作者です。
内容について批判がありましたので加筆修正してこちらに保管してみることにしました。
もちろん完璧に直せたとは考えておりませんし、劣化したと感じる方もいるかもしれません。
修正前のものが読みたい方はうpろだの0840をどうぞ。

なお儚月抄との矛盾がありますので、ご容赦を。





























 その年の秋口、レイセンは徴兵され月の都郊外にある月面防衛隊訓練キャンプへと送り
込まれた。地上人が月へ侵攻し、戦況は予断を許さぬ状態にある。戦力は多くても多すぎ
るということは無かった。そのため徴兵適格者は次々に出頭を命じられ、訓練を経て戦地
へ送られていく。レイセンもそんな若き月の兎の一人だった。

 基地での日々は過酷を極めた。非常に厳格な訓練教官の下、個々の人格は否定され殺人
マシーンへと造りかえられていく。元々レイセンの気質や体格は兵士に向いていなかった。
そのため、入隊初日から散々だった。

 大勢の新兵が居並ぶ中、レイセンの前で立ち止まった教官にチビと呼ばれ、名前を聞か
れた。答えると難癖を付けられ、さらに顔つきが気に入らないと言われた。臆病で内向的
な彼女は愛想が良いとは言いがたい。それが教官の癇に障ったらしい。
 レイセンはその場で『むっつりチビ』なる名を拝領し、この時からそれが彼女への呼び
名になった。それでもまだ教官は納得していないようで、制限時間付きで無愛想な顔を直
せと命じ、うまくいかずにいると首を絞められた。必死で返事を繰り返すとようやく解放
されたが、彼女は理解していた。自分がこの教官から目を付けられてしまったことを……。



 それは早速翌日から証明された。朝の小隊行進で停止を命じられてからのことである。
『左に担え銃!』なる号令が飛び、新兵たちは左肩に小銃を担いだ。
 ところがレイセンは右と左を間違えてしまったのである。慌てて左に担ぎ直すが、たち
まち教官がやってきて物凄い剣幕で怒鳴りつけられた。そして左右の頬へ平手打ちを食ら
い、どちらが左でどちらが右かを答えさせられた。被っていた軍帽が落ちるほどの打擲で
ある。そんな仕打ちにレイセンはただ呆然とすることしかできなかった。

 それからの訓練の日々も散々だった。他の新兵たちが次々にクリアしていく障害物を登
れずにいると『上でニンジンが待ってりゃ登るだろこのヤロー!!』と怒鳴られた。
 ランニングでは別の新兵玉兎に支えられながらノロノロ走っていると『努力してこうな
ったのか』と罵られ、『前線へ行く前に戦争が終わっちまうぞ!』と怒鳴られた。

 その後、ランニングの際に支えてくれた玉兎がレイセンの『教育係』になった。彼女は
手取り足取り、色々な事を基本から教えてくれる。教官のように怒鳴りつけて急かすこと
もなかった。玉兎の懇切丁寧な指導により、少しずつだがレイセンの練度は改善されてい
った。そしていつしか、レイセンにとってこの玉兎が唯一心許せる存在になっていったの
である。



 しかしある時、レイセンは大きなヘマをやらかしてしまった。ある晩、教官による一斉
点検が行われていた時のことである。フットロッカーの中に隠してあったニンジンが発見
されてしまったのだ。当然、教官は激怒した。

「なんだこれは!?」
「ニンジンであります!」
「どこで手に入れた!?」
「食堂であります!」
「兵舎での飲食が許されると思っているのか!?」
 レイセンは答えられない。肉体を酷使する日々で三度の食事だけでは足りず、食堂でく
すねたニンジンを隠していたのである。こんなことになるならやめておけばよかった、と
彼女は激しく後悔した。

「チビ二等兵は自らの名誉を汚し、小隊の名誉も汚した! 俺の努力は全て無駄だっ
た!」
 そして怒りの矛先は他の新兵たちにも向かう。

「何故このチビは馬鹿をやらかした? それは貴様らが助けなかったからだ! こいつの
性根を叩き直すために何をしてやった!?」
「今後、チビ二等兵がヘマをやらかしても奴を罰しない。奴のヘマは貴様ら全員の責任
だ、貴様らを罰する! わかったらその場で腕立て伏せの姿勢!!」
 連帯責任である。新兵たちは教官の指示に従い、数をかぞえながら腕立て伏せを繰り返
していく。そして教官は没収したニンジンを持ってレイセンの前にやって来た。

「チビ二等兵、奴らに感謝して食え!!」
 ニンジンを無理やり口に押し込まれる。他の者たちが腕立て伏せを繰り返す中、レイセ
ンは泣きそうな顔でニンジンを咀嚼することしかできなかった。



 その後もレイセンのヘマは続き、恨みに思った新兵たちにリンチされるという憂き目に
も遭った。就寝中、タオルで包んだ石鹸で何度も殴打されたのである。その中に自分の面
倒を見てくれた玉兎が混じっていたことが何よりもショックだった。痛みと屈辱、悲しさ
と色々な感情が入り混じって、レイセンはただむせび泣くことしかできなかった。この頃
から、次第に精神に変調を来たしていく……。

 だが、そんな彼女に転機が訪れた。実弾射撃訓練が始まってから、彼女は天賦の才を発
揮したのである。伏せ撃ちする彼女の隣で、今まで罵倒しかしてこなかった教官が初めて
それ以外の言葉を発した。

「見事だ! 貴様の取り柄をついに見つけた!」
 教官は純粋に喜んでいるようだった。その後もレイセンは抜群の成績を収め続け、『特
級射手』として認められるに至ったのである。だが輝かしい成果とは裏腹の、目に宿った
暗い光に気づく者はいなかった。



 事件は卒業式の後、基地で過ごす最後の夜に起こった。レイセンが実弾を装填した小銃
を持ち出し、教官を射殺してしまったのである。現場には教育係だった玉兎も居合わせて
いた。
 レイセンは自らをも撃とうとしたが、銃声で駆けつけた憲兵によって取り押さえられ、
事なきを得た。

 この不祥事を軍上層部は隠蔽した。戦局が膠着している中、軍全体の士気を下げるよう
な事はしたくなかったのである。だが理由はそれだけではなかった。それはレイセンに現
れた特殊能力『狂気の瞳』である。精神的に追い詰められたことで、彼女の中の潜在能力
が引き出されたらしい。
 上層部はこれを戦局を変えるきっかけとして期待し、教官殺しの罪を赦免する代わりに
レイセンを最前線へと送り込んだ。都から離れた地方都市、しかしそこは交通の要衝で重
要拠点である。地上軍の大攻勢によって制圧された都市を奪還すること、それがレイセン
らに課せられた任務だった。



 しかしこの戦場は、カウンセリングによっていくらか精神を持ち直したレイセンに再び
悪夢を見せ付けた。敵の反撃は激しく、砲撃や仕掛け爆弾によって次々に防衛隊員が戦死
していく。

 そして恐怖のピークは同じ部隊の隊員が狙撃された時にやってきた。スナイパーの居場
所ははっきりしない。瓦礫と化した建造物があちこちにあり、隠れ場所には事欠かなかっ
た。
 隊員はまだ死んでおらず、苦痛の悲鳴を上げている。それを助けに行こうとした隊員も
狙撃された。やはり死んでいない。これはスナイパーの手口の一つである。あえて殺さな
いことで他の兵士をおびき出し、次々に無力化していくのだ。兵士の連帯感、戦友意識を
利用した戦術だった。
 もうイヤだ、とレイセンははっきり思った。そしてその考えが頭に浮かんだときには、
敵味方に背を向けて走り出していた……。

 半壊した民家の隅で、レイセンは縮こまって震えていた。その胸に銃を抱きかかえてい
る。制式銃が故障したので、敵から鹵獲した7.62㎜の自動小銃だった。この身を恐怖と災
厄から守ってくれるのはもはやこの銃だけだ、そんな思いからの抱擁である。

「レイセン、いるの……?」
 自らの名を呼ばれ、思わず身震いした。小銃を肩付けし、銃口を出入り口に向ける。し
かし体が震え、狙いは定まらなかった。落ち着け、と何度も自分に言い聞かせるがうまく
いかない。そうしているうちに人影が入ってきた。月面防衛隊の野戦服と制式銃を手にし
ている。

「あ……」
 レイセンは思わず間の抜けた声を漏らした。入ってきた玉兎には見覚えがある。それも
そのはず、あの訓練キャンプでレイセンの『教育係』を務めた少女だった。今回の作戦で
同じ部隊だったので、レイセンを探しに来たのだろう。そう考えると一瞬の安堵がすぐさ
ま恐怖に変わった。改めて小銃を構え直す。

「来ないで!」
「レイセン、落ち着いて……大丈夫だから」
「それ以上近づいたら撃つわよ!?」
「怖がらないで。皆、心配してるよ……?」
 玉兎はひたすら宥めるように言いながら、少しずつ距離を縮めてくる。慈愛に満ちたそ
の表情を見ていると、レイセンの中で張り詰めていたものが少しずつほぐれていった。し
かしその刹那、ある光景がフラッシュバックする。あれは訓練キャンプでの夜、新兵たち
によってリンチされた時の事。あの中に、この玉兎も混じっていたのだ……。

「イヤ、イヤ、イヤアアアアアアア!!」
 絶叫し、レイセンは引き金を引き絞る。セレクターはフルオートになっていた。無数の
小銃弾が吐き出され、空薬莢が乱舞する。激しい反動で銃口が跳ね上げられた。そして玉
兎の胸や顔面から血しぶきがあがり、肉片が飛び散る。
 弾倉が空になり、ボルトがその動きを止めてもレイセンは引き金から指を離さなかった。
いや、離せなかったというべきか。そして放心状態のレイセンの前では、あの玉兎が惨た
らしい亡骸を晒していた……。



 目が覚めたときは、まだ夜中だった。寝巻きから下着まで、汗でぐっしょりと濡れてい
る。鈴仙は荒い呼吸を繰り返しながら、その不快感に顔をしかめた。
 酷い夢だ、と胸中で呟く。いや、あれは夢ではない。過去、実際に起こったこと。それ
が夢という形を借りて再現されたに過ぎない。鈴仙は敵前逃亡し、あろうことか戦友をそ
の手で撃ち殺した。

 震えが止まらなかった。何十年も前の事とはいえ、こうも鮮明に見せ付けられてはまる
で昨日の事のように思える。改めて自分が咎人である事実を突きつけられたのだ。

「鈴仙様……どうかしたんですか?」
 同室の因幡が布団から身を起こし、眠たげに目をこする。この因幡は鈴仙が永遠亭に逃
げ込んできた際、世話係に任命された。以来、一般の因幡の中では最も親しい。やがて眠
気が去ると鈴仙の表情に気づいたのか、憂いが顔に表れる。

「どうしました、何かあったんですか?」
「ううん……夢を、嫌な夢を見ただけ。大丈夫、大丈夫だから」
「そうですか? ならいいんですけど……」
「ええ、心配かけてごめんね」
 そう、これは夢だ。はるか昔の出来事、もう終わったことなのだ。今さら悔やんだとこ
ろで過去は変わらない。忘れよう、と鈴仙は自らに言い聞かせた。



 冬も終わろうという頃、幻想郷は紛争の危機に瀕していた。始まりは単なる喧嘩に過ぎ
なかった。人里まで買出しに出ていた紅魔館の妖精メイドと永遠亭の因幡、両者は些細な
事から口論となりやがて暴力沙汰へと発展した。数で勝る因幡が優勢になり、妖精メイド
側に死者と重傷者が出てしまったのである。

 これに対する紅魔館の対応は素早かった。『このような無法は看過できない』なる声明
を発し、紅魔館に所属するあらゆる者への暴力を監視するという名目で人里近郊東側に部
隊を展開したのである。これはレミリア自ら陣頭に立つという大掛かりなものだった。
 一方の永遠亭側もこれを挑発行為と受け止め、対抗措置として人里の西側に部隊を配置
した。総司令官は鈴仙・優曇華院・イナバ、副官は因幡てゐである。数ではやや劣るが、
銃砲などの近代兵器を備えることでそれを補っていた。

 人里を挟んでの両者の対峙は、すでに数日間に渡っていた。人間を巻き込むことは幻想
郷において重大な『ルール違反』にあたるため、どちらもそれ以上は進軍せず、睨み合い
を続けているのだった。ちょうど、人里が軍事境界線にあたるような形になる。
 この均衡を破ったのは永遠亭側だった。因幡隊の一部が命令無しに発砲し、紅魔館側に
軽微ながらも損害が出たのである。これをレミリアは永遠亭の先制攻撃と断定した。そし
て永遠亭からの保護を名目に人里へ部隊を進めたのである。こうして、両者は一触即発の
状態になった。



 人里の西側、永遠亭野戦陣地。司令官である鈴仙のもとに、幹部級の因幡が緊急招集さ
れ作戦会議が開かれた。議題はもちろん、人里へ侵入した紅魔館勢力への対応である。し
かし主導権は相手に握られており、出席した者たちの面持ちは沈痛だった。鈴仙は司令官
としての威厳を辛うじて損ねぬように振舞う。

「……とにかく、こちらからは手の出しようが無いのが現状だ。なにしろ、相手は人里へ
部隊を入れてしまった。それを阻止できなかったのは私の失策だ……」
 鈴仙は顔をしかめ、吐き出すように言った。一方で胸のうちに疑念が沸いている。こち
らの部隊が『先制攻撃』を仕掛けてからの紅魔館側の対応が、いくらなんでも早すぎる。
まるでこうなる事が分かっていたかのような動きだ。

「そもそも、誰が命令無しに勝手なことをしたの!? これじゃあ敵の思う壺じゃな
い!」
 てゐが頭に血が上った様子で叫んだ。そう、問題はそこにある。鈴仙の疑問とも関わり
のあることだ。あの攻撃は損害らしい損害を与えることもできず、結果として敵を利する
だけだったのだ。

「それが情報が錯綜していて……どの因幡の証言にも一貫性が無く、目下、責任の所在は
不明です」
 幹部級因幡の一人が発言する。鈴仙と同室で寝起きしている、あの親しい因幡だ。彼女
を幕僚に加えたのは単純な縁故だけではなく、その冷静さと分析能力を買っての事である。
その彼女が言葉を続ける。

「……人里へ進駐した紅魔館勢力はその後、目立った動きは見せていません。しかしその
動向には注意が必要でしょう。相手はこちらが攻撃できないことを知っています、どんな
手を使ってくるか……」
「そう、こちらからは動けない。周辺警戒を怠らず、いつでも反撃できる態勢を整えるよ
う各部隊に徹底させなさい。そして何があるかわからない、永遠亭へ増援派遣を要請する
ように」
「了解しました」
 鈴仙は決を下した。これにて作戦会議は終了である。消極的な対応しかできぬ事が歯が
ゆかったが、かと言って彼女には妙案も無かった。



 日付が変わった頃、レミリアは司令部として接収した里長宅にあった。普段は里内の取
り決めを話し合う部屋は軍議の場となり、妖精メイドが何度か出入りして状況を報告して
いく。それらを黙って聞いていたレミリアだが、ある妖精メイドに耳打ちされた時、何か
を確信したような笑みを浮かべた。
 そんな彼女の傍らには十六夜咲夜の姿があった。メイド長である彼女は現在、参謀とし
ての役割を果たしている。
 やがて護衛の妖精メイドを伴って、パチュリーが司令室に入ってきた。胸には魔導書の
他に、様々な書類なども抱えられている。それまで黙っていたレミリアがようやく口を開
いた。

「パチェ、状況は?」
「こちらの準備は整っている。選抜妖精隊はいつでも動かせるわ」
「わかった、ならそちらは手筈どおりに進めて」
「ええ」
 短いやり取りだった。親友である二人にとって、それだけの言葉で充分に意思疎通が可
能なのである。選抜妖精隊とは妖精メイドの中でも特に強い力を持ち、妖精という種族に
は稀有な勇気と忠誠を備えた者を集めた集団である。言わば精鋭部隊だった。

「ただレミィ、敵も馬鹿とは限らない。何か用意している可能性は否定できないわよ」
「せいぜい警戒するくらいしかできないよ、何しろここは『人里』だからね。向こうから
手出しすることはできない。そして伏兵は無い、絶対にね」
 パチュリーの忠告に対し、レミリアは力強く断言した。特に伏兵について触れた辺りは、
何か根拠があるかのような自信に満ちている。その様子でパチュリーも納得したようだっ
た。
 傍らの咲夜が静かに告げる。

「……後には引けませんよ」
「それは元より承知の上だよ。……それにしても『アセット』は良くやった、予想以上の
成果だな。これで条件は全てクリア、あとは実行あるのみだ」
 レミリアは席を立った。赤ワインで満たされたグラスを手に取る。他の者もそれに倣い、
グラスを手に立ち上がった。ワインを飲み干し、そして一斉に床へ叩きつける。ガラスの
割れる音が鋭く響いた。レミリアが勇ましく叫ぶ。

「オペレーション・ブラッディムーン(命名者レミリア)発動!」



 紅魔館側の動きは迅速だった。一部の部隊を正面へ前進させて牽制する一方、パチュ
リーが指揮を執る大部隊は人里の南側を迂回する形で進攻、永遠亭部隊を強襲した。

「ロイヤルフレア!」
 第一撃はパチュリーが放った大魔法だった。これは戦争、弾幕ごっこではない。殺傷力
を伴った爆炎が広範囲に渡って広がり、膨大な熱量と閃光が因幡の一隊を蹂躙した。それ
に続くように、妖精メイドたちが光弾の一斉射撃を行う。辺りは一瞬にして騒然とした。



「パチュリー隊、動きました! 我が方の被害甚大、攻撃はなおも続行!」
 鈴仙のもとに伝令が駆け込み、悲鳴じみた報告をしたのはそれからまもなくのことだっ
た。やられた、と鈴仙は内心舌打ちする。西進した敵部隊は見え透いた陽動、しかし無視
することもできず、そちらへ注意を傾けた僅かな隙を突かれた結果がこれだった。

 とはいえ、躊躇している余裕など相手は与えてくれない。事前に警戒を徹底させていた
ので動揺は最小限だったが、現状は散発的な反撃をしているに過ぎない。このままにして
おくわけにはいかなかった。

「全軍に伝達! 迫撃砲の一斉発射の後、因幡隊は前進! 敵を押し戻せ!」
 鈴仙は司令官としての口調で叫んだ。伝令因幡は走り去り、全部隊へと命令が伝達され
ていく。やがてそれが浸透したのか、自陣側から無数の迫撃砲弾が飛翔した。着弾と同時
に爆発が起こり、遠目にも妖精メイドが粉々になっていくのが見える。
 砲撃が終わると、各因幡隊が攻勢に転じた。小銃を用いた援護と前進を繰り返し、少し
ずつだがパチュリー隊を押し返している。数で劣るとはいえ、武装では圧倒的にこちらが
優位だった。

「てゐ、私たちも出るわよ!」
「うん、わかったよ!」
 ここを戦機と見て、鈴仙は一気に畳み掛けることにした。人里まで押し込んでしまえば、
幻想郷特有の事情からそれ以上の戦闘は継続できない。鈴仙の任務は敵の殲滅ではないた
め、被害を最小に止めて停戦に持ち込めば事実上の勝利なのである。

 自ら小銃を手に取り、てゐと共に直属部隊を率いて前線へ出た。鈴仙が引き金を引き、
弾丸が発射される。その度に妖精メイドがバラバラに四散していった。その光景が悪夢を
蘇らせる。忌まわしい、月面戦争の記憶。次々に倒れる戦友、それを見捨てて逃げ出した
自分、そしてこの手にかけた玉兎……。
 過去の亡霊が一斉に押し寄せてくる。悪しき想念に苛まれながらも、鈴仙は果敢に戦っ
た。銃を手に前進し、指示を飛ばし、味方を鼓舞する。指揮官としての役割を立派に果た
していた。

(そうだ、あの時とは違う。もう『レイセン』はどこにもいないのよ!)
 自らに言い聞かせるように胸の内で叫び、ひたすら任務遂行に専念する。まるでそれが
贖罪であると信じるかのように。そして久しく絶えていた、闘志というものが体の底から
湧き上がってきた。

 だが、鈴仙は信じられない光景を目にしてしまった――それこそ、直前までの強固な意
志を萎えさせるには充分なほどの。
 戦闘のさなか、敵に背を向けてまさに『脱兎の如く』駆け出す因幡がいた。他の者は戦
闘を継続しており、雪崩を打って戦線が崩壊することは無かった。しかし、鈴仙にとって
は敵前逃亡したその因幡が問題だった。

「嘘……そんな……」
 戦闘の手を思わず止めて、呆然と呟く。あれは鈴仙の世話係だった、一番親しい因幡で
ある。彼女だからこそ自らの直属部隊へ組み入れ幕僚に取り立てたのだ。その信頼が完全
に裏切られたのである。
 遠ざかっていく因幡の後姿に『レイセン』だった頃の自分が重なる――ああ、そうだ、
自分はああやって仲間を見捨てて逃げたんだ……。鈴仙はその場に立ち尽くし、もはや米
粒程度にしか見えないその姿を見つめていた。奮い立たせた勇気など、完全に失われてし
まっている。彼女の精神状態は少しずつ『レイセン』に戻り始めていた。

「鈴仙、ダメだよ! 敵の抵抗が激しくて、これ以上は……鈴仙?」
 駆け寄ってきたてゐが鈴仙の異常に気づく。しかし彼女の目はてゐの姿を映していなか
った。彼女が見ている戦場はここではない。遠い遥か彼方、月面都市での戦い。自分が罪
を犯した、忌まわしき地……。

「鈴仙、鈴仙! どうしたの、しっかりしてよ!」
 てゐに激しく揺さぶられて、鈴仙はどうにか正気に戻った。意識が現実に引き戻される。
目の前の戦場では、パチュリー率いる選抜妖精隊の猛攻に晒され、自軍がじりじりと後退
していた。さらに牽制として西進していた部隊も戦闘に参加しており、二方面からの攻撃
を受けている。兵装に優位があるとはいえ、やはり数の差は大きい。それを痛感せざるを
得ない光景だった。
 どうする、と鈴仙は自分に問いかけた。このまま消耗戦を続ければ数で劣るこちらが不
利。かといって、下手に後退すれば激しい追撃を受けるだろう。進むも地獄、引くも地獄
だった。だが、増援さえ間に合えば……。

 その時ほど、奇跡というものを実感したことは無かった。鈴仙の後方、永遠亭方面から
大規模な軍勢がやってきている。今まさに必要としていたもの、それが絶好のタイミング
で現れたのだ。鈴仙はこの運命の巡り会わせに感謝した。

「レミリア・スカーレット、今回ばかりは運命を引きつけられなかったようね! 今が最
大のチャンス、全軍総攻撃をかけよ!」
 増援と合流すると、鈴仙は激しく昂ぶるものを感じながら号令した。この状況に勢いづ
き、因幡隊は一気に前進した。パチュリー隊も抵抗するが、どんどん押し込まれていく。
勝った、大勢は決した! 鈴仙は胸中で快哉を叫んだ。
 だがその思いは空に浮かぶ人影によってかき消された。満月の下で輝く金の髪、真紅の
ドレス、そして七色の翼……。その禍々しい姿に、鈴仙は心当たりがあった。

「ねえ、パチュリー。ここでやればいいんだよね?」
 不気味なほどに無邪気で、良く響く声だった。それに対してパチュリーが何か答えたよ
うだが、ここからでは聞き取れなかった。だが、どんなやり取りが交わされたかは容易に
想像できる。鈴仙は己の不吉な予感を信じた。

「まずい! 全部隊、後退を――」
 しかしその号令が用を成すことはなかった。空に浮かぶ悪魔の妹、フランドールを中心
にして激しい光が広がる。それは洪水のように濃密な弾幕だった。レミリアですら恐れた
というその力、それが今自分たちに向かって解き放たれたのだ――恐らく、全力で。
 鈴仙の目の前で、因幡たちが次々に蒸発していった。異変に気づいて逃げようとした者
もいたが間に合わず、光に飲まれて消えていく。

「なに、これ……」
 非常識極まりない圧倒的な破壊を前に、鈴仙は力なく呟くことしかできなかった。あれ
だけいた因幡が消滅し、今では増援到着前よりも兵力が少ない有様だった。隊列はズタズ
タ、因幡は恐慌状態に陥り逃げ惑うばかり。もはやこの場での組織的抵抗など不可能だっ
た。

「鈴仙、ここは……」
「わかってる、これ以上は戦えない。私がしんがりを務めるから、竹林まで後退するわよ。
あそこなら、まだこちらに地の利がある……」
 てゐに皆まで言わせず、鈴仙は絶望的な心境で命令した。どうにか伝令が伝わり、かろ
うじて持ち直した因幡たちが退却を始める。鈴仙と少数の直属部隊が退却する味方を援護
するべく反撃しつつ、じりじりと後退していく。それに対する紅魔館側の追撃は凄まじか
った。一人、また一人と因幡が倒れていく。
 今度ばかりは生きて帰れないのか、と鈴仙は思った。だが一方で、それもいいかもしれ
ないと考えている自分がいる。咎人である自分には、罪深い自分には――無様な血塗れの
最期こそふさわしいのかもしれない、と。



「チェックメイトだよ、蓬莱山輝夜」
 一方の永遠亭。勝者の余裕と愉悦に満ちた笑みを浮かべて、レミリアが嘲った。彼女の
傍らには咲夜、美鈴、そして特に選りすぐりの妖精が少数いる。館前、中庭には護衛の因
幡が何人も血塗れで倒れている。また、少し離れたところではあの敵前逃亡した因幡が不
安げに状況を見守っていた。

「おのれ、紅い悪魔め!」
 残る最後の護衛因幡が果敢にもレミリアへ躍りかかった。それに対し、彼女は右腕を軽
く振っただけだった。それだけで長大な爪に引き裂かれ、因幡は血と臓腑を撒き散らして
絶命する。これで護衛は全滅、輝夜と永琳はレミリアたちに取り囲まれる形だった。

「本隊は囮……狙いは私たちだったのね」
 諦観じみた顔つきで輝夜が呟く。一方で『月の頭脳』と自他共に認めていた永琳はひど
く悔しげだった。

「こんな単純な意図を見破れなかったなんて……! これは……私の誤りよ……」
「殺しはしないさ。……もっとも、殺しても死なないとはまさにお前たちのことだがな」
 レミリアは喉を鳴らして笑いながら告げた。永遠亭のトップ二人を拘束し、敵の残存戦
力を降伏させる。これこそが彼女の意図したものだった。永遠亭は実質この二人でもって
いるようなもの。頭を潰すことで敵を無力化する、極めて単純で明確な戦術だった。

「さあ咲夜、美鈴。その二人を取り押さえろ」
「くっ……せめて姫だけでも……!」
 永琳は輝夜を下がらせ、自らは弓に矢をつがえる。しかし一方を射抜いたところで、も
う一方に踏み込まれて終わりだろう。まして、相手には十六夜咲夜がいる。時を操る彼女
を前にしては、一発ですら射ることができるかどうか。
 咲夜と美鈴が互いに目で合図した。そして今まさに動こうとした、その時のことである。

「双方とも、そこまでになさい」
 突然、邸内に胡散臭い声が響き渡った。この場にいる誰もがその声には聞き覚えがある。
いつからそこにいたのか、縁側に八雲紫が腰掛けていた。隣には博麗霊夢の姿もある。ど
うやってここまでやってきたのかは、考えるまでもなかった。そして霊夢が険しい眼差し
をレミリアに向ける。

「レミリア、これはどういうつもり? これ以上続けると言うなら、私にも考えがある
わ」
「これはあくまで人外同士の抗争、博麗の巫女殿が出る幕ではないよ」
 ひどく他人行儀な受け答えだった。日頃のレミリアの態度からは想像できない言動であ
ろう。それほどに彼女は霊夢を慕っているはずだった。

「そうは言うけどね、レミリア。人里に司令部を置いた時点で人間を巻き込んでいるじゃ
ない」
「あれはあくまで永遠亭の連中から人間を保護するための措置だ。その後の戦闘は奴らか
ら仕掛けてきたから、応戦したまでのことだよ」
「いつの間にか口が達者になったものね、お嬢様。でもね、『契約』はまだ生きてるわ
よ」
 そう言って口を挟んだのは紫だった。彼女の言う契約とは、過去の吸血鬼異変の際に結
ばれたものである。その内容は妖怪が食料となる人間を提供する代わりに、生きた幻想郷
の人間を襲わないというもので、稗田家が編纂した『幻想郷縁起』においても言及されて
いる。

「わかっているさ、我々は人間に手出しする意図は無い。むしろ保護している。あの契約
はあくまで人間を襲うなというもので、人外同士で争うなとはどこにも書いていない」
「まったく、可愛げが無いわね。でもこれ以上長引けば、人間にも犠牲が出るんじゃない
かしら? そうなったら契約違反、よねえ」
 あくまで笑みを絶やさない紫。だが、そこからは底知れぬ威圧感が漂っていた。それに
動じたのか、妖精たちがやや後ずさる。レミリアは黙っていた。特に動揺した様子はなく、
じっと霊夢と紫の顔を見比べている。咲夜たちは主の動向を見守るしかすべがなかった。

「……それもそうだな。分かった、部隊を退こう。だからそちらもこれ以上の戦闘行為は
停止しろ」
 意外なまでにもあっさりとレミリアは折れ、輝夜に停戦の意図を告げた。霊夢は不審げ
にレミリアを見つめ、永遠亭の面々は安堵のため息をつく。紫だけが例によって胡散臭い
笑みを浮かべたままだった。

「さて、あとは和平交渉の席で会おう。……咲夜、美鈴。帰るわよ」
 レミリアはそれだけ言うと、わずかな供を連れてさっさと帰ってしまった。



 その後、霊夢と紫の仲介の下で紅魔館・永遠亭の間で和平協定が締結された。相互の領
土保障、『先制攻撃』による被害への賠償、人里はこれまでどおりどの勢力にも属さぬ中
立地帯であること、などが確認された。
 その上で、戦犯の引渡し及びその処刑が決定された。誰がこの衝突のきっかけであるか
は調べがついている、とレミリアは強弁した。明確な証拠は提示されなかったが、事実上
の敗者である永遠亭は受け入れざるを得なかった。そしてレミリアは底意地の悪い笑みを
浮かべて言う。

「死刑執行人を指名させてもらおう。鈴仙・優曇華院・イナバ、お前だ」



 黄昏時、紅魔館の中庭にて。木製の柱に一人の因幡が縛り付けられており、その周りを
大勢の妖精メイドが取り囲んでいた。誰もがその因幡へ憎悪の眼差しを向け、口汚く罵っ
て仲間を返せと叫んでいる。当然、この場にはレミリア、そして咲夜が立ち会っていた。
 一方、鈴仙はガタガタ震えながら銃を構えるが、どうしても照準が合わない。それもそ
のはずで、この因幡は鈴仙にとって特別な存在だった。世話係、親友、そして敵前逃亡者。
その彼女は死ぬのがよほど嫌なのか、物凄い形相で喚いていた。

「やめてーッ! 私を放せーッ! 頼むーッ、殺さないでーッ!!」
 鈴仙は見ていられなかった。かつて親しく時を過ごした相手が、こんなありさまを晒し
ている。辛い、とても辛い光景だった。

「ふざけないでよッ! どうして、私が処刑されなきゃいけないのッ!」
 そしてその視線をレミリアへと向ける。怒りや憎しみというよりも、哀れみや救いを乞
うそれだった。

「頼むよ……、やめてーッ! 私はあなたに、レミリア様の命令に従っただけなのに!」
 思わぬ言葉に、鈴仙はハッとした。この因幡は何を言っているのだ。レミリアの命令?
どういうことだ……。そして疑惑の眼差しをレミリアに向けるが、当の本人は涼しい顔で
一顧だにしなかった。

「見苦しい、今さらつまらん言い訳か。……どうした、鈴仙・優曇華院・イナバ。やれ」
「いやーッ! 死にたくないーッ! やめてーッ!」
 レミリアの指示と、因幡の命乞い。その狭間で、鈴仙は過去の記憶に苛まれていた。か
つて自らが逃亡したとき、探しに来た玉兎を撃ち殺したのは他ならぬ自分だ。そして目の
前で泣き叫ぶ因幡と、あの時の玉兎が重なって見えた。また自分は、親しかったはずの者
を、この手で殺すというのか。彼女の中での『レイセン』が肥大化していく。

「協定不履行は重大な結果をもたらすぞ」
「……」
 レミリアの脅しに、やむなく鈴仙は銃を構え直した。奇しくも、あの時と同じ7.62㎜の
自動小銃。これは何の冗談だ、と彼女は思った。そして永遠亭を発つ前に永琳に言い含め
られたことを思い出す。『あの因幡とあなたの仲は知っている、でもどうあっても執行し
なさい』と。永琳にとって鈴仙の個人的な友誼など、永遠亭の存続の前にはどうでもよい
ことだったのだろう。
 鈴仙はもはや引き金を引くことに決めていた。自分はレイセン、銃で同胞を殺すろくで
なし。そんなろくでなしのすることといえば、一つしかない。銃を肩付けし、照門と照星
の延長線上に因幡を捉える。相手は動けず、この距離なら外しようが無い。

「助けて下さいッ、鈴仙様ッ!!」
 悲痛な叫びの直後、夕日の下で銃声が轟いた。



 帰り際、鈴仙は泣き笑いで支離滅裂なことを口にしていた。そして肩を落として帰路に
着く彼女を、レミリアたちはテラスから見下ろしている。太陽が地平線に消えかけた今、
その後姿はいっそう哀れを誘う。しかし、それを見送る者たちの目には慈愛の欠片も浮か
んでいなかった。

「全てはお嬢様の計画通り、感服いたしました」
 咲夜が心から敬うような口調で言う。レミリアは領土を広げようなどとは最初から考え
ていなかった。そもそも、それだけの広範囲を維持するための人員が足りない。
 これはあくまで大規模な示威行動、誰が幻想郷で力を持っているか見せ付けるための作
戦だった。これによって永遠亭は鳴りを潜め、人里の者たちは紅魔館を畏怖し、頼みとす
るだろう。

 そして八雲紫の介入、これも織り込み済みだった。だからこそ彼女が冬眠から目覚める
直前のこの季節を、作戦遂行時期に選んだのである。そして霊夢だけなら丸め込めるとい
う自信もあった――少なくとも、人外同士のみで争っている間なら。

「それもこれもあの『アセット』、哀れな生贄のおかげだな」
 レミリアは心底楽しげに笑った。生贄とはつい先ほど処刑された因幡のこと。彼女は永
琳の新薬実験によって親友を失っており、永遠亭に恨みを抱いていた。そこにつけこみ、
こちら側のスパイ『アセット』に仕立て上げたのである。
 筒抜けになった情報の下、レミリアは計画を進めた。最初の殺傷事件を起こしたのも彼
女なら、先制攻撃を仕掛けて開戦の口実を作ったのも彼女である。幕僚会議に出席してい
た彼女は伏兵が無いことを知って密かに連絡し、レミリアに作戦の決行を決断させた。そ
して敵前逃亡に見せかけて戦線を離脱し、レミリアら強襲部隊が迷いの竹林を抜けられる
よう先導したのだ。
 そうやって紅魔館が有利に事を運べるよう動いた後、最後には全ての責任をなすりつけ
られた、というわけである。

「うまくいったな」
「うまくいきましたね」
「これもお前の助けがあったからだ。これからもよろしく頼む」
 そう言ってレミリアは忠実な従者を労った。実際、作戦立案にはかなりの部分で咲夜が
関与し、レミリアを補佐している。まさに完全で瀟洒な従者、レミリアの手足として彼女
以上に相応しい者はいないだろう。

「そうね、私からも礼を言っておこうかしら。人里が協力的になったおかげで、以前より
も本が手に入りやすくなったんだもの。私としては、本さえ読めればなんだっていいわ」
 パチュリーが手元の本から視線を外さずに呟いた。本来は活動的でない彼女があれだけ
奮戦したのも、それなりの見返りがあると期待してのことである。
 他方、先ほどから喋りたくてうずうずしていた様子のフランドールが話に割り込んでき
た。その瞳は期待に輝いている。

「ねえお姉さま、約束は?」
「もちろん守るわよ。あの戦いで力の意味が理解できたでしょう? これからは地下に閉
じこもる必要なんて無い、神社にだって連れて行ってあげるわ」
「本当!? じゃあじゃあ、私も霊夢とか魔理沙と一緒に、お茶を飲んだりお菓子を食べ
たりできるの?」
「ええ」
「ありがとう、お姉さま!」
 無邪気に喜ぶフランドール。黒い執念を燃やして作戦を遂行した他の面々と異なり、彼
女だけはどこまでも無垢で純粋だった。これからは姉妹関係も良くなっていくだろう、と
レミリアは楽観した。
 そう、なにもかもがうまくいった。まさにパーフェクトゲーム。レミリアは笑わずには
いられなかった。初めは口元から漏らすように、やがてそれは盛大な哄笑へと変わり夜の
闇に吸い込まれていった。



 全てが順風満帆な紅魔館とは対照的に永遠亭、特に鈴仙の有様は悲惨の一言に尽きる。
あの処刑の後、鈴仙は精神に異常を来たしていた。寝ても覚めても悪夢が彼女を苛み、月
時代の罪、そして因幡処刑の瞬間が何度も何度もフラッシュバックする。あれから鈴仙は
部屋に閉じこもりきりだった。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「殺したくない、殺されたくない……嫌、来ないで……」
「ウフフ、アハハハハハ……」
 閉ざされた襖から漏れ聞こえるのはそんな独り言。因幡たちは次第に鈴仙を気味悪がる
ようになった。輝夜は途方に暮れ、永琳は投薬治療も効果が無い、とさじを投げている。
そんな中、鈴仙を心から案じていたのがてゐだった。ある日、様子を見ようと鈴仙の部屋
を訪れる。

「鈴仙、いるの?」
 いるのは分かりきっているが、それでもてゐは声をかけた。中からは相変わらずブツブ
ツと声が聞こえてくる。それを確認すると、てゐは襖を開けて中に入った。そこにいたの
は、すっかりやつれ果ててしまった鈴仙である。

「鈴仙……」
 てゐは悲しくなった。一人重荷を背負わされ、こんな状態なのに、誰も彼女を本気で助
けようとしない。せめて自分だけでも、とてゐは思った。
 最初は無反応だったが、てゐを――正確にはてゐの耳を――見ると、鈴仙が悲鳴を上げ
た。それこそ、喉から血が出るのではと思うほどに。てゐは慌てて駆け寄った。

「鈴仙、鈴仙! しっかりして!」
「イヤアアアアアアア、許して、来ないで、私を見ないでーッ!!」
 そして閃光。てゐは何が起きたのか理解するのに、一瞬の時間が必要だった。腹部が焼
け付くように熱く、痛い。薄桃色のワンピースに、どんどん赤い染みが広がっていった。
焼け焦げた穴の辺りから鮮血が溢れ出して止まらない。てゐは足場が崩れるような感覚に
襲われ、そこで意識は途切れた。



 鈴仙に至近距離から殺傷弾を撃ち込まれたてゐは瀕死の重傷を負ったが、永琳の手術に
よって一命を取り留めた。幸い攻撃は脊髄を逸れており、後遺症の心配も無いという。
 ただ、もはや鈴仙が限界であることは誰の目から見ても明らかだった。今回の一件を受
けて、彼女を隔離することが満場一致で決定された。『精神治療が完全に終了するまで』
という条件の下、地下の座敷牢に幽閉されることになったのである。ちょうど、かつての
フランドールと似た境遇に置かれることになった。

 幽閉される際も、鈴仙は抵抗らしい抵抗を何も見せなかった。引きずられるようにして
座敷牢に閉じ込められ、外部との接触といえば隙間から差し入れられる食事だけとなった
のである。

「控えー銃! 立てー銃!」
「歩哨心得6条、交代する次の歩哨に……」
「ニンジンであります! ニンジンであります! 食堂で手に入れました!」
「サー、イエッサー!」
 完全に壊れてしまったのか、彼女は防衛隊時代の言葉をブツブツと繰り返し続けている。
表情は能面のようで、虚ろな瞳は何も映していなかった。そんな彼女を、食事を差し入れ
る度にてゐは悲しい思いで見つめるのだった。













  • 儚月抄との矛盾っていうと
    妖怪より月の住人のほうが強いはずが負けたってやつか -- 名無しさん (2008-08-11 02:08:36)
  • フルメタルジャケットすぐるwと思ってたら、その後の話も秀逸。これ誰か同人誌化してくれないかな~ -- 名無しさん (2008-08-21 23:49:42)
  • 某○げっしょより読み応えがあって参った。

    「なんだこれは!?」
    「ニンジンであります!」

    しかし、軍隊式応答はギャグじゃなくても滑稽だw -- 名無しさん (2009-01-01 21:01:07)
  • 最初の人参であります!
    の所は映画のやつだったよな?
    月の頭脳 VS 咲夜さんの頭脳(運命操作も)
    軍経験者 VS フラン(妖精は囮)
    (長いので中略
    物語の都合上仕方ないとはいえ、準備不足だったとはいえ
    ここまであっさりとはいかんだろうな。
    と永遠亭が好きな俺が言ってみる。 -- 名無しさん (2009-01-10 14:23:04)
  • なんというカリスマが溢れている悪役のお嬢様。
    話もしっかり作りこまれていて、非常に読み応えがありました。。。 -- 名無しさん (2009-03-07 16:02:43)
  • ブラッディムーン クソ吹いたwwww
    -- 名無しさん (2009-03-16 19:34:54)
  • この因幡何て埋伏の毒? -- 名無しさん (2009-03-17 19:55:31)
  • もこたんはー? -- 名無しさん (2009-03-25 21:26:29)
  • \すげえ/ -- 名無しさん (2009-07-28 22:57:58)
  • えいりんはこんな馬鹿じゃないよ… -- 名無しさん (2009-10-12 11:06:20)
  • 興味深かったが、ここらへんを注意した方が良いと思った。
    ・人里で被害が出そうな事態の異変なのに、なぜか異変解決しない腋巫女
    最低でも人里におぜう様が部隊を展開した時点で動くと思う。
    人間側に被害を与える可能性が格段と上がってるしな。
    ・幻想郷安心のスペルカードルールが、なぜ守られなくなったのか。
    東方の弾幕ゲームの原点はさすがに潰しちゃ不味いと思う。
    ・紫様の代わりの藍様はどうした?腋巫女呼べwwww


    幻想郷でガチの武力ものをやるなら、まず幻想郷の仕組みを崩さなきゃ不味いと思う。
    人を襲うのが禁止なのもルールの一つだが、決闘の代わりで行われるスペルカードルールも
    ルールの一つだからな。代表どうしで弾幕戦やれば済むと思うんだが……


    自重しない長文ですまん。
    ただ、この話のおかげでスペルカードルールの重要性を再確認する事ができたよ。
    サンクス
    -- 名無しさん (2010-06-14 01:42:47)
  • 一応死者が出た事に対する報復行動、ということになっているからなあ。


    もし、そこらへんの妖怪に魔理沙が殺されて喰われたとして、
    霊夢は悠長にスペルカード勝負をその妖怪に対して挑むだろうか。
    おそらく妖怪を殺しにかかるよね。


    もちろん今回殺されたのは人間じゃなくて妖精なわけだけれども……。
    -- 名無しさん (2010-11-05 13:34:57)
  • 霊夢が「強い」のは彼女を殺したら幻想郷が崩壊するっていう
    縛りも大きいから、幻想郷など知ったことかとガチで殺しに来られたら
    絶対的な後ろ盾無しに霊夢1人では調停するには荷が重い。
    紫が目覚めるまでは介入できないだろう。 -- 名無しさん (2011-01-08 21:06:55)
  • >「やめてーッ! 私を放せーッ! 頼むーッ、殺さないでーッ!!」
    「ふざけないでよッ! どうして、私が処刑されなきゃいけないのッ!」
    「頼むよ……、やめてーッ! 私はあなたに、レミリア様の命令に従っただけなのに!」


    ヴァイス!カオスルートのヴァイスじゃないか!! -- 名無しさん (2011-01-17 23:10:13)
  • 駆り立てるのは野心と欲望、横たわるのは妖精と兎 -- 名無しさん (2011-01-18 20:43:26)
  • レミリア完全勝利とは珍しい -- 名無しさん (2011-11-17 02:16:55)
  • 女ヤッて金もらえるの?(人・ω・)♪ http://ylm.me/index.html -- 名無し (2011-11-30 06:57:03)
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