サリエルが敗れた事で、幻想郷の空から蒼い月が消える。
代わりに広がった皆既日食が、幻想郷中を闇で覆い尽くしていた。
その闇の中で、空中に放り出されていた筈の霊夢は目を覚ます。

「………あれ? 私は……」
「気が付かれましたか、御主人様!」

そこはたくさんの木々が闇に拍車をかける、薄暗い茂みの中だった。
何があったのか分からず茫然とする霊夢。
その隣では、玄爺が心配そうに見つめている。
どうやらあの後気を失い、玄爺達に助けられたようだ。
霊夢はゆっくりと起き上がり、辺りを見渡し状況を確認する。
だが一緒にいた筈の、パチュリーの姿が見えない。
霊夢は気になり玄爺に問い掛けた。

「パチュリーは?」
「先程あちらに行かれましたが、それっきり」

何か嫌な予感がする。
霊夢はパチュリーを探し、玄爺を連れて茂みの中を進んでいった。
やがて暫く歩くと、茂みの外が見えて来る。
その外との境界近くで、パチュリーは外の方を向いて座っていた。

「………パチュリー?」

霊夢はその様子が気になり話しかけるが、パチュリーは全く反応しない。
どうかしたのだろうか。
心配になり霊夢は、パチュリーの肩をポンと叩いた。

「………………………」

すると手から、ぶるぶるとパチュリーの震える感覚が伝わって来る。
その体は汗でぐっしょりと濡れていて、明らかにいつもの冷静なパチュリーではなかった。
パチュリーの視線の先に何かある。
それもあのパチュリーが、これ程までに恐怖する何かが。
霊夢は不安を感じながらも、恐る恐るその視線の先にあるものを確める。

「…………!!」

それは、こちらに向けられた視線だった。
目の前に広がるのは、倒壊した里の姿。
門や塀は崩れ去り、巨大な奇妙な木が佇んでいる。
その中で、じっとこちらを見つめる二つの目。
見開かれたその瞳は、闇のように真っ黒な円をこちらに向けている。
その円の中で金色の光を放つ輪が、心の中を見通すかのような眼差しを送っていた。
口はまるであどけない少女のように、にっこりと笑いかけている。
しかし手には生気を失った瞳で、虚空を見つめるサリエルが掴まれていた。
その少女こそ、パチュリーの話していた三幻想最凶最悪の魔。
夢幻の悪魔、幻月。
幻想郷を滅ぼそうとしている者だ。

「久しぶりね、霊夢。おいで。そこにいたんじゃ、お話しし辛いわ」

幻月はそう言って手招きする。
拒否権などない。
相手の魔力は規模が違う。
例え幻想郷のあらゆる魔力を集めても、彼女の足下にも及ばないだろう。
逃げようが隠れようが意味などない。
殺そうと思えば、いつでも殺せる。
それだけの実力差が、霊夢達と幻月の間にはあった。

「ほ~ら、は~や~く~」

目をつけられた以上、もうどうしようもない。
観念して幻月の前に出て行く霊夢達。
それに幻月は嬉しそうに笑い、はしゃぎながら口を開いた。

「さすがは霊夢ね! もし逃げ出したら四肢を引き千切ってやろうと思ってたけど、勘がいいって言うのかしら。
 やっぱり私が戦った人間の中で2番目に強いだけあるわ~! じゃあサリエルも倒したし、今度は貴方と遊ぼっか!」

そう言うと幻月は、人形のように動かないサリエルを突き出す。
そのまま手を放し地面に倒れさせると、口から鞭を取り出し霊夢に向かって笑いかけた。

「キヒャヒャヒャヒャッ! よくここまで生き延びてくれたわ! 貴方は本当に優秀ね!
 そんな貴方には特別に、私がたっぷり時間をかけて遊んであげる。そして貴方は絶望する。
 私の理想郷実現は! 貴方の死を以って! ついに完遂される事となるのよ! ……………いよいよもって死ぬがよい。
 そしてさようなら、霊夢。幻想郷はとっても面白い掃き溜めだったわ!」
「………ここまで……なの?」

最早、圧倒的力の前に諦めかけた霊夢。

「まだよ! まだ私がいる!」

ところがその言葉と共に、パチュリーが幻月の前に立ち塞がった。
パチュリーだって相手の実力は分かっている。
どうあがいても絶望的なまでの実力差は埋まらない。
それでも震える足で必死に立って、泣き出しそうな顔で懸命に幻月を睨み付ける。
今、霊夢を守れるのは自分しかいない。
自分が戦わなければ、幻想郷は滅亡する。
パチュリーは命がけで霊夢を、親友と共に暮らしたこの世界を守る為に幻月に身構えた。
だが幻月はそんなパチュリーを、馬鹿にした態度で嘲り笑う。

「それで? あんた一人で何が出来るって言うの?」
「……霊夢……逃げて……。地獄まで全速力で飛んで!」
「!!」
「時間稼ぎ? 無駄よ。たった一人じゃ数秒も持たな………訂正」

ところが幻月は突然、鞭を振りながら後ろに振り返った。
同時に何処からか飛んで来た何かが、鞭に当たって地面に落ちる。
それはナイフを手に持った、小さな愛らしい人形だった。
その人形を見た霊夢達は、慌てて飛んで来た方向へと振り向く。
こんな人形を武器として使う者など、霊夢達は一人しか知らない。
そう、それは紛れもなく奴だった。

「一人じゃないわ、パチュリー!」
「……7人だったわね」
『あ、アリスッ!』


七色の人形遣い、アリス。
彼女は5人の魔界人を連れ、倒壊した里に姿を現した。
日食の下、家屋の残骸の上に勇敢に立つ彼女達の姿は何処か頼もしくも見える。
しかし相手は幻月。無謀な戦いなのは明白だ。
そんな事はアリスも分かっている。
それでも彼女には退けない理由があった。

「エリス姉さん………私、戦うわ。私は……幻想郷が滅ぶというなら、それを受け入れようと思ってた。
 幻月に襲われれば、どうせ誰も助からないって諦めてた。でも……やっぱり私、諦めたくない!
 幻想郷に消えてほしくない! 霊夢にもパチュリーにも生きていてほしい! ………だから戦う。
 もう絶望したりしない。死ぬ寸前まで足掻いてやる。醜くても無様でも、必死に守りたい者の為に戦ってやる!
 例え敵わなくても……せめて霊夢達が逃げる時間を稼ぐ為、信念貫き通して戦って笑って死んでみせるわ!」

アリスはそう言って、そっと自身の髪に付けた花の髪飾りに触る。
もしエリスが来なければ、滅び逝く幻想郷と運命を共にしようと考えていた。
それが自分なりに出した愛する幻想郷への、せめてもの手向け。
だがその考えは間違っていた。
それでは無駄死に以外の何でもない。
幻想郷を守る為に、命がけで戦う。
それこそがエリスが教えてくれた貫くべき自分の『ロック』だった。
結局は無駄死にに終わるかもしれない。
しかしやらずに諦めるより、やるだけやった方が納得して死ねる。
例えそれが1%の望みもないような戦いだったとしても。
そんな想いを胸に、アリスは黒いグリモワールを取り出す。
同時にグリモワールを杖へと変化させると、幻月に向かって突き付けた。
もう迷いなんて感じさせない、強い決意のこもった瞳のアリス。
そんなアリスを守る為に、5人の魔界人達が各々の魔法陣を展開する。
彼女達もまた、アリスと運命を共にする覚悟を決めていた。

「よっしゃー! 最高の試合、魅せてやりましょ!」
「アリスとなら何処までだって、一緒に旅してあげるわ」
「………アリスがいなければ、私達は元の体にも戻れなかった。最期まで付き合うわよ」
「大丈夫! 奇跡を信じろ! 心が負けなければ、何度だって立ち上がれる!」
「……………ごめんなさい、姉さん達。付き合わせてしまって」
「気にする事無いわ。…………一緒に世界の為に戦いましょ、アリス」

それを見て幻月は、気味の悪い笑みを浮かべる。
まだ戦力を残していたと言っても、彼女にとっては新しい玩具にありつけたようなもの。
これからどうやってこいつらを苦しめてやろうかと、歪んだ考えを巡らせる。
幻月はその高ぶる感情から、鞭で地面をビシビシ叩きながら言葉を紡ぎ出した。

「そう! その力で夢月を殺したの! 強大な力のようだけど、私は夢月みたいに弱くないわよ!?
 それにエリスも、もういない! はたしてそんな貧弱な7人で、時間稼ぎになるのかしらねぇ!
 イッヒヒヒッ! そうは言っても私としては、精一杯足掻いてくれた方が面白いんだけど! じゃあ………死ニナァァ!」

その一言を言い終わった瞬間、一気にアリスに向かって飛びかかる幻月。
それに5人の魔界人達は、慌てて魔法を放とうとした。
だが幻月は思った以上に素速く、攻撃魔法が間に合わない。
このままでは攻撃を喰らう。
咄嗟にアリスは七色魔法を使おうと、杖を構えた次の瞬間

「頭が高いわ、戯け共がっ!」

突然上空から怒鳴り声が響いて来た。
その場にいた全員が驚き、声のする方へと振り向く。
そこには空中に浮かび上がる巨大な門と、菊理の姿があった。
菊理は地上の者達を見下ろしながら、自身の霊力で門を開き始める。
すると開いた門の中から、一人の人影が歩いて来た。
途端に幻想郷中に広がっていく、尋常じゃない量の凄まじい妖力。
それはその人影が門から出て来ると同時に、あっという間に空を黄昏に染めていった。

「頭が高いと言うておろうがっ! この御方をどなたと心得る!」

その妖力の主の姿は、紅白の着物に黒い髪。
額には真っ赤に聳える鋭い角。
手には鞘に収まった刀。
それは霊夢ですら、直接会うのは初めての相手。

「怖れ多くも地獄王、矜羯羅殿にあらせられるぞ!」

地獄の最高管理者、矜羯羅。
三幻想、最後の一人。
その力は視界に映り込んだだけで、竦み上がり動けなくなってしまう程。
まさに地獄を統べるに相応しい、威厳と威圧感を放っていた。
そんな矜羯羅に、菊理は深々と頭を下げながら話しかける。

「……………本当に……よろしいのですか?」
「致し方あるまい。最早、私が動かねば幻想郷が滅ぶ」
「……しかし……あの者は……」
「…………すべてが終わったら、私から話す。お前は戻っていろ」
「………はい」

矜羯羅の言葉を受けて、門の中へ入っていく菊理。
少しづつ閉まっていく門の隙間から、地面に倒れるサリエルを見て彼女はそっと呟いた。

「………サリエルめ、結局お主の企みは何も分からぬままか。………偽善論ばかり口にする、気味の悪い女じゃったのう」

やがて門が完全に閉まると、地獄の門は姿を消す。
残された矜羯羅は里に降り立つと、幻月の方をじっと見た。
その瞳はまるで太陽のように、真っ赤な炎を燃え盛らせている。
他の者なら強大な威圧感で、気を失ってしまいそうな眼差し。
しかし幻月はにやりと歯を見せて笑うと、矜羯羅に向かって口を開いた。

「やっと出て来たわね、矜羯羅! あんたを殺せば、私の邪魔をする者はいなくなる!
 そしたらたっぷり時間をかけて、魔界を攻め落とし人間達と遊びましょ! ヒヒャヒャヒャヒャッ!」
「…………………………」

だが矜羯羅は何も喋らない。
ただじっと幻月を見続けている。
それに幻月は不快そうな表情を浮かべて、文句を口にし始めた。

「初対面の相手に何よ」

すると矜羯羅も、ゆっくりと口を開く。

「……………お前は何をしたい」
「………ん?」

その言葉に首を傾げる幻月に、矜羯羅は再び問い掛けた。

「幻想郷を滅ぼし外の世界に行き、世界中を支配して何がしたい」
「何よ。そんなの決まってるでしょ!? 世界中の人間を思う存分嬲り殺すの! 最高でしょ!?」
「…………それがお前の理想か」
「そうよ。悪い?」
「悪い。だがそうでなければ私が出て来た意味がない」

そう言うと矜羯羅は、幻月に鞘に入れたままの刀を向ける。
そして強い気迫を感じさせる瞳で、キッと睨み付けた。

「地獄は罪深き亡者に罰を与える、生けとし生きる者の最期の善。その管理者である私は、常に善で在らねばならぬ。
 故に私が罪人以外と、戦う事などあってはならぬ。故に私が悪以外と、刀を交えるなどあってはならぬ。
 常に戦うべき敵は悪であり、悪とする覚悟を持って戦う。私が戦うとは、そういう事。一度の誤判も許されぬ。
 そしてお前は真の悪であると、地獄の管理者として判断した。それは如何なる理由があれど、許されざる悪行故。
 ならば私はお前と戦う。ならば私はお前を斬る。一度戦うと決めたならば、私は一切の躊躇はせぬ。
 決してぶれぬ。決して揺るがぬ。それが私が地獄の管理者として、貫き守らねばならぬ善というものだ」

矜羯羅の強い決意のこもった言葉に、霊夢達は息を呑む。
その一言一言からは、凄まじい重みが感じ取れた。
しかし幻月は興味なさげに、羽をパタパタと動かしている。
それを見て矜羯羅は、刀を地面に突き立てた。
途端に強い衝撃波が起こり、辺り一帯の大地にひびを入れる。
そんな事はお構いなしに幻月は翼を広げ、その白い羽を黄昏の光で金色に染め上げた。

「あんたの理屈はどうでもいいわ。私はあんたをぶち殺す。それですべてが終わり、すべてが始まる。
 でも一応、敬意は払ってあげるわ。私が倒すべき最後の『敵』として、ね。それでは地獄王、矜羯羅様。
 覚悟は………訊くまでもありませんね。こちらはいつでも殺り合う覚悟です。では、まぁ………行きますよ」

その言葉と同時に、幻月は翼を大きく振る。
それにより大量に抜け落ちる白い羽根。
それらは空高く昇っていき、黄昏の光を受けひらひらと優雅に舞う。
ところが突然、一斉に尖った先を地上に向け始めた。
その矛先から感じ取れるのは、強大な魔力による明確な殺意。
そのまま大量の白い羽根は、地面目掛けて一気に急降下して来た。

『!!』

それに慌て出したのが、霊夢達8人と1匹。
このままでは幻月の攻撃に巻き込まれてしまう。
どれ程の威力かは分からないが、あれだけの魔力だ。
見た目は羽根とはいえ、直撃したら一溜まりもないだろう。
兎に角、射程外に逃げないと危ない。
霊夢達は動かないサリエルを担いで走り、最初に隠れていた茂みの中に飛び込んでいった。
その直後に降り注ぐ羽根の雨。
羽根は地面に突き刺さると、土をドロドロに溶かしてしまう。
地面が液状化した事によって、周囲の家屋の残骸は大地に呑み込まれていく。
やがて里にあった殆どの物が大地に沈み、辺りは茶色い湖と化していった。
その無数の白い羽根は、仁王立ちで待ち構えている矜羯羅にも襲いかかって来る。
だが羽根は矜羯羅に近付いた途端に、一瞬で消し飛んでいった。
矜羯羅の体から発せられる凄まじい力に、羽根の魔力と邪気が耐え切れなかったのだ。
まさに圧倒的力が為せる業。
矜羯羅には半端な攻撃は通用しないという事だ。
その様子を茂みから見ていた霊夢達は、ふとある事に気付く。

「……………! ちょっと、幻月は!?」

先程までいた筈の幻月の姿が、里の何処にもないのだ。
里の建造物は大地の液状化により、土の中に沈んでしまった。
隠れる場所など、殆どない筈なのだが。

「上よ!」

そこへ聞こえて来るパチュリーの声。
驚き霊夢が見上げると、眩しく輝く夕陽の中に強大な魔力が集まって来ていた。
あそこに幻月はいる。
しかし同時に感じられる魔力の凄まじさに、霊夢の背筋は凍り付いていった。

「あれは……」

幻月は熱線を放とうとしている。
それも今まで感じたどんな弾幕よりも、遥かに高火力の熱線を。
それに気付いた霊夢だったが、気付くのが一足遅く熱線は放出されてしまう。
途端に羽根の雨の中にいる矜羯羅に、真っ直ぐ向かって行く膨大な魔力。
それに矜羯羅は地面に沈みかけた刀を握ると、鞘から抜かずに熱線目掛けて振り上げた。
その斬撃ですらない一撃は、向かって来た熱線を真っ二つに斬り裂く。
斬れた熱線は矜羯羅を避けるように飛ぶと、地面に直撃し大爆発を巻き起こした。

「くうっ!」

その爆発で発生した爆風は、茂みの中の霊夢達にも襲いかかる。
木々をも飛ばす凄まじい風圧に、堪らず全員吹き飛ばされてしまった。
このままでは散り散りになってしまう。
そう思ったパチュリーは、咄嗟に魔法を発動させる。

「『ジェリーフィッシュプリンセス』!」

途端に空中に現れる巨大な泡。
それは飛んで来た霊夢達を中に入れると、その場に止まり結界兼足場代わりとなった。

「………ありがとう、パチュリー」
「大した事じゃないわ」

体勢を立て直した事で、霊夢達は三幻想同士の戦いに目を向ける。
だがそれは、すでに霊夢達のレベルを遥かに超越したものとなっていた。

「…………えっ?」

地面が液状化し、大木が沈みかけ傾いている里。
巨大なクレーターが出来上がった、紅魔館や妖怪の山。
先程の爆風で、木々が吹き飛んでしまった魔法の森。
幻想郷の至る所で、爆発が発生している。
しかし何処にも、矜羯羅と幻月の姿はない。
凄まじい妖力と魔力は感じるが、二人が何処にいるのか見当もつかないのだ。
ただ立て続けに起こる爆発が、二人が確かに戦っている事を示している。
その爆発も幻想郷のあちこちで、居場所を特定する事は出来ない。
何が何だか分からずにいる霊夢達。
そんな中霊夢がふと隣を見ると、アリスがもの凄いスピードで瞳を動かしていた。

「………えっ、ちょっと何してるの。気持ち悪い」
「……………………やっぱり矜羯羅さんは強いわね」
「…………見えるの?」
「……………………戦況だけなら。大体、幻月が6回ぐらい死んでるわ」
「えっ!?」

これも幻視力の高さ故の能力なのか。
最早いつ攻撃しているのかも何処にいるのかも、霊夢達には分からない。
だがどうやらアリスには、戦っている様子が見えているようだ。
しかもその話では、すでにあの幻月が何回も倒されているらしい。
もう霊夢達には、話に付いて行くのが精一杯だった。

「……………でも幻月は邪気を操るのよね? その心配は…」
「いらないわ。矜羯羅さんは常に善に従って生きている。心に迷いも隙もない。だから邪気は矜羯羅さんを狂わせられな…」

そこへ響いて来る凄まじい爆音。
同時に幻想郷を真っ二つに裂くかのように、大地を吹き飛ばしながら何かが飛んで行く。
それは太陽の畑に聳え建つ夢幻塔にぶつかると、一瞬で粉砕して瓦礫の山へと変えてしまった。

「………今のは……どっちの攻撃?」
「いいえ。幻月が吹っ飛ばされただけよ」
「えっ!?」

アリスの言葉に、霊夢達は驚き振り返る。
最早それは人智を越えた攻防。
そこには人間の常識など通用しない。
最強クラスの幻想存在同士の死闘。
もう人間の理解が及ぶ領域の戦いではなかった。
一方で地上で戦いを続ける矜羯羅は、瓦礫の中に埋もれた幻月の許へやって来る。

「…………………………」

ただ何も言わずに、瓦礫の山を見続ける矜羯羅。
すると徐々に大量の邪気が染み出して来る。
そのまま瓦礫の上へと集まっていくと、邪気は幻月の姿へと変化していった。
何度も倒されながらも、尚再生して来る幻月。
しかし戦況は矜羯羅の圧倒的優勢だ。
それ故かどうかは分からないが、幻月は血走った目を小刻みに震わせ口から舌を出し涎を垂らしている。
そして気味の悪い笑みを浮かべると、凄まじい咆哮を上げ出した。

「ギヒャヒャヒャヒャヒャガアアアアアアアァァァァァァァアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!」

途端に幻月は、一瞬でその場から消えてしまう。
同時に地面から、次々と現れる謎の妖怪達。
その妖怪達はローブを身に纏い、手にランタンと包丁を持って少しづつ矜羯羅に近付いて来た。

「…………………………」

四方八方を囲まれて逃げ場も隠れ場所もない状況。
そこへ謎の妖怪達は、次々と飛びかかって来た。
だが矜羯羅は冷静に近付いて来た妖怪から、鞘に入れた刀で消し飛ばす。
しかし謎の妖怪達は止めどなく現れて、倒しても倒しても次の妖怪が出て来てしまう。
これでは切りがない。
そう判断した矜羯羅は、足を振り上げ地面を踏み鳴らした。
途端に太陽の畑で起こる凄まじい地割れ。
その割れた大地の底には、巨大な地獄の釜が姿を覗かせている。
それは無限に現れる妖怪達を、すべてその釜の中へと呑み込んでいった。

「…………………………」

同時にもの凄い勢いで、手を動かす矜羯羅。
速過ぎるその動きは、まるで腕が何本もあるかのようにさえ見える。
それは高速で飛んで来ている、幻月の攻撃を防いでいるが為。
常人には見えない程速いその攻撃を、矜羯羅は一発も喰らわずに防ぎ切った。
失敗に終わった事で、見えて来る幻月の放った攻撃の正体。
それは目玉や臓器など、バラバラにした人の中身のようなものだった。
その内臓や肉塊は、一気に空中に集まり幻月を形作る。
すると幻月は膨大な魔力を口の中に集め、咆哮として撃ち出して来た。

「ゴギャギガヒャギギャグゲギヒャギャアァ!!」

咆哮は何重にも重なった、白と黒の音波壁となり周囲に広がっていく。
その音波壁の中心にいる幻月の姿は、外からは色彩が消え白黒に見えた。
また幻月の周りには、フィルムノイズが入った古びた村のような景色が広がっている。
それはある種、幻想的な光景だった。
一方で音波壁に触れたものは、木も土も空気さえも消滅してしまう。
本来なら、まず逃げる事を考えるであろう高エネルギーの攻撃。
だが矜羯羅はとんでもない速度で腕を動かし、その音波壁をすべて叩き割っていった。
更に咆哮を撃ち出した直後で、動けずにいる幻月に飛び掛かる。
そのまま右手で首を掴むと、矜羯羅は幻月を思いっきり地面に叩き付けた。
同時に袖から手枷を取り出すと、幻月の両腕を拘束する。
途端に狂気に満ちていた表情が一変、突然幻月は怯えた表情をして泣き叫び出した。

「嫌アァ! 放シテ! ナンデ!? ナンデコンナ事スルノ!? アンナニ私達、仲良クシテタノニィ!
 此処カラ出シテ! オ家ニ帰シテヨォ! ………モウ嫌アァ………帰リタイ……帰リタイヨォ……」

そう言って幻月は、腕を必死に何かから遠ざけようとする。
ところが一定の距離までで止まり、それ以上は何かに押さえ付けられているかのように動かなかった。
しかし手枷を繋ぐ鎖は、幻月の腕同士を繋いでいるだけで何処にも繋がっていない。
ましてや矜羯羅が何かしているという訳でもなかった。
手枷も普通の物。誰も何もしていない。
それなのに幻月は、その場から動き出せずにいた。

「……………………………………」

矜羯羅はすべて知っている。
何故、幻月が悪魔となったのか。
何故、幻月が人間を狙うのか。
だがそれでも矜羯羅は、幻月を悪とした。
如何なる事情があったとしても、幻月がやった事は悪であるからだ。
矜羯羅は、そっと腰に差した刀を鞘から引き抜き掲げる。
その刀身は夕陽を受けて、美しく輝いていた。

「私が刀を抜くという事は、お前を悪として斬る覚悟の証。最期の善たる地獄の管理者として、一人の存在を悪とする証。
 せめてもの慈悲として、この一太刀で終わらせる。今度こそ消えるがいい。魔界で生れし、哀れな天使よ」

矜羯羅はその言葉と共に、掲げた刀を振り下ろす。





そう、ただ振り下ろしただけ。
妖力を放った訳ではない。
しかしその強すぎる力は
幻月を真っ二つに斬り裂き
後ろの瓦礫の山を斬り
大地を斬り
山を斬り
博麗大結界さえも斬り
それでも止まらぬ矜羯羅の力は
外の世界にまで及び、凄まじい地割れを引き起こした。

「…………なんでよぉ……」

刀による攻撃には、邪気の自己再生能力は機能しない。
幻月の体は真っ二つに斬り裂かれたまま、徐々に崩壊していく。

「………なんで死んでくれないのよぉ……」

最早、幻月にはどうしようもない。
ただ少しづつ消滅していくのを、待つ事しか出来なかった。

「……あんたさえ殺せば、私の理想は誰にも邪魔出来なくなるのに……」

それでも幻月は、矜羯羅に手を伸ばす。
その指も邪気となって溶け出し、次々に消滅していく。
もう永くは持たない。
そんな事は誰が見ても明らかだったが、幻月は尚必死に手を伸ばし続けた。

「私の理想郷は、とっても幸せなの。だって…………私達は愛し合っているのだから。
 人間達は私を襲い殺した。お互いに愛し合っていた私を。だから私も同じように、殺戮と絶望をもってこの愛を返すの。
 だって人間達は私に、この素晴らしい感情を与えてくれたじゃない。あの日、私が感じた絶望の先の快楽を。
 今度は私が返す番。人間にいっぱい絶望してもらって、私と同じ快楽を味わってもらうの。そしたら皆、幸せでしょ?
 そして私は………人間にもっと愛してもらう。憎しみと恐怖で、いつも私の事を想っていてもらう。
 私はそんな人間達を殺す。惨たらしく残虐にいっぱい殺す。それが…………あの日、人間に教えられた私達の愛の形。
 愛し………合うのよ。………私達の美しく快楽に満ちた愛を………世界中の絶望で育むの………。
 だから………こんなところで終わる訳にはいかない。………私達が………愛し合う………理想郷を………創……る………」

やがて幻月の体は、完全に消滅する。
黄昏の中を抜ける風に黒髪を揺らしながら立つ矜羯羅の前で、魂すら残さずに消えて行った。
それを見届けると、矜羯羅は空中の泡へと振り返る。
遥か彼方で数名の人間や魔界人を乗せ、ふわふわ浮かぶ魔力の泡。
矜羯羅は、その泡に向かって大声で語りかけた。
それは幻想郷に現れてから、初めて矜羯羅が見せた感情。
強い憤りを感じさせる、怒気を孕んだ声だった。

「人間よ! あの悪魔はお前達、人間の欲が生み出した者だ! もう二度と、あのような者を生み出さぬと誓えるか!?
 もう二度と欲の為に、あのような犠牲を作らぬと誓えるか!? それが出来ぬのなら、再び同じ事が起こるであろう!
 その時こそ私は、人間を悪とし助けはせぬ! よく肝に銘じておくがいい!」

それだけ言うと、矜羯羅は地獄の門を作り出し中に入っていく。
その門が閉じられ消滅すると、空を覆っていた黄昏は本物の黄昏へと変わっていった。
すると矜羯羅に斬られた博麗大結界も、少しづつ再生し修復されていく。
戦いは終わった。まるで空がそう言っているかのようだった。
それらを見ていた霊夢達を乗せた泡は、パチュリーによってゆっくりと降りていく。
そのまま地上付近まで降りて来ると、次々に泡から飛び出していく霊夢達。
同時にアリス達魔界人の手により、魔界への入口が開かれた。
空間の穴の向こうに見える魔界の光景に、魔界人達は安堵の表情を浮かべる。
だが心が壊れてしまったサリエルの事を思い出し、はっとし俯き出した。
戦いの犠牲となった者は、もう帰って来ない。
それは人間も妖怪も悪魔であっても同じ。
この戦いで失ったものはとても多く、すべてを語る事は誰にも出来なかった。
夢子がサリエルをおぶると、足早に魔界へと帰っていく魔界人達。
その後ろを付いて行くパチュリーと玄爺は、じっとしている霊夢に振り返り話しかけた。

「行きましょ、霊夢。私達は生きている。幻想郷は滅んでいない。
 魔界に避難した人間や妖怪と一緒に、もう一度幻想郷を建て直しましょ。
 それをきっと……………紫やレミィも、あの子も望んでいると思うわ」
「どうかされましたか? 御主人様」
「………………………結局、私は何も出来なかった。博麗の巫女、失格よ。矜羯羅が来てくれなかったら
 今頃どうなっていたか………。でも………どうして矜羯羅は………」

霊夢は矜羯羅の言葉を真剣に考えている。
人間の欲が幻月を生み出したのなら、今回の異変の元凶は人間にあるのかもしれない。
もしそうなら、何故矜羯羅はあんな事を言ったのだろうか。
異変の元凶が人間にあるのなら、次と言わずに今回見捨てる事も出来た筈。
幻月を倒す事が目的なら、態々警告をする必要もない。
もし警告する理由があるとするなら、それは矜羯羅が人間に期待しているという事なのではないだろうか。
異変の元凶であり、悪である筈の人間に。

「………矜羯羅は……人間の味方だったのかしら」
「それは違うわ」

そこへ魔界に帰った筈のアリスが戻って来る。
アリスは確信を持った眼差しで、霊夢の疑問に答えを出した。

「三幻想は誰の味方でもない。自分の信念の為に、目指すべき理想の為に戦ったのよ。
 私達に出来るのは、その理想に近付く事だけ。三幻想と同じ目標、理想を抱く事だけなの。
 だから矜羯羅さんは人間の味方ではない。矜羯羅さんの理想、善が統べる世界に相応しい者の味方なのよ。
 矜羯羅さんは多分霊夢、貴方に善を感じたんだわ」
「………私……?」
「はっきり言って貴方は、矜羯羅さんのような善とは程遠い。決して真面目ではないし、間違えたりもする。
 でも貴方も矜羯羅さんも、自分の進むべき善に向かって生きているわ。
 貴方は博麗の巫女として異変を解決する為、戦う。矜羯羅さんは地獄の管理者として、地獄の善に仇名す者と戦う。
 矜羯羅さん程完璧ではないけれど、貴方も根底にあるのは同じ思想。悪と戦い善を貫こうとしている。
 巫女として育つうちに無自覚のまま、そうあるべきだと教え込まされたのかもしれない。
 でも貴方はその与えられた善を受け入れ戦っている。そんな貴方だから矜羯羅さんは助けに来てくれたのよ。
 貴方の道は間違っていない。貴方は立派な博麗の巫女よ。少なくても私はそう思う。
 だってそうでなければ矜羯羅さんが、態々幻想郷を救う理由がないもの。
 幻月を外の世界に出し人間達に反省させた方が、矜羯羅さんからすれば有意義な筈。
 そうしなかったのは幻想郷の人間に、貴方に善を見出したからじゃないのかしら」

そう言うとアリスは、魔界に戻っていく。
それに続くようにパチュリーも魔界の入口の前に立つと、霊夢に背を向けたまま呟いた。

「もし貴方が自分の欲しか考えないような女だったら、矜羯羅はきっと助けになんか来てくれなかったと思う。
 貴方は横暴なところもあるけれど、それが幻想郷の為を思っての行動だって事は皆知ってるのよ」

そのままパチュリーは魔界へと入っていく。
仲間達に励まされる霊夢。
その足下に玄爺が寄って来ると、そっと前へ進むように促した。

「御主人様、今度は幻想郷復興の為に頑張る時です! 儂もささやかながら手助けさせてもらいますぞ!」

そうだ。今は悩んでいる場合ではない。
この出来事を自分が伝えていかなければならないのだ。
幻想郷を建て直し、里の人間達にも教え広める。
新しい幻想郷が、いつまでも平和な世界である為に。
もう二度とこんな惨劇を繰り返さない為に。













昔々ある所に、とても可愛らしい天使の女の子がいました。
天使の女の子は人間達に酷い事をされ、いろんなものを失ってしまいました。
翼を毟られ四枚の羽を失い
包丁で斬られ命を失い
絶望の中で自分を失い
人間の悪意に触れ正気を失い





それでも尚
人間を愛する気持ちだけは、いつまでも失わなかったそうです。





おしまい


設定資料集天使伝説





  • この話いまいち人気ないのは幻想郷の連中が雑魚過ぎるように感じるからかなあ……
    個人的には、矜羯羅が戦ってくれたのは彼(?)に幻想郷の象徴である霊夢、ひいては幻想郷そのものを守りたいと
    強く思わせたたからであって、そういう意味ではこれは幻想郷の皆が掴んだ勝利といってもいいんではないかと思う。
    まあ、もう一人の象徴であるゆかりんはあっさりとお亡くなりになられてしまったのだが…… -- 名無しさん (2011-08-09 18:34:21)
  • コンガラ様は人の情や思いなどでは揺るがぬ御仁
    霊夢の中の正義に賭けた方が正しいと確信したのだろう
    幻想郷組が弱かったのは最強の三幻想やらとの相対比だから俺は気にならなかったかな
    それよりも皆がほとんど何も旧作組の事を知らないってのが-に働いたのかもしれない
    俺はこの幻月さんとか好きだけどね、あくまでラスボスとしてだけど -- 名無しさん (2011-08-09 22:08:40)
  • 俺は普通に幻月姉さんラブだが


    でも口からゴキブリ吐くのだけは勘弁な! -- 名無しさん (2011-08-10 01:31:10)
  • 夢幻姉妹好きな自分としては最高だったな。幻月は大体こんな感じ。
    アリスが最後の方で調子乗ってたな。
    魔界人みんなを切って貼って一つのカタマリにしてやりたい
    何はともあれおつかれ。この手の作品は賛否両論………てか否>>>>賛なんだろうけど夢幻姉妹ががんばってたから俺は高く評価するよ。 -- 名無しさん (2011-08-15 00:32:39)
  • 俺も読んでいてとても面白かった
    次の展開が読めなかった
    とりあえず俺はアリスが贔屓されすぎな気がするだけで作品自体はとても良かったと思う
    アリスとナズーリンは少し自重した方が良かったかもね
    アリスは夢月との戦いまでは良かったけど
    ところで藍とかはまだ生きてるんだよね? -- 名無しさん (2011-09-28 23:20:44)
  • 一言で内容をまとめると、「滅亡確定だった幻想郷を霊夢萌えが救ってくれた」となる。
    人気投票一位はさすがやでぇ。 -- 名無しさん (2011-10-09 12:47:21)
  • ↑その発想は無かったわw -- 名無しさん (2011-10-11 22:02:05)
  • 魔理沙咲夜妖夢早苗が死ぬの早すぎだった
    -- 名無しさん (2011-10-14 23:46:32)
  • ↑↑↑実際霊夢みたいなカッコしてるしなwwww -- 名無しさん (2011-10-23 01:15:50)
  • とりあえず生き残っているキャラがどれぐらいいるか数えてみた
    神玉(?)、幽幻魔眼、菊理、こんがら、サリエル(?)
    厳爺、オレンジ(?)、サラ、ルイズ、アリス、ユキ、マイ、夢子、神綺
    ルーミア、大妖精、チルノ、パチュリー
    レティ、橙、ルナサ、メルラン、リリカ、リリー、藍
    リグル、ミスティア、慧音、妹紅
    小町、映姫
    静葉、譲子、雛
    キスメ、ヤマメ、パルスィ
    ナズーリン、小傘、一輪、村紗、星、聖
    書籍組
    もしかしたらもっといるかも -- 名無しさん (2012-03-02 23:53:52)
  • てゐもいた
    霊夢
    神玉(?)、幽幻魔眼、菊理、こんがら、サリエル(?)
    玄爺、オレンジ(?)、サラ、ルイズ、アリス、ユキ、マイ、夢子、神綺(?)
    バカルテット、大妖精、パチュリー、レティ(?)、橙(?)、虹川(?)、リリー(?)、藍
    慧音、てゐ(?)、妹紅、
    小町、映姫
    静姉妹、雛(?)
    キスメ(?)、ヤマメ(?)、パルスィ(?)
    ぬえ以外の星メンバー
    書籍組
    (?)になってるキャラがちょっとわからないので作者さん頼む
    あとメディスンはあれで死んだのか教えしてください -- ↑の奴 (2012-03-03 00:26:31)
  • 今だから言うけどこれ犠牲者の供養的な意味での後日談が欲しい…蛇足でも構わないから欲しい… -- 名無しさん (2012-03-05 20:28:32)
  • ↑×2 幽香ちゃんも木になって生きてるよ! -- 名無しさん (2012-03-06 03:40:11)
  • 最強で最狂の化け物の根っこにあったのが人間を愛する少女の姿だったとか
    感動的で切な過ぎる……幻月タンはずっと偽り無い愛を叫び表現し続けていたんだね。 -- 名無しさん (2012-10-28 21:54:23)
  • 矜羯羅様は強くてカリスマバリバリだね。
    いくら相性良くてもサリエルタンが勝つ姿が思い浮かばないwww
    -- 名無しさん (2012-10-30 17:51:59)
  • 矜羯羅のカリスマは最強なわけか -- キング クズ (2016-07-10 01:45:47)
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