『異能力番外編-Sayu piano-[17]』


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平和で幸せだと思っていた。
それを鳴らしている間は、とても心を落ち着かせる一人の赤ん坊。
それは、私だ。

母親に教わった曲が頭の中で鳴る。
譜面は見ずとも、まるで魂に刻まれたかのように覚えている一つの歌。
初めは片手で、次第にもう片方の手を添える。

白と黒の鍵盤の上を指先が滑ると、音になって跳ね返ってくる。
それが連なり、メロディと成っていく。
何度同じ曲を弾いても思い出した。

遠くの今と近くの今を、時間なんて関係なく。
この部屋はまるで別の空間のよう。
どこにでも繋がっている気がして、懐かしい。

初めて入った場所なのに、おかしいと分かっているのに。

 「…『娘』……」



―――ふと、背後からの視線に振り返った。

 「ミチシゲ…」
 「道重『さん』ね。
 リンリンが「ジュンジュンが居ない」って寂しがってたの。
 で、探しに来たらピアノの音がして」

「こんな部屋があったんだね」
さゆみは部屋に入ると、意気揚々と鼻歌を歌って周りを見渡してみる。
ふと、ジュンジュンはその鼻歌に気付いた。

 「それ…」
 「あ、ごめんね。盗み聞きってワケじゃなかったんだけど……何ていう曲なの?」
 「…おカアさんからオシえてもらたキョクだから、ナマエはありませン」

ふとさゆみは、ジュンジュンから家族の話を聞いたことが無かったのを思い出す。
さゆみ自身も家族の事を口にした事は無いが、それでもたった一人で中国から
留学生として日本にやってきたジュンジュンの事は尊敬している。



それを考えると、少しだけそんな彼女の家族の事も気になってしまうものだ。
本当に軽い気持ち。
ちょっとした好奇心。
空いていた椅子のスペースにさゆみは腰掛け、並ぶように座る。

 「ジュンジュンのお母さんって、どんな人だったの?」
 「…おカアさんはあんまりオボえてないデす。アカンボウの時にソボにアズけられたカラ」
 「あ…ごめん…」
 「ダイジョブですよー、もうナレましたカラ」

ジュンジュンは何事も無いように笑っていた。
だがさゆみには、その笑顔がどこか「諦めた」ような物のように感じていた。
リンリンにジュンジュンの能力は少しだけ聞いている。

  ―――代々一族に伝わるという特殊能力。

だがその力を制御する為に両親から引き離されての生活。
怪物だと自分を戒めた日々。
その中で、ジュンジュンはたった一人で戦いながら力を得た。



考えれば考えるほど、さゆみは自分の弱さに落ち込む。
たった一人で戦ってきたジュンジュンとは違い、自分はすぐに追い込まれて。
果ては死のうとまでしたのだ。
諦めずに生きる選択をせずに、死ぬ選択をした。

あの時、絵里が居なかったらと思うと…。

 「ミチシゲさんのおカアさんは、どんな人ですカ?」
 「へ?あ、ええとぉ……」

突然のジュンジュンの問いかけにさゆみは戸惑った。
あまり思い出したくないものばかりだったが、一つだけ、たった一つだけ覚えているものがある。
それは、子供用の小さなピアノの玩具。
今目の前にある立派なものではないけれど、3歳の誕生日に父親が
買ってきてくれた、何の変哲も無い楽器。

一人では何の意味もなく叩いていたものの、母親がさゆみの手をソッと持ち
優しい声で呟きながら鍵盤を叩くことを教えてくれた。
そんな小さな想い出がまだあったという事は多分、無意識に忘れまいと思っていたのかもしれない。

もしかしたらその記憶があったから、即座にピアノの音に反応したのだろうか。
さゆみは自分の単純さに呆れそうになった。



 「…優しい人だった、かな」
 「ミチシゲさんにニテますか?」
 「どうだろう、ね」

今では、自分がどっちに似ていたのかさえも確認することは難しい。
目さえも合わせてくれず、どう接していけば分からない「本当の家族」に
どうすればそれが叶うのだろう。

 「…ねぇ、さっきの曲、教えてくれる?」
 「エ?イいですけド…」

ジュンジュンは、微かな記憶と残像をメロディに宿して奏で始める。
時々思い出せなくなりそうになる母親の面影を乗せながら。

ふと、両親と子供の事件が多発しているのを思い出した。
最悪の場合、どちらが殺したり殺されたりという結末で終わることさえもある。
それを聞くと、皮肉にも自分達だけじゃないのだと思えた。

誰しもその気になれば同じ境遇になる。
自分達は少し特殊で、まだ「人間」なのだと思えた。



仕方がない。
仕様が無い。
そう思ってしまえばそれまでだと知っていても。
考えることをやめればそこで終わると分かっていても。

同じ場所で生きて、同じ場所で暮らして、同じように呼吸して。
判っているはずなのに、何かの弾みで忘れてしまう。

思い出すのは、いつもそれを失ってから。

 「…ミチシゲさん?」



さゆみは、瞼を閉じている。
溢れ出すものが直視できないから。
どこまでも弱い自分が、凄く空しくなるから。

徐々にその暗闇が、怖くなってくる。
いつもはそんな事を思わないはずの、寧ろ好きだったはずの暗闇が。
何も見えなくなって怖くなった。
手を伸ばそうにも自分の手が何処にあるのか判らない。
足を動かそうにも、自分の足が何処にあるのか判らない。

自分の存在が判らない。
あの日々のように、さゆみはどこに居れば良いのか分からない。

 ―――その時、音が鳴った。

それは遠いあの日にも、それはすぐ近くでも。
知ってる音。優しくて、暖かくて、懐かしいそれは―――。



瞼を開けると、ジュンジュンがさゆみの手を握っていた。
ピアノの鍵盤から指を離し、そしてゆっくりと振り下ろす。

 ぽーん。

音符の余韻はやがて消える。
カタン、というペダルから足を離す音も聞こえる。
そして、ジュンジュンは笑った。

 「ミチシゲさんもヒいてください」
 「え、で、でもさゆみピアノは……」
 「ダイジョブです、ジュンジュンもヒきますから」

そう言い、ジュンジュンは弾き始める。
たどたどしいさゆみの奏でるものを後押しするように。
初めて弾くメロディは、それでも何かに共鳴するように響き合う。

 ♪~♪♪



 「絵里?何やっとるの?」
 「シー」

喫茶「リゾナント」の2階。
愛は何故か「魅惑の水さんルーム」の扉から何かを見ている絵里を発見した。
だが問い掛けても口元に人差し指を置いて注意を呼びかけるだけ。
ソッと、隙間から覗くとそこには見覚えのある二つの背中。

と、絵里が窓の隙間から風を滑り込ませると、奏でられる音の流れの道筋を形成し始めた。
いつの間にそんな器用が出来たのかと愛は思ったが
その流れに沿って、奏でる音がまるで風のように外へと吐き出される。

ふと、誰かが何処かで同じメロディを紡いだ。

踊るように弾むメロディは導き合って惹かれあう。
それは誰かの声と、誰かの物語を乗せて。