『異能力番外編-Paradise lost-[18]』


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ずっと歩いて来た気もするけど、まだ少しも歩いていないような気がする。
見上げれば、空はいつもそこにあって、太陽がいつも笑っているからかもしれない。
何がそんなに楽しいのだろうって、思ってた。

 ひとりぼっちは、そんなに楽しくないし、哀しくも無いんだから。

あれ?でも、なんか、入ってた。いつの間にか拾ってたもの。
たいせつなものなのかも分からない。
でも、どうしてか捨てられない。何でだろう?何で、懐かしくなるんだろう?

 ―――あ。いい匂い。



太陽が茂った緑の葉を柔らかに抜けて地面を緩める。
緩やかな日差しでも、見上げていると眩暈がしそうになっても
空は涼しそうに、透き通るような蒼い色だ。

ふと、青々とした草花の絨毯が現れて、遠くからやってきた赤目のうさぎに挨拶する。
森を抜けて尚も森だなんて変なのと思いながら。

淡い光と薄い影が描いたこの場所は、まるで八ミリフィルムで撮った映画のよう。

音楽にはポップで楽しげなやつ。
エレクトリックなメランコリィ、ディストーションギターはとりあえずいらないかな。
誰かのハミングが聴こえてきたなら唄えば良いや。
口とメロディで、愛しい誰かの為に唄を贈ろう。

ここは、いつも誰かの忘れてしまった想い出が、色彩溢れる華となって咲いているから。
当然名前は無いけれど、それでも、美しい花達がある。
ミツバチがせっせと甘い蜜を巣へ運び、光が待ち伏せしながら、風を待っていた。

ここは、ある赤い瞳のうさぎが作った想い出の森。

テーブルの上には紅茶が二人分、淡い白いティーポットに注がれている。
"彼女"は、そこで佇んでいた。



 「…こんにちわ」
 「こんにちわ」

珍しくやってきた客人に、長い黒髪の"彼女"は微笑んだ。
微笑んだ先に居るのは、茶髪のショートと透き通るような肌を持つ可愛らしい女性。
女性は、"彼女"に笑顔を浮かべて言った。

 「とてもいい天気ですね」
 「そうですね、ここは、いつも心地が良いから」
 「本当に、何か、安心します」
 「…ありがとう」

そして"彼女"は、どうぞというように片手で促して椅子へと招いた。

 「高橋さん…ですよね」
 「ああ、はい。えーと…別に愛って呼んでもらっても良いですよ」
 「そういえば、"あの子"は下の名前だったっけ」
 「あ、そんなつもりで言ったんじゃ…っ、それにあの子とは雰囲気から違うし…」

弁解しようとして慌てた愛を"彼女"は微笑んで見つめた。
少し恥ずかしそうにして視線を逸らし、頬を掻く愛。

 「…ここ、ホントに気持ちのいいところですね」
 「ええ」

"彼女"は頷く。
ふと、愛はその膝に乗っている小さなウサギを見つけた。
優しく撫でられている姿を見ていると"彼女"の腕の中はとても居心地が良さそうで
根拠は無いけれど、少しだけ、羨ましく思ってしまう。



充ち満ちているこの場所は、どこか愛に懐かしさを感じさせた。
それでも、いつも太陽が沈む事になるとそれを忘れてしまう。
多分、ずっと独りで居たからだ。

そして"彼女"と愛は、それすらも時々忘れてしまいそうになる。
酷く穏やかな気持ちにになり、寂しさが和らぐと、人は忘れていく。

優しいこと、穏やかなこと、愛しいこと、寂しいことや悲しいこと。
空しいことも迷うことも揺れることも流れることも。
花の色や、空の青ささえも。

それが、『闇』なのではないかと、思っていた。
でも、"彼女"を見ていると、それが本当なのか、分からなくなる。

 「ここで、ずっと、何をしてたんですか?」
 「何もしてないわ。ただ、この席に座って、この空を眺めてた」

そうしたら、貴方が来てくれた。

 「もしかしたら、そのおかげで高橋さんが来てくれたのかも」
 「…そうだったら、なんか光栄ですね」

"彼女"が笑うと、愛も素直に笑った。
そよぐ風が傍の樹から、ひとひら青葉がゆたって落ちてくる。
重力に引かれ、緑土に落ちたその姿を見て、時間が流れている事を思い出す。



 木漏れ陽の下で大好きな紅茶を入れたら、新しい味がするだろうか。
 懐かしい味がするだろうか。
 どちらにしても優しい香りがするはずなのは分かってるのに。

それはどこか季節の花が吹くと思い出すように。
新しく感じる色や匂いは、季節の風邪が吹いて想い出が巡ったからこそ感じられる。

それでも、"彼女"に透き通りながら染み込んで来るのは、ツギハギだらけの記憶だけ。

 「ここで、ずっと待っててくれたんですか?」

愛が言い、"彼女"の瞳の奥を覗き込む。
そっと、そのツギハギだらけの欠片に触れて。
繰り返してきた"彼女"は、昨日の事でも遠い昔に感じることがある。
過去も未来も、全ては"あの子"と共にあった。

 「…あの子は本を読むのが好きで、小さい頃はいつも本を読んでたみたい。
 とても難しそうで、私は全く読めなかったけれど」

カップの縁を指でなぞると、振動で紅茶に波紋が生まれる。

 「何となく分かるんですよ。あの子が文字を追いかける視線とか、頁の捲る音。
 時々居眠りをしていた静かな呼吸とか、私が傍らで感じた全てが幸せのように思えて」
 「今でも、そういう姿を見かけます」
 「いつも、毛布を掛けてくれる誰かが居て、あの子は凄く嬉しがってますよ」



照れ臭そうに笑う愛はそれでも、"彼女"から視線を逸らすようなことはしない。
表立って行動することは叶わないが、"彼女"も列記とした仲間である。

たとえ悲しみしか生まない戦いへと身を投じる"妹"が想像した"世界"であっても。
それでも、大切な人達が居るから、愛も、行かなければいけない。

 今日は、その為にここへ来たのかもしれない。

 「…だから、高橋さんにお願いしたいんです。あの子の事を」
 「……はい」

"彼女"はそれしか願うことが出来ない。
他の願い事など、この世界によって既に満ちたりているから。
だから、願い続ける。
この蒼い空の下で、"世界"の中で、ただ独り、願い続ける。

カップの中の紅茶は波紋を浮かべ続けている。
それは誰かの涙で。それは誰かのハミングで。

満たされた『光』は惹かれながら消えた。木漏れ陽の中へと消えた。
それでも此処に在ると告げている。ずっと。ずっと赤目のウサギと共に―――。



緩やかな日差しが差し込み、見上げていると眩暈がしそうになる。
空は涼しそうに、透き通るような蒼い色だ。

まだ夢の中?そう思いながら、愛はベットから身体を起こそうとした。
ふと、腕が何かに潰されていることを悟り、愛は気付いて起きるのを辞めた。

さゆみは静かに寝息を立てながら、身体を小さく丸めて眠っている。
自分よりも身長が高いことで、こんなにも真近くで見ることはあまり無かった。

 「…この寝顔はいつまでも変わらんやろね」

急に泊めてくださいなんて、理由も言わずに勝手に眠りこけて。
そんなになるまで考えるのは、彼女らしいと言えばそれまでだけれど。

思えば、彼女の涙なんて見た事が無かった。
人前で泣かないというのは愛自身も分かるような気がする上に、ここに集う彼女達は
全員感情を押し殺す事に慣れてしまっている。

心配させない為に、戦っていける為に、下を向かない為に、『闇』に染まらないために。
それに誰かが気付いてあげなければいけないと、"彼女"はそう言いたかったのだろう。
―――昔、遠い昔に、祖母が気付いてくれたように。

 「今度、ガキさんと話してどこか遊びに行こうかな…」




紅茶を飲んで一休みも悪くない。
コーヒーでも良し。
ちょっと寄り道して、ちょっと休息して、ちょっとだけここで居眠りすれば。

 ほら、また歩き出せるよね。

その為の居場所は、今日も蒼き空の下で開店を迎える。