「らんさま、ただいまー!」
だが、出迎えた藍の、橙を見る様子が、どこかおかしい
藍は、面識の無い余所者へ向けるような冷たい目で、橙を睨んでいる
「……たかが二尾が、何故私の名を知っている?」
「………え?」
「それにお前、ここが大妖・八雲紫様の御住まいと判っていて踏み込んでいるのか?」
「え…あの…らんさま、何を、言ってるの…?
どうしちゃったの…?」

藍は式神として、紫に記憶を初期化され、橙の事を忘れていた。
放心し、ふらふらと屋敷を出る橙。そこに姿を現した紫が、能面の様な無表情にで、言葉を告げた。


藍の『式を操る訓練』が終了した、という事。
藍の式操術の経験と感覚だけを残し、演算装置にとって余計なモノである記憶容量は、全て削除した事。
補助演算装置として、あなたよりも優秀で、霊格の高い子も見つかった事。
だから、もう、あなたは必要無いという事。
だから、今まで、あなたに八雲の姓を与えなかったのだという事。


あまりにも理不尽に突き付けられた現実を、橙は受け止められない。
泣きながら、必死に縋る。
「ゆかりさま、ご、ごめんなさい!
わたし、なにかっ、うっ、悪い事、ひっ、しましたか…
なおしますからっ、だからっ、ごめ、なさっ…いっ」

「そうね… 辛いなら、あなたの記憶も消してあげましょうか?」
紫は橙に選択を問うた。
全てを忘れるか、そのまま何処かへ消えるか、選ばせてあげる、と。

橙は表情を強張らせ、呼吸が止まったかのように沈黙した。
忘れられる筈が無い。
忘れたくない。
藍と、紫との、温かな日々を、失いたくない。
たが今は、その記憶と想いの大きさがそのまま、橙の心の痛みと苦しみにもなっている。
どうすればいいのか。
どうしてこうなってしまったのか。
橙の思考が、混濁する。


「早く決めて頂戴。
私もこれから忙しいの」
「うっ……ぐ……ひっ……」
答を迫る紫の言葉にも、
橙は俯かせた顔をくしゃくしゃにして、震え泣くことしかできない。
気が狂いそうな程の葛藤。理不尽な仕打ちへの憤り
心が張り裂けた痛み。
裂けて、ちぎり取られた心の部分の喪失感。
様々な負の感情に苛まれながらその場に蹲った橙は、
涙と涎にまみれた顔を両手で覆い、発狂寸前の如く痙攣した。















家の大事な畑を荒らした妖怪がいたのでとっ捕まえた

全身土だらけで野菜を貪っているところを後ろから木鍬で思いっきりぶっ叩いて気絶させた
よっぽど空腹だったのか、食うのに夢中で気付かれなかった
人型に近い姿をしており、尾は二つ、猫又の類だろうか? 獣の耳にはピアスがついていた

とりあえず気絶している間に頑丈な縄で縛って、近場の木に吊るした

しばらく様子を見たが起きる気配は一行にないので、すぐそこの川の水を桶に汲み。ぶっかけた

「ヒィウッ!」

川の冷水が効いたのか、すぐに目を覚ました
寒さで唇を紫色に変色させて、ガチガチと歯を鳴らしている
宙ぶらりんの状態で周囲を何度も見回して、どうやら状況を整理しているようだ
一通り理解できたのか、寒さに震えながらばつが悪そうにこちらに見てきた

「おい妖怪」
「は、はい!」

吊られた状態でありながら背筋をピンと伸ばし、はっきりと返事した
だが声が僅かに上擦っている
どうやらそれなりの罪悪は感じているらしい

ピアスを掴んで引っ張りその耳に怒鳴りつけた

「ウネまで潰しやがって。どう落とし前つけてくれる?」


里で暴力沙汰を起こしてから、村八分にされ完全自給自足を強制させられている身としては今回の一件は死活問題だ
段々腹が立ってきたので、ピアスを掴む指に徐々に力を込める

「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!! なんでも言う事聞きますから引っ張らないで!!畑も元通りにします!!」
「妖怪の言う事なんざ信用できるか」

さらにピアスを引くと
穴から薄っすらと血が滲み
少し肉が裂けて穴が広がった

「ああああああああああああああああああああああ!!」

うるさいので顔をひっ叩いた
黙らない
黙るまでひっ叩いた

三往復ビンタしたらようやく大人しくなった

「おい」
「っう・・・・・ヒィッグ・・・・・・・ぅ・・・・・・・・」

泣いたら許してもらえると思っているのか? こっちは明日からどう食い繋いで行かなければならないのか悩んでいるというのに

「おい!! 聞いてんのか!?」

腹を思い切り殴りつけた

「ゴホッぅ・・・・・・・・は、はい・・・・・・」

大分衰弱しているみたいだ
日も傾いてきたしこちらの気も済んだし、これ以上ボコっても時間の無駄なのでそれそろ開放してやることにする
木から下ろして縄を解いてやる

「とりあえず許してやる。これに懲りたら、二度と悪さするな。もう帰れ」

しかし、化け猫はその場に座り込み動こうとしない。そんなに痛めつけてないはずだが?

「・・・ぃ・・・ん・・です・・・」
「は?」
「行くところがもう無いんです・・・」

“もう”無い? 追い出されたってことか?

「なんだお前。仲間か主人にでも捨てられたのか?」
「違う!! 藍様は悪くない!! 紫様が・・・・・・」

いきなり大声で反論してきたと思ったら、言葉の最後が急に尻すぼみになった
らんさま? ゆかりさま? 主人の名か?
そいつらが何者かなんて今の俺には知る由はないし知ったことでは無かった

「お願いします。雨風さえしのげればいいんです。その・・・・・し・・・・しばらく置いては・・・・も、もらえませんか?」

なにを言い出すかと思えば・・・・畑の作物を荒らされた上に、寝床を貸せだなんてふざけるとしか思えない。当然断った
そしたら頭を地面にこすりつけて、土下座までしてきた

「食べる分は自分で確保します!! 畑仕事も手伝います!! 泊めていただける間、私の体を好きにしてかまいません!!」

誰かお前みたいな人間モドキの糞ガキに欲情するか。さっさと出ていけ
そんな俺の気持ちも知らずに化け猫は何度も頭を下げる

「濡れた服では、今晩中に凍死していしまいます!! せめて一晩で構いません、どうか泊めてください!」

妖怪がその程度で死ぬわけがない
だがこれ以上邪険にするといずれ度を超えた仕返しをされる恐れもあるので、寝床を貸す以外のことは一切しないことを条件に渋々承諾した

「ありがとうございます」

顔を上げた時、そいつの顔は涙と鼻水と唇からの血でグチャグチャだった



夜、生乾きの服で寒いのかガタガタと震えながら「らんさま、らんさま」とうわ言のように呟いていて五月蝿かったので、蹴っ飛ばして踏みつけた
静かになるまで踏みつけた
ようやく寝たと思ったら「たすけて・・・・・たすけてよ・・・・・・らんさま・・・」と今度は寝言を言い出した
付き合いきれないと判断して、俺は布団を頭から被って寝た



この日から化け猫との奇妙な同棲が始まった



2日目
体調を崩したのか、一日中丸まって床に伏していた
この日も「らんさま、らんさま」と五月蝿かった
「五月蝿い」と怒鳴っても、蹴っても反応が無かった
痛めつけても効果が無いと分かったので、少しでも消音しようと思い、押入れから余った毛布を出して化け猫に被せた
すこし時間が経ったら静かになった
これでようやく安眠できそうだ


3日目
ある程度回復したらしく、ようやく起き上がれるようになったようだ
とりあえず、口約どおり荒らした畑を耕すのを手伝わせた
物覚えが悪くぶきっちょだったため、教えても教えても改善する気配がなくイライラしたので、とりあえず腹パンチを2発入れておいた
一瞬反抗的な目でこちらを見てきたので、木鍬を振り上げてやると急に怯えた表情に切り替わった
その反応に満足したので、鍬は振り下ろさなかった

夕方になり仕事を終えた
役立たずなりに働いたのは事実なので、それに見合う報酬を与えた
と言っても、冬場の内に作っておいた寒干し大根を一切れなのだが
あまりの少なさに文句を言うのかと思いきや、笑顔でそれを食べはじめた
なんで笑えるのか俺には理解できない
夜、昨日かぶせた毛布に包まって寝ていたので、取り上げようと思ったがまた五月蝿くなるのは嫌なのでそのままにしておいた


4日目
午前中は畑を手伝わせた。仕事の悪さにイライラする
釣竿を渡して、川で魚を釣って来いと言ったが水は苦手(式? が剥がれるので水場にはあまり近づきたくないらしい)だと言って生意気にも断ったのでとりあえず右頬を殴った
しょうがないのでかごを渡して山菜を取ってこさせた
夕方になって、帰って来た。食べられるものと食べると危険なものの区別はつくらしく、どれも調理可能な植物だった
帰って来てから化け猫が頻繁に手を掻いているので訊いてみると、痒くてたまらないらしい。おおかたヤマハゼかツタウルシにでも触ったのだろう
「かゆいかゆい」と鬱陶しかったので塗り薬を渡したら、急に泣き出した。終始泣きっぱなしだった
泣いているということは薬が効かなかったのだろうか?

山菜の7割りは俺が、3割は化け猫の取り分で食べた




5日目
今日も畑を手伝わせた、昨日よりは要領が良くなった
ある程度仕事を覚えたので、畑は任せておいて俺は釣りに出かけた
夕方になり釣りを終えて、家に戻ると多少は畑がマシになっていた。これなら近いうち再開できそうだ
この日魚は8匹釣れたので、報酬といて2匹渡した。囲炉裏で焼いて食べた


6日目
朝は畑仕事をさせた、仕事に慣れたせいか横着を覚えて道具を雑に扱ったのでピアスを千切れる寸前まで引っ張ってやった
昼は山菜を取りに行かせた。この日はウルシにかぶれずに帰って来た
夕飯の時、聞いてもいないのに勝手に自分のことを話し始めた

八雲紫という大妖怪がいて、その下に八雲藍、さらにその下にこの化け猫が居るということ
この化け猫がその藍という妖怪を心から尊敬し、慕っていること。そして自分自身に目を掛けてくれたこと
突然、主人のらんがゆかりによって記憶を消されて、役立たずの自分は追い出されたということ
追い出されたことより、主人に忘れられるほうが辛かったということ

話しの途中、式だの、初期化だの、演算補助装置だのワケがわからない単語が出てきたが要約すると大体そんな感じらしい
正直、こいつの身の上話しなどに興味は無い。だから適当に答えた
「お前が役立たずだから追い出されたんだろ?」
そういうと何を思ったか、いきなり唸りながら考え事を始めて
「午前中は畑のお手伝いをします。働いた分の報酬は要らないので、午後からお暇を頂けませんか?」
と言ってきた。元々、寝床を貸すだけの約束なので普通に了承した

というかコイツはいつまで居座るのだろうか・・・・



7日
午前中は畑を手伝い
午後になると化け猫は森の中に入っていった
夕方、他の妖怪の死体を引きずって帰って来た
服が血で真っ赤だった。流石にビビった。「そいつはどうした?」と訊くと「自分が殺した」と答えた
さも当然そうに言うその表情にまたビビった

妖怪が妖怪を食べると食べた妖怪は力が上がるのだと以前主人が言っているのを思い出して実行してみたそうだ。(しかし野蛮な風習として今は行われてはいないらしい、報復のリスクもあるからだとか)

確認のため、引きずってきた6本足のグロテスクな昆虫チックな姿の妖怪を指差して「食べるのか?」と訊くと、無言でうなずいた。藍さまのため、だそうだ
死体を庭に入れるなと忠告したらその場でそいつをボリボリと食べ始めた。やはり気持ち悪いらしく何度も食っては吐いていた
食事の間中「らんさま、らんさま」と念仏のように唱え続けていた

食べ終わり、血で汚れたままの姿で家に上がろうとしたので鳩尾に飛び蹴りして家から追い出した
家に入る条件として川で体と服を洗って綺麗にすることを義務付けさせた
また体調を崩して、使いものにならなくなるのは勘弁なので、着替えを貸してやる。そしたら深々と礼をした
妖怪を貪る姿と笑顔で礼を言う姿のギャップに戦慄した

この日俺は数年ぶりに食欲がわかなかった
ちなみに残った死体の部分は川に捨てたそうだ



8日
この日も、午前は畑を手伝い。夕方に妖怪の死体を引きずって持って帰ってきた
今回は全身傷だらけだった、そうとう苦戦したのだろう。一歩間違えばコイツが死んでたのかもしれない
「勝算が薄いのに、なぜ逃げなかったのか?」と訊くと、「生きて返すと報復されるから」と答えた

9日
この日狩ってきた妖怪は血が緑色で、また俺の食欲が失せた
あれだけ言ったのに畳を血で汚したので、罰として家に入れなかった

10日
今日も妖怪を狩ってきた

11日
獲物が見つからなかったらしく、トボトボと残念そうな顔で帰って来た
夜、グーグーと腹の音が五月蝿かったが無視した

12日
ようやく獲物に出会えたらしい、だが勝利したもののかなりの深手を負って帰って来た
家に着くなり、泥のように眠り始めた

13日
この日は一度も起き上がることが無かった
畑をサボったので罰として叩いたが、何のリアクションも返ってこなかった
一瞬死んでいるのかと思ったぐらいだ

14日
突然、ムクリと起き上がり。二日前に持ち帰った獲物を食べようとしたが、虫が湧いていたので食べなかった
その後「死体を放置してしまいすみません」と、謝ってきた
汚した家の床も自主的に掃除していた
死体も速やかに処分してきた
考えたら、妖怪の死体の件で俺の手を煩わせたのは精々1、2回しかなかった(その時は髪を引っ掴んで、水の入った桶に顔を30秒ほどつっこんでやった)
どうやら自分の居場所をまた失うのを酷く恐れているようで、家主の俺に気を使っているようだ

俺を殺せばこの住処は自分のものになるのに、そうしないのは義理堅いからか? 気付かない馬鹿なだけなのか?

この日も相変わらず化け猫の腹の音が五月蝿かった


15日
午前に畑仕事をさせるが、空腹のフラフラのせいか何度も躓き、使いものにならなかったので休憩時に保存食の干し魚を食わせた
休憩後、元気を取り戻したので馬車馬の如く働かせたらまた倒れた
無理をさせて貴重な労働力を失うわけにはいかないので、干し魚を持たせて「この役立たずが!」となじって家に引っ込ませた
午後、化け猫は森に出かけていったが狩ってきたのはタヌキとテンだった
空腹を満たすのが優先らしい



16日
久しぶりに妖怪を家まで引きずってきた
帰ってくるなり突然「包丁を貸して下さい」と言ってきた。狩ってきた妖怪をこれからは調理して食べることにしたらしい
出刃包丁を貸してやった。妖怪を切った包丁を今後使う気にはなれないので貸したというよりもくれてやった
俺は野菜包丁があれば事足りるので別にどうでも良かった
この日から、化け猫は狩ってきた妖怪の食べられそうな部分だけ切り取り、焼いて食べるようになった
使い終わったら出刃包丁を布で包むと大事そうに服の下に仕舞った













化け猫が家に来て、早くも一ヶ月が経とうとしていた

相変わらず午前は畑を手伝い、午後は妖怪狩りを続けている
修行の成果が出ているのだろうか?
最近は怪我をする回数もめっきり減ってきた(ちなみに俺が殴る回数は大して減ってない)
今日は二匹倒したらしく、重くて運べないためまずは一匹を持ち帰ってきた
先ほど、もう一匹の妖怪を取ってくると言い、森に戻っていった


こっちは畑仕事がひと段落して、のほほんとしていると見知らぬ女性が訪ねてきた

「少しお伺いしてもいいかしら?」
「へ? ああ・・・・・・」

何時の間にそこにいるのだろうか? 声を掛けられるまでその存在に気付けなかった
こんな辺鄙なところには場違いな美人。優雅に日傘をさして退屈そうにクルクルと柄を回して遊んでいた


「最近、川上から頻繁に妖怪の体の一部が流れてきているの、あなた御存知ない?」
「いいや、川には滅多に近づかないからな。そんなことは初耳だ」

あの化け猫の食い残しだと瞬時にわかったが
共犯にされそうだったので適当に誤魔化した

「今、里じゃその話題で持ちきりよ?」
「生憎、見ての通り村八分の身なもので外の情報が一切入ってこない」
「あらそう、じゃあここ一ヶ月。このあたりでなにか変わったことは無かったかしら?」

この女との会話は蛇のように絡み付いてきて不愉快だ
さっさと会話打ち切って帰らせよう
そう思った矢先、目の前の女は不敵に笑い、口元を扇で隠す

「ふふふ。たとえば、そう・・・・・・仔猫ちゃんとか来てない?」
「・・・・・・」

この女は初めから全部知っているようだ
そしてタイミングの悪いことにちょうどあの化け猫が帰って来た、この女が計ったとしか思えないほどジャストミートだった

女が化け猫の方を向いた

「随分と元気そうね、橙」
「紫様・・・・・」

化け猫が引きずるために掴んでいた死体の足の部分が地面にドサリと落ちた







数秒の沈黙。しかしそれがとても長く感じられた
先に口を開いたのは化け猫の方だった

「お願いします。もう一度私を藍さまの式にして下さい」

一切の物怖じを感じさせない、凛とした声で言った
だが返答は冷酷なものだった

「以前言ったでしょう? あなたよりも霊格の高い子が見つかったと。あなたがザコ妖怪を何万匹と喰らおうがその子の足元にも及ばないわ」

ショックを受ける化け猫を尻目にさらに追い討ちをかける

「それに今回はあなたを退治しに来たの。強くなるために無茶をしすぎたわね、巷じゃ異変だと騒がれてるわ」

確かにほぼ毎日川上から死体が流れてきたら、事情を知らない者達はたまったものではないだろう

「霊夢が出て来るのも時間の問題でしょうね。私の不始末が発端だというのが明るみに出る前に早めに手を打っておこう思ってわざわざ出向いてきたの」

化け猫は全身の毛と、尾を逆立てて怒り始めた。『フー!!フー!!』と猫特有の威嚇声を出す
女は化け猫を小馬鹿にするような笑みを浮かべて、ふわりと浮き上がった

「いいわ。あなたのその藍に対する執念に敬意を表して、私に一撃でも入れられたら。藍に会わせてあげる・・・・そうね、見込みがあるようなら処分するのはやめて式に戻してあげてもいいわ」
「約束ですよ!!」
「八雲紫の名に誓うわ。最もあなたじゃ到底無理だけれど」

言葉が終わると同時に化け猫は全力で地面を蹴った












5分と掛からずして決着はついた
化け猫は無様に地面に座り込んでいた。指の全ての爪を剥がされていた
途中女が、『ペナルティとして。攻撃を外す度に爪を一枚ずつもらおうかしら」と戯れに言い出した結果がこれだった
靴からも血が滲んでいた、どういう理屈か知らないが足の爪も全て剥がされているようだ
結局最初から最後まで化け猫は女に遊ばれた

「もう終わり? あまりの弱さにがっかりだわ。以前より多少動きがマシになった程度ね」

女は化け猫の前に立ち、蔑むように見下していた

「・・・・・ぃ・・・さ・・・・・・い」
「?」

もう諦めたのか顔を伏せて蚊の鳴くような声で何か言った

「なにかしら? 命乞いは聞かないわよ」
「最後にもう一度!!藍様に会わせて下さい!!」

泣きながら、化け猫は必死に懇願した
女はますますつまらないという表情をする

「見苦しいわ、さっさと終わりなさい」
「お願いします!!」

化け猫が眼前にいる女に泣きつき、組み付ついた瞬間
女は顔を醜く歪めた

「ぐっ」

化け猫の手には俺の譲った出刃包丁
泣きついて体を密着させる振りをして油断させて、服の下に隠しておいた包丁で刺したようだ
包丁は女の腹に深々と突き刺さっていた
そのまま渾身の力を込めて刃を横にスライドさせて、さらに傷口を広げる

「藍様を・・・・・・・・・・藍様を返せ!!」
「このっ・・・・・・」

持っていた傘で思いっきり化け猫を殴りつけた
殴られてバランスを崩し、包丁から手が離れて地面に尻餅をつく

「つまんないことしてんじゃないわよ!!」

その女の叫び声を同時に、空間に亀裂が走って化け猫の体を飲み込もうと広がる
咄嗟に体を捻り、それから逃れようとするが

「あああああああああああああ!!」

化け猫の右手首が亀裂に飲み込まれて、食いちぎられた
手首の先を必死に押させてのたうちまわる
その様子を忌々しそうに睨みつける女
腹に刺さった包丁をゆっくり引き抜くと再び笑顔を取り戻した。だが先ほどまでの余裕さは無く、痩せ我慢だというのがありありと見て取れる

「そんなに会いたいなら・・・・・・お望みどおり・・・・会わせてあげるわ・・・・」

苦しそうにそう言うと、再び空間が開いてそこから妖怪が現れた
尻尾が九本もある妖怪だった

「いきなり呼び出すとは、一体なんの・・・・・・・・・・・どうしたのですか、その傷は?」
「私のことはいいわ、藍。いいからあの猫を殺しなさい」

傘の指す先には化け猫

「ら、らんさ、あ・・・・・」

出血多量で意識が朦朧としながらも元主人の名をつぶやいた

「こいつはいつぞやの・・・・・・・・その怪我はこいつに?」
「いいから、さっさと殺りなさい!!」
「はい」

藍と呼ばれた妖怪が化け猫の頭を鷲づかみにして持ち上げる
切られた右手が重力に負けて下を向いた瞬間、そこから血が音を立てて激しく滴り始めた
化け猫の顔はさらに青ざめる

「らん・・・さま・・・・らんさま・・・・」

にもかかわらず、化け猫の顔は幸せそうだった
にっこりと笑って、残った左手で自分の頭を掴む手に触れて、撫でる
まるで褒められた時に頭を撫でてもらっている時のような表情だった

次の瞬間
化け猫は頭から地面に力一杯叩きつけられた
最後の雄叫びのように、切られた手首から噴水のように盛大に血が上がった
化け猫はピクリとも動かなかった
最初から最後まで九尾は無表情だった

「用事は済んだわ。帰るわよ」
「はい」

残っている俺など気にも留めず、空間を開きその中に入っていく
しかし、九尾はその場所から動こうとせず、化け猫を見ていた

「どうしたの? 早く帰って寝たいんだから早く来なさい」
「妙です、この死体」
「?」

女は怪訝な表情をして化け猫に近づいた。傷の響くのか歩くたびに、顔をしかめる

「どこが変だっていうの」
「ここです」

指さした箇所を見ようと、九尾の後ろから覗き込んだ瞬間
女の顔に九尾のヒジがめり込んだ

叫び声もあげる間も与えず、九尾が容赦なく腹に蹴りを入れる
つま先で、踵で倒れた女の様々な箇所を何度も何度も蹴り続けた
特に腹の傷口を重点的に蹴っているようだ

一通り蹴ってから、暴力の理由を述べる

「万が一あなたに記憶が初期化されたときの保険として、橙に憑けた式の中に私の記憶をバックアップする機能を追加しておいたんです」

痛みで蹲る女に向かい淡々と話す
女を見る目には軽蔑の感情が込められていた

「私の補助演算装置として機能する橙に触れたことで、記憶を消される前の状態に戻ることができました」

最後に一呼吸置いて、自分の考えをはっきりと言った

「紫様、もうあなたとは一緒にやっていけない。私は橙と共にいきます。どうかお元気で」

言い終わるともう主人には目もくれず、動かなくなった化け猫を負ぶって立ち上がる
いつの間にか化け猫の傷は塞がれており、出血は止まっていた

「橙・・・・・・お前には辛い思いをさせてしまったな」
「そいつ助かるのか?」

俺は思わず口を挟んでしまった
以外にもすんなりと九尾は答えてくれた

「私の自慢の式だ。こんなことで死ぬもんか、死なせるものか。それに先ほどもかなり手加減した。右手は・・・・・・まあ生えてくるかどうかは今後の修行しだいだな」
「そうか」

この時、化け猫が助かると聞いて安堵している自分がいることに驚いた

「私の憑けた式はもうとっくに剥がれているとばかり思っていた。橙には記憶のバックアップについては一切話して無かったから、このことを知っていたとは思えないのだが?」

式がはがれるとかで、体を洗う以外は極力水場は避けていたのを思い出す

「あんたのことをえらく慕っていたみたいだからな。きっと最後のつながりを絶ちたく無かったのだろう」

そう言ってやると九尾の顔が綻んだ。さっきまでの無表情が嘘のようだ
もちろんこれは俺の勝手な推測・妄想だが・・・
まぁ詳しいことは目が覚めた時、本人に聞けば良い

「うちの式が世話になった。主として礼を言わせてほしい」

礼を言われたが、あいつには恨まれることしかしてないため正直その言葉を素直に受け取れなかった
深く頭を下げてから、踵を返して。里の方角へ歩いていった
おんぶしてて歩く姿は主従というより、親子のそれに近いものがあった

そういえば、一つ訊いておきたいことがあった。一緒に暮らしていて幾度と無く思ったことだ
どうしても知りたかったので俺は九尾を呼び止めた

「どうしてこいつは俺を殺さなかったのかね? 殺せば住処も人肉も生活必需品も手に入ったのに」
しばらく考え込んだあと九尾は答えた
「元々心根の優しい子だからな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それに一人ぼっちは誰だって嫌だろう?」

前半の意味は分かったが、後半の一人ぼっちは嫌だという意味がよく分からなかった

ふと視線を移すと、蹲っていた女の姿がいつの間にかそこには無かった
どうやら、どさくさに紛れて亀裂から逃げたらしい
思えば、彼女には彼女の大儀がきっとあったのだろう
それなのに従者二人に裏切られるのは些か気の毒だと思った













その後、あの二人(匹?)がどうなったのか俺は知らない

八雲紫の報復に合い死んだのか?
どこかで細々と暮らしているか?
下克上を果たし大手を振って生活しているのか?
あるいは3人が仲直りして元の生活に戻ったのか?

村八分の俺にそれを知る由は無い


正直、あの化け猫に加担した俺も報復の対象になるのではと思い内心ビクついていたが
あれからあの女は一度も俺の前に現れなかった




俺は相変わらず人里離れた辺鄙な場所でひっそりと暮らしている
変化らしい変化は無い
化け猫が来てから変わったことがあるとしたら
最近一人が寂しいと思えるようになったということだけだった

fin


















  • 何このいい話 -- 名無しさん (2009-03-30 01:08:19)
  • なんというゆかりんいぢめ・・・ -- 名無しさん (2009-03-30 10:21:23)
  • 最後の一行が好きだ -- 名無しさん (2009-03-31 21:53:21)
  • 良い話だ。 -- 名無しさん (2009-04-01 19:21:27)
  • ゆかりん無様… -- 名無しさん (2009-04-03 18:54:19)
  • でもそんなゆかりんも好きだ -- 名無しさん (2009-04-03 20:55:01)
  • 締めの一文がいいな -- 名無しさん (2009-09-21 08:54:07)
  • 橙に振るう暴力がやけに詳しくて生々しい。だがそれがいい。 -- 名無しさん (2009-09-21 23:26:24)
  • ちぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええん! -- 名無しさん (2009-10-08 16:50:01)
  • 指摘するのは野暮だとわかっちゃいるが言わせてくれ。「尻が九本もある妖怪だった」を想像して吹いたwww -- 名無しさん (2009-10-08 20:31:06)
  • ↑マジだwwワラタww -- 名無しさん (2009-10-11 14:01:57)
  • しwwwwwりwwwwwwwwクソワロタwwwww -- 名無しさん (2009-10-11 16:08:07)
  • ババアてめぇ〜!よくも俺の嫁を! -- 名無しさん (2010-03-07 00:19:36)
  • ババァは後で俺が食べて(性的な意味で)川に捨てておくぜ!! -- 外道 (2010-03-07 00:51:48)
  • ↑鬼だな -- 名無しさん (2010-04-12 21:48:56)
  • ↑↑優しいな。
    俺なら取り敢えず薬漬けにして肉便器かつ小間使いにするのに -- 名無しさん (2010-04-12 22:36:31)
  • ↑そんなことをしたら奴らが黙ってないぞ


    ( 罪)罪)罪) -- 名無しさん (2010-04-13 02:33:45)
  • このSSのタイトルを作った者ですが内容と違いましたね。藍の記憶が紫によって消され~でした -- 名無しさん (2010-04-13 18:18:16)
  • この男もいいな
    最後の一文はしんみりきた -- 名無しさん (2010-05-16 14:33:55)
  • かなりいい話だった。
    ババアは、死ぬといい -- 咲鬼 (2010-05-27 16:25:49)
  • むしろ村八分にされてるこの男いじめじゃね?w(最後の一行) -- 名無しさん (2010-05-29 14:25:57)
  • ゆかりんには俺と生涯を共にする罰を与えてやる -- 名無しさん (2010-09-07 00:52:30)
  • 素晴らしい -- 名無しさん (2010-09-13 03:18:53)
  • 涙ちょちょぎれた -- 名無しさん (2010-09-13 21:17:02)
  • ↑↑↑
    ちょっとそれはいくらなんでも罰がすぎていると思います! -- 名無しさん (2010-11-02 20:13:39)
  • 尻が九つ………ゴクリ -- 名無しさん (2011-04-09 20:57:31)
  • 尻は二つが限界ww
    いーぞ、いーぞ!>(罪)(罪) -- 名前が無い程の能力 (2012-08-21 00:08:41)
  • にちににににに -- にちちちし (2013-07-09 22:42:12)
  • この話のどこがいいの? -- 名無しの道化 (2013-07-09 22:44:40)
  • 読んでて普通に面白かった 良作だね
    橙が藍様やゆかりんにいじめられる作品はいいな -- 名前を明かさない程度の能力 (2013-10-19 11:22:43)
  • ↑↑空気読めよ -- 名無しさん (2014-01-20 22:54:56)
  • 藍も最強の妖怪なんだから紫を虐殺する話をピチューン -- 名無しさん (2014-03-01 21:22:41)
  • 涙が出た橙の藍への想いが…… -- 名無しさん (2014-03-10 04:16:08)
  • 俺は橙と藍しゃまのハッピーエンドを望む -- 名無しさん (2014-03-16 03:59:23)
  • ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええん -- 名の無い旅人 (2014-03-23 02:47:34)
  • BBAいじめじゃねこの話 -- 名無しさん (2014-04-20 02:12:40)
  • よかったと思います。
    是非、続編をつくってください。 -- 黒田 月 (黒猫・猫又) (2014-04-26 12:01:37)
  • いいぞぉ!BBAをこの世から消し去ってしまぇぇ! -- ちぇぇぇぇぇん!の名無しさん (2014-05-18 00:07:27)
  • かなり好きな話だ -- 名無しさん (2014-06-02 22:33:49)
  • 久々にいい話だ…
    この感動を有難う… -- 茄子 (2014-06-06 02:54:10)
  • わがままで役立たずに橙は死ねばよかった! -- 橙死ね (2014-06-23 21:09:42)
  • 私利私欲の塊、くず橙は死ね、ほかの公開殺してるんじゃねーよ
    -- うざい橙死ね (2014-08-31 20:33:37)
  • ↑公開ってなんぞ?荒れるからキャラ批判は止めよう。 -- 名無しさん (2014-08-31 22:36:42)
  • ↑↑オ前ウザイ死ネ -- うざい魏延死ね (2014-09-01 11:27:48)
  • 藍はいい人だなあ -- エリ姫焼肉 (2014-09-30 19:23:56)
  • エリ姫焼肉にさんせー! -- フランドール・咲夜 (2014-10-01 11:43:27)
  • (私のチェン!マジかわ1000%ぉぉぉぉ!!)っていってたらんがー!でも、最終的に,いい人じゃんか~! -- フランドール・咲夜 (2014-10-01 11:46:07)
  • なかなかよかった -- iNO712 (2014-10-12 11:10:04)
  • 紫に反逆したら生きていける気がしない
    -- 名無しさん (2014-12-10 15:36:10)
  • 我儘なネコが仕事しないから解雇されたのに、なぜさぼり魔を擁護するんだ?働かないもの食うべからず、つまりのたれ死ね余、橙は!
    -- 名無しさん (2015-02-28 01:24:31)
  • ↑いいじゃんか二次元なんだし。 -- 名無しさん (2015-03-21 23:00:53)
  • 橙は猫だから働かなくても愛でたいもんじゃね? -- 名無しさん (2016-05-10 22:24:17)
  • 橙可愛い… -- 橙をこよなく愛する人 (2016-11-13 20:35:52)
  • いい話だなぁ。・゜・(ノД`)・゜・。 -- 名無しさん (2016-12-03 12:38:11)
  • この後人里で大悪女八雲紫の公開処刑が行われていたら、
    人里やその他諸々はどのような反応を示すのかw -- 名無しさん (2016-12-14 10:52:20)
名前:
コメント: