ウェストウッド村。
浮遊大陸アルビオンの玄関口である港町ロサイスと、観光名所である古都シティオブサウスゴータを結ぶ街道から、少々外れた森の中にある小さな村である。
知名度は、ハッキリ言って低すぎるほどに低い。
何せ存在する家屋は小さなワラぶきの物が10件ほど、その住民はほとんど子供だらけ、最年長の人間ですら『少女』と形容して問題のない女性であり(今はその女性よりも年上の青年が居候しているが)、知っていてもほとんど意味がないのだ。
そしてその『最年長の女性』ことハーフエルフの少女、ティファニアは家の中で夕食の準備をしていた。
「♪~~♪」
最近はアルビオンもかなり危険な雰囲気が充満しつつあるのだが、それは大きな街や重要拠点の話である。こんな小さな村には、ほとんど関わりがない。
強いて言うなら、最近になってアルビオン各地で出没するようになった『怪物』が真剣に命の危機を感じるほどの脅威なのだが、居候の男が操る『闇色の魔神』にかかれば、チョチョイのチョイである。
「ずっとこのままの暮らしが続いてくれたらなぁ……」
思わずそんなことを呟くティファニア。
……しかし、それはおそらく無理であろうことは分かっていた。
居候の男は、いつかここを出て行くだろう。『帰ろうと思えばいつでも帰れる』というようなことを言っていたし。
子供たちとて、いつまでもこんな小さな村に閉じ込めておくわけにはいかない。
「…………」
おそらく、自分は最後の一人として死ぬまでここにいることになる。
この楽園は、いつかゆっくりと壊れていくことが決められていた。
「でも……それは、今じゃないよね」
しんみりしかけてしまった気分をわざと声を口に出して切り替えると、ティファニアは夕食の準備を再開する。
そろそろ夕食も完成である。
それでは誰かに頼んで、最近は部屋の中に閉じこもりっきりの居候の男を―――
「お邪魔しますよ、ティファニア」
「あれ、シュウさん?」
―――呼ばなければと思っていたら、その居候の男……シュウ・シラカワが自分から顔を出した。
珍しい。と言うか、『自分から夕食を取りに来る』など初めてではないだろうか?
特に、近頃は食事に呼んでも『少し手が離せませんので、申し訳ありませんが部屋に持ってきていただけませんか』などと言っていたのに……。
まあ、一緒に食事を取ってくれるのは良いことなのだが。嬉しいし。
しかし一応は聞いておく。
「研究……は、良いんですか?」
「ええ、一段落しましたので。後はデータや結果をまとめるだけですね。それと、一つご報告があります」
「……け、研究の報告とか言われても、わたしには何が何だか分かんないんですけど……」
シュウが何か難しいことを研究しているのは知っている。しかしそれを説明されても理解が出来るほど、自分は頭が良くない。勉強だって、そんなに出来る方ではないのだ。
『“勉学の出来不出来”と、“頭が良い悪い”の間には直接的な関係はありません』とシュウは言っていたが、どっちにしろ理解が出来るとは思えない。
そんな風に困惑するティファニアだったが、シュウは苦笑しながらティファニアの言葉を否定した。
「違いますよ。あなたにミルトカイル石やアインストについて説明しても、あまり意味はありません。……報告と言うのは、外出についてです」
「外出……ですか」
(また何か研究材料を見つけに行ったり、誰かに会いに行ったりするのかな?)
このシュウ・シラカワと言う男は、たまにフラリとどこかに『(比喩ではなく本当に)飛んでいく』ことが多かった。
とは言え長期間留守にすることは無かったし、何よりも『闇色の魔神』に乗っているので、ティファニアも特に心配はしていなかったのだが。
「知人に呼ばれましてね。明日はトリステインに向かいます」
知人と言うと、以前にラ・ロシェールで会ったと言っていた人だろうか。
(……シュウさんにはシュウさんのお付き合いとか、都合とかあるわよね)
「はい、分かりました」
笑顔で承諾するティファニアだったが、続いてシュウから発せられた言葉によってその笑顔は少しばかり固まった。
「ありがとうございます。……行き先はトリステインの魔法学院ですからね、ミス・マチルダにもご挨拶をしてきますよ」
「え?」
いきなり姉代わりの女性の名前が出てきたので、困惑するティファニア。
「……え、えっと、マチルダ姉さんに会いに行くんですか?」
「いえ、会いに行くのはあくまで『トリステイン魔法学院にいる別の知人』です。……とは言え、私もその知人がミス・マチルダと同じ場所にいるとは思いませんでしたが」
何か作為的なものを感じますね、などと呟く声が聞こえた気がしたが、ティファニアの心には微妙に波が立っていた。
そんな彼女の様子に気付いているのかいないのか、シュウは今後の予定をスラスラと述べていく。
「明日の朝には出発します。用件を詳しくは知りませんが、もしかすると数日ほどかかるかも知れないとのことでしたので……。一応、チカを置いて行きましょうか?」
「あ、いえ、チカちゃんもシュウさんとずっと離れ離れじゃさみしいでしょうから、一緒に連れて行ってあげてください」
「ではエーテル通信機を置いて行きましょう、何かありましたら呼んで下さい。使い方は私が教えます。
……最近は、人の周りを嗅ぎ回っている失礼な人間もいるようですから、気を付けて下さい」
「? はい」
後半部分はどういう意味なのかよく分からなかったが、とにかくティファニアは頷いた。
そして台所から出て行くシュウ。
「…………」
ティファニアはしばらく沈黙すると、やがて意を決したように声を上げる。
「チカちゃん、ちょっといいかしらー?」
「はいはいー」
その声に答えて、窓の外からパタパタと青い小鳥が飛んで来た。
シュウのファミリア(使い魔)である、チカである。
何でもハルケギニアのメイジが使っている使い魔とは違って、『召喚で呼び出す』のではなく『シュウの無意識の一部を切り取って作り出した』存在らしい。
しかし、口数が多くて口調はイヤミったらしく、毒をたっぷり含んだ言葉を吐いて、しかも金に意地汚い……と、その性格はお世辞にもシュウに似ているとは言いがたかった。
(チカちゃんを見るたびに思うんだけど、シュウさんも心の奥じゃチカちゃんみたいなことを考えてるのかしら……)
それは何か嫌だなぁ、などと思いながら、ティファニアはチカと会話を始める。
「何ですか、ティファニア様? ご夕食の味見か何かでしょうか?」
「ううん、ちょっとチカちゃんに頼みたいことがあるの」
「はあ」
首をちょこんと傾げながら、チカはティファニアの話を聞く。
「さっき聞いたんだけど、シュウさん、トリステインの魔法学院に行くんですって?」
「そうらしいですねぇ。たとえ並行世界の別存在だとしても、ユーゼス・ゴッツォの頼みなんか怪しすぎて普通は受けないでしょうに」
そのユーゼスという人物はよく分からないが、ティファニアにとっての問題はそこではない。
「でね? 魔法学院に行くってことは、そこで働いてるマチルダ姉さんにも会うってことだと思うの。挨拶するって言ってたし」
「そうでしょうね」
知り合いなのだし、挨拶くらいはするだろう。むしろ、会わない方が不自然かもしれない。
……そう、『会っても別に不自然ではない』のである。
そして、『そのまま二人きりになっても特に怪しまれはしない』のである。
「そこで、チカちゃんにお願い。……シュウさんとマチルダ姉さんの会話とかやり取りをね、こと細かく見張って、観察して、見続けて、帰ってきたらそれをわたしに報告して?」
「え? な、何のためにあたしが御主人様とマチルダ様の会話を……」
「いいから。……ね?」
にこやかに微笑みながら、ティファニアはそっとチカの小さな身体を左手で包み込む。
「あ、あの、ティファニア様?」
「お願い、チカちゃん。……ほら、そんなことはあり得ないってわたしも思うんだけど、マチルダ姉さんも否定はしてたけど、こんな小さな村でそういう微妙な関係が出来ちゃうと、色々と困るでしょう?」
「いえ、御主人様に限って、男女関係でどうこうっていうのはホントにあり得ないと……」
『常日頃から、かなり熱烈なアプローチを受け続けてましたけど、全然なびきませんでしたし』と言おうとしたが、チカの中で『何か』が警報を鳴らしてその言葉を言わせなかった。
「って言うかティファニア様、その右手に持っているナイフは何なんでしょうか?」
「だってお料理の途中だもの、ナイフくらいは持つわ。……さ、チカちゃん。お返事を聞かせて?」
少しずつチカを包む左手に力を込めつつ、更に少しずつ右手のナイフをチカに近付けてくるティファニア。
……手の中のチカは小刻みに震えているようだったが、寒いのだろうか?
「ティ、ティファニア様、そのにこやかな顔と声で、恐ろしい空気をかもし出すのは……その……」
「え? いやだ、何言ってるのチカちゃんったら。わたしの空気がどうしたんですって?」
グ、と左手に力が込められ、チカの身体が軽く圧迫される。
「ぐぇっ!?」
「……『ぐぇ』? ……わたしが聞きたいのはそんな言葉じゃないの。ねえ、わたしの頼みを聞いてくれるの? くれないの? 答えて、チカちゃん?」
もはやナイフの切っ先は、完全にチカを向いていた。
チカはアワアワと口ごもりながらも、何とか返答する。
「は、はい、分かりました。帰りましたら、逐一ご報告させていただきます……」
「本当? ありがとう、チカちゃん!」
パッと左手の『抱擁』を解いてチカを開放する。
直後、チカは全力で羽ばたいてティファニアから距離を取った。
「どうしたのチカちゃん、そんなに急いで。もうすぐご飯の時間なんだから、お出かけなんかしちゃ駄目よ?」
そうしてティファニアは、再び夕食の準備に戻る。
チカは恐怖の対象を見る視線で、物陰からティファニアを見ていたが、やがて彼女の姿が見えなくなると溜息を吐いて呟き始めた。
「じ、自覚がないのが恐ろしい……」
シュウに言い寄ってきた2人の女性とは、また違ったベクトルの女性である。
しかも、あの2人の場合は『あの人とこんなコトしてましたよ』と言っても大体は行動の予想がつくが、この少女の場合は迂闊なことを言えば何をしでかすか分からない。
下手をすると、
浮遊大陸アルビオンの玄関口である港町ロサイスと、観光名所である古都シティオブサウスゴータを結ぶ街道から、少々外れた森の中にある小さな村である。
知名度は、ハッキリ言って低すぎるほどに低い。
何せ存在する家屋は小さなワラぶきの物が10件ほど、その住民はほとんど子供だらけ、最年長の人間ですら『少女』と形容して問題のない女性であり(今はその女性よりも年上の青年が居候しているが)、知っていてもほとんど意味がないのだ。
そしてその『最年長の女性』ことハーフエルフの少女、ティファニアは家の中で夕食の準備をしていた。
「♪~~♪」
最近はアルビオンもかなり危険な雰囲気が充満しつつあるのだが、それは大きな街や重要拠点の話である。こんな小さな村には、ほとんど関わりがない。
強いて言うなら、最近になってアルビオン各地で出没するようになった『怪物』が真剣に命の危機を感じるほどの脅威なのだが、居候の男が操る『闇色の魔神』にかかれば、チョチョイのチョイである。
「ずっとこのままの暮らしが続いてくれたらなぁ……」
思わずそんなことを呟くティファニア。
……しかし、それはおそらく無理であろうことは分かっていた。
居候の男は、いつかここを出て行くだろう。『帰ろうと思えばいつでも帰れる』というようなことを言っていたし。
子供たちとて、いつまでもこんな小さな村に閉じ込めておくわけにはいかない。
「…………」
おそらく、自分は最後の一人として死ぬまでここにいることになる。
この楽園は、いつかゆっくりと壊れていくことが決められていた。
「でも……それは、今じゃないよね」
しんみりしかけてしまった気分をわざと声を口に出して切り替えると、ティファニアは夕食の準備を再開する。
そろそろ夕食も完成である。
それでは誰かに頼んで、最近は部屋の中に閉じこもりっきりの居候の男を―――
「お邪魔しますよ、ティファニア」
「あれ、シュウさん?」
―――呼ばなければと思っていたら、その居候の男……シュウ・シラカワが自分から顔を出した。
珍しい。と言うか、『自分から夕食を取りに来る』など初めてではないだろうか?
特に、近頃は食事に呼んでも『少し手が離せませんので、申し訳ありませんが部屋に持ってきていただけませんか』などと言っていたのに……。
まあ、一緒に食事を取ってくれるのは良いことなのだが。嬉しいし。
しかし一応は聞いておく。
「研究……は、良いんですか?」
「ええ、一段落しましたので。後はデータや結果をまとめるだけですね。それと、一つご報告があります」
「……け、研究の報告とか言われても、わたしには何が何だか分かんないんですけど……」
シュウが何か難しいことを研究しているのは知っている。しかしそれを説明されても理解が出来るほど、自分は頭が良くない。勉強だって、そんなに出来る方ではないのだ。
『“勉学の出来不出来”と、“頭が良い悪い”の間には直接的な関係はありません』とシュウは言っていたが、どっちにしろ理解が出来るとは思えない。
そんな風に困惑するティファニアだったが、シュウは苦笑しながらティファニアの言葉を否定した。
「違いますよ。あなたにミルトカイル石やアインストについて説明しても、あまり意味はありません。……報告と言うのは、外出についてです」
「外出……ですか」
(また何か研究材料を見つけに行ったり、誰かに会いに行ったりするのかな?)
このシュウ・シラカワと言う男は、たまにフラリとどこかに『(比喩ではなく本当に)飛んでいく』ことが多かった。
とは言え長期間留守にすることは無かったし、何よりも『闇色の魔神』に乗っているので、ティファニアも特に心配はしていなかったのだが。
「知人に呼ばれましてね。明日はトリステインに向かいます」
知人と言うと、以前にラ・ロシェールで会ったと言っていた人だろうか。
(……シュウさんにはシュウさんのお付き合いとか、都合とかあるわよね)
「はい、分かりました」
笑顔で承諾するティファニアだったが、続いてシュウから発せられた言葉によってその笑顔は少しばかり固まった。
「ありがとうございます。……行き先はトリステインの魔法学院ですからね、ミス・マチルダにもご挨拶をしてきますよ」
「え?」
いきなり姉代わりの女性の名前が出てきたので、困惑するティファニア。
「……え、えっと、マチルダ姉さんに会いに行くんですか?」
「いえ、会いに行くのはあくまで『トリステイン魔法学院にいる別の知人』です。……とは言え、私もその知人がミス・マチルダと同じ場所にいるとは思いませんでしたが」
何か作為的なものを感じますね、などと呟く声が聞こえた気がしたが、ティファニアの心には微妙に波が立っていた。
そんな彼女の様子に気付いているのかいないのか、シュウは今後の予定をスラスラと述べていく。
「明日の朝には出発します。用件を詳しくは知りませんが、もしかすると数日ほどかかるかも知れないとのことでしたので……。一応、チカを置いて行きましょうか?」
「あ、いえ、チカちゃんもシュウさんとずっと離れ離れじゃさみしいでしょうから、一緒に連れて行ってあげてください」
「ではエーテル通信機を置いて行きましょう、何かありましたら呼んで下さい。使い方は私が教えます。
……最近は、人の周りを嗅ぎ回っている失礼な人間もいるようですから、気を付けて下さい」
「? はい」
後半部分はどういう意味なのかよく分からなかったが、とにかくティファニアは頷いた。
そして台所から出て行くシュウ。
「…………」
ティファニアはしばらく沈黙すると、やがて意を決したように声を上げる。
「チカちゃん、ちょっといいかしらー?」
「はいはいー」
その声に答えて、窓の外からパタパタと青い小鳥が飛んで来た。
シュウのファミリア(使い魔)である、チカである。
何でもハルケギニアのメイジが使っている使い魔とは違って、『召喚で呼び出す』のではなく『シュウの無意識の一部を切り取って作り出した』存在らしい。
しかし、口数が多くて口調はイヤミったらしく、毒をたっぷり含んだ言葉を吐いて、しかも金に意地汚い……と、その性格はお世辞にもシュウに似ているとは言いがたかった。
(チカちゃんを見るたびに思うんだけど、シュウさんも心の奥じゃチカちゃんみたいなことを考えてるのかしら……)
それは何か嫌だなぁ、などと思いながら、ティファニアはチカと会話を始める。
「何ですか、ティファニア様? ご夕食の味見か何かでしょうか?」
「ううん、ちょっとチカちゃんに頼みたいことがあるの」
「はあ」
首をちょこんと傾げながら、チカはティファニアの話を聞く。
「さっき聞いたんだけど、シュウさん、トリステインの魔法学院に行くんですって?」
「そうらしいですねぇ。たとえ並行世界の別存在だとしても、ユーゼス・ゴッツォの頼みなんか怪しすぎて普通は受けないでしょうに」
そのユーゼスという人物はよく分からないが、ティファニアにとっての問題はそこではない。
「でね? 魔法学院に行くってことは、そこで働いてるマチルダ姉さんにも会うってことだと思うの。挨拶するって言ってたし」
「そうでしょうね」
知り合いなのだし、挨拶くらいはするだろう。むしろ、会わない方が不自然かもしれない。
……そう、『会っても別に不自然ではない』のである。
そして、『そのまま二人きりになっても特に怪しまれはしない』のである。
「そこで、チカちゃんにお願い。……シュウさんとマチルダ姉さんの会話とかやり取りをね、こと細かく見張って、観察して、見続けて、帰ってきたらそれをわたしに報告して?」
「え? な、何のためにあたしが御主人様とマチルダ様の会話を……」
「いいから。……ね?」
にこやかに微笑みながら、ティファニアはそっとチカの小さな身体を左手で包み込む。
「あ、あの、ティファニア様?」
「お願い、チカちゃん。……ほら、そんなことはあり得ないってわたしも思うんだけど、マチルダ姉さんも否定はしてたけど、こんな小さな村でそういう微妙な関係が出来ちゃうと、色々と困るでしょう?」
「いえ、御主人様に限って、男女関係でどうこうっていうのはホントにあり得ないと……」
『常日頃から、かなり熱烈なアプローチを受け続けてましたけど、全然なびきませんでしたし』と言おうとしたが、チカの中で『何か』が警報を鳴らしてその言葉を言わせなかった。
「って言うかティファニア様、その右手に持っているナイフは何なんでしょうか?」
「だってお料理の途中だもの、ナイフくらいは持つわ。……さ、チカちゃん。お返事を聞かせて?」
少しずつチカを包む左手に力を込めつつ、更に少しずつ右手のナイフをチカに近付けてくるティファニア。
……手の中のチカは小刻みに震えているようだったが、寒いのだろうか?
「ティ、ティファニア様、そのにこやかな顔と声で、恐ろしい空気をかもし出すのは……その……」
「え? いやだ、何言ってるのチカちゃんったら。わたしの空気がどうしたんですって?」
グ、と左手に力が込められ、チカの身体が軽く圧迫される。
「ぐぇっ!?」
「……『ぐぇ』? ……わたしが聞きたいのはそんな言葉じゃないの。ねえ、わたしの頼みを聞いてくれるの? くれないの? 答えて、チカちゃん?」
もはやナイフの切っ先は、完全にチカを向いていた。
チカはアワアワと口ごもりながらも、何とか返答する。
「は、はい、分かりました。帰りましたら、逐一ご報告させていただきます……」
「本当? ありがとう、チカちゃん!」
パッと左手の『抱擁』を解いてチカを開放する。
直後、チカは全力で羽ばたいてティファニアから距離を取った。
「どうしたのチカちゃん、そんなに急いで。もうすぐご飯の時間なんだから、お出かけなんかしちゃ駄目よ?」
そうしてティファニアは、再び夕食の準備に戻る。
チカは恐怖の対象を見る視線で、物陰からティファニアを見ていたが、やがて彼女の姿が見えなくなると溜息を吐いて呟き始めた。
「じ、自覚がないのが恐ろしい……」
シュウに言い寄ってきた2人の女性とは、また違ったベクトルの女性である。
しかも、あの2人の場合は『あの人とこんなコトしてましたよ』と言っても大体は行動の予想がつくが、この少女の場合は迂闊なことを言えば何をしでかすか分からない。
下手をすると、
『今日のメニューは、鳥の丸焼きですよー♪』
『おや、これは美味しそうですね。……そう言えばチカを見ませんでしたか? どうも姿を見かけないのですが』
『どこに行ったんでしょうね?』
『おや、これは美味しそうですね。……そう言えばチカを見ませんでしたか? どうも姿を見かけないのですが』
『どこに行ったんでしょうね?』
……みたいなことになりかねない。
少し想像が飛躍しすぎな気もするが、あながち的外れでもないような気もする。
「と、取りあえず、御主人様が『そういうこと』をしでかさないことを祈ろう……」
少なくともシュウからどうこうするのはあり得ないだろうが。
マチルダの方から……と言うのも、確率的にはかなり低いだろう。何だかかなり警戒してたみたいだし。
「何もなかったら『何もありませんでした』って報告すれば良いんだし、多分そうなるだろうから、そんなに心配することもないかなー」
半ば強引に自分に言い聞かせて、チカは主人のいる場所へと飛んでいったのだった。
少し想像が飛躍しすぎな気もするが、あながち的外れでもないような気もする。
「と、取りあえず、御主人様が『そういうこと』をしでかさないことを祈ろう……」
少なくともシュウからどうこうするのはあり得ないだろうが。
マチルダの方から……と言うのも、確率的にはかなり低いだろう。何だかかなり警戒してたみたいだし。
「何もなかったら『何もありませんでした』って報告すれば良いんだし、多分そうなるだろうから、そんなに心配することもないかなー」
半ば強引に自分に言い聞かせて、チカは主人のいる場所へと飛んでいったのだった。
ジェットビートルを中庭から学院の外の平原に移動させたユーゼスは、まず燃料の精製に取りかかった。
と言っても、ハルケギニアの工業技術力では『ジェット燃料』を作り出すことなど不可能であるし、それほど簡単に作れるのであれば60年前に転移してきた科特隊隊員とて苦労はしなかっただろう。
なので、やはり『錬金』に頼ることになる。
「駄目だな、揮発性と燃焼性が低い。……手本がすぐそばにあるのに、なぜ作れないのだ?」
「あのなぁ、こんな特殊な油をパッと見てすぐ作れるわけがないだろう!!」
「……やはり、この場合は『原料』から始めた方が効率が良いのか……」
『錬金』担当のギーシュの叫びに、今更ながらユーゼスは思考を始めた。
ジェット燃料の主成分は、原油を精製して作られたいわゆるガソリンに近い物である。しかし、それに更に様々な化学物質を混入させなければならない。
となると、前段階として『普通のガソリン』を精製しておいた方が良いのだが……。
……しかし、そのような排気ガスを撒き散らす化石燃料の使用は、大気汚染などの公害に直結してしまうため、ユーゼスとしてはあまり乗り気ではなかった。
ジェットビートルの1台程度がどれだけ空を飛ぼうと、ハルケギニアの環境に与える影響は微々たる物だろうが、自分の存在がきっかけとなって化石燃料が大量に出回るようになってしまう可能性を思うと、やはり二の足を踏んでしまう。
だが一度使ってしまった以上は、もうどんな言い訳も……他の誰でもなく、自分自身に通じるまい。
(そもそも燃料の精製が出来ないのであれば、このような悩みも抱くだけ徒労なのだが……)
少し離れた場所で、ジェットビートルから汲み上げた燃料を『ああでもない、こうでもない』といじり回しているエレオノールが、『作れるのなら作りなさい』と言っている以上、努力はせねばならない。
……どうでもいいのだが、エレオノールの顔を見ながら話をしている時、ある一定の時間が経過するとプイッと顔を逸らされるのは何故なのだろう。
しかも、その『一定の時間』の間隔は少しずつ短くなってきているような気がする。
(まあ、特に支障があるわけでもないが)
ともあれ、ガソリン→ジェット燃料の段階を踏んで精製しなければならないのである。
「ガソリンの原料は石油……。その更に原料となると、微生物や動植物の化石などか」
石炭くらいならばハルケギニアにも存在しているし、本気で探せば石油も採掘が出来るだろうが、そんなものをいちいち探している余裕はない。
(……いっそのこと、クロスゲート・パラダイム・システムを使うか?)
そんな考えが頭をよぎるが、すぐに否定する。
体調管理やゲートの感知などはともかく、『ハルケギニアへの過度の干渉』は自分的に最大のタブーだ。
それもよりによって因果律を操作して行うなど、侵してはならない領域に踏み込みすぎている。
ハルケギニアの工業技術力が発展しようが停滞しようがユーゼスとしては別にどちらでも構わないが、発展するにしても『ハルケギニアの人間の力』で成し遂げなければならない。
自分の役割があるとしたら、その『補助』くらいだろう。
「…………」
ちなみに作業開始時に、学院の教師であるミスタ・コルベールが嬉々とした表情で『私にこれを見せてくれ』と申し出てきたが、丁重にお断りした。
あんな(ユーゼス的に)危険な人物にこんな物を見せたりしたら、完全な『オーバーテクノロジーの提供』になってしまう。彼には悪いが、研究は独力で進めてもらおう。
遠くの木陰から羨ましそう……と言うか恨めしそうにこっちに向けられる視線と、禿げた頭が反射する光を感じないでもないが、取りあえずは無視である。
「ふむ……」
……もうこうなったら、そこそこにギーシュを酷使させて『申し訳ないが、精製に失敗した』とエレオノールに謝るのがベストなような気がしてきた。
『33年前の人は精製してたじゃない』と言われたら、『あれは監督している人間が特殊すぎたのだ』と言おう。
何せ、早川健なのだから。
そうと決まればギーシュに『錬金』を無駄遣いさせよう……などとと密かに決心していると、懐からピピピ、と電子音のような音が鳴った。
「な、何の音だい?」
「……しまった」
突如鳴り響いた『謎の音』に困惑するギーシュをよそに、ユーゼスは自分が呼びつけた男について失念していたことを思い出した。
まさか『呼びつけておいて何だが、やはり帰ってくれ』とは言えない。
……言ってしまったら、超神ゼストとネオ・グランゾンの戦いという、ハルケギニアどころか近辺の並行世界まで崩壊してしまいそうな事態に発展しかねない。
(…………取りあえず、通信に出るか……)
まずは話をしてみてから考えよう、などと思いつつ、ユーゼスはエーテル通信機を手に取った。
と言っても、ハルケギニアの工業技術力では『ジェット燃料』を作り出すことなど不可能であるし、それほど簡単に作れるのであれば60年前に転移してきた科特隊隊員とて苦労はしなかっただろう。
なので、やはり『錬金』に頼ることになる。
「駄目だな、揮発性と燃焼性が低い。……手本がすぐそばにあるのに、なぜ作れないのだ?」
「あのなぁ、こんな特殊な油をパッと見てすぐ作れるわけがないだろう!!」
「……やはり、この場合は『原料』から始めた方が効率が良いのか……」
『錬金』担当のギーシュの叫びに、今更ながらユーゼスは思考を始めた。
ジェット燃料の主成分は、原油を精製して作られたいわゆるガソリンに近い物である。しかし、それに更に様々な化学物質を混入させなければならない。
となると、前段階として『普通のガソリン』を精製しておいた方が良いのだが……。
……しかし、そのような排気ガスを撒き散らす化石燃料の使用は、大気汚染などの公害に直結してしまうため、ユーゼスとしてはあまり乗り気ではなかった。
ジェットビートルの1台程度がどれだけ空を飛ぼうと、ハルケギニアの環境に与える影響は微々たる物だろうが、自分の存在がきっかけとなって化石燃料が大量に出回るようになってしまう可能性を思うと、やはり二の足を踏んでしまう。
だが一度使ってしまった以上は、もうどんな言い訳も……他の誰でもなく、自分自身に通じるまい。
(そもそも燃料の精製が出来ないのであれば、このような悩みも抱くだけ徒労なのだが……)
少し離れた場所で、ジェットビートルから汲み上げた燃料を『ああでもない、こうでもない』といじり回しているエレオノールが、『作れるのなら作りなさい』と言っている以上、努力はせねばならない。
……どうでもいいのだが、エレオノールの顔を見ながら話をしている時、ある一定の時間が経過するとプイッと顔を逸らされるのは何故なのだろう。
しかも、その『一定の時間』の間隔は少しずつ短くなってきているような気がする。
(まあ、特に支障があるわけでもないが)
ともあれ、ガソリン→ジェット燃料の段階を踏んで精製しなければならないのである。
「ガソリンの原料は石油……。その更に原料となると、微生物や動植物の化石などか」
石炭くらいならばハルケギニアにも存在しているし、本気で探せば石油も採掘が出来るだろうが、そんなものをいちいち探している余裕はない。
(……いっそのこと、クロスゲート・パラダイム・システムを使うか?)
そんな考えが頭をよぎるが、すぐに否定する。
体調管理やゲートの感知などはともかく、『ハルケギニアへの過度の干渉』は自分的に最大のタブーだ。
それもよりによって因果律を操作して行うなど、侵してはならない領域に踏み込みすぎている。
ハルケギニアの工業技術力が発展しようが停滞しようがユーゼスとしては別にどちらでも構わないが、発展するにしても『ハルケギニアの人間の力』で成し遂げなければならない。
自分の役割があるとしたら、その『補助』くらいだろう。
「…………」
ちなみに作業開始時に、学院の教師であるミスタ・コルベールが嬉々とした表情で『私にこれを見せてくれ』と申し出てきたが、丁重にお断りした。
あんな(ユーゼス的に)危険な人物にこんな物を見せたりしたら、完全な『オーバーテクノロジーの提供』になってしまう。彼には悪いが、研究は独力で進めてもらおう。
遠くの木陰から羨ましそう……と言うか恨めしそうにこっちに向けられる視線と、禿げた頭が反射する光を感じないでもないが、取りあえずは無視である。
「ふむ……」
……もうこうなったら、そこそこにギーシュを酷使させて『申し訳ないが、精製に失敗した』とエレオノールに謝るのがベストなような気がしてきた。
『33年前の人は精製してたじゃない』と言われたら、『あれは監督している人間が特殊すぎたのだ』と言おう。
何せ、早川健なのだから。
そうと決まればギーシュに『錬金』を無駄遣いさせよう……などとと密かに決心していると、懐からピピピ、と電子音のような音が鳴った。
「な、何の音だい?」
「……しまった」
突如鳴り響いた『謎の音』に困惑するギーシュをよそに、ユーゼスは自分が呼びつけた男について失念していたことを思い出した。
まさか『呼びつけておいて何だが、やはり帰ってくれ』とは言えない。
……言ってしまったら、超神ゼストとネオ・グランゾンの戦いという、ハルケギニアどころか近辺の並行世界まで崩壊してしまいそうな事態に発展しかねない。
(…………取りあえず、通信に出るか……)
まずは話をしてみてから考えよう、などと思いつつ、ユーゼスはエーテル通信機を手に取った。
「ほう……これはまたクラシカルな……」
ジェットビートルを見たシュウ・シラカワの第一声はそれだった。
自分の目から見ても『古い』のだから、シュウの目から見ればそれは『古い』などというレベルではないだろう。
「ふむ、燃料はジェット式、装甲はそれなりの合金……エンジンは通常の戦闘機とそう変わりがありませんね。バッテリーも同様ですか。私にとっては骨董品に等しいですが、ハルケギニアにしてみれば完全なオーバーテクノロジーですね」
ビーカーに入った燃料を一瞥し、外見をざっと見回し、整備用に少し開けた部分からパッと見ただけでジェットビートルの概要を理解するシュウ。
そんな紫の髪の超天才に対して、銀色の髪の天才は自分の懸念を話す。
「整備もそうだが、何よりも問題はその『燃料』についてだ。『錬金』で精製するのは不可能に近いようだし、仮に精製に成功したとしても……」
「……化石燃料を使用する以上、ハルケギニアの大気が汚染されることになりますね」
「そういうことだ」
『お互いの素性や過去を既に見ている』という前提で、二人は会話を行う。
「では、化石燃料以外の方法でエネルギーを得れば良いのではありませんか?」
「どうやってだ? この世界の魔法には、そこまでの力は無いぞ」
「ええ、『ハルケギニアの魔法』では力不足でしょうね。風石とやらでも出力不足でしょう。……ですが、それならば『ハルケギニア以外』から持って来れば良いのです」
「…………別の世界か?」
その発想はなかった。しかし……。
「この機体にマッチするエネルギーなど、どこから見つけてくるつもりだ? ……いや、それ以前にエネルギー源を変えるとなれば、大幅な改修が必要になるぞ」
「改修については、私とあなたが協力すれば何とかなるでしょう。
……エネルギーなど、私のいた世界では探すまでもなく転がっています。原子炉、光子力、ゲッター線、超電磁エネルギー、ムートロン、オーラ力、縮退炉―――お望みとあらば、ブラックホールエンジンなどもご提供して差し上げますが?」
「そのような物騒かつ制御の難しいエネルギーなど、いらん」
「それは残念です」
……冗談だということは分かっているのだが、この男が言うと全然冗談に聞こえないから困る。
そしてシュウは薄く笑いを浮かべながら、おそらくは本命と思われるエネルギー源を提示した。
「ならば、それ以外……比較的入手が容易なプラーナコンバーターをご用意いたしましょう」
「何?」
プラーナコンバーターとは、シュウの故郷であるラ・ギアスの技術である。
『プラーナ』は言うなれば『感情エネルギー』のようなものであり、個人の感情の高ぶりに応じてその値が上下する。『気』や『オーラ』のようなものと捉えても問題はない。
消費しすぎると生命の危険があったり、弱ったプラーナを回復するには口移しが最も手早い……などという話もあるが、本筋と関係がないのでそれについては割愛する。
そのプラーナを、『魔装機』と呼ばれる機動兵器のエネルギー源として変換するための装置が、プラーナコンバーターなのだ。
そのような、ジェットビートルとはまた別の切り口でのオーバーテクノロジーを用意してくれるとは……。
「……見返りは何だ?」
シュウ・シラカワが無償で世話を焼いてくれることなどは、あり得ない。
並行世界を見て、それは熟知していた。
「話が早くて助かります。……私の要求は、あなたの研究している『ハルケギニアの魔法』に関しての資料です」
「?」
それは別に提供しても構わないが、何故わざわざ自分から受け取る必要があるのだろうか。
「お前ならば、独力で研究を進められるのではないか?」
「あいにくと『別の研究対象』を見つけましてね。そこまで手が回らないのですよ」
「『別の研究対象』だと?」
「……あなたも気付いているのではありませんか? 我々以外の『異邦人』に」
自分たち以外の『異邦人』。
それには、確かに心当たりがあった。
(……アインストか)
確かに気にかかる存在ではある。研究する価値もあるだろう。
「ではコンバーターの調達は任せた。こちらもレポートをまとめておこう」
「お願いします。コンバーターはラ・ギアスに行けばすぐに手に入るでしょうから、1日もあればお届け出来ますよ」
では前段階として、まずはジェットビートルをバラバラに分解しよう、という話になる。
装甲板などを外すにはかなりの労力が必要になると思っていたが、そこはシュウが『デモンゴーレム』(土くれに死霊の霊気を宿らせたもの)という兵器を2体ほど召喚することで何とかなった。
さすがにこんなことにネオ・グランゾンを使う気にはなれなかったらしい。
なおプラーナコンバーターについては、ラ・ギアスにいるシュウの仲間に連絡してあらかじめ用意してもらうそうだ。
ジェットビートルを見たシュウ・シラカワの第一声はそれだった。
自分の目から見ても『古い』のだから、シュウの目から見ればそれは『古い』などというレベルではないだろう。
「ふむ、燃料はジェット式、装甲はそれなりの合金……エンジンは通常の戦闘機とそう変わりがありませんね。バッテリーも同様ですか。私にとっては骨董品に等しいですが、ハルケギニアにしてみれば完全なオーバーテクノロジーですね」
ビーカーに入った燃料を一瞥し、外見をざっと見回し、整備用に少し開けた部分からパッと見ただけでジェットビートルの概要を理解するシュウ。
そんな紫の髪の超天才に対して、銀色の髪の天才は自分の懸念を話す。
「整備もそうだが、何よりも問題はその『燃料』についてだ。『錬金』で精製するのは不可能に近いようだし、仮に精製に成功したとしても……」
「……化石燃料を使用する以上、ハルケギニアの大気が汚染されることになりますね」
「そういうことだ」
『お互いの素性や過去を既に見ている』という前提で、二人は会話を行う。
「では、化石燃料以外の方法でエネルギーを得れば良いのではありませんか?」
「どうやってだ? この世界の魔法には、そこまでの力は無いぞ」
「ええ、『ハルケギニアの魔法』では力不足でしょうね。風石とやらでも出力不足でしょう。……ですが、それならば『ハルケギニア以外』から持って来れば良いのです」
「…………別の世界か?」
その発想はなかった。しかし……。
「この機体にマッチするエネルギーなど、どこから見つけてくるつもりだ? ……いや、それ以前にエネルギー源を変えるとなれば、大幅な改修が必要になるぞ」
「改修については、私とあなたが協力すれば何とかなるでしょう。
……エネルギーなど、私のいた世界では探すまでもなく転がっています。原子炉、光子力、ゲッター線、超電磁エネルギー、ムートロン、オーラ力、縮退炉―――お望みとあらば、ブラックホールエンジンなどもご提供して差し上げますが?」
「そのような物騒かつ制御の難しいエネルギーなど、いらん」
「それは残念です」
……冗談だということは分かっているのだが、この男が言うと全然冗談に聞こえないから困る。
そしてシュウは薄く笑いを浮かべながら、おそらくは本命と思われるエネルギー源を提示した。
「ならば、それ以外……比較的入手が容易なプラーナコンバーターをご用意いたしましょう」
「何?」
プラーナコンバーターとは、シュウの故郷であるラ・ギアスの技術である。
『プラーナ』は言うなれば『感情エネルギー』のようなものであり、個人の感情の高ぶりに応じてその値が上下する。『気』や『オーラ』のようなものと捉えても問題はない。
消費しすぎると生命の危険があったり、弱ったプラーナを回復するには口移しが最も手早い……などという話もあるが、本筋と関係がないのでそれについては割愛する。
そのプラーナを、『魔装機』と呼ばれる機動兵器のエネルギー源として変換するための装置が、プラーナコンバーターなのだ。
そのような、ジェットビートルとはまた別の切り口でのオーバーテクノロジーを用意してくれるとは……。
「……見返りは何だ?」
シュウ・シラカワが無償で世話を焼いてくれることなどは、あり得ない。
並行世界を見て、それは熟知していた。
「話が早くて助かります。……私の要求は、あなたの研究している『ハルケギニアの魔法』に関しての資料です」
「?」
それは別に提供しても構わないが、何故わざわざ自分から受け取る必要があるのだろうか。
「お前ならば、独力で研究を進められるのではないか?」
「あいにくと『別の研究対象』を見つけましてね。そこまで手が回らないのですよ」
「『別の研究対象』だと?」
「……あなたも気付いているのではありませんか? 我々以外の『異邦人』に」
自分たち以外の『異邦人』。
それには、確かに心当たりがあった。
(……アインストか)
確かに気にかかる存在ではある。研究する価値もあるだろう。
「ではコンバーターの調達は任せた。こちらもレポートをまとめておこう」
「お願いします。コンバーターはラ・ギアスに行けばすぐに手に入るでしょうから、1日もあればお届け出来ますよ」
では前段階として、まずはジェットビートルをバラバラに分解しよう、という話になる。
装甲板などを外すにはかなりの労力が必要になると思っていたが、そこはシュウが『デモンゴーレム』(土くれに死霊の霊気を宿らせたもの)という兵器を2体ほど召喚することで何とかなった。
さすがにこんなことにネオ・グランゾンを使う気にはなれなかったらしい。
なおプラーナコンバーターについては、ラ・ギアスにいるシュウの仲間に連絡してあらかじめ用意してもらうそうだ。
ミス・ロングビルは、オールド・オスマンに仕事を依頼されていた。
依頼と言っても、そう大したことではない。
『学院の外でミス・ヴァリエールの使い魔が何かやっているようだから、それを見てきてくれ』だそうである。
だったら自分じゃなくても……とは思うが、ちょうど暇でもあったので、軽い運動がてら見に行くことにする。
「ま、どうせ変な実験でもしてるんだろうけど……」
思い返すも忌々しい『フーケ対策会議』が頭をよぎり、表情が苦くなる。
……とは言え、それも過去のこと。『土くれ』のフーケも現れる予定は当面ないし、自分に影響がなければ実験でも何でもやってくれて一向に構わない。
危ないことをやっているようだったら注意しないといけないか、などと思いながら歩いていると、ズシンズシンと何か重いものが移動する音と振動を感じた。
「?」
ふと音と振動のする……目的地の方へと目をやると、何だか不恰好な20メイルほどの土ゴーレムが2体ほど存在していた。
その2体のゴーレムは、協力して大きな鉄板のようなものを運んでいる。
「……十中八九、例の使い魔が関係してるんだろうねぇ」
『何かをやっている』と言われた現場に、そうそう都合よく『偶然に』巨大な土ゴーレムなど出現はするまい。
ともあれ何をやっているのか、確認はせねばならないだろう。
少しペースを速めながら歩き、目的地に到着すると……。
まず、何だかよく分からないが複雑な鉄のカタマリ。
色々と大きくて重そうなものを運んでいる、2体の土ゴーレム。
例の銀髪の使い魔。
青銅のゴーレムを操って細かいものを運ばせている……確か、ギーシュとか言う生徒。
少し離れた地点でチラチラと作業の様子を見ながら、変な液体をごく少量ずつ触ったり振ったり燃やしたりしている金髪の女性。
更に離れた地点の木陰から、じーっと彼らの様子を見ているコルベール。
(何をやってるんだか……)
特にコルベールに対してそんな感想を抱くミス・ロングビル。
取りあえずあの男は無視しよう、と作業中のユーゼスたちのいる場所へと進んでいき、
「…………!!?」
そこに、あり得ない人間を発見した。
何故、ここにいる。
何故、土ゴーレムに命令を出して……いや、そう言えば『少しだが魔法が使える』とか言ってたっけ。どう見ても『少し』などというレベルではないが。
何故、あの使い魔とペラペラと話をしている。
何故、自分に気付いてこっちに歩いて来る。
「ああ、もう!」
何だかイライラしてきたので、あの男―――シュウに向かって走り出す。
「おや、ミス・マチルダ。作業が一段落したら、ご挨拶に伺おうと思っていたのですが―――」
「いいから、こっちに来る!!」
そのまま腕を掴んで、少しムリヤリではあるがズンズンとコルベールとは別の木陰に入って行くミス・ロングビル。
……ユーゼスやギーシュが学院長秘書のそんな様子を見て首を傾げていたのだが、そんなことを気にしている余裕など今の彼女からは失われていた。
「……ご婦人が男性を引きずるというのは、あまり上品とは言えませんよ、ミス・マチルダ」
「うるっさいね! 何だってこんなところにいるんだい、アンタは!? それと、私はここじゃマチルダじゃなくてロングビルだっての!」
「そう言えばそうでしたか」
シュウ・シラカワに詰め寄りながら、アッサリと『学院長の秘書』という仮面を取り去るミス・ロングビルこと、マチルダ・オブ・サウスゴータ。
「取りあえず、何のためにいつからここにいて、そして今は何をしてるのかを答えな!」
「知人に呼ばれたので今朝からここにいて、今はある『飛行機械』を分解しているところです」
「ぐっ……」
激昂しながら放った問いがスラスラと冷静に答えられてしまったので、思わずマチルダは言葉に詰まってしまう。
「……『知人』ってのは、あのヴァリエール家の娘の使い魔のことかい?」
「使い魔? ユーゼス・ゴッツォのことですか?」
「あのメンツで『使い魔』なんて、あの男しかいないだろ」
シュウはアゴに手を当てて『ふむ』と頷くと、何かに納得したように呟き始める。
「……そうでしたね。最近はほとんど意識していませんでしたが、私も一応は『使い魔』として召喚されたのでした。ならばユーゼス・ゴッツォもまた『使い魔』として召喚されていると考えるべきでしたか……」
ブツブツと何やらよく分からないことを呟くシュウ。
マチルダはそんな彼の様子を怪訝に思いつつ、次の質問へと移ろうとする。
「それよりもだね……」
「ミス・マチルダ、一つ質問があるのですが」
「……っ、な、何だい?」
だがシュウに視線向けられた途端、その意欲も霧散した。
(コイツの視線……凄みを利かせられてるわけでもないのに、身体がすくむ……。いや、身体だけじゃなくて、魂まで射抜かれたような……)
冷や汗を流しながらも、マチルダはシュウの問いかけを聞く。
「ユーゼス・ゴッツォは、使い魔として契約しているのですか?」
「そのはずだよ。アンタとは違ってね」
「……ほう、そうですか……」
何かに納得したような、あるいは興味深い新発見をしたような様子を見せるシュウだったが、目の前でそれをやられているマチルダは気が気ではない。
「……感謝しますよ、ミス・マチルダ。あなたのおかげで、興味の対象が増えました」
「ああ、そうかい……」
(コイツに比べれば、あの銀髪の使い魔の方が50倍はマシだね……)
『得体の知れなさ』という点ではどっこいだが、シュウにはユーゼスにはない『不気味さ』や『近寄りがたさ』がある。
よくティファニアはこんなのと一緒に住んで、毎日生活が出来るね……などと考えていると、先ほど口から出かかった質問が再び湧き上がってきた。
「そうだ、ティファニアはどうしたんだい? アンタが留守にしてたんじゃ、ほとんど無防備みたいなもんじゃないか」
マチルダにとっての最重要事項はそれである。
この男がいるから、ある程度は安心……などと思っていたのに、これでは元のモクアミだ。
しかし、シュウはそんなマチルダの懸念にも構わず、平然と問いに答える。
「大丈夫でしょう。私がいない時を狙って何者かの襲撃を受けるほど運が悪いとも思えません。私の周囲を探っている人間も、ウェストウッド村までは突き止めていないようですから」
「……『周囲を探っている人間』?」
何だか聞き捨てならないセリフだ。
「ご心配には及びませんよ。ほとんど私が行った場所の足跡を辿ることや『私がどのような人間か』を追っているだけのようですし。……とは言え、目障りなのは確かですからね。機会があれば『お話を伺いたい』とは思っていますが……」
「ふ、ふーん」
(一体、どんな恐ろしい方法で『お話を伺う』んだか……)
そいつがどのような人間かは知らないが、もうご愁傷さまとしか言いようがない。
「まあ、取りあえずあの……飛行機械? だかをイジってるってことで良いんだね? 学院長にもそう報告しておくけど」
「それは私ではなくユーゼス・ゴッツォに尋ねるべきですね。この場の責任者は、あくまで彼のはずですから」
「分かったよ、ったく」
そして木陰から出る二人。
マチルダは再びミス・ロングビルの仮面を被り、何食わぬ顔でユーゼスに確認を取って学院長に報告に向かう。
「まさか、これから頻繁に魔法学院に顔を出すんじゃないだろうね、アイツ……」
嫌な予感を感じながらも、その予感が外れることを願うミス・ロングビルであった。
依頼と言っても、そう大したことではない。
『学院の外でミス・ヴァリエールの使い魔が何かやっているようだから、それを見てきてくれ』だそうである。
だったら自分じゃなくても……とは思うが、ちょうど暇でもあったので、軽い運動がてら見に行くことにする。
「ま、どうせ変な実験でもしてるんだろうけど……」
思い返すも忌々しい『フーケ対策会議』が頭をよぎり、表情が苦くなる。
……とは言え、それも過去のこと。『土くれ』のフーケも現れる予定は当面ないし、自分に影響がなければ実験でも何でもやってくれて一向に構わない。
危ないことをやっているようだったら注意しないといけないか、などと思いながら歩いていると、ズシンズシンと何か重いものが移動する音と振動を感じた。
「?」
ふと音と振動のする……目的地の方へと目をやると、何だか不恰好な20メイルほどの土ゴーレムが2体ほど存在していた。
その2体のゴーレムは、協力して大きな鉄板のようなものを運んでいる。
「……十中八九、例の使い魔が関係してるんだろうねぇ」
『何かをやっている』と言われた現場に、そうそう都合よく『偶然に』巨大な土ゴーレムなど出現はするまい。
ともあれ何をやっているのか、確認はせねばならないだろう。
少しペースを速めながら歩き、目的地に到着すると……。
まず、何だかよく分からないが複雑な鉄のカタマリ。
色々と大きくて重そうなものを運んでいる、2体の土ゴーレム。
例の銀髪の使い魔。
青銅のゴーレムを操って細かいものを運ばせている……確か、ギーシュとか言う生徒。
少し離れた地点でチラチラと作業の様子を見ながら、変な液体をごく少量ずつ触ったり振ったり燃やしたりしている金髪の女性。
更に離れた地点の木陰から、じーっと彼らの様子を見ているコルベール。
(何をやってるんだか……)
特にコルベールに対してそんな感想を抱くミス・ロングビル。
取りあえずあの男は無視しよう、と作業中のユーゼスたちのいる場所へと進んでいき、
「…………!!?」
そこに、あり得ない人間を発見した。
何故、ここにいる。
何故、土ゴーレムに命令を出して……いや、そう言えば『少しだが魔法が使える』とか言ってたっけ。どう見ても『少し』などというレベルではないが。
何故、あの使い魔とペラペラと話をしている。
何故、自分に気付いてこっちに歩いて来る。
「ああ、もう!」
何だかイライラしてきたので、あの男―――シュウに向かって走り出す。
「おや、ミス・マチルダ。作業が一段落したら、ご挨拶に伺おうと思っていたのですが―――」
「いいから、こっちに来る!!」
そのまま腕を掴んで、少しムリヤリではあるがズンズンとコルベールとは別の木陰に入って行くミス・ロングビル。
……ユーゼスやギーシュが学院長秘書のそんな様子を見て首を傾げていたのだが、そんなことを気にしている余裕など今の彼女からは失われていた。
「……ご婦人が男性を引きずるというのは、あまり上品とは言えませんよ、ミス・マチルダ」
「うるっさいね! 何だってこんなところにいるんだい、アンタは!? それと、私はここじゃマチルダじゃなくてロングビルだっての!」
「そう言えばそうでしたか」
シュウ・シラカワに詰め寄りながら、アッサリと『学院長の秘書』という仮面を取り去るミス・ロングビルこと、マチルダ・オブ・サウスゴータ。
「取りあえず、何のためにいつからここにいて、そして今は何をしてるのかを答えな!」
「知人に呼ばれたので今朝からここにいて、今はある『飛行機械』を分解しているところです」
「ぐっ……」
激昂しながら放った問いがスラスラと冷静に答えられてしまったので、思わずマチルダは言葉に詰まってしまう。
「……『知人』ってのは、あのヴァリエール家の娘の使い魔のことかい?」
「使い魔? ユーゼス・ゴッツォのことですか?」
「あのメンツで『使い魔』なんて、あの男しかいないだろ」
シュウはアゴに手を当てて『ふむ』と頷くと、何かに納得したように呟き始める。
「……そうでしたね。最近はほとんど意識していませんでしたが、私も一応は『使い魔』として召喚されたのでした。ならばユーゼス・ゴッツォもまた『使い魔』として召喚されていると考えるべきでしたか……」
ブツブツと何やらよく分からないことを呟くシュウ。
マチルダはそんな彼の様子を怪訝に思いつつ、次の質問へと移ろうとする。
「それよりもだね……」
「ミス・マチルダ、一つ質問があるのですが」
「……っ、な、何だい?」
だがシュウに視線向けられた途端、その意欲も霧散した。
(コイツの視線……凄みを利かせられてるわけでもないのに、身体がすくむ……。いや、身体だけじゃなくて、魂まで射抜かれたような……)
冷や汗を流しながらも、マチルダはシュウの問いかけを聞く。
「ユーゼス・ゴッツォは、使い魔として契約しているのですか?」
「そのはずだよ。アンタとは違ってね」
「……ほう、そうですか……」
何かに納得したような、あるいは興味深い新発見をしたような様子を見せるシュウだったが、目の前でそれをやられているマチルダは気が気ではない。
「……感謝しますよ、ミス・マチルダ。あなたのおかげで、興味の対象が増えました」
「ああ、そうかい……」
(コイツに比べれば、あの銀髪の使い魔の方が50倍はマシだね……)
『得体の知れなさ』という点ではどっこいだが、シュウにはユーゼスにはない『不気味さ』や『近寄りがたさ』がある。
よくティファニアはこんなのと一緒に住んで、毎日生活が出来るね……などと考えていると、先ほど口から出かかった質問が再び湧き上がってきた。
「そうだ、ティファニアはどうしたんだい? アンタが留守にしてたんじゃ、ほとんど無防備みたいなもんじゃないか」
マチルダにとっての最重要事項はそれである。
この男がいるから、ある程度は安心……などと思っていたのに、これでは元のモクアミだ。
しかし、シュウはそんなマチルダの懸念にも構わず、平然と問いに答える。
「大丈夫でしょう。私がいない時を狙って何者かの襲撃を受けるほど運が悪いとも思えません。私の周囲を探っている人間も、ウェストウッド村までは突き止めていないようですから」
「……『周囲を探っている人間』?」
何だか聞き捨てならないセリフだ。
「ご心配には及びませんよ。ほとんど私が行った場所の足跡を辿ることや『私がどのような人間か』を追っているだけのようですし。……とは言え、目障りなのは確かですからね。機会があれば『お話を伺いたい』とは思っていますが……」
「ふ、ふーん」
(一体、どんな恐ろしい方法で『お話を伺う』んだか……)
そいつがどのような人間かは知らないが、もうご愁傷さまとしか言いようがない。
「まあ、取りあえずあの……飛行機械? だかをイジってるってことで良いんだね? 学院長にもそう報告しておくけど」
「それは私ではなくユーゼス・ゴッツォに尋ねるべきですね。この場の責任者は、あくまで彼のはずですから」
「分かったよ、ったく」
そして木陰から出る二人。
マチルダは再びミス・ロングビルの仮面を被り、何食わぬ顔でユーゼスに確認を取って学院長に報告に向かう。
「まさか、これから頻繁に魔法学院に顔を出すんじゃないだろうね、アイツ……」
嫌な予感を感じながらも、その予感が外れることを願うミス・ロングビルであった。
「……えーと、『マチルダ様が御主人様を木陰に引っ張って行って、ちょっと強めの態度で詰め寄ってました』、と……」
なお、シュウのファミリアは居候先の家主の依頼を忠実に果たしていた。
なお、シュウのファミリアは居候先の家主の依頼を忠実に果たしていた。
「ふう……」
夕日と共に去っていくシュウを見送りながら、ユーゼスは大きく息を吐いた。
一通りジェットビートルの分解が済んだ所で、本日の作業は終了となったのである。
おそらくこの後、シュウはネオ・グランゾンに搭乗してラ・ギアスに転移を行い―――
「ちょっと、ユーゼス!」
「む?」
考えている途中で、エレオノールから声をかけられた。
次の彼女のセリフは、容易に想像が出来る。
「あの男は一体誰なのよ? あなたの知り合いらしいけど、私たちに何の説明もなしなんて……」
「紹介だけで時間が潰れそうだったからな、省かせてもらった」
取りあえず『燃料の精製は見送った』ことと、『代わりの動力を調達してもらう』ことを説明する。
「……あなたねえ、私に相談もなくそんなことを独断で……!」
「これをタルブ村から譲り受けたのは私であるし、操縦が出来るのも私だけだ。ならば私がどうしようと、問題はあるまい?」
「……………」
ジロリと眼鏡越しに睨まれる。
……最近はそれなりに『研究者同士の関係』を築けてきたので忘れがちであったが、エレオノールはこのように刺すような視線を放ってくる女性だった。
まあ、変に馴れ合いになってもむしろやりにくいので、これで良いとも思うが。
「改修……いや、改造についてはお前も立ち会うといい。扱う分野は専門外だろうが、『アカデミーの研究員が立ち会った』という事実は王宮からの立ち入り検査があった際などに、カードになり得るからな」
「……つまり『私が立ち会ったのだから、これに関しては問題ありません』と言い張るわけ?」
「ありていに言えばそうなる」
エレオノールの視線が険しさを増した。
ルイズやギーシュであれば向けられただけで平謝りしてしまうような眼力だったが、それをユーゼスは平然と受け流す。
「…………それについては不問にするにしても、まだ私の疑問はかなり残ってるわよ?」
「ではその疑問を言ってみろ。答えられる範囲でならば答えてやる」
そしてエレオノールは矢継ぎ早に質問を繰り出し、ユーゼスはその質問に次々に答えていった。
『あの油を使わない』と言う結論に達した理由―――これについては、『空気中に有害な物質を撒き散らすから』と説明したら一応納得してくれた。
『代わりの動力』とやらの詳細―――プラーナの説明に苦労した(特にメイジが使う『精神力』との違いがネックだった)が、誰もが持っている『意志の力』ということで少し強引に説明した。
ユーゼスが呼んだあの男の素性―――シュウ・シラカワという名前、『自分のいた場所』から『比較的近い場所』の出身であること、自分よりも優秀であることを説明したら、どういうわけか『なるほど』と納得された。
「あなたの知り合いで、しかもあなたが“自分よりも優秀”って認めるくらいなんだから、ある程度は何でもアリでしょう?」
「……私はそれほど得体が知れない存在か?」
「あえてノーコメント、とさせていただくわ」
「……………」
心外であるが、自分がハルケギニアの常識からは少々外れていることは自覚しているので、こちらもノーコメントとさせてもらう。
「それにしても20メイル程度の戦闘用の土ゴーレムを2体も作れるなんて、相当優秀な土メイジなんでしょうね。おまけに知識はあなた以上って、もう手が付けられないじゃないの」
「そうだな」
実際はメイジというわけではないのだが、ある程度『魔法』が使えるのは確かであるし、『手が付けられない』という点に関しても同意は出来るので肯定しておく。
ちなみに作業に使ったデモンゴーレムはそのまま放置しておくと破壊衝動だけで行動してしまうため、召喚した2体を同士討ちさせて相打ちにさせている。
(これでネオ・グランゾンを見せでもしたら気絶するだろうな……)
自分の超神形態については棚に上げて、そんなことを考える。
……それなりの時間を一緒に過ごして分かったのだが、このエレオノールという女性は確かに優秀ではあるが固定観念に捕らわれすぎている節があった。
自身の予想の範囲内ならばかなり柔軟な対応を取るのだが、それから外れると途端に狼狽したりパニックを起こしかけたりするのである。
(まあ、研究者とはそのようなものだが……)
思い返してみると自分もそうだった。と言うか、今でもそうだ。
「……な、何よ、人の顔をじっと見たりして」
「いや、少し考えごとをしていただけだ」
心なしかエレオノールの顔が赤いが、これは夕日に照らされているせいだろう。
「そう言えば、あのジェット燃料はどうする? 使用しないことが決まったわけだが」
ジェットエンジンと宇宙用ブースターは、すでにシュウのデモンゴーレムに破壊してもらっている(その残骸も、周囲に人がいなくなった時を見計らって『消滅』させる予定である)。
エレオノールがもったいなさそうな顔をしていたが、ユーゼスとしてはあまり好ましい類の物ではないので、『代用品の方が良い物だ』と何とか説得した。
……なお、破壊する際に『壊すくらいなら私に』という男の悲鳴が聞こえたような気がしたが、これは無視した。
燃料についても、燃料タンクの中に入っていたものはユーゼスが『タンク内にゲートを開いて』あらかた片づけている。
だが、サンプルとして採取したジェット燃料だけは、そのままだった。
「アカデミーで預かるわ。色々と研究する価値はありそうだし」
「……………」
……アレが研究されて大量に精製された場合、どのように使われるかは大体想像がつく。
大気汚染が生じることは伝えてあるし、少し調べれば燃焼性や爆発性に関してはすぐに分かるので、『エレオノールだけが扱う以上は』それほど心配していない。
問題なのは他の人間だ。
ジェット燃料やガソリンの性質を知れば、間違いなくこれを武器や兵器に転用する人間が現れる。
ユーゼスは『人間はそういうものだ』とある意味で諦めており、別に兵器として使われても構いはしない。大気汚染が気にかかりはするが、『燃料』として頻繁に使用されない限りはそれほど深刻な事態にはならないだろう。
33年前に『錬金』で作り出したものが流通しなかったのは、単純に運が良かったか、あるいは固く口止めされていたかのどちらかだろう。早川健ならば後者を選択しそうなものだが。
……自分や自然環境、33年前のことなどはともかくとして、気がかりはエレオノールがどうなるのか、である。
『自分が“有効利用しよう”と思って作り出したものが人を殺す』ということになった場合……、エレオノールの精神は果たして耐えられるのだろうか?
下手をすると、良心の呵責や罪の意識に一生苦しみ続けるかも知れないが……。
「……それがどのような結果をもたらすか、気付いているか?」
思わず声に出して『確認』しまった。
かつての自分……いや、召喚された直後の自分であれば、考えられないセリフである。
ハルケギニアという環境の影響もあるのだろうが、やはり分野は違えど同じ研究者だからか。
若く才能もある彼女が―――道を踏み違えて、下手をすると自分のようになってしまうのを見るのは、正直忍びない。
そんなユーゼスの内心は知らないだろうが、エレオノールは毅然と言い放つ。
「馬鹿にしないで。……気付いてるわよ、『どう使われるか』くらいは」
フラスコに入ったジェット燃料を眺めながら、淡々と語っていく。
「だから、あくまで『比較的よく燃える油』として研究するわ。……仮に王宮に提出することになったら、劣化品でも送れば良いでしょう」
「その『劣化品』を発展させる可能性もあるが?」
「……その時は、発展させた人間を褒めるわよ」
決して根本的な解決にはなっていないのだが、これが彼女なりの『戦争行為への貢献』に対する拒否反応なのだろう。
罪の分散化、とでも言えば良いのだろうか。
……よく見るとその手は硬く握り締められており、表情も若干ではあるが、こわばっている。
「だから『息苦しさを感じている』と言ったのだ」
「……大きなお世話よ」
ユーゼスにしてみれば、あの時の言葉に特に深い意味を込めたわけではない。
ただ単に、常に気を張っているように見えたこの女性に、少し忠告するつもりであった。
言われた当の本人は、予想以上にその言葉を重く受け止めてしまったようだが……。それが巡り巡って、このような形でまた同じセリフを口にするとは。
「そうなった場合の決着は……自分で付けられるな?」
「当然よ。私を誰だと思ってるの?」
ならば良い、とユーゼスはそれ以上の追求を止める。
エレオノールは、若干引っ掛かる点があるようだったが……すぐに気を取り直して、いつもの気の強そうな顔に戻る。
「では日も暮れてきたから、戻るか」
「そうね」
雨が降る様子もないし、明日まで分解状態で放置しても特に構うまい。
そして二人は魔法学院に戻っていった。
夕日と共に去っていくシュウを見送りながら、ユーゼスは大きく息を吐いた。
一通りジェットビートルの分解が済んだ所で、本日の作業は終了となったのである。
おそらくこの後、シュウはネオ・グランゾンに搭乗してラ・ギアスに転移を行い―――
「ちょっと、ユーゼス!」
「む?」
考えている途中で、エレオノールから声をかけられた。
次の彼女のセリフは、容易に想像が出来る。
「あの男は一体誰なのよ? あなたの知り合いらしいけど、私たちに何の説明もなしなんて……」
「紹介だけで時間が潰れそうだったからな、省かせてもらった」
取りあえず『燃料の精製は見送った』ことと、『代わりの動力を調達してもらう』ことを説明する。
「……あなたねえ、私に相談もなくそんなことを独断で……!」
「これをタルブ村から譲り受けたのは私であるし、操縦が出来るのも私だけだ。ならば私がどうしようと、問題はあるまい?」
「……………」
ジロリと眼鏡越しに睨まれる。
……最近はそれなりに『研究者同士の関係』を築けてきたので忘れがちであったが、エレオノールはこのように刺すような視線を放ってくる女性だった。
まあ、変に馴れ合いになってもむしろやりにくいので、これで良いとも思うが。
「改修……いや、改造についてはお前も立ち会うといい。扱う分野は専門外だろうが、『アカデミーの研究員が立ち会った』という事実は王宮からの立ち入り検査があった際などに、カードになり得るからな」
「……つまり『私が立ち会ったのだから、これに関しては問題ありません』と言い張るわけ?」
「ありていに言えばそうなる」
エレオノールの視線が険しさを増した。
ルイズやギーシュであれば向けられただけで平謝りしてしまうような眼力だったが、それをユーゼスは平然と受け流す。
「…………それについては不問にするにしても、まだ私の疑問はかなり残ってるわよ?」
「ではその疑問を言ってみろ。答えられる範囲でならば答えてやる」
そしてエレオノールは矢継ぎ早に質問を繰り出し、ユーゼスはその質問に次々に答えていった。
『あの油を使わない』と言う結論に達した理由―――これについては、『空気中に有害な物質を撒き散らすから』と説明したら一応納得してくれた。
『代わりの動力』とやらの詳細―――プラーナの説明に苦労した(特にメイジが使う『精神力』との違いがネックだった)が、誰もが持っている『意志の力』ということで少し強引に説明した。
ユーゼスが呼んだあの男の素性―――シュウ・シラカワという名前、『自分のいた場所』から『比較的近い場所』の出身であること、自分よりも優秀であることを説明したら、どういうわけか『なるほど』と納得された。
「あなたの知り合いで、しかもあなたが“自分よりも優秀”って認めるくらいなんだから、ある程度は何でもアリでしょう?」
「……私はそれほど得体が知れない存在か?」
「あえてノーコメント、とさせていただくわ」
「……………」
心外であるが、自分がハルケギニアの常識からは少々外れていることは自覚しているので、こちらもノーコメントとさせてもらう。
「それにしても20メイル程度の戦闘用の土ゴーレムを2体も作れるなんて、相当優秀な土メイジなんでしょうね。おまけに知識はあなた以上って、もう手が付けられないじゃないの」
「そうだな」
実際はメイジというわけではないのだが、ある程度『魔法』が使えるのは確かであるし、『手が付けられない』という点に関しても同意は出来るので肯定しておく。
ちなみに作業に使ったデモンゴーレムはそのまま放置しておくと破壊衝動だけで行動してしまうため、召喚した2体を同士討ちさせて相打ちにさせている。
(これでネオ・グランゾンを見せでもしたら気絶するだろうな……)
自分の超神形態については棚に上げて、そんなことを考える。
……それなりの時間を一緒に過ごして分かったのだが、このエレオノールという女性は確かに優秀ではあるが固定観念に捕らわれすぎている節があった。
自身の予想の範囲内ならばかなり柔軟な対応を取るのだが、それから外れると途端に狼狽したりパニックを起こしかけたりするのである。
(まあ、研究者とはそのようなものだが……)
思い返してみると自分もそうだった。と言うか、今でもそうだ。
「……な、何よ、人の顔をじっと見たりして」
「いや、少し考えごとをしていただけだ」
心なしかエレオノールの顔が赤いが、これは夕日に照らされているせいだろう。
「そう言えば、あのジェット燃料はどうする? 使用しないことが決まったわけだが」
ジェットエンジンと宇宙用ブースターは、すでにシュウのデモンゴーレムに破壊してもらっている(その残骸も、周囲に人がいなくなった時を見計らって『消滅』させる予定である)。
エレオノールがもったいなさそうな顔をしていたが、ユーゼスとしてはあまり好ましい類の物ではないので、『代用品の方が良い物だ』と何とか説得した。
……なお、破壊する際に『壊すくらいなら私に』という男の悲鳴が聞こえたような気がしたが、これは無視した。
燃料についても、燃料タンクの中に入っていたものはユーゼスが『タンク内にゲートを開いて』あらかた片づけている。
だが、サンプルとして採取したジェット燃料だけは、そのままだった。
「アカデミーで預かるわ。色々と研究する価値はありそうだし」
「……………」
……アレが研究されて大量に精製された場合、どのように使われるかは大体想像がつく。
大気汚染が生じることは伝えてあるし、少し調べれば燃焼性や爆発性に関してはすぐに分かるので、『エレオノールだけが扱う以上は』それほど心配していない。
問題なのは他の人間だ。
ジェット燃料やガソリンの性質を知れば、間違いなくこれを武器や兵器に転用する人間が現れる。
ユーゼスは『人間はそういうものだ』とある意味で諦めており、別に兵器として使われても構いはしない。大気汚染が気にかかりはするが、『燃料』として頻繁に使用されない限りはそれほど深刻な事態にはならないだろう。
33年前に『錬金』で作り出したものが流通しなかったのは、単純に運が良かったか、あるいは固く口止めされていたかのどちらかだろう。早川健ならば後者を選択しそうなものだが。
……自分や自然環境、33年前のことなどはともかくとして、気がかりはエレオノールがどうなるのか、である。
『自分が“有効利用しよう”と思って作り出したものが人を殺す』ということになった場合……、エレオノールの精神は果たして耐えられるのだろうか?
下手をすると、良心の呵責や罪の意識に一生苦しみ続けるかも知れないが……。
「……それがどのような結果をもたらすか、気付いているか?」
思わず声に出して『確認』しまった。
かつての自分……いや、召喚された直後の自分であれば、考えられないセリフである。
ハルケギニアという環境の影響もあるのだろうが、やはり分野は違えど同じ研究者だからか。
若く才能もある彼女が―――道を踏み違えて、下手をすると自分のようになってしまうのを見るのは、正直忍びない。
そんなユーゼスの内心は知らないだろうが、エレオノールは毅然と言い放つ。
「馬鹿にしないで。……気付いてるわよ、『どう使われるか』くらいは」
フラスコに入ったジェット燃料を眺めながら、淡々と語っていく。
「だから、あくまで『比較的よく燃える油』として研究するわ。……仮に王宮に提出することになったら、劣化品でも送れば良いでしょう」
「その『劣化品』を発展させる可能性もあるが?」
「……その時は、発展させた人間を褒めるわよ」
決して根本的な解決にはなっていないのだが、これが彼女なりの『戦争行為への貢献』に対する拒否反応なのだろう。
罪の分散化、とでも言えば良いのだろうか。
……よく見るとその手は硬く握り締められており、表情も若干ではあるが、こわばっている。
「だから『息苦しさを感じている』と言ったのだ」
「……大きなお世話よ」
ユーゼスにしてみれば、あの時の言葉に特に深い意味を込めたわけではない。
ただ単に、常に気を張っているように見えたこの女性に、少し忠告するつもりであった。
言われた当の本人は、予想以上にその言葉を重く受け止めてしまったようだが……。それが巡り巡って、このような形でまた同じセリフを口にするとは。
「そうなった場合の決着は……自分で付けられるな?」
「当然よ。私を誰だと思ってるの?」
ならば良い、とユーゼスはそれ以上の追求を止める。
エレオノールは、若干引っ掛かる点があるようだったが……すぐに気を取り直して、いつもの気の強そうな顔に戻る。
「では日も暮れてきたから、戻るか」
「そうね」
雨が降る様子もないし、明日まで分解状態で放置しても特に構うまい。
そして二人は魔法学院に戻っていった。
「……僕のあの油を作った努力は、一体なんだったんだろう……」
すっかり存在を忘れ去られてしまった、ギーシュを残して。
すっかり存在を忘れ去られてしまった、ギーシュを残して。