霊夢を守る為に、パチュリーと小悪魔は地獄を目指す。
すでに勝負を挑んだ幻想郷の住人達は全滅している。
幻月が霊夢に狙いを定めるのも、時間の問題だ。
霊夢が殺されれば、幻想郷は本当に終わる。
何としても逃げ切らなければと、パチュリーは焦っていた。

「でも地獄に行ってどうするの!?」
「菊理に匿ってもらう! 土下座してでも謝って必死に頼み込むのよ! 余計なプライドは捨てなさい! 相手は化物よ!」
「それでも断られたら!?」
「その時は詰みよ!」

もう幻想郷に安全な場所などない。
何処に隠れようとも、幻月は殺しに来るだろう。
こうなってしまった以上、最優先は霊夢を守る事。
その為には唯一幻月を倒せる、矜羯羅の懐に逃げ込むしかなかった。

「本当は犠牲が出る前に矜羯羅に動いてもらいたかったけど、そうしてくれるなら最初から苦労はしな……ッ!!」

その時、突然目の前に開く隙間。
隙間は霊夢達を、亜空間へ引き摺り込もうとして来る。
それを何とか回避しようと、隙間から逃げ出そうとする霊夢達。
だが隙間の吸引力は凄まじく、霊夢達は隙間の中に吸い込まれてしまった。
そのまま霊夢達は無数の目玉が見つめる、真っ赤な空間に投げ出される。
そんな彼女達の目の前に、ある妖怪が姿を現した。

「ゆ、紫! 貴方、生きて………」

それは里での戦いで、幻月に敗れた筈の紫。
あの戦場で運よく生き延びて、此処まで助けに来てくれたのだろうか。
そう思い霊夢達は、一瞬表情が緩む。
しかしそんな都合のいい展開が、起こる筈がないという事実に気が付いた。
確かに目の前にいる妖怪は紫に見える。
だがこいつは紫じゃない。
紫の見た目をした別の誰か。
そう、この霊力は昔感じた事のある…

「神玉!」
「まさか我が手負いの相手に敗れようとは。だがこの程度では我は滅びぬ。他の妖怪を取り込み、何度でも蘇るのだ!」

目の前の紫の正体、それは神玉だった。
里で何があったのかは、霊夢達には分からない。
しかしどうやら神玉が紫を取り込み、その体を乗っ取っているようだ。
里で出会った時は友好的だったが、今の神玉からは明らかな殺気を感じる。
それは捕食者が被食者に向ける、狙いを定めた獲物に放たれる殺気。
どういう心変わりかは知らないが、今の神玉は明確にこちらを狙って来ていた。
すると紫の腹が異様に膨れ出し、そこから四本の触手が生え始める。
その腹からは、神玉の本体と思われる気配が感じ取れた。
だが気配はどうも弱々しく、殆ど力が残ってないように感じられる。
先程の神玉の言葉も合わせると里で一度倒されており、紫の体を使い復活しようとしているのではと霊夢は考えた。

「我が完全に復活するには、まだ力が足らん。貴様等を取り込み、復活の為の生贄とさせてもらうぞ!」

どうやら霊夢の推理は当たっているようだ。
だからと言って、何か貰える訳ではない。
それどころか神玉は触手を伸ばし、霊夢達に襲いかかって来た。
霊夢達は慌てて触手をかわそうとする。
しかし此処は紫の能力内の隙間の亜空間。
方向感覚が掴み辛く自由に飛べずにいる間に、触手は素早く伸びて来て霊夢達を捕まえてしまった。

「ぐっ……こんな………」
「抵抗は無意味だ。大人しく我の一部となるがいい」

なんとか触手を振り解こうとする霊夢達だったが、触手は霊夢達の全身に絡み付きぐるぐる巻きにしてしまう。
これではさすがの霊夢達も、弾幕を放つ事も術を使う事も出来ない。
そのまま触手を引き寄せ、霊夢達を取り込もうとする神玉。
ところが小悪魔の姿を見ると、神玉は紫の顔でにやりと笑った。

「そうか貴様、悪魔か! 丁度いい! 悪魔の力には、手古摺らされたばかりだ! 手始めに貴様から取り込んでやろう!」
『!!』

そう言うと神玉は、小悪魔を捕まえた触手を一気に引き寄せる。
このままでは小悪魔が、神玉に喰われてしまう。
その様子にパチュリーは、悲鳴に近い叫び声を上げた。

「こ、小悪魔あああぁぁぁぁー!」
「…………パチュリー様」

だが小悪魔は決意を固めた真剣な眼差しで、パチュリーをじっと見つめる。
それを見てパチュリーは、はっとした表情を浮かべた。

「……小悪魔………貴方まさか……ダメよ! そんな事!」

パチュリーは小悪魔がやろうとしている事に気付き、慌てて止めようとする。
しかし触手で動きを封じられてる今、パチュリーにはどうする事も出来なかった。
そうしているうちにも、神玉は小悪魔を引き摺り寄せる。
やがて小悪魔が紫の腹に触れると、ずぶずぶとめり込み腹の中に吸い込まれていってしまった。
パチュリーはがっくりと肩を降ろし泣き崩れる。
ところが神玉は訝しげな表情を浮かべ出した。

「…………何だ、この力は。悪魔とは思えん程、弱い。拍子抜けだ…」

その瞬間、突如紫の腹の中で起こる爆発。
それは腹に穴を開け、辺りに鮮血を飛び散らせた。

「があっ! な、何が…………あの悪魔……自爆したな!」

小悪魔の眼差しの真意。
それは取り込んだところで魔力を爆発させ、神玉の本体を狙う作戦だった。
取り込んでしまえば小悪魔を、触手で拘束する意味がなくなる。
その完全に吸収されるまでの間に攻撃魔法を発動させれば、内側から本体を攻撃出来るという訳だ。
だが当然、自爆した本人である小悪魔は助からない。
それでもパチュリーを守りたいと、固めた決意の表れがあの眼差しだった。

「………くっ! 猪口才な!」

しかし神玉に大ダメージは与えられたものの、触手を放すにはあと一歩足らない。
これでは小悪魔の死が、無駄死にになってしまう。
せめてあと一発、当てられれば。
そんな霊夢達の想いも虚しく、神玉は身動き出来ない霊夢達を更に強く締め上げて来た。

「……ぐっ………ぁぁ……」
「二度も同じ手は効かんぞ! まずはこの場で息の根を止め、それからゆっくり取り込んでくれる!」

触手の力は凄まじく、ミシミシと全身の骨が悲鳴を上げる。
このまま此処で殺されてしまうのだろうか。
打開策のない状況に、霊夢達も諦めを感じ始める。
その時、境界の壁を突き破り丸い何かが亜空間に飛び込んで来た。

「なっ!」
「あ、あれは!」

その何かは高速回転しながら、神玉に突っ込み一撃を喰らわす。
先程のダメージもあって、大きく怯む神玉。
途端に触手の締め付ける力は弱くなり、その隙に霊夢達は触手を引き千切り自由となった。
霊夢達を助けた謎の物体。それは霊夢の前でぴたりと止まる。
そしてその緑色の甲羅から頭を出すと、霊夢に向かって話しかけた。

「お助け致しますぞ、御主人様!」
「玄爺!」

それはかつて霊夢が飛行術を身に付けていなかった頃、捕まえて足代わりに使っていた玄爺だった。
当時の霊夢は随分と、玄爺を扱き使っていた覚えがある。
それでも未だ慕っており、こうして助けに来てくれた事に霊夢は驚いていた。

「もうとっくに隠居してたと思ったのに……」
「何やら懐かしい気が多く感じられましたので、この玄爺めもじっとしては居れぬと参上仕りました」
「………でも助かったわ。ありがとう」
「礼は及びませぬ」
「お、おのれ亀めがっ!」

そこへ玄爺の攻撃のダメージから回復した神玉が起き上がって来る。
神玉は大量の弾幕を放って、霊夢達に襲いかかって来た。
すると玄爺は霊夢達の、一歩前へと飛び出て来る。
同時に頭を引っ込め高速回転すると、神玉の弾幕をすべて弾き飛ばした。

「な、何!?」
「さぁ、御主人様。今のうちに脱出しましょう」

予想外の展開に唖然とする神玉を余所に、玄爺は霊夢達を上に乗せると勢いよく飛ぶ。

「小悪魔、ごめんななななななぁ!?」
「ちょ、速っ!」
「儂の全速力は、この程度ではございませぬぞ!」

そのまま亜空間の彼方へと飛び去っていった。
残された神玉は、歯を食い縛り霊夢達の飛んで行った方向を睨み付ける。

「………我から逃げられると思うなよ!」

そして境界を開き中に入ると、霊夢達の近くに瞬間移動して来た。

「!!」
「この空間を操る力は、すでに我の物! 貴様等に逃げ場などないわ!」

突然現れた神玉に、霊夢達は驚愕の表情を浮かべる。
すでに境界を操る能力を、完全に自分のものにしているのか。
そう驚きながらも飛び続ける霊夢達に、神玉は攻撃を仕掛けて来た。

「御主人様!」
「任せなさい!」

霊夢達を乗せて飛んでいる玄爺は、戦う事が出来ない。
代わりに霊夢が結界を使い、巧みに攻撃を防ぎ切る。

「霊夢退いて!」
「!!」
「『サイレントセレナ』!」

そこに声をかけ、魔法を発動させるパチュリー。
霊夢が咄嗟に身を屈めると、その頭の上を光の矢が飛んで行った。

「ぐああっ!」

矢は神玉の両腕を貫き、そのまま境界を操る能力を封印する。
これでもう境界を移動し、追い掛ける事は出来なくなった。
あとは今この状況を、どうにかすればいいだけ。
パチュリーはそんな事を考えながら、詠唱を始め神玉に追い打ちをかけた。

「『エメラルドメガロポリス』!」

途端に出現する巨大な宝石の柱。
それは高速で飛ぶ神玉の目の前に現れ、道を塞ぎ出した。
突然、至近距離で飛び出した柱に慌て始める神玉。
だがこれをこの距離でかわし切るのは容易ではない。
そのまま曲がり切れず神玉が柱に直撃すると、同時に柱は崩壊し始める。
やがて完全に瓦礫と化した柱の残骸に呑み込まれ、神玉は亜空間の中に消えていった。
その様子を見て、ほっと一息吐く霊夢達。
しかし新たな問題が、霊夢達に降りかかって来た。

「で、此処からどうやって出るの」
「…………しまったわ。追って来れないように、能力を封じたのが仇になったわね……」
「それなら儂にお任せを」

だがその問題に、玄爺が自信に満ちた声を上げる。
そして頭と手足を引っ込めると…

「えっ………てぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁ!」

高速で飛びながら、ぐるぐると回転し始めた。
その状況に悲鳴を上げる霊夢とパチュリー。
そんな二人とは対照的に、玄爺は久しぶりの活躍にノリノリで回っていた。

「行きますぞ、御主人様!」
「ままま待ってえれれれれれれれれれれれれ」

玄爺はそう言うと高速回転しながら、亜空間の壁へとぶつかっていく。
すると境界の壁を突き破り、幻想郷の空へと飛び出していった。
同時に玄爺が開けた空間の穴は、すぐに塞がり始める。
もう神玉も追って来れないだろう。
それに幻想郷に戻って来れた事も合わさって、玄爺とパチュリーは胸を撫で下ろす。

「ふう、これで一安心ですな」
「………………あんたねぇ………うっぷ」

しかし約一名、それどころではない者もいた。

「だ、ダメよ霊夢! 貴方、ゲロ巫女とは呼ばれたくないでしょ!?」
「…………そんな事言われ……ううっ」
「御主人様!?」
「大丈夫よ。落ち着いて落ち着いて………て亀! あんた前!」
「ん? ………あ」

更に追い打ちをかけるように霊夢達の前に現れた、何故か逆さまに浮かび上がる浮島。
どうやら境界を突き破り出て来た場所が、悪かったらしい。
今更曲がっても、もう回避は不可能だ。
第一、急旋回などすれば霊夢が別の意味で危ない。
何も出来ないまま直線していく玄爺。
やがて浮島に思いっきり、激突してしまう。
そのまま二人と一匹は、空中に投げ出され落下していく。
その視界には、白い巨人の姿が映り込んでいた。





霊夢達が見た白い巨人。
その正体は幻月が新たに出した、マシュマロから創り出した巨人だった。
巨人は高速で飛び回るサリエル目掛けて、泡を吐き出して攻撃する。
それを華麗にかわしながら、サリエルは巨人の周りをぐるぐると飛び続けた。
やがてサリエルは、巨人の眼前へと到達する。

「…………成仏なさい」

そしてそう呟くと、無数のレーザーを放ち巨人を攻撃し始めた。
レーザーは巨人の頭部に直撃し、何度も爆発を巻き起こす。
途端に巨人は爆散して、ドロドロの液体を辺りにぶちまけた。

「あう!」

その液体は、近くにいたサリエルにも襲いかかる。
べっとりとした液体に纏わりつかれ、サリエルは機動力を著しく奪われてしまった。
そこへ突如出現する弾幕の壁。
周囲を取り囲むその壁は、サリエルの前に一本の道を作り出す。
やがて一本道の向こうから、何やら聞こえて来る唸り声。
襲撃の予感にサリエルはじっと身構える。
だが現れた声の主は幻想郷でも魔界でも見た事無いような、とんでもない怪物だった。

「なっ……」

ピンクの体に裂けた巨大な口。
頭にひよこを乗せ、紫の羽を羽搏かせながら向かって来る。
その体から放たれる気は、完全なる無。
理性はおろか本能さえ、全く感じ取れなかった。

「あああ……」

大顎を大きく開き、サリエルに近付いて来る怪物。
びっしりと生えた牙が、徐々に迫って来る。
しかしサリエルにとって恐ろしいのは、見た目ではない。
それは心がないのに襲って来る、理解出来ない存在故。
その異質な存在にサリエルは戦慄を覚え、慌ててレーザーを放出し出した。

「!!」

ところが怪物はレーザーを受けても、全くの無傷で怯みもしない。
あらゆる者を殺し、成仏させる弾幕が何故。
だがそんな考えを嘲笑うかのように、怪物はどんどんサリエルとの距離を狭めて来る。
攻撃が効かないのなら逃げるしかない。
サリエルは慌てて後方に飛び立とうとした。
ところが先程の液体が、逃げようとするサリエルの動きを鈍らせる。
液体でべとべとになった翼は、思うように動かない。
そうしている間にも、怪物の牙は迫っていく。
最早、逃げ切るのは不可能。
絶望を感じ始めたサリエルに、怪物は容赦なくその牙を突き刺した。

「ああアあアアああアああアアあアあアアぁぁァぁァァ!」

バリバリと骨を噛み砕き、サリエルの血液を撒き散らす怪物。
その口から噛み千切られた肉片が零れ出し、遥か下の里へと落ちていった。
ぐちゃぐちゃのミンチ状となったサリエルは、その生命活動を止める。
すると怪物は小さな電動の玩具へと変わり、幻月の手の中に戻っていった。
怪物が消えた事で空中に投げ出され、里に落ちぐちゃりと飛び散るサリエルの残骸。
そこへ光が集まると、再びサリエルは復活した。

「………………あああああ……」

しかし肉体面は再生出来ても、精神面の衰弱は激しい。
これ以上こんな戦いを続ければ、サリエルの精神は限界を迎えてしまう。
だが幻月は、その様すら楽しんでいる。
そして今度は黒いぬいぐるみを取り出すと、サリエルの目の前に投げ幻月自身は姿を消してしまった。

「ヒヒャヒャヒャヒャッ! あんたが何処まで逃げ切れるか、じっくり見物させてお出口は右側となっております。
 以上で本日の講義は閉まるドアに番号をお確かめの上暗証番号を入力してください。ピー」

何処からともなく聞こえて来たその言葉と同時に、黒いぬいぐるみは巨大化し始める。
それはサリエルよりも大きくなると、にやりと歯を見せて笑い出した。
そのままズルズルと体を引き摺りながら、ぬいぐるみはサリエルに迫り来る。
動きこそ鈍重だが、半開きのドロリと垂れた目が何処となく不気味なぬいぐるみ。
その姿を見てサリエルは得体の知れない恐怖に駆り立てられ、必死に杖を構えレーザーを放ち始めた。

「じょ、成仏なさい!」

放たれたレーザーは、綺麗にぬいぐるみを撃ち抜く。
途端にぬいぐるみはバラバラに飛び散る。
ところが飛び散った黒い綿は小さなぬいぐるみへと変化して、更にそれぞれ巨大化し増殖してしまった。

「……そ、そんな………」

数だけが増え、サリエルに襲い来るぬいぐるみ達。
次に残忍な殺され方をすれば、もう精神が持つかどうか分からない。
何をして来るのかは分からないが、用心するに越した事はないだろう。
そう考えサリエルは、ぬいぐるみから逃げ出す事にした。

「!!」

しかし逃げ込もうとした倒壊した家屋の裏から、新たなぬいぐるみが現れる。
それも一体や二体じゃない。
夥しい量のぬいぐるみが、家屋の陰から次々と飛び出して来る。

「…………………………」

最早、言葉も出ない。
まるで黄金色に輝く稲穂のように、辺り一帯を埋め尽くす黒一色。
そのすべてが幻月の放った、不気味なぬいぐるみなのだ。
前を見ても黒。
後ろを見ても黒。
左も右も黒。
上すらも黒。
逃げ場なんて何処にもない。
明らかに人数配分を間違えた鬼ごっこ。
完全に詰み。そう感じたサリエルの翼を、ぬいぐるみの一体がぎゅっと掴んだ。

「………ぁぁ……」

その手から伸びる黒い毛のような何か。
それは徐々にサリエルの翼に纏わり付き、黒で覆い尽くしていく。
途端に一瞬で黒に支配される翼。
すると今度は、体へと伸び始めた。
体中を這い回られる嫌悪感。
得体の知れない何かに侵食される恐怖。
それらに負け、サリエルは杖を使い自分自身を吹き飛ばした。

「…………はぁ……はぁ……」

三度再生し、里の中に姿を現すサリエル。
だが顔を上げたサリエルの目の前にいたのは、鼻の突き出た真っ白な顔だった。
もう訳も分からずに、サリエルはその顔に微笑みかける。
それに応えるように顔の主は極彩色の目を光らせ、牙の生えた口を開いてサリエルの頭を食い千切った。
再び頭を失い、サリエルは力無く崩れ落ちる。
しかし顔の主は追撃と言わんばかりに、頭の赤と水色の羽を揺らしサリエルの体に齧り付いた。
そのまま咀嚼音を立て、サリエルを喰い尽くす白い顔の主。
やがて完全にサリエルの体を食べ切ると、真っ黒な蛇のような体をうねらせて空へと飛んで行く。
その先にいた幻月は、やって来た白い顔の主の頭を撫でてやった。

「よしよし、あんた達よくやったわ。ところでモニターの前の人間さん。そう、そこの貴方よ。
 チョットデイイカラ貴方、後ロ振リ向イテミナサイヨ。理由? 見レバ分カルワ」

幻月の言葉と共に白い顔の主は、車両玩具へと姿を変え幻月の許へ戻る。
同時にぬいぐるみ達も一つに集まり、元の大きさに戻って回収された。
玩具達をポケットに入れると、幻月はにやりと笑って遥か下の里を見下ろす。
そこにはやつれた表情で立ち上がる、サリエルの姿があった。

「さ~て、あと何回殺ったら心臓はあんたはあんた? あんた誰? 壊れるかしら? 脳髄は話しかけた外の世界に
 アメリカシロヒトリです。それまでたっぷり花冠でも作って私と同じリボンをした子がいたわ。お前がやったんだな?」

そう言って里に降りると、幻月は人の形をした粘土を飛ばす。
もう精神的に追い詰められていたサリエルは、その直撃を受けて倒れてしまった。
だが当然、幻月の攻撃がこれで終わる筈がない。
粘土は地面に落ちると、ゾンビのような姿となって起き上がる。
ゾンビ達はそのまま少しづつ、地面に倒れるサリエルへと迫っていった。

「あああああ!」

その光景に慌てて飛び起き、サリエルはゾンビ達から逃げようとする。
しかしゾンビ達の反対側にいるのは、他でもない幻月。
そしてその行動こそが、幻月の思惑通りのものだったのだ。

「!!」

幻月に近付いたサリエルの足を、何者かの手ががっちりと掴む。
それは幻月周辺の地中に潜んでいた、緑の髪のゾンビの手だった。

「ひ、ヒィッ!」

目に涙を浮かべて、サリエルはその手を振り払おうとする。
だがゾンビの力は思いの外強く、どんなにもがいても放してくれない。
そうしている間にも、少しづつ近寄って来るゾンビ達。
サリエルは恐怖から闇雲に杖を振り回し、ゾンビ達に抵抗しようとした。

「来ないで! 来ないでください!」

するとゾンビ達は、ぴたりと動きを止める。
その様子に願いが通じたのかと、一瞬サリエルは油断してしまう。
しかしそんな事は、当然ながらありえない。
油断したサリエルの肩を、突然ぽんと叩く何者か。
それに驚きサリエルが振り返ってみると、そこには幻月がにっこりと笑って飛んでいた。
幻月はサリエルの肩を両手で掴み、動けないように押さえつける。
そのまま大きく口を開くと、大量のゴキブリをサリエルの顔に向かって吐き出した。

「~ッッ!!」

無数のゴキブリがサリエルの顔に飛びかかり、ぶつかっては飛び去っていく。
そのうちの数匹は、口の中にまで入り込んで来る。
あまりにもえげつない幻月のその攻撃に、サリエルはぐったりとその場にへたり込んでしまった。
もうサリエルの瞳には、戦う意志も抵抗する意志も見られない。
ただ以前の月のような透明感を失い、暗く淀んだ瞳が虚空を見つめていた。

「じゃあ……あんたともバイバイ! そしてさようならね」

そんなサリエルの胸座を掴むと、幻月は右手を邪気に変える。
邪気となった右手はサリエルの頭を掴み、そのまま頭の中へと入っていった。
最早サリエルは頭の中に入り込んだ、異物に反応する事すらしない。
それに幻月は、今まで見せなかったような真剣な表情をしてサリエルに囁く。
その瞳は闇の中で金色に輝きながらも、何処か冷たい眼差しをサリエルに向けていた。

「ねぇ、どうしてこんな事になったか分かる?」
「………………………」
「それはねぇ、あんたが弱かったからよ」
「…………私ガ………弱カッタ………カラ?」

サリエルの中でピシリという音がする。

「そう、あんたが仲間を裁く事から逃げたから」
「……………私ガ…………逃ゲタカラ………」

何度もピシリとなる音。

「あんたは人間に知識を与えた罪で堕天した。でもそれは事実であって真実じゃない」

それは段々大きくなり

「本当は仲間を裁く事に恐れをなしたから。自分の手が血に染まっていく気がして怖くなったから」

頭の中で強く響き

「あんたは優しいんじゃない。怖いだけ。誰かを傷付ける事で自分が赤く染まっていくのが恐ろしいだけ」

サリエルの中に広がっていく。

「だからあんたは偽善者なの。あんたの言う争いのない世界は、自分を守る為のものだから」

やがてガラガラという音を立て始め

「あんたが逃げ出さずに裁きを続けていれば、ザラキエルも死なずに済んだ。
 あんたの身勝手で生み出され、苦しんで絶望して死んでいく事もなかった」

最後にガシャンという音を立てると

「ザラキエルを殺したのはあんたよ、サリエル」
「…………私ガ…………殺シタ………?」
「そう、全部あんたのせい。あんたがザラキエルを殺した。あんたがザラキエルを不幸にした。
 そして私に殺される多くの人間も、あんたが私を生み出したせい。全部あんたが始まり。全部あんたが元凶。
 ほら、あんたが大嫌いな罪がいっぱい。とっくにあんたの体は血塗れ。モウ何処ニモ逃ゲラレナイワヨ、サリエル」
「………………私ガ……私ノセイデ……………嫌アアアアアアアアアァァァァァァアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!」

プツンと何かが切れ、すべてが闇に閉ざされた。





「…………………………」

その頃、逆さまの浮島で戦っていた魔界人達は目の前の光景に唖然とする。

「アリス……?」

何が起こっているのか分からない。
いや、厳密に言えば分かってはいる。
だが認識出来ない。
それがあまりにも非常識過ぎたからだ。

「…………………………」

カーテンの隙間から、緑色の光が見えたのが最後。
それから一秒も経たないうちに、夢月の体は細切れになった。
もうその先は何が何だか分からない。
ただ夢月が再生する度に、その体がバラバラになっていくだけだった。

「……………………」

先程、厳密に言えば分かっていると言った通り魔界人達には原因は分かっている。
普通に考えればありえない。
しかし戦場全体に漂うアリスの気配が、それが真実だと伝えていた。

「………………」

速い。
それも圧倒的に。
それも可視出来ぬ程のスピードで
アリスは空を飛び回り、夢月に攻撃を繰り出していた。

「……………何よこれ……」

目の前にいるのに、全く見えないとはよく言ったもの。
最早、気配を感じなければ何処にいるのかも分からないような状態だ。
これも七色魔法の一つ。
アリスの言葉を借りるなら、プロモーションという奴だろう。
やがてアリスは杖を赤く光らせて、夢月目掛けて上空から一気に落ちていく。
そのまま真っ赤な残光を引きながら突っ込み、夢月に強力な一撃を叩き込んだ。
途端に衝撃で砂埃が舞い、直撃を喰らった夢月は跡形もなく消し飛ぶ。
そして再び緑の光を放つと、アリスはカーテンをはためかせステージの中へと入っていった。

「…………あ、アリス?」

砂埃が治まった後の床には、攻撃の威力を物語る大量のひびが入っている。
これまで岩を叩き付けられようと、爆撃をされようと傷一つ入らなかった床がだ。
それ程の攻撃を受けても尚、復活しようとする夢月。
するとアリスはオレンジの光を輝かせ、ステージから次々と瞳のないアリスを送り出していった。
その大勢の偽アリス達は、夢月へと真っ直ぐ襲いかかっていく。
そんな偽アリスの軍団が飛び出していったステージの中では
夢月に直接攻撃をした事で邪気を浴びたアリスの体を浄化しつつ、エリスはアリスにだけ聞こえるように静かに話しかけた。

『アリス、こんな時に言う話じゃないかもしれないけど……聞いてもらいたい事があるんだ』
「………………」

一方で外の魔界人達は、偽アリスに加勢するべく魔法を繰り出していく。

「ヘイ! パス!」

サラは巨大な岩のボールを作り出し、偽アリス達に蹴り渡した。
それを偽アリス達は、数人がかりで受け止める。
うち何人かは衝撃で吹っ飛ばされるも、何とか懸命に蹴り返した。
その先にいる別の偽アリス達も同様に蹴り渡し、まるでリレーのようにして運んでいく。
そして夢月の傍までやって来ると、数人の偽アリス達は思いっきりボールを蹴り飛ばした。
だが夢月は飛び上がり、飛んで来るボールを簡単にかわす。
ところが飛んで来たボールの向こう側にいたのはサラ。
彼女はくるりと回ってスカートを翻し、勢いを付けてボールを蹴り上げる。
そのまま空高く打ち上げられたボールは、夢月にぶつかり一気に吹き飛ばした。

「相変わらず汗臭い戦い方ね」

そう言ってルイズは巨大な紙飛行機に乗って現れる。
その紙飛行機の上では、偽アリス達がせっせと折り紙を折っていた。
ルイズが手をそっと夢月に向けると、偽アリス達が折ったその折り紙は飛び立ち始める。
それは千羽にも及ぶ大量の折り鶴の群れとなり、夢月目掛けて飛んで行った。

「殺りなさい」

真っ直ぐ夢月に飛んで行った折り鶴の群れは、サラのボールを砕き再生した夢月に襲いかかる。
その嘴は異様な程に鋭く、夢月を大勢で突き刺し殺そうとして来た。
しかし夢月は鋏を振り回し、折り鶴の大軍を撃ち落としていく。
だがやはり数の暴力は凄まじい。
防ぎ切れずに夢月は被弾する。
すると夢月は鋏を投げ飛ばして、折り鶴の操り主であるルイズを狙った。
真っ直ぐ飛んで行く鋏は、咄嗟にかわすルイズの脇腹を掠め取る。
そのまま偽アリス達を貫きながら飛んでいき、空間の壁にぶつかり邪気へと変化した。
夢月の奇襲で傷付いたルイズは、脇腹を押さえながらも魔法陣を展開する。
そして顔をしかめつつ傷口から手を放すと、ルイズの血液は夢月に向かって飛んで行った。
血液は魔法の力を受け、黄色く変色する。
それは夢月の鋏に飛び掛かると、鋏をドロドロに溶かしていった。
溶解液の可能性を考え、夢月は鋏から手を放す。

「焼き尽くせ!」
「………凍て付け」

そこへ左右から迫るユキとマイ。
ユキは脚に炎を纏わせ、思いっきり振り火炎弾を。
マイは羽を氷の刃に変え、一斉に放って攻撃を仕掛けた。
先程鋏を手放した夢月には、盾に使える物はない。
二人の攻撃を防げずに、夢月は炎と氷の直撃を喰らう。
途端に夢月の体は、高熱と冷気でぐちゃぐちゃになっていく。
やがて人の形を失い邪気の塊となると、床に向かって真っ直ぐ落ちて行った。
そんな夢月に止めを刺すべく、夢子はハルバードを手に走っていく。
そのまま床に激突し辺りに邪気を飛び散らせる夢月に向かって、勢いよくハルバードを振り下ろした。

「!!」

だが夢月は間一髪のところで、邪気のまま移動し攻撃をかわす。
同時に人の形へと変化して、鋏を再構成し夢子に身構えた。
やはり斬撃だけは、喰らわないつもりなのだろう。
しかし何度も再生した事で、夢月は邪気を使いすぎ消耗している。
あともう少しで夢月を倒す事が出来る。
そう判断したアリスは、大声を張り上げ魔界人達に指示を出した。

「姉さん達、下がって!」

その言葉と共に、黄色く光り出すアリスの杖。
途端に偽アリス達は一斉に消え、魔界人5人と夢月だけが戦場に残った。
その様子に魔界人達は、急いで避難し始める。
何をするかは分からないが、きっとアリスには何か策があるのだろう。
自分達が此処にいると不都合だと言うのなら、アリスを信じ黙って退くのが姉の務め。
そう考え戦場をアリスに託し、一旦ステージの横に戻って来る魔界人達。
するとアリスは目の前に姉達がいないのを確認して、茶色い毛で覆われた手を出し杖を夢月に突き付けた。

「チェックメイトよ、夢月。これ以上、貴方に幻想郷は壊させない。私の七色魔法、最後の一色で……貴方を倒す!」

アリスの言葉を受け、杖の先には凄まじい魔力が集まっていく。
それは今までの戦いで消費し、この空間に溜まっていた使用後の魔力の残りカス。
本来なら大地に還る筈のその魔力が、杖に集まりアリスの力となる。
そして空間中の魔力が集まるとアリスは魔力を解き放ち、杖の先からとんでもない太さと火力の熱線を撃ち出した。

「!! ……くっ!」

残りカスと侮るなかれ。
一ヶ所に集められたそれは、並の魔力を遥かに凌駕する。
更にこの戦いで消費した魔力の量は、尋常ではない。
それがすべて夢月に向かって放出されているのだ。
直撃すれば如何に夢月であっても、生き残れる可能性は少ない。
夢月は慌てて鋏を構えると、片方を熱線に投げ片方を自身の盾にした。
だが投げた鋏は熱線にぶつかる事無く、周りの気に触れて吹き飛ばされる。
そのまま鋏の盾だけの夢月を、膨大な魔力の熱線が呑み込んでいった。

「がああアアあぁァァぁアアああァァァァぁぁ!!」

熱線は強大な力で、夢月を吹き飛ばしていく。
膨大な魔力によって、徐々に崩壊する夢月の体。
傷口から邪気が溢れ出し再生しようとするが、それすらも消し飛ばしていく。
最早、邪気の再生など何の意味も持たない。
膨大な魔力の熱線は、夢月の生命力を超越している。
その圧倒的な破壊力の前に、夢月は邪気の一滴も残さず消滅していった。







  • ピンクの体に裂けた巨大な口に頭にひよこって
    きゅうきょくキマイラじゃん。 -- 名無しさん (2011-12-23 20:31:35)
  • ゴ…ゴキブリ・・・
    -- 名無しさん (2012-03-17 11:24:42)
  • サリエルタンは死に際の情けなさといい、
    散々ないわれぶりといいメンタルの弱さといい
    いわゆる「一番の小物」感がバリバリだけど、そんな所が俺は好きだよサリエルタン。
    かませ役に回ってくれる人がいなかったおかげで、一人だけ
    幻想郷の連中でも倒せそうな感じがするところもかわいいよ!! -- 名無しさん (2012-10-30 15:10:59)
  • 同意 -- 名無しさん (2015-10-01 18:37:52)
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