妄想コワルスキー


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―これはマズいことになったのだ。

新垣里沙は焦っていた。

―私としたことが、こんなトラップに引っかかるなんて。
あの頃の、ダークネスのスパイとしてリゾナンターに潜入していた頃の私だったら、こんなミスは犯さなかったのに。

別れを告げた筈の裏切り者としての過去。
封印してしまいたい記憶すら蘇らせる意味がそこにはあった。

それは…。

ボン。 キュッ。 ボン! 人類の宝。
ボン。 キュッ。 ボン! 輝かしい未来へのパスポート。
ボン。 キュッ。 ボン! さようなら、泣き虫な私。
ボン。 キュッ。 ボン! こんにちは、アルティメットなボディ。


発端は地方遠征だった。
長引いた遠征の疲れを癒す為に、最寄の温泉街に足を運んだリゾナンター様御一行。
その街のメーンストリート、僅か数百メートル。 
寂れた温泉宿にスナックがニ、三軒という街の惨状に胸を痛めることもなく、目に付いた温泉宿の一軒に足を踏み入れた。

その温泉宿の女将中澤裕子から、温泉街の復興に力を貸してくれるよう依頼されたリゾナンターたち。
最初こそ「えーっ、そんなのめんどくさい」と拒んだリゾナンターだったが、女将中澤裕子の吊り上がった眉、険しく光った目、尋常ではない物腰に態度を変える。

―あの女将、只者じゃない。 きっと人の一人、二人は殺めてる。

子供対象のリゾナンターショー、ヲタ目当ての握手会等の企画に尽力したリゾナンター、その甲斐もあってか寂れた温泉街に希望の光が射した。
それが三年前のことだ。

―その功に感謝して、中澤からの招待状が、喫茶リゾナントに届くようになる。

復興の兆しが見え始めたとはいえ、所詮は寂れかけた温泉街のことである。
風光明媚な観光スポットがあるわけでも、ネズミーランドのように大人を童心に帰すアミューズメントパークがあるわけでもない。
くどいようだが、寂れた温泉街である。
大事なことだから二回言った。
若い娘たちの心は躍らなかった。
とはいえタダ飯、タダ風呂の魅力も捨てきれず、行くとも行かないとも決めかねていたリゾナンターたちが目の色を変える出来事が起こった。

中澤の温泉宿がテレビの情報番組の取材を受けたのだ。
一人の女性レポーターが、温泉に入り湯の効能などを読み上げるという定番の映像だった。
しかし残念な肉体の女性レポーターがある外湯から出た途端、それは起こった。
残念な肉体に、二重三重と巻き付いていたバスタオルがあろうことか、ひらりと落ちてしまったのだ。
勿論温泉取材のたしなみとしてチューブトップの水着を身に付けてはいた。
にもかかわらずボン。 キュッ。 ボン! と盛り上がった胸が、水着を押しのけ映してはいけないものまでも、映し出していた。
悲鳴を上げる女性レポーター。
餓えた狼のようにギラギラと目を光らせるリゾナンター(の一部メンバー)。

一部メンバーの目はしっかりと捉えていた。
その外湯に掲げられた古ぼけた看板に書かれていた文字を。
「凡・奇・湯」。

かくて目の色を変え、声のトーンが上がった一部メンバーの熱烈な希望(+ちょっとしたマインドコントロール)によって、中澤の温泉宿に向かったリゾナンター。
リゾナントを出立する直前にリゾナンターの出動を要請する連絡があったが、そんなものを気にしたら負けだ、とホットラインを冷蔵庫に隠した某ウェイトレス。
そして向かった寂れた温泉郷で、秘湯「凡奇湯」への入湯権を賭けて、リゾナンター対抗ジャンケン大会が開かれた。
そしてあまり乗り気でないメンバーを退け、一部メンバーの里沙と小春が究極ボディへのパスポートを勝ち取った。
一部メンバーの中で唯一入湯できないれいなの嘆きを後に「凡奇湯」に入浴した里沙と小春は、当初の目論見こそ外れたものの、身体の一部がボン。となった。

これが一年前のことである。

そして、今年。
喫茶リゾナントの郵便受けに右手を差し入れて、腕が抜けなくなった新垣里沙がいる。
中澤裕子からの招待状を他のリゾナンターの目に触れる前に入手してしまおうという目的からの行動である。

裏切り?抜け駆け?

ノンノンノン。

すっかり痺れてきた右手を左手でマッサージしながら、里沙は自分に問うた。 そして自分を激しく肯定した。

――「凡奇湯」は人類の宝。
それを守るのは人類の使命。
そう、私は神に代わって、崇高な事業を成し遂げようとしている。
えっ、お前が「凡奇湯」を独占することが、何故「凡奇湯」を守ることだって。
お前はただ自分だけアルティメットボディが欲しいだけだろうって。
そんな、別に要らないわよ。 アルティメットボディなんて。
ボン。キュッ。ボン!になっちゃったら、肩が凝って肩が凝って仕方ないのだ、イヒヒ。
大体メンバーもファンの人も何か勘違いしてるみたいだけど、私は自分の肉体をかわいそうだとも、残念だとも思ってないから、ウフフ。
ちゃーんとカップだってBは確保してるしね、エヘへ。
DとかEとかIとかJとか、今は良くたっておばあちゃんになったら、垂れ下がって悲惨なものよ、グフフ。

そう、私は「凡奇湯」への入湯権を巡って、不毛なバトルが勃発するのを未然に防ごうとしてるだけ。
何々、リゾナンターに保障された「凡奇湯」への入湯権は二人分。
お前が辞退すれば、残念ボディの二人、れいなと小春が入湯できて問題は解決する?
あなたたちはわかってない、人間ってものを。 私には判る。
人の心は移ろいやすいものよ。 私には判る。
特に大切なことでもないけど、何となく二回言いました。
これまで「凡奇湯」に興味を示してこなかったメンバーがずっと興味を持たないって保障が何処にあるの。
欲しがる、きっと欲しがるようになる。 
BよりもC。 CよりもD。 DよりもE。 際限なく欲望は膨れ上がる。 私には判る。
そして、彼女たちは争う。 「凡奇湯」への入湯権を賭けて争いを始める。

何だかんだいっても仲間内のことだ。
最初の内は平和裏にジャンケンやエアホッケー、温泉には付き物の卓球で「凡奇湯」を争おうとするだろう。
だが忘れてはならない。
彼女たちは能力者なのだ。
正々堂々とそれらの種目のルールを守って、最後まで戦うなんていうことがあるだろうか。
ここは大事なことだから二回言う。
彼女たちは能力者なのだ。

使う、彼女たちは使う。
「凡奇湯」への道を賭けて自分たちのチカラを使うだろう。
見える、私には見える。

予知能力でジャンケンの勝負手を予知する者。
念動力でエアホッケーのパックの軌道を操作する者。
気体操作で吹かせた風でボールを操る者。
愚かな欲望に取り付かれたおっぱい亡者共が繰り広げる醜い争いが私には見える。
そんな争いでもしも彼女達が傷つけば、世界の平和は誰が守るというのだ。
だから私は隠す。 「凡奇湯」からの招待状を私は隠す。
リゾナンターの絆を守る為、そして世界の平和を守るためなら私は悪になろうではないか。

それにしてもいまいましいトラップだ。
抜けそうで抜けない手の痛み、痺れを噛み締めながら里沙は思った。
こんないやらしいトラップを仕掛けるのはあの女に決まってる。
れいなだ。 田中れいなに決まってる。

金もないくせにリゾナントを客として訪れ飯を喰らい、いざ勘定の段となったら金なんて持ってないけんね。警察でも何処でも突き出せばよかと、と開き直った泥棒猫。
いかにも仔細ありげな様子を装って愛の同情を引き勘定をチャラにしたばかりか、ウエイトレスとしてまんまとリゾナントに住み込むことになった図々しい女。
愛と一緒にお風呂に入り、愛の肢体を目の当たりにする三国一の幸せ者。
あのクソいまいましい女が私を罠に嵌めたに決まってる。

それにしても、あの女。
一体何度私に煮え湯を飲ませれば気が済むのだ。
里沙は思い出す。
数ヶ月前、1基51万9千円也の浄水器を愛に売りつけようとした時のことを。

『これを水道の蛇口につければ、水の硬度を自由に変えられるんだよ。
ピレネー山脈の地下水から、日本の南アルプスの湧き水まで。 世界中のミネラルウォーターの味が再現できるんだ』

『ふーん、ええのう』 里沙のセールストークに心を動かされる愛。

『カフェオレにエスプレッソ、カフェラテにカプチーノ、アイリッシュ・コーヒーにダッチ・コーヒー、カフェ・ロワイヤル。
世界中には色んなコーヒーの淹れ方があるよね。 それに最も適した硬度の水で入れれば、美味しさもアップ。
そうしたら店の評判もアップ。 当然売り上げもアーーーーーーーップ』

愛が契約書に捺印する為に、印鑑を用意したまさにそのときだった。

『51万って高ァ~。 たかが水にそんな金使うなんて、れいな信じられん』 れいなの言葉が愛の購買意欲に冷や水をかけてしまった。

浄水器の話題だけに冷や水をかけるって上手い、今日の私冴えてる。
そんな自画自賛は里沙の憤懣やるかたない胸を鎮めるには至らなかった。

折角盛り上がってたのに。 もう少しで浄水器が売れたのに。 あと一押しで私にマージンが入ったのに。
失ってしまった利益に思いを馳せる時、里沙の奥歯はギリギリと音を立てる。

私から金を奪ったばかりか、「凡奇湯」まで奪おうとするなんて許せない。
あの女、一体どうしてくれようか。 が、待てよ。
あのクソいまいましい女が私を罠に嵌めただけで満足するだろうか。
しない。 きっとしない。 
罠にはまった可憐な仔リスちゃんをいたぶろうとするだろう。
恥辱を与えて、精神的ダメージを加えようとするだろう。
ちっ、全くいまいましい女だ。

あの女はリゾナントでウエイトレスとして働きながら、外の様子に気を配っていることだろう。
そして哀れな犠牲者がトラップに引っかかったのを知って、ほくそ笑むことだろう。
犠牲者の足掻きを盗み見て、快哉を叫ぶことだろう。
そして頃合が来たら、リゾナントのドアを開き犠牲者の前に立ちはだかることだろう。
そしていけしゃあしゃあと言うに決まってるのだ。 間違いない。

「ハア? ガキさん、こんなところで何やっとうとよ?
ははーん。 さては『凡奇湯』からの招待状を盗みに来たとね。
ほんと、胸の貧しい人間は考えることも、やることも貧しいっちゃね。
あ、れいなはそんなもん全然必要が無いから。 胸もCカップやしぃ」

許せない。
噛み締めた奥歯が磨り減ってしまったが、その痛みも感じさせないくらいの怒りが里沙を支配していた。

「許せない。 れいな、許せない。
私より残念な身体をしてるくせに、言うに事欠いてCカップだなんて許せない」

見る人が見れば、あの女がCカップだなんて、とてつもない虚言だということは明白だ。 それは確かだ。
なのにもう一方の私ときたら平和を守る為という崇高な使命を帯びているとはいえ、余所様の郵便受けに腕を突っ込んで抜けない間抜けな姿だ。

腕を突っ込んで抜けない間抜けの…『抜けない』…ってよォ~~。 『抜けない』ってのはわかる…。スッゲーよくわかる。
抜けなくて腕がジンジンに痺れてきやがったからな…。  だが『間抜け』ってどういう事だああ~~っ!?
間が抜けてるっつーのかよーーーッ! 舐めやがってよお。 この言葉ァ超イラつくぜぇ~~ッ!!
『腕が抜けない』のに『間が抜けない』っつーのはどういうことなんだ、オラ、チクショーが。 どういう事だ!どういう事だ! クソッ! クソッ! クソッ!
抜けないのか、抜けるのか白黒はっきりつけやがれっ! このクソがっ!

譲れない、Cだけは譲れない。
れいながCなら自分はDって言えばいい。
そんな安い考えは里沙の心の中にこれっぽっちも湧いてこなかった。
乏しい。 あまりにも信憑性が乏しい。

自分の胸はDカップを主張するにはあまりにもあまりにもな状態であることはよくわかっている。
ポーカーのチップをレイズアップするみたいに、Cと言われてDと言い返してはとんだピエロになってしまうことはわかっている。
だから、リゾナンターのサブリーダーとして、22歳の私としてのプライドと沽券とリアリティを守るためには、C線は死守しなければならない。
れいなより先んじて、私Cカップだからと宣言しなければならない。

ガチャッ。

リゾナントのドアが開く音がする。
そうか、れいな、遂に来るんだね。
罠にはまった哀れな犠牲者に止めを刺しにやって来るんだね。
認めよう、れいな。
この戦い、ここまでは君が有利に進めていることは認めよう。
だが、まだまだだ。
君と私では生きてきた年数が違う。
戦いの年季が違う。
そのことをこれから思い知らせてやろう。
何故私新垣里沙がリゾナンターのサブリーダーなのか君に思い知らせてやろう。

「Cだからっ。 私、Cだから!!」

押し寄せる感情を声に載せた結果、少し上ずってしまったが、そんなこと気にしたら負けだ。
C線を賭けた争いの敗残者の顔を拝むべく、視線を店の中から出てきた人物に向けた里沙は愕然とした。

「愛ちゃん…」

愛が、里沙の盟友にして戦友。 莫逆の友にして情人。運命の人である高橋愛が唖然とした表情でそこに立っているではないか。

「里沙ちゃん。 郵便ポストに腕突っ込んで、いきなりシーッ、シーッって一体どうしたんや」

人類の宝「凡奇湯」を守るべく新垣里沙の戦いはまだまだ続く(…のか)





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