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Tragic love(後編):35スレ868 作品へのコメントはこちらへお願いいたします。



その日の夜。
人里に出かけ、魔理沙を見たかどうか聞いて回ったアリスだったが、結局、何の手がかりも得られなかった。
青年が、人里の隅の方に住んでいたこと、仕事以外の人付き合いを積極的にしていなかったため、
“彼の存在を意識していない人間”がほとんどだったことが影響していたのだろう。


頼りない三日月が照らし出す、幻想郷の人里の片隅に佇む民家で。
青年と魔理沙は、ベッドに寝転がったまま、真夜中の語らいを楽しんでいた。



「……君は、どうして僕を嫌わないんだ?」

「ん? ……そう言われても、答えようがないなぁ」

「不幸だと、思ったことは無いのかい」

「幸せかって聞かれてもわからないけど、不幸ではないよ」

「……逃げようと、思ったことは無いのか」

「あはは、今夜は質問が多いなあ。
 怖いと思わなくなってからは、それもない。
 ……なんかさ、私が逃げたら、お前、壊れちゃいそうだし」



そう言ってけらけらと笑う魔理沙の髪を、青年が優しく撫でる。
魔理沙は心地良さげに目を閉じると、青年にその華奢な身体を寄せた。



「……なんで、こんなことをする僕を気遣う?」
「……わかんないよ」
「そうか」


青年に抱きしめられて、頬を紅潮させる魔理沙。
その時、彼女はようやく――自身が、青年に恋心を抱いているのかもしれない――と、
“推測”できたのだった。



「ずっと、このままでもいいかもしれないな」



ぼんやりとした頭で、魔理沙は呟く。
青年は、何も答えなかった。











ふたたび、朝が訪れる。
今日も青年は、魔理沙を拘束してから仕事へと出かけて行った。
魔理沙はもう、それに対して何の疑問も抱くことは無い。
ただ、逃げる意思の無い小鳥の逃亡を恐れる青年が、哀れに思えるだけだ。

退屈だな、などと呑気に考えて、ベッドに寝転ぶ彼女は、ふと、
ベッドのすぐ横に取りつけられた、鍵付きの小窓に気配を感じて、なんとか身を起こした。
風に揺れる艶やかな紫色の髪。雪のように白い肌。眠たげな、しかし綺麗に澄んだ暗い紫色の瞳。
見紛うことなど、あり得ない。
彼女は、小窓の外でふんわりと浮かんでいるであろう、紅魔館の大図書館に住まう知識人の名を叫ぶ。



「パチュリー!」
「……しばらくぶりね、魔理沙」
「どうして、ここがわかったんだ?」

「ずっと、あなたを探していた。でも、人里は思いつかなかったわ。
 悪魔の館に住まう私だもの、人間たちはあまり私と話をしたがらない。
 だから、しらみつぶしに人里を見てまわって、ここにたどり着いた」


「……そっか……ごめん……」

「何言ってるのよ」


どこか照れくさそうに笑うパチュリー。
屈託のないその表情を見て、今まで忘れかけていた“罪悪感”が、魔理沙の胸に込み上げる。
しばらくは沈黙を守ったが――そのうち、耐えきれなくなったのか、彼女は口を開いた。



「パチュリー……私は……此処に居て……幸せだったのかもしれない」

「そう、もしよければ、詳しく聞かせて」

「……ここにいる……男のこと……好きなのかもしれない。
 ずっと優しくて……危害を加えられたことなんか一度だってなくて……
 でも、でも、パチュリーは、心配してくれてっ……なのに……私、は、幸せで……」



言葉に詰まる魔理沙。
パチュリーは、自身の恋が破れたことを悟った。
けれど、彼女は涙を見せまいとして――。
優しい苦笑を浮かべて、魔理沙に言った。



「人間って馬鹿なのね。幸せであることに、罪悪感なんか感じるものじゃないわ。
 ……あなたは、あなたが幸せになれると思える道を選びなさい」


「ありがとう、パチュリー。
 他に私を探している奴がいたら、心配いらない、って伝えてくれないか」


「ええ。……あなたの幸せを願うわ」



それだけ言うと、パチュリーはその場を去った。
空中を漂うようにして飛行する。冷たい涙が流れ落ちる。
それを拭おうともせずに、彼女はただ空を翔けた。


「……ふふ、魔理沙が無事で良かった」


悲しげでありながら晴れやかな彼女の苦笑が、太陽の光に煌めいていた。










それからは、どこも平和なものだった。

青年と魔理沙は、相変わらず仲が良い。
今までと変わったことと言えば、魔理沙が、“青年に対して恋心を抱いている”ことを自覚したことくらいだ。

紅魔館のお嬢様は、大図書館でパチュリーと読書を楽しみ、小悪魔を交えて談笑している。
パチュリーも元気を取り戻したことで、小悪魔も心配事がなくなって安心しているらしい。

博麗の巫女も、直感でなんとなく色々と悟っているようで、かなり落ち着いている。
時折、小鬼や妖怪の賢者がやって来て、一緒にお茶の時間を楽しんでいるようだ。
妖精たちにいたずらを仕掛けられて怒ることもあるが、それもまた日常の一部である。



しかし――ただ一人、アリス・マーガトロイドだけは、
未だに落ち着かない様子で、魔理沙を探し続けていた。
パチュリーは、アリスの思いを知っていたからこそ、魔理沙は無事であることだけを伝え、放っておいた。

アリス以外はみんな、それぞれの日常を楽しんでいて。
そんな平和は、しばし続いた。









白銀色をしていたはずの月が紅く満ちて、紅魔の吸血鬼お嬢様が、上機嫌に飛翔する真夜中。
その平穏は、あっさりと打ち破られることになる。








「紅い満月、綺麗だな」
「そうだね」
「……あのさ、ちょっと外に出ないか?」
「いいね。真夜中の月見を楽しもうか」



堂々として、闇色の空に輝く満月の力を借りて。
魔理沙は、ついに青年に思いを打ち明けることにした。
気恥ずかしかったが、やはり言わなければならないと考えたのである。



「緑茶を持って行くから、先に行っててくれ」
「いいよ、待ってる。一緒に行きたい」
「……ありがとう」



そんな会話をしているうちに、すぐにキッチンへたどり着いた。
手慣れた様子で、青年は急須にティーパックとお湯を入れ、湯呑みに注いでいった。
コポコポ、という音を、聞くともなしに聞きながら、魔理沙は高鳴る胸を押さえていた。




――それは、突然のことだった。

一番初めの甲高い音は、きっと、キッチンの窓硝子の割れた音だった。
次に聞こえたのは、急須と湯呑みが床に滑り落ち、砕け散る、不安感をあおる不愉快な音。
それから、金髪をリボンで飾る1体の人形が飛び込んできて――。
その次に続いたのは、赤いカチューシャを着けた、魔理沙の良く知る人形遣い。


「よくもっ、よくも魔理沙をっ!」


叫びながら、アリスは美しい金髪を振り乱し、般若のような表情で、ナイフを投擲する。
至近距離で放たれたそれは、青年の脇腹に刺さり、鮮血を散らした。
なにかしら、術式が組み込まれているのだろう、ナイフはひとりでに抜けて出血を促し、彼の寿命を縮める。

少しばかり離れた位置で見守っていたことがあだとなり、
魔理沙の命を張った特攻は間に合わず、もう1本ばかり、青年の腹にナイフが刺さり、同じように抜ける。

魔理沙は、苦しげにうめく彼に覆いかぶさるようにして、
今まさに投擲されようとしていた3本目のナイフから守った。




「アリスっ……待て……」


「ああ、無事でよかったわ、私以外の誰にもあなたを渡したりなんてしない……
 魔理沙、魔理沙、魔理沙……ああ、それにしても憎い……この男が憎い……
 さあ、そこをどいて、魔理沙、あなたを苦しめたこの男を、いますぐに抹殺……」



マジックアイテムも箒も持たぬ彼女など、ただの無力な白黒少女に過ぎない。
ゆえに、魔理沙を愛するが故に狂気に染まるアリスを怒らせれば、
魔理沙の命の保証はないと言えた。


――それでも。



「やめろ! こいつは私を好きだっただけだ! なにもされちゃいない!」



魔理沙は、その身を盾にして、アリスと青年の間に立った。








「魔理沙」



アリスの目が大きく見開かれて、唇は三日月形に歪む。
ひぃ、と情けない悲鳴を漏らす魔理沙だが、青年を見捨てるようなことはしない。



「魔理沙はその男をかばうの? ねえ、私はどうなるの……?
 魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙……私よりもその男をとるの……?
 うふふふふふふふっ、いいわ、あなたが私を受け入れてくれるまで、
 私はあなたを、無理やりにでも愛し続けてあげるから……」



そう言って、アリスは魔理沙を抱きしめた。
ぞくり、と魔理沙の背筋を、冷たいものが走り抜ける。
とてつもない嫌悪感に襲われる彼女だが、動けば青年の命が脅かされることを理解しているが故に、
アリスの腕から逃れることが出来ずにいるのだ。



「ふふっ……魔理沙は可愛いわね……」



狂った笑みを浮かべるアリスは、気付かない。
青年がまだ、“諦めていないこと”に気づいていない。


ゆらり。
青年が立ち上がる。
その手に握りしめるは、先ほど自身を抉ったアリスのナイフ。


魔理沙を抱きしめ、目を閉じて高揚感に浸るアリスは、青年の動きに気づかない。
何の命令も下されなければ、人形は動かない。



「君に、自由を返そう」



最期の力を振り絞って、青年は、握りしめたナイフでアリスの首をかき切った。
血飛沫が舞って、呆然とした表情のままにアリスは倒れる。
青年も、その場に崩れ落ちる。






「おいっ……しっかりしろ、今、医者を呼びにっ……」




かひゅぅ、かひゅぅと、もはや虫の息のアリスを突き飛ばして、魔理沙は青年を抱き抱えた。
突き飛ばされた拍子に頭を打ち、アリスは完全に攻撃手段を失ったようだ。
しかし、意識はあるのだろう、絶望的な表情で魔理沙と青年を見つめている。




「いらない……もう、死ぬから……魔理沙が、傍に、居てくれないか……」
「でもっ……」


血濡れの腕でしがみつかれて、魔理沙はその場にへたり込む。
青年の願いを聞き入れることにしたらしい。



「……私っ……私はお前が好きだっ……ずっと、一緒に居たいって思ってた……
 ずっと、ずっと、大好きだっ……幸せだったんだよ、ずっと、やっと気付いたよ、私、バカだよっ……」



泣きながら、彼女は、華奢な腕で青年を抱きしめる。
青年は、寂しげに、しかし嬉しそうに笑って。
魔理沙の頬に、触れた。



「僕も同じだよ、……嬉しい、な……
 今まで、ごめん……君は、きっと……大空を翔けているときが、一番……綺麗だろうな……。
 ほんと……に、ごめん、な……ありがと……大好き、だ……魔理沙……」



青年の腕から力が抜けて、落ちる。
彼の命は、いま、此処に消えた。
彼を殺そうとした狂った人形遣いも、絶望を抱えて、惨めに死んだ。



ひとり、その場に残された魔理沙は。
紅い月光と、血だまりに濡れて、いつまでも泣きじゃくるのだった。










それから、1週間が過ぎて。
魔理沙は今日も、箒に乗って気ままに空を翔けている。
時々、博麗神社で霊夢と昼食やお茶の時間を共にして、弾幕ごっこをして、談笑をして帰って行った。
時々、紅魔館の大図書館でパチュリーと読書を楽しんで、弾幕ごっこをして帰って行った。



『君はきっと、空を翔けている時が、一番綺麗だろうな』



青年の最期の言葉は、魔理沙の自殺を思いとどまらせた。
ゆえに、彼女は今日もこうして生きているのだ。
近頃、いつもの調子を取り戻し始めた彼女だが、その悲しみは未だに癒えていない。



パチュリーは、魔理沙に言い寄ろうとはしなかった。
これからも、普通の友人としての付き合いを続けるつもりらしい。
何故そうなさったのですか、という小悪魔の問いに、彼女はこう答えていた。



『死人から恋人を奪うなんて、私には出来ない』





たくさんの優しさに包まれていることを理解していても、心の傷を癒すことはできなくて。
それでも魔理沙は、今日も太陽のように明るく笑うのだ。



めずらしく誰もいない、幻想郷の人里の丘上空で。
霧雨魔理沙は、ひとり涙を流して、スカートの裾を握りしめる。



――大好きだ、魔理沙



草花を揺らす風の中に、あの優しげな声を聞いた気がして。
魔理沙は涙を拭うと、にっこりと笑って魅せたのだった。