豊穣を祈れ
~傲岸不遜たる秋姉妹へのディリジョン~


 昨日、村の作物の収穫がようやく一段落ついた。
 それをすこしばかり手伝った翌日、俺は博霊神社にお邪魔している。いつものように御茶請けを持っていくと、霊夢は御茶をくれる。
 縁側でのんびりしていると、箒に乗った白黒少女が飛んできた。
「よう、やってるな」
「御茶に与りたいのなら魔理沙も茶菓子くらい持って来なさいよ」
「ん、今日はあるぜ。ほら」
「……おい。それ、俺んちの戸棚にあったやつだろうが」
「気にしないことだ。○○、そんなこと気にしてたら大きな男にはなれないぜ」
「犯罪行為を見逃してやれるほど器の大きな男は、古今東西天上天下どこにもいないだろ」
 しかし、どれだけ言っても、この泥棒少女兼魔法使いには通用しないことは承知だ。
 恒例となっている応酬を終え、三人で茶を味わった。
「しかし、今年は大不作だったみたいね」
 霊夢が呟く。
「そうなんだよ。一番作物に重要な時期に日照りは来ない。代りに嵐が来る始末だ」
「やっぱりそうだったのか。私もしょっちゅう飛んで回ってたけど、どこの畑をみても、なんだか実りが悪そうな色合いだったんだ」
 魔理沙も少し悔しそうに言う。こいつの家では家庭菜園とかあっただろうか。恐らくは米価の上昇を懸念しているのだろうが。
「それにさ。昨日、刈上祭をやったんだけど、あの豊穣の神の横柄な態度ったら無いね。
 今年はいつもよりも多めに献納してやったのに豊作にしないし、挙句それくらいの信仰じゃあね、とか言い出すし。
 神の風上どころか、風下にも置きたくないね」
 豊穣の神・秋穣子と、紅葉の神・秋静葉の姉妹は、名前どおりに秋を司っているが、
 その姉妹、とくに妹である穣子はその力の割に偉そうな態度であった。必ず豊穣にしてくれるなら
 その態度にも目をつぶってやれなくは無い。しかし、その能力を持ち得ないことを棚に上げての横柄だ。
 秋を司るとは、よく言ったものだ。
 何でも、俺が住んでいる村では、毎年収穫が終わると『刈上祭【かりあげさい】』を執り行い
 そこに秋姉妹を招く仕来りなっているらしい。年々横柄になっているあの姉妹を招待するのはやめて、
 五穀豊穣のために守矢神社の洩矢諏訪子という坤を司る神に祈った方がいいのではないか、という懸案が毎年
 村の若い衆から出されてるという。しかし、古参のものがそれを頑なに拒んでいるのだ。例え、大半の村が信仰をやめた今でも。
 最近こちらに来た俺は、今回が初対面だったのだが、あの神を信仰する気にはなれそうもない。
 俺がそう言うと、二人は揃って溜め息をついた。
「あいつはな……。どうしようもないんだよ。私はとっくに見限ったぜ、あんなやつ」
「そうね、アンタんとこはまだ信仰してたわね。もうほとんどの村でアイツを祀ってなんかいやしないわよ。
 私も最近は無視しているしね」
 アイツ・あんなやつ呼ばわりだ。この態度で信仰が離れて行っていることに気づいていないのだとしたら、相当な間抜け神様である。
「ところで、洩矢諏訪子ってどんな神なんだ?」
「風体の話か?」と、魔理沙が訊く。頷いてやると、にんまりと笑って答えた。
「ぱっと見ガキンチョなんだけど、中身もガキンチョなんだぜ。
 でも、アイツらとは違って結構純粋なやつだから。通称ケロちゃんな」
 やはり、まともな神様はいないらしいが、秋姉妹よりはいいだろう。
「とりあえず、諏訪子は間違いなくヒネリコよりはマシよ」
 霊夢が聞きなれない名前を発した。
「ヒネリコ?」
「ああ、穣子は陰でそう呼ばれてるの。“穣”と同じ意味で“稔”っていう字があるじゃない。
 あれが“捻る”っていう字に似ているでしょ。それに捻くれた性格をしているから、双方合わせて『ヒネリコ』」
「なるほどね」
 そんな神ならもう居ても居なくても変わらないんじゃないのかな、と思いながら、俺は来年の収穫に思いを馳せた。



     ○



 翌年の春。村民の推挙によって前村長は引退し、若い衆の一人が就任する運びとなった。
 それに伴って、以前から主張されていた信仰神の変更が決定し、雪解けとともに守矢神社への奉納が粛々と執り行われた。
 俺は奉納の後も神社に残って傍らに巫女の立会いの許でその土着神の頂点とやらに見えたのだが、
 霊夢や魔理沙が言ったとおり風体はガキンチョだった。しかし、礼をしっかりすると割かし気さくに話してくれた。
 後から、乾を創造する能力を持つ神である八坂神奈子が現れたが、こちらもかなり気さくな神だった。
 格好の面では、秋姉妹と似たようなものだったが、只ならぬ格の違いがあった。
 やはり、神にも品格がないといけないのだ。



     ○



 夏を越え、そして秋を迎えた。
 今年の幻想郷は穏やかなものだった。台風も少ない。水不足や行き過ぎた日照りも無かったし、反面、雨量過多にもならなかった。
 稲の刈り入れ前に行う収穫祭は守矢神社の巫女にご足労願って御祓いをしてもらった。
 その甲斐あってか、例年襲ってくる収穫期の嵐は一度も来なかった。前の村長もようやく若い衆の決定に納得したようだった。
 村全体の収穫は一週間ほどで終了した。本当に驚くべきことに、収穫期に一度も雨に当たらなかった。
 刈上祭には守矢神社の巫女と二柱にも来てもらった。全村民が守矢神社を讃えて、
 深い信仰と引き換えにこれからの五穀豊穣を司ってもらうことになった。近く分社も開かれるような話にまで広がってきた。


「それで? 今年は大豊作だったのね」
「ああ、おかげさまでな。ホント、あの神様には感謝かな」
「まぁ、霊夢として博霊神社の人気が守矢のほうに少し逃げていったから、霊夢としては複雑だろうぜ」
「そりゃあ、狭い観点で捕らえれば否定は出来ないわ。でも、不作に悩まされているよりは余程マシよ。
 凶作まで私のせいにされちゃ、やっていられないって話よ」
「そりゃそうだな」
 刈入祭を終え、一年前と同じように博霊神社に遊びに行った。さらに例に外れることなく御茶を馳走になっていると
 魔理沙が飛んできた。これも何かの行事になっているのかもしれない。
「ところでだ、○○。今年、秋の奴らにはどうしたんだ?」
「完全無視を決め込んだよ。もっとも、あいつらは秋にしか出てこないらしいし、挙句懇切丁寧に呼ばないと来ないらしいからな。
 その点、守矢んとこの神は、季節に関わりなくちょこちょこ顔出しに来るから評判がいいよ」
 そう言うと、魔理沙は声を上げて笑いだす。
「そうかそうか。そりゃ、間違いなく英断だったぜ。まぁ、神奈子と諏訪子はいつも暇してるみたいだから、
 仕事ができて嬉しかったんじゃないのか。いつも神社で弾幕ごっこしてるらしいからな」
 そんな神で大丈夫なのか、と一抹の不安が脳裏を掠める。だが、掠めただけで、何事もなく通り過ぎて行った。
 事実、今年は大豊作のまま収穫を終えたのだから、あの神は大丈夫なのだろう。
 しかし、霊夢はため息をついた。さきほど、凶作にならなくて良かったと言っていたはずなのだが。
「おいおい、どうした霊夢。お前がため息をつく理由がないだろ」
 魔理沙も気づいたようで、笑いながら声を掛ける。
 霊夢は少し浮かない顔で、噂として聞いただけだけど、と前置きしてから言った。
「今年、秋の神に献納した集落が無くなったらしいのよ」
 俺は、霊夢の意図するところのものを理解出来なかった。魔理沙のほうを伺うと、俺と同じような表情で、
 同じく意味が解かってない様だった。
「去年までは○○の所みたいに、いくつかの集落は秋姉妹に献納して豊穣を祈っていたのよ。
 でも去年は、今までに例がないほどの凶作だったじゃない。それで、秋姉妹に対する信仰が完全に無くなったらしいのよね。
 『あれだけ献納品を出させて、横柄な態度にも目を瞑ってきてやったのに、大凶作を招くぐらいなら
 別の神を信仰するかどの神も信仰しない』ってことになったのよ」
「そんなの……、日頃の行いが悪かったせいだろ? 自業自得だぜ」
 魔理沙は、なんてことないぜ、と言わんばかりに鼻息を荒くする。俺も全く同感だった。
「まぁ、それを言っちゃあ、御仕舞いなんだけどね……」
「そもそも、信仰してくれるのが当たり前だと思い込んでる節があるからな。
 豊作にする力も無いくせにああいう態度を取り続けてたんだから」
「今頃あいつら、毎年必ずあった献納品も無いから、ひもじい思いをしてるに違いないぜ」
「まったくだ。少しは俺たちが凶作のときに味わってきた苦しい思いを体感してみろ、って話だ」
 俺と魔理沙は宿敵の首を取ったように笑ったが、霊夢は笑いこそすれ、さほど喜んでいないようだった。



     ○



 時同じくして、守矢神社では早苗、神奈子、諏訪子の三名が今年の収穫を振り返っていた。
 まず話に上がったのは、喜ばしいことに、守矢神社を信仰し献納してくる集落が急増したことであった。
 さらには分社の建立を検討するところまで現れのである。
 これは非常にありがたい話であった。昨年までとは恐ろしいほどの状況展開に、
 初春のころは夢幻の事柄かと自らの耳に疑念を抱えたものだったが。
 大半の集落で収穫を終えそれに感謝をされた今日になって、ようやく実感が湧いて来た次第である。
 しかし、喜ばしい話があるばかりではなかった。
 守矢神社の山の麓によく現れ、例年採れた作物を裾分けにやってくる秋静葉と秋穣子が、
 今年は紅葉の季節を迎えた今もなお、姿を現さないことであった。
 毎年収穫期が終わると、裾分けがてら、こちらの集落の長は私たちをなめている、あちらの集落では
 献納品が拙い、といったように守矢神社に報告するのだが、毎年変わらぬその口調と態度に、
 聊か心配をしていたのは言うまでもなかった。
 さらには、年々、その裾分けの品が少なくなっていることには三者とも気づいてはいた。
 だが、その厭な不安を払拭するために見ない振りをしていたのだ。

 博霊神社でとり行われた初冬の宴会で聞いたのだが、秋姉妹は民衆の信仰を完全に失ってしまったらしい。
 それを聞いたときは遺憾に思ったと同時に、やはりか、という気持ちもあった。霊夢がそれを表明したとき、
 皆が然程無念そうに思っていなかったことに、早苗は胸のなかにわずかな痛みを感じた。
 力なき神は、他の力ある神に取って代わられ存在を失う。心なき神はいずれ信仰を失い、世から消える。
 これは、ある意味で自然の摂理であり、仕方のないことだった。
 宴会を終え守矢神社に戻ると、翌日の午前、早苗は信仰を失ってしまった二柱に対して黙祷を捧げた。
 次に会うことがあれば、そのときは平身低頭な神であってほしいと願いを込めながら。



















  • 秋姉妹も問題だけど
    なんかこの後守矢神社が豊作にしすぎて問題(人間が横暴になったり人口爆発したり)とかおきてひどいことになりそうな予感 -- 名無しさん (2009-03-30 01:36:29)
  • やっぱり死んだのか・・・ -- 名無しさん (2009-03-30 10:30:13)
  • 秋姉妹が居なくなったら、秋が無くなるんじゃないか? -- 名無しさん (2009-10-08 14:09:11)
  • ttp://dictionary.goo.ne.jp/leaf/ej2/19144/m0u/deri/ -- 名無しさん (2009-10-08 14:53:26)
  • 秋姉妹を実際に登場させない程のいじめGJ -- 名無しさん (2009-11-27 00:12:48)
  • 妖怪化して霊夢に退治されるんだろうな -- 名無しさん (2009-11-29 20:28:07)
  • こすっからぃは
    もりぁ
    だがそれがぃぃ -- 赤屍奇 (2014-08-16 11:40:54)
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最終更新:2014年08月16日 11:40