沖縄戦集団自決命令問題


<目次>

1.集団自決「軍命令は創作」初証言 元琉球政府の照屋昇雄さん(平成18年8月)



「集団自決」削除抗議と沖縄サヨク1 of 2
 

「集団自決」削除抗議と沖縄サヨク2 of 2
 第二次大戦末期(昭和20年)の沖縄戦の際、渡嘉敷島で起きた住民の集団自決について、戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄さん(82)=那覇市=が、産経新聞の取材に応じ「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」と証言した。渡嘉敷島の集団自決は、現在も多くの歴史教科書で「強制」とされているが、信憑(しんぴょう)性が薄いとする説が有力。琉球政府の当局者が実名で証言するのは初めてで、軍命令説が覆る決定的な材料になりそうだ。
 照屋さんは、昭和20年代後半から琉球政府社会局援護課で旧軍人軍属資格審査委員会委員を務めた。当時、援護法に基づく年金や弔慰金の支給対象者を調べるため、渡嘉敷島で聞き取りを実施。この際、琉球政府関係者や渡嘉敷村村長、日本政府南方連絡事務所の担当者らで、集団自決の犠牲者らに援護法を適用する方法を検討したという。
 同法は、軍人や軍属ではない一般住民は適用外となっていたため、軍命令で行動していたことにして「準軍属」扱いとする案が浮上。村長らが、終戦時に海上挺進(ていしん)隊第3戦隊長として島にいた赤松嘉次元大尉(故人)に連絡し、「命令を出したことにしてほしい」と依頼、同意を得たという。
 照屋さんらは、赤松元大尉が住民たちに自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出。これにより集団自決の犠牲者は準軍属とみなされ、遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようになったという。
 照屋さんは「うそをつき通してきたが、もう真実を話さなければならないと思った。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった」と話している。
 300人以上が亡くなった渡嘉敷島の集団自決は、昭和25年に沖縄タイムス社から発刊された沖縄戦記「鉄の暴風」などに軍命令で行われたと記されたことで知られるようになった。作家の大江健三郎さんの 「沖縄ノート」(岩波書店) では、赤松元大尉が「『命令された』集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長」と書かれている。
 その後、作家の曽野綾子さんが詳細な調査やインタビューを基にした著書 「ある神話の背景」(文芸春秋) で軍命令説への疑問を提示。平成17年8月には、赤松元大尉の弟らが岩波書店と大江さんを相手取り、損害賠償や書物の出版・販売の差し止め、謝罪広告の掲載を求める訴えを大阪地裁に起こしている。(豊吉広英)
                  ◇
【用語解説】渡嘉敷島の集団自決
 沖縄戦開始直後の昭和20年3月28日、渡嘉敷島に上陸した米軍から逃げた多数の住民が、島北部の山中の谷間で手榴(しゅりゅう)弾のほか、鎌(かま)、鍬(くわ)などを使い自決した。武器や刃物を持っていない者は、縄で首を絞め、肉親を殺害した後に自分も命を絶つ者が出るなど悲惨を極めた。渡嘉敷村によると、現在までに判明している集団自決の死者は315人。
【用語解説】戦傷病者戦没者遺族等援護法
 日中戦争や第二次大戦で戦死、負傷した軍人や軍属、遺族らを援護するため昭和27年4月に施行。法の目的に「国家補償の精神に基づく」と明記され、障害年金や遺族年金、弔慰金などを国が支給する。サイパン島などの南方諸島や沖縄で日本軍の命を受けて行動し、戦闘により死傷した日本人についても戦闘参加者として援護対象とされている。
                  ◇
≪「大尉は自ら十字架背負った」≫
 「大尉は、自ら十字架を背負ってくれた」。沖縄戦の渡嘉敷島で起きた集団自決の「軍命令」を新証言で否定した元琉球政府職員、照屋昇雄さん(82)。島民が年金や弔慰金を受け取れるようにするために名前を使われた赤松嘉次元大尉は、一部マスコミなどから残虐な指揮官というレッテルを張られてきた。照屋さんは、自分のついた「うそ」で、赤松元大尉が長年非難され続けてきたことがつらかったという。
 赤松元大尉は昭和19年9月、海上挺身隊第3戦隊の隊長として渡嘉敷島に赴任した。任務は120キロ爆雷を積んだベニヤ製特攻艇を使った米艦船への体当たり攻撃。ところが、20年3月の米軍主力部隊上陸前、作戦秘匿を理由に出撃前に特攻艇の自沈を命じられ、終戦まで島内にとどまった。
 戦傷病者戦没者遺族等援護法では、日本軍の命令での行動中に死傷した、沖縄やサイパンの一般住民は「戦闘参加者」として準軍属として扱うことになっている。厚生労働省によると、集団自決も、軍の命令なら戦闘参加者にあたるという。
 照屋さんは、本来なら渡嘉敷島で命を落とす運命だった赤松元大尉が、戦後苦しい生活を送る島民の状況に同情し、自ら十字架を背負うことを受け入れたとみている。
 こうして照屋さんらが赤松元大尉が自決を命じたとする書類を作成した結果、厚生省(当時)は32年5月、集団自決した島民を「戦闘参加者」として認定。遺族や負傷者の援護法適用が決まった。
 ただ、赤松元大尉の思いは、歴史の流れのなかで踏みにじられてきた。
 45年3月、集団自決慰霊祭出席のため渡嘉敷島に赴いた赤松元大尉は、島で抗議集会が開かれたため、慰霊祭に出席できなかった。中学の教科書ではいまだに「『集団自決』を強制されたりした人々もあった」「軍は民間人の降伏も許さず、手榴弾をくばるなどして集団的な自殺を強制した」(日本書籍)、「なかには、強制されて集団自決した人もいた」(清水書院)と記述されている。
 渡嘉敷村によると、集団自決で亡くなったと確認されているのは315人。平成5年、渡嘉敷島北部の集団自決跡地に建てられた碑には、「軍命令」とは一切刻まれていない。渡嘉敷村の関係者が議論を重ねた末の文章だという。村歴史民俗資料館には、赤松元大尉が陸軍士官学校卒業時に受け取った恩賜の銀時計も飾られている。
 同村の担当者は「命令があったかどうかは、いろいろな問題があるので、はっきりとは言えない。しかし、命令があったという人に実際に確認するとあやふやなことが多いのは事実。島民としては、『命令はなかった』というのが、本当のところではないか」と話した。
 今回の照屋さんの証言について、「沖縄集団自決冤罪(えんざい)訴訟を支援する会」の松本藤一弁護士は「虚偽の自決命令がなぜ広がったのか長らく疑問だったが、援護法申請のためであったことが明らかになった。決定的な事実だ。赤松隊長の同意については初めて聞く話なので、さらに調査したい」とコメント。昨年、匿名を条件に照屋さんから話を聞いていた自由主義史観研究会の代表、藤岡信勝拓殖大教授は「名前を明かしたら沖縄では生きていけないと口止めされていたが、今回全面的に証言することを決断されたことに感動している。また一つ歴史の真実が明らかになったことを喜びたい」と話している。
 照屋さんは、CS放送「日本文化チャンネル桜」でも同様の内容を証言。その様子は同社ホームページで視聴することができる。(下の動画参照)


「軍命令はなかった」4-3(H19.4.5)
 

軍命令は創作!沖縄集団自決
                  ◇
≪「真実はっきりさせようと思った≫
 照屋昇雄さんへの一問一答は次の通り。
 --なぜ今になって当時のことを話すことにしたのか
 「今まで隠し通してきたが、もう私は年。いつ死ぬかわからない。真実をはっきりさせようと思った」
 --当時の立場は
 「琉球政府社会局援護課で旧軍人軍属資格審査委員会委員の立場にあった。以前は新聞記者をしていたが、政府関係者から『援護法ができて、軍人関係の調査を行うからこないか』と言われ審査委員になった。私は、島民にアンケートを出したり、直接聞き取り調査を行うことで、援護法の適用を受ける資格があるかどうかを調べた」
 --渡嘉敷ではどれぐらい聞き取り調査をしたのか
 「1週間ほど滞在し、100人以上から話を聞いた」
 --その中に、集団自決が軍の命令だと証言した住民はいるのか
 「1人もいなかった。これは断言する。女も男も集めて調査した」
 --ではなぜ集団自決をしたのか
 「民間人から召集して作った防衛隊の隊員には手榴(しゅりゅう)弾が渡されており、隊員が家族のところに逃げ、そこで爆発させた。隊長が(自決用の手榴弾を住民に)渡したというのもうそ。座間味島で先に集団自決があったが、それを聞いた島民は混乱していた。沖縄には、一門で同じ墓に入ろう、どうせ死ぬのなら、家族みんなで死のうという考えがあった。さらに、軍国主義のうちてしやまん、1人殺して死のう、という雰囲気があるなか、隣の島で住民全員が自決したといううわさが流れ、どうしようかというとき、自決しようという声が上がり、みんなが自決していった」
 --集団自決を軍命令とした経緯は
 「何とか援護金を取らせようと調査し、(厚生省の)援護課に社会局長もわれわれも『この島は貧困にあえいでいるから出してくれないか』と頼んだ。南方連絡事務所の人は泣きながらお願いしていた。でも厚生省が『だめだ。日本にはたくさん(自決した人が)いる』と突っぱねた。『軍隊の隊長の命令なら救うことはできるのか』と聞くと、厚生省も『いいですよ』と認めてくれた」
 --赤松元大尉の反応は
 「厚生省の課長から『赤松さんが村を救うため、十字架を背負うと言ってくれた』と言われた。喜んだ(当時の)玉井喜八村長が赤松さんに会いに行ったら『隊長命令とする命令書を作ってくれ。そしたら判を押してサインする』と言ってくれたそうだ。赤松隊長は、重い十字架を背負ってくれた」
 「私が資料を読み、もう一人の担当が『住民に告ぐ』とする自決を命令した形にする文書を作った。『死して国のためにご奉公せよ』といったようなことを書いたと思う。しかし、金を取るためにこんなことをやったなんてことが出たら大変なことになってしまう。私、もう一人の担当者、さらに玉井村長とともに『この話は墓場まで持っていこう』と誓った」
 --住民は、このことを知っていたのか
 「住民は分かっていた。だから、どんな人が来ても(真相は)絶対言わなかった」
 --あらためて、なぜ、今証言するのか
 「赤松隊長が余命3カ月となったとき、玉井村長に『私は3カ月しか命がない。だから、私が命令したという部分は訂正してくれないか』と要請があったそうだ。でも、(明らかにして)消したら、お金を受け取っている人がどうなるか分からない。赤松隊長が新聞や本に『鬼だ』などと書かれるのを見るたび『悪いことをしました』と手を合わせていた。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂ける思い、胸に短刀を刺される思いだった。玉井村長も亡くなった。赤松隊長や玉井村長に安らかに眠ってもらうためには、私が言わなきゃいけない」
<産経新聞>

沖縄集団自決 軍命令の虚構まとめ
 ・集団自決を命じる軍の命令書、公文書等が一通も出てこない。
 ・『鉄の暴風』の執筆者は現地取材をしていない。
  ・那覇で証言の聞き取りをしたが、その証言者は渡嘉敷島の住民ではなく「渡嘉敷島の住民から話を聞いた人」だった。
 ・『鉄の暴風』が発売されたときは、GHQの情報統制下だった。
  ・GHQは日本に WGIP (“War Guilt Information Program戦争の罪悪感を日本人に植えつけるための宣伝計画)をやった。
 ・ 『沖縄ノート』の著者、大江健三郎氏も現地取材を一度も行っていない。
  ・伝聞だけで赤松大尉を悪逆非道の人物として報道し、著書に描いたことが判明している。
 ・昭和32年に初めて現地住民が集団自決命令を証言した。
  ・その年に戦傷病者戦没者遺族等援護法が成立し、その後厚生省援護局の聞き取りが行われた。
   ・そのとき初めて現地住民が「日本軍による集団自決命令があった」と証言した。
 ・ちなみに、集団自決が軍命令の場合、軍属の遺族としてもらえる遺族年金は年額196万2500円。
  ・子供だけでなく孫にも受給資格があり、戦後62年経った今でも支給され続けている。
  ・約3000人の沖縄県民がこの恩給を受けており、本土復帰後35年間で一人あたり約7000万円を手にしている。


体験者が語る集団自決の真実―沖縄県民は潔く戦った①
 

体験者が語る集団自決の真実―沖縄県民は潔く戦った②

体験者が語る集団自決の真実―沖縄県民は潔く戦った③

日本文化チャンネル桜
防人の道 今日の自衛隊 -10月12日号
ゲスト:皆本義博(元陸軍海上挺進第3戦隊中隊長・陸軍海上挺進第3戦隊戦友会会長)

沖縄戦での集団自決をめぐる「沖縄集団自決冤罪訴訟」や教科書記述をめぐる様々な動きについて、"あの時"渦中の渡嘉敷島で戦った皆本氏をスタジオにお招きし、現地証言者のVTRを見ながらお話をお聞きします。

2.沖縄抗議集会に11万人も参加したのか(平成19年9月)

【沖縄】なぜ2万人が11万人になるのか元共産党員が暴露
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1307900 (コメントを非表示にする場合は、右隅のヒヨコマークをクリック)

左の動画をご覧ください。
要約すると、
- 熊本大学の学生が航空写真を拡大して、人数を一人一人数えた ところ、 1万3037人 だった。
-ところが 集会主催団体の人数の計算方法は、集会に参加した各政治団体が個別に発表した人数を足し算する方法 だった。
-この方法では、一人の人間が、○○党・××の会という複数の団体に所属していたら、一人の同じ人間が複数勘定される。そのせいで 11万人になった



「軍命令」はなかった! 沖縄「集団自決」をめぐる顛末①
 

「軍命令」はなかった! 沖縄「集団自決」をめぐる顛末②

「軍命令」はなかった! 沖縄「集団自決」をめぐる顛末③

日本文化チャンネル桜
防人の道 今日の自衛隊 -10月15日号
ゲスト:奥 茂治(南西諸島安全保障研究所 副理事長)

沖縄集団自決に「軍命令」があったとする言説や主張を巡る様々な動きについて、現地の情勢に詳しい氏にお聞きします

議論に負けた沖縄タイムス某記者、コソコソ船に乗り逃げ

九月二十九日の沖縄県民集会の参加者数十一万人の報道におびえて、福田首相、渡海文科相は高校教科書の検定の修正を事実上容認した。実際の数字については色々の説は出たが、警備会社の「テイケイ」が航空写真を拡大して綿密に数えた所、一八、一七九人とのことである。これは、昭和五十七年、高校教科書の検定で「侵略を進出に書き換えさせた」というマスコミの誤報の元に、当時の宮沢官房長官が「近隣諸国条項」を発表したことにも類似している。
 沖縄集団自決問題とは、昭和二十年三月末に米軍が沖縄に上陸した時、沖縄本島の南西に位置する座間味島で一七二名、渡嘉敷島で三一五名の住民が集団自決したといわれることである。
 これが問題となったのは占領中の厳しい言論統制下で、沖縄タイムスが「日本軍により集団自決が強制された」と記し、昭和二十五年に「鉄の暴風」として出版した事に始まる。この裏には 米軍の占領政策である「ウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム」の沖縄版である 「ニミッツ布告」 がある。即ち 沖縄住民の恨みを米軍から日本軍に振り向けるために、住民自決を軍の命令によるものと宣伝した のである。これも原爆投下、日本の主要都市爆撃による一般住民虐殺という米軍の戦争犯罪を糊塗するために、エドガー・スノーの「アジアの戦争」を読んだマッカーサーが「南京大虐殺」を極東国際軍事裁判で宣伝したことと同様である。

3.「沖縄戦集団自決命令問題」に立ちはだかる「バカの壁」

ウチナンチュー(沖縄県人)が知らない、太平洋戦争(大東亜戦争)での沖縄
沖縄は今も英霊に守られている 沖縄県民斯ク戦ヘリ 内)
まずは上記リンク・「新ゴーマニズム宣言SPECIAL 沖縄論 (単行本)」を参照。沖縄の真実が盛り込まれています。
沖縄県は太平洋戦争(大東亜戦争)において戦場となった地です。
戦後間もなく沖縄県はアメリカの配下にありました。その当時の沖縄県の学校は日本のことを正しく教えていました。しかし本土復帰とともに一転、日本の悪口を言いたい放題になってしまいました。これにより、ヤマトンチュー(大和人)とウチナンチュー(沖縄人)との間で分断が発生してしまいました。これはとても空恐ろしいことです。これがこの戦争における認識に大きな差を生んでしまったのです。そこに赤い勢力がうまく入り込んでしまったものですから、世にも恐ろしいことです。(瀬長は共産主義者だ日本のために尽くした愛国者である。必ずしも共産主義が進んでるとはいいにくい)
考えても見てください。たとえば大阪の学校で東京の悪口を言いたい放題やって、大阪人が東京人を徹底的に憎み放題となったらどうでしょうか?これを考えるにつけ、このような分断が発生することは国の乱れのもとです。日本は地政学的に見てこういう分断が発生することは、主権侵害につながるもとです。実際インド・パキスタンの間で、カシミールをめぐってもめているわきで、中国がアクサイチンを分捕ったのです。
そこに民主党が沖縄に対して「一国二制度」を提唱しています。先述のとおり分断=主権侵害という特殊な地政学が発生しているところへこんな制度を作ることは、実質「沖縄を中国に売り飛ばす法案」となってしまうのです。幸い上記リンクに掲載されている論文を発表した沖縄人少年が現れたことは、分断を生み出した「バカの壁」をぶち破る第一歩と言えましょう。ぜひ当サイトに沖縄に関する情報をどしどし盛り込んでいただきたいものです。

4.関連動画:小林よしのり『沖縄論』(宮台氏・萱野氏との鼎談)


左翼イデオロギーに感染していった在日コリアンと沖縄
<推奨図書>

新ゴーマニズム宣言SPECIAL 沖縄論 (単行本)

【右翼と左翼】小林よしのり 現在の沖縄
 

【右翼と左翼】小林よしのり 沖縄論について
※動画のコメント欄にあるが、小林よしのり氏も「米軍基地の78%は沖縄にある」などの間違った情報をまだ信じ込んでいるので注意(下の「基地78%は大嘘、沖縄の実態」参照)
※また、小林よしのり氏・宮台真司氏の立場はいわゆる 「反米保守」 であり、昨年の参院選で安倍首相を大敗させ、結果的に福田売国政権誕生に一役買ったことに留意が必要。

【沖縄の空気】小林よしのり氏招聘のその後-高里洋介氏に聞く
小林よしのり氏を沖縄に招聘したために、職場などで理不尽な逆風に遭われたという高里洋介氏に、沖縄の言語空間や社会の現状についてお聞きします。
左翼ファシズムが跋扈する沖縄

5.抗議集会を冷ややかに見ていた沖縄県民も多い

1 名前: ちゅらさん 投稿日: 2007/08/24(金) 01:01:36 ID:GSqXhNmk
知事までも出席するという来月29日の県民大会について語りましょう。
因みに当初は「23日・糸満」の予定でしたが、「29日・宜野湾」に変更する方針となりました。

2 名前: ちゅらさん 投稿日: 2007/08/24(金) 01:13:55 ID:oT.PFCpY
知事も大変ダナァ

3 名前: ちゅらさん 投稿日: 2007/08/24(金) 01:20:46 ID:8aZCy4M2
かなりショボイ集会になると容易に想像出来てしまう。

4 名前: ちゅらさん 投稿日: 2007/08/24(金) 01:21:15 ID:yoi5H7cI
俺の予想
「県民は実はそこまで興味は無い」
=29日は、実行委員会の予想を大きく下回る人の少なさになるものと思われ。
少女暴行事件の時は、「基地うんぬん」じゃなくて、それ以前にショッキングすぎる事件だったし、「親として」「一県民として」思うところがあったし他人事じゃなかったのであんだけ集まった。
だけど、その集会は、バカが国旗燃やしたりとか、勝手な声明文を読んだりだとかで、左翼とかが全共闘時代よろしくで自己満足に酔ってるだけで、集まった県民に対して何のフォローも無く解散した感じだったので「肩透かし」をくらった感じで帰った人も多かったと思う。
あれを覚えてるヤツは間違いなく来ないね。

5 名前: ちゅらさん 投稿日: 2007/08/24(金) 08:59:30 ID:cK2JkAKk
まぁ、お得意の水増し主催者発表でお茶を濁し、各テレビ局が協力して放映!
バカアナがヒステリックに的外れなコメントをして終了!

6 名前: ちゅらさん 投稿日: 2007/08/24(金) 12:52:46 ID:SDdVqUB.
結局、テレビ用なんだよな。
そんなスポット映像のためにわざわざ集まるかっつーの。
「行かざるをえない空気」を作ってる事のほうがむしろ軍国時代みたいで違和感を感じるのだが。
「行かない」という選択肢も尊重してくれる社会に戻してくれ。
知事も大変ね・・・

7 名前: ちゅらさん 投稿日: 2007/08/24(金) 13:22:47 ID:CccHQPHw
こう何か起きるたびに何度も県民大会を開催すると、
重要性というか、重みがなくなるような気がする・・・
ああ、またか。みたいな、軽い扱いに。

8 名前: ちゅらさん 投稿日: 2007/08/24(金) 18:44:33 ID:8aZCy4M2
今日の昼頃、県庁周辺で毎日・シュプレヒコールをあげてる市役所・県庁の組合員が
「日曜の県民集会を成功させよう!」と叫んでいたが・・・
それに続けて「安保条約破棄!」とか叫んでた。
こんな連中と一緒じゃ、与党が参加を渋るのは仕方が無いね。





6.沖縄左翼活動家が「軍命令はなかった」と事実認める(平成21年6月)


【直言極言】沖縄集団自決・動き始めた沖縄の言論界
「住民に自決を強いた『軍命令』はなかった」と、決定的な証言や検証を元にチャンネル 桜でもたびたび取り上げてきた沖縄集団自決問題。現地・沖縄では今なお、『鉄の暴風』 『沖縄ノート』の内容が真実とされているが、その空気に抗うかのように、『うらそえ文 藝』編集長・星雅彦氏と、「1フィート運動」創始者でもある上原正稔氏が、地道な取材 や調査の結果、「軍命令はなかった」と勇気ある主張を明らかにした会見の模様をお送り します。

沖縄二紙の開き直り 記者会見の動画(狼魔人日記)

【沖縄集団自決】「軍命令はなかった」-『うらそえ文藝』会見・前半

【沖縄集団自決】「軍命令はなかった」-『うらそえ文藝』会見・後半

7.沖縄の最悪の反戦平和活動家は北朝鮮と繋がっている


全駐労が今回脱退した 沖縄平和運動センター の方が、実にいかがわしい政治色を感じる。
率直に言ってここは 平和運動の名を借りた左翼革命運動団体 である。
あの 日教組 と似た性格の 売国組織 である。

このセンターに関係する人間は 北朝鮮 とのつながり も深い。

例えば 平良研一 沖縄キムジョンイル著作研究会会長(沖縄大教授)、
有銘政夫 沖縄軍用地違憲訴訟支援県民共闘会議議長、
佐久川政一 沖縄主体思想研究会会長、 島袋宗 康参院議員、
米盛裕二 沖縄大教授、 下地玄栄 ・同、
仲宗根義一 沖縄平和運動センター事務局長、 金城睦 弁護士など
沖縄の左翼運動のそうそうたるメンバーがいる。
これらのメンバーはキム総書記推戴1周年、朝鮮民主主義人民共和国創建50周年で祝賀宴にも参加している。

さらにこのセンターは北朝鮮の利権擁護とその民族的関係者の多い 社民党 主導の団体 でもある。
センター議長の 崎山嗣幸 も社民党県会議員である。
そういえば元沖縄県知事で現参院議員の 大田昌秀 も社民党の議員であり、かつての知事時代には百何十名もの北朝鮮ファンを率いて、ピョンヤンに詣でていた。この人もセンターとかかわりが深い。

さらに沖縄平和運動センターの支持団体は、 自治労沖教祖 それに 沖縄タイムス琉球新報 などとくれば、この団体の素性はおのずと明らかだろう。

沖縄県の反戦平和活動家は北朝鮮の工作員である。

実情を見るとそう思われても仕方のない言動の人たちばかりである。

また未確認だが沖縄には 成りすましの在日朝鮮人 が多数入り込んでいるという。
彼らは通名(日本人名)を自由に幾通りにも使えるので、沖縄では地域特有の通名、例えば金城、島袋、儀間、平良・・・などを名乗るという。
また 朝鮮総連 のHPでは 沖縄支部 は福岡県となっているが、実際には沖縄県内にあり、
牧志○丁目にある城○共○住宅に 朝鮮総連の秘密の支部 があるという。
なぜ沖縄支部を秘密扱いにせねばならないのか?

沖縄平和運動センターとそれに関係する人びと、さらに北朝鮮とのつながり。朝鮮総連の非公開・疑惑の沖縄支部の存在など、何かきな臭いものを感じないだろうか。

しかし沖縄は日本の縮図ではないかと時々思う。政界からマスゴミに平和団体などがほぼ中国、朝鮮に支配されているような気がするのは私の考えすぎ、被害妄想なのだろうか・・・・・・・

8.関連ブログ



9.沖縄教科書検定の撤回を求める集会のTV報道(保存庫)

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