~コールド・ブラッド~ <Ⅹ>


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※ところどころ視点や時系列が飛びます
「◆ ◆ ◆」がその合図です

※一部残酷な描写を含みますのでご注意ください






       ◆   ◆   ◆


つい先ほど閉まったばかりの扉が再び開いた音に、さゆみは訝しげに視線を上げた。

「どうしたんですか?」

愛へと向けようとしたその問い掛けは、入り口へと漂わせた視線と共に凍りつく。
代わりに、驚きに掠れた声が口から漏れた。

「ジュンジュン………?」

そこに在ったのは、“いるはずのない人物”の姿だった。

「そうだよ。どうした?幽霊を見るような目だな。だが、この通り足もちゃんとあるぞ」

笑っていない目で茶化すように李純が指差す先には、その言葉の通り2本の足とそれに連なる影が伸びている。

「どうして………」
「どうして?お前なら知っているんじゃないのか?道重」

紛れもなく生きて目の前に立つ李純のその言葉に、さゆみはようやく受け入れた。
受け入れざるをえなかった。
今回の件の裏には、李純の思惑が働いていたのだということを―――


「私の両親は……殺された。『リゾナンター』によって。……そうだろう?」


そして、無意識に避けようとしていた事柄が、想像もしていなかった最悪の形で目の前に突き付けられたことを―――

「……うん、そう。その通りだよ。知ったのは……つい最近だけど」

想像もしていなかった形―――?
本当にそうなのだろうか。それは姑息な逃避ではないのだろうか。
自分が向き合わなかったばかりにこんなことになってしまったことからの………

後悔とも自戒ともつかない感情にかき乱されながら、さゆみは力ない頷きを李純に返した。

「13年前……私の父と母は、異国の地で死んだ。……事故だったと聞かされた。私はそれを信じていた。愚かにも…ずっと」

淡々とした李純の言葉の中には、滾るような憎しみの感情が色濃く浮き出ている。

「13年前…『リゾナンター』は発足したばかりだった。構成メンバーも……今とは全員違っていた」

言い訳めいた口調になるのを自覚しながら、さゆみは訴えるような瞳を李純に向ける。

「私の父と母は、人格者だった。多くの者から“人間”扱いしてもらえなくても……そんな低俗な人間たちより、ずっと立派な“人間”だった」

だが、李純の瞳の中に燃える憎悪の炎は、全く揺らぐことはない。

「その父と母を……“お前たち”は殺した。一方的に。何もしていない……私の大切な両親を」
「………そう…だね」

“事故だった”―――それはある意味では間違いではない。

だが―――
“殺された”―――その李純の言葉もまた、完全に正しい。

「つまり、これは“わたしたち”への……復讐なの?ジュンジュン」

やるせない思いの中、さゆみは問わずもがなの問いと、諦観の瞳を李純に向けた。

「そうだな、正しく復讐だ。“お前たち”への。そして“人間”への」

間を置かず返ってきた答えに、さゆみは目を閉じ、深いため息をついた。
吐き出された息と同様、もう取り戻すことのできないこの数日を噛み締めながら。

「わたしは……わたしたちは、あなたのことを“人間”だと思ってたよ。それだけは分かってて…ほしいな」

再び開いた目を向け、少し淋しげにそう言うさゆみに、李純の瞳が僅かに揺れる。

「…分かっている。それを疑ったことはない。一度もなかった」
「じゃあ……どうして……?」
「逆に訊こう。久住はお前たちにとって……“人間”か?」
「……それは………」
「…同じことだ。それと同じことなんだよ、道重」

李純の表情に、暗い翳が過ぎる。

「あいつは好きでああなったわけじゃない。“血”がそうさせただけで」
「……そうだね」
「私も同じだ。そして私の両親も。流れている“血”が違う。だから……“人間”じゃないと看做される」
「だけど……」

否定の言葉を必死に探しながら、さゆみは李純の瞳を覗き込む。

「だけど、それはわたしたちだって……。普通じゃないチカラを持って生まれたばかりに―――」
「それはそうかもしれない。だが、決定的に違うことがあるんだよ、道重」
「……え?」

さゆみの言葉を遮り、李純は真っ直ぐに視線を押し返してきた。

「言っただろう?“血”だ。私の体の中に流れている“血”だよ。それが、決定的に違う」

その瞳に浮かぶ感情を、容易に表現することはできなかった。
そして、その心の内を完全に理解することも。
何よりもそのことが、李純の言葉を明確に表しているように思え、さゆみは唇を噛んだ。

「お前たちはあくまで―突然変異(ミュータント)―だ。…だが、私は違う。―血統(リニージ)―だ。流れている“血”が“人間”とは違うんだよ。久住たちと同じで」


 ―獣化(トランスフォーメーション)―


その能力が遺伝に拠るものであることは、“この業界”では既に広く知られている。
非公式ながら「獣人族」という呼び名があることが、その何よりの証左だろう。
“人間”と区別しようとする意識が、表面上はともかくその根底にあることもまた―――同時に。

「だけど……仲間だったよ。ジュンジュンは……わたしたちの……」

それもまた表面だけの言葉に過ぎないのかもしれないと感じながら、さゆみは小さく首を振る。
だが、それに対して李純もまた、はっきりと首を振り返した。

「では…再度訊こう。もし、上から命令があったら…どうする?『獣人族は“人間”にとって危険な存在だ。速やかに“除去”せよ』――と」
「―――」

一瞬、言葉に詰まった。
そして、それが何よりの答えだった。
この後どんな言葉を並べたとしても、撤回し得ない―――答えだった。

「…分かっただろう?道重。それが答えなんだ」
「じゃあ、今回の件は、その答えを知るために……?」
「知るためというよりも、はっきりさせるため……だな」

そう言う李純の瞳に浮かぶ感情を表現することは―――やはりできなかった。

「久住は黙って協力してくれたよ。……もしかしたら、久住も“答え”を知りたかったのかもしれない」
「…知ってたんだね、小春ちゃんが“吸血鬼”だってこと……」
「知っていた。知ることになったのは偶然だったが」

“吸血鬼退治”の任務を帯びた最初の会議のとき、この部屋に満ちた賑やかな喧騒がさゆみの脳裏に甦る。
思えばあのとき小春と李純の間で交わされていた会話は、半ば真相そのものだったのだと今なら分かる。

「“復讐”に傾いたのは……いつ?」
「最初から―――と言いたいところだが、それは正確ではない。……間違いないのは“答えがはっきりしたとき”―――だろうな」
「絵里とジュンジュンが“失踪”した……その後の会議ってこと―――だね」

あのとき、愛は言った。
“対象”を“除去”するのが自分たちの役目である―――と。
その“対象”がたとえかつての“仲間”であったとしても………

「リーダーは……高橋さんは―――」

言いかけて、さゆみは言葉を飲み込む。

愛にしても、それが本意であったはずはない。
だが、その内心を圧し殺してあの場に立っていた。
「リゾナンター」のリーダーとして……誰よりも思い責任と、公平さを貫く残酷さを背負って。

だが……同時に、それこそが李純の得た“答え”でもあった。
だから、さゆみはそこから先の言葉を言えなかった。

「高橋は、抵抗もしなかったよ。一言『ごめん』と言っただけで」

愛の血で染まった口元を心なしか淋しげに歪ませ、李純は両手を胸の前に上げる。
その手もまた、既に乾き始めている不吉な赤によって、斑に彩られていた。


「……最後に一つだけ訊かせてほしい」

沈黙の後、さゆみがポツリと呟くように言った。

「…なんだ?」
「小春ちゃんは…“人間”じゃなかった。あの子はあなたの“復讐”の相手だったの?ジュンジュン」

思いもよらないことを訊かれたというように、李純は一瞬視線を泳がせた。

「さあ……な。分からない。……いや、“人間”じゃないんだから違うんだろうな」
「だけど……小春ちゃんも死んだよ。あなたの“復讐”に巻き込まれて」
「………そうだな」
「身勝手だね、ジュンジュン。身勝手だよ……」
「…そうだな。だが、“復讐”なんていうものは元々……そういうものだ」
「………そうだね。だけど―――」

小さくため息を吐き、さゆみは言葉を継いだ。

「小春ちゃんは、あなたがまだ生きていることを……言わなかったよ。最後まであなたの身勝手に付き合って……そして死んだ」
「………」
「それだけは……覚えててあげて」
「……分かった」

李純の頷きに悲しげな微笑みを返すと、さゆみは手元を操作した。
微かなモーター音とともにさゆみの体が机を離れ、床の上を滑るように移動してゆく。
やがて、さゆみの乗った電動の車椅子は、李純のすぐ前で制止した。

「李純―――あなたを“人間に甚大な被害を及ぼした者”として……“除去”します」


その手に握られた、獣化能力者に相対するにはあまりにも無力な拳銃が、部屋の照明を静かに反射していた―――――








             ― 了 ―