注意:独断的妄想が含まれています。興醒めしちゃう方は御注意下さい。






昼下がりの博麗神社。
その境内に、上空から丸いものがひとつ、飛来した。
緩やかに石畳へ降下して来たそれは、一匹の老いた亀であった。

石畳に腹這いになり、頭を老亀は頭を上げた。
宙を飛んできたという事以外、その外観や姿勢は、ごく普通の亀である。
つぶらな瞳が潤んで、縁側で茶を啜る巫女へ向けられた。

「御主人さま… 御久しゅう御座居ます!」

亀は開いたその口から人語を放った。
感極まった涙声であった。

しかし、声を掛けられた当人である巫女は、無表情である。
ただ、両手で持った湯呑みを口へ運ぶ動作を、中断しただけであった。
そのまま、どのような感情も含まれていないかに見える瞳で、老亀を見据える。

巫女の隣に座していた、黒と白のエプロンドレス姿の少女も、片手に持った湯呑みを止め
唐突に現れた亀を好奇に満ちた視線で見つめる。

「御主人…様……れいむ様?」

獣は―――それが尋常の獣であるのならば―――その眼は色を識別できない。

それでは、長き歳月を生き、変化した霊獣であれば、どうであろうか。
この老亀は、自分が主人と呼ぶ者の髪の色を視ることができていない様に見受けられた。

老亀は、霊的な波動で、対手を認識していた。
違える筈が無い。
体が覚えているのだ。
かつて自分が、乗騎となり、盾となり、忠を尽くして仕えた者の霊の鼓動。 
懐かしい鼓動。
博麗の鼓動。

しかし
老亀が、主人と呼んだ者の無表情が、怪訝な表情へと変わる。

「あなた、誰?」

その一言に、老いた亀は目に見えぬ衝撃を受けたかのように身じろいだ。
老亀の瞳が、悲痛な色となった。
心に秘め置いていた大切なものが、砕かれたような色に。

「まさか、私めを… 玄爺をお忘れですか…?」
「いいえ、忘れてなんかいないわよ。」
巫女は素っ気無く答える。
老亀は、その答えの意味するところが判らず、戸惑った。

「忘れる以前に、知らないんだもの、あなたのことなんて。
 だから、忘れた訳じゃないわ。」

口を半開きにしたまま、呆然としていた老亀の頭が、力を失いゆっくりと垂れていく。

「面白いな、亀の知り合いなんか居たのか。」
「だから、知らないわよ、こんなの。」
「よし、それじゃあ縁起も良さそうだし、精も付きそうだから、今夜は亀鍋だな。」
「喋る上に、私の事を知っているみたいな亀を食べるのは、ちょっと気味が悪いわ。」

そんな二人の少女の言葉が聞こえているのか、いないのか。
頭を伏せ、石畳に顎を付けた老亀の両の目は閉じられていた。
閉じられた目、というよりも、
目のあった場所が、十重二十重の深い皺の層となったようであった。
その深い皺のひとつから、一筋、透明な流れが湧き降りて、石畳を濡らした。



  ―――



あれから、どこをどう飛んだのか、思い出せなかった。
ただ、あの神社には、あの御方のお側には、もう自分の居場所は無いという事を、知ってしまった。
その事実だけが、ひとつ、ぽつんと心の中の隅に転がっていた。

老亀は、夕日のよく見える小高い丘の上で、泣いていた。
体中の水分を全て喪失してしまうかのように、哭き続けた。
その老亀が我にかえったのは、涙に霞む夕日の眩しさ故か。
それとも背後に感じた、あやかしの波動の強さ故か。

久遠の悪霊。
魔界の神。
夢幻の館の主。
その波動は、これまでに老亀が主人と共に対峙してきた、どの妖怪と比しても、格別に強い波動であった。

不意に、老亀の背後の空間が、裂けた。
人が薄目を開けるような、細い裂け目。
中に何があるのかも見る事ができぬ程の、細い裂け目であった。

「どこからか、迷い込んで来てしまったのね…。」
宙の裂目の中から、女の声だけが聞こえた。
妖艶な響きを含む声であった。
だが、老亀は動かない。
己の流した涙の水溜りに顎を浸したまま、動かない。

「可哀想に… 貴方はここに来ては、いけなかったのよ。」
微かに憐れみが混じる声に対して、老亀は何も答えない。
ただ、沈み行く夕日を見詰めている。
いや、その眼はもう、どこをも、何ものをも見てはいないのかもしれない。
そんな老亀を労わるような響きで、声は言葉を続けた。

「貴方が望むのなら、貴方の生まれた海へ……貴方の居るべき場所へ帰してあげましょうか。」

初めて、老亀が動いた。
声の主の申し出を断るように、首を左右に二度、振った。
そして、囁く様に小さな声を漏らした。

「私の還るべき場所は、ひとつだけです…。」

小さく、つぶやいた。
誰に聞かせるでもなく、
まるで己自身に言い聞かせるかのような、
小さな、つぶやきであった。



     ―――



澄んだ空に、半月が映える夜であった。
神社の生活家屋から、夕餉の光が洩れている。
座敷間で木製の円卓を囲んでいるのは、白黒服の少女と巫女装束の少女、
そして、道服姿の女性の三人であった。
卓上には、湯気を立てる鍋。
その鍋の中身も、残りは僅かとなっているようであった。

「初めて食べたけど、結構意美味いな。」
白黒服の少女が、せわしなく箸を動かしながら言う。

「でも紫、この亀って一体どこから獲ってきたんだ?」
そう問われた道服の女は、何も答えなかった。
無言で、穏やかな視線を白黒服の少女へ向けた後、
その隣に座る巫女装束の少女を見詰めた。
巫女の少女は、特に変わった様子も無く、箸を進めている。

道服姿の女性の、何かを含んだ様子に気付き、白黒服の少女は怪訝な顔つきで黙り込んだ。
僅かな沈黙。

「霊夢、美味しい?」
道服の女性は静かな声で、巫女の少女に問うた。

「ええ、なかなか いけるわね。
 体にも良さそうだし、久しぶりにあんたに感謝したわ。」
「そう… よかったわ。」

満足そうにそう答えた巫女の少女は、
不意に、箸を持ったまま、自分が持つ空の小さな器を見詰めた。

「………。」
じっと、器を見詰めていた。

「あれ…?」
その器の中に、透明なしずくが、ひとつぶ、弾けた。

「ど…して、わたし、泣い…て?」
空となった器に、幾つもの雫がこぼれ落ちた。







―――幻想の楽園の中で、幻想となったものは、何処へ行くのだろうか。
その問いに確たる答えは有るのかどうかは、定かでは無い。

それでも
彼は、彼が望んでいた場所へ行く事ができた。
還るべき唯ひとつの場所へ、還ることができたのだ。








  • これは良い話…なのか…? -- 名無しさん (2009-03-25 19:28:15)
  • 切なくていいね -- 名無しさん (2009-06-12 11:27:42)
  • 玄爺って、どんなやつなんだろ。探してもないんだよね -- 名無しさん (2009-06-15 00:04:53)
  • ウミガメみたいなやつ -- 名無しさん (2009-08-21 06:44:32)
  • PC-98板の頃の霊夢は空を飛べず、変わりに亀にのって飛行していた。
    その亀が玄爺。
    神主によれば今も神社の近くに居るとか居ないとか -- 名無しさん (2009-08-21 23:57:53)
  • そっか・・・win版に移行してから記憶がなくなったのか・・・
    主に玄爺の。 -- 名無しさん (2009-10-08 17:21:13)
  • win版に移行してから記憶がなくなったのか


    てか旧作と今の霊夢及び魔理沙は別人って説もあるからね。
    名前も違うし(れい夢のれいが違う、魔梨沙)
    魔梨沙は「うふふ」と言うが魔理沙は言わない。
    服の色が違う。
    だから別人って考えるのが妥当(?)かな。(因みにアリスも)
    -- 名無しさん (2010-12-02 10:18:47)
  • 魔理沙が「魔梨沙」と表記されるのは旧作5作中で一回だけみたいだから、変換ミスなんじゃないかな? -- 名無しさん (2010-12-03 00:04:28)
  • 玄爺… -- 名無しさん (2012-05-16 18:31:18)
  • 人物も世界も同じだよ。身分や外見の設定など細かいことは抜きとして確かに玄爺もいるし旧作のキャラも一応いることになってるらしい。ただ登場しないだけで。例えば小兎姫なんかも里の自警団みたいなとこに収まってるんじゃないかと俺は妄想してる。 -- 名無しさん (2015-11-08 11:40:42)
  • 旧作スレあったのかー。
    なんだろイイハナシダナー -- 名無しさん (2015-12-02 01:37:59)
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