性に嫌な予感がした。

視線を移すと、れいなが携帯電話を耳に当てたまま首を左右に振っている。
冷たいものが背筋を伝っていくのを感じながら、里沙は通話口を押さえ、小春に「念写で探して」と早口で伝えた。

「まあ、ええわ。詳しい話は直接会ってからにしましょう。今日明日にでもこちらへいらして下さい」
「ちょっと待って下さい。今の段階であなた方を信用しろと言われても困ります」
「あなたは時間をかけて戦力を蓄え、自分達だけで決着をつけたいのでしょうけど、我々に残された時間は決して多くはないのよ」
「どうしてそんな事が……」
「リゾナント・ブルーは既に動き始めてるわ」

「それは何の事か」と尋ねようとした瞬間、そこで電話が切られた。
胸騒ぎがする、この感覚。
何かが起ころうとしている、いや、既に――

「小春」

里沙が声をかけるのを待っていたように、小春はデジカメに注いでいた視線を上げた。
里沙を見つめるその表情から普段の快活さが失われている。

「新垣さん……画像が写らない」
「え?」
「カメラがおかしいんじゃないの?」

横かられいなが声をかけたが、小春は首を振った。

「普通の写真はいけるのに、念写でやろうとすると駄目なんです。画面が真っ暗になって」
「小春、落ち着いてもう一回やってみて」
「もう三回やりました。でも駄目なんです」
「どういう事、ガキさん。愛ちゃんに何かあったと?」

あった。愛の身に何か異変があったと、確証はないが里沙の勘が告げている。
しかし、『光』の力を完全に我がものとし、超共鳴によって更なる力を得た高橋愛は殆ど無敵に近い。
その愛が不覚をとるような相手がこの地上に何人いるというのか。

「まさか……安倍さんが……」
「ガキさん、どうした?」
「田中っち、みんなに連絡を。小春、行こう」
「行くって、どこにですか?」
「愛ちゃんの所よ」

そう言って里沙は小春を連れ、喫茶リゾナントを慌ただしく後にした。
ドアが閉まる音と、自分の胸の鼓動が嫌に耳触りに感じた。


風が吹いている。
風はやわらかく丘の上を吹きとおり、里沙と小春の前髪をゆらした。

「ここ……ですか?高橋さんの」
「間違いないと思う、ここで」

既に夕刻になっているが、東京からこの時間で愛の故郷まで到着できた事は幸運と言っていいだろう。
夕日の赤が、辺りを見下ろす小高い丘の上にひっそりと立つ墓標を染め上げている。
ここで高橋愛と安倍なつみが出会ったに違いない。

「何も、無いですね」

さらさらと風に揺れる草の音を踏みしめながら、小春が言った。

「あるわ。きっと、何かある」

確信に満ちた様子で里沙が言った。
愛となつみの二人は、地上最強レベルの能力者である。この二人が戦って、跡が何も残らないとは考えにくい。
里沙の勘が正しければ、必ず何らかの痕跡が刻み込まれている筈だ。

里沙はどんな小さな手掛かりも見逃さぬよう、地面にしゃがみ込んで注意深く辺りを調べ始めた。
必死な様子の里沙に急かされるように、小春もそれに続いた。
しばらくして、里沙が声を上げた。

「小春、見て」

見ると、跪いた里沙の足元の草に、赤い染みが散らばっている。微かに血の匂いがした。

「これ……血痕ですか?」
「やっぱり、ここで何かあったんだ」

高橋愛と安倍なつみ、どちらの血だろうか。
流された血の量は決して少なくはないが、致命傷に至るほどとも思えない。

「ねえ小春、何か愛ちゃんが身につけていたものとかなら探せない?」
「何かって、例えば」
「そうね、愛ちゃんがいつも持ってるもの……そうだ、お守りは?」

「やってみます」と言うと小春は瞼を閉じて意識を集中し、念写能力を発動した。
ほどなくして小春はかっと目を見開き、里沙を見つめた。今度は上手くいったのだろう。

「あ、ありました。そこの陰に」

小春が指差した墓標の裏に、お守りがぽつんと落ちていた。
里沙が手に取ったそれには、緑色の文字でRと刺繍されている。間違いない、彼女が愛に贈ったものだ。
深く息を吐き、里沙はぎゅっ、とお守りを胸元で握りしめた。

「愛ちゃんが残してくれたんだ、メッセージを」
「メッセージ?どこにあるんです?」
「これよ、これがメッセージなの。お守りの中に潜れば愛ちゃんに何があったか分かる」
「出来るんですか?そんな事」
「普通は難しいけど、愛ちゃんの思念は普通の人よりずっと強いから。それに、私は愛ちゃんの事だったら、絶対に分かってみせる」

愛が残したお守りの中にサイコ・ダイブし、愛に何が起こったのかを探る。
サイコ・ダイブというよりはサイコ・メトリーというべきだろうか。
普通のダイバーでは意味のある情報を得るのは相当に困難であるが、里沙の瞳の奥には強い自信の光が宿っている。
その輝きは決して揺るがぬ信頼がもたらすものだろう――そう思うと、小春は胸に驚嘆の思いと共に一抹の寂しさが吹いてくような気がした。

「小春、手を握って。一緒に行こう」
「え?」
「オムニバスを作る」
「何ですかソレ」
「相乗りよ、サイコ・ダイブの」

一般的にオムニバスとは数編の独立した作品を一つにまとめたものを指すが、元を辿ると乗合馬車といった意味になる。
サイコ・ダイブにおけるオムニバス形成とは精神を集中、協調させて一個の精神体となり対象に潜る手法を指す。
里沙が言うように、サイコ・ダイブの相乗りというのが分かりやすいだろうか。

「嫌でしょ、一人で待ってんのは。大丈夫、愛ちゃんの記憶を辿るだけだから危険はないわ」

そう言って里沙は小春の手を握り、頬にかすかな微笑を浮かべた。
温もりが、伝わってくる。
精神を集中しながら、里沙は優しく、機を織るように小春に語りかけた。

「目をつぶってイメージして、水面、静かな水面。それが小春」
「私が水面……」
「水面にしずくがぽつり、ぽつりと滴っていく。しずくが私」
「しずくが新垣さん」

小春の心に里沙の心がぽつりぽつりと注がれる度、波紋が広がっていく。
波紋が二人の呼吸。
二人の波紋がぴったりと重なりあった時、里沙と小春は愛のお守りへとサイコ・ダイブした。




「その人は、ダークネスの生みの親なのよ」

一瞬の闇を抜けると、そこは優しく風が吹き抜ける丘の上だった。これは愛が見ていた光景。
愛の視界を通して里沙と小春は彼女に何が起こったか追体験していく事になる。
先程まで二人がいた場所と同じ所だ。
違いといえばこの空間が朝だという事、そして目の前に女が立っているという事だった。
その雰囲気はまるで春の柔らかい日差しのようだ。

―安倍さん……
―誰です、その人。
―ダークネスの能力者よ。
―強いんですか?
―誰よりも。

「ばあばを侮辱するな」
「侮辱?そう……そう思うのね」
「ばあばは優しい人やった。血の繋がらんあたしを実の孫以上に大切にしてくれた。そのばあばが――」
「血が繋がってないって、あの人から聞かされたの?」
「あたしの生まれを知らんわけじゃないやろう」
「i914、ダークネスが生んだ能力者」

―何ですこの人、高橋さんをからかってるんですか。感じ悪い。
―安倍さんはそんな事するような人じゃ……

なつみの口ぶりは何かがおかしいと里沙の直感は告げているが、この違和感の正体がつかめない。
そして、この違和感には憶えがあった。先程小川麻琴の上司と電話で話した時に感じたもの。それに似ている。

「お前たち組織はそうやって、人の心を弄ぶ」

―高橋さんの心が一瞬熱くなって、今度は冷たくなった。
―戦う気だわ、愛ちゃん。

炎の熱と氷の冷気が愛の心には共存している。
燃え盛るような闘争心と氷のような冷静さ、戦士に必要な二つの心を愛は鮮やかに使いこなしていた。
これが戦士高橋愛の凄味である事を、小春はその心にふれる事によってまざまざと思い知った。

―凄い……高橋さん私なんかとは全然違う。これが戦士……

愛の心中の変化、つまり愛が「やる気」になったのを察したのか、なつみはその闇色の瞳で愛を見つめながら静かに口を開いた。

「私、あなたに勝てるかしら?」
「なんやて?」

愛の声が裏返った。今から戦おうという敵に向かって、「自分はお前に勝てるか」と聞くなんていうバカな話はない。
しかもそれを言っているのはダークネス最強の能力者安倍なつみなのだ。愛が困惑するのも無理はないだろう。
しかしなつみは、愛の困惑などその闇色の瞳にはまるで映っていないように言葉を続けた。

「あなたの『光』と私のホワイトスノーって少し似てるわ。あなたは消し去る力、私は破壊する力」
「……何が言いたい」
「でも、消し去る力の方が、破壊する力より強い。雪は光には勝てない。雪で闇は払えない」
「訳のわからん事を……!」

―高橋さん、イラついてる……
―駄目よ愛ちゃん、落ち着いて!

二人が見ているのは愛の記憶にすぎないため、自分の声が彼女に届く訳はないのを知っていながらも、里沙は叫んだ。
リゾナンター高橋愛程の戦士が、まだその拳を交えない内にペースを乱されている。
これは潜ってきた死線の数の違いなのだろうか。それともなつみの駆け引きの巧みさによるものだろうか。

実は、そのどちらでもない。
なつみはこれまで死線を潜った事など一回もない。なつみを追い詰める事の出来る敵がいなかったからだ。
なつみは戦いに駆け引きを用いた事は一回もない。なつみはただ、思った事を口にしているだけだ。

「でも今なら、まだ『光』の力に目覚めて間もない今なら、私の雪が勝つかもしれない」

なつみの左腕を白い光が包み込んでいく。これがホワイトスノーと呼ばれる破壊エネルギーの結晶体。
かつて、里沙が飯田圭織の精神に潜った時に見たガーディアン安倍なつみのホワイトスノーより数段輝きが強い。

「それがホワイトスノーか」

深い闇に潜む獣の唸りのように、愛の声が響く。同時に、愛はその右手をなつみに向けてかざした。

―高橋さんの心の奥から、闇が這い上がってくる!
―『光』を使う気なのよ、愛ちゃん。

光は闇より生まれる。
あらゆる物を消しさる『光』の力を使いこなすには、漆黒の意志が必要なのだ。
どんな闇にも飲み込まれない漆黒の意志。
そして、何ものにも揺るがない正義の心が、漆黒の意志に力を与える。

愛の瞳の輝きと、なつみの闇色の瞳から放たれる視線が空中で絡み合い、空間がきりきりと悲鳴を上げた。
互いに必殺の能力を持つ二人である。戦いが一瞬で終わる可能性もこの二人に関しては大いにあり得る。

「あなたはあの子の友達だから、あんまり手荒な事はしたくないけど、許してね」
「気安うガキさんをあの子なんて呼ぶな!」

愛の叫びと共に彼女の右手から金色の光が放たれた。
時を同じくしてなつみの左腕に宿った白の光が竜となり愛に襲いかかる。

―!

放たれた光と竜が衝突した瞬間、目もくらむような輝きが広がり、里沙と小春の視界を奪う。
一瞬の盲目の後に視力を取り戻した時、二人は空中に舞い散る血の赤を見た。