『レディオ・ヘッド リンカーネイション』2


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『『レディオ・ヘッド リンカーネイション』

  • 作者 伊南屋
  • 投下スレ 2スレ
  • レス番 106-110 186-190
  • 備考 雨が語った前世の話という設定

106 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/03/28(水) 01:32:04 ID:4a+fCcFv
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』

 真九郎の体を、熱が駆けていた。
 右腕を中心に、血が沸騰しているかの様な錯覚に見舞われる。
 熱は高揚を呼び、高揚は破壊衝動を齎す。
 近く、耳元か。否、そうではない。脳内、思考の中で自分自身の声が響く。
 壊せ、壊せ、壊せ。
 荒れ狂う躯は暴力を求め、破壊を欲する。
 その声を振り払い、猛る体をなんとか制する。
 そうして意識を集中する。体内で渦巻く衝動を、一つのベクトルに収束する。
 ――眼前の敵を討つ。その一つに。
「おぉぉっ!」
 気迫。同時、真九郎の右肘、そこの皮膚を突き破り現れる物があった。
 鮮血を滴らせ、水晶の如き輝きを放つそれは――
 崩月の、異能の印。
 異形の、戦鬼の証。
 真九郎に力を与える“角”だ。
 角から流れ込む活力を確かめ、真九郎は視線を上げる。強い瞳で目の前の敵を――《ビッグフット》と、その背後。九鳳院竜士を睨み付ける。
 そして、背に庇う紫の存在を想う。
 終わらせよう。紫を呪縛から解き放つのだ。
 ――敵は二匹、守るは一人。果たす力は我にあり。
 真九郎は、一歩を踏み出す。
 最早、真九郎は自らが負ける理由など、皆目見当も付かなかった。

 * * *

 《ビッグフット》の咆吼が、屋敷全体を震わせる。獣の雄叫びが、巨漢の腹底から響く。
「ゴ、ゴロズ! オマエ、ゴロス!」
 不愉快に濁った《ビッグフット》の声を聞きながら、真九郎はただ醒めた瞳で敵を見据えていた。
 本当は《ビッグフット》だって分かっているのだろう。
 今眼前に対峙する者が、自分とは異質な者だと。
 崩月の戦鬼と言う異端を、獣の本能で捉えているはずだ。
 それでも退かないのは《ビッグフット》が結局は人間だから。
 ――意志というものを持っているからだろう。
 獣ならば、本能に従い一も二もなく逃げ出す“個体としてのスペックの差”を、意志一つで埋めようとする。
 意志。或いは――意地。
 それは人間が持つ、仕様もない欠点であり、しかし何より恐ろしい特性だった。
 モチベーション一つで、事態はどうとでも転がる。
 普段の、あらゆるものを恐れ、脚を竦ませる自分が分かり易い例ではないか。
 だから真九郎は、意志一つで此処に立つ《ビッグフット》を、決して侮りはしない。
 全力で倒すべき好敵手と、真っ向から相対する。



107 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/03/28(水) 01:33:55 ID:4a+fCcFv
 勝利とは、常にそれを望んだ者に与えられる。故に、自ら勝利を貪欲に求める。
 襲い来るは意志の力。迎え討つも意志の力。
 意志と意志は視線を伝い、絡まり、ぶつかり、火花散らす。
 周囲を、闘争の雰囲気が包み、高まる。
 それが臨界に達した時。
 動いたのは《ビッグフット》だった。
「ゴアアァァァアアア!!」
 丸太のような腕を振りかぶり、突進する。
 大気を乱す程の勢いで頭上から振り降ろされる拳槌を、真九郎はバックステップで躱す。
 真九郎が立っていた床が、小爆発でも起こしたのかの様に床板を捲り上がらせた。
 戦鬼の力を解放した今でも、直撃を貰えばただでは済まないだろう一撃。
 人間離れ――否、生物離れした破壊力 。
 それが、《ビッグフット》の鈍重そうな外見とは裏腹に、高速で飛んできた事に真九郎は戦慄を覚える。
 刹那にぶり返しそうな脚の震えを、体内から溢れる熱で塗り潰し、真九郎は《ビッグフット》を見る。
 ――確かに速い。しかし、躱せないわけではない。
 現に、先の一撃は見切る事が出来た。
 それもひとえに、《ビッグフット》の動きが直線だったからだ。
 どれだけ速くとも、直線の動きは見切りやすい。
 直線ならば、究極的には弾丸だって見切る事は可能だ。
 ――もっとも、この場合は弾丸と言うよりは砲弾だが。
 粉塵を巻き上げ、“爆心地”に立つ《ビッグフット》は、鋭い眼光を真九郎に向け輝かせる。
 噴煙の向こうに、闇夜に浮かぶ獣の瞳のように、《ビッグフット》の眼があった。
 再び視線が絡む事数瞬。再び《ビッグフット》が仕掛ける。
「ゴァァアア!!」
 咆吼。跳躍。振り上げるは、組んだ双掌。
 放物線を描き、それはやって来る。
 弧の頂点を超え、重力に引かれ堕ちる《ビッグフット》の巨体。
 その落下エネルギーも威力に変換し、破砕ハンマーの如き一撃が、再び屋敷の床を抉る。
 これを、横っ飛びに躱した真九郎は反撃に移る。
 着地から刹那も置かず、真九郎は再度身を弾ませた。
 運ぶ脚は《ビッグフット》へ。繰り出す一撃は拳。
 《ビッグフット》のそれがハンマーや砲弾であるなら、真九郎のそれは紛うかたなき弾丸。
 撃ち、貫く。《ビッグフット》の大手から比べれば赤子のような拳は、それだけに威力が集極化する。
 さしずめライフル弾のような拳撃を、《ビッグフット》の腹に打ち込む。
「ガッグォォウ!!」



108 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/03/28(水) 01:38:51 ID:4a+fCcFv
 苦悶の叫び。しかし、致命打ではない。
 常人なら臓腑をぶちまけたくなるような衝撃を、しかし《ビッグフット》の筋肉の装甲は耐えて見せた。
 打ち込んだ真九郎を、巨漢はまるで纏わりつく付く羽虫のように腕で打ち払う。
 真九郎がとっさに身を庇い、盾にした腕が痺れる。身体自体は横殴りの衝突に、宙を舞った。
「っくぅ……」
 こちらも致命傷とはならずとも、躯を走り抜けた衝撃は確かにダメージとなり真九郎に呻きを漏らさせた。
 接地と同時に身を回し、真九郎は受け身を取る。
 直ぐに身を起こした真九郎は、追撃に迫っていた《ビッグフット》の拳をいなした。
 拳をいなしたまま、流れる動きで懐に潜る。
 開いた胴目掛け、再度固めた拳を叩き込む。真九郎が放った全力の一撃。
 《ビッグフット》の巨体が、衝撃に浮き上がる。
「ゴガッ……!」
 搾り出すような呻きが、《ビッグフット》の口腔から漏れる。
 ――まだだ。
 真九郎は、これで倒れる相手ではないと考える。
 刹那。浮いた《ビッグフット》に追撃する。
 鞭のようにしならせた脚による回し蹴り。
 ただし、鞭は鞭でもこの蹴りは鉄鞭の威力だ。
 宙にあった《ビッグフット》の巨体を、水平近い放物線を描く程の勢いで蹴り飛ばす。
 鞠のように跳ねながら、《ビッグフット》の巨体が床を転がる。
「グッ……オァァア」
 ようやく止まった《ビッグフット》が、苦悶の呻き声を漏らす。
 流石に、受けたダメージは先の比ではない。倒しきれるとは言えないものの、それでも動きに支障が出る程度には痛めつけたつもりだ。
 今のたった二発には、それに足るだけの威力を込めた。
 ――なのに。
「なんでお前は、立ち上がる……」
 ゆらりと、大男の巨体が、再び聳える。
 口の端からは血を垂らし、口から漏れる息は苦しそうに荒くしながらも。
 ――その目は未だ獰猛な輝きを持って、真九郎を睨み付けていた。
「あ……」
 不味い。そう思った時には、既に遅かった。
 角から流れ込む熱に塗り潰されていた恐怖が、真九郎を再び包んだ。
 体が、にわかに震え出す。
 負けるはずは無いのに。勝つはずなのに。
 しかし、それでも真九郎は《ビッグフット》の気迫に呑まれてしまった。
「くっ……ぅ」
 ――止まれ、止まれ、止まれ、止まれ。
 体の芯がぐらつくような震えを抑えようと、全身に力を込める。
 だが、意識すればする程に恐れは膨らんでいく。



109 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/03/28(水) 01:44:02 ID:4a+fCcFv
 なんて弱い心だ。勝つんじゃ、なかったのか。
 今や、角から流れ込む暴力的な衝動ですらも恐怖に潰されている。
 なんて――情けない。
「ゴォォオオオ!」
 《ビッグフット》が、その巨体を跳躍させる。砲弾のような拳が真九郎に迫る。
 それを見ていながら、見切っていながら。真九郎は動けなかった。恐れに竦んだ体はろくな反応も出来ずに衝撃を叩き付けられる。
「ぐあっ!」
 辺りの物を巻き込みながら、真九郎の体躯が宙を舞う。
 それは、先の《ビッグフット》のリピートだった。
「ガァッ!」
 追撃。圧倒的な質量を持つ拳が、真九郎に振り落とされる。その一撃は床板を真九郎の体諸とも破壊した。
 ――くそっ……。
 心中で真九郎は悪態を吐く。
 頑丈な体が恨めしい。神経は尋常でない苦痛を脳に伝える。普通ならば肉塊となってしまう程の攻撃を受けた体はそれでも壊れはせず、麻痺すらもしていない。
 ただ、はっきりと激痛だけを律儀に伝えてくる。
 いっそ壊れてしまえば安らかになる。
 いっそ壊れてしまえば恐怖も消える。
 だったら――抵抗なんか無意味じゃないか。
 解放されよう。
 真九郎は、瞼を閉じる。

 ――もう、いいや。

 頭上では、《ビッグフット》の巨体が、月灯りを遮っていた。
 全てを諦めた真九郎に、ゆっくりと“決着”が訪れる。

 ――終わりだ。

 否、それは一つの声に妨げられる。
 幼い少女の声が真九郎の鼓膜を叩く。在らん限りの叫び声は、一つの名前を呼んだ。

「――真九郎!!」

 * * *

 少女は信頼している。
 自らを浚ってくれた少年を。未だ知らぬ景色を教えてくれた少年を。
 少女は信奉している。
 自らを守ってくれた少年を。身に代えて守る約束を交わした少年を。
 だから――。
 少女は疑わない。
 少年が負ける姿など想像しない。
 少年の勝利の姿しか幻視しない。
 そうして叫ぶ。
 少年の、名前を。
 この世界で、一番大切な響きを持つそれを。
 信じる侭に、想うが故に。

 ――ほら、大丈夫。負けはしない。

 だって少年/英雄は立ち上がったから。

 ――少女の信じる姿、そのままに。

 * * *

 ――ああ、俺は馬鹿だ。
 何を諦めてるんだ。苦しみから解放される?
 そんな事、出来るはず無いのに。死は解放ではなく逃避だ。



110 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/03/28(水) 01:48:50 ID:4a+fCcFv
 本当にどうしようもないな、俺って奴は。だからいつまで経っても弱いままなんだ。
 負けないんだろう?
 ――そうだ。負ける理由がない。
 負けてやる理由もないのに諦めるなんて、とんだ怠慢だ。
 そんな事、あの紫が許すはず無い。
 いつだって精一杯で、なのにそれを顔に出さずにいつも頑張っている紫が許すわけなんか無い。
 ――じゃあ、俺も頑張らなきゃな。
 サボってると怒られるし、最悪紫を泣かせかねない。
 それだけは駄目だ。譲れない。
 体は――動く。
 力も十分行き渡る。
 立ち上がる――簡単だ。構えを取り迫る拳に備える。

 咆吼。耳障りだ。鬱陶しい。
 拳撃。遅すぎる。鬱陶しい。
 躱す。舞う粉塵。鬱陶しい。
 驚愕。睨む巨漢。鬱陶しい。

「――本当、鬱陶しいな……」

 打撃は効き辛い。ならば、打撃は止めよう。
 爆ぜるように身を跳ばす。拳を引き防御の構えを取ろうとする《ビッグフット》へと駆ける。
 遅い。防御は間に合わない。土台無理だ。
 真九郎は、《ビッグフット》の懐へ潜り込む。右腕に意識を集中する。
 胴はがら空きだ。しかし、筋肉の鎧は変わらずにある。
 ――関係ない。
 刹那。真九郎は渾身の一撃を、《ビッグフット》に突き刺した。

 ――突き刺す。そう、文字通り突き刺した。
「グゴッ!」
 《ビッグフット》が悲鳴を上げる。それまでとは違う、切迫した苦鳴。
 《ビッグフット》の体が崩折れる。それに合わせ、“ずるり”と、真九郎の肘。そこから伸びた“角”が抜ける。
 真九郎が撃ち込んだのは肘。そして、崩月の角。
 十分な強度を持った角は、《ビッグフット》の防壁を穿っていた。
 皮を、肉を、筋を。全てを貫き《ビッグフット》の体内まで刺し貫く。
 蹲る《ビッグフット》の腹からは血液が流れ、血溜まりを作る。
「グォオオ……ッ」
 致命傷。最早どうしようもない。意志だって挫けているだろう。
 その証に、《ビッグフット》の瞳から輝きは消え、苦痛に頼りなく揺らいでいる。
 それすらも僅かの間。やがて《ビッグフット》は意識を途絶させたのか、その巨体を横たえた。
 真九郎は確信する。自らの勝利を。
 《ビッグフット》はもう動かない。それを確認して、振り返る。
 安心だと、もう大丈夫だと言ってやるために。出来る限りの笑顔を浮かべ。
 なのに――。
「紫……?」 そこに、少年の名を呼んでくれた少女の姿は、なかった。

 続

186 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/05/13(日) 14:44:25 ID:5hRdrVG0
『レディオ・ヘッド リンカーネイション』

 響く。高笑い。嘲笑。少年の声で。
 九鳳院竜士。
 少年の、名前。
「ははっ! はははっ、はははは!」
 ――手に入れた。
 遂に、手に入れた。願って、願って。それでも手に入らなかったモノを。
 九鳳院紫。
 自らの、妹を。
 腕に力を込める。抗う感触。確かに、紫が腕の中に居る。
 腕の中で、泣いている。
 それを確かめ、走る。
 ――まったく、馬鹿な奴だ。
 竜士は思い出す。紫を守ろうとする少年を。
 真逆、《ビッグフット》を倒すとは。
 ――途中、一度は倒れそうになってたのにね。
 一度は倒れて、竜士が勝利を確信して、込み上げる歓喜に笑い出しそうになったのに。
 紫が、全てを覆した。
 たった一度。紫が少年の名を呼んだだけで、少年は立ち上がった。
 ――まあ、理由はどうあれ、腐っても崩月の小鬼か。
 直ぐに動いたのは我ながら正しい選択だったと思う。
 あいつは、勝利条件を履き違えていた。目的はあくまで紫。
 目の前の敵を打ちのめす事ではない。こちらとしては紫さえ手に入れば後はどうなろうと構いはしない。
 だから竜士は、《ビッグフット》を――《ビッグフット》という駒を棄てた。
 合理主義。棄てる事で勝てるなら、全てを棄てる。勝利に貪欲な、勝利を求め続けた一族で叩き込まれた、戦術と呼ぶにはシンプル過ぎる思考。或いは、思想。
 騎士(ナイト)を殺されようが、城(ルーク)を崩されようが、女王(クイーン)を身代わりにしようが、王(キング)が残り、相手の王(キング)を詰みさえすれば良い。
 チェスのような、ゲームのような論理(ロジック)。
 そういった冷静さが、あの少年には欠けていた。
 ――なりふり構わないのは良いけど。全体を見渡せないようじゃね。
 目の前の障害に気を取られ過ぎた時点で、ある意味勝敗は決していたと言える。
 そう考えて、竜士は微笑を浮かべる。
 とびっきりの玩具を手に入れた子供の様に。ただ笑う。
 後少し。屋敷から離れてしまえば良い。
 たったそれだけ。
「止まりなさい」
 たったそれだけを、遮る声。
 夜に凛と響く少女の声で。
 事務的な、要件を告げるだけの声。
 その言葉に、竜士は立ち止まり視線を巡らす。
 そうして、見つけた。夜に浮かぶ、大小二つの影を。
 王者と従者の、二人の姿を――。

 * * *

「その娘を返して頂けますか?」



187 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/05/13(日) 14:46:21 ID:5hRdrVG0
 雨は抑揚なく告げる。その様をジュウはただ傍らに立ち傍観するだけだ。
「ふざけるな。紫は僕の妹だ。“返せ”だと? 紫は元から僕のモノなんだよ!」
 雨の言葉に激昂する竜士を眺めて、そしてその腕の中で涙する紫を見て、ジュウは自らの内に負の感情が高まるのを感じた。
 怒り、侮蔑、憎悪。
 恐らく自分はこいつを赦せない。
 ぎりぎりと音がする程、拳を握り締める。
「さぁ、どけよ。あの馬鹿な崩月の小鬼みたく、誰に喧嘩売ってるのか分からない訳じゃないだろう――“獣王”」
 口角を吊り上げて、竜士はジュウの二つ名を呼ぶ。――王の二つ名を。
 つまり、竜士はこう言いたいのだ。
 “ここから先は国同士の問題になるぞ”と――。
 ――関係あるか。
 そう考えて、しかしそれを口には出来ない。
 今、激情のままに竜士を殴り飛ばし、紫を竜士から奪うのは容易い。
 しかし、それでは国民を危険に曝してしまう。一国の王として、それは出来ない事だった。
 自分一人が危険に曝されるならそれも出来ただろう。事実、真九郎はそう思って九鳳院から紫を連れ出したのだと思う。
 しかし、自分はそれが出来ない。
 幼子一人救えないで何が王だ――。
 無力感。
 黙り込むジュウを見て、竜士は立ち去ろうとする。そこに浮かぶ表情は勝者の愉悦。
 だが――。
「止まりなさいと、言ったはずですが」
 再び雨の声。
 冷静で、冷徹で、どこまでも温度の無い声。
 それを、抜き放った剣と共に竜士に向ける。
「――貴様っ!」
「あなたは――」
 あくまでも淡々と雨は言葉を紡ぐ。
「あなたは“誰に喧嘩を売っているのか分かっているか?”と問いましたね。それに対する返答はこうです――」
 はっきりと、雨は答える。

「知ったことではありません」

 場が凍る。
 それは、余りにも単純で、しかしまるで状況を踏まえていない発言に聞こえた。
「おい、雨――」
「あなたが誰か――そんなことは知ったことではないのです。あなたはこの場に置いてはただの誘拐犯。それ以上でも以下でもありません」
 制するジュウの声すら意に介さず、雨は続ける。
「あなたは紫と言う一人の少女を手に入れようとしている。私達はそれを止めようとしている。この場で意味があるのはその事実だけです」
 語る雨に、竜士は反駁する。



188 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/05/13(日) 14:48:04 ID:5hRdrVG0
「そんな事は詭弁だ! 僕は九鳳院の人間で、この紫の兄だ。どう考えたって僕に分がある。誘拐犯は貴様等の方だろう」
 その言葉に、雨は意外な程あっさりと答える。
「成る程、確かにそれはそうですね」
 首肯。認める発言。
「だったら――」
「もっとも――それが全て事実ならですが」
 提示。疑惑の問掛。
「あなたが九鳳院である証は? 腕に抱える幼子と兄妹関係にあるという根拠は? 謳うだけなら誰にでも出来る事です。
 言葉自体に力はありません。それを事実であると証明して初めて、名乗りには意味があるのです」
 ――例えば、この場で竜士以外が“九鳳院竜士”だと名乗る事は可能だ。
 名乗るだけならば――。
 しかし、その証明は出来ない。疑い、否定される。
 ではもしも――その証明が出来るとしたら。
 本人しか知り得ない事、持ち得ない事。本人でしか有り得ない事を、有していたら。
 それを証として周りが認めたならば、この場ではその者が“九鳳院竜士”となる。
 ――事実とは関係なしに。
 逆もまた然り。
 証明し得ないからには、この場に置いて竜士は“賊”でしかない。
 ――これもまた、事実とは関係なしに。
 つまり雨は、眼前の少年を“九鳳院竜二”とは認めず、始末すると言っているのだ。
 そこに国家が入り込む余地はない。
 だが、実際にそんな無理が通るかと言えば、それは――否だ。
「……どけよ。こんな議論に意味なんか無い。お前は馬鹿じゃない。それを僕は知っている。だからこそ分かるはずだ、ここは退くべきだと。それがお前の国――いや、主のためになると」
 雨は――答えない。
「僕はお前らがここで退いてくれれば特別事を荒立てる事なんかしない。紫が手に入れば十分なんだ」
 やはり沈黙。
 その沈黙を、竜二は苛立ちと共に過ごす。
「ジュウ様」
 不意に雨が主を呼ぶ。
「私はジュウ様に従い、そしてジュウ様が望む結果を約束します。ジュウ様はこの者を如何なさいますか?」
 問われ、ジュウは言う。
「……構わない。この外道をぶちのめせ」
「貴様っ!」
「かしこまりました。――さて、“九鳳院”竜二」
 雨は竜二を呼ぶ。その字名と共に。
「あなたはこの議論に意味はないと言いました。――ええ、そうです。議論自体に意味はまったくありません」
 激憤する竜二を見据え、雨は滔々と語る。
「ですが、議論という行為を行った事実には意味があります。……聴こえませんか?」



189 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/05/13(日) 14:49:31 ID:5hRdrVG0
 言われ、竜二は耳をこらす。
 その耳朶を叩く音は――足音。数人がこの場所に近付いている。
「会話というものは手っ取り早い時間稼ぎになりますからね。その点、貴方はよく会話に食いついてくれました」
 そう雨が語る間にも、足音は近付いている。
「紫!」
 夜の闇、駆け抜ける少年の声。その声に竜二に抱えられた紫が、表情を取り戻す。
「――真九郎ーっ!」
 少女の声は悲痛に、彼女を探し求める少年の元へ響く。少年だけではない。少女を救うために戦い、走る者達をも導く。
「あ、あ……」
 竜二の顔が絶望に染まる。
「どうやら役者は揃ったようですね」
 その言葉の通り、見覚えのある姿が集まってくる。
 夕乃が、円が、雪姫が、そして――真九郎が。
 その姿は皆、一様にボロボロだが、通ずるものが一つ。
 未だ折れぬ真っ直ぐな視線。視線が語る紫への想い。
 雨は皆を代表して言う。
  チェック メイト
「  詰みの一手  です」
 勝利の宣言を。
「あ……、しん……くろぉ」
 微かな呟きは紫。嬉しさに感極まったように、それまでとは違う涙を流す。
「もう大丈夫だ、紫。――ごめんな、怖い想いさせて」
 真九郎の謝罪を紫は首を振り否定する。否定する言葉は、喉が震えて出せないけれど。
「竜二」
 強い、強い声。
 真九郎は竜二を見据え、はっきりと告げる。
「紫を、放せ」
「く……っ」
 忌々しいものを見るように竜二は真九郎を睨み付ける。
 しかし、揺るがない視線に睨み返され、竜二は殊更ゆっくりと紫を解放した。
「真九郎っ!」
 掴まれた腕が解放された瞬間、紫は真九郎の元へと走り出した。
 夜で視界が利かないからか、危なかっしく駆ける。それでも必死に走る紫はしかし、何かに躓きバランスを崩す。
「紫っ!」
 それを、真九郎が駆けつけ抱き止める。
「しんくろぉ……しんくろぉ……」
 ぎゅっと、その小さな腕で真九郎を紫が抱き締める。真九郎は答えるように抱き返す。
 それを見つめていた雨が、竜二に向き直る。
「さて、退いてくれればこちらとしては特別事を荒立てるつもりはありませんが?」
 先の竜二を真似た言葉に竜二が悔しげに呻く。
「貴様ら、こんな事して九鳳院が黙ってると――」
「黙りなさい」
 雨が遮る。
「言ったはずです。貴方が誰かなど知ったことではないと。それは九鳳院であれ、変わることは在りません」
「つまり――」
 雨の言葉をジュウが引き継ぐ。



190 伊南屋 ◆WsILX6i4pM sage 2007/05/13(日) 14:51:37 ID:5hRdrVG0
「売られたケンカなら買ってやる。今なら高価買い取り中だ」
 高らかに、王は宣ずる。

「来いよ、九鳳院。潰してやる」

 * * *

 朝が来る――。

「良かったか?」
 そう問い掛けたのは真九郎だ。
「何がだ?」
「九鳳院に喧嘩売っただろ」
「違う、あくまで買い取るだけだ」
 冗談めかすジュウに真九郎は更に問う。
「お前の国が危険に曝されるんだぞ? なのに――」
「雨がな、言ったんだよ。俺が望む結果を約束するって。俺はそれを信じてる。だから決意できる」
「――そうか」
 しばしの沈黙。
「……なあ」
 破ったのは真九郎。
「何か、俺に出来ることはないか? 一応、俺も国民になったんだ。お国のためなんて柄じゃないけど、ジュウのためにって事なら、悪くない」
「なら、紫のそばに居てやれよ。そのために俺は力を貸したんだ。なら、紫を守って、そばに居てやれ」
「――ああ」

「ジュウ様、そろそろお時間です」
 割って入るように雨の声。
「もうそんな時間か」
「……戻るのか」
「ああ、仕事もあるしな。雨がこっちに来ちまったから尚更増えてるはずだし。一応戦争の準備もしなきゃならない」
 ――しばらくは休みなしだ。そう呟いてジュウは立ち上がった。
「崩月のじいさんに挨拶してから行くか。――雪姫と円を呼べ」
「既に」
「よし、行くぞ」
 そこでジュウは一度振り向き、真九郎を見た。
「またな。縁があればまた」
「――ああ」

 こうして、二人の少年の邂逅は幕を閉じた。
 だが、それも一時の事。少年はやがて再び合間見える。
 その時は未だ遠くとも、いずれ必ず――。

 ――これは、一人の王が世を統べる少し前の話。
 二人の少年が出会う。
 そんな昔話。

fin.
ツールボックス

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