闇絵さんと雨の夜


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

闇絵さんと雨の夜
  • 作者 2スレ550
  • 投下スレ 2スレ
  • レス番 639-640 642-644
  • 備考 紅 小ネタ



639 闇絵さんと雨の夜 1/5 sage 2008/01/10(木) 00:45:31 ID:jdPkmMJ2
なんか、うまく書き込めない...? 連投になってたら済まない。
 一日中しとしとと降り続いた雨は、真九郎が夕方遅くに五月雨荘に帰り着く頃になってもまだ止む気配はなくて、当然ながら門の側の樹上にも見慣れた姿は見えなかった。ほっとしたような物足りないような気分で自室の扉を開けたところで、足がひとりでに止まる。
「やあ。少年」
 全身漆黒の装いの麗人が、部屋の中に座ったままで挨拶をよこした。いや、それだけなら(あまり慣れたくないことではあるが)もはやさほど驚きはしない。問題は、闇絵の膝先に頭をもたせかけるようにして、すやすやと寝息を立てている少女の方だった。
「…紫」
「ああ。三時間ほど前に来てね。つい今し方まで一緒に話していたのだが、ちょっと待ちきれなかったようだ」
「はあ…」
 とりあえず荷物を置いてから、寝顔を覗き込む。陶器人形のように整った貌が安心しきった表情で眠る様は、それを見る側の心まで和らげてくれるような気がした。
「…すみません。面倒みてもらったみたいで」
「構わないよ。この子と話すのは、なかなかに面白い」
 闇絵の口調まで、いつもに比べるとやや物柔らかに聞こえた。少女の小さな体の上に毛布まで掛けてあるのは、闇絵にしては上出来すぎるくらいの心遣いである。
「…よく寝てますね」
 闇絵と紫の側に腰を下ろしては見たものの、起こすべきかどうか迷う。そんな真九郎に闇絵は少しだけ目を細めて、
「少年。替わってもらってもいいかな」
「は?」
「そろそろ、タバコを吸いたいのだ」
「あ。そうですね」
 なんと、この世で最愛の対象と公言して憚らないタバコまで我慢してくれていたらしい。真九郎は恐縮しながら、闇絵が膝をはずせるよう、紫の形のよい頭をそっと支えた。
 闇絵が身を引いたあと、代わりに手近にあった座布団を敷いてやる。少し感触が変わったせいか、紫はか細いうめき声を上げはしたが、そのまま眠り続けた。
 闇絵は窓辺へ移動し、窓を少しだけ開けると、タバコに火を点ける。静かな雨音を背景に、目まで軽く閉じて、じつに美味そうに久しぶりの一服を味わっていた。
「すみません、なんかいろいろと」
「いや。気にすることはないさ。しかし、何時間も文句一つ言わずに待ってもらえるとは、相変わらず愛されているな。少年」
「はあ…」
 いまさら照れたり否定したりする気にもならず、真九郎は天使のような寝姿を見下ろす。全く何だって、この稀有な少女が自分なんぞの人生に入り込んできてそのまま居座ることになってしまったのだか。
「それにしても、何の用なんでしょうね。急用なら、電話してくれてもよかったのに」
「さあね。わたしには話してくれなかったよ。なんでも、電話では話したくないような口振りだったな。以前そうした時に、あまり良い思い出がないらしい」
「へえ…」
 いったい何のことなのか。真九郎には、思い当たるふしがない。まあ、そのうちに起きて話してくれるだろう。


640 闇絵さんと雨の夜 2/5 sage 2008/01/10(木) 01:12:14 ID:jdPkmMJ2

「それじゃ、どんな話をしてたんですか」
「いろいろだよ。君のことが半分。その子自身のことと、わたしのことを、少しずつ。あとは、そうだな。女としての心得について、かな」
「…何かまたヘンなことを吹き込んだんじゃないでしょうね」
 思わず半眼になって、人をからかうことに長けた黒い魔女を見やる。その視線を平然と受け流す闇絵はいたって無邪気な風で、
「君と違って、その子は賢いからな。わたしとしても、めったなことは言えないさ。しごく真面目にお相手したつもりだが」
「…そうですか」
 いろいろとひっかかるところの多い言い草ではあったが、追求しても不毛な気がして、とりあえず見過ごすことにする。とはいえ、そんな真九郎を横目で見つつ、闇絵が窓の外へタバコの煙を吐き出してから、
「いや本当に、大した女の子だよ。表御三家も捨てたものではないな」
 そう口にしたことには、ちょっと頷けなかった。
「それは…どうでしょうね。こいつはこいつで…九鳳院に生まれなくても、やっぱりこんなだったんじゃないかって、思いますけど」
「少年。それは違うよ」
 闇絵があっさりと言い放つ。紫の最も大事な部分を否定されたような気がして、真九郎はつい鋭い視線をとばしてしまい、闇絵の苦笑に受け止められた。
「なるほど、人間の本質はそう変わるまいよ。だが、九鳳院に生まれたからこそ、その子は今のその子になったのさ。違う環境で生まれ育っていれば、違う表れ様をした筈だ。それは、君が普通の家庭に守られたままだったら今の君にならなかったのと、同じことだ」
「それは…そうかもしれませんけど」
 それでも、やはり納得はできなかった。
「でもこいつは…俺みたいに弱い人間じゃないから。だから、きっと」
「それは君の願望にすぎないな。少年」
 真九郎がかっとなりそうな自分を抑えられたのは、そう言う闇絵の瞳が、とても深くて昏い色を湛えているのを見てしまったからかもしれない。
「どんな状況でも変わらない確固としたものなど、この世にはない。それは君も良く知っているはずだ。希望や願いと、現実を一緒くたにしてはいけないな。君がこの世界で確かな拠り所を求めるのは勝手だが、その重荷をこんな少女に託すのはどうかと思うね」
「俺は…そんなことは…」
 弱々しく言い返しながら、それでも闇絵の言うことが真実だと、悟らざるをえなかった。確かに、紅真九郎は九鳳院紫に過大な期待と幻想を抱いているのかもしれない。それは認めよう。だが、闇絵がふるう言葉の剣は、諸刃であるはずなのだ。
「じゃあ…闇絵さんはどうなんです。闇絵さんも、今の自分は、たまたまそうなっただけのあやふやな人間だって、そう思うんですか。自分にも何一つ確かなものはないって、そんなふうに思えるんですか」
「わたしか」


642 闇絵さんと雨の夜 3/5 sage 2008/01/10(木) 01:13:23 ID:jdPkmMJ2

 闇絵がその問いを予想していなかったはずはない。だが、闇絵はすぐには答えなかった。タバコを窓枠でもみ消すと窓から離れ、真九郎と紫のすぐ傍らに来て膝を折る。
「わたしはね。少年。今のわたしになるしかなかった。どの道を通ろうと、結局は」
「それって…」
 今し方言ったことと矛盾してるじゃないですか、と反論しかけて、闇絵の横顔に浮かぶ何かに言葉を飲み込む。闇絵の目はじっと紫に注がれていて、その指は優しく少女の長い黒髪をなぞっていた。
「それは、石ころが地面に落ちるのと同じことなのさ。不可避ではあるが、何も意味しない。ただ、そうなるというだけのことだ」
「闇絵さん…」
 何を言うべきか見当もつかずに眉をひそめるばかりの真九郎に、闇絵は一瞬だけ横目をくれてから、微かに自らをあざ笑うかのような苦笑を漏らす。
「少年。そう困った顔をするな。単に事実を述べているだけだ。それにわたしだって、君と同じように、時に夢くらいは見る。だから本当は、君のことをとやかく言えるような立場ではないのさ。さっきは、済まなかったな」
「いやそれは…でも、夢って…」
「そうだな。たとえば、ちょうどこんな」
 言いかけた闇絵だが、頭をかるく振って、
「いや。忘れてくれ。あり得ないことについて語るのは時間の無駄だ。少年」
 立ち上がろうとして、だが、袖を引かれて果たせなかった。目を落とした闇絵に向かって、稚い中に芯の強さを秘めた声が放たれる。
「…確かに、あり得ないな」
「…紫」
 闇絵の袖を、小さな手がそっと掴んでいた。
「起きてたのか」
 真九郎が驚きの目を向けると、紫は少し恥ずかしそうに目元だけで笑んだ。寝起きのせいか、目の縁が少し赭い。
「うむ。さきほどからな。盗み聞きをしたようですまない」
「いや…それはいいけどさ。うるさかったか」
「そんなことはない。大切な話だ。…闇絵。お前の言うことは、ややこしくて良く分からないところも多いが、これだけは言える。わたしは、わたしだ。九鳳院紫以外だったらどうだったかなどと、実際にそうならなかったのだから、考えても仕方がない」
 闇絵は、少しだけ眩しそうな目をして、じっと紫を見ていた。
「お前たちも、同じだ。真九郎は真九郎だし、闇絵は闇絵だ。これまでどんなことがあったにせよ、今のお前たちは確かにここにいる。それに、わたしがわたしでいるのは、お前たちがいるからだ。わたしたちは、お互いがいるから、自分でいられる。わたしは、そう思う」
 紫はもう片手を伸ばして真九郎の手も捕まえると、二人を引き寄せながら、にっこりと笑った。
「だから、お前たちが今ここにこうしていてくれて、わたしはとても嬉しい。そして、お前たちも同じに思ってくれるなら、もっと嬉しい」
 真九郎と闇絵は、そんな紫の頭上で目を見合わせる。全く、九鳳院紫という少女には、つまるところ誰もかなわないのだった。
「…そうだな」
 真九郎が紫に微笑み返そうとした時、階下から人の声が上がってきた。


643 闇絵さんと雨の夜 4/5 sage 2008/01/10(木) 01:15:02 ID:jdPkmMJ2

「…ちょっと武藤さん。それってまたいかがわしいビデオなんじゃないでしょうね」
「えーそんなことないよ。これくらいじゃ真九郎くん、興奮のあまりあたしを襲ってくれたりしないもん。最近じゃ教育上の配慮もばっちりで、幼女ものとか同級生ものとか上級生ものとか綺麗なお姉さまものは避けて、大学生のお姉さんものでまとめてるし」
「それのどこが教育上の配慮ですかっ」
「そりゃもちろん正しい嗜好を身に付けてもらってあたし好みに育て上げるためのって、きゃあ何言わせんの恥ずかしいっ」
「恥ずかしいのはこっちですっ。とにかくそれは没収です没収っ」
「あれえそんなご無体なっ…ちえーいいもん他にいくらでもあるから。後でまた持ってこようっと」
「…あなたとは、いっぺんきっちりとお話させていただいた方がいいようですね…」
「わあ夕乃ちゃん怖ーい。そのお顔、ぜひ真九郎くんにも見せたげよう!」
 そこで、真九郎の部屋の扉が大きく開け放たれる。
「喜べ真九郎くん! 夕乃ちゃんが晩ご飯を作りに来てくれたよー! あたしのために!」
「いやそれ、たぶん違いますから」
 思わず突っ込みを入れた真九郎の目の前で、しかし何故か、扉を押し開けた環と買い物袋を提げた夕乃は、二人揃ってその姿勢のまま凍り付いていた。
「え、と…」
 二人の視線を辿る。その先には、紫を中心にして寄り添うような恰好の真九郎と闇絵がいて、その光景はまるで、
「…なんか親子みたいじゃん。あんたたち」
 環が常ならぬ低い声でぼそりと呟き、
「…真九郎さん。そこに直りなさい」
 夕乃がこれ以上はないというくらいに平板な声で命じた。

「いやー、そんなわけないよねえ! 最初からそう思ってたよ!」
 嘘つけ、と視線で突っ込む真九郎の前で、環は白々しくも笑って言ったが、視線は微妙にあさっての方向を彷徨っていた。もう一方の夕乃はといえば、一応台所に立って夕食の準備は始めたものの、まだ疑いの晴れきっていない視線をちらちらとよこしてくる。
 真九郎は肩を落として、深い深いため息をついた。あれほど言葉を尽くして説明したというのに、
「…ほんとに分かってくれたんでしょうね」
「そうだぞ、誤解もはなはだしい」
 紫も憤懣やる方ないといった様子である。闇絵は我関せずといった風情で、窓の側でタバコをふかしていた。
「真九郎と闇絵が夫婦で、わたしがその子どもだなどと、あり得ん。なぜなら真九郎の妻はわた」
「あー、お前もそれ以上言うな。話がややこしくなるから」
 真九郎に遮られて、むう、と脹れる紫のご機嫌を取る必要はさすがに感じたので、
「それにしても、待たせてごめんな。ちょっと学校の用事があってさ。退屈したろ」
「いや、それは大丈夫だ。闇絵とは、いろいろ興味深い話ができたからな」
「…へえ。例えばどんな」
「うむ。女とは、男に自分を追いかけさせてこそ一人前だとか、そういうことだ。そのためには、ふだん冷たくしておいて、たまに優しくすると良いらしい。なかなか筋が通っているから、今度ぜひ試してみようかと思うのだが、真九郎の意見はどうだ?」
 …やっぱりロクな話してやがらん、と窓辺のヘビースモーカーな女を睨んでみたが、相手が窓の外の雨景色にもっぱら興味をそそられている風とあっては、その甲斐もない。


644 闇絵さんと雨の夜 5/5 sage 2008/01/10(木) 01:16:47 ID:jdPkmMJ2

「…まあ、それはおいといて。お前、俺に何か用があったんだろ」
「おお、そうだ。あやうく忘れるところだった。実は今度また、授業参観があってな。真九郎に、来てほしいのだ」
「ああ…なんだ、そうなのか。いいよ。約束だからな」
「そうか!」
 紫が、晴れやかに笑顔を花開かせる。
「そう言ってくれると思っていたぞ。うん。やはり、電話せずに直接話しに来てよかった」
「あー…」
 それでようやく思い出す。なるほど前回の時は電話越しに色々あったからな、としみじみ思い返した真九郎は、不意に背後に人の気配を感じて振り向いた。
「わ」
 いつの間にやら、すぐ近くで正座していた夕乃が、えーこほん、と咳払いをして、
「あのう、そういうことでしたら、わたしもご一緒に。この間は残念ながら貴重な機会を逸してしまいましたが、今回こそは立派に夫婦役を務めさせていただきます」
「えー、何なにそれっ。夫婦役? あたしも行きたいあたしもっ」
「夕乃など要らん。環もだ。真九郎だけでよい」
「紫ちゃん。これは、真九郎さんが自らわたしにお願いされたことなんです。ねえ真九郎さん?」
「はあ、まあ…」
「えー、紫ちゃんのいけずう。真九郎くんは、みんなのものなんだよっ。独り占めしちゃだめだなー。そうだ全員で行こう! 奥さんが何人いたって構わないよねー、真九郎くん? ちゃんと先生とか他の父兄さんにはそう挨拶するからさっ」
「いやそれは…俺の社会的立場ってものも少しは考えてくださいお願いです」
「そうです日本は一夫一妻ですっ。ですからここはわたしが」
「だから真九郎以外は誰も来なくてよいと」
「そーだねえ銀子ちゃんにも声かけよっか? 後は…ええと」
「環」
 窓の側、紫煙の向こうから聞こえた静かな声に、環がぎくりと動きを止める。
「はははいぃなな何でしょうか?」
「なぜ今、わたしから目をそらしたのかな?」
「いやそりゃあ…闇絵さんはこーゆーの興味ないかなー、ないだろーなー、なあんて思っちゃったりしま…して…」
「ほう」
 それまでの喧噪を一気に鎮めてしまうほどの異様な空気の中、闇絵は宛然と微笑む。
「どうしてそう思うのか、ぜひ理由を聞きたいな」

 それは、何かの拍子に別の自分なんてものに思いを馳せてしまっても不思議のなさそうな、ちょっと物憂げに静かな雨が降り続く夜のことだった。

 ちなみに、結局、親戚一同で参観という設定で紫の小学校の校門前に(さすがに闇絵は来なかったが)勢揃いした面々を前に、再びスーツに身を固めて現れた情報屋の二代目が何と呟いたかは、述べるまでもあるまい。




.
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。