*ALERT* この作品は、東方シリーズの旧作からwin版への移行期の話を描いたものです。 公式、或いはそれに准じて出回っている他の作品との設定上の 整合性がおおむね無視されています。 そのあたりを重視する向きにはお勧めしかねます。 怖いというか気持ち悪い話です。 イヤになったらすぐに読むのを止めてブラウザまたはタブを閉じてください。 この作品をお読みになったことで貴方の精神が悪影響を蒙ったとしても 作者は一切責任を負いかねます。 万一再配布される場合は、十分に場所・相手と手段をわきまえて行ってください。 ----START---- 巫女がいた。 その顔立ちは美しく、長く伸ばした紫の髪を結い、白と紅の巫女服がよく似合う。 齢は女より少女に近いくらい。独特の魅力を放つ年頃であった。 眼見麗しいという言葉を具現化したような巫女は、さんざん妖怪を退治してきた。 他のいかなる妖怪をもってしても敵わぬほど、巫女は強かった。 巫女の繰り出す数々の超常の技が妖怪を滅し、人々は安寧のうちに暮らしていた。 巫女の戦いは郷の中に留まらなかった。 怪しい洞穴の奥深くで待ち構えていた、招かれざる訪問者を撃退し、 魔界の神をすら、その取り巻き共々成敗し、 邪悪な悪霊をその手の内に封じ込め飼い慣らした。 巫女こそ郷の守手であった。 そうであるにもかかわらず、人々は巫女を顧ようとしなかった。 巫女もまた、賞賛・報酬・感謝のたぐいを人々に求めなかった。 神社は人里離れた山中に位置し、その存在を知るものすら稀であって それどころか山には妖怪が住んでいると、近寄るのを躊躇う始末であった。 ある頃から、巫女は限界を感じはじめた。 「最強の魔法」を手に入れた妖怪や、ライバル的存在の魔法使いに抗し切れなく なってきていたのだ。 それは巫女の身体の限界だった。少女の身体を媒介した博麗の力は、少女が 大人になるにつれ薄まり、消えてゆく。 それは修行や鍛錬といったもので補いがつくものではなかった。 巫女はしだいに妖怪をうまく倒せなくなっていった。 退治を免れた妖怪は、人を襲い、何も知らぬ人々はそれを恐れた。 巫女はやがて空を飛ぶことができなくなり、再び老いた亀の力を借りねばならなくなった。 何も知らぬ人々は、妖怪による禍の原因を神懸り的な何かに求めた。 巫女は後継者を必要としていた。しかし郷のものと交流のない巫女に、それは叶わない。 何も知らぬ人々は、機能しているのかどうかも解らない山奥の神社へ、供物を捧げた。 神社にやってきた男たちは涙をこぼしながら頭を垂れて言った。 「この娘の命を捧げます故、何卒、我らを妖怪どもから御護りください」 巫女は差し出された、まだ年端もゆかぬ娘を見て、男たちに言った。 「その方らの苦痛、察して余りあります。必ず救われましょう、この娘は大切に預かります」 男たちが帰った後、娘は不安そうに神社のあちこちにきょろきょろと視線をやっては おどおどと巫女に振り返る、そんなことを繰り返していた。 男たちが帰った後、巫女は内心このような幸運に恵まれたことに狂喜し、この娘を後継者に しようと、娘をあやしながら考えていた。 数日の後、すっかり巫女に懐いた娘は神社狭しとばかりに走り回った。 居付いた悪霊を踏みつけて辟易させたりもした。 神社の様々の雑事を進んで手伝いもした。 巫女が老亀に乗って妖怪退治に出て行くたび、それをきらきらとした純粋な目でいつまでも見送った。 「巫女様、いってらっしゃい」 「巫女様、御飯が炊けました」 「巫女様、怖い夢見た、一緒に寝て」 数週間の後、娘は髪を整えてもらい、巫女服を着せられた。 博麗の巫女の見習いだと、娘は巫女からそのように言われて、嬉しそうにはしゃいだ。 巫女装束のデザインが違っていることに不満は漏らさなかった。 肩が露出しているのは元気そうでいいと、悪霊は言った。 娘は祓い串を手にして、悪霊相手に妖怪退治ごっこをした。 悪霊はまた辟易した。 「れいむ様、針投げがまた上手にできたよ」 「れいむ様、今日は筍御飯だから早くかえってきてね」 「れいむ様、私ね、れいむ様だいすき」 数ヶ月の後 巫女がいた。 その顔立ちは青白くも病的で美しく、紫の髪を妖しく伸ばし、白と紅の巫女服が邪悪だった。 齢は少女より女に近いくらい、妙齢というのはこういうのを指すのだろうか。 背徳的魅力、そんな言葉を具現化したような巫女の前には巨大な結界があった。 清められた針と札が床に描かれた複雑な紋様に違和感なく溶け込んでいる。 部屋には異様な空気で一杯だった。 巫女はその結界の端に立ち、さきほどから、なにやら長い呪文を詠んでいる。 それは人の言葉ではなかった。何を言っているのか理解できなかった。 少なくとも、結界の中心に、寝間着のまま縛り上げられ、猿轡を噛まされて倒れている娘には。 ――姉さん、いったい何を 娘の疑問は言葉にならない。うーうーと、猿轡の下からくぐもったうなり声が聞こえるのみ。 必死に動こうともがくが、娘を拘束している縄は床に打ち付けられた釘に繋がれ、動けない。 その間も詠唱が続いた。 空気が重い。押しつぶされそうなほど。そこには、娘がそれまで巫女と共有してきた 新しい暖かな家庭のイメージは微塵も存在しなかった。あるのは瓦解した常識と正気の残骸、 娘が眠っている間に豹変したあの優しい巫女だったはずの誰か、そして明らかに迫っている 逃れえぬ恐怖、恐怖、恐怖。 娘は涙と冷や汗を一緒に流しながら、必死に巫女へ訴えかけようともがいた。 ――姉さん、私が何か間違いをしたの?謝りますから許してください 姉と呼ぶまで慕った巫女は何も応えない。その姿はもはや別人だった。 そのとき、不意に 「本当にその娘を博麗にしちまうのかい?」 聞きなれた声が、娘の耳に入り込んできた。 声の方向へ目を向ける。障子が開けられ、誰かが中を覗き込んでいた。 それは、いつも娘のわんぱくに耐え、それでいながら仕方のない子だと 甘やかしていた、悪霊の姿であった。 「いい?"あれ"はおとなしくしているし、貴方に甘いかもしれないけど、悪霊、私の討つべき  存在なの。だから、絶対に気を許しちゃだめ。わかった?」 いつかの巫女の言葉が脳裏を過ぎる。だが娘はその討つべき存在に助けを求めた。 だが、それが声となることはない。かわりに、巫女がいつもと異質な、攻撃的な声で"それ"に向け 「貴方も解っているんでしょう?もう博麗靈夢は持たないの。打開策は一つしかないわ」 と。その内容は娘にはおよそ理解できないものだったが 「はん、それは納得いってない声だね、靈夢。あんたはこの娘に愛着を感じてるんじゃないのかい?」 何か巫女が自分に対して良心に反する事をしようとしていて 「否定しないけど、優先順位は低いの」 悪霊が自分を守ろうと間に入ってくれていると 「私ゃ、その娘が気に入ってるんだけどねぇ」 そう理解したが 「居候の悪霊に意見する権利はない」 次の瞬間には、障子ごと悪霊の姿は消えていた。 大穴どころではない穴が穿たれた部屋の一角に、娘は愕然とした。 縁側がえぐられ、それは遠景の木々にまで及んでいる。一体巫女が何をしたのか、見当もつかなかった。 ただ娘に理解できたのは、あの家族の一員のようなものだった悪霊が、永久に消えてしまった、 そうとしか思えない、それだけだった。 悲しかった。そして怖かった。これだけの力を持つ巫女は何者なのか。 どこから来て何をしていたのか。なぜ妖怪退治などしているのか。そもそも人間なのか。 それまで築き上げてきた常識という主観の最後の一かけらが音を立てて崩れ去り、 自分が抱いていた今までの巫女のイメージが消滅したことで、縋る心境が消えてなくなり、 娘の胸中は恐怖と絶望、ただその二つによって純粋に染め上げられた。 猿轡から絶叫が連続する中、巫女は詠唱を終えた。 あとは実行するだけだ。結界の中でもがく娘に近寄り、猿轡をはずした。 巫女が近寄るのを見た娘は絶叫に磨きをかけたが、猿轡をはずされた瞬間から、怯えた顔のまま しかし巫女に対して、救いを求める子犬の目で訴えた。 「いい?貴方はこれから妖怪退治ができる子にならなきゃいけない」 その視線に笑顔を返しながら、巫女は言った。 「でもそのためには、この儀式を済ませなきゃいけないの」 意に介さぬといった笑顔を向けられた少女はすくみ上がっていた。 「私も最初はこれを、されたわ。でもそれで、今まで妖怪退治をずっとやってこれた」 娘は恐ろしくて、口が自由なのに言葉を紡ぐことができない。 「貴方が望んだように、なれるの。私みたいに、いや、貴方の知ってる私よりずっと強かった私に」 そして、それは始まった。 結界が紅く光を帯び、鈍い音が部屋に響き渡った。 一瞬、結界の光は部屋中を多い尽くすかのように煌き、次いで燃え盛る炎のように断続的で 揺らめく光の渦へ変貌した。部屋の中はまるで火災のように真っ赤に染まった。 火災と違うのは、光が火のそれよりどす黒いことであり、そして―― 「う……グぶっ……げヴ……」 少し離れた位置で床に膝をつき、かがんで、腹を押さえ、目を剥き、苦しそうにもがいている巫女の姿。 何かを吐き出したいかのように苦痛にうめいている巫女の姿。 苦しむ巫女の口から吐き出される、炎より黒い血の塊。 こんなものは火事ではお目にかかれない。 巫女の嘔吐はしばらく続き、その後、唐突にそれはやってきた。 「がぶっ……ゥ……おェェええっ!」 巫女が、巫女の口から何かを吐き出した。それは今までの血液ではない。何だろう。どす黒い、何か。 娘は全身に鳥肌が立つのを覚えた。巫女が吐き出したソレが蠢いていたからだ。 大きさは大人の腕ほどもあるだろうか、まだ巫女の口から全部出てきたわけではないそれは しばらく先端をうねうねと動かし、やがて少女のほうを向くと、一直線に向かってきた。 白目を剥いて倒れこんだ巫女の口からは、なおも血にまみれたどす黒いそいつの体が まだまだずるずると這い出てくる。 巫女は既に、ぴくりとも動かない。 「嫌……」 娘は失神しそうな恐怖の中、精一杯の抵抗をした。 「何こいつ、何、助けて、誰か、お母さん、お父さん、靈夢姉さん」 効果をあげることのない、無意味な、だが必死の抵抗を。 「こないで、こないで!やめて!!嫌!いやぁぁぁあああああああああ!!!!!」 楽園の素敵な巫女、博麗霊夢。 いつだって彼女は いつでも いつまでも OVER END