5.0 蒼天のずるさ
俺はずるいな。本当にそう思う。
俺は世界との日常を守りたいと言っておきながら、紫音には円華を殺せと言ってしまった。優しい紫音にああ言えば、彼が世界を守ろうとするってわかってて、ああいった。どうしてあそこで紫音と円華、二人で生きる道を示してやれなかったのか。
…いや、円華の本音を聞くのが怖かったってのが俺の本音だろう。
「妾が死ぬのが、一番いいだろう。」そんなセリフを円華が本気で言ってるなんて、そうは思っちゃいなかった。それでもこれ以上世界に問題を起こさせるわけにはいかないと思ってしまった。円華が死んで全てが終わるならそれでいいじゃないか、そうも思ってしまった。
俺はジャームなのかもしれないなとたまに思うことがある。でも、そっちにも行ききれない、いわば中途半端な自分にいつも憤る。
世界を守りたい。そう思うならさっさと紫音を殺しておけばよかった。でもそうはしなかった。かといって二人で生きる道を示してやることもできなかった。紫音はなんとか立ち直ってくれたが、希望のないまま生きるというのが一番辛いに決まってる。それは俺が一番わかってるはずじゃないか。だから唯一残った「世界との日常」を守りたいと願うんだろう?
正直な話をすれば、何も失ったことのない紫音が憎かったんだろう。俺は罪を背負ってまで生きているのに、幸せの意味も命の価値も知らない彼が、人を救いたいなんて甘ったれたことを言うのが許せなかったんだろう。響子も尊姉さんも殺してきているのに、それでも純真なふりをしている彼が認められなかったんだろう。ジャームだって救いたい?そう言えば、君が傷つけた人たちが帰ってくるとでも思ってるのか?とさえ言いたくなった。
そのくせしてなんだ?「このままのお前でいてくれ。」だの「困った時は呼んでくれ、助けぐらいはできるから。」だの。お前が崩したんじゃないか。「戦場から身を引け」だ?お前が逃げるなと言ったんじゃないか。
本音を言えば、あの手で円華を殺して欲しかった。逃げずに罪に向き合って欲しかった。
俺の気持ちがわかって欲しかった。尊姉さんや響子をこの手で傷つけた俺の気持ちを。
ああ、最後に彼に謝らないといけないな。「円華を死なせてしまったのは俺たちが背負っていかねければならない罪だ。」と言ったが、俺にとって彼女の死は伊庭やネロ、いや、どこの誰とも知らない人の死と変わりはしない。もちろん、俺の日常のために死んでくれた彼女に感謝こそすれど、その感情は紫音が持つものとはかけ離れたものだろう。
…言っただろ?俺はジャームだって。世界との日常を守る。ただそれだけのために生きてるんだから。こう思うのは当然じゃないか!
…そうとでも思えば、少しは気が楽になるだろうか。
5.1 蒼天の今後
俺はこれからどうするべきなんだろうか。
NEXは解散するわけで、仲間たちと離ればなれになるのであれば、UGNに居座る理由もない。
現に是丸じいさんだって、そういってUGNを離れた。
世界を守る。その目的を達するためにはUGNにいないほうがいいってのもわかってる。
世界の敵はすべて排除すると言葉で言っていることを実際できるほど俺が非情になれるのなら、
UGNに残る、というのも一つの選択肢にはなると思う。
UGNはレネゲイド研究の最先端でもあるから、世界を延命するすべを見つけることができるかもしれない。
でも、今回のように俺は決して非情になりきれない。
苦しむ世界を目の当たりにしながら、それでも紫音と円華が幸せになれる道を模索してしまった。
情が移ってしまったものを簡単に捨てれる程、俺は強くない。
次の支部に配属されたところで、その場所でまた新たな仲間ができて、別れがある。
そこで情に流されて、世界を失ってしまうようなことがあれば、元も子もない。
世界を延命させる技術の研究は御空さんと是丸じいさんがやってくれてる。
今の俺がやるべきは世界がもし、あと少ししか生きれなかったとしても生きててよかった、幸せだったといえるように、彼女とともに時間を過ごすことなんじゃないのか?
普通に学校に行って、普通に恋愛して、買い物とか行ったり、遊園地に行ったり、時にはちょっと危ないこともしてみたり。
俺たちはもう十分に戦った。少しの間ぐらい夢を見たって誰も俺たちを責めたりはしないだろう。
UGNを立ち去るのが、正しい選択だ、ってのはわかってる。
……でも、なんかすっきりしないんだ。
事件から数日経って思うことがある。俺が目指してたものってこんなものだっただろうか。
アンテイクに行ってみた。もちろんもぬけの殻。あの頃の活気はもうない。
俺はアンテイクが好きじゃないとずっと言っていた。世界がいるからあそこにいくんだと。
でも、今になって思えば、その考えは間違ってたんだ。
思った以上に俺はわがままだったみたいだ。
慰撫と尊が楽しそうに話していて。
休憩に入った真白にシシガミが駆け寄って。
快斗がその様子をすこし複雑そうに見ていて。
支部長がそんな様子をカウンターから微笑ましそうに見ていて。
俺と音海が彼女の自慢をし合ってて。
世界と梓が照れくさそうに二人を見ていて。
そんな俺らを是丸じいさんがからかって。
御空さんがそんな様子をこれまた微笑ましそうに見ていて。
そして、紫音が円華にパフェを奢らされて、一生懸命に家計の計算をしていて。
決して安全ではないけれど、危険な任務の束の間にある、そんな暖かいあの場所が好きだったんだ。
こんなこと気づきたくはなかった。もう取り戻せないもののことなんて。
知らないままでいたかった。もうあの光景は戻ってきやしないのだから。
いやな形で大人になってしまったなと思う。
みんなを救う正義のヒーローに憧れていたあの頃が懐かしい。
あの純粋さはどこに捨ててきてしまったんだろう。
自然に守るべき相手に優先度をつけている。
全て守れない以上、それは仕方ないのかもしれない。
でも、また誤ってしまった。
気づかぬ内に円華もまた、俺らの日常に組み込まれてたんだ。
そんなことすら気が付かなった。
円華に死んでもらう。正しい答えだったはずだ。
…なのになんでこんなに胸が締め付けられるんだろう。
世界は守れたじゃないか…。
♪傷つく度に優しくなれる
♪君のその笑顔だけ守りぬきたい 願いは一つ
こんなに悲しくても俺は生きていくんだろう。世界とともに。
その幸せに、S市支部での、NEXのみんなとの生活をも忘れてしまうのかもしれない。
それでもいい。いや、そのほうがいい。
だって悲しくなるから。現実は悲しすぎるから。
…少しぐらいは夢見たっていいよね。
♪消える飛行機雲 僕らは見送った
♪眩しくて逃げた いつだって弱くて
♪あの日から変わらず いつまでも変わらずに
♪いられなかったこと 悔しくて指を離す
もう大切な人の悲しむ顔は見たくないから。
♪勇気あれば 踏み込めたなら 知らずにすんだろう
♪この心の傷跡
♪時間だけはもう戻せない
堪えた分だけ大人になれるなら、俺は逃げていたい。
非情になるのが大人なら、俺は綺麗事を語っていたい。
でも、仮にあの記憶が消せるとしても、それは消したくはない。
♪人のせいにもできない その記憶 Can't delete
♪なにもかも 自分という 運命の中
…どうしてこんなにも世界は理不尽なのだろう。
縁を倒してハッピーエンド。そんなお伽話みたいな世界でもよかったはずなのに。
はは、こんなことでくじけてたら、是丸じいさんに笑われちゃうな。
束の間の日々だったけど、NEXでの生活は本当に楽しかった。
だからこそ、崩れていくのが悲しい。
みんなに会えてよかった。俺はみんなのおかげで前を向けた。
だからこそ、別れることが辛い。
古代のギリシャ人は傷ついた心は音楽が癒すと考えたそうだ。
歌で誰かを癒すと言うと慰撫ちゃんを思い出す。
でも、彼女だって心までは癒せない。心はそれだけ難しい。
だからといってここで立ち止まってられないってのもわかってる。
俺の人生は俺だけのものじゃないんだから。
「お前がみれなかった未来を俺が見るって言ってくれたじゃない、兄さんは。」
そうだったな。また約束を守れないんじゃ、本当にダメな兄さんだ。
世界は守れたんだ。ここで止まっていたら、折角守れたものも意味がなくなる。
♪I can go nowhere 逃げ出せる場所はないんだ
でも、もしも願いが叶うなら、レネゲイドのない世界で、みんなに会えたらよかったな。
5.2 蒼天にとっての楽園
アンテイクからUGN日本支部に帰ってきた蒼天を待ち受けていたのは思わぬ歓迎だった。
「蒼天、おかえりなさい。あと、ありがと。」
車いすに乗った世界だった。先ほど意識が戻ったそうで、蒼天がもうすぐ帰ってくると聞いて、はやく迎えに行きたいとせがんだのだそうだ。無理ちゃだめだろ、そうきつく叱るべきだってのはわかってた。でも、嬉しかった。
「お礼を言うのはこっちだよ。その笑顔で全てが癒やされる。」
そういって頭を撫でる。が、反応がない。いつもなら、
「もう、そうやって女の子を子供扱いしたらダメなんだぞ!」
なんて叱られるのに、まさか…と思い、顔を覗き込む。すると、すやすや寝息を立てている。
病み上がりで無理をしてたところを、蒼天が帰ってきて安心したからだろうか。寝てしまったようだ。
その安心しきった寝顔に、蒼天は無性の喜びを感じていた。そうだ、俺が守りたかったのはこれだと。
「そうだ、全部終わったら、渡したいものがあったんだ…。」
ふっと懐からなにか取り出して、世界の薬指にそれを通す。指輪だった。
「寝てる間にってのは少しずるいかもだけど、この方が驚くだろうし。」
そう言って、嬉々としながら、蒼天は世界の車いすを押して、支部の中に入っていった。
5.3 蒼天の5年間
結局、蒼天はUGNを離れ、世界とともに「普通の日常」を過ごすことを選んだ。
UGNに残って、見知らぬ誰かを救うより、大切な人の残された時間を最大限幸せなものにするために生きることを決意したのだ。
それからの生活は、予想していたのよりはるかに幸せなものだった。
「普通の日常」。思えば、それは「オートクレール」で響子と過ごした日々に夢見たものだった。
一緒に高校に通い、部活をし、カラオケに行き、遊園地に行き、カフェに行き…。そんな「普通の」毎日がたまらなく幸せだった。昔の彼にとって見れば、そんな日常が訪れるなんて思ってなかったから。
大学受験は大変だった。UGNにいた頃はレネゲイドのことばかりだったから、数学の授業なんかろくに聞いてもなかったが、世界と一緒の大学に行くなんて少女漫画みたいな目標を掲げて頑張った。
そんなこんなあって、UGNをやめてから5年が経った。もう大学も4回生で就職活動も終わり、ゆったりと時間が流れている。
大学を卒業するとまた、UGNに帰ることになった。でも、今度の仕事は戦闘ではなく、研究だ。
慰撫は澪標さんの跡を継いで、S市の支部長になったらしい。快斗と音海はあのレジサイドに、しかも快斗はその指揮官だという。梓も着実に現場で活躍しているようだし、NEXの面子の活躍を聞かない日はないほどだ。
今思い返せば、アザゼルにヘルメス、リエゾンロードの神宮寺縁、アクシズの神宮寺聖也、伊庭宗一に都築京香と教科書レベルの人ばかりが登場していた事件に関わっていたのだから、当然といえば当然だろう。
じゃあ、俺は?NEXのみんなが活躍している間に何か成果を挙げられただろうか?
この5年間、俺なりに精一杯やってきたつもりだ。一人の大切な人を守る。これも立派な行いだと思う。
でも、悔しくないかといえば、嘘になる。数の問題ではないと知っていても、もっと大勢を救おうとしていたあの頃を思い出し、実際それをやってのけている彼らの話を聞くと羨ましくもなる。
だからこそ、UGNに帰ってきた。もう娘もある身だ。自分が責任を取ればよかったあの頃とはもう違う。
俺のミスは家族にも響く。だから、無鉄砲に前線で活躍、というわけには行かない。
それでも、幼い頃見た「正義のヒーロー」への夢は捨てきれなかった。
「戦うことだけが人を救う道じゃない。」あの日紫音に言った言葉だ。
だから、こうして、「研究」というあの頃とは違うやり方ではあるけれど、みんなを救えるように、前線で戦っているNEXのみんなを救えるように、日々迫り来る「死」への恐怖と戦っている世界を救えるように、努力してきた。
世界が昔、夏祭りで言っていた言葉を思い出す。「私の夢は白馬の王子様に迎えに来てもらうことだ。」
王子様は姫を大事にすると同時に、国を良くするように頑張らなければいけない。
響子や尊姉さん、澪標支部長に円華。
彼女たちは今の俺をほめてくれるだろうか。彼女らに認められる人間になれただろうか。
そんな答えはわからない。俺にできることは精一杯やるだけだ。
家にはかわいい世界ともう一人、俺の帰りを待っててくれる人がいる。
世界に残された時間は本当に残り少ない。
この幸せが今日で終わってしまったとしても、生きててよかった、そう思えるように今日も頑張ろう。
あの日、もう壊してしまいたいと思った世界は、こんなにも綺麗だった。
苦痛があるから幸せがある。犠牲があるから生がある。
理不尽で綺麗で、大嫌いで愛しいこの世界で、生という一瞬の煌きをもっと素晴らしい物にと願って。
5.4 君とならきっと大丈夫
あの時、どうして響子でなく、世界を選んだのか。
その答えは決してかっこいいものではない。
「大丈夫よ、兄さん。私が守ってあげるから。」
そう言われた時、僕は愕然とした。この子は本当に響子なんだろうか?と。
あの時、御空さんが言っていたことを思いだす。
「全く人格が違うのよ…。」
長く連れ添ったからこそ、大切だったからこそ、小さくても違いに気がついてしまう。
変わってしまった、というのは僕らの思い込みにすぎないのかもしれない。でも、確実に自分か相手、どちらかが「ずれ」てしまっているのだ。
本音を言えば、世界と響子。どちらも救いたかった。大切な人に優劣などつけられるはずがない。円華を守るため死のうとした紫音もそういう気持ちだったはずだ。
こう見ると死というのを本当に乗り越えることはできない、いや、乗り越えてはいけないのかもしれない。
でも、御空さんの「死」を乗り越えようとする努力のおかげで今の世界がある。それで僕は生かされ、海未が生まれた。
世界のおかげで世界がこんなに綺麗に見える。
塞いでいた僕の心を開いてくれたのは彼女だ。
♪私とあなたには終わりが来るの
♪あなたは幸せと同時に悲しみも運んできたわ
終わりがあるから今が素晴らしい。というのは皮肉な話だ。
正直世界が普通に生きれると聞いていたら、ここまで愛せた自信はない。現金な話ではあるが。
梓は古代種で死なないんだという。
僕はそれを聞いた時、愕然としたものだ。
それだけ大切な人を失う辛さを味わうのかと。
そういった僕に是丸じいさんはいった。
でも、たくさんの大切な人ができるじゃないか。
要は気の持ちようじゃないかなと。
彼は静亜というお孫さんを失った時に絶望したはずだ。でも、そこで諦めなかったからこそ御空さんという大切な人が生まれた。あのじいさんが御空さんの「居場所」だって言うんだから少し笑えるが。
僕だってそうだ。響子を失った瞬間の絶望に身を任せず、それでも生きたからこそ、海未や世界、NEXのみんな、そんな大切なひとに出会えた。
「まだ終わらない。私たちが生きているのだから。」
何があっても諦めずに生きようと決めた。
もう死んでしまうかもしれない世界と、この手で傷つけた響子が見れない未来を僕が見る。
彼女らの思いを海未に乗せて未来に届ける。
それが僕の役目であり、生きる意味だ。
生きていてもいいことばかりではないかもしれない。
でも、生きていれば何か変えることができる。
♪努力はそんなに実らない
♪でも、ちょっぴりいいことありそう
相手はあの縁さんだ。簡単に行くはずはない。
死人も出るだろう。でも、それは僕じゃない。
こっちだってこの5年間無駄に過ごしてきた訳じゃない。山ほど背負ってきてるんだ。
簡単に負けるわけに行かない。
これは逃げることの宣言じゃない。戦うための宣言だ。僕は必ず生きて海未と世界の元に帰る。縁にこれ以上僕の邪魔はさせない。
「君とならきっと大丈夫。」
そう思える人にやっと出会えた。今はあの時世界を選べてよかったと、そう思える。
♪頼りない翼でも きっと飛べるさ On My Love
5.5 蒼天にとっての厨二
神宮寺縁…その名前を聞くとあの頃のことを思い出す。
あの日から5年も経ったのかと思うと、時間の速さに身震いがする。
あの頃はちょうど厨二ファッションにはまってた時だったか。
服とかまだ残ってはいるが、とても海未に見せられるようなものではない。
あの時の俺にとって、あの服装は一種の防護服だった。心の防護服。
もちろん実戦経験だって多少はあった。訓練だって他のチルドレン程ではないにしろ、こなしてきてはいた。
それでも、怖かった。世界が死んでしまうんじゃないかと。みんながいなくなってしまうんじゃないかと。
何より、自分が死んじまうんじゃないかと。
自分たち以外、ほとんど世界の全てを敵に回して、いったい自分に何ができるんだろうと真剣に悩んだ。
それでも、立ち向かわなきゃいけなかった。護るために戦わなきゃならないなんて皮肉なジレンマだ。
そのために覚悟が必要だった。覚悟には強がりが必要だった。
今はこれが必要ないと思える。それは大人になったということなのか、逆に怖さを忘れてしまったからなのか。
守るための否応無しの覚悟なのか、戦場を欲しての醜い覚悟なのか。
わからない。でも、ただ言えることは一つ。生きて帰ってくること。
手をパチンと鳴らす。弱虫だったあの頃に自分にはもうバイバイ。
「行きますか。」
そうため息まじりにつぶやいて、UGNへの道を歩き出した。
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