闇絵さんと紅香さん


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闇絵さんと紅香さん
  • 作者 2スレ550
  • 投下スレ 2スレ
  • レス番 712-715
  • 備考 紅 小ネタ





712 闇絵さんと紅香さん 1/4 sage 2008/01/23(水) 23:29:00 ID:Ivxly5ZX

「そういえばお前、最近、闇絵と仲がいいらしいな」
 紅香の不意打ち気味のセリフに、真九郎は唾を飲み込み損ねでもしたか、激しく咽せた。夕闇が迫る五月雨荘の門前で、愛車のドアに手をかけて少し振り返った姿勢のまま、紅香は苦笑しながら、そんな真九郎を見やる。
 いきなり、「最近調子はどうだ」などと押し掛けてきて、ひとしきりマイペースな会話で真九郎をきりきり舞いさせた挙げ句に、突風のように立ち去ろうとした矢先のことだった。
「…な…」
 なかなか自分の思うようにならない横隔膜に手こずりながら、それでも真九郎が訝しげな視線を向けると、紅香はにやにやしながら、
「この間、環と飲んでな。なんでも、お前が闇絵にばかり甘いといって、えらく荒れていたよ。いつもの三倍は飲んでたんじゃないか」
「はあ、それは…」
 そんな人外の酒量につき合える紅香も紅香だと思わなくもなかったが、
「それで、どうなんだ」
 紅香にあらためて突っ込まれて、真九郎はげんなりした。
「酔っぱらいの言うことなんか、まともに受け取らないでくださいよ。別に、相変わらずですけど。闇絵さんはああいう人ですし」
「そうかね」
 紅香は細いシガレットを取り出すと、火を点けた。どうやら、この話題はもうしばらく続くらしい。
「まあ、あれと人がましく近所づきあいができているということ自体、奇蹟みたいなものかもしれんが」
「はあ…」
 遠慮のかけらもない紅香の言い草に、真九郎は曖昧に笑いながらも、
「でも悪い人じゃありませんよ」
 なけなしの弁護を試みたが、紅香はいささかの感銘を受けた風もなく、タバコの煙をどれだけ遠くまで真っ直ぐに吹き出せるかということに熱中しているようだった。
「良い悪いの問題じゃない。本人が善意か悪意かなんて関係なく、周りにある結果しかもたらさない人間というのが、世の中にはいるのさ」
「それは…ご自分のことですか」
 とっさに、そんな切り返しがどこから出てきたものか。真九郎自身にも驚きだったが、紅香までが珍しく目を瞠った。
「ほう…言うじゃないか。真九郎」
「いやその…済みません。生意気言って」
「いや、面白い。三日会わざれば、ということか。それとも、あれの薫陶がいいのかな」
「…別にそういうわけじゃないと思いますが」
 紅香は、ふふん、と鼻を鳴らしてタバコをくわえる。
「確かに、お前の言うとおりかもしれん。わたしはその場その場の気分でしたいように行動しているだけだが、周りからは不思議と決まって同じふうに言われるからな」
「はあ…」
 この世界に入ってまだ日の浅い真九郎の仄聞でも、紅香に関する風評はその悉くが畏怖と嫌悪に彩られていて、真九郎のように敬意をもって見る向きなど絶無といっていい。その通った後に無惨な暴力と破壊の跡しか残らないとあっては、無理もないかもしれないが。
「…しかしだな。あれと似た者同士のように言われるのは、しごく心外だ」


713 闇絵さんと紅香さん 2/4 sage 2008/01/23(水) 23:30:15 ID:Ivxly5ZX

 紅香の口調と視線に何がこめられていたというのか、真九郎はその場を動けなくなった。紅香はカエルを目の前にしたヘビのような微笑を浮かべて、
「そのあたり、お前の考えるところを、もう少し詳しく聞かせてもらおうじゃないか。ん?」
「えっ…いやその…」
 掌に嫌な感じの汗の冷たさを覚えながら、そういえば闇絵の前でも全く同じように気圧されたことがあったのを思い出す。ただ、そう口にしたが最後、若い身空にとてもよからぬことが起こりそうなので、自分一人の胸におさめておくことにしたが。
「そりゃ…お二人は全然違いますよ。見りゃ分かるじゃないですか」
 そんな通り一遍の逃げ口上では、むろん解放してもらえるはずもなく、次に何を言うべきか、真九郎は必死で自分の頭の中を引っかき回した。
「べ…紅香さんは、尊敬っていうか、俺の目標っていうか、いや俺なんかが言うのはおこがましいにもほどがあるってのは良く分かってるんですが、そんな感じで。こんな俺でも、なんとか生きてやっていこう、って思えるのは、やっぱり紅香さんのおかげで」
 紅香は相づちなど打ってくれないが、先を促しているのは明らかだったので、続ける。
「闇絵さんは…俺なんかには良く分からないことだらけで、いつもちょっと困らされてますけど、それもあんまり嫌じゃないっていうか、何というか…いつもここに居るのが当たり前っていうか、ここに居てくれて良かったっていうか」
 真九郎がしどろもどろに言い終わるころ、紅香はいつの間にか、目を眇めて真九郎を射抜くように見つめていた。
「…真九郎。お前も、妙なやつだ」
「はあ」
「わたしとあれについて、そんなことを言うのはお前くらいだろうな」
「そう…ですか?」
 確かに一般的な見方ではないのかもしれないが、それは彼女たちを良く知らないからに過ぎないと、真九郎などには思えるのだ。いやさ、真九郎とて紅香と闇絵の何を知っているわけでもないだろうが、それでも何がしか感ずるところはある。その点は譲れない。
「ふん」
 紅香はタバコを地面に落としてハイヒールで踏みにじり、
「まあ…お前がそんなだから、九鳳院の天然少女だの崩月の鬼娘だのとも普通につき合えるのかもしれんな。環が懐くのも、分かる気がするよ」
「はあ…」
 戸惑う真九郎の前で、紅香はおとがいに指を当てて、何か考える風情を見せつつ唇の先だけで微笑んだ。
「しかし、あいつがお前のことでやけに突っかかってくるのは、単にわたしのことを毛嫌いしているだけかと思っていたが、これは案外と」
「それくらいにしたがよかろう。紅香」


714 闇絵さんと紅香さん 3/4 sage 2008/01/23(水) 23:31:33 ID:Ivxly5ZX

 いきなり声が降ってきて、目に見えない拘束から解き放たれた真九郎は頭上を振り仰いだ。門の側の大木の上、枝が重なって形作る闇の中に、ぽつりと赤い光点が見えた。
「闇絵…さん?」
 気付いてみれば、そこにいても何の不思議もない人物ではあった。なのにその瞬間まで、真九郎には毛ほどの気配も感じられなかった。その隠形ぶり、犬塚弥生と比べたらどちらが勝るだろうと、由ないことを考えてしまう。
 闇絵の姿は闇に融けたままで、声だけが淡々と流れてきた。
「いたいけな少年が、底意地の悪い若作りの年増にいたぶられて困っているのを見ていられなくてね」
「なんだ、いたのか。根暗で地味で影が薄いと目立てなくて大変だな」
「気付いていたくせに、しらばっくれるものではない」
 紅香は人の悪そうな笑みを見せる。
「いやなに。真九郎がお前のことをどう思っているか、聞かせてやろうと思ってな。わたしにしては親切すぎたかな」
「大きなお世話と言わせてもらおう。第一、少年が周りについて何をどこまで理解し考えているかなど、本人に問うまでもあるまい。見たままのとおりだろう」
 そう指摘されて、紅香があらためて真九郎の顔を見つめる。なぜだか、その視線がとても生温い。
「…それもそうか」
「いや、それで納得されると、なんかほんとにみじめな感じがするんですけど」
 真九郎の弱々しい抗議など、二人にかかっては歯牙にもかけてもらえない。いつもどおり、この二人だけの間で成立する緩やかに緊迫した空気が、あたりを支配していた。こうなると、真九郎の出る幕などない。
「それにしても、お前が真九郎なんぞをそんなに気に入るとはな。闇絵。世の中、異なこともあるものだ。人間関係について宗旨替えでもしたか」
「その言葉、そっくり返そう。紅香。他人のことなどめったに意に介さないお前が、こうして顔を見にやって来るのだからな」
「…ふん」
 紅香はしばらく枝の間の闇を見透かしているようだったが、やがて身を翻すと、愛車のドアを開けてシートに身体を沈めた。
「さて。旧交も温めたことだし、そろそろ行くか。じゃあな真九郎。闇絵。せいぜい、愛想を尽かされんように精進しろよ」
「そちらもな」
 闇絵の静かな返答に、紅香は一声朗らかに笑うと、車を急発進させた。そのテールランプを見送りながら、排気ガスと焼けたタイヤの匂いが薄くたなびく中で、真九郎はようやっと異様な緊張感から抜け出て肩を落とし、大きく息を吐いた。


715 闇絵さんと紅香さん 4/4 sage 2008/01/23(水) 23:32:51 ID:Ivxly5ZX

「…二人とも、相変わらずですね」
 少しくらいはその場を和ませようとして言ってみたのだが、闇絵のいらえは実に素っ気ない。
「少年。交友関係は、よく考えて選んだ方がいいな」
「はあ…」
 それほど、紅香のことが嫌いなのか。闇絵がいつになく本音を垣間見せてくれたように思えるのが嬉しく、さきほどの重圧がなくなった開放感も手伝って、真九郎は軽口を叩いてみた。
「それって、ここの人たちも含めて、ってことでいいですか?」
 闇絵の気配が、消えた。タバコの火で、そこにいることだけは明らかだったが、息づかいも衣擦れも、一切を感知できない。真九郎が息を詰めて見守る中、再び闇絵が夕闇の中から立ち現れるまでにどれほどの時間が経ったろう。
 聞こえてきたのは、どことなく詠うような調子の、低い声だった。
「少年。さきほどの君と紅香のやりとりの中にも、若干の真実はある。わたしと紅香の間にも、いささかの共通点がないわけではない」
 二重否定の微妙な言い方に、思わず失笑してしまう。だが、闇絵は真面目くさった声で続ける。冷静な、冷静すぎるほどの、声音だった。
「どちらも、周りの人間を仕合わせにすることがない。そういう風にできている」
「…闇絵さん」
 不意に夜気の冷たさが身に沁みる思いがして、樹上を見上げる。相変わらず、タバコの火しか見えなかった。それがなければ、闇絵はそのまま、どこか昏い深淵に身を隠してしまうのだろう。
 真九郎はいったん目を閉じ、それから見開く。見えないものを何とか見ようとして。
「俺…よく分かりませんけど。今の俺は…不仕合わせなんかじゃ、ないですよ」
 闇からは、沈黙しか返ってこない。そこへ向けて放たれる真九郎の言葉もまた、そのまま虚無に吸い込まれてしまっているのかもしれなかったが、それでも構わないと真九郎は思った。
「闇絵さんと紅香さんがいて、紫やみんながいて、それで、だから、俺は何とかやってるんだ、って、そう思います。だから」
「少年」
 いつものように無感動な声が落ちてきて、真九郎はほっとする。
「はい」
「夜は美しい。なぜか分かるかな」
「え…」
 話題の切り替わりようについていけず、真九郎はぽかんと口を開けた。闇絵はそれを知ってか知らずか、言葉を継ぐ。今度は、明らかに含み笑いの響きがあった。
「いろんなものを隠してくれるからさ」
 相変わらず、闇絵の言うことは真九郎には半分も分からない。分からないまま、それでも普段どおりの闇絵でいてくれるなら、それはそれでいいか、と真九郎は諦めた。










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