第18回市民のための自由なラジオLIGHT UP、今週はジャーナリスト、新聞うずみ火代表の矢 野宏さんの司会で大阪から放送されました。矢野宏の寄り添い通信です。

第18回市民のための自由なラジオLIGHT UP、今週はジャーナリスト、新聞うずみ火代表の矢
野宏さんの司会で大阪から放送されました。矢野宏の寄り添い通信です。
 今週のゲストは大阪こどもの貧困アクショングループCPAO(シーパオ、http://cpao0524.org/wp/
 )代表の徳丸ゆき子さんです。子供の貧困は遠い外国の話ではなく、外国では数百万人/年に子供が亡
くなり、5秒に1人亡くなり、これは日本でも大問題であり、2014年に厚労省の発表した子供の貧困率が
16!6人に一人が貧困であり、徳丸さんは大阪生まれ、2002年にセーブ・ザ・チルドレンに参加し、東北の
子供たちの支援、そして子供の貧困を無くす大阪アクションがシーパオの意味であり、子供たちに気軽に
来られる家の意味なのです。
 前半のお話、子供の貧困率は、平均年収の半分以下で過ごす子供の数であり、6人に1人が貧困であり、
深刻なのがひとり親世帯、シングルマザーで半分以上が貧困であり、シングルマザーは徳丸さんも調査さ
れて、数字だけでなく実態が必要で、徳丸さんもシングルマザー、親子のリアリティがわかると対策も立
てられるとして、実態を知るための調査で、シングルマザーで声をあげる人を見つけるのが大変で、100人
調査して、ほとんどの母親が何らかの暴力にさらされて、DV、子供の頃からの虐待、ワーキングプア、
セクハラ、パワハラ、暴力が引き金になり貧困になるものであり、DVを受けた母親は夫から逃げておし
まいではなく、大体の母親は警察などに連絡してシェルター、夫のわからない場所で生活保護などを受け
るものの、お金と生活保護で、最低限のお金もなく、子供がいるので家事育児をどうするのか、大変であ
り、生活保護では家事育児のサポートは週に1回だけ、残り6日を親子はどうするのか、子供たちも不規則
な生活で、自立は困難であり、徳丸さんも生活保護の方に就労支援させろと指導を行政がするので、悪循
環になってしまい、支援が少なすぎて、心のケアも必要なのに、自立は困難で、夫の暴力で大変で、また
夫に見つけられることの不安もあり、そして子供たちの面前DV、子供たちが親に暴力させるのを見るこ
と自体虐待であり、この虐待のケアをどうすべきか、なにもされず、子供たちは親同士の暴力を見せられ
て、子供も暴力、母親はワーキングプア、その中で子供たちのストレスは大変であり、幼少期は我慢して
も、自分のせいで親が大変として、非行に走る例もあり、母親に対する暴力になる例もあり、矢野さんも
聞いてつらいと言われて、徳丸さん、母親は大変であり、子供の貧困はまだ社会に認知されず、矢野さ
ん、日本の貧困の特徴は絶対ではなく相対と言われて、徳丸さん、絶対的な貧困はお金、食べ物なしであ
り、相対的な貧困は、その国で当たり前の生活ができないことと指摘されて、塾に行けない、どころかみ
んながちゃんとした靴を履いているのに、それもない、季節に合わない服を着ざるを得ない、途上国では
なく、日本はこれで、これがいじめにつながり、自分をこれで責めることになり、自分の将来に夢、希望
が持てず、子供たちの貧困を無くす策が必要なのです。

 LIGHT UPジャーナル、今週は今中哲二先生による伊方再稼働のお話です。伊方に核燃料装填、再稼働で
あり、伊方には今中先生も小出先生も40年以上前に伊方の設置許可取り消しの裁判が始まり、今中先生は
76年の裁判の始まった時に原子炉実験所に入られて、裁判では原告が主張では勝ち、原子力マフィアの証
人は裁判での答弁にもこたえられず、裁判も勝てるかと今中先生も思われて、それでも裁判は負けてしま
い、結審の直前に裁判長が替えられて敗訴、そして今は伊方に3基も原子炉が作られて、伊方は瀬戸内海に
向いて原発があり、それも中央構造線の真上!こんな危険なところに原発が作られるとは信じられない。
 核燃料装填は、ウランをペレットにして燃料棒にして、燃料集合体には燃料棒200本集めて、それを150
体揃えて初めて核分裂連鎖反応ができるようになり、この作業は水の中でクレーンでやり、この作業は特
段危険ではない(クレーンから外れたら危ないが)ものの、伊方はMOX燃料、ウラン+プルトニウムで
あり、プルトニウムは電力会社ではなく日本政府が何とか始末したい、プルトニウムはもんじゅ、高速増
殖炉でやる予定が破綻して、余分なプルトニウムを持たないためにプルサーマルをせざるを得ず、プルト
ニウムが少ないので安全と電力会社は言うものの、制御棒は効きにくくなり、プルサーマルは危険で原発
でやるべきではなく(原発ではプルトニウムをやることを想定していない)、日本政府はプルサーマル計
画をあきらめない、破綻したもんじゅすら続けている。
 新規制基準に基づく再稼働は、川内、高浜に続くもので、高浜は司法でストップ、何年か前は夏になる
と電気が足りないと言われていたのに、最近言われず、今中先生が調べられて、夏の最大電力量は毎年
減って、ピーク需要で1000万kw!も減って節電は要らなくなり、節電のせの字も言われなくなり、太陽パ
ネルの普及で夏のピークでも電気は足りて、原発は庶民には必要なく(リスクだけ、電気は足りてい
る)、伊方原発は避難計画もアウトであり、一番けしからんのは、原発の安全性に責任のある規制委が責
任を持たないことで、避難計画に規制委が責任を持たず、安倍総理は口だけであり、誰も責任を取らずで
あり、伊方原発の北側に中央構造線があり、熊本大地震の震源の延長に伊方原発がある&忘れてならない
南海トラフ地震=地震の巣に伊方はあり、再稼働は止めるべきで、「そこまでして原発を使わないといけ
ないのか」、市民も賢くなるべきであり、目先のことではなく、考えるべきなのです、以上、今週の今中
先生のお話でした。

 ここで音楽、子供の貧困がテーマで、子供から見た母の愛情をうたった、KIROROの未来へ、です。これ
はyou tubeにありました。
https://www.youtube.com/watch?v=f6Eyu2V4iDs

 後半のお話、子供の貧困を無くすためにどうしたらいいか、政府は超党派でやっても、メニューはあっ
ても予算なしで徳丸さんショックであり、公的資金の投入を子供たちに入れず、民間では焼け石に水であ
り、徳丸さんが総理ならどうするか、お金だけで貧困は救われず、勉強はお金では解決せず、勉強への意
欲を、徳丸さんも自分の子供にしてもらうのは大変であり、人が人を支援すべきなのにそこにお金なし、
保育園、学校、養護施設に人が少なく、これをもっと盛り立てないとだめであり、福利厚生、保育園落ち
た死ねというのも、先生が給料の少ないのでなり手がなく、教育に国がお金をかけておらず、徳丸さん教
育が大事というのに、目の前の子供がご飯を食べていない!さみしい子供が勉強できるほけはなく、教育
のためには、子供たちの生活の安定が必要であり、徳丸さんのシーパオは、活動分野は広く、調べるのも
大事、そこからニーズを聞いて活動に行く、ごはんか、居場所か、あるいは長期的な視点と、短期的な視
点、今お金がない、電気・携帯を止められるのでお金なしのニーズがあり、徳丸さんも奔走して、子供た
ちは月末にご飯を食べられず、目の前の対処療法だけではなく、母親のSOSを待っていられない、なか
なかSOSを発せられず、中期的に、大阪・生野でのこども食堂をやり、子供たちと会うと様子が悪いと
わかり、子供たちの様子、変化を察知して問題を知り、そうして傷が深くならないうちに対応するもの
で、子供たちを地域で見守るのを、しっかりやって、政策提言で何を採択するかが必要なのです。目の
前、中長期のケアが必要であり、徳丸さんがこれを始めたきっかけは、徳丸さん子供の頃から学校が嫌い
で、みんなに支えられてここまで来たのに、今の親御さん、子供は孤立し、小さいころから暴力で、誰も
信じられない、お金しか信じられない人生を歩んだ人もあり、生活保護を受けるくらいなら死ぬ、子供も
一緒に死ぬというものもあり、こういう人たちの心を動かすのは大変であり、これを行動としてどうする
か、徳丸さんもシングルマザーで、仲間に対応してもらい、ともかく徳丸さんを信じてもらい、何とかす
るものなのです。
 リスナーが徳丸さんをサポートするのは、世知辛いがお金、そして時間、地域に頑張っている人たちに
お金を託す、そこに行きサービスを提供して、仲間を作って、3人いたら何とかなり、3人で多様性ができ
て、そこから始まるものであり、地道にやり、まず現状を知り、解決にならないかも知れないが、真剣に
取り組むべきなのです、以上、徳丸さんのお話でした。

 そして、敗戦の季節、矢野さんのライフワーク、大阪大空襲取材について、体験を若い世代に伝える取
り組みのご紹介がありました。
 まもなく敗戦から71回目の夏、矢野さんは大阪大空襲のことを伝えて、矢野さんは体験者の思いを語り
継ぐ最後の世代であり、矢野さんは語り、太平洋戦争末期、空襲は50回、大空襲は8回、最初は1945年3月
13日、274機のB29が6万発の焼夷弾を投下して4000人以上なくなり、6月以降は毎週大空襲、最後の大空襲
は8月14日、敗戦の前日であり、真夏の太陽の照り付ける中、100機以上のB29が、当時東洋最大の軍事工
場を狙い、しかし爆弾はJR環状線の京橋駅のところを直撃して、数百人亡くなり、戦争は1945年8月15日
で終わったのではない。
 焼夷弾で、生まれたばかりの藤原さんの家もやられて、防空壕に男性の手伝いで入って助かり、藤原さ
んは一命をとりとめても、足に大やけど、病院にも設備はなく、傷口に赤チンを塗るだけ、足は膝の関節
が変形して、小学校入学前に、藤原さん、母は誰もいないときに銭湯に連れていかれても、子供に変な足
と言われて、その子の母は、悪いことをしたらあんな足になると言う始末、藤原さん、自分が悪いのでは
なく戦争が悪いとも言えず、藤原さん、足が不自由で、ズボンをはいて、中学2年で義足をつけて、スカー
トをはきたかったが、義足は激しい痛みにさらされて、藤原さん、空襲の時に死んでいたらとも思うが、
戦争さえなければ、自分の足で歩けて走れたのに、自分の足を返してほしいと言われます。
 今、5人の孫のいる藤原さん、孫たちに、子供たちに、自分の味わった苦しみを繰り返してほしくないと
言われます。
 1945年 3月の空襲、谷口さんは、自宅で寝ているときに母に起こされて、母は家を守らないといけない
と姉とともに逃げよと言われて、当時7歳、母と兄二人、姉二人の暮らしで、父は病死、母と兄が家業を継
いでも印刷機を軍に供出されて廃業、母が女手一つで家を支えて、そして大空襲、6つ上の姉に手を引かれ
て逃げて、B29の空襲で町は火に包まれて、道路は避難民で混乱し、至る所で火の中で市民は逃げまど
い、気が付くと小学校にいて、自宅近くの小学校は廃墟になり、遺体がそこに置かれて、母と兄の遺体、
防火活動で窒息死し、谷口さん、これを見て声も出ずであったのです。
 2か月後、谷口さんは広島の親戚に養女として行き、兄弟は離れ離れ、高校進学もあきらめて、中学を出
て働き、母も一緒に逃げていたらと思わない日はなく、家を守らないといけないという母の言葉の意味を
知ったのは60年後、家を守れ、空襲でも逃げるなという法律ができて、厳しい刑罰があったので、市民は
逃げられず、空襲被害は当時の日本政府の愚策によるものであったのです。
 矢野さん、大阪に限らず、全国での空襲があり、皆さんの周りにも、空襲被害に苦しんでいる人がいる
と締めくくられました。

 今週の自由なラジオ、矢野さん、子供の貧困について徳丸さんのお話、貧困の原因を語られて、6人に1
人が貧困、食べるものすらない状況で、これを知ろうとしていなかった、戦後71年、日本では戦争の名の
下で人を殺さず、殺しておらず、このような国はないものの、「戦争がなくても、国民が幸せなわけでは
ない」と矢野さん、締めくくられました、以上、今週の自由なラジオでした。
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