『巷に雨の降る如く』

『巷に雨の降る如く』

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204 『巷に雨の降る如く』 sage 2006/07/15(土) 02:19:53 ID:N0W7iSJW
 窓越しに見上げると、空には灰色の雲が垂れ込め、夕時の暮れと相俟って日の長いこの季節にも関わらず
既に夜の気配を忍ばせつつあった。
 眼下の公園で木立がびょうびょうと風に撫でられる音を聞きながら、柔沢ジュウはしばらく憂鬱そうに外を眺め
ていたが、やがて雨が途切れ途切れに窓の向こうに糸を引き始めると、溜め息を一つ吐いてカーテンを閉め、
缶入りの炭酸飲料を片手に椅子へと腰掛け、TVの電源を入れた。
 「雨、か」
 ポツリと呟いて、自分で言ったそのセリフから自分の「従者」を思い浮かべ、つい苦笑した。なんだか最近アイツ
の事を考える事が多くなっている気がする。
 それはそれであまり悪い気はしなくなってもいるのだが、この場合には無論ジュウの言ったのは単純に今しも
窓外で徐々にその勢いを増しつつあると音でも知れるそのものであり、そちらの雨は未だにジュウは苦手なのだった。
 洗濯物は既に取り込んで、半乾きのそれらは乾燥機に放り込んである。買い物も学校の帰りに済ましてあるし、
特にこれから出かけるような用事は無い。だがそれでも……雨の日は夢見が悪くなる、というその一点だけはどう
しようもなく、何かに責められているかのような気分で眠る事を思うだけでも気分は重くなった。
 どれ程か、そうして取りとめも無く思考を彷徨わせながら、ブラウン管に映るニュースを見るとも無く眺めていた
ジュウの耳にインターホンの音が届いたのは、既に雨音が荒々しく地面を殴りつけるような轟音へと変っていた頃だった。
 自分の家に訪ねてくる者などそう多くは思い当たらないので、ジュウはなんとなく「友人」の顔を幾つか思い浮かべ、
その内の誰かだろうと予想をしながら応答に出て……そして少し意外な人物の声を聞いて戸惑った。
 そして戸惑ったまま玄関のドアを開けたジュウは、その途端に眼前の人物から大音声を浴びせられる事となったのである。

 「遅いっっ!!!」

 勇ましく腕を組んで胸をそびやかし、真っ直ぐこちらを睨みつける少女。
 堕花光がそこにいた。

≪続く≫

214 『巷に雨の降る如く』 2006/07/20(木) 18:09:38 ID:Cu2l/gul
 「で、いきなりやって来て何の用なんだ?」
 ジュウが訊ねると、光は、それまで頬杖をつきながらTVの方へと向けていたぶすくれたその顔をこちらへと
返したが……そのまま何か口を開きかけてまた止め、より眉間の皺を深くして、バラエティー番組を映し出す
TV画面へと視線を戻した。
 その様にジュウは深く溜め息を吐き、手に持ったホットミルクで満たされたコップを光の前に置いた。
 以前に来た時と同じように、雨に打たれてきたらしい彼女の姿を見て用意したそれに、黙って手を伸ばす
様子を見届けながら、ジュウは先程の事を思い出した。ドアを開けると同時に自分を怒鳴りつけた光は、こち
らが何かを言うよりも先にジュウの身体を押し退けてずかずかと無遠慮に部屋に上がりこんできた。慌てて
バスタオルを用意して彼女の頭に被せながら、ジュウはとりあえず混乱した頭で事態の把握に努めようとした
が、牛乳を温めるまでの間では全く見当も付かなかったので本人へと訊ねてみた。その結果はと言えばまあ
先程の通りである。
 そもそも、自分を蛇蠍の如くに嫌い、何かにつけてはケダモノ扱いするこの少女が、一体何故一人でこの部屋
を訪ねて来たものか……おまけにこの間の「幸せ潰し」事件の解決後にブン殴られて以来、偶にあっても碌に
会話すらしなかったものが、一体どういう風の吹き回しか、と首を捻りながら何とか会話の切欠を探していると、

 「泊めて」

 「……は?」

 突然の爆弾発言に空転していた思考が停止し、ジュウは丸っきり阿呆の調子で聞き返していた。
 こちらを見もせずに言い放った光は、ややあって返事の無い事に焦れたのか、今度は目と目を合わせてハッキリと
 「だから、今夜一晩ここに泊めてちょうだい」
 「な……なんで?」
 未だに正常な思考が働かないジュウにはこんな事しか言えなかったのだが、光は何故だかその問いに一瞬だけ
苦しそうな表情を浮かべると、ぷい、とそっぽを向いて「何でもいいでしょ……」と、ぎりぎりジュウの耳に届くぐらいの
声で呟いた。


215 『巷に雨の降る如く』 2006/07/20(木) 18:11:04 ID:Cu2l/gul
 「……いや、良くねえだろ」
 ようやくそれだけの言葉を搾り出したジュウをきっと睨み、
 「何でよっ!」
 「何でも何もお前、そんな事してまた伊吹にでも伝わって誤解されたらどうする気だ」
 反駁する光にやっとそれだけ返した所でジュウは、意味が分からないと言いた気な彼女の視線と鉢合った。
 「……アンタ、何も聞いてないの?」
 「何がだよ」
 「……もういいわ」
 疲れたように項垂れた光を不思議そうに見ながら、ジュウは尚も言う。
 「とにかく、とりあえず傘ぐらいは貸してやるし、着替えなら家の母親のを使ってくれて構わんから、とっとと帰れ。
雨も心配するぞ」
 俯いたまま、僅かに光の肩が震えた。
 「やだ」
 「おい」
 「……やだったらやだ」
 「我が儘言うな」
 「……」
 顔を上げようともせずに黙りこくってしまった光を持て余したジュウは、席を立つと電話へ向かい、雨の携帯に
掛けようと受話器を上げかけた所で、横合から手首を二本の細い腕に押さえられた。
 「おい」
 流石にやや厳し目の声色になるが、じっとこちらに縋り付くような光の目を見るとどうもそれ以上言えなくなって
しまってジュウはまた溜め息を吐いた。つくづく何と言うか自分は甘くなった、と自嘲しながら、
 「とりあえず風呂入ってこい。今日は寒いしそのままじゃ風邪ひくぞ」
 「……うん」
 「あ、そっちが母親の部屋だから。服とか下着とかは勝手に持っていってくれ」
 「うん」
 言われた通りに着替えを取って風呂場へと向かいながら、光は消え入りそうな声で「ありがとう」と呟いた。
 しばらくして、シャワーの音が聞こえてくると、ジュウはもう一度電話に向かった。事情はよく飲み込めないが、
光が所謂家出をしてきたらしい事は確かだ。光るには悪いが、雨やあの人の良さそうな両親も心配している事
だろうし、とにかく連絡はしておかなければ。


216 『巷に雨の降る如く』 2006/07/20(木) 18:11:49 ID:Cu2l/gul
 そう思いながら受話器に手を伸ばした所で、一瞬早く着信の音が響く。
 慌てて出ると、聞き慣れた落ち着いた声が流れるようにして耳へと届いた。
 「もしもし、ジュウ様ですか?」
 「雨!?どうした?」
 「誠に失礼なのですが、ひょっとして光ちゃんがそちらにお邪魔していませんか?」
 まさかと言うこのタイミングで掛かってきた上にズバリとそう問われて驚いたが、まあこの少女の事だからさも
ありなん、と妙に納得しながらジュウが頷くと、雨は「やはり」と安堵を声に滲ませながら、光との口喧嘩が高じて
彼女が家を飛び出すに至った事を語った。
 「しかしお前等が喧嘩するなんて珍しいな。一体何が原因なんだ?」
 「それは……」
 珍しく歯切れの悪い雨を不信に思いながらも、光が出て来ない内に話を済ませなければいけないのを思い出して
ジュウは言った。
 「まあともかく、なんとか説得して帰すようにするから、心配すんな。なんなら俺が送って行くさ」
 「いえ、それが……」
 「どうした?」
 「只今、大雨洪水警報が発令中ですので……」
 言われて点けっぱなしのTVを見ると、確かに警報発令中のテロップが流れている所だった。
 「申し訳ありませんが、そちらに光ちゃんを泊めてやってくれませんか?」
 「いや、俺の方はいいんだが、マズイだろ仮にも年頃の女子が……」
 「家の親には雪姫の所に泊まった、とでも言っておきますので」
 「いや、おい」
 「お願いします」
 ……まあこの雨では傘の意味も無さそうだし、確かに危険だろう。そう思い直して、とりあえずジュウは頷く事にした。
雨は「ありがとうございます」と言った後、一瞬だけ沈黙して、しかし「では、光ちゃんをよろしくお願いします」とだけ
言って、そこで通話は途切れた。
 受話器を置いてジュウが今日何度目になるか知れない溜め息を漏らし、もはや見る気のしないTVを消すと、室内
にはそれっきり音が途絶え、ただシャワーの音とそれを掻き消さんばかりの雨音が、部屋と外の世界とを隔絶させん
ばかりに続いていた。

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最終更新:2007年06月29日 10:05
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