人間はなぜ戦争をするのか


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<目次>

「平和愛好者が戦争屋を育てる」

  • 平和平和と口で言うだけの政治家が結局戦争を引き起こす。
  • 平和に馴れきってしまったときこそ突発的に戦争が起こりがち。

「東京裁判史観を見直そう」

  • そもそも戦争の勝者が敗者を悪者として裁判の形で裁くということ自体が不当なことであるのに、その「裁判」を通して、日本で「大東亜戦争」と言っていた戦争に、連合国側のつけた「太平洋戦争」という名称を使うようになり、何よりも、連合国側から、「日本という国はどうしようもない野蛮な国で、これからは米国に民主主義を教えて貰って、平和に暮らすのが一番だ」といった歴史観を植え付けられた。これを見直そう、という考え方。

アジアにおける最新の侵略国は「英・米・仏・蘭」の諸国

  • 侵略戦争をしたのは日本だけではない。歴史を見ると強い国はみんなした。
  • 問題は強いか弱いかだけ。強国で侵略しなかった国など一つもない。
  • あるところでそう話したら、大来佐武郎外務大臣(当時)が「君の言う通りだが、日本がいちばん最近やったから一番罪が重い」と言った。これは、まったくの誤解(間違い)。

  • たとえば、日本が戦争に負けてベトナムから撤兵した後、フランスはまた軍隊を送って植民地支配を続けようとした。
  • すでに独立を宣言していたホーチミンが抵抗したが、軍隊を送って弾圧して昔に戻そうとした。
  • 結局、ディエンビエン・フーで負けて引き揚げたが、フランスの侵略のほうが新しい。

  • 現代には戦争に非常識な日本人があふれている。
  • 反戦平和を言うのはやさしい。
  • 心の底から、自分たちだけが悪の遺伝子を持っているから自分たちさえ戦争をしないなら世界は平和です。
(その意味のコトバが現行憲法の前文に書いてある。
  • 書いてある理由は現行憲法が降伏文書の一部だからです。)本当に心の底からそう信じているなら、それなりの評価をしましょう。

  • 反戦平和を主張した人たちは実は日本侵略をすでに実行(北方領土・竹島)、ないし今後占領を企画中(尖閣諸島)の外国の手先として金銭補助を受けつつ、もっともらしい主張をしているに過ぎない。
  • こんなことは実は以前から常識でした。


  • 石油は充分な備蓄があったのに、当局内部相互の秘密主義から正確に知ることができないまま新米担当者が推定した数字を根拠に東條内閣が開戦を決めた。

南京大虐殺について

  • 中国人が「南京大虐殺」をすぐ信じるのは、中国の歴史では大掠奪と大殺戮がよく発生したから。

慰安婦について

今の常識ではなく、当時の社会・常識で考えると見えてくる。

女性が慰安婦になった事情。

  • 「強制連行」は日本国民全体だった。
  • 強制徴兵・強制徴用
  • その中で許可制での自由営業だった売春業に従事した朝鮮人女性だけがなんで強制売春だったのか?
  • 貧乏な国と貧乏な時代、親の困窮、子どもの養育責任、それ以外の職業の過酷さ、階級社会の存在、と、これだけの背景がそろえば、売春はそれほど特異なことではなくなる。
  • 娘に事情を説明することなく売り飛ばした親もなかったとは言えない。
  • そして収入の大きさは若さと魅力の証明だった。
  • 娘が売れないときは、一家離散になるが、それに比較すれば売れるだけマシだという常識もあった。
→こういった状況下であれば、慰安婦の募集はほとんど強制力を必要としない。

  • 現在の常識は、何か直接の強制力があったはずだと考える。
  • 社会の貧窮それ自体が、もっと大きな強制力になることを知らない人の議論。
  • 軍にはそれを戒める軍法もあり、現地のいかがわしい売春屋を取り締まる通達もある。
  • 売春とは、あくまでも金と性行為を引き替えになされる商売、という基本的前提をハッキリさせないと議論がなりたたない。
  • また、個人や少人数の集団の暴走なのか、軍本部から命令があったのかでは国家の賠償責任が全く違うのも重要。


  • 階層社会がイジメを呼ぶ。
  • インドを支配して、その富を得てから初めて、イギリスのジェントルマンという階級ができて、イギリス人は穏やかになった。

  • 30代、40代の軍人に機密費を持たせたところ、彼らは湯水のように機密費を使って右翼を養い、常識人を押さえつけ、自由主義の政治家を暗殺した。
  • それがエスカレートして、やがて右翼の脅迫は陸海軍の軍人にもおよんだ。
  • 政治を考えられない幼児的な秀才に多額の機密費を持たせたことが、事のはじまりのようである。

  • 軍国主義といっても仕組みは簡単で、要は、将校たちが金とポストと勲章を欲しがっただけ。

  • 陸軍は日本国を占領して、栄耀栄華を楽しんでいた。
  • 敵国を占領するのでなく、日本国を占領して、税金を軍事費に使い果たしていた。
  • 国会から予算をとるために右翼を使う。そのために機密費が役に立った。
  • これは今の公共事業の構造とまったく同じ。
  • 公共事業費を大蔵省からとってきて、その金で国会議員を養って、また予算をとる。
  • それと同じようなことをずっとやっていた。農業にも福祉にも今は同じ話がある。

  • せめて何か稼いでやれと、中国の美術骨董品を掠めたりする。
  • そのうち掠め取らなくても、中国人のほうから献上してくれるようになる。
  • そうした美術品の類を将校行李という将校だけに許された私物用のトランクに詰めて、兵隊に担がせる。
  • 中を開けると、略奪品だらけである。

  • 無意味な長期の外征戦を自ら終息させなかった政治家の無能がいちばんの原因。
  • 国より自分が大事と言う”ろくでなし”が集まっていた。

  • 辻政信参謀
  • スタンドプレーの多い人で、本務の作戦は失敗だらけだが、出世した。

  • ハルノートは公表されなかった。国民には知らされなかった。
  • 東條一派はハルノートを公表したら、雪崩をうって世論が受諾へ傾くことを恐れた。
  • ポツダム宣言は公表された。

  • 戦争が始まると、アメリカでは大学生が続々と軍隊を志願した。
  • 一方、日本の大学生はまったく志願しなかった。だから学徒動員が必要だった。
  • つまり、軍国主義の国より、民主主義の国の学生のほうがすすんで戦争に行ったことになる。
  • 日本は言われるほど軍国主義の国ではなかった。

  • バンザイアタックは司令官の虚栄心。
  • 精神的に高潔なところを見せれば、戦争は負けてもいいというわけ。
  • 部下を殺せば殺すほどいい指揮官で、退却命令は絶対に出してはいけない。
  • 突撃命令を出しておけば負けても良い。そういう思想だった。

  • 降伏とは集団でやるもので、現在の米軍の戦闘マニュアルでもそう書いてある。
  • 個人投降の規定はない。
  • 戦後に間違った常識がまかり通っているが、激戦の最中に捕虜はとらない。
  • 足手まといだし、いつ裏切るかわからない。
  • 片付けて進むのは当然である。アメリカ軍もイギリス軍もソ連軍もドイツ軍もそのようにして戦った。-戦後、映画にされて広く世界に伝えられたのは負けたドイツ軍と日本軍だけ。

  • ポツダム宣言は明らかに”平和のための講和条件の提示”であって、けっして無条件降伏の勧告ではない。
ひまじん注)むしろ「本土決戦しない降伏条件」提示である。中心テーマは本土決戦である。
アメリカは上陸=本土決戦をできればやりたくなかったのだ。
硫黄島沖縄の米軍損害は大きかったのだ。

  • 第二次大戦で勝った国は、毛沢東の中華人民共和国とスターリンのソ連だけだったと言える。
  • 勝ったとは何か、といえば、最初に狙った戦争目的を達成したかどうかである。
  • とすれば、日本も「アジアの解放」とか「民族自決」を最初からもっと強く押し出していたら、ソ連を越える最終的な勝利国になれたと思われる。

戦争中アメリカはそう誤解していたので、その考えがそのまま戦後の日本に広がった。


宗教法人がまさかサリンを作るとは誰も考えていなかった。

  • パシフィスト(平和主義者)がいるとむしろ戦争が起こっている。
  • 絶対に一歩も引かない、必ず戦う、と両方が思っている時はなかなか戦争にならない。

  • 日本は天安門事件以降、サミットの場でも常に中国をかばい、その孤立化を防ぐ目的で積極的に援助や投資を行ってきた。
  • しかし、それはむしろ中国を増長させ、日本は、不安定化の原因を醸成(じょうせい)したという非難を、アジア各国から浴びることとなった。

  • 日本にだけ誤れという「アジアの声」があるのかといえば、日本がその要求に応えるから。
  • アジアで評判が悪いのはなにも日本だけではない。アメリカもイギリスもおおいに悪口を言われている。

  • 戦後教育を受けた日本人は戦争とは正義と邪悪が戦うものだと思っている。
  • 実はこの考え方こそが野蛮で、民主主義が持っている病気の一種。(その他の民主主義の病気には福祉の増大と財政赤字)

侵略戦争を解放戦争にみせかけるテクニック

  1. 侵略を狙う国は、そこに自国に呼応する勢力や団体や住民をあらかじめ作ろうとする。
  2. 独立宣言をする(昔は短波で放送したが、今はインターネットででも)
  3. それから先は応援にやってくる自称「解放軍」と、日本の自衛隊の実力くらべに。


戦争は設計するもの、戦争は政治の延長。

  • ところが、日本には戦争を設計するという考え方すらなかった。ただ、戦争だけをしていた。
  • もし、戦争を政治の延長として設計していたら、日米開戦は避けることができた。
  • さらには、大東亜戦争も、まったく別の道をたどったに違いない。
  • 戦後半世紀を経た今、日本が「反省」すべきことは、「侵略」でも「大虐殺」でもない。
  • 戦争を設計せずに、大東亜戦争に突入したこと。このことを反省しないかぎり、日本は再び大きな過ちを繰り返すである。それを防ぐのが、政治の使命。
  • 戦争について考えるべき時代が来た今、国会がなすべきことは「平和の誓い」でも「謝罪外交」でもない。
  • 日本の国益を見据え、アジアのためにも世界のためにもなる将来の進路を設計することだ。戦争予防はその大事な一部である。
  • それが、多大な犠牲の上に築かれた大東亜戦争の教訓を、今に活かす事である。