里上空で鋏を手に暴れ回る夢月。
日食の放つ僅かな光が、その鋏を鈍く輝かせる。
そんな戦う夢月を見て楽しそうに笑いながら、幻月は茫然とする紫に話しかけた。

「どう? 私の妹は。貴方ご自慢の実力者達が、傷一つ付けられずにいるわよ」
「……嘘でしょ……」

幻想郷最強の布陣が、夢月を前に次々と戦闘不能に陥っていく。
あまりにも一方的な展開。
それもこれだけの人数を集めて尚だ。
しかも相手は二番手。まだ幻月は動いてすらいない。
だがそれでも未だ、まともにダメージすら負わせられずにいる。
これ程までに三幻想と幻想郷の者達の間には、巨大な壁があるというのか。
その圧倒的実力差に、紫の表情は徐々に絶望に染まりつつあった。

「紫!」

そこへ駆け付ける幽々子と、その弾幕である死蝶。
幽々子は死蝶を幻月に向けて、一斉に解き放つ。
同時に自身は幻月から、紫を守るように立ち塞がった。

「紫を殺らせはしないわよ」
「………幽々子……」

妖怪の賢者である紫が死ぬという事は、この悪魔に幻想郷の妖怪達が負けた事を意味する。
そうなれば幻想郷は、幻月の思うがまま。
それだけは何としても、避けなくてはならない。
それに紫は幽々子にとって、大切な親友でもある。
物理攻撃には強い自分が、何としても守らなければ。
そんな想いから幽々子は幻月の前に、両手を広げて立ち塞がったのだった。
しかし幻月は死蝶を手でしっしっと払い、全く攻撃として見ていない。
実際被弾してもその部分が邪気になるだけで、すぐに元に戻り再生してしまっていた。

「…………化物ね」
「妖怪が言うな。それにあんた達が弱過ぎるのよ。とりあえず片方は消しちゃってもいいわよね?」
「えっ?」
「鳥は嫌いだけど……私の言う通りに動くなら例外よ! 炎鴉『ザ・ムーン』!」

更に幻月は反撃と言わんばかりに、スペルカードを発動させる。
途端に金属のような羽を広げ、右腕に銃の取り付けられた夢幻妖怪が姿を現した。
夢幻妖怪は幽々子に照準を合わせると、弾幕を放ちその体を撃ち抜く。
それに幽々子が怯むと、続けて二発三発と撃ち込んでいった。

「ぐっ………あうっ!」
「幽々子!」
「……大丈夫よ。………私は亡霊だから……こんなものは……」

確かに亡霊である幽々子は、撃ち抜かれたダメージで消滅する事はないだろう。
だが直接的なダメージは効かなくても、精神面はそうもいかない。
口では強がっていても夢幻妖怪の弾幕に含まれた邪気の力が、幽々子の精神を少しづつ削り取っていった。
このまま耐え続けたら、幽々子の心が壊れてしまう。
それが分かっているからこそ、紫は必死に幽々子に止めるよう説得し出した。

「何してるの! 貴方このまま受け続けたら…」
「私の事はいいから! 紫は早く次の手を考えて! そうじゃなきゃ全員お陀仏よ!」
「……うぅ……」
「う~ん、つまんないわね」

しかし幻月は退屈そうに、その光景を見つめる。
そして新しいスペルカードを手に取ると、発動させ夢幻妖怪を呼び出した。

「あいつ、殺しなさい。究師『ザ・サン』」

すると弓を手に持った夢幻妖怪が現れ、空に向かって矢を放つ。
その矢は空高く飛んで行き見えなくなると、無数の矢となって降り注いで来た。
紫達に襲いかかる、数百はありそうな矢の雨。
それを幽々子は、紫を庇うようにして全身で受け止めた。

「幽々子!」

紫の叫びも虚しく、幽々子の体中には次々と矢が突き刺さっていく。
そのうち数本は幽々子の体を貫通し、鏃を紫の目の前に飛び出させていた。
やがて矢の雨は止み、夢幻妖怪も姿を消す。
だが満身創痍の幽々子の瞳には、すでに光は灯っていなかった。

「……………幽々子? ねぇ幽々子! 返事をしなさいよ、幽々子!」

紫の言葉にも反応せず、ぐったりと力無く浮かぶ幽々子。
全身に突き刺さった矢から流れ出す邪気が、彼女の精神を破壊してしまったのだ。
その体は最早、亡霊としての実体を保つ事も出来ず魂へと姿を変える。
そこへ幻月は飛んで来ると、幽々子の魂を掴み上げ丸呑みにしてしまった。

「…………あぁぁ……」
「やっぱり不味いわね。油があったらよかったんだけど」

目の前で喰われた最愛の友人。
そのショックに紫は茫然と立ち尽くす。
何故こんな事になってしまったのだろう。
自分は幻想郷を守る為に、脅威と勇敢に戦おうとしたのに。
選択は間違っていない筈なのに、どうしてこんな事に。
しかし幻月はそんな紫の表情を見て、とても嬉しそうな笑みを浮かべる。
そのまま紫に顔を近付けると、薄気味悪い笑顔で言葉を紡ぎ出した。

「久しぶりね、八雲 紫」
「!! な、何を言ってるの!? 私は貴方なんて…」
「イッヒヒッ! 知らないのも無理はない。私が会ったのは、別の平行世界のあんただから」
「………何の……事……?」
「あの時はありがとう。私の思い通りに動いてくれて。無様に死んでいくあんた達の様は、じっくり見させてもらったわ。
 でも夢幻世界の中で長年の間人の様を見続けて来た私に、ただの戦争じゃもう物足りない。
 もっと凄惨な殺し合いを! 大戦争を! 一心不乱の大戦争を!
 幻想郷中が血と屍に溢れかえるような大戦争が起きればいいのよ! ヒヒヒ……もう何度、想像した事かしら!
 空中高く放り上げられたあんた達が、追撃弾幕でバラバラになった時なんか心が躍るわ!
 悲鳴を上げて燃え盛る家から飛び出して来た人間を、片っ端から薙ぎ倒した時も胸がすくような気持ちだった!
 パニックに陥った人間が、既に息絶えた妖怪を何度も何度も刺突している様なんか感動すら覚える!
 泣き叫ぶ人間達が、敵司令官の振り下ろした掌と共に撃ち出される弾幕にバタバタと薙ぎ倒されるのも最高よ!
 哀れな人間達が雑多な武器で……健気にも立ち上がって来たのをぉぉ! ああああ圧倒的な力でえぇぇぇぇ!
 ふふふふん粉砕ししした時はあぁぁぁ! ぜっぜぜヒヒャヒャヒャヒャッ! あああああ! ああアアああアあ!
 ……………………………………………………ふぅ……絶頂すら覚えたわ」
「……な、何なのよ……貴方……」
「ヒャッハハハッ! 平行世界はいいわ! 様々な可能性を持ったあんた達を、思う存分殺す事が出来る!
 ある時は低級妖怪共を凶暴化させ、ある時は死んだ妖怪をゾンビ化させる!
 私が直接手を下さなくても、殺す方法なんていくらでもあるのよ! ………………でもこの世界の幽香には失望したわ。
 別の平行世界には私の力を受け入れ、強大な力を手に入れた幽香もいるって言うのに。
 まぁその結果元の人格は完全に壊れて、他者を傷付ける事でしか満たされない戦闘狂になるんだけどね~。
 でもよっぽど、そうなった方が幸せだったと思うわよ? そこまでいくと、もう私との契約の事なんて忘れちゃうし。
 純粋に自分の意思で、殺戮を楽しんでると思い込んでる。本当は私の操り人形に成り下がったとも知らずにね。
 何も知らずに幸せに破滅するか、すべてを知って絶望して破滅するか。はたしてどっちが幸せだったと思う? ねぇ、幽香」

そう言って幻月は、大木と成り果てた幽香を見る。
そして紫の方へ振り返ると、日食のような怪しげな瞳を光らせて話しかけた。

「さて……夢月も頑張ってるし、そろそろ私もちょっとだけ力出しちゃおっかな~。だって私の戦争は此処では終わらない。
 まず魔界に逃げた人間達を嬲り殺して、次は外の世界よ! 幻想郷をぶち壊して外の世界で戦争を起こすの!
 そして私は理想郷を創り出す! 私達が幸せになれる、素晴らしい理想郷をねぇ!
 幻想郷という微温湯に浸かり切ったあんた達には、この理想の素晴らしさは分からないでしょうけど!」

空の日食をバックに、幻月は両手を大きく広げる。
その姿を見て訝しげな表情をする紫。
それを見ると幻月は、気味の悪い笑みを浮かべて自らの理想を語り出した。

「私の理想郷は人間だけの王国。あんた達、妖怪の居場所はない。私はその世界の頂点に君臨し続ける。
 すべての人間は、私の為に存在するの。私が殺したいと思った時に死に、生きる限り私の為に働き続ける。
 とっても幸せな理想郷よ。朝は人間が惨たらしく殺される、断末魔の叫びで目を覚ます。
 朝ご飯は、その殺された人間よ。家族の前で貴方の大切な家族は私の為に死にましたって、見せ付けながら食べるの。
 午前中は人間が拷問に苦しむ様を見て、のんびり寛ぐわ。もし気に入らない奴がいたら、見せしめに嬲り殺してあげる。
 お昼は飢えに苦しむ人間達の前で、美味しそうな御馳走を頬張るの。
 我慢出来ずに飛び出して来た人間は、私がミンチに変えて人間達にプレゼントしてあげるわ。美味しいお肉ですよってね。
 午後は必死に醜く生きようと努力する人間達を見に、ドライブに出掛けるわ。
 そんで一生懸命食べ物を作ろうと畑を耕す人間の目の前で、畑を滅茶苦茶にしてやるの。
 特に食べられるようになる直前がいいわ。あともうちょっとってところで、全部台無しにしてやるのよ。
 帰ったら夕ご飯ね。小さい子供が食べたいわ。親の前でまだ善悪の区別もつかないような、幼子を食い殺してあげるの。
 でもこんな事ずっとしてたら、人間が足りなくなっちゃいそうね。……………そうだわ!
 私の国では子供をいっぱい作らないと、攫われちゃうってルールを作りましょ!
 そんで攫った人間を目覚まし代わりに殺したり、ご飯にしたり拷問したりするの!
 これなら人間はいなくならないわ。いっぱい殺しても次々に産まれて来る。キヒヒッ! 素晴らしいわ!
 それじゃあ、お城も造りましょ! 殺した人間の骨を、夢月に繋ぎ合わさせて立派なお城を造るの!
 私の部屋には人間の剥製を飾りましょ! 絶望に満ちた顔で死んだ人間の死相を、いつでも見られるようにしておくのよ!
 でもきっと私に逆らおうとする人間も現れるわ。そういう人間は私が直々に公開処刑するの!
 それも1日や2日じゃ終わらせない。徹底的に苦しめて、じわりじわりと何日もかけて殺すのよ!
 きっと最期にはこう叫ぶわ。ああ、お願いします幻月様! どうか私めを早く殺して下さい! ………てさ。
 で~も……イッヒヒヒッ! まだダメよ! もっともっと傷め付けて、もう叫ぶ気力もなくなるぐらい苦しめるの!
 それを見ていた人間達はどう思うかしら? 私に怯えて跪く? 崇拝して忠誠を誓う? それとも憎しみを募らせる?
 ヒヒヒヒャヒャヒャヒャッ! ど、どれでもいいわ! 恐怖に震える人間の頭を踏み、そのままじわじわ踏み砕くのもいい!
 私を神と崇める連中を、神の気まぐれとしてぶち殺すのもいい!
 クーデターを引き起こし私を殺そうとした人間を、完膚なきまでに叩き潰し嬲り殺すのも最高よ!
 あんたに理解出来る!? この素晴らしい理想郷が! すべての人間が私の為に生き死ぬ、最高に幸せな理想郷がよぉ!
 イヒヒッ! ヒ、ヒヒャヒャヒャヒャヒャアッ! あああああぁぁ……想像するだけで気持ちいい……。
 もっと、もっとよ。もっと私を気持ち良くして! ヒャアァーハハハハハハァーッ!」

それはあまりにも異常で狂気染みた理想。
その幻月の理想論に紫は歯を食い縛り、強い殺意と嫌悪の眼差しを向ける。
この悪魔を野放しには出来ない。
これはもう幻想郷だけの問題ではなくなっている。
そう考え紫は取り出した標識を手に、幻月へと真っ直ぐ向かって行った。

「そんな事させるもんですか!」
「それは幻想郷を壊されたくないから? それとも外の世界に大切な人がいるから?」
「えっ」

だが思いもよらぬ幻月の言葉に、紫はぴたりと止まってしまう。
まさかこの悪魔は、何もかも知っているというのだろうか。
言い知れない恐怖を抱く紫に、幻月は首をカクカクと玩具のように動かし始める。
そしてグキリと折れてるとしか思えない程首を曲げると、甲高いキンキン声で喋り出した。

「オ気ノ毒デスガ、再ビ歩ケルヨウニナルノハ不可能カト……」
「!!」

その言葉に紫は目を見開く。
同時に背中をじっとりと嫌な汗が流れ出した。
何故なら幻月が言おうとしている事は

「運ガ悪カッタト思ッテ諦メルシカ……」
「………やめなさい……」

紫にとって

「貴方ガ気ニ病ム必要ハナイワ。アレハ事故ダッタノ……」
「……やめなさいよ……」

もっとも思い出したくない…

「イイノヨ、メリー。受ケ入レタカラ。奇跡ヤ魔法デモ起コラナイ限リ、モウ…」
「やめろおおぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

途端に大声を張り上げる紫。
その額には冷や汗がどっと噴き出しており、呼吸は荒く目は血走っていた。
紫は充血した眼をギロリと向けて、幻月を睨み付ける。
普通の人間だったら、逃げ出すか腰を抜かす恐ろしい形相。
それを笑いながら眺めている幻月に、紫はヒステリックな叫び声を上げた。

「何なのよ………あんた、一体何者なのよおぉぉ!」
「キヒヒッ! 夢よ。タダノ夢。それをあんたが恐れるのは、あんたにとっては『悪夢』だから」
「あ、悪夢…!?」

幻月の言葉に、紫は思わず聞き返す。
そんな紫に幻月は突然無表情になって、もの凄い早口で淡々と喋り出した。

「ダメね。やっぱり何も分かっちゃいない。でも説明するとすればそうねぇ、例えるなら私はパジャマ姿で坂を下っているす
 れ違う人間はどれもこれも生きているのか死んでいるのか分からないような顔をした者ばかりでも私は坂を下り続けていた
 かぜも冷たくなってくると私は大きな公園に着くそこには大道芸人達が死んだ魚のような目をして滑稽なショーを開いてる
 わそれを見る人間達も死んだような顔でただただそのショーを見続けているそんな時私に向かって暴言を吐く輩がいたすが
 たは見えないけど声のする方向は分かる私は声の主を殺してやろうと手に持ったコップを割り階段を駆け下り血塗れの手を
 しきりに振って声の主を探そうとしたすると目についたのは高台に次々と登っていく男達の姿わたしはこの男達が一体なに
 をしているのか気になり列に並んで見る事にした徐々に頂上が見えて来て私の番が近付いて来るするとこの男達は頂上から
 飛び降りている事に気が付いた私はそれを見てこの男達は力が欲しくてこんな事をしているんだなと悟ったその様子を黒い
 目と髪の女が手首をぐるぐる回しながら観察している私は時間も遅くなったので洞窟に入り家に帰る事にした私が坂を上っ
 て家に着くと私の妹も丁度帰って来たところだった私は嫌な予感がして家に入るのは止めた方がいいと言うでも妹は変な事
 を言わないでと言って家に入っていってしまった仕方がないので私も自転車を手に中に入っていくすると真っ暗な部屋の中
 ネットに繋がれたパソコンからの光だけに照らされた誰だか分からない少女がいたパソコンには血のように真っ赤な目をし
 ガリガリに痩せてて病的に白い肌をして顔中に黒い斑点があるポリゴンが表示されているその少女は私達の姿を確認するや
 いなや手に持った包丁を振りかぶり私の妹を…」
「五月蝿い黙れ!」

その幻月の話を、紫は大声で叫び遮る。
話の内容は、さっぱり分からない。
ただ話を聞いていると、とても気分が悪くなってくるのだ。
普段の紫なら、こんな事でいちいち取り乱したりはしないだろう。
しかし今の紫には、冷静に対処出来るだけの余裕はなかった。
最早、完全に幻月の手の上で踊らされている。
荒い呼吸を繰り返す紫を見て、幻月はショーでも見ているかのように笑う。
紫はその表情に苛立ち、我武者羅に幻月へと向かって行った。
だがそれは最悪の手。
得体の知れない相手に対して、無謀な特攻が自殺行為なのは言うまでもない。
しかし今の紫は、完全に冷静さを失っている。
幻月は手に取ったスペルカードを発動させ、そんな紫の攻撃を待ち構えた。

「渇雄『ジャスティス』!」

現れた夢幻妖怪は、向かって来た紫の一撃を鎌で受け止める。
そのままツインテールを揺らしながら鎌を振り、紫を弾き飛ばしてしまった。
更に無防備になった紫に、鎌を両手で持って構える。
途端に鎌からレーザーが放出され、追撃を紫に叩き込んだ。

「うぎああぁぁ!」

レーザーは凄まじい威力を誇り、紫に一撃で瀕死の重傷を負わせる。
最早、戦う力も気力も失い里へ落下していく紫。
だが幻月は更に痛めつけようと、魔力を手に集め落ちて行く紫に襲いかかろうとした。

「姉さん」

ところがそこへ夢月が声をかけ、幻月の攻撃を中断させる。
それに幻月は頬を膨らませて、不満そうに振り返った。

「何よ、折角いいところだったのに! 空気読めよ、クソビッチ! …て何、何回も殺されてるのよ」
「…………こっちは終わったわ」

そう言って夢月は後ろを流し目で見る。
そこには無数の妖怪が滅茶苦茶にくっついた、異様な塊が浮かんでいた。
その正体は夢月の能力により全身滅茶苦茶に繋げられた、かつての幻想郷の精鋭達。
もう以前のような戦闘能力はなく、ただ不気味に蠢いているだけだった。
しかし幻月は強大な魔力の熱線を放って、その塊を消し飛ばす。
そのまま熱線は博麗大結界にぶつかり、結界に大きな穴を開けた。
傷付いた事で博麗大結界は、自身の修復能力で穴を塞ぎ始める。
それに構う事無く幻月は夢月の方を見て、はっきりとした口調で声を出した。

「0点。可愛くない」
「仕方ないわ。素体が可愛くないもの」
「それもそうね」

そんな事を言いながら、幻月と夢月は日食の下で立ち尽くす。
するとそこへ6枚の翼を持つ女性が、里から飛び上がり幻月達の前に立ちはだかった。

「幻月! 貴方の野望もこれまでです!」

それは三幻想の一人、サリエル。
里の人間達に幻想郷からの避難を呼び掛けた、魔界に住む天使だ。
彼女は6枚の純白の翼を美しく羽搏かせ、真っ赤な瞳で幻月を睨み付ける。
だがそんなサリエルを見ると、幻月は退屈そうに口を開いた。

「で、あんた何がしたいの? 死にに来たの? さっき負けたばっかりだってのに」

その言葉にサリエルは、苦笑いを浮かべる。
同時にゆっくりと剥がされる頬のシップ。
そこには星型の真っ赤なタトゥーが刻まれていた。
途端にサリエルの翼から、無数に抜け落ちる漆黒の羽根。
それは空中を華麗に舞いながら、サリエルを覆い隠すように飛び始める。
やがて内側からの魔力により羽根が一斉に飛び散ると、そこにいたサリエルはエリスへと姿を変えていた。
これこそがエリスの持つ特殊能力。
一度見たものになら、何にでも化けられる能力だ。
この能力を使い、エリスはサリエルとして里に潜伏していた。
しかし幻月はボロボロのエリスを見ると、眉間にしわを寄せ始める。

「やっぱりあんたは騙せないか」
「当たり前でしょ? ところでどうしたの、その痣。私、そこまでやった覚えはないんだけど」
「気にすんなよ。どうせあんたは、お構いなしに襲って来るだろ?」
「私が甚振ってやろうと思ってた相手を、他の奴にやられたのが気にいらないのよ。
 それに今のあんたは簡単に死んじゃいそうで、あんまりやる気が起きないわ」

そう言うと幻月は欠伸をし出した。
どうやらすでに幻月は、エリスには興味がないらしい。
それにエリスはにやりと笑うと、ステッキをマイクに変え大声を張り上げた。

「そいつはよかった! こっちも時間稼ぎがしたくてねぇ! でもそれも、もう必要ない!
 長らく待たせたね、観客諸君! これからはロックなライヴが始まる! さぁ呼ぼう! 最高にロックなアーティストを!」

エリスはその言葉と同時に、元気よくマイクを振り上げる。
途端に空に広がっていた日食は、一気に蒼い月の夜空へと変わり出した。
すると里に描かれていた魔法陣が、月の光に応えるように蒼く強く輝き始める。
幻月はそれを見ると、熱線を放とうと里に向かって右手を開いた。
その手は突如伸びて来た弦によって、動きを無理矢理止めさせられる。

「やらせないって言っただろ。そこで大人しく見てな」

弦を放った主は、勿論エリスだ。
彼女が幻月の動きを封じた一瞬の間に、里の魔法陣は凄まじい閃光を放ち出す。
その光は空に向かって伸びて行き、里の中央に光の柱を作り上げた。

「さぁ出番だ! あんたのロックなソウル、響かせてくれよ! サリエル様ぁ!」

光の柱は徐々に細くなっていき、やがて弾け飛び消滅する。
その弾け飛んだ光の中から、美しい女性が姿を現した。
まるで女神のようなその女性、サリエルは瞑っていた瞳をゆっくりと開く。
その瞳は月のように透き通った、美しくも慎ましい蒼い瞳。
サリエルはそんな蒼い瞳で、じっと幻月を切なげな表情で見つめた。

「………もう、何年ぶりでしょうか」
「いちいち覚えてないわ」

三幻想のうちの二人の対面。
幻想郷の規模を超越する強者同士の出会い。
それは周囲の空気を凄まじい霊力と魔力によって、そこにいるだけで痛みを伴う程に張り詰めさせた。
だがそんな空気の中を物ともせず、夢月は鋏を手にサリエルへと向かって行く。
しかし夢月の前に突如エリスが、ステッキをマイクスタンドにして立ちはだかった。

「無粋な事すんじゃねえよ!」

同時にエリスはステッキを振り、夢月を思いっきり吹き飛ばす。
夢月は攻撃そのものは鋏で防いだものの、攻撃の勢いにより魔法の森へと落ちていった。
エリスはそれを見るとサリエルに向かって、親指を立てて無事を祈る。
それにサリエルがコクリと頷くと、エリスは夢月を追って森の中へと飛んで行った。
残されたサリエルと幻月は、お互いに見合ったまま動かない。
そこには実力者同士だという事以外にも、別の特別な理由があった。
やがてこの状況に飽き飽きしたのか、大きく溜め息を吐く幻月。
すると彼女は血走った目をギョロリと見開き、闇のような瞳でサリエルを見ながら言葉を紡ぎ出した。

「それにしても……里の人間を逃がすなんて、随分酷い事してくれるじゃない。私の楽しみなのよ? 知ってるでしょ?
 知らない筈ないわよね? 知ってるでしょ? 知ってるでしょ? 知ってる筈よ? 知らない筈ないわよね?
 私の楽しみなのよ? 知ってる筈よ? 知ってるでしょ? 知らない筈ないわよね? 知ってる筈よ?」
「………貴方にこれ以上、罪を犯してほしくなかったのです。
 里の人達とエリスには無理を言いましたが、それでも貴方にもう人を殺めてほしくなかった」
「罪? 私がいつ悪い事をしたって言うの? 人を殺める? それの何が悪いの?
 問題点を指摘するならまず問題点が問題である証拠を提示し問題点が問題であり修正するべき問題である定義を問だ…」
「お願いです! ………………魔界に帰って来てください。そして共に罪を償うのです」
「だから私は罪なんか犯してないって言ってるでしょ? それになんで、あんたが償うのよ。訳分かんない。
 分かんない。分かんあんい? わんあかんい? かんあいわんあひ? キッヒヒヒヒッ!」

頭を掻き毟りながら呟く幻月の壊れた言葉に、サリエルはそっと悲しそうに目を瞑る。
その瞳から真っ赤な涙が零れ落ちると、サリエルは瞳を開き幻月に向かってこう叫んだ。

「私が償うのはあの日、貴方を助けられなかった……間違った道を進む貴方を止められなかった罪です!
 共に帰りましょう! そして罪を償って、また一緒に暮らすのです!





 私の最愛の娘、ザラキエル!!」










一方で魔法の森へ飛び立ったエリスは、夢月と死闘を繰り広げている。
閉じた鋏を振りかざし襲い来る夢月を相手に、エリスはギターに変化させたステッキで音波弾幕を放って応戦していた。
鋏が振られれば木が薙ぎ倒され、ギターが弾かれれば大地が削り取られる。
お互い小細工を使っているような余裕はない。
一瞬の隙が命取りになる。
その凄まじい攻防に、魔法の森は徐々に姿を変えていった。
そんな中で夢月は、感じていた疑問をエリスにぶつける。

「何故サリエルに従うの? 誰かのいいなりになるのは、嫌いだと言っていた筈よ」
「私がいつサリエル様のいいなりになった! 私は誰にも支配されない! いつだってロックなんだよ!
 サリエル様はロックな御方だ! 私はそのソウルに惚れて、ファンになっただけさ!
 ファンだったら悲しむとこなんか見たくないだろ!? だから私はサリエル様の側近になった!
 泣き虫なサリエル様を泣かせない為に、あの御方にいつまでもロックでいてもらう為に!
 サリエル様が誰かを裁く事に涙するなら、代わりに私がそいつを殺す!
 私が返り血を浴びる事でサリエル様が自分を責めなくて済むなら、何百人だって元仲間だって殺してみせる!
 忠誠じゃない! 私はただのファンとして、私があの御方のロックを聴いていたいっていう私個人の欲で
 あの御方と共に戦ってる! 私は誰の命令にも従わないさ! 私は私のロックの為に生きている!
 ただ惚れた相手のロックを全力で守るのは、私のロックを貫く事でもあるんだよ!」

それにエリスは音波弾幕を放ちながら、自分なりの答えを叩き付けた。
飛んで来る大量の音波弾幕を、華麗にかわし続ける夢月。
その夢月が振り回す鋏を、すんでのところでかわすエリス。
激しい戦いは見る者を圧巻させるが、風は夢月に吹いている。
無理もない。すでにエリスは全身ボロボロで、本当はすぐに治療しなければ危険な状態なのだ。

「ぐっ……が…あ……」

もうこれ以上の戦闘は無謀に近い。
動き回ったが為に塞いだ腹の穴からも血を流し、エリスはその場に膝を突いてしまう。
最早、視界も歪み立っている事すらままならない。
だがそれでもエリスは、必死に夢月へと向かって行こうとした。
何が彼女をそうさせるのかは分からない。
しかし夢月にも、譲れない目的があるのだ。
夢月はゆっくりエリスに近付いていき、頭目掛けて無慈悲に鋏を振りかぶる。
もうこれまでか。そうエリスが諦めた次の瞬間、突然夢月は背後に向かって鋏を振り下ろした。

「………………」

一体何が起こったと言うのか。
今のタイミングで攻撃を外すなんてありえない。
ならば何故、態々外したのか。
そんな茫然とするエリスの視界に、粉々になった人形が映り込んだ。
人形は戦闘用にしては、やたら綺麗に愛らしく作られている。
その人形を作った人物に、エリスは心当たりがあった。

「………まさか……」
「五月蝿いわね。折角、最期の一時を楽しんでいたのに」

それは魔界の神にもっとも愛された娘。
大勢いる魔界人の姉妹の末っ子。
七色の人形遣い、アリス・マーガトロイド。
彼女は一言そう呟くと、エリスの様子を見て慌てて駆け寄っていった。

「!! 大丈夫!? エリス姉さん、怪我してるじゃない!」
「このぐらい平気さ。…………それより、まだ私を姉と呼んでくれるんだね」
「当たり前じゃない! エリス姉さんには、あんなに世話になったのに……」
「…………ははは、アリスだけだよ。私を姉と慕ってくれるのは」
「………ねぇ、こんな事したって何にもならないわ。どうせ幻月には敵う筈ない。せめて魔界に戻って少しでも…」
「らしくないじゃないか。力に屈するなんてロックじゃないよ。………それともアリスのロックは死んじまったのかい?」
「!!」
「……アンコール、聞いてくれないかな。アリスの……最高なロックを、もう一度聴きたいんだ……。頼むよ……」
「………………………」

エリスの思わぬ言葉に、アリスは驚き口を閉ざす。
そのままアリスはじっとしたまま、黙りこくってしまった。
その様子にエリスは苦笑いを浮かべると、ギターを杖代わりに立ち上がる。

「いや、いいんだ。無理を言って悪かったよ。やっぱり…」
「やるわ」
「……えっ」

ところがアリスは夢月の方へ振り返ると、真っ黒なグリモワールを取り出した。
グリモワールには錠ががっちりとかけられており、簡単には開けないようになっている。
その錠にアリスは魔力で作った鍵を差し込むと、振り向かずにエリスに話しかけた。

「その代わりお願いがあるの。魔法を使ってる最中の私を、絶対にエリス姉さん以外に見せないで」
「…………分かった。約束する」
「………悪魔の約束は絶対よ」

それだけ言うと、アリスは鍵を回す。
ガチャリという音を立てて、あっさりと外れる錠。
その瞬間、凄まじい量の魔力がアリスから放出され始めた。
それは普段のアリスからは、想像も出来ない程の膨大な魔力。
同時に真っ黒なグリモワールは、煌びやかな装飾の杖へと変わる。
それをアリスは空中で掴むと、夢月に杖を向け強い意志を持って身構えた。

「………まさか魔界に、こんな隠し玉があったなんて………姉さんに知らせるべきかしら」
「逃がさないわよ。私のこの能力は本来、秘密にしておくべきものなの」

そこへ飛び込んで来るエリス。
彼女は二人の間に立つと、漆黒の羽根を飛ばしアリス共々夢月から見えなくなる。
エリスはその羽根に包まれながら、誰にも聞こえないようにそっと静かに呟き出した。

「ほら、感じるかい? 最高にロックなソウルを持った奴は、まだこの世界にいるんだよ。
 もう私には、あんたを生で見る事は出来ない。自分の体を通してでしか、あんたの演奏を聴く事は出来ない。
 でもあんたのソウルが私の中にある限り、あんたのロックは私が死なせない。
 だから……あと少しでいい。あと少し、私にアリスのロックを守る力を貸してくれ」

やがて羽根が一斉に飛び散ると、エリスは劇場のステージのような姿へと変身している。
そのステージはカーテンが閉められていて
中にいる筈のアリスは、瞳と杖の放つ光が僅かに隙間から覗かせる程度にしか見る事が出来なかった。
だが内側のアリスからは、マジックミラーのように外の様子が見えている。
そのアリスから見えるのは外の景色だけではなく、ボロボロの舞台裏の姿もはっきりと見えていた。

「エリス姉さん…………」

それはエリスの生命力が弱まり、舞台裏まで変身しきれていない証拠。
このまま変身し続ければ、エリスの命が危ない。
そう感じて止めようとするアリスに、エリスはスピーカーを通じて話しかけた。

『気にするな! 私は自分の意思で、こうして戦っている!
 私の為を思うなら、余計な事は考えず最高のロックを奏でてくれ!』
「…………限界だと感じたら、すぐに変身を解いてよ!」
『OK! 最高のライヴ、期待してるよ!』

悪魔の約束は絶対、自分でも言った魔族のルールだ。
こうなったら何を言っても、今更やめる事はしないだろう。
そう考えアリスは、エリスの言葉を信じ杖を構える。
そして強大な魔力を放出させると、杖の先の宝玉を美しく輝かせ始めた。

「私にもポリシーがあるわ。戦いは常に知的に行わなくてはならない。力で圧倒する戦い方なんて、もっての外。
 いつ如何なる時も相手より少しだけ上の力で、人形を華麗に操りギリギリの勝負を優雅に演出する。
 それが私の戦いにおけるポリシー。でも貴方と戦うには、人形では力不足。だから奥の手を使わせてもらうわ。
 貴方より少しだけ上の力、具体的に言えば幻想郷最強クラスの秘奥義。今まで封印して来た七色魔法。
 これで貴方の相手をするわ。でもそれには此処は戦い辛い」

途端にアリスの周囲、数十m程の大地が宙に浮かび上がる。
そのまま三人を乗せて上がっていくと、ある高さでくるりとひっくり返り天地逆さまの戦場となった。
逆さまの戦場に立つ三人からは、上に幻想郷が広がり戦場の下に空があるように見える。
また戦場の床はいつの間にか市松模様のタイルに変わっており、その規則的な並びはある物を連想させた。

「……………なるほど。貴方にとって知的かつ優雅に戦える戦場……」
「チェス盤よ」







  • 幻想郷あんまり関係なくないかw -- 名無しさん (2011-05-22 21:02:18)
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