以下の内容に御注意下さい。 打撃無し。 物語無し。 技巧無し。 卑猥有り。 小水有り。 風雨の恵みが失われ、日照りで田畑が荒み切った山麓の里は、見るも無惨な状態であった。 だからと言って、赦される筈が無い。 守矢の御巫女様に対して、このような所業が。    * 正午の守矢神社。 拝殿から手前に離れた場所に建つ手水舎に、10人程の男達が群れていた。 彼らの好奇の視線は、この神社の巫女である、東風谷 早苗に注がれている。 石造りの水盤を覆う小さな屋根の下。 早苗は、屋根を支える四柱のひとつに、頭上で交差させられた腕を縛められていた。 俯き気味の早苗の顔は、苦しげであった。 時折、眉を八の字にしかめ、何かに耐えるように身をよじり、唇を強く噛む。 汗の玉が浮かぶ額に、新緑色の前髪が張り付いている。 白い頬には微かに朱が差し、小さな唇から漏れる吐息は荒い。 巫女を縛めるなど、考えられぬ所業である。 巫女への冒涜は、即ち、その巫女が祀る神への冒涜となる。神罰が降る。 祟りの病に犯されて、長い時を苦しみながら死に至るか。 風の刃が閃いて、その場で首が飛ぶか。 だが、麓の里の男達は感付いていた。 かつて、この守矢神社に座した二神が既に力を失い、死に等しい状態にある事を。 故に、今はもう、どのような畏れも抱く必要は無い事を。 旱魃による飢饉が起こって以来、久しく訪れることの無かった参拝客達を、早苗は喜んで迎え入れた。 痩せこけた男達が、里で採ったという新茶の葉を差し出すと、早苗は恐縮しながらも受け取り、早速、茶を淹れた。 「先ずは、早苗様から御召上がり下さいませ」 男達は気を遣って、そう勧める。 「有難う御座居ます。それでは、頂きますね」 早苗は嬉しそうに微笑んで、茶を口にした。 睡眠薬と利尿薬が混ぜられた茶葉であった。    * 「お願い、ですから、やめてください………」 聞き入れられる事の無い懇願は、もう何度目になるだろうか。 早苗は縋る様な涙目で、男達に許しを乞う。 どうにか近くで聞き取れる程の、腹から搾り出すような声であった。 男達の、早苗へ注ぐ好奇の視線が、興奮を含むものへと変わる。 「どうして…、どうして、このような事をするのですか………」 早苗は、自分の前に立つ男の目を見つめ、やや掠れた声で問うた。 「我らは早苗様に、祈願の成就を賜りたいのです」 「我らの願いを、どうか聞き届けて頂きたいのです」 だが男達は、意味の通らぬ事を言うばかりである。 「……っ、祈願は、承りますから、その前に、その…」 恥じ入る様な仕草で、早苗は視線を斜め下の地面へ逸らす。 「あの………か、厠へ……」 搾り出すような、掠れた声は。 「……行かせて、ください………」 その語尾も萎むように小さい。 「なんと、早苗様!?」 男達が大仰に反応する。 「今、何と申されました!?」 「久方振りの参拝客の相手をせずに、放って置いたまま、何処かへ行くと申されるのか?」 「いやいや、真面目な早苗様のこと。そのような御無体なことは、なさらんじゃろうて」 「そうであろう、そうであろう」 「祀る御神様の為ならば、先ずは己が身の事も省みずに、信仰者の祈願を聞いてくれるはずじゃろう」 言葉遊びを愉しむ男達の口調は、飽くまで丁寧かつ穏やかである。 だが、その顔には皆、一様に下卑た笑いが浮いていた。 「そん、な……はっ、ん………」 そんな男達に囲まれながら、早苗の身体が、ぶるり、と震えた。 青いスカートに包まれている早苗の細い腰が、小さく左右に揺れる。 「く、うぅっ!」 早苗は、きつく目を閉じ、呻きながら、小さく頭を振る。 縛められている両手首以外は、早苗の身体は自由に動かす事ができる。 その自由な早苗の両脚が、柱の左右に立つ男達によって持ち上げられ、開かれた。 あられもない格好の下肢から、肌着が乱暴に毟り取られる。 「ひあっ…、や……、んあぁっ!」 限界であった。 早苗は、決壊した。 「ぅ……ぁ………?」 己の下腹部から勢いよく噴き出すそれを、早苗は、信じられぬものを見るように、目を見開いて凝視した。 「やや、早苗様、これは………!?」 「よもや、ゆまりの禁を失するなど………!?」 「まさか! 身の清浄を旨とする御巫女様が、そのような粗相を!?」 「それでは、守矢の巫女ではなく、“漏り屋の巫女”になってしまうであろうがよ」 響き合う下品な笑い声。 外気に晒された下肢。 気が狂いそうな程の羞恥と、快感。 止まらない。 止められなかった。 早苗の腹が呼吸で上下するのに連動して、噴き出し続けるそれの軌道も上下に動く。 「とすると、これは何ぞ?」 「そうか、これこそは雨の奇跡。下袴の中で奇跡を起こされるとは、さすがは風祝じゃ」 「しかも、唯の雨ではないぞ。黄金に色づいた雨じゃ」 「なんとも御利益の有りそうな、素晴らしい奇跡じゃのう」 まだ止まらない。 噴き出し続けている。 石造りの水盤に、備え付けの柄杓に、蛇を模した水口に。 迸る奇跡の軌跡が浴びせかけられる。 早苗の意識は蕩けて、白くなった。 目は寝起き時のように半開きとなり、身体が、頬が、弛緩する。 「おぉ、早苗様の、なんと心地良さそうな御顔か」 「奇跡を成し遂げられて、満足しておられるのであろう」 「白い頬を朱に染められて…なんと、お美しい」 「早苗様の痴態を拝見するという我らの祈願、見事、ここに成就致しましたぞ」 ようやく、止まった。 早苗にとっては、無限に感じられる程の、長い時間であった。 閉じた目の端に涙を溜めたまま、早苗の口はだらしなく開かれていた。 その口から、安堵と、快感の余韻が混ざったような熱い息がひとつ、吐き出された。    * 両手の縛めが解かれた。 脱力した早苗の身体が、柱に背を擦りながら、ゆっくりと下がっていく。 地に尻がつくと、そのまま早苗の身体は地面に横たわった。 呆、となった意識の中。 動くこともできずに啜り泣く早苗に、頭上から声が発せられた。 「早苗様は先程、どうしてこのような事をするのか、と御聞きになられましたね」 先程までの騒ぎ振りが嘘であったかのように、男の声には抑揚が無い。 「早苗様は、守矢神社の神を信仰すれば、我らは幸せになれると、仰いました」 「雨と風の恵みで、豊かな暮らしが約束されると、仰いました」 「我々は、早苗様の、その御言葉を信じ、祈りを捧げ、供物を納めてまいりました」 不意に、感情の色が薄かった声に、微かな怒りが滲んだ。 「ですが、今の我らの里の有様は、どうした事でしょうか」 横たわったままの早苗の身体が、びくっ、と小さく動いた。 顔を隠すように覆った袖の下で、涙に濡れていた早苗の目が、何かに怯えるように見開かれた。 「私の息子は、空腹で立つ事もできなくなりました」 「私の嫁は先日、病で逝きました」 「もう食べる物も、ありませぬ」 「日照りで耕作もできませぬ」 「我らは明日から、どう生きれば良いのですか」 次々と怨みの言葉が浴びせかけられる度、早苗の瞳からは、力の光が失せていった。 「早苗様、我らを幸せにして下さいませ」 「どうか、我らに御慈悲を下さいませ」 「早苗様、早苗様…」 男達は、口々に言葉を重ねながら、倒れている早苗の身体に触れてきた。 早苗は、無抵抗であった。 もし抵抗しようとしても、既に奉るべき神が亡くなった巫女は、もはや非力な少女でしかない。 身体を仰向けにされ、衣服を剥がされた。 早苗の目は、何かを諦めたかのように、虚ろであった。      Extra        蛇 足 どのくらいの時間が経ったのであろうか。 衣服をはだけ、死んだように地面に身体を投げ出していた早苗が、微かにその身を動かした。 境内の遠い場所に、人が入る気配が感じられたからである。 早苗は痛む身体を起こし、目元を拭って、衣服を正す。 その動きは、酷く緩慢であった。 早苗は、境内に入ってきた者から背を向ける形で、手水舎の側に立ちあがった。 それで、その者も早苗の存在に気付いたようであった。 里の青年であった。 先程の男達同様、ひどく痩せている。 飢饉解決の祈願の為に、神社に足を運んだのであろう。 手水舎の所まで歩いて来ると、早苗に挨拶をした。 「早苗様…?」 青年は、早苗が挨拶に応じず、背を向けている事を不思議がった。 「早苗様、何かあったのですか?」 いつも身なりが整っている早苗の髪が乱れている事に気付き、青年は心配そうに声をかける。 「……何でも、ありません」 青年は早苗の顔色を確かめようと、立ち位置を変えるが、早苗はその度に青年を背を向けな直してしまう。 青年は心配そうにしながらも、それ以上の追求を止めた。 そして、参拝前の禊を行う為に柄杓を手に取った。 「…あっ!」 その動作に気付いた早苗が、うろたえる。 柄杓も水盤も、先刻早苗の中から浴びせられたもので、穢れている。 青年は今、それらのものに、口を付けようとしているのだ。 「あ、あの、待ってください…」 「え?」 青年が、柄杓を口元まで運びかけた手を止めて、早苗へ視線を転じる。 「早苗様、何か?」 「いえ、あの…… 黙っていれば気付かずに済む事だが、根が真面目な早苗には、それができなかった。 早苗は俯き、着物の袖を握りながら、呟くように言った。 「そ…その柄杓、は……」 「この柄杓が、どうかしましたか?」 青年は早苗の言わんとしている事が分からず、鸚鵡返しに聞く。 同時に青年は、首を回して自らの身に視線を走らせた。 何か、自分の気付いていない不手際を、早苗が指摘しようとしてくれているのではないか、と思ったからだ。 だが禊は、拝殿へ入る為に必要な儀礼である。何ら問題は無いように思えた。 「その、それは……、わた、私の…」 「……?」 躊躇と羞恥に、早苗の口はうまく回らない。 顔を真っ赤にして、とりあえず青年の動きを制止する言葉を絞り出すのがやっとである。 それ以前に、言えなかった。 神職にある巫女が、先刻、どんなことをしたかなど。 「早苗様、どうしたんですか? この柄杓に、何かあるんですか?」 青年は再び問うた。 だが、早苗はただ、水盤と柄杓へ、交互に視線を泳がせているばかりである。 何かを言おうと、唇を開きかけては閉じる、ということを繰り返している。 青年も、さすがに不審そうな眼差しを、早苗に向け始めた。 早苗は青年の顔を正視できない。 だが不意に、その青年の口元だけが視界に入った。 青年の口元が、三日月に歪んで笑っていた。 「え…?」 早苗が戸惑うのと同時に、青年が言葉を発した。 「まさか、早苗様」 先程までとは、青年の声色が違っていた。 「身を清めるべき手水舎に、御小水を振舞われたんですか?」 「あ…え…?」 「神職にあらせられる御巫女様が、粗相を犯して手水舎を穢されたんですか?」 「どう、して…」 「なんという、罰当たりな巫女でしょうか」 くく、と含み笑いを漏らしながら、青年は早苗へ近づく。 早苗は、泣きそうな表情で後ずさる。 だが、すぐに、その背が柱にあたった。 「もっとも、もう神様が居ないんじゃ、罰なんて当たりませんけどね」 青年は柄杓の水を一息に口に含む。 柄杓を投げ捨てると、放心したように柱にもたれている早苗の唇に己の唇を重ねた。 「うぶっ」 そのまま、押し倒される。 「ねぇ、早苗様、俺も幸せにしてくださいよ」 「ぷあっ…や……、いや………」 青年に組み伏された早苗は、もはや藻掻く気力も無く、ただただ涙と嗚咽を漏らすだけであった。