『貴女に伝えたいことがあります。  西の空が赤くなる頃に、裏の小川のそばまで来てください。                               射命丸 文』 その日、枕元にそっと置かれていた手紙を読み終えたときから、 私の胸はずっと高鳴りっぱなしだった。 一体何の用だろう?伝えたいことって何だろう? あの憧れの文さんから、こんな手紙をもらうなんて。 きっと夢にも思わなかっただろう。 あぁ、早く日が沈まないかしら。 早く聞きたい。もし、愛の告白だったらどうしよう。 ううん、もちろんOKだけれど。 文さんの気持ちを倍返しにするくらい、とびっきりの返事を考えておかなくちゃ。 そんなことばかり考えているうちに、日が沈みかけていた。 西の空がぼんやりと赤みを帯びてきている。 私は足早に、裏の小川へ向かった。 期待していた通り、そこには文さんがいた。 手ごろな岩に腰掛け、小川を見つめている。 魚でも眺めているのだろうか。 「文さん」 私に気づき、ゆっくりとこちらを向く文さん。 あぁ、凛とした顔つきに優しげな表情。 今日の文さん、いつにも増して素敵です。 「思ったより早く来てくれましたね、椛。」 緊張した様子もなく、穏やかな口調で文さんは答えた。 もしかしたら、愛の告白じゃないのかも知れない・・・ そう考えると少しだけ不安になったが、 文さんの優しい笑顔を見るとそんな気持ちはどこかへ行ってしまった。 「その、私に伝えたいことって言うのは・・・」 文さんは答えずに、立ち上がってゆっくりと近づいてきた。 そのあまりにも優しそうな笑顔に、つい見とれてしまいそうだった。 「そのことというのはね、椛・・・」 文さんが近づく。 手を伸ばせば、もう届きそうな・・・ !? ちょ、ちょっと、文さん、近いですよ・・・ 「あ・・・文さん・・・?」 文さんは私にぴったりくっつくいたと思うと、 私の背中に腕を回し、ぎゅっと私の体を抱き締めた。 あまりに突然のことに、私は呆然としてしまった。 どうしていいのかわからない。 文さんの髪から、心地よい香りがする。 「椛・・・」 私は唾を飲んだ。胸はこれまで以上に激しく鼓動している。 嬉しさと、驚きと、戸惑いで頭の中がぐるぐるしていた。 そして、文さんは私の耳元でそっと・・・ 「お前、洗ってない犬の匂いすんだよ」 ・・・え? 文さん、今何て・・・ 期待していたものと全く違う言葉に驚き、 聞き間違いではないかと問いただそうと思ったそのとき、 文さんは私の体を放した。 「フフッ」 文さんは少しだけ笑うと、黒い翼を大きく広げ どこかへ飛び立ってしまった。 一人取り残された私は力もなくその場に座り込み、 夜が更けるまで、声を上げて泣いた。