闇絵さんと晩ご飯


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闇絵さんと晩ご飯
  • 作者 2スレ550
  • 投下スレ 2スレ
  • レス番 551-552 562
  • 備考 紅 小ネタ 3/3修正

551 闇絵さんと晩ご飯 1/3 sage 2007/12/20(木) 02:59:16 ID:5NrR3cVf

 その日、真九郎が買い忘れの醤油を提げて部屋に戻ってみると、ちゃぶ台の前に、上から下まで黒づくめの女性が座っていた。
「闇絵さん?」
「おかえり、少年」
 当然のように挨拶を返されて、真九郎は頭をひねる。何か、闇絵と話す約束でもしていただろうか。
「えっと…どうしたんです」
「どうもしないよ。そろそろ夕食の時間だと思ってね」
「え…」
 立ち尽くす真九郎の脳裏に、ここ一週間の晩ご飯どきの情景の記憶が蘇ってくる。

 一週間前。残り物の材料でチャーハンと炒め物を作った。冷蔵庫がすっきり空になったのを見て、多少の達成感を覚えた。そういえば、当然のように、環と闇絵も一緒に食べていたような気がする。
 その次の日。紫がやって来て、寿司を注文した。紫に押し切られて九鳳院家が代金を支払い、心ならずもヒモの気分を少し味わった。そういえば、当然のように、環と闇絵も一緒に食べていたような気がするた。
 その次の日。スーパーの特売の塩鮭を焼いた。財布の中身の状況によっては、男として耐えねばならない場合というものもある。そういえば、当然のように、環と闇絵も一緒に食べていたような気がする。
 その次の日。夕乃がやってきて、トンカツを揚げてくれた。自分で料理すると、なかなか後始末も面倒な油を使う機会がないので、ありがたかった。そういえば、当然のように、環と闇絵も一緒に食べていたような気がする。
 一昨々日。夕乃が置いていってくれたシチューを暖め直した。シチューは、やはり一度冷めてからの方が旨いということを実感した。そういえば、当然のように、環と闇絵も一緒に食べていたような気がする。
 一昨日。とても寒かったので、出来合いの鍋物を買ってきた。やはり冬と言えば鍋だよなと、日本の食文化の偉大さを痛感した。そういえば、当然のように、環と闇絵も一緒に食べていたような気がする。
 昨日。紫がやって来たので、たまにはと思って、楓味亭から出前を取った。出前を持ってきた店員は、真九郎の部屋の中にいる面々を見渡し、代金を受け取りながら「…やらしい」と言った。そういえば、当然のように、環と闇絵も一緒に食べていたような気がする。


552 闇絵さんと晩ご飯 2/3 sage 2007/12/20(木) 03:00:17 ID:5NrR3cVf

 そして今日。当然のように、闇絵はちゃぶ台の前に座っている。
「…ええと、環さんは?」
「大学の飲み会だそうだ。ところで今日は、食材を見る限り、和食系かな」
「はあ…」
 真九郎が置いておいた買い物袋の中身は、すでに確認済みらしい。ほんの一瞬だけ、プライバシーとか家計のやりくりとかについて物申そうかとも思ったが、無駄というもおろかな行為であることは火を見るより明らかだったので、何も言わないことにする。
 それに最近、無意識に三人分の食材を買い込む癖がついているような気がしてならないのだ。事実を確認するのが恐くて、考えないことにしているが。
「えっと…ブリの照り焼きに、きんぴらに、卯の花って感じですが…」
 闇絵が嫌いな献立が含まれていはしないかと、僅かな期待を込めて言ってみたが、
「結構なことだ」
 闇絵が平然と頷いたので、真九郎はため息をついてから台所に立った。

「結構な夕食だった」
 闇絵が箸を置く。真九郎は淡々と食後のお茶を淹れた。人生、深く考えたら負けということもある。ただ、ちょっと興味があったので訊いてみた。
「闇絵さんは、料理とかしないんですか」
 闇絵はちょうど湯呑みを口に当てたところで、答えない。闇絵がゆっくりとお茶をすすり、湯呑みをちゃぶ台の上に戻すまで、真九郎はなぜか背筋を伸ばしていないといけないような気がして姿勢を崩せなかった。
「私はね。少年」
「はい」
「何が嫌いと言って、自分の身を労することが一番嫌いだな」
「はあ」
 闇絵は、それでこの話はもうおしまいといった風情で、またお茶を飲んでいる。真九郎も、ここいらが引き時と思わない訳ではなかったのだが、
「でも、何かは食べないと、やっていけませんよね」
 単純に不思議だったのだ。自分が五月雨荘に来る前、環と闇絵の食生活はいったいどうなっていたのだろう、と。
 環はまあ、自分で何とかするのだろうが、闇絵となると、想像もつかない。闇絵が出前を取ったり弁当を買ってきたり外で食べたりしている姿など、現実感がなさすぎて、笑えてくるほどだった。


562 闇絵さんと晩ご飯 3/3 revised sage 2007/12/24(月) 00:16:58 ID:zmmTfZ2U

 闇絵は、不思議なものを見る目つきで、真九郎を眺める。
「当然だろう。だから、こうして食べている」
「はあ」
 誰のものを食べていたかについては、突っ込むべきではないのだろう。この際。
「少年。食事というのは、大切なものだ。いわば、自分自身を作り上げる作業でもある。何でも手当たり次第に食べればよい、というものではない」
 このところ、真九郎の部屋にある食材が手当たり次第に環と闇絵の胃袋に収まってしまっている事実を指摘することも、止めておく。
「考えてみるに、食事というのは恐いものなのさ。ある意味、身を委ねるのも同然の行為と言える。何かを口にするということは、それを完全に信頼しているということでもあるからな」
「はあ…なんか最近、ある人たちからは安上がりだからって委ねられっぱなしのような気もしますが」
 ちくりと皮肉のつもりで、愚痴ってみる。どうせ通じないだろうと思っていたので、闇絵が眉を少し持ち上げたときは、真九郎の方がびっくりした。だが、闇絵の次の科白は、真九郎の理解を少し超えた。
「少年。君の言葉に鈍感なところは、大いなる罪悪だな」
「はあ。それはどういう…」
「あー!」
 大声とともに、いきなり扉が開かれる。
「あたしをのけ者にしてふたりきりで晩ご飯なんか食べてる! ずるーい!」
 真九郎が避ける間もなく、武藤環は真九郎に飛びかかって馬鹿力でがっしりとホールドすると、うるうるした瞳で上目遣いに真九郎を見上げた。
「ね。あたしの分もあるよね。ねっ?」
「環さん…今日は、大学の飲み会じゃあ」
「最近、出入り禁止なんだようっ。お前なんかワクですらないブラックホールだから割り勘で飲めるかとか言われてっ。非道いと思わない?」
「あー…まあ、無理もないかと」
「うえーん! 真九郎くんまでそんなこと言うのっ。…闇絵さんもっ。こないだそう話したじゃないですかっ。なんであたしに声かけてくんないんですっ」
「そうだったかな」
 闇絵は涼しい顔でお茶をすする。ぎゃあぎゃあ喚く環をなだめるため、真九郎は再び台所に立つべく腰を上げた。さて何か、欠食大学生にあてがうようなものは残っていたろうか。献立を組み立てるのに忙しい真九郎の耳に、かすかな呟きは届かない。
「…なかなかに乙な夕食だったよ。少年」









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