『妄想コワルスキー・Congestion』 (前)


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―その人は偽りの正義を掲げた私を疑うことなく受け容れてくれた。

―その人は偽りを続けることに耐え切れなくなっていた私を責めることなく見守ってくれた。

―その人は裏切っていた私のことを身を挺して守ってくれた。

―その人は裏切りの罪が白日の下に晒された私を許してくれた。

―そして今その人は私の目の前にいる。 私のことを心配そうに見つめている。

その人は…。

「だから、ガキさんシーッ、シーッって何を言ってるんや。 まさか、トイレ行きたいんか!」

えっ、何この人。 何言ってるの? 理解不能なんですけど。
確かに今の時間帯は人通りが少ないけど、だからって道の上でレディに向かって大声でトイレに行きたいのかって、ありえないんですけど。


…止めてったら、愛ちゃん。 こんなところで出来るはずがないじゃない
意地悪しないでトイレに行かせて。 お願いだから。

…何言っとるがし。 我慢できんのやろ。
もうトイレまでもたんのやろ。
それやったらここでするしかないやん。
恥ずかしがらんでもええって。
あーしがちゃーんと見ててあげるから。 里沙ちゃんの恥ずかしい瞬間を。

…バカッ 愛ちゃんのバカ、変態。

…ははーん。
さては自分でパンツを下ろせんからやらへんのか。
あひゃひゃっ あーしに任せるがし。 あっしが里沙ちゃんのスカートをまくってパンツを下ろして、心おきなく用を足せるよう手伝ってあげるから。

…ちょっやめてホントお願いだから。

…何を恥ずかしがるん。 あーしら長いつき合いやろ。 だから、ほら。

…やめるのだ。 やめるのだ。

…ええんか。そんな大きな声を出したら人が来るで。

…ひどい。 愛ちゃんなんか大キライ。

…あっしは里沙ちゃんのこと大好きやけどの。
ほらっ シーッこいこい シーッこいこい。 はよせんとホントに人に見られるで

…ダメーッ 目を瞑って耳を塞いでー お願いだから

…それは出来ん相談やなば

…いやぁぁぁっ

…あひゃひゃっしよったホンマに道端でしよった。 まるで子供やのん。



「大人だから!、私心も体も大人だから!!」

「当たり前やざ。 里沙ちゃんさんは22歳の立派な大人やん。 あーしも頼りにしてるし」

少し驚いた顔で愛が話しかけてくる。

ちっ。 また思考の無限回廊に入り込んでしまったようなのだ。
確かに高橋愛はデリカシーが欠けているというか、場の空気を読めないという気質があるにはある。
だがさすがに長年連れ添ってきたこの私に、公衆の面前で恥をかかせるような考えは起こらなかったようだ。

えっ、何それ連れ添っているって、まるで夫婦みたいじゃない。
初めてこの人と出会った時の私って、まだ12歳じゃない。
いやだ、なにこの小さな恋のメロディ、幼妻。

…あなたお帰りなさい。
お仕事どうでした。
今日は早出だったから疲れたでしょう。
もう少しで夕ご飯が出来るから。

…何だったら先にお風呂を済ませて身体の疲れを取ります。
それとも、ア・タ・シなんてね。
きゃあ、あなたいきなり何するの、私冗談で言ったのよ。
まだ8時にもなってないじゃない。
お隣さんに聞こえるじゃないの。

…もう我慢できないってそんな。
昼間お隣さんと顔を合わせたときにあたしが恥ずかしい思いをするのよ
ほら、チャイムが鳴ってる。

…すいませ~ん。お騒がせしちゃって。 
いえ本当に何も無いんですよ、警察? 一体警察が愛ちゃんに何の用があるって。
ええっ、淫行。 違法ロリ。 いや待って私たち二人は愛し合ってるんです。 だから、お願い、やめて手を離して。
私たちを引き離さないで、お願いだから。

…ちょっと、愛ちゃんをどこへ連れて行くの、ねえ。
いやぁぁっ、行かないで。
愛ちゃんを連れて行かないで。


「そやからぁ。どこにも行かんし」

かなり呆れたような愛の顔が見えた。

わ、わ、私の中にもう一人の私がいるぅぅぅぅ。
またしても思考の無限ループにハマってしまった。
それもこれもあの田中の所為だ。

まったくもって許せない。
この手枷から逃れたらどうしてくれようか。

奥歯をギリギリ噛みしめながら仇敵、田中への報復の手段を検討する里沙だったが、愛の目には違った風に映ったようだ。

「里沙ちゃん。 大丈夫。 歯を食いしばってそんなに痛むんか、その右腕」

しまった。
「C」というキーワードに気を取られ、何故私がリゾナントの郵便受けに腕を突っ込んでいるかには興味を示さなかった高橋愛。
そんな愛が今私の腕に関心を抱き始めてる。

これはまずいことになったのだ。
何の目的もなく郵便受けに腕を入れる人間はいない。
大抵の人間は中の手紙やハガキを取るために腕を差し入れる筈だ。

現に私だって「凡奇湯」への招待状をいち早く入手するという目的がなければ、この郵便受けに腕を突っ込むことなんてしなかっただろう。
ヤバい。 結びついてしまうではないか。
今私の手が握りしめている「凡奇湯」へのパスポートと私が結びついてしまうではないか。

私は「凡奇湯」に目が眩んだおっぱい亡者どもが無益な争いを始めるのを未然に防ぐことが目的なのだ。
だから一ヶ月かけてこの辺りの郵便配達の経路や時間帯のパターンを分析した。
そのデータに基づいて、ここ数日の間配達予定時刻の1時間前からリゾナントの周辺を流していただけなのだ。
そしてついさっき郵便配達のバイクがリゾナントの前から走り去るのを発見して、全力疾走で駆けつけて郵便受けに手を突っ込んだら抜けなくなっただけなのだ。

私は悪くない。 賞賛されてもいいはずなのに。
なのに邪推されてしまうではないか。
一人抜け駆けしてボン。キュッ。ボン!になりたいだけの浅ましい女だと思われてしまうではないか。

それだけは困るのだ。
それだけは避けたいのだ。

そんな心も身体も貧しい女だと思われるぐらいなら、悪魔に魂を売り渡した方がマシなのだ。


…石川さん、お久しぶりです。

…何よ、裏切り者がこの番号にかけてくるなんて、どういうつもりなのかしら。
わかったわ。 どんなにあがいても未来に希望が存在しないことがわかって、死にたくなったのね。
いいわ、昔のよしみで粛清してあげるわ。 とびっきりに、惨くね。

…フッフッフッ。 その様子ではどうやらあなたは真実を明かされてはいないのですか。

…何がおかしいのよ。 生意気よ!

…あなたほどの地位にある方ならば、私が今もダークネスの人間だという事実をご存知だと思ってたのですが。
意外でした。 あなたのことを過大評価してたのかもしれません。 この電話は無かったことにしてください。

…ちょっと、待ちなさいよ。 アンタがまだダークネスの一員って、一体。

…私は今もダークネスの為に働いているということですよ。 いや、この事実は組織でも最上位の幹部級にしか知らされていない秘密でした。
よくよく考えてみれば、あなたが知っているほうが不思議でした。 魔女と連絡を取ってみま…。

…ちょっと待ちなさいよ。 魔女に連絡ぅ。 知ってたわよ。 勿論知ってたわよ。 今でもアンタがダークネスの一員だってことぐらい。

…ですが、今の様子ではご存じなかったのでは。 何といってもこれはトップシークレットですから。 私は藤本さんと…

…冗談よ。 知ってたけどアンタのことをからかってやったのよ。 そんなこともわからない? バカじゃないの。

…私がスパイだという事実をリゾナンターに判らせた上で、私の命を狙う。
リゾナンターに助けられ九死に一生を得た私が改めて、リゾナンターと一緒に戦うと誓ってみせる。
最も疑われないスパイの誕生というわけです。

…だから判ってるわよ、それぐらい。 その作戦だって実は私が考えたものなんだから!!

…正直私は石川さんは戦闘に長けていても、頭脳の面では今イチだと思ってました。 
ですがその認識は誤ってました。 流石です。
まさに天は石川さんに知恵と力の二物を与えた。 いや、美しさを含めれば三物を与えた。
嫉妬します。 私は石川さんを嫉妬します。 そして、天を憎みます。

…アッハッハッ。 何ですって。 天が私に何ですって?

…天は三物を与えたです。 ところで本題に入りたいのですが、・・・・遂にその時が来ました。

…その時って何よ。

…お忘れになったのですか。 リゾナント壊滅大作戦の発動の時ですよ。

…ちょっ、アンタ何言ってんのよ。

…リゾナンターをいくら痛めつけてやったところで、リゾナントという母港がある限り、傷を癒しまた立ち上がる。
やつらの力の根源であるリゾナントをこの地上から跡形もなく消してしまうという作戦。 見事です。
私は石川さんが味方でいてくれて、これほど心強いと思ったことはありません。

…イヤねえ。 そんなお世辞はアタシには通用しないからね。

…私が嘘偽りを使うのは、敵にのみです。 味方に対しては何の偽りも言ったことがありません。
だからこそ、スパイという任務を続けていられるのです。

…でも、照れるじゃない。

…この世に存在するどんな美辞麗句をかき集めたところで、石川さんを讃えるには足りないと思います。
で、リゾナント壊滅大作戦の件なのですが。

…そうそう、リゾナント壊滅大作戦って、どんなだっけ?

…まさかお忘れになったのですか。 ご自分がお立てになった作戦を。

…し、失礼ね。 私が組織の為にどれだけこの頭脳を使って作戦を立ててると思うのよ。 

…そうですね。 おそらく何十もの作戦を立案指揮なさって、この程度の作戦を頭に留めてなどおられないでしょうね。

…そ、そうなのよ。 私がいなくちゃダークネスは動かないからね。

…了解です。 ではリゾナント壊滅大作戦の最終段階の指揮権は、藤本さんに委譲しますか?

…ちょっと、アンタ何言ってるのよ。 あんな半端女にそんな大役が務まるはずがないでしょう。
アタシが自分でやるから。

…光栄です。 私も石川さんと一緒に働きたいと思ってましたから。

…そうでしょ、そうでしょ。 あんな藤本なんかには何も任せられないんだから、ホントに。

…リゾナントのセキュリティシステムの解除コードは入手済みです。
指定された日時に、リゾナントを丸裸にしてやります。
あとは石川さんがご自分の手で…

…リゾナントを粉々にしてやる、というわけよね。

…ええ。 そして対リゾナンターに関する論功行賞で石川さんは組織を昇っていく。 羨ましいです。

…私はそんなにセコイ女じゃないわよ。 アンタには決して悪いようにはしないから。 一緒に大きくなりましょう。


ちっ、ダメだな。

あの肉体しか取り得のないバカで単細胞の石川を思い通りに動かすことは簡単だ。
石川を喫茶リゾナントに乱入させて作り出した混乱状況に紛れて、今の私のこの状況を無かったことにすることも可能だろう。
だがそれでは調子に乗った色黒サイキック女が喫茶リゾナントを完全に壊してしまうではないか。
いや、こんなちんけな喫茶店が壊れようとどうしようと私の知ったことではない。
だけどもしこの店が壊れてしまっては…。

この女、田舎のおばちゃんみたいにドあつかましい態度であたしのことを構っているこの女。
鼻の穴を大きく広げ、人の良さ丸出しで私のことを気にかける高橋愛がかなしんでしまうではないか。
高橋愛のリゾナントにかける思いを知っている私にはそのことがよく判る。
たとえ悪魔に魂を売ったところで、この女が悲しむ様子を目の当たりにして、私は平気でいる自信はない。
私は自分を裏切ることは出来ても、この女だけは裏切れない。
だとしたら、…ここは覚悟を決めてやるしかない。
あれで乗り切るしかない。
そう、……。

「シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

「ちょお、ガキさん。 またシーってどういう」

「シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

「だから、なんでシーなんや。 そんなに大きな声で」

「シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

出た、新垣里沙渾身の「シーッ」である。
そんじょそこらのシーではない。
最強のマインドコントローラーの一念が込められた「シーッ」である。



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