「………………勝った……の?」

やがて熱線は消え、持ち主を失った鋏が床に突き刺さる。
茫然としていた魔界人達は、それを見て一斉に歓喜の声を上げ始めた。

「……勝った。勝ったのよ!」
「凄いわ、アリス。さすがは私の妹ね」
「………私達の妹よ」
「それにしてもよく頑張ったわ! 諦めない心が掴んだ勝利ね!」
「姉さん達のおかげよ。私一人じゃ何も出来なかった」
「謙遜する事無いわ。貴方の実力は私達が一番分かってる。私達を呼び出した事も含めて貴方の力よ、アリス」
「………姉さん達………」

すると突然、アリスを隠していたステージが漆黒の羽根に包まれる。
その漆黒の羽根が一気に飛び散ると、そこにはステージの姿はなく跡形もなく消えてしまっていた。
代わりに羽根の中にいたのは、いつも通りの姿のアリスとぐったりと倒れるエリス。
それにアリスは大急ぎで、エリスの許へと駆け寄っていった。

「エリス姉さん!」
「…………いいライヴだった。やっぱりあんたは最高だよ、アリス」

エリスの体はボロボロで、もうすでに瀕死の状態だ。
早く治療しないと、本当に命が危ない。
アリスは杖をグリモワールに戻し、逆さまの戦場を元の大地に嵌め込む。
そしてエリスを抱きかかえると、慌てて魔界に帰ろうとした。

「………!! アリス危ない!」
「えっ……」

しかしまだ戦いは終わっていなかった。
地面に突き刺さった夢月の鋏が崩れ落ちると、中から白い仮面が飛び出して来る。
その白い仮面は一気にアリスに近寄ると、アリスの顔にぴったりと張り付いてしまった。

「……………ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「アリス!」

途端に凄まじい悲鳴を上げるアリス。
エリスを地面に落とし、顔を押さえ苦しんでいる。
あの仮面が原因なのは誰が見ても明らかだ。
周りの魔界人達は、その様子に慌てて駆け寄って来た。

「待ってて! 今、外すから!」

そう言ってサラは仮面に手をかけると、思いっきり引き剥がそうとする。

「……………ぐっ! だ、ダメ! 全然取れない!」

だが仮面はアリスの顔に張り付いており、どんなに引っ張っても外す事が出来ない。

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

そうしている間にも、アリスは悶え苦しんでいる。
兎に角、何とか仮面を剥がすしかない。
魔界人達は力を合わせて、4人がアリスを押さえつけ残りの1人が仮面を引っ張り出した。

「ぐっ………うっ……………あああああ! ダメよ! 私には無理!」
「無理とか駄目とか簡単に口にしてるんじゃないわよ! 見てなさい! うおりゃああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」
「ううあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「ちょ、ちょっと! アリス苦しんでない!?」
「どりゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「分かった! 分かったから、ユキはアリス押さえてて!」

しかし一向に仮面は剥がれない。
このままではアリスは消耗し続けてしまう。
どうしたものかと悩む魔界人達。
すると突然、アリスは動かなくなってしまった。

「あ、アリス!? どうしたの!?」
「………………………」

ルイズが呼び掛けるも、アリスは全く反応しない。
まさか何かあったのでは。
魔界人達の脳裏に、嫌な予感が過ぎる。

「まさか……………ユキ……」
「わ、私のせい!?」
「!! アリス!」

ところがアリスは突然、上体を起こし出した。
そのままゆっくりと立ち上がり、アリスは何事もなかったかのように立ち尽くす。
その顔には、それまでぴったりとくっついていた仮面はついていなかった。

「だ、大丈夫!? 何ともない!?」

何もなかったなら、それに越した事はない。
だがあれだけ苦しんでいたのだ。実害は兎も角、精神面では酷く消耗しているだろう。
アリスを心配して傍に寄って来る魔界人達。
ところがアリスはいきなり、そんなサラの腹を思いっきり殴った。

「うぐあっ!?」

予期せぬ不意打ちに防御出来ず、サラは苦しそうに腹を押さえながら後退りする。
確かに今の一撃は、アリスから放たれた。
しかしアリスが姉である魔界人達を、攻撃する理由はない。
ならば一体何故こんな事を。
予想外の出来事に、動揺を隠せずにいる魔界人達。
その中で夢子だけは、じっと訝しげな表情でアリスを睨んでいる。
アリスはそんな魔界人達を見て、にやりと口が裂けそうな程口元を吊り上げた。

「フフ……フフフフフ………」
「あんた……夢月ね」

その様子を見て夢子は、アリスに向かってそう呟く。
夢子の言葉に驚き、魔界人達は一斉に夢子の方へと振り返った。
そして改めて、アリスの姿をまじまじと見る。
そんな魔界人達とは裏腹に、アリスは肩を震わせ笑い出した。

「フフフフフ……フヒヒヒヒ! ウヒャヒャヒャヒャヒャッ! 私が夢月!? 一体何を見て夢月だと思うの!?
 この体はアリス! そして今、この体を支配しているのは私! なら私こそがアリスじゃない!
 名称とは第三者が物体を指定する際に明確に表現する為の単なる記号の一つに過ぎない!
 だからこの体がアリスなら私がアリス! この髪も瞳も唇も指も脚もアリスの全部が私のもの! ウヒャヒャヒャヒャッ!
 あああああぁぁ……ね、姉さん! 姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さんッ!
 人間じゃないけど! 魔界人だけど! 姉さんは私をももももっと見てくれるかしらあああぁぁぁ!?
 アリスである私を姉さん姉さん姉さんは虐めてゾクゾクしてくれるのかしらららららウシャシャシャシャッ!
 もっと冷たく罵ってアリスの白い肌に痣を付けて爪を剥がして髪を引っ張ってもっともっと私をおおおぉぉぉぉ!?」

そう言ってアリスの体を乗っ取った夢月は、アリスの体を弄り回す。
先程までの冷静さは何処へやら、その言動からは狂気が滲み出ていた。
これこそが普段は幻月の陰に隠れて、表面化されなかった夢月自身の狂気。
その姿に夢子は顔を真っ赤にして、夢月に向かって怒鳴り声を上げた。

「アリスの体で下品な事しないで!」

だが夢月はアリスの白い指をぺろりと舐めると、夢子達魔界人に冷たい眼差しを向ける。

「それで貴方達はどうするつもり? 私を攻撃するの? このアリスの体を」
「……………ぐっ!」

その一言に魔界人達は、どうする事も出来なくなってしまった。
夢月を攻撃すればアリスが傷付く。
だからと言って夢月本人だけを攻撃する手段はない。
仮にアリスごと倒してしまったとしても、再び誰かの体を乗っ取って来るだろう。
成す術がない。
魔界人達は手詰まりな状況に、その場に立ち尽くす事しか出来なかった。

「諦めてんじゃないわよ!」

しかしそこで大声を出し、ユキは夢月に向かって走り出す。
彼女はこの絶望的状況の中でも、まだ勝利を諦めていなかった。
きっと何か解決法がある筈。
夢月を倒しアリスを助ける方法が。
そう信じて夢月の背後に回り込むと、ユキはアリスの体を羽交い絞めにした。

「上手くいかない事! 大きな壁が立ち塞がる事! そんな事は生きてれば、何度でもあるわ!
 でもそこで頑張れば、絶対必ずチャンスが来る! だから頑張れ! 絶対に諦めるな! 力を合わせて夢月を倒すのよ!」

ユキは大声で魔界人達に語りかけ、励まし共に戦おうとする。
だが夢月はユキに捕まられながらも、両手から邪気を出し鋏へと変化させた。
ところが出て来た鋏は以前の大鋏ではなく、小さな普通の大きさの鋏。
それに夢月は訝しげな表情を浮かべるも、鋏を開くと能力を発動させて来た。

「!!」

途端に目の前から夢月が消える。
突然の出来事に慌て出すユキ。
夢月の能力に瞬間移動能力はなかった筈。
時間操作能力もないし、拘束された状況では使えない筈だ。
ならば何故と思い手を伸ばした時、ユキは異変に気が付いた。
腕が自分の腕じゃない。やけに白く細すぎる。
恐らくこれは夢月の解体能力によって、付け替えられた他人のもの。
それに気付いたユキの耳に、突如マイの悲鳴が飛び込んで来た。

「きゃあ!」

驚いて声の方へ振り返るユキ。
そこにいたのはアリスの体の夢月と、その前に倒れるユキの服を着たマイだった。
いや、違う。あれはマイがユキの服を着てるんじゃない。
それを確認する為に、ユキは恐る恐る背中に手を回す。
するとその手は、自分の背中から生えている羽に触れた。
間違いない。夢月は瞬間移動したんじゃない。
夢月がやった事、それはユキとマイの頭を付け替える事だ。
突然、夢月が消えたのも頭と一緒に意識もマイの体に飛ばされた為。
その隙に状況が呑み込めていないマイを倒して、夢月は拘束から逃れたのだ。
原因は分かった。しかし状況は好ましくない。
アリスの体が乗っ取られた今、付け替えられた体を元に戻す方法がないのだ。

「やっぱり邪気が足りないわ。自由に斬ったり貼ったり出来ない。…………でも…ウヒヒヒヒッ!
 貴方達を無力化させるには十分だわ」

夢月はアリスの顔で気味の悪い笑みを浮かべると、片方の鋏を閉じマイの左腕に突き刺す。

「ぎゃああぁ!」

痛みで悲鳴を上げるマイ。
だが夢月は開いた鋏を振って、その怪我した腕をルイズと付け替えた。

「!? ああああああぁぁぁぁぁぁ!」

突如身に覚えのない苦痛に襲われ、ルイズは腕を押さえて泣き叫ぶ。
そんなルイズの様子に、咄嗟にユキは助けに入るべく魔法を放とうとした。

「ちょっと我慢してよ、アリ………………え?」

しかし魔法は発動しない。
予想外の出来事に、ユキは驚愕の表情を浮かべる。
その後も何度も火炎弾を放とうとするが、一向に魔法は発動しない。
堪らずユキは、頭の中に次々浮かぶ疑問を声に出した。

「え? なんで? どうなってるの? なんで魔法が使えないの?」

まさか魔法封じでも使われたのだろうか。
そうは言ってもそんな魔法、使われた形跡など何処にもない。
ましてやそんな事が出来るなら、もっと早い段階で封じていた筈。
訳の分からない状況に、ユキは理解出来ず混乱する。
それを見ていた腕の痛みから解放されたマイは、原因に気付きユキに向かって声を張り上げた。

「ダメよ、ユキ! それ、私の体でしょ!? 私、火炎魔法は使えない!」
「!!」

その言葉にユキは愕然とする。
ユキは火属性魔法を得意とする魔界人で、マイは水属性魔法を得意とする魔界人。
マイの体では水属性魔法を扱うしかないのだが、ユキは水属性魔法の扱い方を知らない。
本来、魔法とは時間をかけて習得するもの。
いきなり使えと言われても、知識だけでなく感覚も重要な魔法を簡単に使う事は出来ないのだ。
さすがのユキも、こればかりはどうしようもない。
力無くその場にへたり込み、ぐったりと俯いてしまった。

「私…私私私…………」

敵の脅威が迫っている中で、突然非力な少女になってしまった絶望感は計り知れない。
その上首から下は他人になってしまい、この状況で勝たなければ元に戻れる保証もないと来た。
すでにユキだけでなく、マイとルイズも精神的に追い込まれている。
これ以上滅茶苦茶にされたら、本当に取り返しのつかない事になりかねない。
何としても夢月の暴挙を食い止めなければ。
まだ無事なサラと夢子は、慌てて夢月を取り押さえようと走り出した。

「斬ったり貼ったり……滅茶苦茶にしてやるのが気持ちいいのに」

しかし夢月は、また鋏を開き能力を使う。
途端にサラと夢子は、思いっきり転び地面に倒れてしまった。

「あ、脚が……」

その原因であるサラのものとなった脚を見て、夢子は歯を食い縛りそう嘆く。
こうなってしまえば、最早まともに戦う事は出来ない。
最早、完全に夢月のペース。もう彼女を止める事は出来ないのだろうか。
そう這い蹲りながら悔しがる夢子達を見て、夢月はにやりと口元を吊り上げた。

「…あんた……何を……」
「決まってるでしょ? 貴方達をもっと滅茶苦茶にしてやるの」

そう言うと夢月は開いた鋏を、空高く放り投げる。
そのままくるくると回りながら飛ぶ夢月の鋏。
すると突然、鋏は凄まじい光を解き放った。
その光に思わず目を瞑る魔界人達。
やがて光が治まり目が開けられるようになった頃には、もうどれが誰だか分からない程に体中付け替えられてしまっていた。

「あぁぁ……わ、私の体が……」
「私の腕は何処行っちゃったの? ねぇ、教えて。私の腕は? 脚は? 胸は? お腹は?」
「返して! 私の体を返してよぉ! うわあああぁぁぁぁ!」
「皆、落ち着いて! 夢月の思惑に嵌ってはダメよ!」

魔界人達はあまりの出来事に、パニックを起こしてしまっている。
これでは最早、戦いどころではない。
兎に角、冷静になってもらわねば。
そう考え他の魔界人達に呼び掛ける夢子だったが、すでに夢子の声は誰にも届いていなかった。
もう自分達に起きた事のショックで、周りの事など目に入っていないのだろう。
ならば物理的にでも、正気に戻ってもらうしかない。
夢子は他の魔界人達に近寄ろうと起き上がったが、そこへ夢月の鋏が首筋に突き付けられた。

「!!」
「大人しくしてなさい。貴方達はあとで姉さんに、たっぷり可愛がってもらうの。姉さんは遊び相手を欲しがってるから。
 ……………私で遊んでくれてもいいのに……。兎に角、貴方が死んで仲間に絶望してほしくなければ無闇に動かな……」

ところがそこまで言って、夢月はぴたりと動きを止める。
一体どうしたと言うのだろうか。
夢子が恐る恐る振り返ると、なんとアリスの体中に弦が巻き付いていた。
動くに動けず、鋏を突き付けた体勢のまま固まる夢月。
その弦の使い手に、夢子は心当たりがあった。

「………まさか……」
「…………………」
「…………ギターもなしに、ワンマンライヴか? ロックじゃねえなぁ……」

その言葉と同時に、エリスはボロボロの体を引き摺って姿を現す。
エリスには邪気を浄化するタトゥーが彫られている為、夢月の能力の効果を受けていなかったのだ。
そんなエリスはにやりと笑うと、傷だらけの羽を大きく広げる。
途端に杖代わりにしていたギターを掻き鳴らし、衝撃波で宙に浮かび上がった。
そのまま夢月の上空へと飛び上がり、無数の弦を展開する。
そしてその弦で自分の体を夢月の真上に固定すると、ピックを取り出し弦に近付けた。

「あ、あんた!」

エリスご自慢の殺害方法、その構えに夢子は声を上げる。
相手はアリスの体を乗っ取っている夢月だ。
夢月を殺そうとすると言う事は、アリスを殺すと言う事。
まさか勝利の為なら、アリスを殺してもいいとでも言うのだろうか。
そう思い歯を食い縛り睨む夢子に、エリスはにやりと歯を見せて笑いかけた。

「ここからはギターソロパートだ。……邪魔すんなよ!」
「!! この悪魔ッ!」

このままではアリスが殺される。
夢子はエリスを止めるべく、剣を出し投げ付けようとした。
だが夢子の剣は魔法で作り出す物。
魔法を使えない今の状態では、剣を出す事は出来なかった。
そうしている間に、エリスはピックを弦に当てる。
そのままピックを思いっきり弾き、一気に弦に振動を送った。

「アリスぅ!」

引き締まる弦。
食い込む肉。
斬り裂かれる骨。
飛び散る鮮血。
夢子が想像していた最悪の光景が、目の前に広がっていく。
ただ一つ
一つだけ違ったのは





バラバラになったのはエリスだという事だ。

「な、なんで………」

訳が分からず動転する夢子。
どんな理由があるにせよ、文字通り自分で自分の首を絞めるなんて異常だ。
もしかして、すでに正気を失っていたのだろうか。
エリスの行動に思考を巡らす夢子だったが、その答えは思いも寄らない形で飛び出して来た。

「があああああぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

突然、夢月は大声を上げ苦しみ出す。
その声に驚き振り向いた夢子は、夢月の姿を見てはっとした。
それはエリスの真下にいた事で、血を被り真っ赤に染まったアリスの体。
エリスの死により弦の拘束が解かれ、その場に座り込み両肩を押さえ震えている。
普通の魔界人や妖怪なら、エリスの血を浴びてもなんともない。
しかしタトゥーによって浄化作用を持つようになった血は、悪魔には激痛を伴う猛毒だった。
しかもエリスの血の浄化作用は、邪気を中和し狂わされた妖怪を正気に戻す。
邪気の集合体のような夢月にとっては、数少ない致命傷となる攻撃だった。

「あ、あのコンドル女めッ! 私にハ! 私ニハ姉サンノ夢ヲ叶エルトイウ使命ガアァァァァァ!」

すでにアリスの攻撃で、肉体を失う程に邪気を消耗していた夢月に
エリスの命がけの攻撃を、耐え切るだけの邪気は残されていない。
最早、夢月自身が浄化され消滅するのも時間の問題だった。
次第に鋏もドロドロに溶けて消え、夢月自身の動きも小さくなっていく。
やがて力無く腕をだらんと垂らすと、アリスの体は糸が切れた人形のように動かなくなった。

「…………あ、アリス?」

その様子に夢子は、不安そうに話しかける。
他の魔界人達も冷静さを取り戻し、慌てて駆け付けて来た。
アリスは無事なのだろうか。
夢月は完全に倒されたのだろうか。
見た目では分からない状況に、慎重に様子を窺う魔界人達。
するとアリスは、何やら小刻みに震えている。
何かあったのかと魔界人達が心配そうに覗き込むと、アリスは大粒の涙をボロボロ流し泣いていた。

「………誰も………死なせないって言ったのに………」

ぎゅっと握りしめられたアリスの手。
その中には、小さな花の髪飾りが握られていた。
夢月が消えて自由になった時に、咄嗟に掴んだエリスの形見。
それを見たアリスの脳裏を、遺言となってしまった先程のエリスの言葉が過ぎった。

『思えば私は、いつも誰かの真似ばかりしていた。あんだけロックって言ってたのに……さぁ。
 そのロックだって、あいつの受け売りなんだ。本当の私は真似しか出来ない、ちっぽけな女さ。
 魔界人も人間も、私を汚い物でも見るような目で見る。恨んだりもするけどさ、結局私が空っぽだからなんだろうな。
 ………あいつが初めてだったんだ。私を私として見てくれたのは。あいつは私を、何でも出来る凄い奴って言ってくれた。
 真似しか出来ない私に、一緒に魔界一のバンドを目指そうって言ってくれた。…………嬉しかったよ。
 人に必要とされた事なんてなかったから、もう大泣きしちゃってさ。こいつと一緒に何処までも行こうって。
 ………一緒に………魔界一に……なろうって……思ったんだ。……………でもあいつは、くだらない事で死んじまった。
 それが凄いショックでさ……あの時は、もう何もかも失った気分になってて……ちょっと壊れてたんだと思う。
 もうどうしていいか分からなくなっててさ…………そんで私はあいつの魂を喰ったんだ。
 はっきりと思い出せないけど、多分また一人になるのが怖かったんだと思う。で、私は悪魔になった。
 魔界の神は家族を蔑む最低の行為だって言ってるけど、悪堕ちってのはそうじゃない。
 喰われた魂はさ、喰った奴の中にいつまでも残ってるんだ。それこそ永遠に、そいつが死ぬまで。
 だから私の中には、今もあいつの魂がある。…………私の場合は、ちょっと特殊だけどね。
 私は誰かの真似ばっかしてるから、自分がちゃんとしてなくてさぁ。気付いたら私の心はあいつになっていた。
 特殊だけど、前例がない訳じゃないらしいよ。意志の弱い者が強い者の魂を喰うと、心が染まっちゃう事があるらしい。
 あいつとは生前からの付き合いだからそんな事しないけど、場合によっては逆に体を奪われる事もあるんだって。
 そういう訳だから今の私は、あいつの生き写しみたいなもんらしいよ。……………まぁ、それでも構いはしないさ。
 ………そんで私は悪魔になって、悪魔達の組織に入る事になった。でも私は何より、あいつのロックを聞いてほしくてね。
 きっとあいつの魂が、私にそうさせるんだと思う。そんで毎日ストリートライヴやってたけど、お客はからっきしだったよ。
 辛かったさ。腹いせに悪さする事もあった。…………そんなある日の事だったんだ。サリエル様に出会ったのは。
 サリエル様は悪魔を裁く為に来るんだけどさ、いつも私のライヴを最後まで聴いて行ってくれるんだ。
 でも所詮は天使と悪魔、ライヴが終われば戦う事になる。なのにサリエル様は、いつもちゃんと聴いてくれるのさ。
 私はサリエル様がお客でいる間は、精一杯あいつのロックを奏でる。でもライヴが終わったら、私は逃げサリエル様は追う。
 そんな関係がずっと続いてたんだよ。そしたらある日、サリエル様はとんでもない事を言ったのさ。なんて言ったと思う?
 こんなにいい演奏が出来るのに、なんで悪さをするのかだってよ? あの時ばかりは、それ以上ライヴは続けられなかった。
 もう……動揺しちゃってさ。あいつの事、思い出しちゃって。私を褒めてくれたあいつの事。
 その日からかな。ライヴが終わった後もサリエル様と話しするようになったの。サリエル様はさ、理想を持ってるんだよ。
 魔界を魔界人も悪魔も、皆が幸せになれるような場所したいっていうさ。私は無理だと言ったよ。
 そもそも魔界人は悪魔を忌み嫌う。罪を償ったところで、悪魔を受け入れる筈がないって。
 でもサリエル様は今は無理でもお互いに歩み寄れば、いつか必ずそんな魔界が出来るって言った。それからだよ。
 私があの御方に魅せられたのは。サリエル様は何度否定されても、どんな困難が襲いかかっても考え方を変えなかった。
 涙を流し泣きじゃくっても、絶対に皆が手を取り合える世界が来るって信じてた。
 私は……サリエル様に強い信念を感じたよ。無理だと言われても、絶対に曲げず貫き通す。あいつのロックと一緒だって。
 どんなに見向きもされなくても、いつか魔界一になってやるって夢に直走ってたあいつと一緒だって思ったのさ。
 だから私は確める事にした。本当に悪魔とも手を取り合えるなら、私が更生したらサリエル様の隣にいれるのかと。
 サリエル様は……にっこりと笑って言った。一緒に来てくれるなら大歓迎だって。……………逆に怖くなったよ。
 なんで簡単に信用出来るんだって。悪魔だよ? 騙してるだけかも知れないじゃん。それなのにサリエル様は………。
 誰かがこの御方を守らなきゃいけない。私はサリエル様に感じたロックを、下衆なんかに潰させちゃいけないと思った。
 だから私は全身に………………あれは私の決意の証。私が悪に染まれば、サリエル様の信念を否定する事になる。
 それだけはしちゃいけない。だから私は、あの罪の償い方を選んだ。悪魔の身でそんな事すれば危険だって言われたよ。
 でも私は自分の決めた事を曲げるつもりはない。もし曲げたら、もう殆ど残ってない『私』がなくなっちまう。
 そんで………やってやったさ。私はこいつを全身に入れてやった。私も晴れて魔界人と悪魔、両方の裏切り者って訳だ。
 後悔なんてしてない。私は私の意志を貫いた。空っぽな私なりに守りたい者の為に戦うと誓ったんだ。
 私は真似しか出来ないけど、それでもロックを貫いてるつもりさ。だからアリスも自分の信念を曲げるな。
 あんたもロックな奴だよ。魔界から出て行くなんて……それもあんな恵まれた環境にありながら。
 分かってるさ。アリスはそんな環境、望んじゃいないって事ぐらい。でも魔界の常識からすれば考えられない事さ。
 捨虫の魔法を使わず、人間のように生き死ぬ事を選んだ。そんな事した魔界人が、今までいただろうか。
 ロックだよ、ロック過ぎるよ。私には眩し過ぎるくらいに。魔界の神が好きにもなる筈さ。………だからこそ生きろ。
 例えこの先どんな辛い事があっても信念を貫き通せ。アリスが魔界を出てまでしたかった事、成し遂げるまで絶対に死ぬな。
 ………私はあいつの分まで、あいつのロックを奏でる。サリエル様の理想の邪魔をする奴を叩きのめす。
 自分が惚れた相手の夢を、人生かけて叶えてみせる。そいつが私のロックさ。
 だからアリスも自分のロック、貫いて生きろ。そんで死ぬ時は満ち足りた顔で死ね。
 あんたは魔界中が惚れるような、最高の魔法使いなんだ。魔界中のファンを悲しませるような死に方しちゃいけない。
 アリスがロックを貫くのなら、ファンとして私は全力でサポートするさ。だからロックに生きろよ、アリス』
「ううっ………エリス姉さん………エリス姉さん! うあああああぁぁぁぁぁ!」









  • これ夢月撃破して夢子さん他魔界人は体もとに戻ったの? -- 名無しさん (2012-02-29 15:30:33)
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