「いやあ、最近コストダウンの圧力が強くってねえ、ごめんね、また今度お願いするよ。 だって」

木の芽が膨らみ、新緑が息吹く妖怪の山。
小皿に申し訳ない程度にのった胡瓜の浅漬けをもったいなさげに爪楊枝でつつく河童が一人。

「ちっちゃい件でもいちいち比較取るんだってさ、その見積にかかるコストはこっち持ちかい、ああそうですか。
 「新規でやってくれる業者なんてないと思ってたんだけどね、最近はほら、地下の妖怪が出てくるようになっただろ。
 あっちに駄目元で頼んでみたら受けてくれてね。そしたらさ、安いんだよ。いい仕事するし」
 えーえー、仕事が雑ですいませんね。こちとら個人経営なもんで、勝手気ままにやってるんですよ。
 偶に一緒に仕事したと思ったら、知らん間に変な配線だの部品だのついてたりしてやってらんないって。
 お前何勝手にそんなのつけてんだよ、そこにはドリルつけるんだよ引っ込んでろダボがってね。
 それにこんなゆるい共同体の上はバリバリのブン屋。連中にアーク溶接の加減なんぞ分からんのですよ。
 稀に下りて来たと思ったら、
 「河童なんだから銅製品はオススメでしょ? カッパーどうでしょう、あはは」 死ねばいいのに」

つつく胡瓜を口に運ぶことすらせず、ひたすら管を巻くヤサグレ両生類、河城にとり。
片膝を立て、脇に緑色のペプシをデンと置いて対峙する。その哀れな被害者は厄神、鍵山雛。

「ほーぅら、ここにヒステリックパゥワァーが溜まってきたでしょー?」

ひっ捕まえた星から大気を剥ぎ取るブラックホールのごとく、
鍵山雛はぐるんぐるん回りながらご機嫌に厄をかき集めていた。別に被害者じゃなかった。

「大体さ、端から勝負なんか出来るわけないじゃないか。
 連中は大企業だ。体験版では存在すら出てこない4ボス以上の連中だ。
 うちらみたいな中小3ボスなんかがちょっとがんばったところで勝てやしないよ。無理無理。
 でもね、見ててご覧よ。河童が市場から淘汰されたら連中は寡占状態だ、価格操作やりたい放題。
 ジャ○コがいなくなった後のラ○フなんかひどいもんだったね。もやし40円。卵198円。特売全廃。
 そのときになってようやく愚民どもは私たちの良心的価格設定に気付くのさ。はははざまーみろ」
「ああ~、おやめくださいませおだいかんさま~。
 ふふふよいでわないかよいでわないかちこうよれちこうよれ。あ~れ~」

よく出汁の滲みそうな胡瓜に踊る厄神。
上空を通りがかった春妖精が不必要と判断して立ち去るほどに春満開な山の渓谷。

「そしたらさ、その日のうちにその商売敵がのこのこやってきたんだよ。
 SUS316でM14の六角ボルトありますか? ねぇよ。SUS316のボルトって何だよこのブルジョワめ。
 嫌がらせか、貧乏を笑いに来たのか、うっせぇ、素材の性能で勝とうとしてる時点で精神的に負けてんだよバーカバーカ。
 そしたらさ、うにゅーって言いやがった。聞いたか? うにゅーだぜ、うにゅー。お前どこの星から来たんだよ。
 腹抱えて笑って、馬鹿にしてやったらだ。そいつ、こともあろうか私に向けて暴言吐きやがった。
 「じゃあ、チタンはない?」
 何こいつ、喧嘩売ってるよね、買っちゃうよ、というか買ったよ?
 単価で一桁違うよね、一本で四桁とかふざけてるだろ。つーか問屋にいけ。
 「なんだ、ないの? 困ったにゃー、仕方ないから自前で作るかにゃー。あら、お燐がうつっちゃったよ、にゃはは」 死ね」

ダン! とペプシを乱暴に岩に叩きつけ、吹き上がった炭酸間欠泉で頭部に水分補給する超妖怪弾頭。
舞う厄神はあくまで軽やかに、ふんわりくるくると絶対領域を拡大中。

「そんなんだけでも十分腹立つってのに、ふざけた連中ってのは意外と多くてさ。
 「なんとなくダウジングをはじめたくなったのであの曲がった棒作ってもらえませんか?」
 んなもん自分で作れ、丸棒曲げるだけだろ小学生の工作かよこの野沢菜巫女。
 かと思えば神社の裏ではなんか地獄鴉が群れてんのさ。
 聞いてみたら地熱発電のプラントがどうとか、ヒートポンプがうんたらとか嬉しそうに。
 今日日エコなんざはやんねーんだよ、なにがISOだグズ、風力発電に突っ込んどけボケ」
「あれあれ? ということは何かな? 大型物件は地下の妖怪に取られて、にとりちゃんは雑魚物件担当?」
「んなわけあるかよ馬鹿にすんな。
 「なに、ダウジング用の棒? L型アンカーボルトでいいならあるけどこれじゃ駄目?」
 「……おお! こんなのこんなの! もらってもいいんですか?」
 「いーよいーよ、うちの部長のスポンサー様だもの、サービスしますよ」
 それでいいなら最初からそれ使っとけよ。てーか私何のために呼ばれたんだよ。豆腐の角に頭ぶつけて死ね」

何か悲しいことでもあったのか、下を向いたまま体を震わせ上ずった声を出し始めるにとり。
その周りにはご機嫌にトリプルアクセルを決める厄神、満開の桜の陰からコントラストのない瞳で見つめる橋姫。
こんなにも素敵な視線に囲まれるにとりはきっと特別な存在なのでしょう。天狗も見ている。

「うわーん! ちくしょー! 好景気を返せ! 2年前の栄光を返せー! 夏コミなんて大っ嫌いだあー!」

わんわんと号泣するにとり。ぶん投げられる浅漬けキューカンバー。被弾する秋姉妹。煽る橋姫。
全季節対応の癖に生意気な、自機経験者の癖に何様だよお前。
ああ妬ましい妬ましい、笑わせるなよ小娘が、これは超えちゃうかもね、音速。
こうして始まる暴力沙汰。
お前の不況が10月からならこっちは秋以外のすべて、365×3/4の2年分だよ何時間だこれ。
渦巻く厄に進化する厄神、喜悦に頬だけを歪ませる緑眼のジェラシー。
千切れ飛ぶ若草の香りに仄かに混ざる鉄分の刺激に興奮する天狗。
そしてその光景はグレースケールに切り取られ、記事付きで翌日の皆様の朝食の席へと……。



 「相見積が生んだ暴力」(妖怪の山)

 博霊神社の巫女は10日、妖怪の山で臭い胡瓜を投げつけられたと弾幕を使用しない決闘を行ったとして
 秋の神様秋静葉(28)、秋稔子(26)、河童の河城にとり(23)の各容疑者を処分したと発表した。

 霊夢によれば、河城容疑者はこの日午後5時45分頃、妖怪の山ステージ3の渓谷において
 ふてくされて寝込んでいた秋静葉、稔子両容疑者に対し胡瓜の浅漬け及び
 ペプシキューカンバーをでたらめに投げつけた疑いを受けている。

 河城容疑者は霊夢の取り調べに対し「見積がこのところ当て馬ばっかりだった。地底の妖怪が妬ましかった」
 と腹立ちまぎれにこのような事件を起こした事を認めた。



「世が不景気だとよく分からない事件も起こるものなんですねぇ」
「あらあら、ここは幻想郷よ、訳の分からない事件なんて日常茶飯事ね」

ばさりと新聞を下ろし、ふえぇと溜息を吐くのは我らが天界の深海魚、永江衣玖。
それに応えるのんびりした声は、曲の方が人気が高い動く最終処分場、西行寺幽々子。

「日よけのために霧を出す蝙蝠、春のために辻斬りをする幽霊、密室の中で更に閉じこもる不死者
 ね、いっぱいでしょう? いちいち驚いていたら心臓が幾らあっても足りないわ」
「確かにその通りです。幻想郷で必要なのはどこからが身なのか分からないほどの毛に覆われた心臓一つです。
 ところで、幽々子様には心臓はあるのですか? 生身の」

あるかも知れないわねー、どこかには。
とケラケラ笑う亡霊嬢に、つられてくすくすと笑う衣玖さん。
ここ白玉楼は地上にわずかに遅れて春が進行中。

「舞う桜吹雪、視界を埋め尽くす桜色、ここは良いところですね」
「そうでしょう? 掃除のことを考えない身としては最高の空間よここは」
「……そうか、掃除しないといけないのですね……」

何かやな事を考えてしまったのか、湯飲みを置いてがっくりと項垂れる衣玖さん。
そんな衣玖さんを見てにこにこと笑いながら三色団子に手を伸ばす幽々子嬢はとても上機嫌。

「それにしても美味しいわー。花より団子、視覚より味覚。
 いつ食べても美味しいけれど、やっぱり桜の元で食べるお団子が一番美味しいわー」
「それはよろしいことで」

後に控える掃除に想いを巡らす衣玖さんに対し、あくまでご機嫌な幽々子嬢。
そう、ここ白玉楼は衣玖さんの新たな就職先なのです。だって三食昼寝付きって言うから。

「妖夢さんならきっと庭の効率のよい掃除の仕方を把握していたのでしょうね」
「そうね、きっと把握していたわ。あの子はここでの生活が長かったものね」

しみじみと、故人をしのぶような物言いに衣玖さんは密かに眉をひそめます。
所詮この世は弱肉強食、弱い者は貪られるのみとは言っても衣玖さんの心は晴れないのです。
そう、ここ白玉楼の元従者の名は魂魄妖夢、そしてその座を奪い取った者の名は永江衣玖。

「私は言ったのよ、『妖夢、あなたの役割ってなんだったかしら』って」

ずぞぞとお茶を啜りながら幽々子嬢は語ります。

「ほう、妖夢さんはなんと応えたのですか?」
「『私の役目は庭師兼、剣術の指南役です。それが何か?』とね」

はあ、と溜息を吐いて湯飲みを下ろす幽々子嬢。

「それが何か、じゃないわよねえ。今の世の中がどうなっているかも分からなかったのかしら?
 不況なのよ? 失業者いっぱいなのよ? 人件費が目の敵になってる時代なのよ?」
「ああ、なるほど、そう言うことで……」
「そう言う事よ、妖夢もあなたみたいに空気が読めればねえ。面接で余計なこと喋っちゃう質よねあの子」

管理職が如何に部下の賃金を削ろうかと頭を悩ます今日この頃。
正社員が真っ先に狙われるのはその肩書きなのです。
開発兼製造、+安全委員会委員。そんなにやれるの? 削っちゃって良いかな?

「剣術の指南役だなんて今時爪楊枝ほどにも役に立たないわ。
 それにあの子平気で残業付けるのよ、そんなに付けたら私が組合とか労働基準局に呼び出し食らっちゃうじゃない。
 常に0でも不審な目で見られるってのに、そこの辺りの空気の読めなさっぷりは流石に格が違ったわ」
「何も考えずに正直に付けてたんですね……。おそらく分単位で……」
「残念、秒単位よ。誰が計算するのよ誰が」

住み込みの仕事に残業もクソもないような気もしますが、妖夢は割としっかりした子だったようです。
きっとストレスにも弱かったのでしょう、半分死んじゃうほどに。

「と言うことは私も残業は適当に付けないといけないのですね」
「ところがね、今は不況なの」
「……は?」
「キャッシュフローが滞ってね、お仕事がそんなにないの。だから残業をするほどお仕事はないわ」
「……え? これって景気に左右されるような仕事内容でしたっけ? どちらかというと季節に左右される……」
「な い の よ 。 だって不況だから」
「え? あ? ああ、不況なのですね。毎日がノー残業デー。はい分かりました」

これが衣玖さんと妖夢の絶対的な差なのです。空気を読むこと、とても大事。

「それじゃあお仕事よろしくね。紫があなたはとても優秀だと言っていたわ、期待しているわね」
「はあ、まあ普段どおりいかせていただきますね。至らないところがありましたら何なりとご指摘ください」

うふふと笑い、ふわふわと部屋を後にする幽々子嬢。
それを見送り、じゃあ動きますかとばかりによいしょと立ち上がる衣玖さん
湯飲みと小皿を載せたお盆を持って、幽霊を見習ってふよふよと揺蕩っていくのです。
誰もいなくなった部屋の中に残るのは、綺麗に折りたたまれた文々。新聞ただ一枚。
忘れられたのではありません。
風でひらりと舞い上がりふよふよふわふわ、着地地点は古新聞置き場ジャストミートなのです。





一方その頃、博麗神社。

「こんにちは霊夢、何かお仕事ありませんか?」
「いらっしゃいませ。お仕事をお探しならあちらの方で」

元冥界の半人半霊、魂魄妖夢はまるで蝋燭に群がる蛾のように博麗神社に引き寄せられていたのです。

「当神社の掲示板をご使用の方は最初に登録料としてお賽銭をお願いしております」
「それお賽銭じゃないと思うんだけど」

百年に一度の大不況が始まってもう長くなります。
今更決まり文句に舌を噛むこともなく、霊夢はすらすらと利用規約を読み上げるのです。

「……以上。この規約に同意しますか?」
「ゴメン聞いてなかった。とりあえず『はい』で」

こうして妖夢は晴れて求職者の仲間入りを果たすのです。

「……で、あんたも失業するのね」
「ええ、私も永久就職だと思っていたんですが」

溜息一杯な半人半霊。
もう春なのに吐く息はひんやりしちゃっているのです。流石低体温。

「世の中、何があるか分からないって本当なんですね……」



「妖夢、突然だけどあなたを左遷するわ」

それは本当に突然の話だった。
高枝切りばさみを持ち出して庭木の剪定を始めようとしていたときだった。
魂魄妖夢は主である西行寺幽々子から肩を叩かれたのだ。

「妖夢、あなた最近窓際でひなたぼっこしてばっかりじゃない。暇なんでしょう?」

ニコニコと笑顔で言う幽々子嬢に対し、妖夢は口をぽかんと開けて鋏を磨く手を止めるしかなかった。
どういう事なのか。世の中はそんなに不景気だっただろうか、冥界は大丈夫だったはずでは?
そんな疑問はすぐに解消された。
それの答えはすぐ傍に、自分の手の内にすでにあったのだ。
文々。新聞。
鋏を磨くそのチリ紙には喜びを隠しきれないように不況が大々的に報じられていた。

「ね、不況でどこも人減らしをしているそうよ。だからうちでもやらなきゃいけないかなって思ったの」
「え? そんな理由?」

別にやらなくてもいいのに周りに流されて人員整理に走る。そんなことありませんか?

「だからね、まずは隗より始めよって事で妖夢からぶった切ろうと思ったの」
「えええええええええぇー?」

おめでとう第一号。
こうして妖夢は現在の職を失うことになってしまったのです。

「そう言うことだから明日から来なくていいわ」
「いやいや、それ左遷じゃなくて解雇ですよ」
「そう言えばそうね。じゃあ解雇って事にするわ」



「ということで何か仕事が欲しいのよ」
「自分で探しなさいよそんなもん」

妖夢の自己都合にいちいち振り回されてあげるような霊夢さんなんていないのです。

「あんたなら別にここに来なくても何とかなったんじゃないの?」
「そうですか? どこかに伝手なんてあったかなぁ?」
「ほら、あんたの主人の古くからの友人よ。目ぇかけてもらってんでしょう」
「……ああ、紫様ですね。でもそれも何か印象の悪い方法ですね」
「気にする印象があるのねあなたにも。
 そんなこと言って自分を追い詰めていくと後でとんでもないことになるのよ」

彼を知り己を知れば百戦殆からず。
昔の人はいいことを言ったもんです。
敵と味方の情勢をよく知って戦えば、何度戦っても敗れることはない。by大辞泉
平たく言うと身の程を知れ。おまえ自分にそんな価値なんかあると思ってんのかよってね。



まあ、そんなわけで白玉楼を首になった妖夢ちゃんはめでたく就職活動を開始することになったのです。


「ふーん、じゃ、あなたの長所を簡潔に述べてもらえるかしら」
「雑巾がけ100mで30秒きれます」
「で、その長所は紅魔館で働く上でどういう風に役に立つのかしら」
「紅魔館の廊下を素早く掃除するのにとても有用なスキルだと思います」
「そう、紅魔館の廊下って絨毯敷いてあるんだけどあなたここに来る途中に廊下通ってこなかったの?」


「なるほど、半人半霊ね。じゃあ自己アピールでもしてもらえるかしら」
「料理洗濯掃除警備何でもやります。体力だけなら誰にも負けません」
「なるほどね、つまりあなたは有用なのね」
「はい!」
「その有用なあなたがなんで前の職場を追われたのかしら。その点について何か意見を言ってもらえる?」


「へぇ、冥界で働いてたの」
「はい、ですから幽霊の扱いは手慣れています」
「幽霊の扱いねえ……。他には?」
「他……ですか……。そうですね、剣術を操る程度の事は出来ます」
「警備の手は足りてるんだよね、地霊殿。むしろこの前ちょっと狭くなったから再編しなきゃいけないし」
「でも幽霊に対しては強いですよ私。ばっさばっさやっつけますよ、十匹単位で」
「あんたうちの仕事分かってないでしょ、幽霊は大事な燃料でありお客様よ、わかってんの?」
「でも迷いとかぶったぎれますよ」
「成仏させてどうすんのよ、うちは地獄なのよ、旧。それともあんたうちの客やりたいの?」


「半分は人、ねぇ」
「はい。ですから里で何か仕事に就ければと」
「具体的には? こんな仕事やりたいってのはある?」
「何でもやります! ぜひ!」
「そう言うのが一番困るんだけどねえ、あなただって晩ご飯何でもいいって言われると困るでしょ?」
「……なるほど。では剣の腕を役立てるような仕事を希望いたします」
「ふむ……、なるほどね、じゃあ森から薪持ってきてひたすら薪を割る仕事なんてどうかな、時給750円」
「それって剣と言うより斧じゃないですか、それに時給750円……。ちょっと考えちゃいますね……」
「……そう」



「こんにちは霊夢、何かお仕事ありませんか?」
「ないわ」

数日前と同じ会話を交わす霊夢と妖夢。いや同じじゃなかった。

「何なのよあんたは、仕事探しに行ったんじゃなかったの?」
「ええ、行ってきたわ。でも見つからなかったのよ、しょうがないじゃない」
「あきらめるのが早すぎない? もうちょっと粘って見せなさいよ」
「だってないのよ、もっとこう、年収1000万とかそんな仕事はないわけ?」
「あるわけないでしょ、世の中ナメんのも大概になさいよ」

自分のことは棚に上げて妖夢にキレる楽園の巫女さん。
神社の巫女さんが賽銭だけで生活なんて出来るものかと思うのですが。

「まあいいわ、そこにスキマ妖怪がいるから何とかしてもらいなさいな」
「帰りましたよ、紫様は」

ひょっこり出てきたのは疲労の色も濃い妖獣さんです
春なのに暗いその表情。嫌なことでもあったのかも知れません。

「妖夢、紫様の伝言を伝えるよ。『とりあえず帰ればいいんじゃない? どうせ幽々子も気まぐれなんだし』」

溜息と一緒にとことんめんどくさそうに妖獣、八雲藍は告げるのです。
詰まるところ話はこうです。
西行寺幽々子は気まぐれで魂魄妖夢を首にした。
替わりを雇ってご機嫌だったけれど、四季映姫に怒られた。
あなたはもっとあの子を大事にするべきです。いつまでも、あると思うな親の金。分かりましたか。
よく分からなかったけれど幽々子は妖夢を雇い直すことにした。
けれど連絡を取るのが面倒くさかった。
仕方ないのでたまたま来ていた友人のスキマ妖怪にお願いした。
紫はこの上なく嫌そうな顔をしたが別に期限をきられなかったのでとりあえず受けておいた。
そして、放置が始まった。

「そしてラスボスを倒してからクエストリストを眺め直して、これなんだっけ、藍? と」
「往々にしてよくある事ね」
「なんですかこの扱い」

妖夢の言うことももっともです。
人ががんばって就職活動している間に徹底的に放置されていたのですから。

「で、私が幽々子様に怒られた。身に覚えがないと言うと紫様にそう言えば言うの忘れてたと言われた」
「被害者ね」
「ええ、被害者よ」

いつものこととはいえ、藍は溜息をやめることは出来ないのです。
やめてしまったら何か大切のものを失ってしまうような気がするから。
その隣でわかるわぁー的な表情を浮かべている霊夢。
何か通じ合うところがあるのかも知れません。どっちとかは問わない。

「だから早く帰ってあげて妖夢。私のためにも」
「よかったじゃない。帰る場所あるじゃない」

ケラケラと楽しそうに笑う霊夢。
柔らかな笑顔の裏にトゲを隠す八雲藍。
だから、妖夢も笑顔で返事をするしかないのです。

「はい、わざわざどうも。こん畜生」
「あははは、ところで妖夢、就職決まったみたいだからお賽銭よろしくね」
「あははは、知るかよそんなもんこいつがお題よ」

振り下ろされる楼観剣。
しかし指二本で白羽取りされ没収されてしまうのです。
本気でやったら妖夢が霊夢にかなう訳なんてないのですから。

「これって二本一組なんでしょ、こっちももらっておくわね」
「もってかないでー!」



こうして妖夢は冥界は白玉楼へと舞い戻ることになったのです。東方妖々夢完。

でなくて。

「ふはははは、やってきたな魂魄妖夢! ここより先に進みたくばこの私を倒すことだな!」

冥界へ戻ってきた妖夢の前に立ちふさがったのは誰であろう、永江衣玖その人でした。虹川? だれそれ。

「ここで問題よ! 私は誰でしょう! 永江衣玖よ! 正解おめでとう!!」

春の白玉楼は春度満点。
衣玖さんは満開の西行妖を見たいという幽々子嬢の願いを叶えるために、西行妖のコスプレをしているのです。
西行妖を満開にするには西行妖の封印を解かなければなりません。
そんなめんどくさいことを衣玖さんはまじめにやらないのです。
満開の西行妖を見せればよいのですから別に封印を解く必要なんてないのです。

「ところで西行妖ってなんですか」

だから、衣玖さんは幽々子嬢に訪ねました。

「大きくて立派な桜よ。咲かせるには春が一杯必要なのよ」

幽々子嬢は、衣玖さんにそう答えました。
その結果がこれだよ。
春度満開な永江衣玖、改め西行妖。
そんな衣玖さんを見た幽々子嬢はとても喜びました。
白玉楼の幽霊達も大盛り上がりで花見、いや衣玖見を楽しみました。
そんな素晴らしい西行妖に、音楽なんてただの雑音に過ぎませんでした。
空き瓶を、缶ビールを投げつけられ、プリズムリバー三姉妹は何処ともなく消えていきました。

ねぇ、知ってる紫。
知ってるわ。
桜の下には死体が埋まっているのよ。
知ってるってば。
桜は元々白い花なのだけれど、死体の血を吸い上げて紅く染まるのよ。
へー。
西行妖、素晴らしいわね。
そーね、あ、藍、お酒お代わり。

衣玖さんのコスプレは西行寺家のお嬢様をも納得させる咲誇りでした。
つまり、真に迫っていました。
そんなわけで、衣玖さんが着た西行妖スーツには呪いがかかってしまったのです。
西行妖のコスプレが脱げなくなった衣玖さんに残された道は二つしかありませんでした。
すなわち、諦めて西行妖としてこれからの生を送るか、根性ですべての花を咲かせて封印を解くかです。

「別に西行妖でもいいかもしれませんね」
「そうね、家事さえやってくれるならそれでかまわないわ」

割とあっさりと結論は出ました。
幻想郷はすべてを受け入れるのです。西行妖くらい受け入れられないでどうするのでしょう。
でも、軽く言うものの、きっと想像した以上に騒がしい未来が衣玖さんを待っているのです。

それは、初日から起こりました。
屋敷に入れないのです。西行妖は無駄に大きい妖怪桜でした。
しかし、桜の枝を無数に操って、衣玖さんは家事をこなしていきました。
繊細な動きも力仕事も何でも来い。割と優秀なスーツだったのです。

「この燻製いい香りね」
「ええ、桜のチップを使いましたから」

料理の方向性も変わりました。腕は変わりませんが。
それでも、弊害は出ました。
桜の花びらです。
花を大量に咲かせた衣玖さんは、至る所で桜吹雪を散らしたのです。

「誰が掃除するのよ!」
「私がしますよ」
「桜が自分で花びら掃除するなんて聞いたことないわ、そこらの幽霊にやらせるわ」

こうしてよく分からない光景が白玉楼に展開されるようになりました。
広大な庭を闊歩する巨大な桜。その桜吹雪を回収して回るその他大勢の幽霊達。

なんだってんだ一体。
労働厨からようやく解放されたというのに死んでも労働とか。
大体あいつ労働者として雇われたんじゃないの? なんで俺たち働いてんの?
幽霊なめんな! 下克上だ! 賃上げを要求する!
政権こうたぁい!

蜂起する幽霊達。
枝を振り回し、根っこを突き上げ次々と小気味よい音を立ててボーナスボードを削り取っていく衣玖さん。
そんな勇ましい姿に触発されたのでしょうか。
なんと本物の西行妖まで動き始めてしまったのです。

可愛いですね、私と付き合っていただけませんか?
誰ですかあなた、私は植物じゃないです、ごめんなさい。
またまた、いいじゃないですかそんな照れなくても。
照れてねーです。そこらに埋まって毛虫でも育ててろよこのふしくれジジイ。

結果、西行妖は元埋まっていた穴に戻り、以前にも増して根を深く下ろしその封印を強化したのです。


「幽々子はそんな衣玖に対し全然フォローをしなかったわ。それどころか更に給料をケチったの」
「わ、紫様」

ものすごく楽しそうな衣玖さんと対峙した妖夢の背後に疲れた顔の紫が現れます。

「そして、給料をケチられた衣玖は反旗を翻したわ」
「はぁ、そうなんですか」
「労働者に逆らわれるなんて初めてのことだったのよ、幽々子にとっては。
 だから一瞬で負けたわ。今幽々子は白玉楼で尽きることのない食事の幻影と格闘しているわ」
「なんですかそれ」
「そして衣玖はこの仕事を辞めることを決意したわ。だからアレを満開にしようと躍起になっている」

どこか説明口調の紫。ついて行けない妖夢。そしてますますテンションの高い衣玖さん。

「さあ! かかっていらっしゃい魂魄妖夢! 主の敵を取ってみなさい!」
「行くのよ妖夢! あの忌まわしい木を切り倒して地球に平和を取り戻すのよ!」
「え? どどどどういう事ですか!?」
「覚悟しなさい妖夢! 伝説の木バスター!!」
「ふみょん!」

よく分からないままに無防備に衣玖さんの攻撃をもらう妖夢。
吹っ飛ばされて妖夢は白玉楼の長い石段をひたすらごろごろ転がり落ちるのです。

「立ちなさい妖夢」
「うぅ……、れ、霊夢……?」

ぼろぼろになった妖夢を足下に見下ろして、霊夢は先ほど奪い取った楼観剣と白楼剣を妖夢に投げてよこすのです。

「素手であろうと敵に挑む、その精神は見上げたものよ。でも、勇敢なのと無謀なのとは違うわ」
「挑んでないんですけど」
「あなたの剣よ、今度こそあの妖木を切り倒してあなたの悪夢を終わらせなさい」
「どうも。お返しいただきありがとうございます。ところで悪夢ってなに?」
「さあ急いで、紫がアレを押さえているけど限界があるわ」


「あれから時間がたって、私の味噌汁もそれなりに美味しくなったと思うんだよ」

食事の準備中に紫に強制召喚され、藍様はすべてを諦めたようにできたての味噌汁をお椀によそうのです。
そして、差し出された味噌汁にそっと枝を伸ばし、衣玖さんはずず、と音を立ててその味噌汁を啜ります。

「なめこの味噌汁ですか」
「ええ、そうですよ」
「……、なめこを入れすぎましたね」
「え……?」
「それと、塩分が濃い。出汁も少々濃すぎます」

味噌汁からそっと目を上げ、衣玖さんは伏し目がちに藍様を見つめるのです。
想定外でした。
藍様は会心の出来と言ってもよいなめこの味噌汁にくだされた審判に、ただ身を震わせることしかできませんでした。

「なるほど、以前より腕は上がっています。それは認めましょう。
 だが、まだ足りません。あなたには身を削ってでも美味しい味噌汁と作るという決意が足りない」
「知りませんよそんなこと」
「口答え禁止!!」

バチィッと枝で藍様の頬を張る衣玖さん。
藍様の全力一発分に匹敵するその攻撃に、藍様はだんだんよくわかんない憤りを覚え始めるのです。

「調子に乗らないでください」
「……なんですって?」
「なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないんですか」
「料理の道は長く険しいのです。藍さんだってそれは十分に分かっているはずです」
「だからってこんな事、これでも一生懸命作ったんですよ」

言葉は静かでも、その裏には強い想いが込められているのです。

「うおあぁぁぁぁぁぁぁゎぁぁあああああ!!!」

そこへ空気も読まずに剣を構えて突っ込んでくる妖夢。
衣玖さんはこの手の空気読まない輩のことが結構嫌いなのです。

「「邪魔」」

前門の深海魚後門の妖狐。

衣玖さんに張り倒され、藍様に踏みつけられて妖夢は石段に無惨な姿をさらすのです。

「邪魔な妖夢もかたづけた事だし、そろそろ本番と行きますか」
「ええ、そうしましょうか」

楼観剣と白楼剣を拾い上げ、肩をコキコキ鳴らす藍様。
しなる枝をびゅんびゅん振り回して無駄に桜吹雪を散らしてみる衣玖さん。
月夜の晩だけと思うなよ。街の仲間達を舐めないで下さいね。
交錯する視線、互いに相手の方に歩み寄り、ゼロ距離で睨み合う狐と魚。
日はとうに落ち、月明かりに照らされた桜が、白銀に燦めく刀身がそれぞれに妖しい光を放つのです。





「それで、あなたはなんでこんなところでのんびりお茶なんて飲んでいるのよ」
「別にいいじゃありませんか。無職なんですし」

後日、改めて博麗神社。
衣玖さんはのんびりまったりと午後のお茶タイムを楽しんでいるのです。

「それで霊夢。アレ結局どうなったんだ? どうも記憶が曖昧でね」
「ものすごく説明しづらい」

藍様の問いかけに霊夢は頭を抱えます。
説明するのがめんどくさいのです。その価値すら怪しいってのに。



永江衣玖と八雲藍は白玉楼の石段で月夜の晩に真剣による決闘を行った。
霊夢はとりあえず二人が消耗したところに殴り込もうと考え、とりあえず静観することとした。
そして一時間後、
互いにラッシュモードでノーガードの殴り合いを展開する二人に霊夢が飽きてきた頃それは起こった。

「そんな二人の世界作っての青春っぽい殴り合い禁止ーっ!!」

飽きてきたのは紫も同様だったのか、
紫はどこからともなく持ち出してきた戦車で武力介入を行った。
直撃を受け無惨にもど真ん中から真っ二つにへし折られる西行妖、のコスプレ。
そしてその下敷きとなる戦闘不能継続中の魂魄妖夢。
あっけにとられて硬直する藍様に無慈悲に振り下ろされる博麗の巫女の陰陽球。

こうして戦闘は終了した。結局勝者なんていなかったのです。

「そんなことはないわ、霊夢」
「え?」

だが、妖怪の賢者は清々しい顔でそれを否定した。
頭上にはてなマークが浮かんでいる霊夢に指し示すように指をある一点に向ける紫。
その先には無惨にへし折られた西行妖の下半身があった。

「あ……?」
「ごらんなさい霊夢。永江衣玖の手を」

それでもよく分からない霊夢に、紫は今度は言葉で誘導する。
言われたとおりに衣玖さんの手元に目を向けた霊夢はそこで絶句した。
なんと、衣玖さんの手(と言うか枝)にはなめこの味噌汁が握られていたのだ。

「まさか……」
「そのまさかよ。衣玖はあのなめこの味噌汁を一滴たりともこぼさずに戦っていた。分かるわね、この意味」



「すいません分かりません」
「だってもったいなかったですから」

別に枝が二本しかないというわけでなし。
衣玖さんと藍様にはよく分からない次元の話だったのです。

「そんなこと言ったら藍さんだって、途中から剣ほっぽり出しておたまとフライパンで戦っていましたよね」
「いやいや、いつも紫様はアレで起こしているので」

幻想郷の妖怪は強い連中ほどふざけていると霊夢はこっそり思うのです。

結局、あれから妖夢は白玉楼に再就職を果たしました。
幽々子はなんと幻想の食事を食べきったようです。
そして、その平穏な日々の引き替えに、衣玖さんは再び職を失ってしまったのです。

「なら、次はうちで働いてもらえるかな、知ってると思うけど紫様の世話ってのは大変でね」
「いいんですか? ならお言葉に甘えまして」

笑顔で談笑する衣玖さんと藍様。あなたたち昨夜決闘してませんでしたか?
頭を抱える霊夢のところに、そしてやはり空気を読まない者がもう一人やってくるのです。

「衣玖ー」
「およ、総領娘様」
「おや、比那名居天子」

そう、天界の就職浪人、比那名居天子その者です。

「総領娘様、確か永遠亭に就職されたのでは?」
「やめてきたのよ。やってられないわ」
「永遠亭ね、一体どんな仕事だったんだい?」
「サメの着ぐるみを着て深夜に廊下に立ってる仕事よ」
「……なんですかそれ?」
「誰にでも出来る簡単なお仕事ですって言われて行ってみればなんだったのかしらねあれ。
 月のウサギはひたすら庭に穴掘って埋める作業を繰り返していたし、頭おかしいんじゃないのあの屋敷」

どこか辟易したような表情で天子ちゃんは愚痴を吐くのです。

「それで衣玖はなんでこんなところにいるの? 仕事は?」
「今再々就職先が決まったところですよ、総領娘様」
「は? 白玉楼はどうしたの?」
「やめてきました。私も桜の着ぐるみに嫌気がさしたので」
「なにそれ?」

衣玖さんは、それには応えず天を仰ぐのです。
と言うことはおまえも無職だね、せっかくだからあなたもうちに来ない? 紫様は歓迎するよ。
えー? 紫のところはねー。
文句言っていられるうちが華だよ。
そんな会話を聞き流しつつ、春の澄んだ青空を見上げ、思案にふける衣玖さん。
今回は天界に帰るのはもう少し後になりそうですね。
そんなことを考える衣玖さんを見て、一方で霊夢は不思議そうな顔でお茶を啜るのです。
何を見ているのだろうと視線を空へ移すと、ひらひら舞い降りる一枚の新聞が。
またろくでもないことが書いてあるのだろうと考えつつも、霊夢はその新聞に目を通すのです。

真っ先に霊夢の目に飛び込んできたのは、嬉しそうにガッツポーズをする秋静葉の勇姿でした。
記事に目を通すと先日起こった河童乱闘事件の後日取材についての内容です。
星蓮船のEXボス内定おめでとうございますと兎が花束を持ってきた。
やっぱり努力してる人は報われるんですね。
そう書いてありました。

春のこの季節。清々しい季節ではありますが花粉に苦しむ人もいるようです。
だから、霊夢の瞳から流れ落ちる一滴の液体もきっとその性に違いありません。
いきなり隣で鼻を啜り始めた霊夢のその姿を見て、衣玖さんは、そう思ったのです……。





  • こういうカオスな話は嫌いじゃないぜ
    そして何故か逮捕される秋姉妹w -- 名無しさん (2009-05-03 17:50:57)
  • 内定取り消し臭がぷんぷんするぜww
    -- 名無しさん (2009-05-25 21:55:50)
  • M14の六角ボルトなんて使ったこと無いぜ -- 名無しさん (2009-05-26 00:30:03)
  • カオス過ぎてもうねw -- 名無しさん (2009-06-12 02:14:52)
  • >>満開の桜の陰からコントラストのない瞳で見つめる橋姫。
    ぱるさぁん… -- 名無しさん (2016-05-17 18:18:25)
名前:
コメント:

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2016年05月17日 18:18