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受け継ぐ者へ(前編)  ◆k7QIZZkXNs




誠刀『銓』は刃なき刀。
秤は天秤を意味し、己自身を測る。
自分を試し、自分を知る刀。
敵ではなく自分を切り、自分自身を測る刀。

志葉丈瑠はこの刀を用いて自らの迷いを断ち斬った。
全ての虚飾を取り去った根源である自分とは何か。
丈瑠にとってそれはまさしく平和を守る「侍」であり、シンケンジャーの将たる「殿」だった。

では今現在、誠刀を握る少年ノヴァはどうか。

彼と志葉丈瑠は違う。
ノヴァはそもそも勇者と呼ばれる自分を否定してはいないし、自らの行いに疑問を持ってもいない。
クレアを悪と断定した自らの判断は絶対だと信じているし、またそれを成すだけの力も備えている。

ならば誠刀が指し示す道とは何か?
もしここにいるノヴァが勇者ダイと邂逅した後ならば、魔王軍が尖兵であるハドラー親衛騎団に敗れた後ならば――誠刀はノヴァを正しき道へと導いただろう。

しかし、それは叶わない。
何故ならノヴァはダイの名は知っていても会ったことはないし、自分以外に勇者と呼ばれる彼の存在を疎ましがってもいた。
溢れる剣才は齢十六にして並み居る騎士たちを凌駕せしめ、世に跋扈する魔獣どもも敵ではなく。
自らが世界の中心と信じて疑わない無垢な童子の心のままで、ノヴァはこの戦に招かれた。

だから、誠刀を手にしてもノヴァの精神は何ほども揺らぐことはない。
彼の持つ特異技能、自らの闘気を刃へと変換する資質も原因の一つと言えるだろう。
丈瑠は誠刀に何がしかの意味があるのではないかと推測し、理解しようとすることでその本質に触れた。
だがノヴァは誠刀に別の意味を見出してしまった。
すなわち、武器としての一面を。
万人に問えば万人が否と断ずるであろう、柄と鍔だけしかない刀に。

故に、誠刀は沈黙する。
ノヴァは誰よりも誠刀と相性が良く、あるいは誰よりも相性が悪い。
おそらくは刀工四季崎記紀とて予想し得なかっただろう、誠刀のただ一人の使い手。
それがノヴァなのだ。

もしこれが王刀『鋸』であれば、毒気を滅するその特性はノヴァに正しく作用し、彼に正道を歩ませることとなっただろう。
ノヴァは決して悪ではない。ただ我が強すぎるだけだ。
しかし誠刀に王刀のような毒気を失くす作用はない。あくまで道を示すだけだ。
誰よりも強いが故に誰も強制させることが出来なかったこの欠点が、状況をどうしようもなく混乱させていく。


          ◆


「行くぞっ!」

気勢を上げ、ノヴァがクレアへと突進する。手にするのは光輝く闘気剣(オーラブレード)。
その熱は離れた場所にいる丈瑠の肌をもちりちりと焦がす。
生身で受ければどうなるかなど、考えるまでもない。

「下がれ!」

クレイモアの戦士クレアが、一振りの刀を手に前に出る。
それなりに重量のある絶刀・鉋を片腕で構えられるのは、彼女が人間ではなく半人半妖の戦士、クレイモアだからこそだ。
人間を遥かに超えた膂力と運動能力を誇り、標的である妖魔が発する妖気を探知する技能も備えている。
治癒力にも優れていて、腕が千切れたとしてもその部位が無事ならば時間をかければ自力で繋ぎ直すことができるほど。
その上一週間は何も口にせずとも身体機能に翳りが見られないなど、身体機能も並みではない。

そんな彼女であっても、状況は甚だ不利であると言えた。
まず今のクレアは隻腕だ。右腕の肘から先がない。
クレアにとって右腕は利き腕であり、旧世代のクレイモア・イレーネから受け継いだ腕でもある。
この右腕は切り札である超高速の多段斬撃『高速剣』の基点だ。左腕でも放てないことはないが、右腕と比べれば威力と剣速は見る影もない。
この時点でまずクレアの戦力は半減したと言ってもいい。

次に、彼女たちクレイモアは妖魔専用の殺し屋だ。
クレイモアと妖魔の戦いでは、対峙する妖魔の妖気を感知して動きを先読みしたり、居場所を特定することが当然に行われている。
妖気とは人ならざる者が発する気配。当然、人間であるノヴァや丈瑠からはそんな気配はしない。
つまり妖魔を相手にするような通常通りの戦い方は出来ないということだ。

そして何より、ノヴァが『人間』だということがクレアにとって最大のディスアドバンテージ。
妖気は言わば『クレアが斬っても構わない』相手の証明でもある。
数刻前に剣を合わせた銀髪の男からは妖気と似たような気配を感じ取ることが出来た。
だから躊躇わず斬りかかったし、直後に現れた黒い剣士からはその気配がなかったので即座に退いた。
妖魔相手なら手加減など必要なく、全力で滅することが出来る。
だが人間は駄目だ。いかなる理由があろうとも人を殺してはならない、これがクレイモアが所属する『組織』の掟。
半人半妖の身であるクレイモアが人の側の存在であることを示す唯一にして最大の掟であり、これを破れば仲間のクレイモアに粛清されることになる。
たとえ自衛や護身のためであっても、人間側に明らかな非がある場合でも、この掟の例外ではない。

もちろん、すでに組織から離反したクレアにとってこの掟に強制力はない。
だがもし人を殺してしまえば、その瞬間にクレアは妖魔と同等の存在へと成り果てることになる。
妖魔を狩るのはクレイモアだからだ。
だがそれだけではなく、クレアにとって人間とは守るべき存在でもある。
共に旅をし、心を通わせた少年――ラキ。
彼は人間だ。その彼を捕食するような存在になるなど、クレアは決して自らに許しはしない。

戦乱の中離別してしまったが、いつか再会できると信じている――だからこそ、クレアはこの場でも掟を守る。
ラキともう一度出会ったとき、彼が知っているままのクレアでいるために。

クレアがこの場でするべきことは、人間を守り妖魔を狩り尽くすこと。
あの覚醒者と思しき銀髪の男、そしてロワと名乗った女。どちらも人ではあり得ない。
ならば討伐する。そのために邪魔をするのが人間ならば、殺さずに無力化する――殺しさえしなければ、適度に戦闘力を奪えばそれでいい。
そしてこのとき、クレアが守ると決めた者の中には志葉丈瑠もいた。
腕が立つのはわかっているが、クレイモアでもない丸腰の人間と共に戦うことは出来ない。そう考えていたからだ。

ノヴァの攻撃を絶刀で弾く。とたん、左腕に重い衝撃が走った。金属や妖魔の硬質な皮膚とは違う、異質な手応え。
握った感触でこの絶刀・鉋という剣は異様なほどに丈夫だとクレアは感じ取っていたが、それでもノヴァの振るう闘気剣と正面からぶつかる気にはならなかった。
いかに光の剣とは言え、剣の形状をしていれば対処法も同じ。
平べったく伸びる光剣の側面を叩き剣筋を逸らす。
闘気剣の威力は刃の部分に集中しているようで、数度の応酬でも絶刀が砕かれることはなかった。
これならば、と思ったクレアの一瞬の隙を突き、ノヴァが誠刀の柄から片手を離す。
そのまま地面に落ちている瓦礫を掬い上げ、流れる動作でクレアへと投擲した。
光に包まれる石。凄まじい速度。とっさに刀で弾く。自壊して弾け飛ぶ石片。ずしりと思い衝撃。左腕に一瞬の痺れ。

「もらった!」

脱力した一瞬を狙い済まし、ノヴァの一撃がクレアの手から絶刀をもぎ取っていった。
ヒュンヒュン、と刃が風を切る音が聞こえ、絶刀が飛んでいく。
両腕ならば耐えられた衝撃だ。左腕だけでもやれる、と浅慮したクレアの失策。
愕然と立ち尽くす。ノヴァは眼前で剣を振りかぶる。背中を見せれば一刀の元に両断されるだろう。
だが立ち向かっても同じことだ。剣のないクレアではノヴァの攻撃は止められず、よしんば回避したとしてもまた石を投擲されれば今度は避けられない。
死神の鎌がクレアの首元へと添えられる。
刹那が永遠へと引き伸ばされ、近づいてくる光剣がひどくゆっくりと見えた。
閃光がクレアの瞳を焼いた。思わず目蓋を閉じてしまう。間を置かず、甲高い金属音がした。

ゆっくりと目を開いたとき、クレアはまだ生きていた。
彼女の前に刀を構えた侍が立っている。
志葉丈瑠が弾かれていた絶刀を手にノヴァの一撃をいなし、逆に刃を巻き込んで撃ち落としていた。
大地に走る亀裂が闘気剣の威力の程を物語っている。まるで大型の覚醒者が巨腕を振り下ろした後のような、ぱっくりと割れた路面。
驚愕に打たれていたのはクレアだけではなく、ノヴァも同じことだ。
必殺の一刀が容易くあしらわれた。あり得ないはずの出来事に動揺しノヴァの動きが止まる。
その隙を逃さず、丈瑠は一歩踏み込んだ。手首を返し柄頭をノヴァの腹部へと打ち込む。
危ういところでノヴァが反応し、左腕を滑り込ませた。柄頭は受け止められ、ノヴァの左掌に痺れが走る。
安堵させる間も与えず、丈瑠は絶刀に添えていた片手を放し拳を握って少年の顎を下から突き上げた。

「がっ!?」

丈瑠はそのまま絶刀を振るいノヴァの握る誠刀を弾き飛ばそうとした。
だが、ノヴァは半ば意地だけでその衝撃に耐えた。視界は今だ空を映したまま、がむしゃらに闘気剣を振り回す。

ふ、と圧力が消失する。
ノヴァが一歩引いて体勢を整えたとき、丈瑠もまたクレアを伴って後退していた。

「た、丈瑠……」
「無理をするな。ここは俺がやる」

と言って絶刀を肩に担ぎ構える丈瑠の姿は堂に入ったものだ。
クレアが普段使う大剣とかなり勝手の違う刀をこうまで使いこなすということは、丈瑠にとっては得手の武器ということである。
たった今死地から救い出されたクレアは絶刀を返せとも言えず、人間に戦いを任せてよいものか激しく葛藤した。

「……やれるのか?」
「殺さずに、となると厳しいな。何をするにしろ、俺とお前が二人で戦える状況を作らねばならないだろう」

クレアが絶刀を持てば丈瑠は丸腰となる。
丈瑠が絶刀を持てばクレアが丸腰となる。
武器が一つしかない以上どちらかが無力になるのは自明の理。
二人はノヴァとは違い、光剣を生み出すことも、投石に一撃必殺の威力を持たせることも出来ないのだ。
絶刀に鞘がないことも劣勢要素の一つだ。絶刀はあらゆる刀を凌駕する硬度を誇っているが故に、鞘は付属していないのだ。

が、それでもなお活路を見出そうとすれば。
クレイモアのクレアが人間の丈瑠に背を任すことをよしとするなら、一つだけ打てる手はあった。

「……少しの間、時間を稼いでくれ。できるか?」
「時間を稼ぐ、か。そのくらいならやれるが、どうする気だ」
「説明している時間はない。私を信じてくれ」
「何をゴチャゴチャと! 魔王の手先と、裏切り者が!」

さらに憤慨したノヴァが猪武者の如く闘気剣を叩き付けてくる。
無手のクレアを守るためには丈瑠が応戦せざるを得ない。
前に出て、背後のクレアへと叫ぶ。

「わかった、やってやる。別に逃げてもいいぞ」

軽く、揶揄するような響きを混ぜる。
丈瑠にとっては本心でもあった。他人を護衛するよりは一人の方が戦いやすい。

「すぐに戻る。死ぬなよ!」

が、クレアが了承するはずもない。
反発の意が叫び返され、クレイモアの脚力を活かして瞬く間に走り去っていく。

「待て! この、邪魔をするな!」
「そうはいかない……!」

ノヴァは目下のところ最重要攻撃対象であるクレアを追おうとするが、鼻先を丈瑠の刀が押し留める。
シンケンレッドに変身せずとも丈瑠の剣腕は健在だ。だが、丈瑠の肉体はあくまで人間のもの。
まともにぶつかれば驚異的な攻撃力と多彩な手数を誇るノヴァとはとても渡り合えないが、この場では勝つことを目的とはしない。
クレアが戻るまで、あるいはクレアが逃げられたと判断できるほどに十分な時間を稼いだら丈瑠も退くつもりだった。
頭に血が昇りやすいらしい少年相手ならば逃走も容易い、と踏んでのことだ。

「だったらお前から倒す!」

問題は、時間を稼ぐどころか本当に倒されかねないこと、だったが。

(この程度の窮地なんて何度も切り抜けてきた。だから今度も……やるだけだ)

炎のような闘争心と氷のような自制心。異なる資質を併せ持つ侍の殿は、今一度強く刀を握りなおし敵と向かい合う。
恐れも迷いも、その表情からは何一つ読み取れない。元シンケンレッド、志葉丈瑠の刀が閃いた。


          ◆


クレス・アルベインの故郷であるトーティス村は、魔王ダオスの手の者によって滅ぼされた。
剣の師でもあった父、ミゲール・アルベイン。
病床に臥せっていた母、マリア・アルベイン。
親友であるチェスター・バークライトの妹、アミィ・バークライト。

村を空けていた僅かな時間で、十七年間生きてきたクレスの世界は崩壊した。
この悲劇をきっかけにクレスは時を巡る旅へと身を投じることになる。

そして今、何の因果か最強の剣士を決めるというこの催しに呼び出されている。
クレスの脳裏に去来するのは、村が崩壊したあの日のことだ。
家族、妹のように思っていた少女、友人、隣人。親友を除くクレスが知る人々全てが死に絶えた日のこと。
あのときクレスは再度の襲撃を懸念し遠方の叔父の元へと急ごうとした。
だがチェスターは村に残り遺体の埋葬をした。最愛の妹が物言わぬ屍となり野晒しにされているのは耐えられなかったのだろう。
彼らは別にお互いを薄情だとか感傷的だとか思いはしなかった。
村人を埋葬するのももちろん重要なことではあるが、もしまた襲撃されクレスとチェスターが命を落とせばトーティス村の惨劇は世に知られないまま闇に葬られるだろう。
誰かが知らせねばならなかった。都へ行けば騎士団を派遣してもらえる。下手人を捕らえ裁くことも可能だ。
そう考えたから二人は別れた。二人いたから役割を分担することができた。

だが今、クレスは一人だ。
アミィと同じくもはや言葉を紡ぐことなき少女――鳳凰寺風の遺体を背負い、ゆっくりと街の中を進む。
いずことも知れぬ地で家族や友人に知られることもなく果てた少女を思えば、せめて人間らしく弔ってやりたかった。

が、いかに魔王を倒した勇者とはいえ、この修羅の巷では絶対の強者ではない。
先ほどのブルックのような輩に墓穴を掘っているところを襲われれば、クレス自身がその墓穴に入ることは明白だ。
埋葬するにしてもせめて安全を確保した後。周囲に殺人者がいないと確認するか、もしくは信頼できる仲間を見つけてから。
忸怩たる思いを抱えたまま、クレスは目に付いた民家の寝台へ少女をそっと横たえた。
風の首には布を裂いて作った包帯を巻いてある。もう出血はしていない。
と言っても、包帯によって血が止まったのではない。流れ出るべき血が全て抜け切ったから、それだけの話だ。
風の表情は生きていると見紛うほどに穏やかだ。痛みを感じる間もなかったことが唯一の救いなのだろうか。
直視できず、シーツでそっと彼女を覆う。弔いと言えるほどのことではないが、今はこれが精一杯だ。

民家を出て、一人息をつく。流れる汗はぞっとするほど冷たかった。
人の死に関わったことは一度や二度ではない。この手で奪った命だって数え切れないほどにある。
それでも、クレスにとってそれは自分を守るためであり、仲間を守るためであり、平和を取り戻すための戦いだった。
だがこれはどうだ。『最強の剣士を決める』、ただそれだけのために罪もない少女の命が奪われる。
奪った側の人間……であるかどうかはかなり怪しいが、ブルックの心情も理解できないわけではない。
彼は決して快楽殺人者という訳ではなく、殺さねば殺されるというこの状況に従ったに過ぎないからだ。

では、ブルックに罪はないのか?
自分が生き残るためなら、同じく生き残りたいと思っている者を殺しても許されるのか?
正当防衛ですらない殺しは果たして許されるのか?

これが会話すらままならない魔獣であれば悩むことはないだろう。だが相手は言葉を用い意思を交わすことが出来る人間だ。
当然のように生きたいと、帰りたいと願う、クレスと同じただの人間なのだ。

「わからない……な。今の僕には答えが出せない……」

今ほどミントやアーチェ、クラース、チェスター、すず――仲間たちに傍にいてほしいと思ったことはないかもしれない。

ロワを倒す? どうやって?
当人に気付かれないまま数十人の人間を拉致し、得体の知れない首輪を嵌め、殺し合わせる。かのダオスにだってそんな芸当は出来るかどうか。
最初にいた場所ではクレスは自分と匹敵するかそれ以上の剣気を放つ者を何人も目撃している。
自分も含め、彼ら全てを手玉に取るような超常的な存在など、どうすれば討ち果たせるのか。
答えを返せなかったクレス。答えを放棄し流されると決めたブルック。
どちらが間違っているとも正しいとも言えない。結局、根幹にあるのは死にたくない、生きていたいという欲求なのだから。

思索の海に囚われたクレスの耳に、遠雷のような音が届く。はっと顔を上げ神経を尖らせれば、すぐ近くで戦闘が起こっていると知れた。
ブルックがやったような静かな殺しではなく、憚ることなく連続する炸裂音。
他者の介入を恐れないよほどの強者同士の戦いなのか、あるいはただの馬鹿なのか。
判別はつかないが、とりあえずクレスはその音が聞こえてくる方向へ向けて駆け出した。
距離が離れているため戦闘の余波で風の遺体が傷つけられる心配はないだろう。
戦場が近いと見るやクレスは速度を落とし、忍ぶようにして接近していく。朋友である藤林すずほどの隠形はできないが、足音を殺すくらいなら朝飯前だ。
いくつかの路地を曲がった先に――『それ』はいた。

(いた。怪我をしているのか?)

衣服と同じ色素の薄い白い髪に、銀色の瞳の女――クレアがそこにいた。
片腕がないが、ブルックとは違い明らかに人間とわかる姿だった。
戦闘に巻き込まれたのかと声をかけようとしたクレスは思わず息を止めた。
もしあの女がブルックと同じく殺し合いに乗っていたら、そう思ってしまったから。

(何を迷っているんだ、僕は……!)

だが、一呼吸置いたおかげでクレスはクレアが『おかしい』ということに気付いた。
人間が片腕を切り落とされれば当然出血するし、痛みも耐えがたいものだ。
だがクレスの眼前にいる女は痛みを堪える素振りがないし出血もしていない。肉の断面が見えることから、止血を施してあるようにも見えない。
クレアはゆっくりと民家の壁に背を預けると携えていた鞄から何かを取り出した。人間の腕の、肘から先だった。

(あれは、多分あの人の腕……何をする気だろう。法術でも使えるんだろうか?)

クレスの思い人であるミント・アドネードのように癒しの術が使えるのならば、千切れた腕とて繋げられるかもしれない。
ならば是非とも仲間になってもらいたい。傷を癒せる力があれば、殺し合いの中で生き残る確率はぐっと上がる。
そんなクレスの期待に応えるように、クレアはもはや肉塊とさえ呼べるその腕を自らの腕の切断面へと近づけた。

「――ふっ!」

精神を集中し、気合を入れるための発声。
導き出される結果はクレスの想像通り腕の接合。ただし、過程は全く違うものだった。

(なっ……!?)

ミントの術のように優しい光が傷を癒すのではなく。
腕と腕、切断面が小虫のように蠢き、泡立ち、片割れへと糸を伸ばす。糸は繋がり、ゆっくりと癒着していく。
シュウシュウと音を立てる腕は何がしかの力に包まれているのか淡い光を放っている。

「――よし、腕を繋げるだけなら何とかなりそうだ。急がなければ――」

クレアは呟き、未だに戦闘音が響いてくる方角へと視線を向ける。
瞳は紛れもない戦意を宿していて、獰猛な気配すらも漂わせていた。

(誰かを、殺すつもりなのか)

法術でも集気法による内力の活性化でもなく、得体の知れない力で腕を再生させる女。
その剣呑な目つきからは、風のような無害な人柄を読み取ることもできない。
人間というより、ダオスやその部下のような魔的な存在に近い――あるいはブルックにも。
動揺は足運びを乱れさせ、クレスの気配を漏れ出させた。

「誰だ!」

瞬時にクレアは気付いた。と同時、クレスもまた物陰から飛び出していた。
向けられた視線は険しく、ともすれば容易く敵意へと変じる危ういものだったからだ。
尤もそれは、今しがた戦線から離脱してきたばかりのクレアにすれば無理もないことだった。

「動くな!」

クレスは瞬きの間に間合いを詰め、クレアの喉元に抜き放ったニバンボシを突きつけた。
反撃されても即座に対応できるよう、油断なくその全身を視界に収める。
クレアが殺人者かどうか、疑わしくはあってもこの段階で断定は出来ない。
だからまず動きを封じてから交渉に臨もうとした、のだが。

「僕はクレス、クレス・アルベイン。聞きたいことがある」
「ぐ……あっ」

クレアはクレスを味方とは認識していない。彼が剣を寸止めするつもりであったとしても、そんなことはクレアにはわからない。
当然、刀が抜かれ始めた時点でクレアはクレスに対し警戒の度合いを引き上げ、制圧行動を取ろうとした。
だが、クレアは腕を繋げるために妖力を開放している最中だったのだ。
妖力解放はクレイモアの肉体を妖魔に近づける行為。強い力を得られる代わりに己を侵食されるかもしれない諸刃の剣だ。
当然、妖力のコントロールには多大な集中力を要する。少しの動揺で制御が乱れるほどに。

それでも普段のクレアならまだ対応することができた乱れだ。が、今のクレアは万全の状態ではなかった。
一刻も早く丈瑠の援護に向かわねばという焦り、新手の襲撃者への対応。そして首輪による妖力の抑圧。
この三つが彼女の精神を著しく圧迫し、結果クレアの妖力は彼女の制御を離れ――暴走した。

「ど、どうしたんだ?」
「に……げ、ろ!」

刀を突きつけている側のクレスが戸惑う。クレアの瞳の色は、一瞬で銀から金へと変化していた。
顔つきが変わっていく。人のそれから鋭利な牙を生やす獣のそれに。
刀が弾かれる。そのとき刀身を通じてクレスの腕に伝わってきたのは、ハンマーで殴られたかのような重い衝撃。
後退し、構える。クレスの刀を弾いたのはクレアが繋げようとしていた腕――だったモノ、だ。
肘から先の筋肉が不自然なほど膨張していた。熊のように太く、指先には鋭く尖った爪が伸びている。
右腕を繋げるために集中していた妖力が、コントロールの乱れによって接合ではなく変質を引き起こしたためだ。
その腕はまさしく彼女らクレイモアが『覚醒者』と呼ぶ妖魔の腕そのもの。
クレアの意思に従わず右腕は猛り、獲物を求めるように地面に突き立つ。

「が、く……制御、できん、このまま、では……!」

右腕に引きずられ、クレアの身体に暴走した妖力が駆け巡る。
もっと力をよこせと、自由にしろと喚いている。
            ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
クレアはその衝動に、抗う気持ちが薄れていることに気付き、驚愕した。
妖力解放には性的快楽に近い快感が伴う。が、女性型のクレイモアはその快楽を抑えることができるはずだった。
ならば何故クレアが衝動に抗えないかといえば――クレアが先ほどまで『右腕に』握っていた刀は、絶刀『鉋』。
四季崎記紀の作った完成形変体刀、持つと人を斬りたくなる毒が込められた刀、その一つだったからだ。

絶刀に込められた毒はかの毒刀『鍍』ほど強くはなく、意識を乗っ取られるということはない。
だが、たとえ影響が小さくとも零ではない。判断決断の一つ一つ、その裏にちらりと顔を覗かせるような微々たるもの。
クレアの強靭な精神によって押し込められていたその毒は、抑圧から解放され嬉々として宿主を侵食する。
その小波のような毒は今、人と妖魔の狭間にいるクレアを後押しするには十分すぎた。




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026:我刀・ノヴァ 丈瑠 042:受け継ぐ者へ(後編)
026:我刀・ノヴァ ノヴァ 042:受け継ぐ者へ(後編)
022:骸骨の踊り クレス 042:受け継ぐ者へ(後編)