いつものように太陽の畑で眠りについていた風見幽香は、その感覚で目を覚ました。 「なっ・・・!?」 彼女の本来の住まいであるはずの夢幻館へと戻った幽香。しかし、館はそこには無く。 「幽香様・・・」 地震、そしてその後に降った雨。緩んだ地盤は土砂崩れを引き起こし、館は見るも無残な姿となっていた。 幽香がいない間、館を守っていたエリーとくるみはどうにか無事だったが、 「これだけしか、持ち出せませんでした・・・」 幽香の好きな紅茶が一缶、ティーセット。そして幽香のパジャマ。土砂崩れが起きた際、すぐ近くにあったこれらのものを残し、みな土砂に埋もれてしまった。 「・・・仕方が無いわ。とりあえずここを離れて・・・」 そのとき、 『・・・待って・・・』 声がした。 夢幻姉妹。夢幻世界の住人。 「あなたたち・・・」 『この館が壊れて、幻想郷と夢幻世界の結びつきが不安定になっているの。早く代替となる建物を・・・そうでないと何が起こるかわからないわ』 「ずいぶんと曖昧ねぇ。具体的に言ってくれないかしら」 『最悪の場合、夢幻世界のすべてが幻想郷側に流れ込むことになるかも・・・どれだけのエネルギーが移動するかはわからないけど、幻想郷側も無事というわけにはいかないでしょうね・・・』 「・・・はぁ。厄介ねぇ」 『お願い・・・今の私たちにはどうにもできないの』 「はいはい、わかったわよ。それで、いつまでに代わりを見つければいいの?」 『一週間。そのくらいなら私たちにも食い止められるはず。できるだけここと条件の近い建物を・・・』 「条件の近い、ね・・・」 湖畔の洋館。思い当たる場所はひとつしかなかった。 それから三日。 「えーと、忘れ物は・・・ないですよね」 パチュリーの用でおつかいに出ていた小悪魔。 「ちょっと、そこのあなた」 「!?」 呼び止められた。しかも、風見幽香。幻想郷内においても最強クラスの妖怪に、である。 「大事な話があるの。ついてきてくれるわね?」 断れようはずも無かった。相手はその気になれば、自分など一瞬で葬り去るほどの力を持っているのだ。 「それで、何なんです?」 「実はね・・・」 「というわけであなたのところの館、頂くわね」 「そんな・・・」 一瞬気が遠くなった小悪魔。しかし、 「そんなの、無理です!」 「それはまた、どうして?」 「紅魔館の主が誰だと思っているんです?吸血鬼を殺すことなんて、あなたなんかに・・・」 しかしそのとき、小悪魔は気づいた。幽香の後ろに佇む彼女の部下に。 「ちょ、まさか・・・」 「そのまさか、よ。あなたの取れる選択肢は3つ。このまま主人諸共死ぬのを待つか、この襲撃を知らせて死期を早めるか、それとも私たちに与して主人を助けるか」 「・・・・・・」 「三日以内に結論を出して頂戴。こちらも時間が無いの」 三日間、小悪魔は悩んだ。死ぬほどに苦悩した。いっそ死のうかとも思った。しかし、今ここで自分が死んだところで紅魔館は陥落する。 「ごめんなさい・・・」 「さて、答えを聞かせてもらおうかしら」 「私は・・・パチュリー様を守りたい」 「なるほど、他の住人はどうなっても構わないと」 「私はパチュリー様の使い魔です。第一に優先すべきはパチュリー様・・・」 「あなたの主人はその選択を快く思うかしら?」 「まず、ありえませんね・・・。でも、私は嫌われようともどうなろうとも構いません。それでパチュリー様が助かるなら・・・」 「ふぅん。健気ねぇ。それで、手筈は?」 「明日1時から3時の間、咲夜さん―メイド長が買出しに出かけます。その間、私はパチュリー様を眠らせておきます」 「なるほど」 「ここが大事なんですけど、咲夜さんは殺さないでください。彼女の能力で図書館を拡張しているので、彼女が亡くなるような事があればパチュリー様も危険になります」 「私たちだって殺しがしたいわけじゃないのよ?あくまで対象は館主のみ。他はよほどの抵抗が無い限り殺しはしないわ。でもそうね・・・あなたたち、空間をいじることはできるかしら?」 幽香は夢幻姉妹へと問いかける。 『館を支配下に置けば、そのくらいのことはできると思うけど・・・』 「そう」 幽香は小悪魔のほうへ向き直ると、 「それじゃ、また明日ね」 笑顔でそう言った。 翌日。 「お客様・・・ではないようですね」 いつもの柔和な表情から、真剣な顔に変わる美鈴。 「エリー、ここは任せたわ」 「はい」 「ここは通しません!」 門番隊が集まってくるも、幽香の砲一発で吹き飛んでしまう。 「くっ・・・」 「あなたの相手は、この私よ!」 戦うは、館を失った門番と、館を守る門番。 妖精メイドを吹き飛ばしつつ館の奥へと進む幽香とくるみの前に、遂に彼女は現れた。 「ずいぶんな客ねぇ。招いても居ないのにこう騒ぎまわられては困る」 レミリア・スカーレット。館の主。 「こちらにも事情があってね・・・この館、いただく必要があるの」 「ほう・・・つまりはこの私を殺す、と」 「そういうこと」 「ハハ・・・そんなことできる筈が・・・なっ!?」 運命を視ようとしたレミリア。だが、 「何も・・・視えない!?まさか・・・」 「あなたが死んでからのことまでは、視えないんでしょうね」 そう言いつつ、幽香はレミリアを羽交い絞めにする。 「くるみ、始めなさい」 「はい、それでは・・・」 くるみは懐から笛を取り出すと、歩きながら吹き始めた。 「なぜダンピールが・・・!幻想郷にいる筈が・・・」 「この子、あんまり遠出はしないから。知らなくても無理は無いわね」 ダンピール。吸血鬼と人間の混血。 吸血鬼を探知し、殺す力を持つため、「最強の吸血鬼ハンター」とも言われている。 「勝算も無く乗り込んでくるわけが無いでしょう?事が大ごとなんだから」 「くっ・・・放せ!!」 体格差もあり、レミリアは幽香の腕から抜け出せない。無論、幽香もそれなりにダメージは受けているのだが、解放するまでには至らない。 「んうっ!?」 くるみは懐から今度は棒状の物体を取り出し、レミリアに突き刺す。 その血が滴る棒で床になにやら図形を描きつつ、笛を吹き続ける。 「幽香様、できました。これでレミリア・スカーレットは死んだ。我々の勝ちです」 「あ・・・ぁ・・・」 くるみの勝利宣言で、ダンピール式の吸血鬼退治は完了した。 レミリアの体が完全に灰化するまで、数十秒もかからなかった。 「ふぅ・・・」 「ご苦労様。なかなかいい手際だったわね」 「やり方は知ってましたけど実践は初めてなんですよ。失敗しないかとひやひやしましたけど、成功みたいですね」 『ありがとう。これで夢幻世界の崩壊は避けられる』 「それじゃ、エリーを迎えに行きましょう」 「エリー、終わったわよ」 「え、もうですか?」 「ええ、くるみがよくやってくれたわ」 「終わった・・・って・・・?」 美鈴の顔から急速に血の気が引いていった。 「言ったとおりよ。この館は私のものになった」 レミリアの帽子を手で弄びながらそう言う幽香。 「そんな・・・お嬢様が・・・」 「あなたには二つの選択肢があるわ。私に仕えるか、ここを出て行くか。私としては残って欲しいけどね。花壇を見る限り、あなたの・・・」 「うわああああああああああっ!!」 泣きながら、幽香に飛び掛かる美鈴。しかし、幽香は彼女の敵う相手ではなかった。 数十秒の後、美鈴は倒れ伏していた。 「残念ね、できれば残って欲しかったけど・・・。あ、あなたの花壇は私が管理しておくから心配しないでいいわよ」 「く・・・うぅ・・・」 美鈴は泣いた。主の死に。己の無力さに。 「これは・・・!?」 買出しから戻ってきた咲夜を待ち受けていたのは、予想だにしない光景だった。 倒れている美鈴。そしてその傍には咲夜の敬愛する主の帽子を持った、 「風見幽香!!お嬢様に何を!?」 「何をって、見ての通りよ。ここの主を私とするために、前の主を消した。それだけよ。それであなたはここに残る?それとも去る?」 「私は・・・」 咲夜は逡巡したが、 「残ります・・・」 確かにそう言った。 「咲夜さん!?何で・・・あ・・・」 美鈴は気づいた。咲夜の幽香へ向けている目は、主に向ける目ではなかった。それはまるで、 (咲夜さんが初めて館に来たときみたい・・・) 吸血鬼ハンターだった彼女がレミリアに負け、従者にならないかと誘われたときの、あの目。 「なるほど。私を殺せると思ったらいつでもかかってきなさい」 (このセリフも・・・!) レミリアがあの時言った言葉と、言い回しこそ違えど同じ意味だった。 その日、西洋の悪魔の館・紅魔館は東洋の悪魔の館・夢幻館となった。 主は変わり、門番も変わった。 妖精メイドたちは一度死に、記憶があいまいになったためか、新たな主をすんなり受け入れた。 地下に幽閉されている前の主の妹はまだこのことを知らない。もともと姉と顔を合わすことなど無かった為か、気づいていないようだ。 咲夜が機が熟したと思った時、知らされるのだろうが、それはまだ先の話である。 図書館の主は親友の死を悼んだが、使い魔を責めることはできなかった。 彼女がレミリアを見殺しにしてまで自分を助けたのは、召喚時の契約をそのまま履行しただけだとわかっていたからだ。 元門番は里で働き口を見つけ、暮らしを立てている。 しかし、咲夜がクーデターを起こすとあらば、即馳せ参じる準備は忘れていないようだ。 「おい霊夢!!」 魔理沙は博麗神社につくなり、大声で巫女を呼び出した。 「何よ、今忙しいんだから」 「そんなことはどうでもいい!何でレミリアを助けなかったんだ!!」 魔理沙が研究で数日篭っている間にたまった新聞。その紙面には「吸血鬼斃れる」の文字が躍っていた。 「この間の土砂崩れで神社にも土砂が流れ込んできて、おかげで結界が不安定になってるのよ。それで紫も私も手一杯。持ち場を離れるわけにはいかないわ」 「でも、だからって・・・」 「・・・魔理沙。土砂崩れで夢幻館が倒壊したのは知ってるわよね」 「ああ」 「夢幻姉妹のこと、夢幻世界のことは覚えてる?」 「それは覚えてるけど・・・それがどうした」 「もし幽香を止めていれば、夢幻世界は崩壊し、そのエネルギーはすべて幻想郷側に流れ込んでくる。結界が不安定な今の状態でそんなことになったら、幻想郷はただで済むと思う?」 「だから・・・だってのか?」 「幻想郷全土の人妖の命が脅かされる事を考えれば、レミリア一人の犠牲は已む無いのよ」 「・・・大多数のためなら少数を犠牲にしてもいいって言うのか?」 霊夢は答えない。 「その論理を振りかざす奴は大概、切り捨てられる側に立ったことが無いからそんなことが言えるんだ!!」 魔理沙はそう言い残して去っていった。 「魔理沙の莫迦・・・」 「私だって・・・辛いのよ・・・」