政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価

「政治それ自体における偉大な、そして長期的に見ればおそらく最大のアメリカ的革新は、共和国の政治体内部において主権を徹底的に廃止したということ、そして、人間事象の領域においては主権と暴政とは同一のものであると洞察したこと」
~ ハンナ・アーレント『革命について』ちくま学芸文庫 239頁
「主権が何処にあるかと問われるなら、何処にもない・・・・・・というのがその答えである。立憲政治は(権力が)制限された政治であるので、もし主権が無制限の権力と定義されるなら、そこに主権の入り込む余地はあり得ない。・・・・・・無制限の究極的な権力が常に存在するに違いないという信念は、・・・・・・・迷信である」
~ F. A. ハイエク『法と立法と自由Ⅲ 自由人の政治的秩序』春秋社 171頁

要旨■日本国憲法にある「国民主権」という文言を絶対不可侵のイデオロギーと捉えるのではなく、「法の支配」理念に違反しない範囲に限定した意味に解することが肝要である。

※本ページが難しい方は、まずリベラル・デモクラシー、国民主権、法の支配をご覧下さい。

<目次>


■1.このページの目的

日本国憲法には、以下の2箇所に「国民主権」という言葉が使用されている。
前文 「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」
第1条 「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。 」

このページでは、この「国民主権」に関する様々な憲法論説を紹介し比較・評価していく。
そのための第一歩として、日本の様々な憲法論説を政治的スタンスに当て嵌めて概括する(下記)。


■2.憲法論と、政治的スタンス5分類・8分類

日本の様々な憲法論を政治的スタンスに当て嵌めて概括すると下表のようになる。

※サイズが画面に合わない場合は こちら をクリック願います。

政治的スタンス 代表的論者 ベースとなる思想家/思想 補足説明 詳細内容
(1) 極左 伊藤真など護憲論者 J.-J.ルソーの社会契約論からさらに、アトム的個人主義と集産主義の結合形態(=左翼的全体主義)※説明に接近 「人権」「平和」を過度に強調し絶対視する共産党・社民党・民主党左派系の法曹に多い憲法論でありイデオロギー色が濃く法理論というよりは左翼思想のプロパガンダである(左の全体主義)
(2) 左翼 芦部信喜
高橋和之
修正自然法論(法=主権者意思[命令]説に自然法を折衷)+J.-J.ルソーの社会契約論 宮沢俊義→芦部信喜と続く戦後日本の憲法学の最有力説であり通説
※宮沢は有名なケルゼニアン(ケルゼン主義者)。芦部は自然法論者だが人権保障をア・プリオリ(先験的)な「根本規範」と位置づけており、その表面的な米国判例理論の紹介はポーズに過ぎず、実際には依然ケルゼン/ラートブルフ等ドイツ系法学の影響が強い
よくわかる現代左翼の憲法論Ⅰ(芦部信喜・撃墜編)
(3) リベラル左派 長谷部恭男 H.L.A.ハートの法概念論(法=社会的ルール説)を一部独自解釈
※なお長谷部は社会契約論に依拠しているのか曖昧でハートの法概念論と辻褄が合うはずのハイエクの自由論は故意に無視している
近年の左派系憲法論(護憲論)をリードしている長谷部は芦部門下であるが、師のようなドイツ系法学パラダイムはもはや世界の憲法学の潮流からは通用しないことを認識しており、師の憲法論の中核である、①根本規範を頂点とした法段階説+②制憲権(憲法制定権力)説、を明確に否定して、英米系法学パラダイムへの接近を図っている。(※但しハートまでは受容しながらもハイエクを拒否している長谷部の憲法論は中途半端の誹りを免れず、これを一通り学んだ後は、より整合性のとれた阪本昌成の憲法論へと進むべきである) よくわかる現代左翼の憲法論Ⅱ(長谷部恭男・追討編) 
(4) 中間 佐藤幸治 人格的自律権に限定して自然法を認める独自説+J.ロックの社会契約論 芦部説の次に有力な憲法論であり、芦部説よりも現実妥当性が高いので重宝されるが(佐藤は佐々木惣一から大石義雄へと続く京都学派憲法学の系統)、法理論としては妥協的でチグハグと呼ばざるを得ない 佐藤幸治『憲法 第三版』抜粋
(5) リベラル右派 阪本昌成 H.L.A.ハートの法概念論(法=社会的ルール説)+F.A.ハイエクの自由論 20世紀後半以降の分析哲学の発展を反映した英米法理論に基礎を置く憲法論であり、法理論としての完成度/説得力が最も高いが、日本では残念ながら非常に少数派 阪本昌成『憲法1 国制クラシック』
(6) 保守主義 中川八洋
日本会議
E.コークの「法の支配」論+E.バークの国体論 日本会議・チャンネル桜系の憲法論も基本的にこちらに該当する。法理論というより「国民の常識」論であり、心情面からの説得力が高いが、(5)の法理論を一通り押えた上でこの立場を取らないと、いつの間にか(7)に堕する危険があるので注意。 中川八洋『国民の憲法改正』抜粋
(7) 右翼・極右 いわゆる無効論者 ヘーゲルの法概念論・共同体論およびそれに類似した全体主義的論調 「伝統」「国体」などを過度に強調し絶対視して「右の全体主義」化した憲法論(左翼憲法論の裏返しであり、左翼からの転向者が嵌り易い。法理論というより右翼イデオロギーのプロパガンダ色が濃い)

※政治的スタンス5分類・8分類


政治的スタンス毎の憲法論の違いは、①「人権」と②「国民主権」の捉え方に顕著に現れる。
このうち、、①「人権」に関しては、「国民の権利・自由」と「人権」の区別 ~ 人権イデオロギー打破のためにを参照。
政治的スタンス毎の「国民主権」論比較・評価では、(2)~(6)の各々の政治的スタンスの代表的な②「国民主権」論を列記したのち、総括する。

※以下、様々な政治的スタンスをとる論者の「国民主権」に関する論説を列挙していく。


■3.「国民主権」に関する様々な見解


◆1.左翼の見解



◇1.芦部信喜

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◇2.LEC(法律試験予備校大手)

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◆2.リベラル左派の見解



◇1.長谷部恭男

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◆3.中間派の見解


◇1.佐藤幸治

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◆4.リベラル右派の見解


阪本説は、『憲法理論Ⅰ』と『憲法1・国制クラシック』の双方にそれぞれ詳述されており共に重要な理論的説明が展開されているため、両方を基本的に原文のママ表記する。

◇1.阪本昌成1:『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊)   第一部 国家と憲法の基礎理論

   ▼第七章 国民主権と憲法制定権力
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   ▼第八章 憲法の保障と憲法の変動
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◇2.阪本昌成2:『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊)  第Ⅰ部 統治と憲法

   ▼第8章 国民主権あるいは憲法制定権力
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   ▼第9章 憲法の改正
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   ▼第10章 憲法(国制)の変遷
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◆5.保守主義の見解


保守主義の憲法学者としては百地章氏などが有名だが残念ながら体系的な著作が存在しない。
中川八洋氏は憲法学者ではないが、政治思想の把握が確りしており、「右の全体主義(右翼イデオロギー)」に陥らない真っ当な保守主義的憲法論を展開しているため以下にその「国民主権」論を表記する。(⇒なお、中川氏の憲法論全体は、中川八洋『国民の憲法改正』抜粋 を参照)

◇1.中川八洋

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■4.(要約)「国民主権」をどう考えるか


まず「 国民主権 」および「 憲法制定権力 」という用語の辞書的定義を確認する。

こくみんしゅけん
【国民主権】
popular sovereignty
<日本語版ブリタニカ>
主権は国民にある、とする憲法原理。
国家の統治のあり方を究極的に決定する、①権威、ないし、②力、が国民にある とし、国民主権と全く同じ意味で、 人民主権 ということもあるが、後者には限定された特殊な用法もある。
君主主権に相対する。
日本国憲法前文1段および1条は、国民主権に立脚することを明らかにしている。
もっとも、 国民主権の具体的意味の理解 については一様ではなく、大別して、
(1) 国民主権とは、国家の意志力を構成する最高の機関意思が国民にあることを意味し、それは憲法によって定まる、と解する説(※注: 最高機関意思説 )と、
(2) 国民が憲法の制定者であることを意味する、とする説( 憲法制定権力説 )とに分れる。
基本的には、(2)後者の立場に立つ場合であっても、さらに、
(2)-a 主権者たる国民は、観念的統一体としての国民で、主権がそのような国民にある、ということを意味する、というように解する説(※注: ナシオン主権説 )と、
(2)-b 主権の権力的契機を重視し、主権は個々の人民が分有し、人民自らがそれを行使するところに本質がある、とする 人民主権説 (※注: プープル主権説 )とに分れる。
けんぽうせいていけんりょく
【憲法制定権力】
pouvoir constituant;
Die verfassungsgebende
(※注:constituent power)
<日本語版ブリタニカ>
憲法を創出する権力 であって、憲法はもちろん、 如何なる実定法によっても拘束されない超法規的・実体的な根源的権力
既存の憲法を前提とし、それによって設けられるもの、とは区別される。
しかし、憲法制定の手続が実定法に拘束されるかどうかは、意見の分かれるところである。
国民主権を建前とする近代国家における憲法制定権力は、国民自身である。
この発想は、シェイエスの『第三身分とは何か』にみえ、 国民 憲法制定権力の主体 とする 革命憲法制定の理論的主柱 として、絶大な影響を及ぼした。
20世紀になり、C. シュミットは、この観念を用い、①憲法改正手続のもつ合法性に、②国家形態を変更する主権者の正当性を対置した。

※「主権」に関するその他の多様な用語については下記参照
関連用語集 【用語集】主権論・国民主権等

前述のとおり、 芦部信喜説 (左翼=通説)及び、 佐藤幸治説 (中間派=有力説)は、 「国民主権」 「憲法制定権力」 と解釈している。
ここで留意すべきは、その「憲法制定権力」にいう「憲法」が、① 実質憲法(国制) を指すのか、それとも、② 形式憲法(憲法典) を指すのか、である。

けんぽう
【憲法】
constitution
<日本語版ブリタニカ>
憲法の語には、(1)およそ法ないし掟の意味と、(2)国の根本秩序に関する法規範の意味、の2義があり、
聖徳太子の「十七条憲法」は(1)前者の例であるが、今日一般には(2)後者の意味で用いられる。
(2)後者の意味での憲法は、凡そ国家のあるところに存在するが( 実質憲法 )、
近代国家の登場とともにかかる法規範を1つの法典( 憲法典 )として制定することが一般的となり( 形式憲法 )、
しかもフランス人権宣言16条に謳われているように、①国民の権利を保障し、②権力分立制を定める憲法のみを憲法と観念する傾向が生まれた( 近代的意味の憲法 )。
<1> 17世紀以降この近代的憲法原理の確立過程は政治闘争の歴史であった。
憲法の制定・変革という重大な憲法現象が政治そのものである。
比較的安定した憲法体制にあっても、①社会的諸勢力の利害や、②階級の対立は、
[1] 重大な憲法解釈の対立 とともに、[2] 政治的・イデオロギー的対立 を必然的に伴っている。
従って、 (a) 憲法は政治の基本的ルールを定めるものであるとともに、
(b) 社会的諸勢力の経済的・政治的・イデオロギー的闘争によって維持・発展・変革されていく、
・・・という二重の構造を持っている。
<2> 憲法の改正が、通常の立法手続でできるか否かにより、軟性憲法と硬性憲法との区別が生まれるが、今日ではほとんどが硬性憲法である。
近代的意味での成文の硬性憲法は、 国の法規範創設の最終的源である( 授権規範性 )とともに、
法規範創設を内容的に枠づける( 制限規範性 )という特性を持ち、かつ
一国の法規範秩序の中で最高の形式的効力を持つ( 最高法規性 )。
日本国憲法98条1項は、憲法の③最高法規性を明記するが、日本国憲法が硬性憲法である(96条参照)以上当然の帰結である。
今日、③最高法規性を確保するため、何らかの形で 違憲審査制 を導入する国が増えてきている。
なお、憲法は、
①制定の権威の所在如何により、欽定・民定・協約・条約(国約)憲法の区別が、
②歴史的内容により、ブルジョア憲法と社会主義憲法、あるいは、近代憲法(自由権中心の憲法)と現代憲法(社会権を導入するに至った憲法)といった区別がなされる。
なお、下位規範による憲法規範の簒奪を防止し、憲法の最高法規性を確保することを、 憲法の保障 という。
   (⇒憲法の変動、⇒成文憲法、⇒不文憲法)

憲法論の最初(憲法概念論)で、 「憲法(constitution)」という概念には、①実質的意味の憲法(国制)と、②形式的意味の憲法(憲法典)の区別があり、両者を混同してはいけないことを明記しておきながら、
肝心の国民主権論の段では、 「国民主権」=「憲法制定権力(制憲権)」の指す「憲法」が①なのか②なのか、が曖昧にしか説明されていない。
(しかし、文脈から見て芦部・佐藤両説とも、憲法制定権力の「憲法」として、①実質憲法(国制)を想定していることが読み取れる)

ここで、常識的な国民の政治への関わり方を考察すると
<1> 我々の世代の国民が、選挙などを通じて決定しているのは、あくまで「国政(national policy)」であって、その中の最も大きな決定事項として、「憲法典(constitutional code=②形式憲法)」の制定・改廃も含まれるが、
<2> その一方で、「国制(constitutional law=①実質憲法)」すなわち、国家の継続的なあり方に関しては、我々の世代だけの「決定事項」とするのは、おそらく僭越に過ぎると思われる。

こうした政治感覚からすれば、
日本国憲法に「国民主権」という規定があり、それが具体的には、国民の「憲法制定権力(制憲権)」を指すとしても、その「憲法」とは、芦部説や佐藤説が暗示するような、①実質憲法(国制)ではなくて、あくまで②形式憲法(憲法典)に留まる、
すなわち、特定の世代の国民が決定できるのは、②形式憲法(憲法典)迄であって、①実質憲法(国制)自体は、幾世代にも渡って次第次第に形成されてきたもので一時の政治的決定によって任意に改廃できる類のものではない

と結論づけるのが妥当である。
(=このように、①実質憲法(国制)を、特定世代の意思によって「制定・改廃」可能なものとしてではなく、あくまで幾世代にも渡る人々の営為の中から「自生(自然に成長)」するものと見る立場を、法の支配という)

芦部信喜説のように、「国民主権」=「憲法制定権力(制憲権)」とし、かつ、その対象たる「憲法」は、①実質憲法(国制)を指す、とする憲法理論とは、要するに「国民主権」の貫徹=「天皇制打倒」という《革命の成就》(彼らのいう「八月革命」の完遂)を密かなアジェンダに掲げた宮沢俊義以来の戦後憲法学(及び丸山政治学)の悪しき遺物なのである。(※なお、佐藤幸治説(京大系憲法学)は八月革命説を肯定しているわけではないが、結論から見れば芦部説と同様である)


■5.関連ページ


「法の支配」と国民主権 「法の支配(rule of law)」とは何か
立憲主義 立憲主義とは何か
関連用語集 【用語集】主権論・国民主権等
阪本昌成『憲法理論Ⅰ 第三版』(1999年刊) 第一部 第七章 国民主権と憲法制定権力
阪本昌成『憲法1 国制クラシック 全訂第三版』(2011年刊) 第8章 国民主権あるいは憲法制定権力


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