ほんの出来心だった 魔がさしたとでも言おうか うっかり師匠が大切にしていた髪飾りを破損してしまった私は、てゐに罪を被せることにした いつも私が受けている迷惑を考えればこのくらい この機会に師匠にお説教してもらえば、てゐもおとなしくなって一石二鳥だわ そんな風に軽い気持ちでてゐに罪を擦り付けた 師匠は私の虚偽の報告を聞くが否やすぐさまてゐを呼び出した 何も知らずにノコノコと現れるてゐ 「なあに?永淋、何か用?」 無言でてゐを平手打ちする師匠 バチンッと乾いた音が響き、小柄な彼女は2、3m程吹っ飛んだ 「な、何するのよ!私に何の恨みがあ」 言い終わらない内に今度はつま先で腹部を蹴り上げる 悶絶するてゐを無表情に見下ろしながら、師匠はようやく言葉を発した 「あの髪飾りはね、姫から賜ったとても大事な物なの。 貴方の悪戯なんて普段なら気にも留めないけど、許せることと許せないことがあるのよ」 「な…なにそれ…?わたし、知らない…」 「しらばっくれるのね」 再び折檻を開始する師匠。普段の穏やかな姿とはもはや別人だった 「私の代わりに」責め苦を味わうてゐ 無表情で折檻を続ける師匠 まさかこれ程怒るなんて、お説教だけで済むと思ってたのに 私はいまさら自分の過ちに気づいた とはいえ、今になって真相を白状する勇気は私には無い 「もう、許してあげたらどうでしょうか」 と、横から他人事の様に言うのが精一杯だった 「貴方はあっちへ行ってなさい」 私を部屋から放り出して結界を張る師匠 中の様子は見えず、中の音は聞こえない 結界は一晩中張られ続けた 朝になってようやく部屋の結界が解かれ、 中から師匠がてゐを引きずって出てきた てゐの様子は見るも無残 片方の耳はもがれ、片目は抉られ、顔の半分は火傷で爛れていた 体はまばらに皮を剥かれ、更にはあちこちに打撲の痕 もはや意識どころか息の根があるのかさえ疑わしい 「ウドンゲ、適当にこの嘘つき兎を治療しておきなさい。 こんなのでも死んだら面倒だわ。 まだ嘘をつく元気があるみたいだから、 ほっといても死にはしないかもしれないけどね」 そう言っててゐを私に向かって放り投げた 慌てて抱きとめると、ブツブツと何事か呟いている 「し…らない…わた…し…じゃ…な…い…しら…ない…」 私は耳を塞ぎたくなった 師匠に責められている間中、ずっと身の潔白を訴え続けたのか 罪悪感で潰されそうになりながら、 すぐさま自室に運んで考え付く限り最大限の治療を施した 数日後、てゐの容態は普通に会話が出来るまで回復した もっとも、片耳も片目もそのままで、火傷の痕は残ったままだったが 「私、本当に心当たりは無いのよ。そりゃ、いつも悪戯ばっかりしてるけど」 てゐは包帯に覆われた顔を撫でながら呟く もう罪悪感の限界だった。私はリンゴを剥くのを止めててゐに土下座をした 「ごめんなさい。悪いのは私なの。 まさかあんなに師匠が怒るなんて思わなかったのよ。 本当にごめんなさい」 意味が判らなかったのか、てゐはキョトンとして私を見下ろす 「その、だから、髪飾りを壊しちゃったのは私なの。 つい出来心で貴方に罪を擦り付けちゃったのよ。 本当にごめんなさい。 許してくれるなら何でもするし、師匠にも本当のことを話すわ」 震えながら顔を上げると、てゐは目を瞑って何かを考え込んでいる様子 「いいよ、いつも鈴仙には迷惑を掛けてたしね。 それに永淋にも言わなくていいから。もう終わりにしよう?」 思いがけず優しい言葉を掛けられて、私はてゐに縋って泣き喚いた 「ヒック…ごめんなさい、ごめんなさい…」 子供の様に縋る私の頭を優しく撫でるてゐ 包帯の所為で表情は判らなかったが、まるで母親に撫でられている様な安心感を感じた てゐは許してくれた。この件は終わった。 そう考えていた 包帯は取れないままだったが、動けるまでに回復したてゐ そのてゐが、まるで師匠を挑発する様に悪戯をするようになった 師匠の食事に石を混ぜる、安眠を妨害する、売り物の薬に水を掛ける それもまるでわざとバレる様な証拠を残して 以前の要領のいい彼女からは考えられないミス 先日の件でてゐをよく思っていない師匠は、当然の様にてゐを痛めつける そしてその度に私に治療させるのだ 「どうしてこんなことをするの?」 と聞いても何も答えない いまやてゐの体に傷跡の無い場所は無かった 片目、片耳に続き片腕までも失っていた おかしいのはてゐだけではなく、師匠もだ 度重なるてゐへの折檻 みかねてその現場に飛び込み、 「もう止めてあげて下さい」と、全身で庇うと 「邪魔をしないで。それとも貴方も苛めて欲しいのかしら?」 そう笑いながら言うのだ 私を蹴り飛ばして部屋から追い出し、結界も張らずに「苛め」を再開する 「折檻」ではなく「苛め」と言った 明らかに今の師匠はてゐへの「苛め」を楽しんでいる 以前の優しい師匠はどこに行ってしまったのか 少々の体罰を加えることはあっても、 決して嬉々として誰かを苛める性格ではなかったのに ボロボロになったてゐを治療した後、珍しく私に話しかけてきた 「ねえ、鈴仙。今の永淋は狂っていると思う?貴方の瞳で直せる?」 「…解らない。少なくとも私の瞳では直せないわ。 そもそも月の人である師匠に私の瞳は効かない。 …ごめんね。でも、貴方が悪戯を止めれば済む話なのよ。 お願いだからもう止めて。このままじゃ貴方死んじゃうよ」 しかしてゐは笑った 「ふふふ、そう。 鈴仙でも直せないのね。それは良かった。 私ね、鈴仙のことは大好きだったよ。 いっつも迷惑掛けてたけど、それでも私のこと構ってくれてたもんね。 だから裏切られた時は凄く悲しかった。 そういえば月でも裏切って地上へ逃げてきたんだっけ。 筋金入りなんだね。 鈴仙も裏切ってばっかりじゃ不公平だから、たまには裏切られるといいよ」 そう言って窓を開けてまさに脱兎の如く出て行くてゐ 私はというとあまりのことに呆然としていた 今のはどういう意味? 我に返っててゐを追うも、もはや遅かった 地上の兎の逃げ足に追いつけるはずも無い 竹林の中で途方に暮れた 一ヶ月経ってもてゐは戻ってこない 私はてゐの代わりに地上の兎を束ねていた いや、束ねようとしていた どの兎も私の言うことなど聞こうとしない 兎の統率に四苦八苦している間にも、師匠はおかまいなしに私に用事を言いつける もちろん、両立など出来るはずも無い どちらもこなせない私を、師匠は嬉々として責めるのだった 「言うことの聞けない弟子には少しお仕置きが必要ね」 笑いながら私をぶつ 「てゐはもっといい反応をしたわ」 「あら、今のは可愛いわねてゐの代わりになれるわよ」 等と言いながら、次々と私に暴行を加える 「師匠、もうお許し下さい。痛いのはもう嫌です…」 「てゐはもっと我慢強かったのに、貴方は情けないわね。 ああ、でも泣いてる貴方は可愛いわ。てゐとはまた違った趣があるわね」 完全に会話が成立してない てゐ、てゐと繰り返す師匠を見て、ようやく気づいた これはてゐの復讐なのだ 自分の体を犠牲にして師匠の精神を歪め、私を苛める様に仕向ける なんて壮絶な自爆技 私を許してなんかいなかった その後も師匠は怯える私の片耳を引きちぎり、 泣き叫ぶ私の片目を抉り出し、 思わず抵抗しようとした私の片腕を切り落とし、 もはや悲鳴も上げられない私の顔に硫酸をかけ、 意識の遠のいた私の体の皮を包丁で剥ぎだした どれくらい時間が経ったのか、いつのまにか師匠は居なくなっていた 脇には包帯や薬の類 これで治療でもしておけという意味だろうか もう身動きも出来ないのに 朦朧とした意識でてゐのことを考えた てゐもこんな責め苦を味わったのか 「ごめんね、てゐ」 誰かが私に話しかけた 「これでおあいこ。姿もおそろいだね」