『SINNERS~4.終幕のその先へ~』


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逃避行が終焉を迎えたことがわかっても、琳は冷静さを失わなかった。
瞬時に自分が今何をすべきなのか考える。
大丈夫。
計画していた通りに振る舞えばいい。


「痛みが二倍ってのは、どんな感じなんだろうなぁ」
「・・・どういうことですか」

粛清部隊のリーダーらしき男が話しかけてくる。
純を攻撃したのもこの男に違いない。
 ・・・そう思うと、少し冷静さを欠きそうになった。

「監視の目をかいくぐって外に出るルートは一つしかないってことは知ってたか?
 そこに罠が仕掛けられていたってことは?」
「言っている意味がわかりませんが」
「おまえらの通ってきたルートには、一時的な遠隔催眠の発生装置が仕掛けてあったのさ。
“お仕置き”のために、痛覚を通常の倍にする催眠装置がな。まさか、こんなにうまく
 引っかかってくれるとは。仕掛けを考案した日本の科学者とやらもお喜びだろうよ」

なるほど、痛覚を倍にする催眠。
そんな装置を仕掛ける余裕があるなら、もっと監視を万全な態勢にしておけばいいものを。
ずいぶんと悪趣味な人間もいたものだ。

琳は、ちらりと純の様子を見やった。
催眠にかけられているということだが、その目にはまだ力がある。
抗うことを諦めていない証拠だ。
ほっとする反面・・・やりにくいとも思う。


琳は先手を打った。

「そこまで考えていた割りには、ずいぶん間が抜けてますね!人質から先に傷つけるとは!
 彼女を傷つければ私の動きが鈍るとでも思いましたか!?」
「なんだと?」
「琳?何言って・・・」


決めたんだ。
絶対に、あなたを守ると。


「こんなの、コンピュータの技術をかって連れてきた、ただの人質ですよ!
 まあ、こうなった以上は単なる足手まといでしかありませんがね!」

言い切るより早く、琳は純の背中を蹴飛ばした。
不意をつかれた純は勢いよくつんのめる。
多少の手加減はするが、遠慮はしない。
演技だと思わせることがないよう、本気で蹴った。


「足手まといはもういらない!追撃は私一人で受けてやる!」

二人でいるところを見られた場合は、こうしようと決めていた。
自分は凶悪な脱獄囚で、純はその道案内兼人質という設定だ。
これが一番自然で、わかりやすい。
一言も相談せずに決めたことを純は怒るだろうが、彼女は賢い人だ、きっとこの意図を理解してくれるだろう。

唯一の計算外は純を怪我させてしまったことか。
その点だけは、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「さあ来い!私は逃げも隠れもしない!銭琳はここにいる!」

両腕を大きく広げて、小さな体を目一杯大きく見せる。

琳の気合に気圧されたのか、連中は誰も琳を押さえに来ない。
数で上回っていながら、完全に二の足を踏んでいる。

そんな膠着状態の中、リーダーの横にいた一人の小柄な男が気勢をあげた。

「なめるなよ、ガキが!」

男は瞬く間に琳の背後に現れる。
瞬間移動の能力者か。
死角をつかれ、琳の判断が一歩遅れる。

「死ねやぁ!」

男の武器はトンファー。
一撃が後頭部にでも入れば、即座に致命傷となるだろう。



しかし、その一撃は入らない。
男の攻撃が琳に入る前に、純の左肘が男の鳩尾に入ったから。

まったく想像もできなかった横槍に違いない。男はトンファーを取り落とし、あっさりと崩れ落ちた。
肘打ちを繰り出した勢いで立ち上がった純はすぐさまその武器を拾い、男の頭部へと打ちつける。
これで一人ノックアウト。
純は誇らしげな顔を覗かせた。

「さあ来い!私は逃げも隠れもしない!銭琳はここにいる!」

両腕を大きく広げて、小さな体を目一杯大きく見せる。

琳の気合に気圧されたのか、連中は誰も琳を押さえに来ない。
数で上回っていながら、完全に二の足を踏んでいる。

そんな膠着状態の中、リーダーの横にいた一人の小柄な男が気勢をあげた。

「なめるなよ、ガキが!」

男は瞬く間に琳の背後に現れる。
瞬間移動の能力者か。
死角をつかれ、琳の判断が一歩遅れる。

「死ねやぁ!」

男の武器はトンファー。
一撃が後頭部にでも入れば、即座に致命傷となるだろう。



しかし、その一撃は入らない。
男の攻撃が琳に入る前に、純の左肘が男の鳩尾に入ったから。

まったく想像もできなかった横槍に違いない。男はトンファーを取り落とし、あっさりと崩れ落ちた。
肘打ちを繰り出した勢いで立ち上がった純はすぐさまその武器を拾い、男の頭部へと打ちつける。
これで一人ノックアウト。
純は誇らしげな顔を覗かせた。

「純姐さん!?」

琳は勝ち誇るどころではない。

なんで。どうして。これでは二人とも組織に追われる身となってしまう。
かたや牢獄からの脱走者、かたやその脱走を手助けして粛清部隊の一員を倒した反逆者として。
知っていたのに。さっきの、まだ諦めていない目を見た時に思い出すべきだったのに。

この人は、予測のつかないことばかりする人なんだ、ってこと。


純は、右肩に刺さっていた矢を引き抜いた。止まりかけていた血が再び流れ出す。
催眠のこともある、痛くないはずがない。今度こそ致命傷になる可能性だってある。
それでも。それでも純は、琳に向かって微笑んだ。

「琳が私を死なせたくないように、私だって琳を死なせたくない。
 ・・・・・・だからもう、“命をかけて守る”のはやめにしよう?」

「くそっ、怯むな!行け!奴ら二人とも罪人だ!殺したってかまわん!」

男たちの怒号が聞こえる。
だけどそれは、壁一枚隔てた遠い世界の出来事であるかのようで。

「私を守りたいと思ってくれるなら、一緒に戦ってよ。
 敵わなくてもいい。一瞬でもいい。私は、琳と一緒に生きてみたい」

強烈な光を宿した瞳。
何を言っても無駄だと思わせる瞳。

許されることなら、このまま素直に頷いて、彼女の気持ちに応えたい。
だけど。

「私は・・・私を愛してくれた両親を死なせた。だから生きたいなんて言えない、言ってはいけないんです・・・!」

その手を取ることは許されない。
銭琳は、罪を犯してしまったのだから。


琳の両親は、異質な力を持って生まれた我が子を恐れることなく、惜しみない愛情をそそいだ。
組織に拾われた能力者の大半が親や故郷に見捨てられた者であることを思えば、琳とその両親の関係は異例のことだ。
人とは違った力を持つ娘を「おまえには神様から授かった特別な才能がある」と褒め、
娘がそれを悪用しようとした際には容赦なく叱りつける両親。
そして、その両親の愛情を一身に受けて育った娘。
理想的で模範的な両者の関係は、ある日脆くも崩れ去る。

どこで嗅ぎつけたのか、突如として琳の家に組織の関係者がやってきたのだ。
関係者は手下を引き連れ、琳を渡せと両親に迫った。
しかし両親は応じない。大事な一人娘だ、当然である。
やりとりはいつまで経っても平行線。
無論、奴らはそれで満足するような連中ではない。

口論の末に両親は殺された。それは琳が友人と旅行に出かけていた数日の間の出来事だった。

「私のせいでパパとママが死んでしまって!なのに私はその場に居合わせることもできなくて!
 彼らの嘘を平気で信じて!あの時が来るまで真実を知らなくて!」

―――『すまない。我々が到着した時には、もう・・・』

―――『仇を討ちたいだろう?ならば、我々の所に来ないか?我々には、そのための力も技術もある・・・』


―――『何度も言わせるな、銭。奴の居場所を消せ、跡形もなく。帰る場所が消えれば、奴もこちらへ来る気になるだろう』

―――『なあに、あとのことなど、どうにでもできる。例えば・・・・・・そうだな。
    “おまえの大切なものを奪ったのは、我らと敵対する組織の手の者なのだ”とかな』

「・・・・・・ずっとずっと、守られていたのに・・・」

どうして組織の差し出した手を取ってしまったのだろう。
父と母は、あんなにも私を愛してくれていたじゃないか。


自分が原因で両親を死なせてしまったのに、その両親が命をかけて拒んだ組織入りをあっさりと受け入れてしまった。
だから、牢獄に入れられた時は、罪深い自分を処分してくれるように思えて有難かった。
さすがに自ら命を絶つのは、両親の命を無駄にするようで申し訳なかったから。
李純と出会ったのは、そんな時だ。

この人を生かそう。そのために全力を尽くそう。
彼女を守って死んでいくことができたなら、両親の想いを無駄にすることなく自分の願いを遂げられる。
そういう風に思っていた。


「琳の言ってること・・・よくわかんないけどさ」

純が、ぽつりと呟いた。
はじめて出会った時のトーンと同じ、見下すような冷たさも憐れむような温さもない淡々とした口調で。
      • 自分は確か、この声に。

「琳のことを愛してくれてたご両親なら、琳に“生きててほしい”って思うんじゃない?」

そうだ。
今、はっきりと思い出した。

自分と対等に接してくれるこの声に惹かれて、純に興味を抱くようになったんだ。



「死ね、ガキども!!」

粛清部隊の男たちが次々と二人の元へ現れる。
純はさっきのお返しとばかりに琳を突き飛ばし、一人で男たちと対峙した。

「もうっ!おまえたち、うるさい!」

瞬間移動能力者の男から奪ったトンファーを、めちゃくちゃに振り回す。
純本人ですら予測のつかない不規則な攻撃。
効果的な戦闘の動きを知り尽くしている粛清部隊にとって、先読みのできないその動きは実に厄介なものだった。
打ちどころの悪かった者が一人、また一人と倒れていく。
だが、相手は戦闘のエリート。そう簡単にはいかせてくれない。


「う、わっ!」

キィン、と大きな金属音がして、純の持っていたトンファーが弾け飛ぶ。
柳葉刀を持った敵になぎ払われたのだ。
同時に、激しい手の痺れが純に伝わる。
痛覚が二倍。
確かに、いいお仕置きになりそうだと純は実感した。

「もらった!」

目の前の男が柳葉刀を振りかぶる。
あ、斬られるんだな。
純は他人事のようにそんなことを思った。
しかし、次の瞬間。

純と男の間に、蛍光ブルーのチャイナドレスが翻る。
膝上の控え目なスリットから覗く太腿が、朝日に反射して眩しい。
太腿の先の足はヒールを履いていた。
そのヒールが、男のこめかみにヒットする。
痛いだろうな。
他人事だからこそ、そんなことを思った。

「純姐さん!大丈夫ですか!?」

琳が心配そうな顔をして駆け寄ってくる。
一人片づけた直後だというのに、息一つあがっていない。
案外、敵に回したくないタイプだ。
味方でよかった、と純は胸をなでおろした。

純が無事なのを確認し、琳は言った。

「ずっと迷ってたけど、決めました。・・・・・・私は、あなたと共に生きたいです」

力強い言葉に、柔らかな表情。
その瞳にもう迷いは見られない。決意は固まったようだ。
嬉しさを押し隠すように、純はつい軽口を叩く。

「決めましたー、はいいけど、もっと早く決めてよ。死ぬかと思った」
「ええっ!?スミマセン!だけど私にも葛藤というものがありましてですね・・・」
「うるさい。行くよ」
「えー・・・・・・ハイハイ」

大丈夫、もう迷わない。
二人でなら、どこまでも生きていける。


がむしゃらに暴れ回る純。冷静に立ち回る琳。一方の背中が危ない時には、もう一方がカバーする。
二人の連携攻撃は、粛清部隊をも圧倒した。

「純姐さん!下がって!」

戦いが長引けば第二、第三の追っ手がやって来る。そうなる前に、ここで決めないと。
琳は先程倒した男の柳葉刀を拾い、その手に力を集中させた。
戦いの舞台は山林。
少々、自然破壊になってしまうが仕方がない。

「タァ!」

琳の能力は発火。手で掴んだものから炎を起こせる力。

柳葉刀が炎を纏う。
琳はそのまま刀を振るい、目の前に立っていた成木を一本なぎ倒した。
炎の刃に斬られ焼かれた木が山中に倒れる。
木に放たれた炎は、当然のように周囲の草木へ飛び火した。

「・・・・・・山火事?」
「うわあああああ!逃げろぉー!!」

あっという間に周囲が炎に包まれる。
もう、戦いどころではない。

「今のうちです、純姐さん!」

悪意のない凶悪は怖いな。
琳に手を引かれながら、純は内心で舌を巻いた。




あんなに眩しかった太陽が、今はもう傾きかけて陽の力を少しずつ落としている。
純と琳の二人はすでに山林を抜け、アスファルトで整備された山道の中を歩いていた。
時折、車が行き交う姿も見られる。
これなら、夜までには市街地へ入れるだろう。


道すがら、純は自身の事情を話してくれた。
純は中国古来の歴史を持つ獣化能力者の一族の末裔であること。
ずっとずっと村のみんなに大切にされて育ったこと。
      • ある日、力が暴走して制御できなくなって、生まれ育った村を滅ぼしてしまったこと。

348 名前:名無し募集中。。。[] 投稿日:2010/03/19(金) 00:25:17.66 0
「我に返った時にはもう村がめちゃくちゃで・・・・・・私は、自分のしたことが怖くなって
 すぐに村を飛び出した。それで、気がついたら組織の仲間になってたんだ・・・」

村の惨状を直視することができず、純は村を離れた。
崩れた家屋も荒れはてた畑も横たわったまま一切動かない人々も、何もかも恐ろしかった。
そんな純を拾ったのが、組織の関係者だった。

日中は一心不乱に体を動かすことで村のことを忘れた。しかし、夜はそうはいかない。
目蓋を閉じればすぐにあの荒廃した光景が蘇る。
そんな日々が何日も続き、たまらなくなって、とうとう純は牢獄へと足を向けた。
牢獄の中になら、自分よりも遥かに罪深い人間がいるかもしれない、
自分の罪なんてちっぽけだと思えるくらいの重罪人に会えるかもしれない、と思って。

「なのに、そこにいたのはこんなちっちゃな女の子で・・・・・・しかも突然泣くし」

あの涙を見て、完全に目が覚めた。
自分はなんと卑怯だったのだろう。他人を見下して安らぎを得ようとするなんて。

愚かさを自覚することで、自らの罪から目を逸らすのをやめた。
守ろう。この子を守ろう。
それが村人たちへの罪滅ぼしになるとは思わない。ただの自己満足で構わない。

――――きっと、もう少しこの子と一緒に生きてみたいだけなんだ。


「さーって!あれだけ派手にやったんだから、私たち見つかったらきっと殺されるぞ!これからどーするの?」
「うーん、とりあえずこの国にはいられませんねぇ・・・密航船にでも乗せてもらいます?」
「おっ、それいいね!決まりっ!」

純は、一生みんなの命を背負って生きていくことを決めた。
しかしまだ、村に戻って直接「ごめんなさい」を伝える勇気はない。
琳は、両親の遺志を受け止めて生きていくことを決めた。
しかしまだ、自分が両親を死なせたという心の傷が完全に消えたわけではない。

きっと、それでいいのだろう。

今はまだ、言えない言葉。
今はまだ、癒えない傷も。
いつかきっと、いえる日が来るから。
だからその時までは
共に悩み、共に苦しみ、共に成長し合っていけばいい。

二人はこれから、生きていくのだから。


「どこの国に行くことになるんだろ。ロシア?日本?欧米?・・・偽名とか持ってたほうがいいかな?」
「偽名・・・ハッ!私、日本だったら絶対ルフィって名乗ります!なんだったら、チョッパーでもいい!!」
「・・・意味わかんない。というか、必死すぎてちょっと気持ち悪い・・・」
「そうだよ私日本語ちょっと話せるし!コンニチハ!アリガトウ!オーサカウマイネン!」
「私は英語ならちょっとだけ話せるから、アメリカやフィリピンでいい・・・・・・」

ちなみに。
二人のたどり着いた国が日本で、
“偽名”が「ジュンジュン」と「リンリン」になるのは
もう少し先のお話。