断片の物語

断片の物語


一つ目

 彼女は退屈そうな表情を少し浮かべながら、手持ち無沙汰に手元の本のページをめくった。
 僕と彼女以外、教室には誰もいない。夕暮れの、けれどまだ明るい光が部屋の中を揺蕩っている。
 廊下の向こうから、時折なにかの物音が聞こえることもあるが、基本、周囲は無音だった。
 窓は閉め切られている。しかし、思い出したかのように、彼女の周りで微かに空気が流動することがある。
 僕らは何も言わず、何もせず、こうして無為に時間を過ごすのが日課になっていた。
 先日、彼女にそのことを言うと、自分は時間を無駄にはしていない、ちゃんと勉強していると反駁された。
 確かに今もこうして彼女は教科書を読みこんでいる。だけど、勉強がなんだというのだろう。
 僕らにとって、勉強なんてものは不必要なもので、やるだけ意味がないんじゃないのだろうか。
 ふと、彼女が顔を上げ、こちらを向いた。なんだろうと思っていると、彼女の口が開いた。
「ねぇ、三十年後の教科書に、今のことはどう記述されているんだろう?」
 日本史、と書かれた、オレンジ色の表紙をした本がパタンと閉じられた。
 僕は、さぁ、と言って首をかしげ、そして、こう付け加える。
「少なくとも、俺達のことは載ってないだろうな」
 それを聞き、彼女は、そうだろうね、と言って少し笑う。つられるようにして僕も笑った。
 けれど、笑ってからはたと気づいた。本当は泣きたいのだということに。
 でも、泣かなかった。泣けなかった。泣き方というものを、知らなかったから。
 なぁ、あの時笑っていたけれど、本当は君も、泣きたかったんじゃないのか?

追記:元々はこれがセッショントレーラーになる予定でした。長すぎたので没にしましたが、何だか悔しいのでのせておきます。
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