「魔理沙、ちょっと来て」
「んぁ? そんな奴どこにもいないぜ」
「じゃあここに来なさい」
「どうした来てやったぞ」

 開かれたグリモワールをパチュリーは指差していた。
 魔女の意図が掴めない魔理沙は怪訝な面持ちで魔導書を覗き込む。

「なんだ、普通だぜ。私の如く普通だぜ」
「そう」
「ああ、でもやっぱ普通じゃない。これ私にゃ読めないな」
「やっぱり」

 読めないとわかったとたん、魔理沙はグリモワールを手に取って真剣に読み出した。
 魔法使いの魔法使いによる魔法使いのための書籍。それがグリモワールである。
 アイデアや魔法を忘れないための外部記憶装置、魔法の発動を支援するための魔導具、悪魔やら精
霊やらを封印したモンスター図鑑等、その機能、種は多岐に渡るがほぼ共通する特徴がある。
 『読めない』ということだ。

 もちろん誰一人読めないわけではない。知識や魔力を盗まれないため、また制御するだけの能力を
持たない者に渡ることを防ぐため、鍵が仕掛けられているのだ。
 パチュリーは鍵を解くのも作るのも得意である。寝起きに紅茶を飲みながらテキトーに作った鍵で
も、魔理沙相手になら三日間は読ませない自信がある。

 そんなパチュリーであるが、今日手にしたグリモワールが読めなかった。

「自分が読めないからって私に譲るとは、本の虫らしくないぜ」
「お砂糖を入れたお茶を飲みながらなら読めると思うわ」
「ブドウ糖補給なら直接脳に注射しろよ」
「小悪魔、お茶をお願い。魔理沙には注射」
「はい、ただいま」

 茶々を入れながらも魔理沙は目からビームを出して紙面を焼き尽くしてしまわんばかりの勢いで、
グリモワールに齧りついている。
 同じ本好きであっても、パチュリーと魔理沙ではなぜこうも本に対する姿勢が違うのか。
 思うに、パチュリーは己が本の傍にあるものと考えているのに対し、魔理沙は本の知識は支配する
ものと考えていることから起因しているのだろう。
 寿命が長い天然魔女と老い先と気が短い人間故の差なのか、ただの個人差なのか。

「パチュリー様、お茶が入りましたよ」
「ええ」

 テーブルに置かれたカップを取ろうとすると、なぜか空を切った。
 床に座ったままグリモワールを広げた魔理沙がティーカップに口をつけようとしている。
 そんな彼女の帽子に注射針が突き刺さった。

「わっ、ちょっと待て! 今お前頭蓋骨貫通するつもりだったろ!」
「そうしないと脳髄には届きませんよ?」

 レミリアの腕くらいはありそうなぶっとい注射器を抱えた小悪魔は、きょとんと首を傾げていた。
 帽子を被り直した魔理沙はやれやれだぜなどと背後霊でも出しそうな愚痴を零し、立ち上がる。

「背後から命を狙われるような所じゃ落ち着いて読書もできんな。じゃ、今日はお暇するぜ」
「それ置いてきなさい」
「読み終わったら返すぜ」

 去って行った。たぶん、あの本は魔理沙が死ぬまで返ってこないだろう。まあ、再会の時もっと素
敵なパチュリー・ノーレッジでいられるよう、精進しようということで。

 小悪魔が魔理沙から取り返したお茶に改めて口をつける。
 違和感を覚えた。

「ちょっと甘くない?」
「糖分補給したいじゃなかったんですか?」
「冗談よ。せっかくの香りが半減じゃない」
「今度から気をつけます」





「ねえパチェ、とても大事なお話があるの」
「リストとモノを見せて」

 一言えば十伝わる間柄である。友人の快諾を得たレミリアは、早速夜空にその身を躍らせた。
 相も変らぬ紅い弾幕が広がった。相手は咲夜。お嬢様の新技初披露ということで避けることのみに
意識を集中しているようだった。レミリアの高速弾は人間の動体視力が捉えられるギリギリの速度で
放たれる。ちょっとでも意識を別に割けば時間停止すら間に合わない。
 火魔法で新スペルカード命名リスト表を照らし眺める。

  • 喰月「ヴァーミリオン謝肉祭」
  • 宮殿「無添加無花果のゼリー寄せ」
  • 「ダイナマイトレーザービーム」
etc...

「さあパチェ、遺憾ない意見を聞かせてちょうだい」

 清々しい表情でレミリアが帰ってきた。リストアップしたネーミング全てによほどの自信を持って
いるらしい。
 色々考えた末、パチュリーはリストの中からテキトーに選んだ名前を指差――

「ザ・ワールド!」

 ……時が止まった。
 パチュリーも時止めの世界を認識できるのは、咲夜が傍にいるからであろう。レミリアや湖面の波
は止まったままである。

「パチュリー様、どういうことですっ」
「何よ咲夜」
「お嬢様が考えたネーミングをそのまま採用されるなど……ッ!」
「何を言ってもレミィのことなんだから、我を通すに決まっているでしょう」
「しっかりなさってください。それでもまともなネーミングを提案なさってくださるのがパチュリー
様でしょう。お嬢様が唯一耳を貸すとすれば、パチュリー様のご意見だけです」

 ……そうだったろうか。
 まあいい。咲夜が珍しく泣きそうな顔で訴えているのだ。パチュリーは考えた。
 ……考えた。

「それではお願いします。時止め、解除しますよ」
「えっ、ちょっと待っ……」

 遅かった。既に夜風がパチュリーの頬を撫で、レミリアが期待に満ちた幼い瞳を向けていた。
 咲夜がさぁどうしたんだと言わんばかりに睨んでくる。
 パチュリーは目を伏せ、ティーカップを傾けた。せっかちね、全く。私は喘息なの。お茶の一口を
いただく時間すらもらえないのかしら? 無言で二人にそう言う。
 実際のところ、パチュリーの頭の中は以下の如くだった。

(2……3……5……7……)

 瞬きする間に三桁までの素数を数え終わる。調子がおかしい。普段なら十桁くらいは軽く行くのだ
が。

「咲夜、カモミールをお願い。夜風に当たりすぎたわ。ちょっと熱があるみたい」
「熱? どう、私が計ってあげるわ」

 レミリアが前髪を掻き上げ、額と額をくっつけ合わせた。

「あらホント。熱いわね」
「お嬢様は元から冷たいでしょう」
「そういえばそうね。じゃ、お大事にパチェ。名前がなければ格好がつかないもの。早く治してよね」
「ええ、おやすみなさい――でも、レミィ」
「ん?」

 パチュリーは既に席を立っていた。しかし、レミリアの言葉が引っかかったのだ。
 レミリアはパチュリーの意見を聞かなければスペルカードの名前を付けてはいけない、などと誰も
言っていない。紅魔館の主はレミリアだし夜であればこの世の王とすら思っているのがレミリア・ス
カーレトだ。どれほど賢しい意見であろうがどれほど素晴らしい提案であろうが、気に入らなければ
無視をして、楯突こうものなら片手で打ち払う。紅い悪魔はそういう性格である。
 その疑問を一言で済ませられたのなら良かったのだが、なぜか良い言葉が見当たらず、何度か咳を
しながら、尋ねた。

「……それで?」
「何?」
「あなたの聞きたいことはそれだけ?」
「ええ」
「ならいいわ。咲夜、早くソレ片付けて」

 レミリアはティーセットを不凍液よりも冷たい視線で見下ろし、五月蠅いと言わんばかりに手を払
った。
 パチュリーの質問のせいで不機嫌になったのはわかった。だがその原因は?
 おかしい。パチュリーはチェスや将棋はもちろんのこと、ポーカーも得意だ。文字通りポーカーフ
ェイスなのもあるが、相手の何気ない仕草や視線の動きの一つ一つで手札を盗み見る技術を持ってい
るからである。
 まして、親友で短絡的な思考の持ち主であるレミリアの心理を読めないなどありえない。
 ありえない――

「パチュリー様、寝室までお送り致しますわ」
「咲夜……」

 この異様な状況を、伝えようと思った。
 だが咲夜は有無を言わさずパチュリーの腰に手をやると、優雅に、だが強く押した。早いところこ
の場からさっさと出て行けと、圧力をかけている。

「お願い、聞いて」
「お嬢様はお戯れにじゃれ合うのはお好きですけれど、ただやかしましいだけの口喧嘩はお嫌いです
よ」
「何を……いえ、ごめんなさい。わかったわ」

 レミリアは結局、最終的には確かに自分の考えて選んだアイデアを取る。
 だが一人でそんなことを勝手に決めて勝手に押し通してもつまらない。気が置けない者と戯言を交
わすことだけが、目的なのだ。
 本当に、考える必要もないことだった。





「読み終わったぜ」

 恐ろしいことに魔理沙が本を返しに来た。
 パチュリーは怪訝な表情で魔理沙を見上げる。彼女は肩をすくめた。

「読み終わったら返すって言ったはずだが」
「帰り、ちゃんと咲夜に傘を貸してもらうのよ」
「もらうぞこの本」

 どうせ魔理沙のことだ。自分の知識では読めないことに気付いて飽きたのだろう。

「で、なんか私に協力してほしい研究でもあるのか?」
「――頭撃ったの?」

 打つより撃つ方が魔理沙としてはあり得る。
 魔理沙は確かに人間でこの年にしては強いことは強いが、強いだけだ。魔法使いとしては得意分野
が偏りすぎて、まだまだ二流である。パチュリーの研究や実験についていけるだけの知識も技術もま
だまだ持ち合わせていない。
 百歩譲って魔理沙に相応の能力があったとしても、性格の問題で協力し合おうという気にはまるで
なれない。友人でいる分には構わないが。

「でもこの本」

 返した本を叩く。叩くな。痛む。

「何?」
「んー……いやどっちみち私は精霊魔法気が向かないから蹴るんだが」
「で?」
「新手の嫌がらせか? だが私は負けないぜ。ここの蔵書を読みきるまではな」
「末永い付き合いになるわね。読む速度より増える速度の方が速いわよ」
「それじゃあ負けないようにしっかり読ませていただくか」
「待ちなさい」

 本棚に向かおうとする魔理沙を呼び止める。

「読むのはいいけど、持ってくのダメ」
「ダメ押しにやられたいのか?」

 箒に腰掛けた魔理沙は右手で帽子の鍔を抑え、左手で八卦炉を軽く叩いた。
 やれやれとパチュリーは本を閉じた。風魔法を起こし、椅子に座った体勢のまま宙に浮く。
 図書館の中で弾幕ごっこはなるべく避けたいというのに、これだから魔理沙は困るのだ。

 スペルカード宣言をし、弾幕を展開。美鈴をやっつけて来たのだからそれなりに消耗していること
を期待していたのだが、魔理沙は持ち前の火力で次々とスペルカードを打ち破っていく。
 一度や二度見たスペルカードなら、具体的な対策は既に出来ているのだろう。今ひとつ決め手に欠
けた。
 だがパチュリーも一度や二度魔理沙と戦ったのだから、対抗策を編み出していた。そもパチュリー
の得意な戦術は多彩な魔法で相手の弱点を突くことだ。卑怯ではない。戦術である。
 魔理沙は高火力で押し切り、短期決戦で終わらせるスタイルを得意としている。なら、その高火力
が意味をなさない、長時間の耐久スペルで勝負を決める。
 パチュリーが耐久スペルを所持していなかったのは、喘息というハンデキャップがあったからだ。
術者であるパチュリー自身が耐久しきれないのだ。しかしあらゆる属性を掛け合わせて魔法を構成す
れば、エネルギーがエネルギーを生み、弾幕が弾幕を展開するという技も可能なのである。
 その新スペルカードを、パチュリーは宣言した。

「新しいのか。また参考にさせてもらうぜ」
「参考になるかどうかは、打ち破ってから考えなさい」

 五冊のグリモワールを開き、パチュリーは詠唱を始め――ようとした。
 声が出なかった。
 喘息の発作が起きたのかととっさに考えたが、身体に今の所異常はない。ならばなぜ詠唱が唱えら
れない。
 空中に展開したグリモワールの文を眺め、気持ちを落ち着かせた。落ち着こうとした。

「あれ――?」

 グリモワールの中身を見て、パチュリーの脳裏に疑問符が浮かび上がった。
 ――なんて書いているんだろう?
 そう一瞬考えた瞬間、背筋に怖気が走った。そして、ここ最近自らの身に起こり始めている変調が
なんなのか、ようやく理解できた。
 しかしその瞬間、パチュリーは同時に全く関係のない疑問を覚えたのだ。

 ――どうやって空を飛んでいたのかしら

「あ……」

 歩くより自然に使っていた魔法だった故に、一度意識すると咄嗟に使うことができなかった。
 まるで、歩くことを哲学した百足のように。
 パチュリーは墜落した。

「なっ!」

 魔理沙がパチュリーの異変に気付き、弾丸のような速さで近寄ってきた。
 手を伸ばし、掴まれと目で訴えかけてくる。
 だが、パチュリーは手を伸ばさなかった。
 空を飛ぶ方法すら忘れ、魔理沙に助けられる。そんなことがあっては、パチュリーは立ち直れない。

 いずれにせよ、床に叩きつけられてしまっては再起不能だろうが。




「申し訳ございませんが、パチュリー様の面会はお断りしております」

 風呂敷包みを抱えてやってきた魔理沙とアリスに、小悪魔はやんわりと頭を下げた。
 パチュリーの負った怪我は、幸いにも速やかに適切な処置が施されたので完治することは間違いな
かった。ひとえに魔理沙の足の速さと、医者を呼ぶまで患者の時間を止めて悪化を防いだメイド長の
おかげであろう。

「まだそんなにひどいのか」
「いいえ。お体の方は、杖を使えば歩ける程度には」
「じゃあ出歩けるだろ。元からあいつ自分の足で動かないぜ」
「それがまことに申し上げにくいのですが……」

 目を伏せた小悪魔の様子に、敏感なアリスは既に悟ったようだ。

「魔理沙の話を聞いてもおかしいと思ってたわ。パチュリー、怪我以前に何か問題あるわね?」
「はい……」

 二人の魔女に、主の魔女の容態を小悪魔は説明する。
 パチュリーは何者かに、思考を妨げ知識を蝕む薬品を飲まされたらしい。
 本来ならそれはトラウマとなるほどの出来事を忘れ、悪い思考を拡散させるために用いられる精神
安定剤の一種である。医者の処方に従い、適切適量を守っている限りにおいて問題はない。
 だが、大量に飲まされてしまっては話は別だ。最終的に廃人になる可能性も十分ある。

「そんな特殊な薬、入手経路が限られているに決まってる。今すぐ私が犯人を見つけだしてきてやるぜ」
「永遠亭なら、行っても無駄足ですよ」
「え?」
「馬鹿ね。パチュリー治療したの、あそこの薬師でしょう。小悪魔の話も、薬師の又聞きでしょうよ」
「あ~~……」

 魔理沙は額に手をやった。完全に犯人として決めつけていたらしい。
 そうして帽子の鍔を何度か指で弾き、魔理沙はアリスに荷物を渡す。アリスは首を傾げた。

「どうしたの」
「私はじっとしているのは自分の研究している時と神社にいる時だけって決めてるんだ。とりあえず、
犯人探しに出てくる」
「行ってらっしゃい」

 そう言っている間に、魔理沙は箒に跨りソニックブームでも出しそうな勢いで、図書館から出て行
った。
 残されたアリスは、小悪魔に風呂敷包みを渡す。

「見舞い品よ。私からはお茶の葉。魔理沙からは読み終わった本数冊」
「どうもすみません」
「私はこのままここで調べものするわ。主がいないけれど、利用したって構わないでしょう?」
「もちろんです。私はパチュリー様の下へと戻りますので、何か御用がありましたらなんなりとお申
し付けくださいませ」

 既にアリスの興味は小悪魔から逸れており、書物の物色に集中していた。
 その背に一礼を残し、小悪魔はパチュリーの寝室へと向かう。
 二度、ドアをノックする。返事がないので、小悪魔は「失礼します」とドアノブを回した。

 ベッドには、饅頭のように盛り上がった毛布が鎮座していた。
 小悪魔はテーブルに魔理沙たちの土産を置き、ベッドのシーツに手をかける。

「パチュリー様、霧雨様とマーガトロイド様がお見舞いに来てくださりました」
「そう……」
「霧雨様が貸し出ししていた御本をいくつかお返ししてくださったのですが、確認致しますか?」
「いいわ……元の場所に戻しておいて」
「いいえ、マジックアイテムは一箇所に集めておくと、相互になんらかの影響を与えることがあると
聞いたことがあります。パチュリー様に一度確認していただかないと……」
「あなたにはそれくらい対処するくらいの能力はあるでしょう……なんなら道具屋で鑑定してきても
らってもいいわ」
「そんなことばっかりおっしゃってないで、顔を見せてください、パチュリー様。身体を動かなさい
と、良くなるものも悪くなるばかりですよ」

 小悪魔は毛布の上からパチュリーの身体をゆすった。
 ずり落ちようとする毛布を、中で掴んだパチュリーはさらにベッドの上で小さく縮こまる。
 まるで塩を振りかけられたなめくじのようだ。だがあくまで毛布の中にいるのは、心身ともに傷つ
き弱り果てた、小悪魔の主人なのである。
 七属を統べ、紅魔館の頭脳と信頼され、動かない大図書館とまで呼ばれたかの魔女が、ぐずる子供
のようにみっともない姿を、部下の前に晒しているのである。
 主人想いの小悪魔にはその姿があまりに哀れで、悲しくて――

 笑みが抑えられない。

「ねえパチュリー様」
「……っ」
「パチュリー様が退屈しないよう、お気に入りの御本も一緒に持ってきたんですよ」
「ぃゃ……」
「お願いですから……」
「……あっち行って……」

 限界まで縮まったパチュリーの姿は、胎児のようだ。温かなベッドから出ることを拒否し、つらい
ことしか待っていない外になど立ち向かえないと、必死に主張する。

 全身に鳥肌が立ち昇るほどの歓喜が、小悪魔を襲った。セッコを褒めるが如き勢いでパチュリーの
頭を撫でたい気持ちを、ぐっと抑える。
 深呼吸をし、崩れてしまった表情をパーツごとに確認して、元に戻し始めた。眉間の皺を伸ばし、
眉は下げ、気弱な感じを演出。目は少し細め、無害さをアピール。口元はうっすら笑みを浮かばせ、
優しさを見せる。出来た。ああ良かった。これがいつもの小悪魔だ。これが小悪魔のデフォルトだ。
弱々しさと従順こそ小悪魔の武器。これこそが、今の主人を作り上げてくれた。

 小悪魔である以上、使い魔として縛り付けられたとしても転覆を狙うのは当然の事。しかしそれす
らも忘れさせるほど長く仕え、信頼を築き、何よりパチュリーの持つ豊富な知識の一端を蓄えさせて
もらったうえで、ようやくここまで漕ぎ着けたのだ。
 魔理沙が犯人を捜そうとしているが、探偵まがいのやり口では見つかるはずもない。問題の薬を調
合したのは小悪魔自身で、材料は紅魔館の庭で門番が栽培している薬草畑のもの。足が付くはずなど
ないのだ。
 また、薬に関する知識は何十年も昔に、パチュリー自身から仕入れたもの。辿ろうにも教えた本人
は忘れており、他に知るものなど誰一人とていない。

「わかりました。ご無理を言って申し訳ございませんでした」

 小悪魔は頭を下げる。あからさまに毛布の中でパチュリーの体が弛緩するのを見て、また表情が崩
れそうになる。
 しかし逆に目元を伏せ、悲しげな声で小悪魔は囁いてみせた。

「そういえば……メイドたちが噂しているのを聞いたんです」
「……何?」
「『パチュリー様、バカになっちゃったんだったら、ホントにただの紫もやしじゃない』だとか『メ
イド長の負担にもなってるし、図書館閉鎖かな?』とか『レミリア様、ため息ついてらっしゃったわ
』とか他にも……」
「もういい……わ」
「安心してください、パチュリー様。私はどんなことがあっても貴女の一番のしもべです。図書館も
パチュリー様も、守ってみせます」
「……ぁ」

 もそもそと、毛布が蠢いた。
 かたつむりのように、パチュリーが顔を出す。うなだれたその表情は前髪で隠れて見えなかった

「……ありがとう」
「い、いえ! そんな、当たり前のことですからっ。……お茶、入れてきます!」

 顔を真っ赤にして、小悪魔は寝室から飛び出し、小走りで廊下を駆け、足を止める。
 怖い。ここまで上手く行くと、怖いくらいだ。
 こらえきれない。壁を叩く。主人から礼を言われるなんて、何十年ぶりか。嬉しくて、舞い上がっ
て、小躍りして鼻歌でも口ずさみたいくらいだ。さすがに不謹慎なので、そこまで行くのは我慢した。
 そう、忘れてはならない。主人との信頼を深く築けたのは、演技に真実味があったからこそ。その
心を忘れてしまっては、パチュリーが不幸になるのは当然だが、小悪魔自身すら不幸になる。
 主人を想う気持ちに偽りはないし、口にする言葉も虚言ではない。全て真実。
 ただ、ちょっと立場を逆転させるため、悪知恵をちょろまかしただけのこと。
 全く、それだけのこと。

 さあ、変わり果てた主人にこれからどうご奉仕しよう?
 風魔法も忘れてしまっては、彼女はまともに移動もできない。もちろん小悪魔は彼女の杖となり足
となろう。どこまでも、それこそ下の世話だって喜んでやってみせる。
 読めなくなった本の朗読をしてあげよう。もう一度新鮮な知識を吸収できるのだ。これほど嬉しい
ことはない。
 これからの毎日が、とても楽しみだ。







  • パチュリーの知的能力が低下してゆく過程の描写が上手いな。 -- 名無しさん (2008-11-14 19:52:59)
  • 下の・・・世話・・・
    ゴクリ・・・ -- 名無しさん (2008-11-24 15:07:44)
  • その内ボケたジジイみたいになる姿を想像するとニヤニヤが止まらない -- 名無しさん (2009-01-29 00:07:54)
  • こぁ「計画通り」 -- 名無しさん (2009-02-05 20:27:47)
  • セッコを褒めるが如き
    ジョジョ5部しかしらない俺からしたら吹いた -- 名無しさん (2009-08-28 23:09:29)
  • 遺憾ないじゃなくて、忌憚ないじゃないか?。
    ちなみに『きたん』な。 -- 名無しさん (2009-08-29 12:31:25)
  • レミリアのネーミングセンス酷いなー…… -- 名無しさん (2010-03-30 00:50:07)
  • ふぅ・・・ -- 名無しさん (2010-03-30 18:35:01)
  • レミィのネーミングセンスを見て安心した -- 名無しさん (2010-03-30 20:24:19)
  • とりあえず作者がジョジョ好きなのはわかったwwwwwww -- 名無しさん (2010-05-09 08:42:42)
  • ああ、セッコって五部か、コメ見るまで何のことやら -- 名無しさん (2010-07-30 13:53:46)
  • なんだいつものレミリアか -- 名無しさん (2012-07-28 21:47:55)
  • 小悪魔「良おーーーーッし良し良し良し良し良し良し良し良し良し
    良し良し良し良し良し良し」 -- 名無しさん (2013-10-23 01:35:57)
  • セッコワロタ -- 名無しさん (2015-10-20 19:27:54)
  • ジョジョネタなんて分からないよ〜(T . T)
    ただコメ荒らしが居ないのははじめて見たよ -- キング クズ (2016-06-18 06:29:05)
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最終更新:2016年06月18日 06:29