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第三話

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「バッグを取ったら、すぐ帰るわ」
 何故一番大切な物を忘れてきてしまったのか、それさえなければ病院から直接帰ることができたのに。
 マンションの部屋の前で告げると、案の定リンから「終電も過ぎたこんな時間に……」と言われた。
「別に、潰そうと思えば時間なんていくらでも潰せるわ」
 眉をひそめるリンと、これ以上会話をしていたくはなかった。
(だらしない女……)
 今のリンが憎くないと言えば嘘になる。ただ、それ以上に、揺れ動いて定まらない自分に嫌気がさした。
 数時間前、初めてここに連れ込まれた時は、どうなってもいいとさえ思った。リンに抱き寄せられ、あの夜をまた味わいたかった。
 しかし、滝川の電話が入って病院にいた時は、リンのことなどすっかり忘れ、リンの目の前で滝川に縋った。リンに抱かれたその身体を滝川になすりつけた――。
 罪悪感と嫌悪感が汚泥の様に、とめどもなく溢れ出る。こんな汚い自分を、リンに抱いて欲しくはない。
「……車で送ります、それぐらいはさせてください」
 ドアを開けたリンに返事をせず、無言で上がった。着の身着のままで飛び出してきたものだから、照明は点いたままだ。
 リンも見かけによらずお人好しな男だと綾子は思う。こんなだらしない女でも心配なのか、優しい男だ。
 こんな男の寵愛を受けられたら、どんなに幸せだっただろうか……
 二度と来ることはない部屋の匂いを、思い切り肺に流し込――


 ――施錠をする音がした。それも二重に。
「何で鍵をかけるの?」
 恐る恐る振り向くと、リンは無邪気に微笑んだ。
「別に――今日送る――なんて誰がいいましたか?」
 目の前の光景が写真のネガの様にどす黒くなり、リンだけが闇に浮かび上がった。
「だましたの……」
 リンはずるずると、廊下の左右の壁に置いた手を擦り付けながら綾子に近づいた。
「帰らせて……」
「帰りたくないって気分になりますよ、きっと」
「今日は抱かれたくないの……そういう気分になれないの」
「滝川さんの感触が消えない内に、それで妄想したいんですか?」
 あまりにも下卑な言葉に、綾子は耳まで赤くなった。
「いい加減にして! 今日のあんたおかしいわよ!」
「おかしいですよ、ええ。自分でも狂っていると思います」
 自覚しているのか……、そうなるといかなる説得も通じない。どうしようもない現状に、綾子は絶望した。
「あなたのせいで、おかしくなったんだ」
 リンの表情が険しくなった。
「何を……私が何をしたっていうのよ!」
 リンは睨むだけで何も返さなかった。その代わり、手だけがヌーっと伸びてきた。
「離して! いや! 助けて!」
 がっしりと捕まれ、そのまま寝室に引きずり込まれた。


 黒系統で統一された寝台に放られると、胞子の様にリンの匂いが舞った。こんな状況だというのに、総身が熱く切なくなる自分が許せない。
「松崎さん」
 チェストから何かを取り出したリンは、綾子の眼前にそれを差し出した。
「紐……?」
 赤い紐だ、どこかで……いや、よく見たことのある、これは……
「私の腰紐……」
「装束はあいにくクリーニングから帰ってこないもので……でも、これであなたを飾るのも一興」
 満足げに微笑むリン。紐で飾るとは何のことだろうか。
「服を全部脱ぎなさい」
「いや! 帰して!」
「乱暴なことはしたくないんです」
 ここまで有無を言わさず引きずり込んでおいて、なにをいけしゃあしゃあと言いだすのだろうか。
「乱暴ってなによ! 今やってるこれは乱暴じゃないって言――」
 言い終える間もなく、リンは綾子のブラウスを一気に開いた。ボタンのはじける音、糸がちぎれる音、フローリングに叩き付けられるボタンの音、音、音。
「……ひ」
 リンが悲しげな目を向けた。
「脱ぎなさい」
 洟をすすりながら、首を横に振った。総身が後から震えだした。
「……嫌いよ……あんたなんか」
 リンがゆっくりと服を脱がせ始めた。
 抵抗する気力が削がれ、震える体はリンの玩具になった。着せ替え人形の様に、一方的に衣服を剥がれた。
「……あんたなんか嫌いよ」
 こみ上げてくる悲しみは、蹂躙される運命を悲観してではない。男の暴力への怯えでもない。
「……嫌い」
 ――では何だというのだ、この狂おしい感情は――
 綾子はぽろぽろと涙をこぼすと、リンが母親の様な優しさで抱きしめた。
「……あんたなんか死ねばいいのよ」
 優しく頭を撫でられた、リンの垣間見せる優しさが更に綾子を追いつめる。
「……松崎さん……綾……」
 ひとしきり頭を撫でたリンは、無抵抗の綾子を腰紐で後ろ手に括った。余った腰紐は乳房の上下に廻って、また後ろで括り直された。
「いやぁ……何……苦しい……」
「思った通りだ、あなたには紅い化粧が似合う」
 ドア横の姿見を見る様に促されると、そこには間接照明に照らされ、赤い紐で縛られた綾子が映っていた。胸の大きさを強調する様に上下の紐が胸を絞り出している。
「綺麗だ……綾……」
「やぁっ!」
 両手を拘束され、破廉恥な格好で縛められている姿を見せられると、冷静ではいられない。
「解いて! お願い解いて!」
「嫌いだの死ねだの言っておいて、今更お願いですか?」
 不満げに鼻を鳴らすリンに、綾子は唇を噛んだ。
「ああ……綾」
 馬乗りになったリンが、掌で頂をさすった。
「くっ……いや……」
「綾の身体は素直だ、縛められて喜んでいる」
「あっ……綾なんて二度と呼ばないでよ……あんたなんかに……んっ」
「さっきは自分から呼んでとねだってきたのに、ひどいな」
 決してつまんだりはせず、指の腹で乳首をさすり続けられると、総身が切なくなる。
「やめて……いや……いや」
 どうして自分はこんなに意志が弱いのだろう。滝川に流されて、リンに流されて、こうやって卑劣なことをされて悦ぶ自分が一番醜悪な存在なのだ。
「あ……リン……あんたなんか……ああ」
「綾、私はこれでも優しいんですよ。強姦とか、そんな卑劣なことは決してしない」
 間延びした愛撫が、綾子を悶えさせる。
「こうやって一晩中、あなたの胸を愛するだけでいいんだ……綾」
 吐息がぼんやりと乳首にかかると、縛められた綾子は芋虫の様に全身をくねった。リンは自分が言った通りに、ただずっと乳首だけをさすり続ける。
「あんたになんか、二度と抱かれたくないわ……卑怯者」
 綾子が泣きついたのはそれから一時間後だった。


「優しい男でしょう? 私は」
 目の前の残忍な男が、粘ついた口調で囁いた。
「……ひぃ……もういや……」
 哀願以外の言葉はすでに出尽くした。
「いや? 何が嫌なんです? あなたのいやがることはしていないでしょう」
 リンは口元だけ歪ませ、微笑む形を作ると、真綿の様な優しさで綾子の乳首をさすり続けた。
 全身が疼く、何も身につけていない下半身からは絶え間なく蜜が溢れ、シーツをぐっしょりと濡らしている。秘豆はサヤからこぼれ、今にもはぜそうなほど肥大している。なのに、リンは触りもしなければ言葉で嘲ることもしない。延々と乳首をさすっている。
「……もうやめて……あう……助けて」
 ぱくぱくと、酸欠の魚の様に口を動かし、泣きながら哀願する綾子を、恨めしげにリンはみつめた。
 どうしてそんな目で見られなければいけないのか――
「つらいの……切ないの……」
「誰に、どう助けて欲しいんです? 滝川さんに助けて欲しいんですか?」
「……意地悪……」
「……それとも何ですか、私に助けて欲しいなんて言うんじゃないでしょうね? 死ねだの卑怯だの罵った男に助けられるなんて、屈辱でしょう」
「あう……もういや……許して……」
「許して? こんな卑劣な男にあなたは何を詫びるんです」
 何も言えずに肩先を震わせて、訴える様にリンを見上げた。
「だんまりされても、わからないな。私はとんと女性の感情に疎いもので、まどかによく叱られる」
 嗤いながら相変わらず乳首を擦るリンの目つきは、酷薄そのものだ。
「……ほしいの」
 綾子は目を反らした。
「……何がです」
 冷酷な男の声に、肉芽がひくひくと反応する。
「……リン」
「私の何が欲しいんです? うん?」
「お願い……意地悪しないで……」
 卑劣なのは、リンよりも自分だ。目先の快楽が欲しいだけで、想いをねじ曲げてねだる自分は、この世で一番卑劣なのだ。
「抱いて……うんと辱めて」
 いっそ殺して――


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