紫様が起きない。夕飯が無駄になったので橙を呼ぶ。
  外の世界から紫様が持ってきたイカを橙が食べ、慌てて永遠亭に駆け込む。

  紫様が今日も起きない。三食無駄になったので橙をまた一晩泊める。
  外の世界から紫様が持ってきたスルメを橙が食べ、慌ry

  紫様起床。夜中の内に起きたと言うが36時間寝ていてそれはないだろう。
  36時間寝っぱなしだった紫様のふとんに橙が潜り込み、ノビる。浄土宗は恐ろしい。

  紫様を無理矢理起床させる。ふとんがカビてしまう。
  干したふとんを見ているとどうしても衝動を抑えきれず、くるまって寝てしまった。
  起きると尻尾が三つ編みされてさらに三つ編みされ一つに纏まっていた。帰宅していた紫様が満足そうにお茶を啜っていた。

  紫様が起きない。今日で三日になる。
  ふとんから追い出そうが頬をつねろうが不潔なので服を脱がして風呂に放り込もうが起きない。
  冬眠時でもさすがにそこまでしたら意識が戻りかけるのに、死んだように反応がない。
  いい加減不安になってきた。明日起きなかったら永遠亭に連れて行こう。

  次の日には起きたが、その後一週間も目覚めない。
  限界だ。紫様を永遠亭までお連れする。その合間も目を閉じ、遠く浅い呼吸を続ける様に焦りと恐怖を覚える。

  ……薬師から紫様の容態を聞かされた。
  看護知識を徹底的に叩き込まれたが、まともに頭が働かない。少しずつ覚えていくしかないだろう。
  時間は、たっぷりと……ありすぎるくらいにある。
  看護を式として組み込まれたら楽だろうに、さすがに自分の式は組成できない。
  そして紫様自身にそのようなお手をわずらわせるのは、残酷に過ぎる。
  私に出来ることは数少ない。けれど、紫様の御身を守ることだけは必ずや、やり遂げよう。



  半年ぶりに起きた紫様が、10年近く先になる花見の準備をしておけと言われてお眠りになられた。
  2年ほどの間は半人半霊や紅魔館の瀟洒な従者、黒白魔法使いたちなどと様々なイベントを考えたものだが、
  途中で皆飽きてしまい、私自身いつも通りにすることが一番だと気づいた。
  紫様の目から見れば、世間は急速に変化してゆくように見えるだろう。
  ならば、せめて私だけでも最期の時まで変わりなく添い遂げたい。

  花見から帰られた後、紫様のお酒の進みが少しひどかった。
  人里で暮らす霊夢の姿を見て、相当衝撃を受けたらしい。
  ここ百年ほどの間は、紫様は落ち込み続けるだろう。
  いっそ魔理沙も咲夜も霊夢もみんな食い殺して、しれっとした顔で居続けようとも思ったが、私自身彼女たちが気に入ってしまっていた。不覚なことに。
  式に従い不慣れなことや嫌な雑事を片付けることに慣れていた私は、そういう仕事がとても苦手だった。
  人間の咲夜の方が余程従者として完全だった。彼女の潔さ、主人よりはるかに早く果てることを受け入れた強さは羨ましすぎる。
  式などの力を借りず、己の能力を磨き続ける人間の強さは、私たちには眩しい。
  果たして、私は何千、何万年ほどの年月、紫様をお守りできるのだろうか。

  紫様が狸寝入りされていた。
  人間の寿命は短い。あれほど強いのに、本当に短い。
  羨ましい。
  妬ましいとも、言うのかもしれない。



  生と死の境界をいじり、実質生物として時を止めた紫様の寝姿は痛々しい。
  そこにあるのは紫様の影像にしか過ぎない。
  おそらく本体は異次元に保存してあり、私の目前にあるのは帰るための目印なのだろう。
  体温はなく、生体反応を示さず、死体のように眠る紫様は、果たして生きていると言えるのだろうか。
  不安が年月を経るにつれて増えていく。
  こんなことではだめだとわかっていても、澱のように溜まる感情はふとした時に顔を覗かせ、心を支える土台を喰らっていく。

  霊夢たちが死んで1000年ほどの間、時折目覚める紫様の機嫌は上々であった。
  けれど長い間お付き合いしているので、わかる。それはただ無理をしているだけなのだと。
  着実に流れる時を、見て見ぬフリをしているのだと。
  それでも紫様がそれをお望みであるのなら、私はそれに付き合おう。
  不安を隠す日は数百年に一日で良い。それもやがて、数千年に一度となろう。



  桜が散る。
  この桜があと47回散り98度の日を迎えれば、紫様のお目覚めする夜だ。
  ずいぶん近くなったなと思うと、桜の花びらを掃除する手も少し休まってしまう。

「精が出るわねぇ」

  桜の花びらと霊を従え、現れたのは幽々子様だった。
  この人も随分長く亡霊と紫様の友人をやっているものだ。頭を下げる。

「お久しく。今日は庭師をお連れでないのですか?」
「あの娘ももう人と霊の子の親よ。世話にかかりっきりで動けないのよ。私は一人で寂しく散歩」
「お気持ちお察し致します」

  昔に比べると、色々と変わったものだ。
  置いてけぼりを喰らった感のある者たちは、ただこうしてため息をつくくらいしかできない。
  幽々子様は紫様の見舞いに来たそうだ。良い友人を持たれたと思う。紫様にしては。
  お茶をお出しする合間に、勝手知ったる他人の家と幽々子様は紫様の寝室に向かわれる。
  桜餅とお茶を盆に載せ、寝室の襖を開いた。

  そこには、紫様の胸に霊体の腕を差し込む幽々子様がおられた。
  幽々子様の腕は紫様の青白い肌を透き通り、境界の向こうへと行こうとしている。
  何をされているか理解した時、指定された式と獣の本能にスイッチが入る。
  畳を蹴りつけた瞬間までは記憶がある。
  次の一瞬、私の口中には霊体の味がいっぱいに広がっていた。

「こういう時妖夢なら『きちんと計画しないで行動するから、失敗するんです』って言うんじゃないかしら」
「……何をお考えなのですか」

  噛みちぎった幽々子様の腕を、吐き捨てた。
  腕は無数の蝶の形となって大気に拡散し、誘蛾灯のように幽々子様の元へと向かう。
  五体満足となった幽々子様は、困ったように笑われた。

「紫を殺しに来たのよ」
「――先ほど、私は紫様も良い友人を持たれたと思ったのですが、撤回致したいと思います。やっぱ類友でしたと、起きたら愚痴ってやります」
「起こさないわ。このまま春風と陽だまりに抱かれて安らかに眠るのよ」
「それ以上危害を加える言の葉を紬ぎ、剣呑な霊気をお収めにならぬというのであれば、私の式が反応し、幽々子様こそ安らかに眠らせてしまいますよ」

  言葉で牽制し、私は動揺を隠した。
  幽々子様は紫様の御友人だ。間違いない。
  そして、紫様を殺せる数少ない存在でもある。
  さらに言うならば、今世界の一枚向こうにいる紫様すら、こちらに置かれた抜け殻を媒介に殺すことが可能だと考えられる、唯一に近いお方だ。
  紫様をお守りすることは考えていたが、まさか命を狙われるとは思っていなかった。
  まして、幽々子様に。

「何故――このような暴挙に」
「死んでみればわかるわ」

  蝶が舞う。目くらましだ。紫様を担ぎ上げ、私は屋敷から飛び出した。
  寝室の襖から壁、天井までも雪崩となった幾万頭の蝶に押し潰され、微塵となって消し飛ぶ。
  これは弾幕ではない。有り余る力で統率した死霊と霊気を使った、ただの攻撃である。
  そこに違和感を覚える。
  紫様ほど防御がぶ厚ければ先ほどのように、直接触れなければ殺せないだろう。
  だが、正直私程度の妖獣では幽々子様の能力に手も足も出す前に殺されてしまう。
  それを使わないということは、少なくとも私を殺す気はないらしい。

  ただ、友人の式は友人ではない。
  紫様を担いでいるせいで、敏捷性が少し下がっていた。
  気がつけば三百六十度全方向を蝶に包囲されていた。
  押し潰すように、一息に億を越える蝶たちが殺到した。
  腕や尻尾の五、六本が飛ぶことを前提に、自ら蝶の壁へと向かう。
  爪と牙と尻尾で蝶を薙ぎ散らし、一点突破。打ち破る。

  突撃の勢いが死なぬ間に、攻撃へと意識を割いていた幽々子様に駆け寄る。
  私が幽々子様に敵わぬことは承知している。
  それでも、式として設定された以上、この身滅びるまで爪と牙を振るうしかあるまい。

  けれど、振り下ろした一撃は鞘に収められた長刀に遮られた。
  亡霊群を指揮する幽々子様の扇子もまた、短刀によって抑えられている。
  獣の私ですら接近に察知できぬほど刹那の速度で私たちの間に割って入ったのは、銀髪の剣士。
  半人半霊の庭師は私たちの殺気が収まったことを知ったか、剣を引いた。

「幽々子様の様子がおかしいと思い、遅れながら駆けつけて参りました。なんの騒ぎですか、これは」
「妖夢、やや子はどうしたの?」
「産婆やってたという霊に任せてきました。お気遣いなく」

  幽々子様は妖夢の言葉にため息をつき、扇子を閉じる。
  私もまた、妖夢に頭を下げた。

「主人への狼藉、お許しいただけますか」
「いえこちらこそ。どうせ幽々子様から何かやったんだとわかってますから。何が?」

  さすがに言いにくい。私もまだ混乱しているくらいなのだ。
  当事者自身は砕け散った庭石なぞに腰掛け、空を仰いでいる始末である。

「幽々子様」
「なぁに? 妖夢」
「紫様を想われての行動とはお察しします。故、私は留めることは出来ません。ただ、幽々子様、友を殺めになられるそのお覚悟が変わらぬというのであれば、そのお役目、

この魂魄妖夢にお任せくださいませんか」

  尻尾が一斉に逆立った。
  妖夢は斬る気だ。
  もちろん彼女がいかに優れた剣士であろうとも今の紫様は斬れない。
  桜が47回散り98度の夜が巡った後、斬る気なのだ。
  お目覚めになられた紫様を、幻想郷最強の妖怪を斬る心づもりなのだ。
  勝機なんてないと一笑したいところだったけれど、徐々に心身ともお弱りになられている紫様は、もしかしたら斬られるかもしれない。

  幽々子様は苦笑いを浮かべた。

「あいかわらず無茶ねぇ」
「妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなどございません」
「好きになさい。それより、やや子を放ったらかしにしないこと」
「はい。では、帰りましょうか」
「はいはい」

  手を引かれて、亡霊姫は帰っていく。
  一瞬、庭師が頭を下げたような気もしたが、見ないフリをしてやった。



  幽々子様のお考えはわからなくもない。
  紫様はいっそ、潔く果てさせるべきではないかと私とて何度も思った。
  けれど、私は所詮、従者だ。
  紫様がなるたけお幸せに、快く、生きていてほしいと願うだけだ。
  それはただの自己満足と、承知している。



  私もやがては寿命が来る。
  紫様のお世話役に後継として橙を用意してはいるものの、不安がないとは言い切れない。
  私は紫様の最期を看取ることはできないだろう。
  おそらく、橙も。
  一人で逝くのは寂しいことだと、いつか、紫様自身が、幽々子様を見て、おっしゃっていた。
  年老いてきた私には、最近その言葉が染みる。 

  ある春の日、幽々子様が成仏なされたことを妖夢に聞かされた。
  彼女たちを、とても羨ましく思う。

  今日も私は目覚めぬ紫様のお世話をする。
  次にお目覚めになるのは2764度の公転と321度の自転の後。
  それまで生きていられるか、それだけが心配な日々である。







  • すいません、事後承諾になってしまうのですが、
    pixivにてココの文章をお借りして漫画描いてしまいました。
    とても漫画とは言えないほどの出来なので申し訳ないですorz
    失礼しました。 -- 名無しさん (2009-03-15 19:03:07)
  • なら少なくともなを語るべきじゃないだろうか?
    叩かれるかもしれないが、実際に文を作った人に見せないのも失礼になると思う -- 名無しさん (2009-03-16 21:45:20)
  • 何故かしばらくコメできなかった・・・
    ↑確かに。助言感謝します。
    直リンする勇気は無いのでタグ検索にて「ろうそくの火」で出ます。
    チキンですいません・・・orz -- kizuka (2009-03-24 21:55:55)
  • 「ろうそくの火」・・・貴方があれを・・・ -- 名無しさん (2013-11-28 21:34:34)
  • 良い話だな〜、橙視点は無いのかな? -- キング クズ (2016-06-20 17:33:48)
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