運命とみちすじ






  それは、本当に唐突な出来事だった。
  始まりは紅い悪魔の一言、いつもの気紛れな提案である。

「咲夜。貴女、紅魔館から出て行って貰える?」

  そばに控えた従者の動きが見事に固まった。
「あ、あの。お嬢様、私には話がさっぱり見えてこないのですが」
「説明する義理など無いわ。それとも私の手を煩わせるつもりかしら」
「……いえ、しかし……」
  あまりに藪から棒な提案に狼狽するのは、ごく当たり前の事である。
  だがそれすらも目障りだと言うかのように、悪魔は冷たく言い放つ。
「いいから何も言わずに出て行くのよ。必要なものがあるなら、それくらいは用意してやるわ」
  如何に主に忠実な従者と言えど、流石にこの提案は受け入れ難かった。
  おおよそ無駄であろうとは予見しつつも、探りを入れずにはいられない。
「おそれながら、お嬢様。せめて、解雇理由だけでも提示していただきたいですわ」
「解雇理由? 何を言っているの貴女は。ほら、無駄口を叩く暇があったら出る準備をなさい」
  それすらも教える必要は無いという事か。
  突然の解雇に至る理由。皆目見当もつかないが、主から直接告げられる事は無いらしい。
  従者は意を決したように姿勢を正すと、主に向かい回答を述べた。

「お断り致しますわ、お嬢様。明確な理由が述べられない以上、私は納得できません」
「ふん……物分りの悪い従者ね。私の言葉、それ以上の理由を求めるわけ?」

  悪魔は面倒くさそうに溜め息を一つ吐くと、右手に巨大な槍を生成して立ち上がる。
「試してみましょうか。私の槍と貴女の刃物、どちらがより速いか?」
「……試験、とお受けしてよろしいのですね?」
「さてね、原形を留められるかも怪しいものよ」
「承知しましたわ。では……参ります」



 §



  今、咲夜は地面に仰向けに倒れ、半分閉じた瞳で紅魔館を見上げていた。
  身体のあちこちで弾けた弾の痛みと、槍が掠めてできた幾つもの斬傷。
  時計を用いた時間操作も、かつての主には通用せずに終わった。
  真っ先に懐中時計という媒体を叩き割られ、後は激しい消耗戦。
  思い出すだけで嫌になる。試験に落ちた、とでも言えば良いのだろうか。
  退職金のつもりなのか、幾らかの路銀とともに館から放り出された。

「……これくらい、何とも……何とも無いわ……無い……」

  自分を励ますかのように、唇の端で繰り返す言葉。
  身体の痛みに対してか、不意に訪れてしまった孤独に対してか。
  追い出された直後に、館に巨大な結界が張られてしまった。
  恐らくは、図書館の魔女によるものだろう。最近、結界の研究に嵌っていたのを思い出す。
  外からでは、館の中の気配が一切感じられなくなった。
  加えて、この結界は『咲夜だけが』通り抜ける事ができない様に生成されていた。
  現に、買出しのメイドが悠々と結界を通り抜けるのを目撃してしまっている。
  声を掛けたとたんに結界内に逃げ込まれてしまったのは、正直ショックだった。

  倒れこんだまま視線を動かすと、正門の前に立つ美鈴が見えた。
  結界の外にいる咲夜に気付く事もなく、美鈴は油断なく仕事を果たしている。
  結界の内は、咲夜に関する一切の干渉から隔離されているようだった。
  故に姿も見えないし、声も届かない。
  完璧に無視されていると思って逆上した思考も、時間と共にゆっくりと静まっていく。

  館を追い出されたのが夕刻。そろそろ夜の帳が落ちる。
  何だかんだで手加減されていたのだろう、身体のほうは動きそうだ。
  夜行性の妖怪には見境の無い低脳な輩も多い、こんな所で寝そべってもいられない。
  しばし、名残惜しそうに紅魔館を眺めていたが、やがて諦めたように立ち上がる。

  兎に角、宿の確保を。

  どうにかして紅魔館と話をするにしても、今日を生き延びられなければ意味が無いのだ。
  とはいえ、ずっと悪魔の狗として生きてきた彼女には、行くあてなど数えるほどしかない。
  ただ、皆無ではないと言う点に安堵だけして、咲夜はよろよろとその場を飛び去った。



 §



  もう二度と踏み込むまいと決めていた、夜の魔法の森。
  以前は見事に道に迷い、違う方の魔法使いの家に辿り着いた記憶がある。
  だが、幾ら夜とはいえ一度訪れた場所だ。
  森と言う日に日に変化する環境と言えども、方向と距離さえ掴んでいれば問題ない。

「魔理沙……魔理沙、居ないの?」
「なんだよ……人が丁度出掛けようって時に」
  少々乱暴に扉を叩く客人を、家主はしかめ面で出迎える。
  客が見慣れた人物だと認識すると共に、その包帯まみれの格好に驚きの表情を作った。
「なんだ、随分やられたんだな。ご主人様と喧嘩でもしたか」
「かなり認めたくは無いけれど、そんなところね……」
  そうかそうか家出か、と頷く魔理沙。
  そして咲夜の次の言葉を待たずに、ぱん、と顔の前で両手を合わせた。
「すまん、私の家は無理だぜ。たった今、害虫駆除装置の実験を始めてしまった」
「はい?」
  見れば、家の中にもうもうと煙が充満しているのが分かった。
  どうやら、煙幕式の殺虫剤散布を行っているらしい。
「最近、本を喰う虫が沸いたみたいでな。気付くと紙に穴が開いていたりして」
  パチュリーのやつと協力して、外の世界の広域殺虫剤を完成させたのさ、と得意げに語る。
  成る程、パチュリーにしても持ち出された本を虫に喰われたくはないだろう。
「全く。ものぐさにしているからそうなるのよ」
「気をつけるぜ。寝てる間に虫が這ってるかと思うとぞっとしないからな」
  咲夜は頭を抱えた。
  魔理沙の家が駄目となると、他の『個人的な知り合い』は誰が居ただろう。
「私も宿無しだから、図書館で調べものしつつ完徹予定だ。お前はどうする?」
 箒に腰掛けながら、魔理沙が尋ねてくる。
「今は館に帰れないわ、さっき出てきたばかりだし……」
  魔理沙を中継して話し合うにしても、もう少し時間を置いた方が良いだろう。
  そうすればお嬢様の気分も変わるのでは、と僅かな期待も持てる。
「突然済まなかったわね。他を当たるわ」
「そうか。だが、その身体で夜の森をうろつくのは流石にまずいと思うんだが」
  これでも心配してくれているのだろう。
  応急処置は館を放り出される前に済まされていたが、いまだ酷い状況に変わりはない。
  結局、森を抜けるところまで併走、護衛をしてくれる事になった。


  森の出口で別れ、ぶっ飛んでいく魔理沙の姿を見送る。
  真っ黒な空をぼうっと見上げながら、咲夜は考えた。

  異変やら宴会やら何やらで知り合った顔見知りたち。
  考えてみても、それら以外に頼れそうな者は居ない。
  次に脳裏へ浮かんだのは、博麗の巫女の顔だった。
  ちょくちょく館へ来る魔理沙の次くらいに、顔を合わせる機会が多い人物だ。
  宴会の主な開催地が神社であるという点が影響しているのだろう。
  目的地は定まった。咲夜は痛む身体に鞭うって、神社へ向けて飛翔した。



 §



「悪いけど、今日は泊められないわ」
  用件を告げるなり、霊夢は首を横に振って答えた。
「……そう」
「タイミングが悪いのよねぇ」
  決して邪険にしたくてした訳ではない、と霊夢の表情が物語っている。
  ふと建物へ視線を移すと、結界の媒体だろうか、無数の札が張られているのが分かる。
「冥界との境の結界にちょっかいを出した馬鹿がいてさ」
  紫が起きて来るまでの繋ぎの応急処置を引き受けたとの事だった。
「そう。珍しく仕事中なのね」
「珍しくって何よ。兎も角、結界維持の媒体を晒すわけにもいかないのよね、立場的に」
  その気になればきっと、媒体への直接干渉で結界を壊したり、構成を組み替えたり出来るのだろう。
  もちろんそんなつもりなど欠片も無いが、相手にとっても仕事である。
  媒体防衛の為には、人を近づけないのが一番なのは当たり前の話だ。
「だから、その、なんていうか、ごめん」
「謝らなくて良いわ。疑われている訳じゃないのは分かってるつもりよ」

  しかし、困った。
  霊夢が結界の補強を担当している以上、冥界へ押し入れば彼女の仕事の邪魔になる。
  最悪の場合、最初のちょっかいとやらの罪も被りかねない。
  この時点で、白玉楼への滞在の可能性も断たれた。
「で、当てはあるの?」
  霊夢の言葉を受けて、少しだけ考えてから首を縦に振る。
「知らない顔じゃないし、永遠亭にでも頼み込んでみるわ」
  咲夜に残された可能性といえば、それくらいだった。
  だが霊夢は、咲夜の回答に表情を曇らせる。
「結界破りの騒ぎを受けて、彼女達も一時鎖国してるわ」
「え、どうして?」
「どうしてってそりゃあ、結界にちょっかいを出す馬鹿が現れたからよ」
  それは万に一つの保身のため。
  ただの考え無しの馬鹿なら良いが、幻想郷の結界と分かって喧嘩を売る馬鹿なら危険かもしれない。
  何せ、博麗神社や八雲 紫に喧嘩を売っているも同然の行為である。
  分かってやっているのなら、相当な力を持つ相手と見るのが自然だ。
「いたずらに兎たちを死地には送らないか……案外部下想いなのね」
「どちらかというと『面倒ごとは御免だわ』寄りな気がするけど」
  だが、今の霊夢の話が本当だとすると、永遠亭の線も消えた。
  恐らく、屋敷に近づけぬように竹林に細工を施してあるのだろう。
  挙句、霊夢や紫に喧嘩を売った奴が、幻想郷内を闊歩している可能性まで出てきた。
  なおの事、安全な拠点を得る必要性が出てくる。

「……あー、あんたならまぁ信用していいか。怪我してるみたいだし、今日は泊まっていいわ」
  俯いて黙ってしまった咲夜を見かねて、霊夢は困った声をあげる。
  だが咲夜はその誘いを断る事に決めた。
  霊夢の仕事の邪魔なんてとてもできない。仕事の邪魔をされる鬱陶しさはよく知っている。
「そんな簡単に異分子を受け入れてどうするの。博麗の自覚が足りないわよ」
「……はぁ、馬ッ鹿馬鹿しい。あんたも大概頑固ね」
「あら、霊夢に褒められるとくすぐったいわ」
「呆れ果てているだけなのであしからず」
  盛大な溜め息とともに、霊夢はある方向を指し示す。
「あっちに人里が有るのは知ってるわよね」
「ええ。半獣が居る里ね」
  霊夢の言いたい事はすぐに分かった。歴史喰いの半獣を頼れという事なのだろう。
  確かに、彼女であれば何も言わずに保護してくれそうな気はする。
  正直なところ、そろそろ体力も限界に近い。咲夜は頷いて答えた。
「そうね、そうさせていただくわ」

「道中はせいぜい気をつけて行きなさいよね、怪我人」
「貴女も、徹夜で倒れないようにしなさいな、仕事人」



 §



「しかし、驚いたぜ。いきなり血塗れでお宅訪問だもんな」
「血塗れとは人聞きの悪い。手当ても着替えも済んでいたでしょう」
「レミィの手当ては雑なのよ。かえって包帯外した方が、蒸れなくて早く治るんじゃないの」
「五月蝿いわね。アレでも頑張ったんだからね」
  図書館にお邪魔した魔理沙は、咲夜の訪問について話していた。
  今現在、図書館内には三人の人影がある。
「そういえば、まだ聞いていなかったわね。どうレミィ、結界の調子は」
「良好よ。咲夜を探そうとしても、微塵も気配を感じないわ」
  視えてしまうと、どうしても気になってしまうものね、と静かに笑う。
  そんな二人のやり取りを聞いて、魔理沙は苦笑するしかない。
  咲夜は本当に、完全な閉め出しを喰らっていたのだ。
「しかし、良いのか? あんな状態で放り出したりして」
「出す前に、人里に辿り着くように運命操作しておいたから平気よ」
「ふむ? ……なるほど、慧音なら邪険にはしないだろうしな」
「そういう事ね。低脳な妖怪どもの活動時間までには辿り着くでしょ」
  何だかんだいっても、アフターケアは行っているという事だ。
「そこまで気になるなら、なんで解雇なんてするかねぇ」
  魔理沙の呟きに、二人は揃って目を丸くした。

「解雇? そういえば咲夜もそんな事をいってたけど」
「レミィ、本当に解雇したの?」
「まさか。誕生日を祝う宴会の準備の間だけ出て行ってもらっただけじゃないの」
「貴女、咲夜の誕生日なんて知らないじゃない」
「そうね、知らないわ。だから、拾った日を勝手に誕生日という事にしておいた」

  盛大にずっこけたのは、やはり魔理沙だ。
「おいおい。追い出されました、って相当本気で凹んでたぜ」
「あらやだ。咲夜ってば思い込みが激しいのね」
「はぁ。おおかたレミィが面倒くさがって、ろくに説明しなかったんでしょ」
  非難の視線を送る二人を睨み返して、紅の主は反論する。
「説明しちゃったらサプライズにならないわ。何て言って追い出せばよかったのよ」
「……確かに、あいつの場合は力ずくが手っ取り早いかもしれんな」
「妙なところで頑固だものね、あの子」



 §



  館の厨房では、従者の長を慕う者たちが睡眠を忘れて準備に走り回っていた。
  突然のことに驚く表情が目に浮かぶようで、みな一様に楽しそうに手を動かしている。
  その中、買出し担当だったメイドだけが、妙に落ち込んだ様子で準備を手伝っていた。 

  計画は全てサプライズ、悟られるわけには行かなかった。
  下手に会話をして口を滑らせたらと思って、咄嗟に逃げてしまったけれど。
  けれどあの時。とても、とても寂しそうな眼をしていた。
  何か一言だけでも、会話を交わしたほうが良かっただろうか。

  従者の長を慕う一人のメイドが、言いようのない不安を胸に抱く。
  着々と進む宴会の準備の裏に、とても不吉な影が見えた気がした。



 §



  そろそろ身体がだるくなってきた。
  肉体的な疲労もそうだが、それよりも精神的に参ってきているのが自分で分かる。
  自覚できるのだから相当なものである。
  ようやく人里に辿り着いた頃には、飛んだまま眠ってしまえそうな程だった。

  座標に狂いはないはずだ。
  場所も正確に覚えていたつもりだ。
  そして実際、記憶していた場所も現在の座標も決して間違っては居なかった。
  けれど、咲夜の眼には映らない。

(あれ……この感覚……どこ……か、で……)

  終わらない夜の記憶が蘇ったのも一瞬だけ。
  今度こそ大丈夫と思い安堵していた心は簡単に崩れ落ちる。
  無意識のうちに瞼は落ち、ゆるゆると失速する。
  やがて何もない平地に倒れこむと、彼女はそのまま意識を失った。


  彼女は結局、新たな居場所を見つける事ができなかった。



 §



  全く、レミリアも何を考えてるんだか。
  あんなに傷付いた従者を放って、知らん振りを決め込むだなんて。
  あの子もつくづく運が無い。
  魔理沙に断られ、私に断られ。
  結界の異常さえなければ、彼女の行く当ても随分あった筈なのに。
  まぁ、魔理沙は例外だけれども。

  霊夢は先程の訪問者を思いながら、ずっと釈然としない気持ちを抱えていた。
  結界をじっと維持し続ける霊夢は、感じなれた違和感を感じて眉をひそめる。
「おはよう。ようやく来たわね、ねぼすけ」
「おはよう。藍に急かされて起き抜けに来てあげたわよぉ」
「はいはい、感謝するわ。で、早速なんだけど」
  乱れた結界に上乗せした補強結界を取り外し、紫に媒体を差し出す。
「とりあえず修復のほう頼むわ」
「はいはい。まったく、飛び越える奴が増えると劣化も早いわよねぇ」
  テキパキと修復を進めながら、境界の曖昧さに溜め息をつく。
「そう思うなら、完全に出入り禁止にすればいいのに」
  そもそも、飛べれば現世と冥府が行き来自由という事態が間違っている気がしなくも無い。
「現状、これでバランス取れてるのが困りものよねぇ」
  可笑しそうに笑う紫に、苦笑を返す霊夢。

「通れなくなったら、非難ごーごーでしょうね」
「クレーム処理は嫌よ私」
「違いないわ、じゃあ現状維持で」
「霊夢もものぐさよのぉー」
「いやいや、隙間ほどでは」

  やがて結界の修復も完了し、紫は帰っていった。
  紫が言うには、今回の結界破損の原因はリリーだそうだ。
  激しい出入りに晒されて劣化した境界の結界が、フラリと飛来したリリーに激突されてヒビ割れた。
  幾ら劣化しているといえど、強度に大きな問題がある気がする。
  激突そのものの原因としては、今年の早すぎた春告げに追いつけず、飛行制御がままならなかったとか。
  要約すると、悪意ある者の攻撃行動ではなかったのである。

  やれやれ、永遠亭も隠れ損だったわけだ。
  一仕事終えて伸びをした霊夢は、ここでようやく大変な事を思い出した。
「……しまった、咲夜ッ!」
  そう、永遠亭がそうしていたように、人里も未知の脅威から身を隠していたのだ。
  あの永夜の時と同じく、里ごと慧音によって隠蔽されているのである。
  どうして忘れていたのか、こんな大切なこと!

  仕事の疲れも忘れ、慌てて神社を飛び去る霊夢。
  時計は既に、明け方と呼べる時刻を指し示していた。



 §



「あのー、お嬢様。霊夢さんが来てるのですが……」
  朝を迎えてこれから眠ろうとする悪魔の元に、一人のメイドが控えめに声を掛けた。
「なによもう。太陽が出かけてるじゃないのよ」
「それが、なんだか様子が変なのです。おおきな箱を抱えて、凄くどんよりしてて」
「はぁ? ……まぁいいわ、ここまで通して頂戴」
「はい」



 ・
 ・
 ・



  部屋に入ってくるなり、霊夢は膝をついてうつむいてしまう。
「何よいきなり」

「……め……、……ごめ……さい……!」

  本当にか細い声でそう言ったかと思うと、下を向いたまま抱えていた箱を前に押し出す。
「……れ、霊夢? 何泣いているのよ、ねぇ……?」
  レミリアを見た途端に、堰を切ったように泣き出す霊夢。
  あまりに珍しいその光景にしばし唖然としてから、レミリアは箱を手に取った。
  霊夢は相変わらず、泣きながら『ごめんなさい』を繰り返す。
  レミリアはどうして良いか分からずに、とりあえずその箱を開けてみた。
  そしてその瞬間、視界から全ての色が消えた。


  割れた懐中時計。見慣れたデザインのナイフ。


 そして、いくらかの骨。


  箱を取り落とした事にすら、しばらく気付けなかった。
「行ったら……、も……それだ、けでッ……骨も、バラバ……でぇ……ッ!」
  泣き声交じりの霊夢の言葉も、もう耳に届いていなかった。
  理解に至らなかっただけで、聞こえていたかもしれないけれど。
「あ、あは……あっははははッ! なにこれ何の冗談、面白いわよ霊夢、どこで思いつくのよこんなこと!」
  気が付くと、笑っていた。
  霊夢は震えながら、涙でくしゃくしゃの顔を上げる。
「わた……が、……さく……ぅぐっ……ころし……ちゃ、たよぉ……っ」
「あはは、は……は? 殺した? 貴女が咲夜を殺した。殺したの? 殺したのね!?」
  力なく、けれど何度も頷いて応える。
  その度に雫がこぼれ、絨毯に染みてゆく。
「わた……のせい、で…………襲わ……おそわれ、て……」
「襲われた? 咲夜が? 何に! 外をうろつく下級妖怪に!?」
  霊夢は頷く。嗚咽が言葉を遮り、聞いていてとても苛々する。
「はッ! 何よそれ、私が保証したのよ、この私が! ちゃんと人里に辿り着くって!」
  咲夜を館から出す時に、運命を変えた。
  何があっても里へと辿り着くようにと。
  無事辿り着く事さえできれば、半獣の庇護がある。妖怪になど襲われるものか。
  そんな事があって堪るか。


「もう、さっきから何事なのレミィ……れ、霊夢?」
「……ただ事じゃないな、これは……お、おい、それ何だよ!」

  駆けつけたのはパチュリーと魔理沙だ。
  大泣きする霊夢に揃って声を失い、レミリアの足元に転がる骨にまた絶句する。
「パチェ。結界解除。今すぐよ、早く!」
「え、えぇ……はい、解いたわ」
  探す。いない。どこだ。外にはいない。
  探す。館の中に居るはずが無い。
  人里の辺りを探す。いない。
  今まで直視しなかったそれに視線を落とす。

  いた。

「な……どういう事よ、これ……」
  確かに、人里へ辿り着くように仕向けたはずなのに。
  なら、どうして咲夜は。
「まさか、それが……?」
  泣きじゃくる霊夢を必死に宥めながら、二人も察したようだった。

  この瞬間。
  紅い悪魔は、本当に久しぶりに、頬を滑る『何か』の感触を感じた。



 §



  運命視にて安全の約束をしたはずの悪魔。
  従者は間違いなく人里へと辿り着いていた、その事実に偽りは無い。

  全くの同時期に騒動を巻き起こした妖精。
  『従者が里へ辿り着く』という定められた運命に沿い、状況が移ろっただけ。

  改竄の通りに安置へと導いたはずの巫女。
  従者の目的地は決まっていた、ただ片道切符を手渡し背中を押しただけ。

  里と共に隠れたまま気付かなかった半獣。
  危機をやり過ごすのと同様に、従者の来訪もまたやり過ごしてしまっただけ。

  何一つ疑う事無く自ら死地へ赴いた従者。
  全てが運命に従ったというだけの、とても、とても簡単なお話。



  二人の出会いの日が、二人の別れの日となってしまっただけの、簡単なお話。




















































以前は見事に道に迷い、違う方の魔法使いの家に辿り着いた記憶がある。

「……クシュン! ヤだ、風邪ひいたかしら……」
  明け方に人形の衣装を完成させ、今日も平和にベッドへ潜り込む都会派な彼女。

  思い出されただけで華麗にスルーされた事実など、彼女には知る由もありませんでした。













  • なんという悲しい話(´・ω・`)
    後悔しないように生きたいね -- 名無しさん (2008-07-29 03:40:44)
  • アリスに言ったら泊めて貰えたかもしれないのに(´・ω・`)公式だし -- 名無しさん (2008-08-03 09:07:52)
  • 霊夢が人里のことを忘れてたのも、咲夜がアリスをスルーしたのも運命通りなんだろうな -- 名無しさん (2008-08-03 12:36:29)
  • レミリアが本当に悪魔に思えてきた -- 名無しさん (2008-09-19 22:41:41)
  • まあ性格がツンだからなぁ
    現実問題でもそれが仇になる人も多いよ -- 名無しさん (2008-09-20 00:02:25)
  • 泣いて謝る霊夢が好きで何度も読み返しちゃいます -- 名無しさん (2009-01-08 18:39:44)
  • 霊夢が謝る必要は無いだろ、悪いのは運命を
    甘く見たレミリアの所為だ。 -- 藤田 龍一 (2009-01-09 18:59:42)
  • >泣いて謝る霊夢が好きで何度も読み返しちゃいます
    同士よ -- 名無しさん (2009-01-10 02:29:13)
  • これアリス受けじゃね -- 名無しさん (2009-03-17 20:22:57)
  • うわぁあああああああぁぁあああああああああ!!! -- 名無しさん (2009-04-25 21:57:50)
  • アリス苛めになってないかこれw -- 名無しさん (2009-04-26 18:39:42)
  • 最後の一文を読んで、アリスがいとおしく思えたのは俺だけではないはず。 -- 名無しさん (2009-04-26 19:24:13)
  • >>霊夢が人里のことを忘れてたのも、咲夜がアリスをスルーしたのも運命通り
    そうか、レミリアは「人里で保護される」じゃなくて「どこでもいいから保護される」という運命を与えていれば、咲夜は助かったのか…。 -- 名無しさん (2009-04-27 19:40:49)
  • これ、もし無事に保護されてたとしても紅魔館に戻って来い、って言う要求には従わないかもしれん。
    痛めつけられたし。成功してても、結構酷い目に合った咲夜が素直に喜ぶだろうか -- 名無しさん (2009-05-11 23:28:25)
  • とりあえず・・・最後のオチはいらない -- 名無しさん (2009-05-14 14:08:39)
  • 人里で保護される・・・
    保護はされなかったが、骨の保護はされたね
    原因はリリーのようだが、一番悪いのはレミリア -- 名無しさん (2009-07-19 04:35:28)
  • 最初の一言が一番の原因だな
    完結には伝えたけど、正確ではなかった -- 名無しさん (2009-07-20 02:03:02)
  • とりあえず霊夢が可愛すぎるwww -- 名無しさん (2009-07-23 01:15:22)
  • フラン・・ -- 名無しさん (2009-09-01 01:35:29)
  • 毎回レミリアはわざとでも偶然でもろくなことをしないな
    心の中はいつまでもガキってことか -- 名無しさん (2009-09-02 00:11:40)
  • レミリアが日本語をちゃんと使えればこんなことにはならなかった -- 名無しさん (2009-10-17 17:09:14)
  • リリーww -- 名無しさん (2010-04-14 08:20:49)
  • たまには休暇をあげるから1日外に遊びに行ってなさいとか言えばよかったんじゃ・・・ -- 名無しさん (2010-04-14 17:16:03)
  • ↑見た目は子供、頭脳はうー!なレミリヤには難しかったんだろう -- 名無しさん (2010-04-14 18:44:11)
  • アリスがいつも以上に愛おしい…
    可愛いよアリス愛してる! -- 名無しさん (2010-04-15 23:30:41)
  • 咲夜… -- グランジ (2010-07-15 21:23:00)
  • 咲夜が骨に…
    -- グランジ (2010-07-15 21:38:56)
  • 咲夜は犠牲になったのだ··· -- 名無しさん (2010-07-16 13:21:03)
  • 誰も運命には逆らえない -- スカーレットの隠し子 (2010-07-27 16:59:07)
  • だめだ、この霊夢には勝てない…可愛すぎる……!ハァハァ -- 名無しさん (2010-07-28 02:04:26)
  • 咲夜ェ··· -- 名無しさん (2010-07-28 18:07:28)
  • 霊夢とかいらないから
    咲夜さん… -- 名無しさん (2010-07-28 21:43:05)
  • レミリアはベジータ決定だな -- 島波 (2010-10-05 21:11:29)
  • リリーは悪くない 春告げが早まった事故だ
    霊夢と咲夜は悪くない レミリアに操られた被害者だ
    アリスは悪くない ただ普通に一日を過ごしてただけ
    慧音は悪くない ただ里を守っただけ
    まぁとりあえずレミリアざまぁww -- 名無しさん (2010-11-02 10:37:24)
  • 悪魔の安全祈願なんか間違いなく
    悪い結果が待ってるだろwww -- 名無しさん (2010-11-02 18:03:47)
  • レミリアが咲夜を殺したのか・・
    -- 名無しさん (2011-04-05 14:14:50)
  • フラン「ええぇぇぇぇ!」
    小悪魔「うそおおおおおん!」
    アリス「くしゅっ!」
    咲夜「お、お譲さあああまああああ!」 -- 残念賞 (2012-08-21 18:26:29)
  • 咲夜好きのリア友には見てほしくないようなBad Endだった
    泣きかけたわ… -- 名無(ry (2013-08-27 22:50:46)
  • 大きな箱が一瞬賽銭箱かと思った俺は一体 -- 名無しさん (2014-06-30 22:56:40)
  • 泣いた -- 名無しさん (2014-08-21 09:59:34)
  • ↑↑俺のコーラを返せwww -- 名無しさん (2014-08-21 15:35:38)
  • >大きな箱が一瞬賽銭箱かと思った俺は一体
    同士よ -- 名無しさん (2016-01-01 07:23:47)
  • >>大きな箱が一瞬賽銭箱かと思った俺は一体
    同士よ -- 名無しさん (2016-02-01 18:39:48)
  • 箱のデザインは?
    どうでもいいことが気になる俺だが、
    泣いて謝る霊夢可愛い -- 名無しさん (2016-05-03 20:53:55)
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