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 注意! ハードな表現が有りますので、お読みになる際は御注意下さい
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再生素材の食器皿と金属製スプーンが、耳障りな音を響かせて食堂の床に落ちる。
間を置かず、淡い紫銀色の長髪から兎耳を生やした少女が、その傍らに膝をついた。
少女は大きく目を剥き、腹を押さえながら何かに耐える様に痙攣する。
震える唇の端から涎が垂れている。

「かはッ」

ゆっくりと、少女の体から力が抜けていき、床にうつ伏せになっていく。
床と同じ高さになった視界の隅に、散乱した皿の中身が見えた。
その中に落ちている小さな試薬紙は、何の薬品反応も示していなかった。

「ど… して……」

その試薬紙を、何者かの靴が踏みにじった。
少女は動かない首の代わりに眼球だけを動かして上を見る。

天井照明の逆光の中にそびえ立つ、幾つもの人影。
黒い陰影の中で眼だけが爛と光り、少女の身体を見下ろしている。
その内の一対の眼の下に、すぅっと赤い線が入り、粘ついた糸を引きながら真っ赤な口が開いた。
男達の低い笑い声に包まれながら、少女―――鈴仙の意識は遠くなっていった。






  ―――






左頬に、何かが触れた様な気がして、鈴仙はゆっくりと薄目を開けた。
意識が鮮明になるにつれて、左の頬が熱くなってくる。
ぼやけた視界がはっきり定まらない内に、鈴仙の視界がブレた。
今度は右頬に衝撃が弾け、すぐに熱を帯び始める。
何かの音が聞こえる。
だが水中に居る時のように、くぐもったようにしか聞こえない。

突然、左頬骨に鈍い衝撃が弾け、首に ねじれるような負担が掛かった。
意識が痛みで無理矢理覚醒させられる。
床に顔を押し付けた鈴仙は、自分が殴られて倒れた事に気が付いた。

千切れんばかりの力で前髪が掴み上げられる。
眼前には、いやらしい眼つきをした男の顔。
その顔を、鈴仙はぼんやりと眺める。
男は口を動かして何かを喋っているが、やはりよく聞き取れない。

鈴仙はうまく働かない頭を無理に動かして考えた。
船が漂流を始めてから乗組員達の目つきが、変わった。餓えた獣の様に。
自分の身を守り、幻想郷へ帰るという決意を、鈴仙はより一層堅いものにした。
それからの生活では、鈴仙は何をする時でも、一分の隙も見せた事は無かった。

だが、張り詰めた生活をずっと維持し続ける事は、不可能だった。
精神が削られる生活の中で、集中力はいつか必ず途切れる。
いつもの様に薬品反応を調べた上で食事を摂ったつもりが、その試薬紙自体に細工をされていた。

師匠から学んだ薬学の知識を活かし切れなかった。
あまりの情けなさと己の未熟さに、鈴仙は愕然となってうな垂れた。
その鈴仙の頬に、ざりざりとした髭の感触が走った。
吐き気を催すような酒臭い息が吹きかけられる。
激しく湧き上がる嫌悪感。
それを拒むべく鈴仙は身体を動かそうとするが、動かない。
食事に混ぜられた薬が完全に身体に回っていた。
首筋に、酷く柔かくて熱いぬめりを感じ、鈴仙はびくりと身をすくませた。

布の様なものを眼に巻きつけられ、視界を塞がれる。
手首がひねり上げられ、後ろ手にきつく縛られた。
口に布の塊がねじりこまれる。
だがこんなものを口に入れられなくても、鈴仙は舌を噛んで自尽するつもりなど無かった。
例え何をされようとも、どんな身体になろうとも、あの場所へ帰る。

芋虫のように床に転がされた鈴仙の身体に、獣の息を吐く影達が一斉に群がった。

それから、鈴仙の地獄が始まった。
痛めつけられ、なぶられ続け、汚される尽くす日々が無数に流れた。
もはや鈴仙には日にちや時間といった感覚すらも、無くなっていた。
身体の感覚も、少しづつ失われていった。
やがて心の形すらも、崩れて消えていった。

それでも。
ひとつだけ、最期まで鈴仙の中に残った想いが在った。






  ―――






昨夜の猛吹雪が嘘だったかのように、雲ひとつ無い早朝の冬空。
屹立する竹林の奥深くに、和風の屋敷がひっそりと佇んでいた。
広い屋敷の中は、しんと静まり返っている。
まるで時間が止まったかの様。
そして事実、この屋敷に住む二人は、止まった時の中に生きる者達。

屋敷の縁側の襖が開いた。
星を象った刺繍をあしらった衣装に、ふくよかな銀の長髪の女性。
快晴の陽射しを見上げ、微かに目を細める。
その女性――八意永琳の空を見つめる目は、どこか寂しげだった。

屋敷の裏庭には、何百という数の樹木が植えられていた。
その根元には、かつてこの屋敷で共に暮らしていた因幡の兎達が眠っている。
年の始めの日に、それらの木々の一本一本に花を供えるのが、永琳の勤めだった。

他の木々に花を供え終えた永琳は、一際大きい二本の桜の前に立つ。
並んで立つ二本の桜は、両方とも丸裸の枝に雪を被っている。
大きい方の桜は、遥か昔、月へ贖罪の旅に出た愛弟子の植えたもの。
少し小さい方の桜の下には、その愛弟子と姉妹の様に過ごした地上の兎が眠っている。
しばらく桜を眺めてから、永琳は屋敷へ戻るべく雪の中を歩み始めた。

その永琳の歩みが止まる。
誰かに呼ばれた様な気がして、永琳は振り返る。
だが静まり返った早朝の竹林には、何者の姿も無い。
永琳は小さく白い息を吐いた。

愛弟子の鈴仙が永遠亭を発ってから、もう永い年月が流れた。
昔はよく先程の様に、鈴仙の声が聞こえた様な幻聴を感じたものだった。
屋敷の廊下の角を曲がれば、ふいに鈴仙に会えるような気がした。
研究室の戸を開ければ、そこに鈴仙が居るように思えた。
愛らしい笑みを浮かべながら、師匠、と自分を呼ぶあの娘が。
それ程に、永琳は月の兎の娘を大切に想っていた。


再び屋敷へ歩き出そうとする永琳の目が、上空に向けられたまま止まった。
何かが、小さな何かが太陽の光りの中から近付いて来る。

花びら。
一枚の桜の花びらが、舞い落ちてきた。
白の中に、ほんの少しだけ淡い紫が混じった色の。
あの娘の髪と同じ色の、小さな花びら。

花が一切咲かないこの季節に、どうして。

花びらは永琳を目指して降りてくる。
その様はあまりにも力無く、儚げで。
風になぶられ、どこか遠くへ飛ばされてしまいそうになりながらも。
それでも、小さな蝶が懸命に羽ばたく様に、永琳の元へ。

立ち尽くしたまま見上げている永琳の所へ、花びらが辿り着いた。
永琳は呆然としたまま、無意識に両手を差し出して花びらを掌に受け止めた。

鈴仙の髪と同じ色をした花びら。
永琳は手の中に納まったその花びらの紫色が、消えていく。
紫の色が薄くなって消えていき、やがて花びらは完全な白となった。

罪の償いが、終わったのだ。
彼女は、帰ってきた。

純白となった花びらを労わる様に、温かい水滴がその上に幾つもこぼれ落ちた。
永琳は花びらを両手で優しく包み、胸に掻き抱く。
そのまま雪の中に膝をつき、喉の奥に嗚咽を押し殺して、永琳は小さく肩を震わせた。






  • 一体どういうことなの・・・ -- 名無しさん (2008-09-15 03:05:24)
  • 個人的解釈だと、月へ償いに戻った鈴仙、色々あって幻想郷に何人か仲間を引き連れて戻る途中に船が漂流
    唯一の女の子乗組員だった鈴仙は次第に溜まって行く他の乗組員の性欲の捌け口となり、ズタボロにされながら
    食料が尽きて全員死亡、花びらに姿を変えて永琳の元へ帰ってくる。こんな流れでいいのかお -- 名無しさん (2008-12-06 15:46:29)
  • もしそうだとするなら償いをした事にはならないんじゃねーの?
    償いの対象は月に残してきた仲間たちであって、強姦魔共じゃないからな。
    償いをしていない鈴仙は確実に地獄に堕ち、救いようの無い話だわ。 -- 名無しさん (2008-12-09 13:44:59)
  • 何らかの方法で月に帰ったレイセンは、償いを
    したかしなかったかは別として幻想郷に帰ろうとした
    (永琳は償いをしたと考えたようだが)
    その時に移動手段として宇宙船に乗り、遭難。
    そしてこの乗組員達(男)はレイセンを襲った。
    そして餓死かあるいはレイセンが逆襲したか仲間割れで
    レイセンは死亡(男達はわからない)そして花映塚異変の時のように
    レイセンは魂の状態で乗り移った、永琳が埋めたレイセンの為の桜の木に
    そしてその桜の木から永琳に会うために散り、そして
    再会を果たした。
    こうだと思いますが、解釈は人それぞれってのが一番正しいかと -- 名無しさん (2009-01-10 13:46:52)
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最終更新:2009年01月10日 13:46