<< W A R N I N G ! ! >>     ほのぼのいじめではありません。地味に暗いです。苦手な人は注意してください。     出血はありませんが暴力的な表現があります。苦手な人は注意してください。     あなたのキャラクターのイメージを壊す可能性が少なからずあります。お気をつけください。    「なんだ橙、また破いちゃったのか。」 「ごめんなさい…、みんなで遊んでたら転んじゃって……。」 藍さまは、しょうがないなとため息をついて、わたしに新しい服に着替えるように言った。 ごめんなさいと言って破けた服を藍さまに渡すと、気にするなと笑ってわたしを見た。 もうすぐご飯ができる頃なので居間に行くと、紫さまがこたつに入ってうとうとと気持ちよさそうに居眠りしていた。 起こさないように静かにこたつの中に入る。 冷たかった手がじんわりと温かくなっていく。 ……紫さまみたいな強い人でも、やっぱりこたつは落ち着くのかな…。 そんなことを考えながら紫さまを眺めていると、カチャカチャと藍さまが食器を運んできた。 ふと、紫さまが眼を覚ます。 「ふぁ……、あら橙帰ってたの。お帰りなさい。」 そう言ってわたしの頭を撫でると、藍さまが持ってきた漬物をつまんで口に入れた。 「また揚げだし豆腐なの?この前もだったじゃない。」 「いいじゃないですか。美味しいものはどれだけ食べても美味しい。」 「そんなこと無いわよねぇ、橙?」 「………。」 「橙?」 「は、はい………?」 「どうかしたの?ぼーっとしちゃって。なんにも食べてないじゃない。」 「いえ、なんでもないです…。」 なんでもない。 わたしは箸を持つと、ご飯を口のなかに押し込んだ。 б 「なんだ橙、遊びに行かないのか?」 朝ごはんを食べ終えてもこたつにもぐり込んでいたわたしに藍さまが声をかける。 「……そとは、寒いから…。」 わたしは机の上のみかんの入ったかごを眺めながらそう言った。 まったく、こんなにいい天気なんだぞ、と藍さまが居間の障子を開けると、ひゅうっと外の冷たい風が入ってくる。 わたしは掛け布団を肩までかぶって寒そうにした。 閉めてよ、藍さま。 「子供は元気に外で遊べ!ほら、お弁当作ってやったから!」 とん、と目の前にわたしのお弁当箱がおかれる。 今日はずっとこたつの中に入っていたかったけど、藍さまがせかすので、わたしはお弁当を持って家をでた。 б さむいなぁ。 ちょっと外を歩くと、さっきまでわたしの身体を守ってくれていた暖かいこたつの残り香は、すぐにどこかへ逃げてしまった。 夏にはあんなに楽しそうだった山の木も川の水も、動物達と一緒に冬眠してしまったようにひんやりとして見えた。 さわったらきっと死んでるみたいに冷たいだろう。 川の中を覗くと魚が泳いでいた。 透き通った川の中を三匹くらいかたまってひらひらと泳いでいる。 わたしは枝を拾って魚をつつこうとしたが、魚は危険を察知してひゅっと素早く岩陰に隠れてしまった。 なんだ、つまらない。 わたしはぐるぐると水の中で枝を回したり、小さい魚を追い掛け回したりした。 水面をぱしぱしと叩くと、水滴がほっぺたにかかって冷たかった。 今度はどこに行こうかな。 そう雑木林の落ち葉の道を歩いている時だった。 「あ、ここにいたんだー。」 いきなり後ろから声が聞こえた。 わたしはドキッとして振り返る。 「もー探したんだから。みんな見つけたよー。」 そうその子が言うと近くにいたのか二、三人仲間が集まってきた。 みんながわたしを取り囲む。 いやだな……。 いつもわたしの嫌なことばっかりする子たち。 みんなはわたしのことを友達だって言ってたけど、本当はそうじゃないんだって分かってた。 「あ、直ってる。縫ってもらったんだ?」 一人がわたしの服の袖をぐいと引っ張る。 「らんさまに縫ってもらったんだよねー?」 キャハハとみんなが笑う。 なんだよ! わたしはばっと手を振り払う。 しんと今まで笑い声を上げていたみんなが静かになる。 手を振り払われた子は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに怖い顔をしてわたしを睨む。 わたしは眼をふせる。 「ねぇ橙ちゃん、なんでそんなことするの?」 ねぇ、今度は強くそう言ってわたしの頭を掴む。 「ごめんなさいは?」 わたしの頭を掴んでぐらぐらと揺らす。 周りの景色ががくがく動く。他の仲間達はおかしそうにわたしを見ていた。 「……――なさい。」 わたしはうつむいて呟く。 「え?」 髪の毛を引っつかまれる。 「ごめんなさい……。」 今度はさっきよりちょっと大きな声を出した。 喉から搾り出したわたしの声は、震えていて、情けなくなるくらいに弱々しかった。 わたしの頭を掴んでいた子は何もいわずわたしを突き放すと、友達とひそひそ話を始めた。 なに話してるんだろう。 でも、聞いてもわたしには教えてくれないんだ。 わたしも話を聞こうとすると、すごく嫌な顔をしてわたしを跳ね除ける。 たまにみんながただ突っ立ってるわたしの方を見てクスクスと笑う。 ドクン 嫌な気持ち。 段々とこっちを見る回数が増えて、笑い声が大きくなる。 みんながわたしの方を見るたびに、わたしはどこを見ていいのか分からなくって、ただうつむく。 足元に落ちてる茶色の木の葉っぱはやっぱり冷たそうだったけれど、なんだか今は羨ましかった。 藍さまに持たされたお弁当の包みをきゅっと握る。 「ねぇ、橙ちゃん。」 内緒の話し合いが終わったのか、さっきの子がわたしの方に近づいてくる。 「今度は別の場所で遊ぼう?」 そう言ってわたしの後ろにまわってぐいと背中を押した。 б 「橙ちゃんって猫なんだから魚とか捕るの得意なんでしょう?」 さっきいた川まで連れてこられると、一人がにやにやしながらわたしの顔を覗き込む。 「え……、竿がないと出来ないよ、そんな……。」 また急に怖い顔をする。 なんだよ、そんな顔したって……、出来ないものは、出来ないもん。 わたしはひるまずに見返す。 その時だった。 いきなり後ろから別の子が、わたしのお弁当をひったくったのだ。 「橙ちゃんのお弁当もーらい!」 わたしはハッとなって取り返そうと手を伸ばす。 「返して、返してよ!」 必死で取り返そうとすると、その子はお弁当箱をわたしの後ろにいた仲間の方へと放り投げた。 わたしがお弁当を受け取った仲間の方へ手を伸ばすと、その子はまた別の仲間の方へとお弁当を投げる。 やめて、やめてよ。 わたしがお弁当を追っかけまわす姿を見ては、みんな笑い声を上げる。 なんだかすごい自分がバカみたいで、恥ずかしかった。 けど、藍さまが作ってくれたお弁当、取り返さなくちゃ。 「きゃ!」 ズシャ! 滑って転んでしまったわたしを見て、周りの笑い声がさらに大きくなる。 膝の辺りに泥が付いてひやっとする。 怪我してないかな、確認しようと身体を起こした瞬間、ドスッとお腹に激痛が走った。 「げほっ!」 誰かがわたしを蹴り上げたんだ。 頭の中が真っ白になる。 お腹を押さえてうずくまると、今度は尻尾を掴まれて思いっきり横腹を蹴られる。 ガスッ! 「うぐっ!!」 お腹の中がグニャグニャ動いて声がでる。 みんなが輪になってわたしを蹴る。 ガシッ! 誰かの足がほっぺたにぶつかった。 ざらっとした泥がほっぺたに擦り付けられる。 蹴るのが止むと、一人がわたしの胸ぐらを掴みあげた。 「お魚獲れたら許してあげるよ?」 今度逆らったら、どうなるか分かってるよね。と、その子はさっきよりももっと怖い顔でわたしを睨んだ。 「わ……わかったから……、」 悔しくって泣きそうだったけど、わたしは何とか声を出してうなずいた。 さっき蹴られたほっぺたを手で拭う。血が出ているかと思ったけど、手には泥しか付いてなかった。 もう蹴られるのはイヤだ。 わたしはおとなしく川辺まで移動する。 魚を見つけると、魚にわたしの姿が見つからないように身をかがめた。 そのとき、 ガッ! 誰かがわたしの背中を蹴った。 「えっ?」 バシャ! とっさに伸ばしたわたしの手は、冷たい川の底を突いた。 腕から二の腕、肩の辺りまでが水に浸かる。あまりの冷たさにわたしはヒッと息を呑む。 ザバッと慌てて手を引っ込めると、川の底の泥が舞い上がって澄んでいた水が茶色く濁った。 「あーあ、失敗しちゃったね。」 クスクスとみんなが笑う。 お弁当を持っていた子が笑いながら弁当箱の包みをほどくと、 わたしの方に向かって放り投げた。 ガシャン! 冷たい泥の上に、藍さまが作ってくれたお弁当の中身が散らばる。 綺麗に並んだおにぎりやたまご焼きが、ぐちゃぐちゃになっていた。 「じゃあね、もう飽きちゃったから帰る。ちゃんと食べなくちゃダメだよ?せっかくらんさまに作ってもらったんだから。」 そう言ってみんなキャハハと笑い声を上げて帰っていった。 б 「うっ、グス、………っ!………グスン!!」 わたしはばらばらになったお弁当をかき集めて大きな木の枝に座った。 さっきまでは悲しくなかったけど、ひとりになってぐちゃぐちゃになったお弁当を見たら、急に涙が出てきた。 ごめんね、ごめんね藍さま……!! 濡れた袖に風が当たると、腕が凍ってしまうくらいに冷たかった。 お腹も空いたから、拾ったお弁当の食べられそうなおかずだけをつまんで食べた。 日が暮れて、服の袖が乾くまで、わたしは木の上に座って泣いていた。 б 「お帰り、橙!お弁当はしっかり食べたか?」 結局わたしが帰ったのは辺りがだいぶ暗くなった頃だった。 わたしは頷いて藍さまに泥をはたいて綺麗にした弁当箱を渡した。 「はい、おいしかったです。」 手を洗ってうがいをしてから居間にいくと、またこたつに入って紫さまが居眠りをしていた。 こたつに入ると手を暖める。 机の上には紫さまが寝る前に食べたのかみかんの皮があった。 それを見てわたしも食べたくなったのでみかんに手を伸ばそうとすると、藍さまの声が聞こえた。 「橙、今日はご馳走を用意したから甘いものは食べちゃダメだぞ。」 藍さまがにこにこした顔でわたしの方を見ている。 ご馳走……なんだろ?また油揚げかな? そんなことを考えていると藍さまが台所からローソクをさした大きなケーキを持ってきた。 「どうだ、すごいだろう!?」 眼を丸くしているわたしを見て、藍さまは嬉しそうな顔をしていた。 まるで子供みたいな顔。 いつもなら大好きなはずの藍さまの笑顔が、なんでか、 今日はわたしの心を苦しくした。 ケーキはご飯を食べ終えた後に切り分けてくれた。 「ほら橙。」 「ちょっと藍、普通私が一番でしょう?」 藍さまがわたしに最初に皿を出したことについて、紫さまが不平を言う。 でも、困った藍さまの顔を見て、どこか嬉しそうな顔。 「ふふ、分かってるわよ。あなたが橙のために一日かけて作ったんですもんね。じゃあ今回は特別に一番最初に食べる権利は橙にあげる。」 そう言って紫さまは笑いながらわたしの頭を撫でた。 ふらふらと、目の前のケーキが揺れる。 フォークで一口分に切り取り口に運ぶと、とっても甘い味がして、ほっぺたに沁みるくらいだった。 「どうだ、橙?……美味いか?」 藍さまが不安と期待の入り混じった顔でわたしを見る。 うん、……おいしい。 とってもおいしいけど……。 今すぐおいしいって言って、藍さまを大喜びさせてあげたかったけど……。 どうしても、どうしても、笑うことが出来なかった。 目の前の食べかけのケーキとローソクが、滲む。 「ど、……どうした橙!?」 藍さまと紫さまが心配するようにわたしを見つめる。 もう、耐えられない……。 「………お、……お腹が、……グス、……痛くて……。」 嘘をついた。 嫌なことされたって、いじめられただなんて、言えなかった。 わたしは藍さまも紫さまも大好きだったから、言いたくなかったんだ。 二人の笑った顔が大好きだったから。 じゃあ布団を出してあげるからと言った藍さまの顔は、すごく心配そうで、 わたしの心をいやって言うくらいに締め付けた。 б 暗い部屋で布団に入ると、まだ布団は冷たくて、なんだかわたしを追い出そうとしているみたいだった。 眼をぎゅっとつむってさっさと眠ってしまいたかったけれど、全然眠くなんてたらない。 眼をつむると、今日あったことが次々と、思い出したくも無いのにまぶたに浮かんでくる。 我慢できなくなって、わたしは声を押し殺して、泣いた。 居間にいる藍さまと紫さまに気付かれないように。 「うっ、………グスッ!…………うぐっ!」 暖かくなってきた布団だけが、唯一わたしを守ってくれる味方のような気がした。 けど、本当は、暖かい藍さまの服を掴んで泣きたかった。 紫さまに頭を撫でてもらって、心配しなくていいよって、言って欲しかった。 fin