チェスはアリスが得意とするゲーム。
そして大勢の人形兵を操る、人形遣いの象徴といえるゲームでもあった。
更に空間が隔離されているので、周りの被害を気にしないで戦える。
まさにアリスが全力で戦う為の特設戦場という訳だ。
そんな盤上のアリス側のキングのマスには、エリスのステージが占拠している。
そのステージの中にいるのはアリス。この戦いにおけるキングだ。
しかしチェスをするのならば、駒がなくては話にならない。
するとアリスはカーテンから杖を持った手だけを出し、杖の宝玉を紫色に輝かせた。

「本当は、この能力は一生使うつもりはなかった。
 この力が必要な状況が今までなかったし、何より…………七色魔法は少しばかり野蛮で醜い」

途端にステージのカーテンの下から、一斉に伸びる4本の鎖。
それは幻想郷から切り取られたこの空間の壁に向かうと、空間を突き抜け何処かへと伸びていく。
やがて4本の鎖は完全に伸び切ったのか、ぴたりと動きを止めると一気に巻き戻り始めた。
もの凄い勢いで戻って来た鎖は、空間の壁から抜け空中に解き放たれる。
その鎖を掴みながら、5人の魔界人が現れ床に降り立った。

「アリスが私達を呼ぶなんて……余程、質の悪い悪魔を相手にしていると見たわ」

一つ目の鎖に掴まって来たのは、真紅のメイド服を身に纏った女性。名は夢子。

「試合に呼ばれちゃ出ない訳にいかないわ!」

二つ目の鎖と共に現れたのは、ピンクの髪を結んだ女性。名はサラ。

「あらあら、今日は幻想郷への日帰り旅行かしら?」

三つ目の鎖に腰かけていたのは、にこやかな笑顔でセーラー服を着こなす女性。名はルイズ。

「此処は魔界じゃない。なら全力出して燃えても、いいのよね!?」
「……………………」

四つ目の鎖で二人同時にやって来たのは、黒い服の女性と白い服の女性。名はそれぞれユキとマイ。
アリスが呼び出したのは、5人の凄腕魔界人達。
彼女達はアリスの気配を感じステージの方へ振り返ると、それぞれ思い思いに口を開いた。

「アリスに呼ばれたのはいいんだけど……なんであんたがいるのよ」
『五月蝿い! アリスのライヴを見ていいのは私だけ! あんた達は場外から、僅かに聞こえる音色で満足しな!』
「…………感じ悪いわねぇ」
「エリス姉さんも夢子姉さんも、今は喧嘩してる場合じゃないでしょ?」
『……ごめんなさい』
「それで態々あんなに嫌っていた七色魔法を使ったって事は、相当なピンチと判断してもいいのよね?」
「相手はあの夢月よ。普段の私の戦闘力じゃ、一撃で殺されてしまう。……………でも戦うわ。
 あの悪魔は魔界が創り出してしまった災厄。私達、魔界の者が逃げる訳にはいかないもの」
「うおおおおお! 燃えて来たぁぁぁ!」
「……………………」
「兎に角、力を貸して。チェスは兵がいないと、成り立たないの」
「お姉ちゃん達に任せなさい! アリスは絶対に守り切ってみせるわ!」
「お願い、姉さん達。せめて夢月だけでも倒さないと、幻想郷の皆に顔向け出来ないわ。魔界の落とし前、つけるわよ」

その言葉に5人は、誇らしげに夢月に身構える。
アリスに頼まれたら、断る理由なんてありはしない。
可愛い妹の頼み事、叶えてやらない訳にはいかないと5人はやる気になっていた。
だが夢月は相変わらずの無表情で、魔界人達の様子を眺めている。
アリスは強力な魔法を使えるようだが、肉体面は外見相応の力しかない。
一撃喰らわせられれば、この戦いに決着をつける事が出来る。
そう判断すると夢月は鋏を手にチェス盤の上を疾走し、一気にアリスのいるステージへと駆け寄っていった。

「チェスはキングを取られたら終わり。貴方を殺せばすべてが終わる」
「そういうルールでしょ!」

そんな夢月の前に、サラが立ち塞がる。
サラは足下に魔法陣を展開すると、無数の岩を作り出した。
その岩を自分の手に集め出すと、巨大なグローブのようにして手に纏わせる。
そして手を勢いよく振り上げ、夢月を押し潰そうと振りかざして来た。

「いきなりキングが取れると思わない事ね!」

岩で出来た巨大なグローブは、それだけでかなりの重量を持つ。
しかしサラは軽々と手を動かし、思いっきり振り降ろして襲いかかっていった。
それを夢月は後ろに跳んで、射程外に下がってかわしきる。
その眼前で巨大なグローブが床を叩くと、風圧で夢月の髪や服を激しくなびかせた。

「キーパーだけだと思ったら大間違いよ!」

更に床を叩いた衝撃で砕けた岩のグローブを、サラは球体状に集め出す。
途端に出来あがる巨大なボール。
それを勢いよく蹴り飛ばし、夢月目掛けてもの凄い速度で転がした。

「…………!」

不用意に近付き過ぎたのが仇となった夢月。
この距離ではボールを、かわしきる事は出来ない。
そのまま巨大なボールに撥ね飛ばされ、夢月の四肢は無残に折れ曲がる。
そして無抵抗のまま宙を舞い、地面にぐちゃりと音を立てて落ちた。
だが夢月は邪気へと姿を変えると、体を再構成し復活する。
全身が邪気で出来ている幻月と夢月は、通常致命傷になる攻撃でも邪気があれば再生出来るのだ。
故に一撃必殺の攻撃も、邪気に余裕があれば怖くない。
有限とはいえ、何度倒しても立ち上がって来るその姿はまさに化物だった。
そうは言っても再生直後は神経が完全ではなく、動き出すまでに数秒の時間がかかる。
そこへ空間の壁にぶつかって、跳ね返って来たボールが迫って来た。

「!! ……………………」

そのままボールの下敷きになり、夢月は再びぐちゃぐちゃになる。
サラはそのボールを足で止めると、思いっきり蹴り上げ一緒に飛び上がった。
しかし夢月は再び再生し、数秒遅れて攻撃を止めようと飛び上がる。
下方からサラに迫る、夢月自身とその鋏。
そこへサラはボールをヘディングで飛ばし、夢月に向かってボールを叩き付けた。
ボールは夢月を押し潰し、勢いよく床に落ち四散させる。

「イエス! ハットトリック!」

その衝撃で舞い上がった砂埃に混ざって、サラは高らかに声を上げた。
そこへにっこりと笑いながら、ルイズが歩いてやって来る。

「サラ、脛毛剃り残してる」
「えっ!?」

ルイズがそう伝えると、サラは驚いてアリス達の許へ戻っていった。

「えっ、何処!? ちゃんと剃ったのに……」
「嘘よ」
「………へ?」

そんなサラに代わって、ルイズが夢月の前に立つ。
ルイズは張り付いたような笑顔のまま、復活した夢月に笑いかけた。

「貴方が噂に名高い、夢幻の悪魔ね。こんにちは」
「……貴方達、私に勝てるつもり? さっきは油断したけど、今度はそうはいかないわよ」
「……………なんか偉そうね。気に食わないわ」

するとルイズはうっすらと目を開き、夢月に冷たい眼差しを向ける。
同時に背後に無数の魔法陣を発動させ、自身の武器を呼び出した。
それは大量の紙飛行機、魔法陣から次々に飛び出しその場に浮かび上がる。
その紙飛行機の編隊を自身の周りに並べると、ルイズはにやりと口元を吊り上げた。

「旅行は好きかしら?」

途端にもの凄いスピードで、夢月に襲いかかる紙飛行機。
宙を舞い風を斬り裂き、まるでジェット機のように飛んで行く。
それに夢月は鋏を手にし、飛んで来る紙飛行機を次々撃ち落とす。
だがすべてを撃ち落とすのは無謀に近く、落とし損ねた紙飛行機が夢月の体を掠め傷付けていった。

「…………鬱陶しい」

その攻撃に表情を変えずに、夢月はぼそりと不快感を口にする。
これ以上、こんな相手に付き合ってはいられない。
夢月は二つのうち左手の鋏を、ルイズに向かって思いっきり投げ飛ばした。

「あらあら」

しかしルイズは高く飛び上がって、夢月の攻撃をかわす。
目標を失い床に深々と突き刺さる鋏を余所に、帽子を押さえゆっくりと落ちて行くルイズ。
そこへ飛んで来た大きな紙飛行機に飛び乗ると、紙飛行機から折り紙のミサイルを撃ち出し始めた。
見た目こそふざけているが、ミサイルは着弾すると本物同様爆発を起こす。
その爆撃の海を走り抜け、夢月はアリスに向かって行った。

「あら」
「行かせないわよ」

そう言ってアリスを目指す夢月の前に、夢子が立ち塞がる。
彼女が空中に魔法陣を展開すると、大量の剣が魔法陣から飛び出した。
その剣は一斉に落ちていき、床に突き刺さり立てられる。
それはまるで十字架の並べられた、墓場のような光景を作り出していた。
そのうちの一本を引き抜くと、夢子は向かって来る夢月に身構える。
徐々に狭まる二人の距離。
やがて至近距離まで夢月が近付くと、夢子は持っていた剣をレイピアに変化させる。
そして夢月を突き刺すべく、思いっきり突きを繰り出した。

「!!」

その唐突に変わった武器の射程に、夢月は慌てて鋏を盾に受け止める。
先程までの無表情は何処へやら、夢月の表情には明らかに焦りの色が見えた。
その隙に夢子は、もう片方の手で別の剣を引き抜く。
同時にレイピアを手放すと、剣はサーベルへと変わり出した。
夢子はそのサーベルを、夢月に向かって振り下ろす。
それを後ろに跳んでかわそうとするも、斬撃は夢月の腕を掠め斬りつけていった。

「……………………」

距離を取った夢月の腕からは、真っ黒な邪気が少しづつ流れ出している。
それまで自在に操っていたものと違って、ポタポタと普通の血液のように流れる邪気。
その傷は今までのダメージと違い、回復する様子は見せなかった。
だが夢子はそんな事は気にせず、サーベルを床に刺し新たな剣を手に取る。
すると今度はバルディッシュになり、夢子は長いリーチを活かして夢月に襲いかかっていった。
それに夢月は防御を固めて待ち構える。
ところがその一撃は非常に重く、鋏で守っていた夢月を思いっきり吹っ飛ばした。

「ぐっ…………」

夢子の一撃で宙を飛び、自分側の陣地へと落ちていく夢月。
彼女は鋏を邪気に戻すと、受け身を取って華麗に着地し立ち上がった。
そこへマイが翼を広げて飛んで来る。
マイは夢月に追撃をかけようと、両手を開き魔法陣を展開した。

「…………死ね」

その宣言と同時に魔法陣から放たれ、夢月の両隣りを走る冷凍光線。
それは一瞬で、巨大な氷の壁を作り出した。
氷の壁は数十mはあろうかという高さで、完全に夢月の逃げ道を奪う。
そんな夢月にマイは大量の氷弾幕を撃ち出し、回避行動を取らせず一方的に攻めようとした。

「……………………」

しかし夢月は無言で鋏を取り出すと、両手の鋏を振り回し氷弾幕を防ぎ切る。
それを見たマイは、弾幕を放ちながら後退し始めた。
途端にグラグラと揺れ始め、夢月に向かって動き出す氷の壁。
そのまま左右から挟み込むと、壁と壁で夢月をグシャリと押し潰す。
更に止めと言わんばかりに氷の壁は崩壊すると、氷の瓦礫と化し夢月を埋もれさせた。

「…………ってこれで死んでくれれば、苦労はしないのよね」

これ以上の追撃は無意味。
そう判断したマイは、氷の山を背にアリス達の許へ帰っていった。
その後ろでは氷の隙間から溢れ出した邪気が、夢月へと姿を変えつつある。
そんな後退していくマイとは対照的に、夢月に向かって行くユキ。

「どうしてそこでやめるのよ! そこで!」

彼女はすれ違い様にマイにそう言うと、拳に炎を纏わせて夢月に突き出した。
途端に拳から放たれる、凄まじい熱を帯びた火炎弾。
それは床に落ちるとバウンドし、ピョンピョン跳ねながら夢月に襲いかかる。
だが夢月は鋏を振り回し、火炎弾をすべて打ち消した。
しかしユキは更に拳を振り、次々と火炎弾を撃ち出し続ける。
その瞳には、とても強い熱意が込められていた。

「ダメダメダメダメーッ! 諦めたら絶対にダメ!」

絶対に諦めない不屈の意志。
それがユキに力を与え、とめどなく無尽蔵に火炎弾を放たせる。
だが夢月が鋏で攻撃を打ち消す為、攻撃は一向に通らない。
するとユキは空中に飛び上がり、上から火炎弾を飛ばし始めた。
上空から降り注ぐ火炎弾は、まるで流星のように夢月に襲いかかる。
しかしそれでも捌き続ける夢月に、ユキは魔法陣を発動させた。
途端にユキの全身から炎が噴き出し、彼女自身を火炎弾へと変える。

「周りの事、思いなさいよ! 応援してるアリス達の事、思ってみなさいって!
 アリスだって魔力使いながら、夢月を倒そうって頑張ってんのよ!
 ずっと攻撃し続けなさい! 諦めなければ絶対に勝てる! だからこそ!」

そしてユキは炎を纏ったまま走り出した。
全速力で夢月に向かって、真っ直ぐ止まる事無く突き進む。
その姿はまるで、燃え盛る炎の龍が襲いかかっていくかのようだった。

「ネバーギブアァァァーップ!」

そのまま夢月に突っ込み、自身の炎で焼き尽くすユキ。
轟々と燃える炎に包まれて、夢月の体は燃え尽きていった。
だがそれでも夢月は邪気となり、再生し元の姿に戻る。
それを見たアリスに、エリスはそっと話しかけた。

『司令官アリス、気付いてるかい』
「ええ、夢月は夢子姉さんの攻撃だけは再生出来ていない」
『そうさ、あいつらは刃物による攻撃に弱い。それが奴等の弱点だからね』
「……………という事は当然、向こうも夢子姉さんを警戒して来るわよねぇ……」
『さあ、どうする? 私はアリスの指揮通りに掻き鳴らすよ』
「…………邪気をすべて消し飛ばす、というのはどうかしら?」
『でも相手の邪気がどれだけあるかも分からない』
「倒せるなら何でもいいわ。夢子姉さんを主軸にするのは、攻撃が読まれ易く逆に隙を突かれかねない。
 それより誰で攻めて来るか分からなくして、可能なら夢子姉さんに攻撃してもらう。
 この方がダメージを与えやすい筈よ。多人数である事を活かさなくちゃ」
『さすがはアリス。じゃあそれで…』
「うぎゃああ!」
『!!』

そこへ聞こえて来るユキの悲鳴。
慌ててアリスが振り向くと、そこには夢月に鋏で貫かれたユキの姿があった。
夢月の鋏はユキの心臓を貫いており、最早助からないのは目に見えている。
しかしアリスはそれを見るや否や、杖の宝玉を青く光らせ始めた。
同時にカーテンの中で、禍々しく変化するアリスの姿。
体中が徐々に腐敗し、蒼く変色し腐臭を放ち出す。
それこそアリスが嫌った、七色魔法の持つ醜さだった。

「………まずは一人」

一方で夢月はもう動かないユキを投げ捨て、他の魔界人達へと向かって行く。
ただでさえ何度も復活する相手に更に一人やられた事で、魔界人達の士気は下がって来ていた。
高い再生能力に、一瞬の隙を的確に突いて来る俊敏性。
はたしてこんな化物に勝てるのだろうか。
だがそんな魔界人達の目に、アリスの放つ青い光が飛び込んで来る。
すると突然、何処からともなく巻き起こった炎が夢月に襲いかかって来た。

「!!」

予想外の攻撃に、夢月は反応出来ずにその炎を喰らう。
そのまま焼かれ崩れ落ちる夢月の後ろに立っていたのは、先程やられた筈のユキだった。

「…………やるじゃん、あんた」
「アリスのおかげよ。アリスが頑張ってくれてるから、私もこうして熱くなれるのよ!」
「……………いや、今のは蘇生魔ほ…」
「もっと! 熱くなれよおおおおおおおおおおおお!!」
「……………………」
「それにしても、まさか本当にこんな事が出来てしまうなんて……」

そう言うと夢子は、アリスのいるステージを見る。
すべては七色魔法の一つ、蘇生魔法の力。
肉体がある程度残っていれば、何度でも蘇らせられる魔界の最上級魔法の一つだ。
しかしアリスが凄いのは蘇生魔法だけの話ではない。
夢子達、魔界人を呼び出したあの召喚術。あれも最上級魔法の一つ。
本来なら最上級魔法など、一種習得するだけで精一杯。
ましてや一発撃てば忽ち魔力が尽き、二発目どころか他の魔法も撃てなくなるのが普通というもの。
アリスの凄いところ、それは七種の最上級魔法を七色魔法として自由に扱える事なのだ。
そのメカニズムとは魔法を発動させる時、よりその魔法に順応し発動しやすい体質へと変化する能力。
神綺が授けたこの能力により、あらゆる系統の魔法に適した体に自動的に変化し
結果、七種もの最上級魔法を自在に操る事が出来るのだ。
だが本人は変化した姿が醜いと言って、滅多な事では使いたがらない。
しかし一度アリスがやる気になれば、高い魔力の才能もあって無敵の陣営へとなるのだ。
相手も不死身に近い化物だが、こちらもアリスの蘇生魔法で余程の高火力技でない限りは死なない。
強大なサポート兼司令官の存在に、回復し高まっていく魔界人達の士気。
その様子に夢月は無表情のまま、鋏を開き次の手を繰り出した。

「殺せないなら無力化させるまで……」

そのまま一気に、魔界人達に突っ込んでいく夢月。
そして魔界人達に十分近付くと、鋏の能力を発動させて来た。

「……斬ったり……貼ったり……!」

それは里上空での戦いで使った、夢月のもっとも厄介な能力。
一度この能力の効果を受けてしまえば、まともな戦闘は出来なくなる。
だがアリスは、それに対しても杖を出して対抗し出した。
今度は宝玉を水色に輝かせて。

「!!」

すると夢月の鋏は一瞬で消し飛び、能力も発動されない。
これにはポーカーフェイスを気取っていた夢月も、目を見開き驚愕の表情を浮かべた。
決まれば自分自身にすら元に戻せない、一撃必殺に近い能力。
それがアリスの魔法によって、呆気なく破られたのだ。
信じられないといった顔で、夢月はアリスの方へ振り返る。
そこには相変わらず瞳と杖の宝玉だけを輝かせるアリスの姿が、ステージの暗闇の中に存在していた。

「まさか………浄化魔法まで使えるなんて」
「…………私じゃ幻月には敵わない。どうせ戦っても無駄なら、無様に足掻く必要もない。そう思ってた。
 でもエリス姉さんは戦ってる。なのに幻想郷に住んでる私が諦めてたら、仕方ないじゃない!
 せめて貴方だけは倒させてもらうわ。例え何の意味もなくても、私なりにやれる事をやってみる!
 でもこれは私の我儘。我儘の為に、姉さん達に守ってもらってる。その為に姉さん達が死ぬなんてあっちゃいけない。
 姉さん達は私が死なせちゃいけない! だから私が戦場に立ち続ける限り、誰も死なせないし狂わせないわ!」
「………………駒がどうにもならないなら、キングを討てばいいだけよ」






エリスがアリスと出会っていた丁度その頃、里の上空ではサリエルと幻月が向かい合っている。
強大な存在同士の対面、周囲には凄まじいプレッシャーが広がっていく。
その中でサリエルは、真剣な表情で幻月を見つめる。
しかし幻月はくだらないといった雰囲気で、サリエルを眺めていた。

「だ~か~ら~、ザラキエルは死んだの。あんた、娘離れしなさい。気持チ悪イ」
「何と言われても引き下がりません。私は貴方を止めなくてはいけないのです。
 貴方にこれ以上、罪を犯させる訳にはいきません」

その言葉に幻月は深く大きな溜め息を吐く。
同時に目を細めて、サリエルをじっと睨み付けた。

「分かんない奴ねぇ、今更遅すぎるのよ。ザラキエルは、とっくの昔に死んじゃったの。
 そのあとに生まれたのが私と夢月。私に肩入れしたって、ザラキエルは戻って来ないわよ」
「…………貴方を助けられなかった事は、今でも後悔しています。あの日、もっと早く見つけてあげられれば………。
 ですが私は、貴方を止めなくてはいけません。貴方は………二つに裂けてしまったザラキエルの心なんですから」
「そうよ。確かに私は元ザラキエル。半分の心の半人前よ。でもそれが何だって言うの?
 今の私は幻月よ。あんたの守りたかったザラキエルじゃない。ましてや魔界の住人ですらないの。
 あんたの言う罪を私が犯していたとしても、あんたにどうこう言われる筋合いはないわ」
「…………貴方は私の中では、今もザラキエルです。例え邪気に呑まれ正気を失っていても、大切な私の娘なんですよ。
 罪は償えるのです。一からやり直す事は出来るのです。ですから一緒に罪を償い、もう一度…」
「それは偽善よ。あんたは私を救おうとする事で、私の犠牲になった者達を蔑ろにしてる。
 大衆はあんたをどう思う? 私を悪だと言うのなら、それを守ろうとするあんたも悪。
 結局あんたは自分勝手な理想で、魔界すべてを振り回してるだけなのよ」
「…………そうかも知れません。ですが最初は分かり合えなくても、時間をかければきっと………。
 悪魔として私と敵対していたエリスだって、最後には私の理想に賛同してくれました。
 偽善も貫き通せば立派な正義になるって………ロックだって、あの子は言ってくれました!
 私は…………誰もが手を取り合える世界が来ると信じています。だから! 例え偽善だとしても!
 すべてを…貴方を救いたいのです! ザラキエル!」
「出来もしない事を軽々しくとまぁ………あんたは何も分かっちゃいない。分かり合う事なんか出来やしない。
 それでも自分の理想を貫きたいなら…ヒヒヒヒャヒャヒャッ! 殺し合うしかないわねぇ!」

すると幻月は、にやりと薄気味悪い笑みを浮かべて爪を尖らせる。

「もう茶番に付き合う必要はないでしょ? じゃあ始めましょ! 私はあんたを殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて
 殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくてウズウズしてるのよ!」

そしてサリエルへと一瞬で近付き、とんでもない速度で斬りかかって来た。
喉元を狙う幻月の爪、それをサリエルは杖を手に取り受け止める。
しかしそんなサリエルの瞳からは、血の涙が流れていた。

「………また……皆で楽しく笑い合う事は出来ないのですか?」

幻月の攻撃からは、狂気しか伝わって来ない。
もう彼女の中にザラキエルは存在しないのだろうか。
正気を取り戻す事は出来ないのだろうか。
そう感じ心を痛め、そっと涙を流すサリエル。
幻月はそんな彼女に、目にも留まらぬスピードで攻撃し続けた。
最早常人には、何回斬り付けたかすら分からない程の神速。
だがサリエルは涙を振り払い、それらの攻撃を素早く杖を振り回して防ぎ切った。

「………………ザラキエル……」
「あんた、好きよねぇ。なんなら相手してもらおっか? 愛しのザラキエルちゃんに。夢蠍『ザ・ワールド』!」
「ッ!!」

そう言うと幻月は、最後のスペルカードを発動させる。
途端に溢れ出す邪気により、姿を現す夢幻妖怪。
その姿はリボンで髪をポニーテールに縛っており、背中には6枚の翼をはためかせていた。
サリエルはそんな夢幻妖怪の姿を見て、驚き口を押さえ涙を流す。
しかし夢幻妖怪は邪気を放出すると、次々と別の夢幻妖怪を呼び出していった。
やがて27体の夢幻妖怪が、サリエルの前に姿を現す。
それらは幻月が合図を送ると、一斉にサリエルへと襲いかかっていった。

「………戦うしか……ないのですね」

邪気による攻撃は、サリエルとて致命傷になってしまう。
攻撃しなければ、こちらがやられる。
サリエルは断腸の思いで、杖を振り弾幕を撃ち出した。
その弾幕は無数のレーザーとして、サリエルの周囲から放出される。
今までのどんな妖怪のレーザーより、圧倒的に速く多いサリエルのレーザー弾幕。
それは6枚羽の夢幻妖怪に呼び出された、27体の夢幻妖怪すべてを粉砕し一瞬で全滅させた。
ところが一部のレーザーは、夢幻妖怪を貫通し幻月にも向かっていく。
それを見てサリエルは、咄嗟に叫び声を上げた。

「ざ、ザラキエル!」

だが幻月には、特殊能力は通用しない。
サリエルの方へ歯を見せて笑いかけると、幻月はデコピンでレーザーを弾き飛ばした。
弾かれたレーザーは、紅魔館や妖怪の山へと着弾する。
途端に被弾地周辺は吹き飛び、跡には土しか残っていないクレーターが出来上がった。

「………また……私達の争いに無関係な犠牲者が……」

その光景に涙を流すサリエル。
それを見て幻月は、にやりと笑って首をグキリと傾けた。
同時に自分が出した6枚羽の夢幻妖怪を、スペルカードへと戻し回収する。
そして首を元の位置に戻すと、サリエルに向かって口を開いた。

「やっぱりあんたには、こんな手加減弾幕じゃ通用しないわよね~! あんたもそう思うでしょ? ………あっそう。
 それにしても随分、長い間パソコンを弄っているわね。他にする事はないの?」

すると幻月は、自らの邪気を放出し始める。
途端に彼女の背後には、どす黒い闇のような邪気の塊が出来上がった。
それは幾つもの塊に分裂すると、様々な玩具へと変化し宙に浮かび始める。
幻月はその玩具を手に取り、サリエルに見せびらかすように突き付けた。

「さあ、遊びましょ! 何で遊ぶ!? 私はどれでもいいわよ! これがいい!? それともこっちにする!?
 まずはこれがいいか! じゃあ遊ぶ玩具も決まった事だし、早速楽しい楽しい殺し合いを始めしょ!」

その言葉と同時に、幻月はサリエルに殴りかかる。
サリエルは杖でその一撃を防ぐも、衝撃で里へと叩き落とされてしまった。
そこへ幻月は手に持ったダイスを投げ付ける。
それを見てサリエルは、慌てて飛び立ち幻月の攻撃をかわしきった。
しかしダイスは地面に落ちると、巨大化していきサリエルよりも大きくなる。
途端に高く飛び上がり、サリエルを押し潰そうとして来た。
サリエルはすぐにその場を離れ、ダイスの一撃を飛んでかわす。
だがダイスはピョンピョンと跳ね回り、畑を滅茶苦茶にしながらサリエルを追い掛けて来た。
必死に畑道を飛び続け、サリエルはダイスから逃げ回る。
するとダイスは突然ぴたりと止まり、コトコトと音を立て始めた。
それにサリエルは何をしようとしているのかと、慎重に様子を窺う。
ところが突然箱が開くと、あっという間にサリエルの目の前に化物の頭が飛び出して来た。
突如至近距離に現れた、鉄で出来た緑の頭の化物。
その唐突な動きに、サリエルは驚き固まってしまう。
そこへ化物の右目から放たれる真っ赤なレーザー。
それはサリエルの頭に命中し、粉々に吹き飛ばしてしまった。

「あら~? もう1ミス~? あんまり弱いとつ~ま~ん~な~い~。
 せめて1000匹の鼠を潰して遊ぶのよりは、丈夫でいてもらわらわらわらわわわわわわわわヒャハハハハハッ!」

それを見て、里に降りて来て笑う幻月。つられて化物もケタケタと笑う。

「五月蝿え! アヒルみたいな声、出すんじゃねえ!」

しかし幻月に怒られると、化物は寂しそうにダイスに戻る。
そのまま徐々に小さくなっていき、幻月の許へと帰っていった。
一方で頭を吹き飛ばされたサリエルの体には、頭があった場所に光が集まっている。
やがて光が弾けると、サリエルの頭は元通り再生していた。
死を司り輪廻転生を操る天使、サリエル。
彼女には死という概念が、存在しないのだ。
故に不死。誰にも彼女に止めを刺す事は出来ない。
だが幻月は自分の右目に指を突っ込み、グチャグチャと音を立てながら気味の悪い笑みを浮かべていた。

「やっぱり死なないわね。まぁ、分かってますよ。分かってますから。貴方のせいで酷い目に遭った事、全部分かってます」
「…………何故ですか。こんな争いをしても、誰も救われないというのに」
「私は楽しい」

そう言うと幻月は、今度は数体の不気味な人形を取り出す。

「ほら、可愛いでしょ? あんた達も、あの腐った卵を頭から被った偽善者と遊んでやりな」

そして辺りにばら撒くと、人形達は勝手に動き出しサリエルの方へ近寄って来た。
カタカタと不気味な音を立てて、じわじわ迫り来るオレンジと紫の人形達。
一本足で器用に立ち、くるくる回ってやって来る。
それにサリエルは言いようのない不安を感じ、弾幕を放って人形達を撃ち倒す事にした。

「人の形をした物を壊すのは気が引けますが………止むを得ません」

途端にサリエルの周りから、大量のレーザー弾幕が放出される。
レーザーは素早く人形を撃ち抜くと、次々にその動きを止めていった。
弾幕が飛び交う度に、壊れた人形の数はどんどん増えていく。
それが一定量を越えると、幻月は人形の残骸を魔力で集め出した。
一ヶ所に集まった壊れた人形達は、少しづつ一つに合わさっていく。
サリエルが人形を倒す度に、徐々に完成に近付く人形で出来た巨大な人形。
それはやがて完成すると、不気味な金髪の少女の人形となり動き始める。
その巨大人形は二つに結んだ髪を揺らしながら、サリエル目掛けて弾幕を撃ち出して来た。

「なっ……」

弾幕は速くはないものの、巨大で尚且つ禍々しい力を放っている。
このままでは直撃は避けられない。
そう考え慌てて回避しようとするサリエルを、まだ動いてる人形達が左右から現れ動きを封じ出した。

「や、やめなさい!」

くるくると回りながら取り囲む人形達を、必死に杖で払うサリエル。
しかし人形達はとめどなく現れて、こちらの回避行動を邪魔して来た。
いくら死なないとは言え、苦痛を感じない訳ではない。
ましてやどんな効果を持った攻撃かも、分からない現状。
下手に喰らう訳にはいかないと、サリエルはレーザーで人形を吹き飛ばす。
そして慌てて弾幕の軌道から逃げると、サリエルは間一髪の所で弾幕をかわしきった。

「………はぁ……はぁ…………ッ!」

だが人形との戦闘で消耗しているサリエルに、巨大人形は更に追い打ちをかける。
瞳を不気味に輝かせる巨大人形。
途端にサリエルは、頭の中を掻き混ぜられるような凄まじい嫌悪感に襲われた。

「うぐ、あ……う……ひぐっ…うええええええええぇぇぇぇぇ……」

目の前がぐにゃぐにゃになり、思考が働くなる。
そのあまりの不快感に、サリエルは思わず嘔吐してしまう。
それでも何とか対抗しようと、必死に巨大人形に杖を構える。
しかし精神攻撃で錯乱していたサリエルは、レーザーを暴発させ自らの腕を吹き飛ばしてしまった。

「うぎゅ……ああああぁぁぁ!」
「キヒヒヒャヒャッ! おっかし~! 自滅してるじゃない! ヒャハハハハッ!」

そのダメージも、すぐに回復するサリエル。
だが幻月はそれに構う事無く、次々と攻撃を仕掛けていった。
何を隠そう幻月はサリエルが死なない事を分かった上で、玩具を使って攻撃している。
本当は直接邪気で呑み込めば、簡単に決着を付ける事も出来る。しかし幻月はそれをしない。
何故なら幻月はサリエルを嬲り殺し、その苦しむ様を見て楽しんでいるからだ。
死なないので邪気さえ送り込まなければ、いくらでも嬲り殺せる。
人間にやればすぐ死んでしまうような攻撃も、サリエル相手なら手加減なしに思いっきりやれる。
まさに幻月からすれば、サリエルは格好の玩具。

「さぁ、次は何をして遊ぶ?」

最早それは戦いと言えるものでは、なくなっていた。







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