「ねえ衣玖、何かお仕事ないかしら」

「はいはい、選ばなければいくらでもあるでしょうね」
 
ここは天界、非想天。
とぼとぼと力なくやってきて、沈んだ声で話しかけるのは非想非非想天のプリンセス、比名那居天子ちゃんです。
対して、そんな天子ちゃんに目もくれず、気の抜けた返事を返すのは超時空深海魚、永江衣玖。
 
「そんな大激震な台詞が来ることを自分に予言してくれる仲間が一人も居ないことに軽く絶望を感じますね」
「不景気なのよ。出来もしない地震予知に貴重な税金を割くなんて理系が許しても文系が許さないの」
「不景気ですね」
 
並んで吐く溜息には幸せがたっぷり含まれているようです。
 
「それで、何でまたお仕事なんて探していらっしゃるのですか。総領娘様は」
「お父様が、派遣切りってやつにあったの」
「それはそれは」
「それで、三週間で蓄えがなくなったらしいわ。二十万しかなかったんだって」
「大変ですね。博麗の巫女でももう少しいい生活をしているのではないですか?」
「そうなのよ、大変なのよ」
 
ここまで付き合って、衣玖さんは大体話が読めてきたのです。
自分の主は派遣かも知れませんが、しかし切られたのは自分なのです。
ちろりと横目で天子ちゃんを見ると、なにやら手紙を握っています。嫌な予感しかしません。
 
「それで、これ以上養えないと追い出されたのですか? それともバイトでもしろと言われたのですか?」
「うん。お前ももういい年なんだから一人で生きていけ、仕事しろって言われたの」
「当たり前ですね」
 
力なく突っ込む衣玖さんにいつもの余裕はありません。
仕事を失ったばかりで天子ちゃんに構っていられないのです。誰だ派遣はエリートなんて言った奴は。
 
「それでね、これなんだけど」
 
ようやく来たかと衣玖さんは天子ちゃんが差し出す手紙を受け取り、広げてみます。
そこに書かれていたのは天子ちゃんのお父さん、つまり衣玖さんの元雇い主のメッセージです。
 
「……」
 
右と左を行ったりきたりする衣玖さんの視線を天子ちゃんは為す術もなく見守るしかありません。
社会に出たばかりの初心者なんて所詮まな板の上の鯉でしかないのです。
 
「なるほど、よく分かりました」
「何が書いてあったの?」
 
ひょいひょいと手紙を折りたたみ、懐へとしまう衣玖さん。
そんな衣玖さんをきらきらした瞳で見つめる天子ちゃんに、衣玖さんは心底うんざりしたような視線を向けちゃうのです。
 
「……衣玖?」
「委細問題ありません。あなたは黙って私について来ればよいとナガエは簡潔にあなたに告げます」
 
衣玖さんはそのままふよふよと風に流れて行ってしまいます。二万一匹姉妹は振り返りなんてしないのです。
 
「衣玖? ねえ、待ってよ衣玖、置いてかないでよ」
 
天子ちゃんはひょこひょこと衣玖さんについていきます。
やがて、やってきたのは地上を見下ろせる断崖です。
ごうごうと流れる風に羽衣をはためかせながら、衣玖さんは引き攣った笑みで地上に視線を向けます。
 
「ええと、こういうときはどうしたら良いんでしたっけ」
「知らないわよ」
 
そんなこと言いながらも、さっさと靴と靴下を脱ぎ、きちんとそろえる辺りは流石です。
崖の先端に鎮座した靴を見て満足そうに頷くと、衣玖さんはふと思い出したように懐から手紙を出して靴に添えるのです。
 
「『遺書』……っと」
「……それってお父様の手紙じゃ?」
「大丈夫です。遺書で通じますよ。似たようなものです」
「似たようなって」
「キィーッ! よくも私の前に姿を現せたものね!」
「衣玖!!?」
「幾らあの人の娘だからって! そんなに私が憎いのこの子はぁぁぁ!!!」
「衣玖、衣玖ちょっと待って! ってうわあぁぁぁぁぁ!」
 
いつの間にか天子ちゃんの後ろに回り、大声で叫びながら衣玖さんは華麗にDC攻撃を決めるのです。
きりもみ回転しながら地上へと落下していく天子ちゃんを笑顔で見送って衣玖さんはとても満足そう。
しかし、いつまでもそんなことをしているわけには行きません。靴をそろえた以上自分も飛ばないといけないからです。
 
「来年度の投資予算2割なんですって!」
 
天子ちゃんに続き奇声を上げて、万歳のポーズで崖からダイブする衣玖さん。
終わってるのかそうでないのか微妙なラインですが……、大丈夫なのかな……。
 
 
 
 
 
「衣玖? どうして神社なんかに来たの?」
「お仕事を探しに来たのですよ、総領娘様」
 
今回こそはまじめに天子ちゃんを回収し、衣玖さんがやってきたのは博麗神社です。
 
「ああ、いらっしゃい。あんたも来たの?」
「おや霊夢さん。総領娘様は今日が初めてですが、私は昨日も来ましたよ」
「そう言えばそうだったわね。あんたまで失業するようじゃ世も末ね」
 
世は不景気。ここ博麗神社はそんなご時世でお仕事を失った人たちの集う場になっていました。
理由は何か。神社に急遽設置された求人掲示板の存在です。
 
「あんた昨日仕事求むって貼っていったでしょ。景気いいみたいだから見に行ってきなさいな」
「およ? 景気よかったんですか、私」
「えーえー、再就職先決まったらお賽銭お願いね。これ決まりだから強制ね」
「……抜け駆け?」
「さてと。どこに貼りましたっけねー」
「衣玖ー!」
 
何か誤魔化すように掲示板に駆け寄る衣玖さんは合格する気満々の受験生そのものです。
第一志望の学科の掲示板に向かう途中にふと第二志望の学科の掲示板見つけて
そこに速攻で自分の番号見つけた気持ちがおまえらに分かるかこん畜生。
 
「おお、魚類のおねーさんだ」
「ん? ……ああ、地霊殿の猫さんですか。お久しぶりです、お変わりありませんか」
 
そんな衣玖さんに突如かけられる声。それにあわてることもなく冷静に衣玖さんも応えます。
 
「お変わりあるよ。こんなところにきているわけだからからねぇ」
「およよ、もしかして失業中なのですか? あなたも」
 
そのとおりだよ! と元気一杯に返事をするのは猫耳三つ編みツインテールな火車、お燐ちゃんです。
失業したという割にはどんよりと重たい空気を伴っていません。性格の賜物か。
 
「あら、空まで。あなたも失業したのですか?」
 
お燐ちゃんの後ろから現れたのは同じく地霊殿出身の地獄鴉、空ちゃんです。
こちらはお燐ちゃんとは対照的にどんより曇り空な空気を纏っています。
 
「ううん。失業なんてしてないよ」
「おや、良いですね。この御時世にまだ仕事があるのですか」
「うん、まあよほどのへまをしない限りクビにはならないはずだよ、私の業種は」
 
何時ぞや起こしたという火炎地獄跡の過剰燃焼はよほどのへまではないようです。
しかし、失業したというお燐ちゃんよりも暗いのはどういう事か。
 
「いや、暗いのはこのお燐の性でね」
 
恨みがましい目で隣のお燐ちゃんを見やる空ちゃん。
やがて怨霊でも吐き出しそうな口からぼそぼそと言葉が漏れてきます。
 
「ああ、あれはいつから始まったんだっけか……」
 
 
 
火焔地獄跡は、文字通り跡地であった。
かつての栄華も今は昔。今となっては申し訳ない程度に火を炊き続ける保温操業中の炉そのものであった。
しかし、そんな暢気で安定した生活は、いつしか失われていったのだ。
始まりはいつだったかなんて誰にも分からない。それは徐々に、だが確実に旧地獄跡全体を蝕んでいった。
 
「最近、死体が多いね」
「ほんとに。どっかで死神でもさぼってるんじゃないの?」
「またまた、外で戦争でもやってるだけでしょ」
 
あははは、と笑いあいながら死体をくべていられる間はよかったのだ。
次第に、錆びた天窓をこじ開けて熱を出さなければいけないようになり、順番待ちの死体在庫が溜まり始めるようになった。
何かがおかしい。そう皆が感じ始めた頃にはもはや手遅れだった。
ほいほいと死体をくべていく作業の中、次第に昔の感覚を取り戻していく彼女らにその何かを考えている暇はもはや無かった。
明らかに過剰供給な死体を、それでも空をはじめとする火炎地獄部はがんばって捌こうと試みた。
急遽、火炎地獄跡の能力限界を事細かに計算し、ネックであった給排気系統をカイゼンして能力の底上げまで図ったのだ。
しかし、そんな程度では足りなかった。地霊殿の資材部からはこれからも供給量は増加していくという、やな予測がでた。
そのため設備システム課は炉を増強する計画を立てた。
新たな炉は場所がないため作れなかった。地霊殿を間借りするという物騒な案まで飛び出す始末だった。
だが、幹部会は彼らの出した炉の増設案を見通しの不安定さと財務状況を理由に一蹴したのだ。
 
「で、その状況はいつまで続くの? 一過性のものなら予算は出せない。継続性を示しなさい」
「あと、その投資を何年で回収できるの? 現状の設備の増強で良いじゃない」
「第一地霊殿ってなに考えてるのよ。さとり様が了承するわけないでしょう」
 
幾ら空がその必要性に関して熱弁を振るっても、彼らは意に介さなかった。
それどころか、火炎地獄部の人員の多さを突っ込まれ、もっとこっちに回せないのかと言われる始末であった。
 
「そんなことありません、こっちはこれでもいっぱいいっぱいなんです」
「でも、多いじゃん。減らしてみて駄目ならまた考えるってのもありなんじゃない?」
「そんなことされたら保持できません。そんな事言ったら怨霊管理部とかどうなんですか? 多すぎじゃないですか」
「だから給料の高いベテランはどんどんそっちに流して若い安い奴等にどんどん入れ替えてるじゃないか」
「……」
「人事もあまり無茶を言わないほうがいいよ。あっちを減らされるとじゃあこっちも、次あそこもってなっちゃうし」
「そうそう、多いようで実は少ないなんてよくあることさ」
 
知らぬは事務ばかりなり。
空に合いの手を差し出したのは針山地獄部だの地獄釜部といった空と同じような現場部隊の者たちだ。
ここで人事の言い分を黙認すると次自分のところに来るのは分かり切った話。彼らも必死だった。
こうして、空は現状維持という最低限のラインは守りきった。
だが、すなわち空らに残された手段は現状の炉の燃焼効率の増強位しかなくなったということでもある。
燃焼管理課は徐々に溜まっていく未処分在庫に頭を抱えつつ、燃焼効率の理論限界に如何に迫るかの挑戦を繰り広げた。
人員配置の見直しと高効率化、工程の再構築等々聖域なき構造改革が抵抗勢力もないまま断続的に行われた。
限界ぎりぎりまで出力を上げ、悲鳴を上げ始める設備を設シは根性で補強していった。
 
「炉の内圧がヤバイ数値になってます!」
「排出量が足りません、供給量を下げて!」
「私たちはそっちの予測を元に投入してるんだけど!? ちょっと! どうなってんの!?」
「ああもう!! また廃棄物がブリッジしてるよ! 近くにいる奴ー!!」
「2号ダンパーが逝かれてるYO! 設シー!!」
「またかよ! 昨日1号やったばっかじゃん! 行くよ! 行くってば! 予備品出しといて!」
「おーけー! 資材! 在庫もうないから新しいやつ発注しといてねー!」
「納期2週間だからそれまで壊さないでねー!」
 
白金の損耗が資材や金型加工を、予備品のない設備の昇天が設シを泣かせた。
増す稼働率、増える排熱。冷却能力は不足気味になり、湧き上がる熱量が牙をむいた。
 
「排気のエアフィルターが焼損したんだけど!」
「フィルタ!? 何でそんなとこ焼けるのよ!」
「冷却が追いつかないのよ! 水冷増設できないの?」
「分かったわよ! 地下水のポンプ増やすからそれまで凌いで!」
 
 
 
「こうして間欠泉が沸きあがることになったのです」
「……そうですか」
 
しみじみと語る空を前に、衣玖さんに何が出来るというのでしょう。
 
「あの、その話長くなりますか?」
「多少。まあ、ちょっと座ろう。目眩してきた」
「大変ね」
 
あろう事か霊夢はお茶を人数分、さらに座布団まで持ってきました。
 
「じゃ、がんばって」
「霊夢さんは一緒に聞かないのですか?」
「そんな不景気な話聞いて景気がよくなるわけで無し、パスよパス」
「ここまで聞いている限りでは忙しいっていう自慢でしかないようですが」
「でも、ここからその不景気な顔に転落していくんでしょ? やっぱパス」
 
ひらひらと手を振って霊夢はほいほいといなくなってしまいます。
後に取り残された衣玖さん達は何とか笑顔を維持したまま空ちゃんに向き直るしかありません。
 
「でもね、そんなときにも降って湧いた幸運ってのはある訳なのよ」
 
 
 
炉のスキマから吹き上げる紅炎、そこにモルタル突っ込んでスポットクーラーを当てる下っ端鴉達。
蕩けたブスバーを回収して金属加工へ放り込み、代金とばかりにできたてほやほやの新品をしょっぴいてくる下っ端鴉達。
誰もが必死だった。懸案を抱えずに床に着ける者など居はしなかった。
 
「ちょっと、チャート紙くらい交換しときなさい! ここ30分記録ついて無いじゃない!」
「お願いします!」
「投げるな! それ以前に私にやらせるな!」
「あのー」
「なに!」
「この辺の地獄鴉で一番強い者を捜してるの」
「それなら私ですけど! 何か!」
「え? あ、そうなの? なら、貴方に力を与えます」
「はいはいどーも! はい交換終了! ちゃんとファイルしときなさい」
「投げないでくださいよう!」
「火焔地獄跡には究極にして人類が手のする事が出来る最後のエネルギーを生む秘密が隠されています」
「空ー! 環安が粉塵が基準値以上舞ってるからなんとかしとけって!」
「えー! どこよそれは! 先月は大丈夫だったじゃない!」
「そして、火焔の中に棲む鴉である貴方。貴方はその究極の力を体に宿らせる事が出来る筈です」
「西通路の上流! とにかくちょっと来て」
「はいはい、そういうことだから行ってくるね、後お願い!」
「それにより地底のみならず、地上にも希望をもたらしましょう。 ……って聞いてねぇ!」
 
こうして、霊烏路空は力を得た。
得られた力は強力であり、空はその力を以てようやくこの危機を乗り切ることに成功したのだ。
 
「ふえ……。では今月の生産会議を始める訳だけど」
「えー、今月は空部長が何かよく分からない力を手に入れたおかげで炉が嘘みたいに安定しました」
「一般修繕費は先月対比-62%。ずいぶん減りましたね」
「ああ、これだけの数字が出てれば次のQC大会はもらったも同然ね」
「でも、どういう発表になるんですか? これ」
「新技術の導入って事で、がんばってスライド作ってね。今月は余裕あるでしょ」
「げ、担当あたしですか。ストーリーどうしろと…。 で、部長の力は一体誰から?」
「……誰だろう。ついでに言うと目的はなんなんだろう。よく考えるとずいぶん怪しい話よね、これ」
「空ー! 蒸気配管が割れたー!!」
「な、なんだってー!!」
 
割と重要な疑問点はすぐに忘れ去られてしまった。
多少問題点が減ったところで元が多ければあまり意味はなかった。
誰も、何故自分たちはこんなに忙しいのかなんて考えもしなかったのだ。
だから、空には何故自分が地上の妖怪にふるぼっこにされねばならないのかなんてさっぱり分からなかった。
 
「うー、やっぱり地上に換気塔がいるか」
「はい。現状の熱量を吐き出していると間欠泉じゃ足りなくなります。水蒸気爆発必至ですよ。はいこれ熱量計算書」
「空ー。なんか地上からお客さん来たんだけどー」
「ああ、さっきお燐からも聞いた。間欠泉を止めたいんだってね」
「無茶言いますね。間欠泉なんてそんな危険なものでもないでしょうに」
「精々火傷するくらいだと思うけどなあ。ま、一応行ってくる」
「15時から現場会議ですから。覚えといてくださいねー」
 
―――……。
 
「現場会議に先立って言っておく。
 私はさっき地上からのお客に会ってきたのだが。
 いや、会ってきたと言うよりは弾幕戦をしてきたのだが……。
 ありのまま起こったことを話すよ。
 間欠泉は止められないと素直に話したら撃たれた。
 何を言ってるか分からないと思うが私も何をされたのか分からなかった。
 頭がどうにかなりそうだった。
 理不尽だとか問答無用とかそんなチャチなものでは断じてなかった。
 もっと恐ろしいものの片鱗がそこにあったことはさとり様に誓って間違いない」
 
一体如何なる力によるものか。
紙切れでしかない御札が当たり前のように空の頭に屹立し、
御札よりも朱い液体がそこからだらだら滴り落ちる光景に彼女の同僚らは何も言えなかった。
 
 
 
「思えばもっと早くに考えておくべきだった。
 そもそもなんでこんなに忙しいのか。燃やす物があるからに決まってるじゃんって」
「総領娘様。第二部完みたいですから今の内に離脱して掲示板で良さそうな仕事を探してきた方がいいですよ。
 こういうときに人のことを気にしていては禄な仕事が回ってきません。就活ってのはそんなもんです」
「え? でもまだ終わってないみたいだけど?」
「だから人に付き合う余裕なんて総領娘様にはないと言っています。自分のこと終わってからにして下さい」
「そんな事言って、衣玖だって失業中の身じゃないの。あなたと私に一体どれほどの差が……」
 
衣玖さんがスッと取り出したのは自分の張った張り紙と、それに対する勧誘の張り紙です。
それの枚数を天子ちゃんに見せびらかして、衣玖さんはぺしぺしと天子ちゃんの頭を叩くのです。
 
「すいません。よく聞き取れませんでした。何ですって?」
「……どれほどの差があるというのかしら」
 
気丈にも飲み込みかけた言葉を吐ききる天子ちゃんに対して、衣玖さんはへっとばかりに溜息を吐いちゃうのです。
勧誘の張り紙を見せびらかすようにぱたぱたと振り、天子ちゃんを見下ろす衣玖さんはとても楽しそうです。
 
「さっきの話の最中にちょっと行って取ってきました。総領娘様は気付きませんでしたか?」
 
ぶんぶんと首を振る天子ちゃん。
 
「総領娘様、出来る人というのは遊んでいてもいつの間にかやることはきちっとやっているものです。
 よく言いますでしょう、天才というのは努力できる才能のことなんですよ」
「……はーい」
 
天子ちゃんは渋々といった風に返事をし、俯きながら立ち上がるのです。
どこへ行くのか。もちろん、求人掲示板です。
ここで動けるからこそ、天子ちゃんは衣玖さんに見放されずに済んでいるのです。
 
「じゃああたいも付いていくよ。魚類のお姉さんまた後でね」
「はいはい、総領娘様をよろしくお願いしますねー」
 
ひらひらと羽衣を振って、衣玖さんは天子ちゃんとお燐ちゃんを見送ります。
そこから、くるりと振り返る衣玖さん。
その先には、少しばかり冷めて適温となったお茶を啜る空ちゃんが。
 
「色々な組織が動いた。みんな、おかしいと思っていたのは同じだったんだ」
 
 
 
特別委員会が組織された。
もちろん、目的は死体の大量入荷の真相解明だった。
主な部署の部長級、あるいは課長級の面々が顔を合わせることとなった。
その呼ばれたくない委員会に真っ先に呼ばれることとなったのは、当たり前だが資材部長だった。
 
「さて、では話してもらいましょうか」
 
被告人ではなく、未だ被疑者、いや参考人のはずなのに。
両手両足を縛られ自殺防止のために猿轡までされて運ばれてきた資材部長は、まるで借りてきた猫そのものだった。
 
「に、にゃーん」
「隠すと為になりませんよ。あなたにも子供がいるのでしょう」
「ふふ、地上の学校に通うため一人暮らしをしているんですって、何でも可愛い彼女さんまでいるとか」
「おやおや、学生の身分でですか。羨ましいですねえ」
「にゃ、にゃんのつもりかにゃ」
「何のつもりとは心外な、私たちはあなたが緊張しているのではと心配して、世間話から入っているだけですよ」
「そうですとも。それとも何ですか、これを何か別のものと誤解してしまいましたか?」
「うふふ、緊張しているのね。可愛い」
「にゃーん!」
 
取り調べ、いや事情聴取は8時間の長期戦となった。
明らかに何かを知っている、と言うか知ってなかったらそれはそれで問責ものの資材部長は立派な猫だった。
部下を売ることは出来ない、すべての責任は私にある、煮るなり焼くなり好きにしろと喚き散らした。
委員会の面々は、それぞれ大なり小なり部下を持つものばかりである。
この資材部長の上司の鏡のような決意を見せつけられて、奮い立たない者など居なかった。
つまり何か。
資材部長は煮るなり焼くなりされた。だって旧地獄跡ですもの。
そうして、ついに針山地獄部長が資材部長の脳から情報を引きずり出すことに成功したのだ。
 
「にぁ……購買課の……ぁ、あっ……火焔猫課長……が…、さぃきん……せいせ……ぁっ、きがょくて……にゃ」
 
と言うことで資材部長は無罪放免となった。
変わりに資材部購買課長、火焔猫燐が委員会へと召喚されることとなった。
ぐるぐる巻きの簀巻き状態で急遽復旧された旧世代の法廷に立たされ、火焔猫燐の孤独な戦いは始まった。
 
「さて、事の経緯を説明してもらいましょうか」
「ふん、購買課が死体を仕入れてくることの何が悪いって言うんだい」
「予算というものが何か知っていますか? ただの願望を書き殴った書類ではないのですよ、あれは」
「自分たちの都合だねそれは。営業も分かってるんだろ、お客様の要望が第一でありすべてなんだよ」
「一緒にしないでいただきたい。この安定した産業で営業がお客に流されるなんて事はない。
 私たちは断れる勇気を持っている。客にはいとしか言えないのなら私たちはいらない」
「地下にこもっているくせに仕事をしてる気になってるのかい、おめでたいね」
 
上司が上司なら部下も部下であった。
法廷は一時休憩となり、裏で部長以上による緊急の打ち合わせが催された。
 
「霊烏路部長、あなたは火焔猫課長と仲がよかったはず。何か彼女の弱点になりそうなものをご存じありませんか」
 
空は悩んだ。
彼女の弱点についてではない。友人を売ることに対する自らの信条を悩んでいるのだ。
 
そして、法廷は再開された。
 
「ふん、一体何を用意してくれたのか、楽しみだねえ」
「減らず口を叩けるのもここまでです」
 
なおも毒舌を廻す燐に対し、総務部長の毅然とした声が返される。
急に静まりかえる法廷。お燐も、ただならぬ気配を感じ取ったのか押し黙ってしまった。
そこへ、扉が開かれ、そこから一人の妖怪が縄打たれた状態で入ってきた。
 
「……さとり様!?」
 
その妖怪は古明地さとりだった。
ここ地霊殿を預けられた妖怪にして、ここにいるすべてのものの飼い主である。
 
「何故さとり様がここに! おまえたち、さとり様に何を」
「ううぅ、お燐、正直にすべてを話してぇぇぇ……」
「火焔猫燐! さあ、正直に話すがいい! さもなくばさとり様が大変なことになっちゃうぞ!」
「こっ! この卑怯者!!」
 
なぜ役員というか主の身であるさとりが、ペットにぐるぐる巻きにされて法廷で吊るされているのか。
よく考えればそんな恐れ多いことが出来るわけもなく、これが何らかのお芝居であることはすぐに分かったであろう。
だが、火焔猫燐にはそれが出来なかった。
なぜか。
宙ぶらりんのさとりから伸びる二本の足に思考を奪われていたからである。
 
(うっひょう! さとり様のチラパンハァハァ!)
 
口では卑怯者だの何だのと罵ってはいるが内心はこんなもんであった。
友人をよく知っている空から見れば、びゅんこびゅんこ振り回っている尻尾を見るだけで勝ちを確信するのには十分すぎた。
 
「さあ! どうした燐! 白状する気になったか!」
「ふ、ふん! そんな脅しに屈するとでも!」
「ならばこうだ!」
 
バッシーン! 
と、傍らに控えていた法務部長が構えていた1m長尺でさとりのお尻を引っぱたいた。
 
「痛ーッ! なにすんのよ! 覚えてなさい!」
(さとり様! お芝居お芝居! ご勘弁を)
「あっ……。……………ふえーん、お燐ー。早く正直に話して私を解放してぇ~」
(大根!!?)
(三文芝居過ぎますって!)
(プフッ)
「何ですって!!?」
 
キッと周りを睨むさとりの視線を直視できる勇者なんているわけもなかった。
 
「ふふん、そろそろ白状したほうが良いんじゃないか?」
「ふん、駄目だね、ああ全然駄目だよ!」
「なら、これはどうだ!」
 
パチン、と総務部長が指を鳴らすのを合図として法務部長が動き出す。
今度は何も持ってはいない。ただ、素手のままさとりに近づいてゆき……。
 
「え? なに? ……ちょっ! やめ……っ!」
「ーーーーーっ!!!!!」
 
法務部長が行動を終え、そこに現れたのはさとりの艶やかな生足であった。
その最上級マーブルのような足を覆い隠していた靴下は今や法務部長の手の内に。
 
「ふふふ、お前がこれ以上の強情を張るというのなら脱衣麻雀のごとくさとり様の着衣は失われていくこととなるぞ」
「な、なんということを……!」
 
(……ちょっと)
(はい、なんでしょうさとり様)
(何で私は剥かれているのかしら)
(そういうお芝居だからです。大変心苦しいのですがなにとぞご勘弁を)
(私の靴下を懐に入れながらなにを言っているのよ)
 
だらだらと血を流す燐。
今の攻撃でなぜ負傷しているのか、五割程度しか理解できない世界に入っていたが尋問は容赦なく続いた。
 
「そろそろつらいのではないか? もはや鼻で呼吸が出来まい」
「こ……これしきのことで屈服など……」
「法務部長」
 
さとりとひそひそ話をしつつも裁判の進行をしっかりと聞いていた法務部長はその言葉を聴いて再び動き出す。
 
「……え? いやいやいや、そんな凝った演出はいらないわよ。…なんで息が荒いの? …なんでそんなに指がぁ……っ!!」
 
さとりのスカートへと伸びる法務部長の魔手。
これは燐への尋問のためであって決して疚しい行為ではでへへへ、などと聞こえつつもさとりはそれを止められなかった。
 
が。
 
「!!?」
「……どうした、法務部長」
「……脱げない」
「…は?」
 
法務部長は詰めが甘かった。
昔から勝ちが見えると焦ってしまう性分だったのであろう。考えが至らなかったのだ。
 
「スカートの上まで縄で縛ってしまって動きません」
「この馬鹿!」
 
法務部長だけを責めるわけには行かなかった。
そもそもぐるぐるまきにしようといったのは総務部長だった。
それで行こうと同意した他の連中も同罪だ。
一方で、燐は目から紅い雫を垂れ流していた。視線は真っ赤になって総務、法務両部長を睨むさとりに釘付けだった。
予定通りに行かなかったとはいえ、なぜか燐にダメージが通ったことに残り五割程度の者たちは結果オーライと思い直した。
 
「ふふ、燐。そろそろ話しても良いんじゃない。リザインよリザイン。その一言で事は済むわ」
「……断る」
「強情ねえ。いいわ。法務部長、次を」
「……待ちなさい」
 
調子に乗ってる総務部長を静かな声が制した。
声の主はさとりである。
 
「これ以上は無意味よ。特に私にとって。私がやる」
「い、いや……、さとり様に尋問などさせるわけには」
「黙りなさい」
 
笑顔で飼い主にそう言われて、ペットになにが出来るというのか。
総務部長はおとなしく引き下がるしかなかった。そして、それを認めてさとりは改めて燐に向き直った。
 
「さぁさ思い出して御覧なさい、あなたがあの死体を一体どうしたのかを……」
 
さとりはぶーらぶーら揺れながら燐に語りかける。
それを見つめる燐の目は次第にうつろになり、焦点が合わなくなる。
 
「……ふーん。西の大広間ねぇ」
 
くっくっとさとりは笑いをこぼした。
そして、それを見つめるペットたちにこう告げた。
 
「西の大広間に死体がたくさん隠してあるそうよ。ちょっと行って処分してきなさい」
 
地霊殿はその広さから管理が徹底してはいなかった。
管理部門もさとりの生活する範囲しか見ていなかったのだ。
そのため、大部分は年に何回かの見回りしか行われず放置されていた。
西の大広間もそんな区画の一部だった。
 
「うふふ、ついでにお燐の処分も考えないといけないかしらね」
 
一部のペットが現場へと向かい報告を待つ間、燐は開放されたさとりになじられることになった。
空ほか、ペットたちはようやく仕事が正常に戻る事に安堵感を抱いて久々の開放感を堪能していた。
 
「ああ、これであの死体地獄も終わりなのね」
「久しぶりに有休取れそうだわ。地上の温泉にでもみんなで行かない?」
「せっかく冬なんだし山にスキーというのは」
「それもいいねぇ」
 
そんな、ほんわかした雰囲気になっていたときだった。
 
「? どうしたの? 何か問題でもあった?」
 
使いに行ったペットが表情を強張らせて部屋に戻ってきた。
普段から死体を見ているペット達が、部屋に死体が隠されていたからといってこんな態度を取るだろうか。
さとりは駆け込んできたペットを見て即座に何かあったのだと理解した。
 
「あ…、いえ、ちょっと……」
「どうしたのよ。少し落ち着きなさい。頭の中までぐちゃぐちゃよ、あなた」
「すいません……」
 
この頃には、部屋の中にいたすべてのものが異常を感じ取っていた。
さとり様が読み取れないほどにぐちゃぐちゃな思考に陥るほどのなにを見たというのか。
 
「それが……その、ちょっと一緒に来ていただけないでしょうか」
 
 
 
「あれは私の部下だったんだけどね。私だってあの子のあんな姿を見たことはなかった」
「ねー、そろそろお昼の準備するんだけどあんた暇だったら手伝ってもらえる?」
「ん? おお、もうそんな時間ですね。いつもお世話になってますし、材料さえいただければ作りますよ」
「ほんと? やった。じゃお願いしていい?」
「その代わりここお願いしますね。聞く人もなく喋らせておくのはさすがに気の毒ですから」
「え? ちょ、ちょっとー!?」
「……扉にはよく分からない魔方陣が描かれていてね、厳重な封印がなされていたの」
「あんたもあんたで周囲を無視して話を続けない! こっち向けー!」
 
呈よく衣玖さんに逃げられた霊夢は、空ちゃんの肩を掴んで強制的に話を中断させちゃうのです。
 
「なになに!? おうわ、巫女さん何時の間に」
「なにが何時の間なのよ、自分の世界に酔ってないで周りを見なさいな」
 
ふえ? と小さく声に出し、今起きたとばかりにきょろきょろとあたりを見渡す空ちゃん。
当初自分の周りにいた人たちが誰もいないことに気付いてちょっとばかり涙目。
 
「……おかーさんは?」
「誰がおかーさんなのよ誰が。鳥類の癖に」
 
よその子には冷たく当たる霊夢さんは空ちゃんにもやっぱり冷たいようです。
 
「まあ巫女さんでもいいや、何処まで話したっけ」
「いやいや、続けなくて良いから」
「それでね、5本しかないマスターキーでその扉開けたわけなのよ」
「だーかーらー!」
 
 
 
「さとり様とちゅっちゅしたいよぉおおおおおおおぉおぉぉおおおおおお!!!」
「ぎゃあああああぁぁぁああああああ!!!!」
 
扉を開けて、中をのぞき込んだとたんに死体が襲いかかってきた。
勝負は、この一瞬で決まったと言っても過言ではなかった。
死体の狂気の叫び声(コーラス)とさとりの叫び声によって、その場はあっという間に恐慌状態に陥ったのだ。
 
「うつほちゃんの脱ぎたておふぁんつくんかくんかさせてえぇぇぇぇぇえええええ!!」
「やああああぁぁぁぁめぇええええぇぇぇてえええぇぇぇぇぇえええええ!!!」
 
その、右へ左への恐慌状態の中で特に狙われたのがさとりと空だった。
知名度の違いなのか、他の部長課長、下っ端たちは特に狙われなかった。全くではなかったが。
 
「こいしちゃんは!? 俺のこいしちゃんはどこー!!?」
「ばっかおまえ、こいしちゃんは俺の嫁にきまってんだろ!」
 
こいしがその場に居合わせなかったのは不幸中の幸いとしか言いようがなかった。
体勢を立て直すため、誰の命令もないままに戦略的撤退を行っているなか、さとりはそう思った。
そういえばお燐はどこだ。
 
「ふうあぁぁぁぁ、陰陽球かわいいよおおおおお!」
「なんか変なフェチがいるぅうううううう!!」
 
こうして、さとりたちは逆に追い詰められることになってしまった。
そんな中、逃げる過程で扉や隔壁を閉めまくってきたため、ようやく彼女らは落ち着いて状況の判断をする時間を得た。
 
「一体……、なんだって…言う…のよ……」
 
貧血で倒れるんじゃないかと周りが心配になるほど荒い息を吐き、それでもさとりは地霊殿の主としての本分を忘れなかった。
状況は最悪。
十分な準備もなければ、数でも不利。
さらに、ここに来るまでに結構な人数がいなくなっている。彼女らがどうなっているかなんて考えたくもない。
 
「……この屋敷にもはや安全な場所など無い? ……ふざけんじゃないわよ」
 
部屋の扉からは、何時しかドンドンと激しく叩く音が響くようになっていた。
もう、すぐそこにまで来ているのであろう。覚悟を決めなくてはならない。
 
「お姉ちゃん? どうしたの? 何かあったの?」
「……こいし」
 
最悪なことに、そこに現れたのは彼女の妹であった。
何が何だか分からないとばかりに無防備にさとりに笑顔を向けるその姿に、さとりはすでに下した決断を覆す必要があると感じた。
すなわち、ここであきらめるという選択から、何が何でもこいしを守るという決意への転換であった。
 
「さとり様! これ以上は!」
 
そうして破られる扉、その向こうに現れる死体たち。
その死体たちに向かって、決意も新たに向き直るさとりの姿はここまでついてきたペットたちにも勇気を与えたのだ。
 
「……私の目の前でこいしに指一本触れてみろ。元来た現実が生温かったことを教えてやるよ。
 私が想起した恐怖のトラウマを想い出したいヤツから前へ出ろよォオオオオ、うをおおおおおおおオオオォオオオォオッ!!!」
 
ピンポーン。
 
 
 
「……それ、負けフラグなんじゃないの?」
「だと思ったから私はさとり様にちゃんとインゴットを持たせたよ。持っててよかったうつほ印の純金インゴット」
 
空ちゃんは死体を燃やした副産物としてレアメタルの回収も行っていたのです。
死体の金歯から金採ったくらいでガタガタ言うなよ。
 
「で、結局それってゲームオーバーなんでしょ」
「そんなわけ無いでしょ。冷静になって考えてよ。その場に6ボスとEXボスが雁首並べてたんだよ、
 妹の方が強いのは世界の法則だし、落ち着いてやればペタフレアってそれなりの威力は出るでしょ」
「それはそうね。でも、それはそれで屋敷が無事では済まないでしょうに」
「うん、だから地霊殿の営繕担当がマジギレだったよ。そのせいで大変なことになったんだけどね」
 
 
 
「普通にやれば億単位のお金が必要なんですけどね」
 
事が終わった後、惨劇を目撃した地霊殿営繕担当はあくまで静かな声で話し始めた。
正座でその話に耳を傾けるその他大勢に反論などできようはずは無かった。
彼女の後ろには瓦礫が山と散乱しており、一部では土砂の崩落まで起こってしまっていた。
 
「ああ、でもこれで借地は返せますね。一気に建物面積減ったわけですし」
 
きゃはは笑いをする彼女に声をかけるものなどいるわけもない。
 
「……実は東の大広間も同じような惨状だなんてこんな時に言えないよねえ。ですか。だそうですよ」
 
そんなときに、空気を一切読まないさとりが燐の考えていることをそのまま垂れ流してしまい益々場は緊張を増したのだ。
 
「さとり様、これから元地霊殿の瓦礫撤去を行いたいのです。人手が足りないのですがちょっとお借りしてもよろしいですかね」
「いや、お燐が東の大広間も同じだって。そっちも何とかしないと……」
「お 借 り し て も よ ろ し い で す か ね」
 
営繕を任された彼女の言葉には意地と誇りと怒りがこれでもかと言うほど詰め込まれていた。
そんな彼女にさとりであっても何か言えるはずなど無かった。営繕ってなんだかんだ言っても大変だから。
 
そういうわけで、東の方の死体の処理はやらかした張本人である燐に任されることとなった。
曰く、この死体増加は主にどこかの掲示板から入荷したものだとか云々。
地霊殿に隠した死体はその中でも特にやばいものだとか言っていたが、誰もそんなこと聞いている余裕はなかった。
鬼すら殺せそうな眼光を放つ営繕担当とすぐにでも死体の始末をつけたいさとりの意見はこういう形で妥結を見たのだ。
 
 
 
「その後はひたすら瓦礫撤去にかり出されたよ。
 みんな心の傷がエライことになっていたのに、彼女は容赦してくれなかった。
 おまえらの心の傷と地霊殿の傷。ついでに私の心の傷どっちが重いのか勝負しますかって」
「うん。住んでるところが瓦礫と化すとショックよね。分かるわ~」
「でもね、そのときは誰も気付かなかったんだ。お燐に死体の処理を任せたことが新たな惨劇の引き金になるなんて……」
 
 
 
けーねは複雑な気持ちだった。
寺子屋での授業を滞りなく終了し、終礼も終えてはい解散という時になって誕生会をやりたいと提案されたのだ。
普段ならもう遅いから駄目だというところだっただろう。ところが、説得をしようとしたところに子供たちの親がやってきた。
曰く、誕生会をやってあげたい子というのは、つい最近親を事故で亡くした子供なのだという。
早くに母親を失い、この度ついに父親までも失ってどん底に真っ暗なその子を、何とか励ましてやりたいと諭された。
けーねとしては、そこまで言われて断れるはずもなかった。
いや今日満月ですしと言おうと思ったが、後ろから忌憚なく注がれる子供たちの期待の視線に敵う筈はなかったのだ。
 
つまり、月夜の晩に誕生会が催されることになってしまった。
せめて朝に言ってくれれば昼に出来たのに、と子供たちに聞こえぬよう愚痴るけーねに大人たちは平身低頭だった。
さらに、そもそも自分たちだけでやればいいのに、とも思ったが、いつも世話になっている妖獣を村人たちは解放しなかった。
子供たちはけーね先生に懐いている。きっと涙腺に響く言葉で子供たちに親の尊さを説いてくれるだろうと思ったのだ。
 
親たちはこの日のためにいろいろ用意していたのだろう。
教室に割りと豪華な料理が並べられ、どう見ても子供だましな飾り付けがされていった。
 
「この準備、他の場所で出来なかったのか?」
「いやーそげんなこといっつも、ほかんとこしつぎょーしゃでいっぺーだがやー」
 
こんなところにも不況の波が。
段取りさえ出来てれば明るいうちに終えられたかもしれないのに、とけーねは歯噛みしつつ、溜まった歴史の処理に頭を痛めた。
 
そして、誕生会が始まった。
ここまでくるとけーねは開き直ることにした。
多少髪に緑色が混ざるとか、ちょっと白い角が見え隠れするとかいった問題があったが、そこは精神力で押さえ込むことにしたのだ。
 
「お誕生日おめでとう!」
 
引きつる笑顔を何とかこらえ、けーねはにこやかに教え子に花束を渡した。
やっぱり花妖怪の作った花束はいいなあとか後ろから聞こえてきたが、そんなこと気にする余裕なんかあるはずもなかった。
 
「どうしたの? 嬉しくないの?」
 
だが、そんなときに限って事態はややこしい方向へ流れていくものである。
プレゼントを受け取った子が、浮かない表情を浮かべているのを見て、村人の一人が声をかけたのだ。
 
「お父さんがいい……」
 
ぬいぐるみを抱きながら彼女は呟いた。
そして、その言葉でその場の空気は一気に凍り付いた。
大人が何人集おうとも、仲間が何人いようとも、どれだけのプレゼントを受け取っても、
そんなものは実の家族に祝ってもらえる喜びなんかとは比較のしようもないのだ。
 
「お前のお父さんもう死んじゃってるだろ? いつまでも愚図ってないでいい加減現実見ような」
「このお馬鹿ぁあああ!!」
 
木霊する白鐸の絶叫。
回し蹴りを食らって吹っ飛ぶ名もなき村人A。
ああ、空気を読む程度の能力の如何に重要なことか。
ただでさえ苛立っているけーね先生に突っ込みをさせるなんてまさに自殺行為。
 
「なんなんだ一体! この子を励ます誕生会なんじゃないのか!? これだからゆとりは!!」
「そうです。そのとおりですよ、間違ってませんから落ち着いてください」
「じゃあ何であんな事言うんだ! 間違ってるだろ!」
「いやいや、励ますのと現実から目を背けさせるのとはちがヘブッ!」
「先生! 先生落ち着いて! ほら納豆でも食べて! なっとうくう? 納得!ってブフッ!」
「ああもう! ふざけんな! なにが納豆だよこん畜生!」
「納豆を侮辱するのか! この畜生!」
「やるかじじい!!」
 
満月の夜のけーね先生は多少ハイテンション。
大人の世界の醜さと納豆の素晴らしさを少々派手に子供たちに教えるその姿はまさに教師の鑑。
 
「黒猫お燐の宅急便でーすっ!!」
 
ガッシャーン!
そこに予告なしに窓から乱入するのは資材部購買課長火焔猫燐。
カオスにカオスを重ねると割とすんなり受け入れられるのです。ちぃ覚えた。
 
「そのうらみ、聞き届けたよ! お嬢ちゃん!」
「お姉ちゃん誰!?」
「ふふふ、お姉ちゃんは東方一部上場企業 株式会社地霊殿(有) 取締役会直轄部門資材部購買課長火焔猫燐(22)だよっ!」
「そ、そーなのかー!」
 
であえであえとの絶叫に、もこさんこうさん懲らしめてやりなさいとの決め台詞が重なり、
鳳凰天駆と緋皇絶炎翔が背景を彩る中名刺交換を完了する火焔猫燐は最高に輝いていました。
 
射撃誘導システム起動
ohayougozaimasu.
syagekiyuudousisutemu kakuyuugou modo de kidousimasu.
 
「さあ、願いを言え! どんな願いでも三つだけ聞き流してやろう!」
「お父さんを生き返らせて!」
「ほいやさあ!!」
 
いたいけな少女の願いは聞き流され、お燐の猫車から一体の死体が引きずり出された。
多少腐乱が始まっているその死体こそ
 
「お父さん!」
「ふふ、サービスで魂は入れておいたよ! お姉さん優しい!」
 
ふこーふこー蠢く死体にすがりつく少女を前に、お燐はやり遂げた感で胸がいっぱいです。
 
「ところでお前はなにをやっているんだ」
「ほえ?」
 
ちゃんばらを召喚した妹紅にまかせ、多少冷静さを取り戻したけーね先生はそんな不審者に声をかけます。
 
「いやいや、不景気でね。ちょっと死体の訪問販売をですね」
「すいません。死んだおばあちゃんの遺言で死体は買っちゃいけないって言われているので」
 
あははははと笑いあうお燐とけーね先生に子供たちは営業スマイルの大切さを学び取ります。
 
データ収集開始...
detawo atumeteimasu.
kokowomisuruto atarimasennyo.
 
「ところでですね。今日は逝きの良い死体をたくさん仕入れてあるんですよ。どうですお客さん」
 
納豆と炎が飛び交う部屋を横断し、お燐は教室の奥にある物置の扉を開け放ちます。
どさどさと雪崩を打って部屋に崩れてくるのは、お燐が東の大広間に隠していた死体たちです。
その光景にびくりと体を振るわせるその他大勢の子供たち。けーね先生は嫌な予感しかしませんでした。
山盛りとなった死体たちがむくりと起き上がり、教室を見渡すのを見て、
この歴史は食べないといけないな、まずそうだけどとけーね先生は考えます。
 
「ヨウジョダ……」
 
ふと何事か呟く死体を前に、けーね先生自分の危険感知能力に自信を深めるとともに覚悟を決めるのです。
 
「けーね先生のぶっといのを突っ込んで欲しいよをおおおぉぉぉおおおお!!!」
「幼女の足の爪の間の垢なめなめさせてええぇええぇぇェエエエ!!!」
「ぎゃああぁぁぁあああああああぁあああ!!!」
 
死体が四方に飛び掛るのと完全開放きもけーね先生のクラウチングスタートが今宵の宴の合図となるのです。
 
「見せてやるよ、白沢のツノってやつをおおおぉおおぉぉおおおおお!!!」
 
子供たちに飛び掛る死体に突っ込んでいき、何体かまとめて串刺しにするけーね先生にもはや遠慮なんかありません。
 
「先生が怖いよぉおおおお!!」
「ああもうどうにでもなれこの野郎ぉぉぉ!!」
「俺にもけーねせんせーの長くて太いのさしてええええぇぇぇぇえええ!!!」
 
泣きじゃくり逃げ惑う子供たちを臨機応変に教室を駆け巡り保護しつつ、迫り来る死体の脳髄にチョークを叩き込み、
どういう経緯か、納豆まみれになって迫ってくる死体にはパーティーの豆乳鍋を投げつけて対応するけーね先生。
 
「そもそもなんで誕生会に納豆が出るんだよおおおお! そこからして可笑しいだろおおがああああぁぁ!!」
「納豆を侮辱するなあぁぁぁあああ!!!」
 
今までの不満もついでにぶちまけて、けーね先生のストレスはマッハで解消されていくのです。
 
射撃曲線形成中...
souteisareru kidougosawo Fourierhennkann de bunnkai simasuyo.
hadoukannsuu nannte wakannnai kedo ne.
 
「魅魔、ついでだから言っておこうと思うんだ」
「なに? お父さん」
 
一方、納豆と死体と炎と闘牛が交錯する教室の片隅で、腐りかけの死体と向き合って少女は耳を傾けていました。
 
「お前の名前の由来についてなんだけどな」
 
かつて、博霊神社には魅魔という亡霊がいたんだ。
魅魔様はお父さんの初恋の人でね。いつも片隅から見守っていたものさ。
ところが、彼女はあるときを境にぱったりと見かけなくなってしまった。
巫女に聞いてもそんなやつは初めからいなかった。あなたの見間違えではないかと言われた。
そんなことはない。彼女は確かに存在したのだ。
私たちは彼女の行方を必死になって捜索したものだ。
夜な夜な仲間を募って「お~い、魅魔様の行方を知らんか~」と森を提灯行列して回ったりもした。
しかし、結局再び彼女の姿を見ることは出来なかった。
時間が経つにつれ、あれだけいた仲間たちもだんだんと日常に戻っていった。
お父さんも、そんなひとりだった。
それでもな、結局忘れることが出来なかったんだな。
いつまでもいじけているお父さんを見て、お母さんは私と魅魔様とどっちが大事なのかと問い詰めた。
お父さんは迷わずに魅魔様と言ってお母さんに泣かれた。
生まれたお前に魅魔と言う名をつけたときなんかは号泣された、怒鳴られた。御祖母さんには殴られた。
お母さんは、結局お前を生んだ時に体調を崩し、しばらくして死んでしまった。
それがきっかけで、御祖母さんはお前を怨むようにさえなってしまった。
お前は悪くないのに、よく「魅魔なんて死んでしまえばいいんだ」と言われたろう?
その度にお前にはつらい思いをさせてしまった。そういうわけだから御祖母さんを怨まないであげて欲しい。
 
「お父さん……」
 
心残りだったのだろう、話し終えた少女の父親の死体は、死体とは思えないほどの表情で微笑んでいました。
 
「そこにもいたかあぁぁぁぁああああ!!!」
 
CAVED!
 
ところが、いきりたったけーね先生が少女の父親に襲い掛かり、
彼はあっという間にけーね先生のたくましい角に貫かれてしまうのです。
 
「ふぅはははー、危ないところだったな。だが私が来たからにはこれ以上好きにはさせない!」
「お父さん! 先生! お父さんを放して!」
「おや、これは魅魔ちゃんのお父さんだったか。とんだ誕生日になったね。先生もだけどね」
「お父さーん!」
 
すでに開き直って白沢モードのけーね先生に少女の願いなんか通じるわけもありません。
 
「魅魔、いいさ、すぐに終わるから聞きなさい」
 
お燐に運ばれた変態死体のくせに、けーね先生の角に刺さった男はなんだか無駄にかっこいいのです。
 
射撃準備完了
keisann owari 60byou kakarimasitayo.
kouiukeisann ha zikannwo kakereba seidoga agaruyo ne.
 
お父さんはお前を一人で育ててきた。
さっき言った理由で他の親類は当てに出来なかったし、頼る知人もいなかった。
父子家庭だったから何かといらぬ苦労も多かった。
お前の世話を付きっ切りでしないといけなかったから、お父さんは遊ぶこともままならなかった。
それに、お前の名前のこともあった。
魅魔という名の由来を、多くの村人たちは知っていた。
昔の仲間も娘にその名前をつけたことでドン引き状態だった。
DQNネームってレベルじゃねーぞ! マジもんの変態だったとは思わなかった、話しかけないでもらえませんか。
こんなところでは言い尽くせないほどのひどい暴言と罵詈雑言を浴びたものさ。
その性で、日々の生活にも困る有様だったよ。店に言っては嫌がらせを受け、まともに買い物すらも出来なかった。
ひどいもんだよ、人間に愛想を尽かすには十分だった。私はただ魅魔様とちゅっちゅしたかっただけだというのに。
 
「もういいか?」
 
一区切り付いたと判断したのか、それとも恨み言に辟易したのか、けーね先生は頭上の男に確認を取った。
 
「もう十分だろう、それ以上言っても得るものは何もなさそうだ。里の守護者としてせめて私の手で送ってやる」
「いいえ、まだですよ、先生。送ってもらうのは結構ですが、最期に一言だけ言わせてください」
 
男のまっすぐな視線に何か感じ取ったのであろうか、けーねは瞳をそっと伏せ、男に最期の言葉を許したのだ。
感謝します、と小さな声で呟き、男は娘へと向き直った。
 
「お前のせいで俺の人生台無しだったよ、お前が事故で死ねばよかったのに」
 
こうして男は再び物言わぬ肉片となり、その魂は再度の地獄送りとなったのです。めでたしめでたし。
 
命中率96.02%
konnnamonokana ue5%ha zikanngakakaruyo.
 
「もう! ほんとにもう!!」
 
納豆のにおいが撒き散らされ、蓬莱人と村人が納豆と豆腐どっちが優れているのか延々とバトルしている教室の中心で、
けーね先生は牛の妖怪としての本分でも思い出したのか、もうもういいながら絶叫するのです。
 
「せっかくの満月だってのにいったい何なんだ! 予告なしに誕生会を始めるわ、子供に暴言を吐き始めるわ、
 死体が跋扈して(私が)変態するわ! 静かな夜を返してくれ! 部屋にこもって歴史を食べてもいいじゃないか!」
 
けーね先生の状況説明を第三者に聞かせたら、意味が分からないと言われるのは間違いありません。
そんな理知的なけーね先生を狂わせるほど今宵の月は見事なのです。
 
「うぉぉぉぉおおおお! あっちいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!!」
 
そんなところに遙か彼方から突っ込んでくる勇者がいました。
地霊殿の尖兵として発射された火焔地獄部長 霊烏路空ちゃんです。別名、飛んで火にいる地獄鴉。
彼女は、着弾と同時に死体の一掃とお燐の捕縛と、
ついでにけーね先生へのジャンピング土下座までをこなし、大地に頭から生えるのです。
 
「申し訳ございませんでしたあぁぁぁぁぁぁ!!!」
 
自らが作ったクレーターから頭を引っこ抜き、
真っ赤に染まった大地に改めて焼き土下座をして空ちゃんはけーね先生に謝るのです。
あっけにとられたのは謝られたけーね先生です。
いきなりスピキュールで突っ込んできて周囲を吹っ飛ばした挙句、全力で土下座されているのです。
ぐるりと見渡せば、教室どころか寺子屋が焼け野原となり、
ちょっと離れたところでは鍋の蓋から子供たちが恐る恐る顔を覗かせ、
リザレクション中の蓬莱人と実はタフだった村人たちの姿が。
 
「……あれ? もしかして責任者は私なのか?」
 
下手にガードレス状態だったけーね先生は吹っ飛ばなかったため空ちゃんの土下座の真正面に位置していました。
わらわらと集まってくるその他大勢の村人たちの好奇の視線、
ふと目を下ろせば、ぶるぶると震えながら地面に頭をこすりつけたままの地獄鴉。
なにこれ? こいつに八つあたりしても言いのか?
こぼれそうな涙を空に浮かぶ満月を仰ぐことでこらえ、けーね先生は白沢姿のまま脳内討論を開始するのです。
別にいいだろう、八つあたりしても。
今日はひどい日だった。子供たちが一番の被害者といっていいがその次に自分を持ってきても特に罰は当たらないはずだ。
子供たちだって私の姿を見ておびえているじゃないか。多少鬱憤を晴らしたって問題なんてないない。
こうして自身の中で完結したけーね先生は改めて空ちゃんへと向き直ります。
どうせ後で今日の歴史は全部食べるのだ、かまうものか。
 
「この……」
「なにやってんのあんたはあぁぁぁぁあああアアア!!!」
 バッチーン!!
「にゃーっん!!」
 
せーので暴言を吐こうと試みたけーね先生は突然の絶叫と悲鳴に勢いを殺されてしまうのです。
 
「私は確かに死体を始末してこいとは言ったけど、よそ様に迷惑を掛けてこいなんていった覚えはないわ!
 だというのによそ様に迷惑を掛けた上地霊殿の名に泥までかぶせて何がしたいのあんたわああああああぁぁぁ!!!」
「にゃーん! 妖怪が人間に迷惑掛けたって問題はないー、にゃーん!」
「妖怪にも迷惑掛かってんでしょうがああぁぁぁ!!」
「にゃーん! さとり様がいじめるー! にゃーん!」
「だからそのにゃーにゃー言うのをやめろって言ってんでしょうがあぁぁ!!!」
 
バチコーン!
さとりに対し抗弁を張るお燐に業を煮やしたのか強烈な張り手がお燐に炸裂した。
周囲の視線はもはやけーねを向いてはいなかった。
けーねも含めてすべての視線はさとりとお燐に向けられていた。
 
「あー、えー」
「本当に申し訳ありませんでした。損害のほうはすべてこちらで補償させていただきますので」
 
矛を収める場所が見当たらずうろたえるけーね先生に、徹頭徹尾謝罪の言葉を並べ立てる空ちゃん。
何でもかんでもその場の勢いに乗ったほうが勝ち、乗り遅れたら負けなのですよ。
 
「空ー! 大丈夫ー?」
 
そして、へこへこ謝ってばかりだった空ちゃんの元へ集まってくる者たちがいます。
地霊殿の同僚さんたちです。先行で空ちゃんだけぶち込んでそのままって訳はさすがにありません。
 
「本当に申し訳ありませんでした、地霊殿を代表して我々がまず謝罪いたします」
「保障は相場の2割増で考えております。全面的にそちらの言い分を飲ませていただきます」
「正式な謝罪文、および書類関係は後日主より改めて持ってまいります」
「あ、それで急ぎだったのでたいした物は持ってこられなかったのですが……」
 
粗末なものですが、と差し出されたのは菓子折りです。
こんなものを持ってくるあたりが管理職の管理職たるところか。
 
「え…、ああ、ありがとうございます」
 
それをひょいと受け取ってもごもごとはっきりしない言葉を返すけーね先生。
発散できなかった憤りが不完全燃焼状態なのです。
 
「……、で、これ中なんですか?」
 
受け取った端から中身を聞いちゃうけーね先生に針山地獄部長はあくまで頭を下げて答えるのです。
 
「地霊殿特製のおはぎですよ。当たりつき」
 
 
 
「……ああ、だからこの前里に下りたときに不自然な印象を受けたのか」
「でしょうねえ」
 
お天道様はほぼ真南に陣取り、寒いながらもぽかぽかした日差しを空と霊夢に向けています。
 
「一部不自然に新しいわ、村人はその理由をよくわかってないわで仕事が粗いなあと思っていたのよ」
「ええ、いろいろ後を引くと困るというので人の目からは完全に隠した上で72時間の過密工程で終わらせたわ。
 地霊殿という組織の底力を久しぶりに体感したね」
「あなたたちはそれでもいいんだろうけどねえ、慧音は寝込んでたわ。面会謝絶で」
 
何か遠くのものを見るような目で霊夢は慧音を労わるのです。
 
「はいはい、ご飯出来ましたよ」
「お、おつかれー」
「お母さんだー!」
 
ふよふよと半分浮きながら衣玖さんは縁側までお昼ご飯を運んできます。
 
「空、話は終わりましたか?」
「へ? あ、うん、終わったよ。 ……聞いてた?」
「はい、お燐さんが大変なことをしでかして地霊殿を首になっちゃったんですよね」
「さすがはおかーさんだ!」
 
話の内容を理解していたことに空ちゃんは満足だったのでしょう。ただ何か疑問に思いなさい。
 
「で、お昼ご飯はうどんになったのね」
「はい、茹でるだけで簡単ですから。ただ、出汁にはちょっとこだわったんですよ」
「ふーん……、う、おいしい」
「そうでしょうそうでしょう」
 
料理を作る人にとって食べる人の笑顔は何よりの報酬なのかもしれません。
おいしそうにうどんをすする霊夢と空を前に、衣玖さんはとても幸せそうなのです。
 
「……ん? 何か鳴ってる?」
「……おお、私のけーたいだ」
 
ぴろぴろと不思議な音が鳴り、空ちゃんはごそごそと何かを取り出します。
 
「なにそれ?」
「んー、前おねーさんが地下に来たとき持ってた陰陽球の類似品?」
 
何かとても肉々しい真っ赤なボディに大きな目のついたオブジェを手にとって、
空ちゃんはそれに向かって独り言を始めちゃうのです。
 
「はい、空ですけど」
(あ、部長。休日にすいません。ちょっと突発が起こったんですが)
「あー、いいよ。休日出勤ね。がんばってねー」
(いえ、すでに現場ですよ。それでちょっと困ったことになっていて……)
「……どこ壊れたの?」
(廃水処理場の攪拌翼です。ボルトが腐食してポッキリ逝って、流れが止まって沈殿してものの見事に詰まりました)
「どこが……?」
(排水出口です。冷却が滞って温度上がって気付いたようです)
「あー! あそこか。あの汚水と冷却水が合流してるワケわかんないとこ! 何であんな設計になってんのかわかんないとこ!」
(はい、あそこのです。それでですね、何とか直してるんですが……)
「……何?」
(ボルトのメスがバカになってまして、効かなくなってまして)
「……ああ、折れたボルト取るときに壊したな。もしくは錆でやられたか」
(はい。それで穴を広げてタップ切り直す事になったんですが)
「うん?」
(その……。元がM12だったもので、M14で切っちゃったんです)
「……M16で切り直せば?」
(それやると強度的にアレなんですよ。今から作り直すわけにもいかないし……)
「……で? M14のボルトが無いとか? いやいや、無いことはないでしょ。多少はあるはず」
(あー、いや、ほら。廃水処理場でしょう? 化学的にヤバイ水かかるわけで)
「……つまり? 私にSUSのM14を買ってこいと? そういうこと?」
(はい。すいません。……いや、今はユニクロのがあったんでそれ付けてますけど。ずっとってわけにもいかないので)
「はいはい。買って帰ればいいのね。分かりましたよ、そうします」
(あ、316でお願いしますね。M14×20、最低5本で)
「ここが幻想郷で本当によかったよ!!」
 
啖呵を切ってけーたいに拳をめり込ませる空ちゃんはなんだか疲れているように見えます。
 
「それで休日も簡単に呼び出しができるのですね、便利なのでしょうかなんだかせわしないですね」
「そうだよね! そう思うよね! さとり様も余計なもん持たしてくれちゃったわ」
「ま、でも頼られてるだけいいじゃない。誰からも呼び出されないより」
「それは……」
 
どうなんだろうと言った顔をする空ちゃんを見て、
やっぱり仕事があるのは幸せなことだと衣玖さんはひっそりと思うのです。でもそれは資材か保全の仕事なんじゃないかな。
 
「衣玖ー」
「にゃーん」
「おや、総領娘様、何かいいのはありましたか?」
 
ぱたぱたと数枚の紙をひっさげて天子ちゃんが戻ってきます。
あんまり芳しくないのでしょう。景気のいい顔をしていません。
 
「なんかね、農家ばっかり」
「それか年寄りの面倒だね。私は年寄りの先に行っちゃった奴の面倒なら見たいんだけどな」
「やっぱりそんなものなんですね」
 
天子ちゃんとお燐ちゃんの言葉を聞いて、衣玖さんはやっぱり不景気なんだなあと改めて実感するのです。
 
「ところで衣玖」
「はい?」
「これって、もしかして続くの?」
「ええ、少なくとも来年度はどこも厳しいはずですよ」
「そうじゃなくて」
「?」
 
そっちの話じゃないとばかりに首を振る天子ちゃん。
 
「この話」
 
ものすごく不安な顔を向ける天子ちゃんに、ようやく得心がいったのか、衣玖さんは優しく微笑みかけるのです。
 
「さあ、なんのことでしょう?」
 
春のような衣玖さんの笑顔とは裏腹に、未だに冬の空気は冷たく吹き付けています。
その冷たい空気と、微かに暖かな日差しを浴びて、
天子ちゃんはこの世の先行き不透明さを感じずにはいられなかったのでした……。