独占欲(2)


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   ☆     ☆     ☆

記録の中では李純が何故、神獣としての覚醒を求めているのか、その理由を老人に説明していた。
町を襲う悪意と対決するためだと真意を明かす李純。
不審な死の連続。
少年少女に限られた怪死事件。
死に見舞われた家は、遺骸を人目に晒さないようにして弔っているが、仲の良い友人が亡くなった李純は、最期の別れをしようと友人の家に忍び込んだ。
そこで李純が見たものは生気を吸い取られたように干からびた遺骸だった。 そして首筋には何かに噛みつかれたような傷があった。

李純の言葉に目を妖しく光らせる老人だったが、それは悪質な疫病ではないかと李純に告げる。

「私も随分と長く生きてきた。
その間には色んなことがあった。 とても不思議で人間には解明できないような怪異もあった。
しかし殆どのことは後になってみれば、人の道理の範疇で収まることばかりだったよ、純」

殊更に平静を装って李純を宥めようとする老人だったが、李純は反駁する。

「亡くなった友達は前日までとても元気に遊んでいました。
それが僅か一日の内にあんな無惨な亡くなり方をするとは私には信じられません」

子供たちは殺されたのだと断言する李純。 その犯人も見当は付いているという。
李純の住む町に赴任してきた、農業指導の役人が怪しいと言い立てる。

「亡くなった子供たちの殆どが、非番の役人と親しく話したり、一緒に歩いたりしていました」

「たったそれだけの理由でその役人を疑うというのか」

「両親もそう言いました。でもあの王偉という役人は普通じゃありません。 まるで魔物に憑かれたような目をしています。」

「お前が親しい友人を失って、悲しんでいるのはわかる。
だがな、そういうときだからこそお前は冷静であるべきだ。 
仮にお前の友人の死が、誰かによってもたらされたものだとしたなら、その罪を裁くのは人の法でなければならん。
何故ならばおまえたちは人なのだから。
当地で李家といえばそれなりの格式を持った家として知られている。
その家の娘が通報すれば、捜査当局も動いてくれるのではないかな」

「お祖父様、それは無理です。王偉はこの地に赴任してきた直後から、警察に取り入ってます。
今じゃ署長とは友人づきあいをしています。
…それに、警察官の様子もこの頃おかしいのです。 どこか王偉に似てきたような」

更にここ数週間通信網が途絶している上に、地震による山崩れで塞がった道路の復旧も遅れていて、中央と連絡する手段も無い現状を老人に説明する李純。

「つまり、この地は陸の孤島というわけだな」

「はいっ。 そしてここ十日間だけでも馬家、曹家、張家、朱家で弔いが執り行われました。」

涙声で自らの町に訪れた災厄を訴える李純。

「待て。 不幸のあった家の名をもう一度繰り返すのだ。 おまえの知っている限り、全部」

李純の挙げた家の名を聞くにつれ、老人の顔が曇っていく。

「なんと、どの家も神獣の血が色濃く伝わっている家ではないか」

暫しの熟考の後、気が付いたように李純に告げる。

「もう日が落ちかかってるぞ、家にお帰り。 
もしも今度不審な死があったら必ず私に知らせなさい。 私も少し思案してみる」

重い足取りで家に帰ってきた李純。
気持ちは落ち込んだままだったが、別れ際の祖父の言葉に僅かな燭光を見出そうとしている。

「李姐、お帰り。 何処へ行ってたの」

無邪気な声を聞き、李純の顔に明るさが射す。

「銭琳」

李純の家の近所に住む年下の少女、銭琳だった。
二人は少し年は離れているが、姉妹のように仲が良かった。

「クカカカカカ」

李純の貌が固まる。
銭琳の家から一人の男が出てきた。
農業指導の為にこの地に赴任してきた王偉だった。

「クカカカカ」

王偉のどこか滑稽で不気味な笑い声が夕闇迫る町に響く。

    ★    ★    ★

「この記録は『呪われた町』のパスティーシュですね」

カメノフ氏の持ち込んだ記録から感じられた違和感の正体がようやく判ったので、口にした。

「『呪われた町』? それは何ですか」

カメノフ氏が頑健極まりない首を傾げている。

「『呪われた町』はホラー小説の古典的な名作の一つです。 作者はスティーブン・キング、英語の原題は確か“'Salem's Lot”」

「おう、そちら方面には疎いものでして。 その小説はそんなにメジャーなものですか」

「私も詳しい訳じゃありませんが、自分達の故郷を蹂躙する吸血鬼に立ち向かっていく主人公を描いた長編です。
ま、長編とは言ってもキングの作品の中じゃ、比較的読みやすいボリュームなんですがね」

おぼろげな記憶を頼りに言葉を紡ぎだす。

「パスティーシュとはどのような点なのでしょうか」

「獣化能力者の苦悩を描いた話や吸血鬼と戦うような話は他にもたくさん存在します。
ただ私がこの『immortality』と題された文章を『呪われた町』の模倣だと判断したのは、話の構成にあります」

「ほう、構成と言いますとどのような」

「『呪われた町』では冒頭で主人公の男性が、かつて吸血鬼の災厄に見舞われた自分たちの故郷で、吸血鬼の復活を知る場面から始まります。
そのことを知って脅えるもう一人の生き残りの少年。 二人は復活した吸血鬼と戦う決意をします。
そして教会に行き神の加護を得るため聖水を授かります。 そして過去の回想場面に移るという構成が酷似しています。
おそらく、『immortality』の作者はホラー小説のファンであり、リゾナン史にも興味を持っていた。
自分の好きなジャンルを融合させた創作が『immortality』という二次創作だったわけです」

記録の中では事態が急速に進行していた。

  ☆     ☆     ☆

家に戻った李純は王偉への不信感を家族に訴えるが、取り合っては貰えない。
翌朝、また子供の犠牲者が出たことを知らされた李純は、前日王偉と一緒にいた銭琳ではないかと思ったが違っていた。
しかし次は銭琳が危ないと考えた李純は改めて祖父に相談しようと、家族の制止を振り切って洞窟に向かう。
祖父が隠棲している横穴に辿り着いた李純は、飴のように折れ曲がった鉄格子を目にする。
中に祖父の姿はなかった。
祖父を拘束していた鎖を固定していた岩肌は崩落し、僅かばかりの什器は破壊しつくされている。
祖父の安否を気遣った李純は、持参してきた灯で地面を照らす。
泥で汚れた足跡のようなものが残されていたが、どの程度の大きさのものか判別できないぐらいに踏み荒らされている。
洞窟の奥に気配を感じ、歩を進める李純。

「お祖父様、何処にいらっしゃるのです」

祖父への呼びかけは岩肌に吸い込まれていく。
何かの気配は段々と強くなっていく。
それは気配を通り過ぎて、何かの息遣い、臭気、唸り声として李純の五感に訴える。
逃げ出したくなる気持ちを必死で抑え、歩みを止めない。
洞窟の行き止まりらしきところに辿り着いた。
そこには確かに何かがいる。
恐る恐る灯を向けると、そこには捜していた人がいた。
祖父は襤褸切れのようになった衣服を申し訳程度に身につけていた。
手足を拘束していた鎖は消えていた。
露出している肌は赤黒く染まっている。

「お祖父様!!」

悲鳴を挙げて駆け寄る李純。
傷の手当てをしようと老人の痩せた体を抱きしめる。
老人の息遣いは激しかったが、それでもしっかりとしていた。
肌は血で染まっていたが、流れ出ている様子は無い。
見られないように背けていた顔に、灯を当てると老人の口元が血で濡れていた。

「一体、何があったのです。 お体に怪我はないのですか」

「…違うのだ、純」 消え入りそうな声を搾り出す老人。

「違うとは、何が違うのです」

「私の体には怪我は無い。…ただ」

「ただ?」

「完全な獣化が起こってしまった。 ここ数年無かったことが起きてしまった」

小一時間後、李純は老人と瓦礫の山となった横穴の中で対峙していた。
半裸の状態だった老人には、瓦礫に埋もれていた衣服を探し出した。

「西洋に伝わる伝説の人狼のように、月が満ちる度に身体の奥底から湧き出てくる獣化への衝動。
理性の力でここ数年は抑えられてきた。 
このまま何十年か何百年後、あるいは何千年後にこの身体が朽ち果てるまで、人として生きていける、そう思っていたのだが」

「私が悪いのです。 あのようなことをお祖父様の耳に入れたりして」

泣きながら詫びる李純を優しく見つめる老人。
その様子は最前とは違って、穏やかな孫を思う祖父の姿そのものだった。

「純や、お前は正しい。
お前が私の世話をするために、この棲家を訪れるようになって一年ぐらいのものだろう。
決して長い時間ではないが、それでもお前という人間を知るには十分だ。
お前には物事の本質を洞察する力が備わっている。
お前は物事の本質を熟考によって導き出すのではなく、本能的な反応によって導き出している。
私は昨晩お前が帰ってから、血の騒ぐに任せて、この洞窟を飛び出した。 山野で獣を駆り立てる為にな」

老人の口元が血塗られていたことを思い出す李純。

「さぞや浅ましいと思っているのであろうな、わしのことを」

「いえ、そのようなことは。 お祖父さまはこのようにとても優しい方です」

李純の言葉に老人は僅かに頬を緩めた。

「哀れな贄を追い求めて山野を駆けていた私は、この地を禍々しい邪気が覆い尽くそうとしていることに気づいた。」

「お祖父さま、その邪気とは」

「おそらく、お前が話していた王偉という男と関係があるのだろうな」

老人の言葉を耳にすると李純は小さく頷いた。

「王偉は一体何の目的で、この町の人たち、それも子供ばかりを狙うのでしょう」

「この地に集いし神獣の末裔の者達の血を取り込むことで、神獣の力を独占できると思っているのであろうな」

「神獣の力?」

「ああ、そうだ。 神獣としてまだ目覚めていない子供でも神獣の力はその奥底に秘めているだろう。
神獣として覚醒した者を襲うよりも、安全にその力を手にすることは出来ると考えたのだろうな」

「何て卑劣な」

「そして、その思惑は正しかったようだ。 
昨夜、わしが感じた邪気の強さ、あれを発しているのが人だとしたら、もう既に魔に取り込まれているだろう。
おそらく、人の手であれを倒すことは不可能だ。 それが叶うとしたら神獣のみ」

「お祖父さま」

「純よ、わしは決めた。 王偉という男はわしが倒す。  それがわしに与えられた使命だろう」

「わたしも手伝います」

「勿論それはお前の力なしには不可能だ。 もっともお前に神獣として目覚て奴と戦えとは言わん。
わし以降の一族の覚醒は東欧で出会った魔女へケートとの契約で封印してしまい不可能なのだから。
そんな生身の人間であるお前にはかえって危険な役目かもしれないが、手伝ってくれるかな?」

「勿論です。 私の生まれ育った町を汚し、同胞の命を奪った悪しき存在を倒すためならどんなことでもします」

「ならば、策を授けよう」

老人は他に聞く者がいないのにもかかわらず、李純の耳元に口を寄せて何事かを囁いた。