※このSSには独自の設定やキャラの崩壊、グロテスクな表現が含まれています。そういった展開が苦手な方はご注意ください。



































私の名前は犬走 椛、種族は白狼天狗です。
仕事は山の警備をしています。同僚が多いので殆どの日が休みですが。
でも警備の仕事が休みなだけで、やる事はいっぱいあるんです。
主な用事は上司に言われての新聞作りの手伝いですね。
完全な上下社会である天狗社会の辛いところです。
…………………さて、前置きはこのぐらいでいいですか?
実は私には野望があるんです。
それは警備隊の隊長になる事です。
私は天狗社会の最下層である白狼天狗、ほぼすべての天狗が関係的に上司になります。
そのせいで私が今まで、どれだけ苦汁を飲んできた事か…。
私が幼い頃から剣の修行に励んでいた裏で、他の天狗達は遊び放題。
そのくせ今は上司で、新聞作りの雑用に使ってくる始末。
私はずっと訓練してきた事もあり、そこらへんの天狗より遥かに強いです。
ですからこそ自分より弱い奴に頭を下げなきゃいけない今の立場が不満でならないんです。
しかし最下層からでは、ちょっとやそっとの事では上に立つ事なんて出来ません。
ですが警備隊長になると我ら天狗の長、天魔様の直属の部下になれるんです。
これは完全な上下社会の天狗社会において、トップに近い地位を得る事になります。
つまり警備隊長になる事は、私の得意な分野で上に立てる唯一の道なんです。

「……………」

そんな訳で私は今日も真面目に警備をしているのですが……暇ですね。
こう平和ですと私の力を見せ付ける機会もありません。
こんな事では何時になったら隊長になれる事やら…。
いっそ山に未曾有の危機とか訪れてくれませんかねぇ。

「…………?」

なんて思ってたら何やら飛行物体がこちらに近寄って来ます。
もしや侵入者? …………と思いましたが違いました。
あの飛行速度は天狗、それもかなりの実力者です。
これは上層部直々の昇格報告……な訳ないですよね。
あれは私を雑用に使おうと企んでる鴉天狗です。まったく嫌になりますよ。
そうしているうちに、もう目の前に来ているもんですから鬱陶しい。

「ふ~ん、貴方が椛ね? 噂通りの仏頂面だわ」

しかもいきなり失礼な……初対面の相手に言う事じゃありませんよ。

「…………何か御用ですか」
「あら、今日は朗報を伝えに来てあげたのよ?」

朗報……ですか。鴉天狗の朗報程、期待出来ない朗報はありますまい。

「ふっふっふ、喜びなさい! 貴方をこの私、射命丸 文の専属アシスタントに…」
「お断りします」
「…………………ええええええぇぇぇええぇぇぇ!?」

何ですか、その予想外って顔は。
なる訳ないでしょ、そんな雑用担当。
それに今、射命丸って名乗りましたよね?
射命丸といえば、鴉天狗のくせに人間に肩入れする不良天狗じゃないですか。
そんな奴、関わり合いにすらなりたくありませんよ。

「交渉決裂ですね。それでは私は警備の仕事があるので、とっととお帰りください」
「ま、待ちなさいよ! どうしたの!? 話じゃどんな仕事も真面目にこなす便利屋天狗だって聞いたのに……」

そりゃ仕事ですから。
というより便利屋って何ですか。
勝手にパシリ扱いしないでください。

「私の本職は警備です。それを変えるつもりはありません」
「そんな! 私は貴方の能力を高く買ってるのよ!? 下っ端警備なんて辞めちゃいなさい!
 貴方の千里眼と私のスピードがあれば幻想郷一の新聞記者になれるわよ!」

へぇ、随分大層な事を言いますねぇ。
ですが私が目指すのは天狗社会での出世、貴方の部下で一生を終えるつもりはありません。
そもそも幻想郷一の新聞記者って何なんですか。
戦場カメラマンとか嫌ですよ?

「何度頼まれても私は新聞記者にはなりませんよ」
「………意外と強情ね…。分かったわ」

ふぅ、諦めてくれましたか。
私の能力の凄さに気付いた点は評価しますが、これは警備でこそ活きる能力。
この力で私は警備隊長を目指すんです。
………………………ん? 何故帰らない?

「まだ何か?」
「交代の時間を待ってるの」
「はい?」
「引き抜きが無理なら上司として命令するわ! 警備勤務が終わったら私の取材に同行しなさい!」
「……………」

どうせそう来ると思ってましたよ。
これだから下っ端は嫌なんです。
絶対に命令に従わなければならない訳ではありませんが、出世の為には命令遂行率は高い方が有利。
隊長を目指すなら同行命令には従っておくべきなんですよ。
適当についてってある程度サポートするだけとはいえ、この後は休みたかったのに……これだから鴉天狗は。
本当、飛んでる時に木にぶつければいいのに。

「………分かりました。ただウザいんで何処か目障りじゃない所に行っててくれませんか?」
「……貴方、結構キツい事言うわね。聞いた話じゃ素直で従順な子だって言ってたのに」
「そんな奴隷天狗は幻想入りしました。私は媚びるべき相手にだけ尾を振るんです」
「何この子怖い」

そう、鴉天狗は態度こそデカイものの上層部の天狗ではありません。別に媚びる必要はないんです。
ですから適当に命令だけこなしておけばそれでいい。
後は冷たくあしらって、こんな不良天狗にはさっさと諦めてもらいましょう。













あれから何年か経ちました。
あの日から文様は度々、私を呼び出すようになりました。しつこい奴です。
そして私の陰の活躍のおかげもあって、文様の発行している文々。新聞は着実に人気を上げていきました。
しかしながら私の昇格の話は、なかなか見えて来ません。
それもその筈、相も変わらず平和な山では私の実力を活かす機会がないのです。
どうにかして上にアピールする事は出来ないものか。
そう悩んでいたある日、突然奴等は現れたんです。
守矢一味。幻想郷に突如現れた、外界の神達。
戦争の可能性を秘めた奴等の登場は、私にとって待ちに待ったアピールチャンスでした。
そんな私に与えられた任務は、守矢一味が我々に仇なす者かどうかを見極める為の監視役。
言ってしまえば天狗と神の争いが始まるかどうかは、すべて私の一声にかかっているという訳です。
警備職に就いて数十年、久しぶりに興奮しました。
これこそ千里眼の正しい使い方、まったく覚られる事無く監視が出来る私ならではの役目。
私はこの大役を無事やり切り、大天狗様に真実を報告しました。
『守矢一味に敵対意思、見られず』と。
結果、天狗は守矢一味を受け入れる事になりました。
私にとっては不服な結末でしたが、長の判断なので逆らう気はありません。
組織で上を目指す私にとって、長の命は絶対なのです。
…………ただ私は守矢をあまり信仰してはいません。
私達は守矢を『受け入れた』のであって、縋っている訳ではないのですから。
そもそも突然現れて信仰しろと言う方がおかしな話。
もっと謙って『受け入れてもらってる』事を自覚するべきですね。
実際、本気で信仰している天狗がどれだけいる事やら。
大体の天狗は私と同じ、表面上だけの信仰だと思いますよ。
後は新聞のネタにしたがってる天狗だけでしょう。
文様みたいな。

「さぁ! 今日こそ守矢家の特ダネをゲットすうぎゃあ!!」
「五月蝿いです。それになんか葱臭いんで黙っててください」
「うぐ………それにしたって盾で殴る? 普通」
「文様にはこれぐらいで普通です」
「………どんどん口が悪くなるわねぇ」

そりゃあ、これまでどれだけ貴方に付き合わされてると思ってるんですか。
文様の低俗な新聞の為に、毎日何時間も走り回されたら誰だって頭にきますよ。
個人的に嫌いってのもありますが。性格とか。
…………というか諦めませんね。
これだけ言われてまだ関わろうとするなんて、そんなに千里眼が魅力的ですか?

「ところで何しにこんな寂れた神社の裏に来たんですか?」
「え? 最初に言ったでしょ? ネタ探しよ」
「だからなんで神社の裏に?」
「分からないの? まったく、これだから白狼天狗は。その太眉は飾り?」
「帰っていいですか」
「待ちなさいって。この壁の向こうを見てみなさい」

まったく………こんなくだらない事の為に千里眼はあるんじゃないんですよ?
どうせ毎日ぶんぶん蚊みたいに飛び回ってるんですから、私に頼らず自分で探してくださいよ。
大体、壁の向こうに何があるって言うんですか。
……………………あれ? 着替え中?

「…………………」
「……………………」
「………………………誰かー。ここに変態がー」
「ぎゃー! 何するのー! 見つかったら台無しじゃない!」
「台無しも何もありませんよ。完全に覗きじゃないですか」
「覗きじゃないわよ! 真実を突き止めるのよ!」
「何ですか、真実って。馬鹿なんじゃないですか?」
「真実は真実よ! まだ謎の多い守矢家の真実を伝え、信仰アップに貢献するのよ!
 その為に貴方の能力でスリーサイズとか下着の色とか、そういう情報を…」

ダメだこいつ……早くなんとかしないと。
これは鉄拳制裁もやむを得ません。ちょっと前に殴った気もしますが。
すべては正義の為です。さあ、覚悟してください。鍛えに鍛えた私の一撃は強力ですよ。

「どう考えても覗きじゃないで…」
「さっきから境内で何してるんですか!」
「五月蝿い! この冷奴がぁ!!」
「うぎゃあああああぁ!!」

しまった。突然話しかけられたので、うっかり殴る相手を間違えてしまいました。
今、殴ったのは守矢一味の冷奴……じゃなくて東風谷 早苗様。
とりあえず泣きながら起き上って来たので、無事生きてるみたいです。

「な、殴る事ないじゃないですかぁ~!」
「あ~あ、泣~かせた~。椛が泣~かせうぐおあっ!?」

文様、ウザいです。

「すみません、大丈夫ですか? 別に殴るつもりはなかったんですが」
「あう……はい、何とか」
「よかったです。早苗様が無事で」
「……ところで今、冷奴って…」
「気のせいです」
「え? でも確かに冷…」
「気のせいです」
「…………そう…ですね」

いろいろそれましたが、結果的に文様の犯罪行為も止める事が出来ました。
一件落着です。帰りましょう。

「待ちなさいよ!」
「何ですか、文様。そろそろ帰って昼寝したいんですが」
「上司をおいて昼寝!? どういう神経してるのよ!」
「貴方に神経がどうとか言われたくないです」
「兎に角、まだ取材が終わってないわ! 明日の一面どうするの!」
「どうするって目の前に取材する相手がいるじゃないですか」
「…………ああ、そうだったわね」

というより最初から素直に取材してくださいよ。
何、堂々と覗きしようとしてたんですか。
本当、バナナの皮とか踏めばいいのに。

「それでは改めて………早苗さん! 今、何色の下着を履いてますか!?」
「………………えっ」
「………………………」
「…………………………」
「……………………………」
「………………………………」

………ちょっと距離をとらせてください。
飛び蹴りするんで。

「……このドアホがぁ!!」
「うぼああああぁぁ! な、何するの!」
「もっと訊く事あるでしょうが。今後の方針とか、天狗との付き合い方とか」
「他の新聞でやってる事やっても人気なんか出ないわよ! 文々。新聞は一人一人に密着した濃い内容で勝負するのよ!」
「いい加減にしてください。貴方の新聞、読者には評判いいですけど取材された側からは不評なんですよ」
「真実は暴くべきなのよ!」
「黙れ、この卑しいメス豚が」
「も、椛!?」
「あの、椛さん」

あら、話しかけられましたよ。
これは文様、断罪させられるかもしれませんね。
願わくば私は巻き込まれませんように。

「なんでしょうか」
「言わないとダメなんですか?」
「何がです?」
「…………その、下着の色……」

うわ、真に受けてる。

「言いたいんでしたら勝手にどうぞ」
「え? 言うの? め、メモ! 手帖を!」
「言いたくないですよ!」
「ちぇー」
「黙らないと、もう一発蹴りますよ」
「そんな横暴なぎゃあああぁぁ!」
「すみません。こんなダメ上司で」
「は、はぁ……」
「ほら、帰りますよ」
「ちょっと! まだネタが…」
「いいじゃないですか。『鴉天狗の暴走! 守矢の巫女にセクハラ発言!』とか書けば」
「嫌よ! 何が悲しくて自分の醜態、晒さなくちゃいけないのよ!」
「真実は暴くものなんでしょう?」
「ぐぬぬ…!」

今度こそ本当に帰りましょう。本気で眠いです。
え? 命令に従ってない? 私は文様にしっかりついていき、暴走を止めてるじゃないですか。
勿論、普通の取材の時はちゃんと協力してますよ。命令ですから。
言ってしまえば私の仕事は、上司の問題行動を止めるアシスタントなんですよ。
もっとも殴って止める必要はないんですけど。
それにどうせ文様の事です。後で一人で覗きに行くでしょう。
その時は止めませんよ。一人の取材は私とは無関係なんで。
別にそれで守矢とどうなろうが私の知った事ではありません。













それから少しの時が流れます。
相変わらず文様の取材は低劣ですが、山では大きな出来事がありました。
あの守矢がやらかしたんです。
なんでも幻想郷の産業革命と言って天狗に話もせずに、勝手に地底の妖怪に力を与えたとか。
天狗に受け入れてもらってるくせに、その天狗を差し置いて何処の馬の骨とも分かるぬ鴉に力を与えるなど言語道断。
ましてや相談もなしにとなれば、信者を蔑ろにしてるとしか思えない。
そう考える天狗が、守矢に対する非難記事を書き始めましたんです。
これに驚いたのは守矢一味。やる前に想像出来なかったんでしょうかね。
始めは産業革命は天狗にとってもプラスになるから安心して信仰していればいいという態度でしたが
非難が治まらないのを知ると、慌てて記者会見を開いて謝罪。
会見での動揺する早苗様に洩矢 諏訪子様が小声で指示を出していたシーンは、一時大きな話題になりました。
しかし結果的に信仰は大きく減少、守矢一味には辛いしっぺ返しとなった事でしょう。
…………そういえば八坂 神奈子様は会見に否定的だったそうですね。
最初に強気な発言をしていたのも神奈子様でしたし、もしかして周りの意見に鈍感なんじゃ…。
大丈夫なんでしょうか、この山。
しかし心配してもなるようにしかなりません。
私はただ出世を目指して励むだけです。

「………………」
「…………………」

今日はたまたま一緒になった姫海棠 はたて様と、食堂で昼食を取っています。
はたて様は記者としても天狗としても強い方ではありません。
ただ他の鴉天狗のようにふてぶてしくないので、鴉天狗の中では付き合いやすい方だと認識しています。

「…………最近どう?」
「いまいちですね」
「…………そう」

会話が乏しいように見えますが、いつもの事です。何の問題もありません。
はたて様はずっと喋っているタイプではありませんから。
元々はたて様は部屋で一人でいるのが好きなんだそうです。
ですからこうして外で会う事自体、とても珍しい事なんですが…。

「今日はどうしたんですか?」
「…………美味しい蕎麦屋さんがあるって念写したから」
「そうですか」

ちなみにこの食堂が話題になったのは三カ月前です。
そうは言っても味は今も健在、特にこの天ぷら蕎麦の味といったらもう……。
はたて様はたぬき蕎麦が好きらしいですよ。たぬきもいいですよね。

「もおぉぉみぃぃぃじいいぃぃぃ!!」

…………なんだか嫌な声が聞こえて来ました。
先に飛んで来る場所を予想して、盾を置いておきましょう。

「も…ぐうっ! ………ッ!! …………!」

見事に突っ込みましたね。大成功です。
声にならない程、痛いですか。仕掛けた甲斐がありましたよ。

「何か用ですか、文様。食事中ぐらい大人しくしててくださいよ」
「うっ……今日は食事に来ただけよ。たまたま椛を見つけたから飛んで来ただけ」
「そうですか。じゃあ帰ってください」
「相変わらず冷たいわねぇ。…………あら? そこにいるのは弱小記者のはたてじゃなぁい!
 どうしたの!? 引き籠りは辞めたの!? それとも記者辞めたとか!? 人気ないもんね~!」

さすが文様、期待を裏切らないウザさです。

「そんな訳ないでしょ、小蝿記者が。今日は美味しい蕎麦屋の噂を聞いて来たのよ」
「噂って何時の噂よ! トロ過ぎるんじゃない!? あ、店主! とろろ蕎麦一つ! ………あ、トロいだけにとろろ…」
「とろろの海で溺れてください」
「いや、そんな寒くないでしょ。今のは」

というよりチャッカリ近くに座らないでください。
文様と一緒だと蕎麦が不味くなります。

「ふ~ん、天ぷら蕎麦ね~」
「何ですか」
「蕎麦って言ったらとろろじゃない?」
「知りませんよ」
「そっちはそっちで天カスだし。あんた達、油っぽいのが好きなのね~!」
「ねぇ、椛。その剣でさっくりやっちゃったらどう?」
「奇遇ですね。私も同じ事考えてたところです」
「なんですぐ物騒な話になるの!? というより、なんであんた達そんなに仲いいのよ!」
「文が喧嘩売って歩いてるだけでしょ」
「違うわよ! 性格悪いのは椛の方よ! この腹黒天狗!」
「何言ってるんですか。私が腹黒かったら白狼天狗は皆、真っ黒ですよ」
「えぇ~……やだ何それ…」

実際、好きで雑用やる奴なんているんですか?
殆どの白狼天狗は鴉天狗なんて嫌いだと思いますよ。

「なんかやだ~……今まで可愛い部下だと思ってたのが、心の中じゃ嫌ってたとかやだ~…」
「ん、とろろ蕎麦来たわよ」
「ああ、こっち回して」
「……………文様って葱、入れるんですね」
「え? 入れるでしょ。普通」
「私、嫌いなんですよ」

どうもあの臭いがダメなんですよね。
ほら、葱って独特な臭いがするじゃないですか。
自分が食べるのも勿論、周りで臭うのも………臭うのも………。

「………どんだけ入れるんですか」
「私、好きだから」

ああ、どうりでたまに臭う訳です。
まさか葱が好きだったなんて。せめてニンニクならよかったのに。
ニンニクも臭いますが葱程は嫌いじゃないんですよ。
むしろ葱の場合、あまり臭わない玉葱も嫌いです。
何なんですかねぇ、本当。あの臭いは。

「入れるのは勝手ですけど、臭いんで喋らないでくださいね」
「何よそれー。葱臭いなんて言い掛かりよ」
「すでに葱臭いです」
「…………ていうか文、食べるの速っ」

うっ……臭って来ました。
お喋りな方が臭う物食べると最悪ですね。
な、なんか……気分悪くなって来ました……。
なんでこんな…………おのれ葱め……。

「ちょっと~、こっち向きなさいよ~。いつもの減らず口はどうしたの~? ん~?」

くっ……わざとやってる。もの凄く鬱陶しい…。
本当、全身とろろ塗れになればいいのに……。

「ほれほれ~、これか? これが怖いのか? ふっふっふ~」
「文、あんまり遊んでると蕎麦のび……ってもう食べちゃったの!?」

ちょっと、どこから葱まるまる一本出したんですか。
むしろなんで葱持ってるんですか。
ああー、頬に擦りつけないでください。
臭いがうつるじゃないですかー。

「そこでそうやって震えてるがいいわ! あっはははは!」

行くなら行くで葱を持ってってくださいよ。
どうするんですか、これ。
置きっ放しでも店の方が困るでしょうが。

「まずいわ、椛。文の奴、アレをする気よ」

なんですか。これ以上悪い状況なんて………まさか。

「アレ……ですか」
「そう、アレよ」

ああ、やりますね。あの顔はやります。
あれはアレをやりたくて仕方ないって顔です。
ですが今ならまだ引き返せますよ。早ま…

「店主、お代はあの二人が払うんで」
『やりやがったー!』

アレは最初に食べ終わった者が、後の者に代金を強制的に支払わせる卑劣な技。
この食堂が食券制じゃないという事を、まんまと利用されました。
今から頑張って食べても、文様の逃走速度には追い付けません。
これは…………万事休すか。

「まだよ!」
「はたて様…」
「まだ方法はあるわ! 文が置いていった葱を使うのよ!」
「………え?」

これで……どうしろと?

「さあ! 早く!」

ですから……何を?

「急いで! 早くー!」

ええい、もうどうにでもなれです。
なんか天狗の妖力でいけー。

「の、伸びたー!」
「なんだって!? ……あぎっひいいぃぃ!?」

あ、尻に刺さっちゃいました。

「ちょ、ちょっと椛……。尻は、尻はないわ……」
「すみません、なんかノリでつい」
「いいから自分の蕎麦代、払いなさいよ」
「分かったわよ……。ああ、ズキズキする」
「文様」
「何」
「お大事に」
「あんたがやったんでしょうがぁ!」













また少し時間は進みます。
ええ、私は未だに下っ端のままですよ。
実力も命令遂行率も悪くないのに何故…?
そういえば文様が絡んで来るようになってから、他の鴉天狗から雑用を押しつけられる事が減った気がします。
まさか文様が上層部に何か………いえ、文様にそんな権力はありません。
文様にあるのは無駄に速い動きとそれなりな容姿とウザさだけです。
ああ、後守矢がなんかやってました。
大体の天狗は『また守矢か』で流したんで詳しく覚えてないんですが。
確かバザーが成功で信仰がどうとか………本当に何なんですかね。
最近は天狗の信仰が少ないから、河童や人間に媚びてるって噂ですよ。
そんな河童にも私の知り合いがいます。

「………王手」
「あー! そう来たかー!」

彼女は河城 にとり様。よく将棋を指し合う仲です。
今も滝の裏で将棋を指しているところです。たった今、終わりましたが。

「いや~、椛は強いね~」
「それ程でも」

将棋は頭を使うので戦術考案の特訓にもなるんです。
いずれはこの駒達のように部下を自在に動かす事も出来るように、とは思っているのですがなんとも。
将棋が強いなんて司令官向きだと思うんですけどねぇ。
なんで出世、出来ないのでしょうか。

「そんなに強いならチェスもやってみなよ」
「チェスですか?」
「そう、私のお茶会仲間に凄く強い子がいてさぁ。椛なら互角に渡り合えると思うよ」

チェスの天才ですか。余程頭の切れる御方なのでしょう。
もしかしたら多くの部下を引き連れている、一組織の長かもしれません。
そうなら是非、隊長になるコツとか教えてもらいたいものです。

「今度紹介するよ。アリスっていうんだけどさぁ…」
「椛、覚悟ぉ!!」
「!!」

まさか……この滝の裏までやって来るとは……。
文様の執念には毎度驚かされます。
そこに痺れもしませんし、憧れもしませんが。
しかし不意打ちで満足して、ただの蹴りとは浅はかな。
そんなものは盾でカウンターです。

「…ッ!! くっ……うっ……」
「何ですか、また取材ですか? 今度は何処に行くんですか」
「…今日は椛がいつも何してるのか見に来ただけよ」
「私を記事にするつもりですか?」
「まさか、椛じゃ4コマにもならないわよ」

4コマにもならない……?
どんだけ私の日常、波がないと思ってるんですか。
……………なかった、ですね。

「じゃあ何しに来たんですか」
「だから見に来ただけよ」
「………………………」
「…………………………」

…………何を企んでるんですか。
あのネタに貪欲な文様が、ただ見るだけなんてそんな…。
まさか葱だけじゃ飽き足らず、他にも私の弱みを握ろうと?

「あ~、よかったら将棋する?」

にとり様?
こいつに情報を与えるのは危険ですよ?

「将棋? ふ~ん、椛にそんな趣味があったとはねぇ」
「悪いですか」
「そんな事言ってないじゃない。いいわ、私が本当の将棋を見せてあげ………何これ」
「へ? 何か問題でも?」
「なんでこんなに駒があるの?」

ああ、文様は大将棋をやった事がないんですね。
いつも忙しなく飛び回ってる文様では、じっくり時間をかける大将棋は縁遠いのかもしれません。
ですが私達はいつも、これしかやってません。分からないならおいていきますよ。

「文様」
「何」
「銅将、猛豹、反車、盲虎、麒麟、鳳凰、仲人、醉象、横行、竪行、奔王、獅子、鉄将、石将、悪狼、嗔猪、猫刄、猛牛
 飛龍、白駒、鯨鯢、飛鹿、太子、奔猪、飛牛、角鷹、飛鷲」
「な、何?」
「全部分かったら相手してあげます」
「え? ちょ…」
「始めましょう、にとり様」
「あ、うん。………いいの?」
「いいんです」
「椛ぃ~」

さて、大量の駒を扱う大将棋は、とても時間がかかります。
それをやる中で、一人だけ何もする事がない状況。
ましてや半分近い駒が分からない方にとっては、さぞ退屈な光景でしょう。
はたして文様は何時まで耐える事が出来るでしょうか。

「……………………」
「………………………」
「…………………………」
「……………………………」
「………ねぇ、椛」
「何ですか」
「私はどうしたらいいの」
「帰ったらいいんじゃないですか」
「嫌よ。折角来たんだもの、なんか面白いもの見つけないと」
「そうですか」
「……………………………………」
「………………………………………」
「………ねぇ、椛」
「今度は何ですか」
「そこの金鍔もらってもいい?」
「どうぞ」

………一口でいきますか。
蕎麦といい、もうちょっとゆっくり食べれないんでしょうか。
早食いは体にもよくないですよ。

「……美味しい。何処で買ったの?」
「私が作りました」
「……………えっ?」
「私が作りました」
「嘘でしょ?」
「そんな嘘吐いてどうするんですか」
「………………」

ええ、いろいろ出来るんです。
よく雑用とか、やらされてますから。
金鍔ぐらいなら簡単に作れるんですよ。
洋菓子は作りませんが。私が好きじゃないので。
……………って全部食べますか。
折角にとり様と一緒に食べようと作って来たのに。

「それだけ食べれば満足したでしょう。もう帰ってください」
「………そうね、他に葛餅とかあったら帰るかも」

まったく、この方は…。
図々しいにも程がありますよ。

「じゃあ千歳飴なんてどうです? 尻の穴に突っ込んで食べさせてあげますよ」
「……えっ」

………何故、顔を赤らめる。

「……明日の記事はいいんですか? 早く帰って作った方がいいですよ」
「………分かったわ。でも今度なんか作ってよ」
「気が向いたら考えてあげます」
「期待してるわ」
「気が向いたらですよ」

やって帰ってくれました。
これで将棋に集中出来るってもんです。
……ん? なんでにとり様は、にやにやしてるんですか?

「………椛も丸くなったね」
「何の事です」
「文のおかげかな? 昔よりいい顔してるよ」
「…………にとり様の番ですよ」
「あ、うん。ごめんごめん」

文様のおかげ? 何言ってるんですか。
文様のせいで気苦労が増えましたよ。
まったく、真面目に記事を書く気はないんですかね。
そんなんだから大会でも上位に入れないんですよ。
本当、うっかり下着履き忘れたまま飛び回ってればいいのに。













そしてまた適当に時間が飛びます。
ついに、あの守矢がぶっ壊れました。
早苗様が突然、妖怪退治がどうとか言って空飛ぶ船に突っ込んで行ったんです。
妖怪に信仰してもらってるんでしょとか、ツッコミどころが多すぎますが
なんでも前回の記者会見から精神的に参っていたらしくて
いろんなところに迷惑をかけてしまったと諏訪子様が各所で謝ってました。
さすがに呆れるのを通り越して、だんだん哀れに思えて来ましたよ。
あの神奈子様も、早苗様が服を着たまま浴槽で体育座りしてた時は危険を感じたとか。
もう守矢はダメかもしれません。
最初から信仰してませんでしたけど。
でも逆に同情のような変な信仰はもらったっていうから、世の中どう転がるか分からないものですね。
そんな事を考えながら、今は文様に呼び出された場所へ向かっている最中です。
なんか突然、大事な用があるとか言って来たんですけど何なんでしょう。
………此処ですね。文様もいますし間違いないようです。

「何の用ですか」
「椛、私は常々おかしいと思っていたわ。貴方の私に対する態度を!」

今更ですね。
確かに私は文様に特別冷たくして来ましたが、文様もやりたい放題してるじゃないですか。
お互い様ですよ。一方的に言われる事ないです。

「だから、この想いをはっきりさせる為にも貴方に戦いを挑むわ!」

戦いですか。
いつもやられてるくせに何を………と思ったら羽を生やして来ました。
本気って事ですね。
ならばこちらも本気を出さなければなりません。

「いいでしょう。貴方なら歯応えのある特訓相手になりそうです」
「…………椛が耳と尾を生やしてるところ、始めてみたわよ」
「普段から本気を出す天狗が何処にいるって言うんですか」
「……それもそうね」

これは私にとって都合のいい展開かもしれません。
文様は一応実力者。幻想郷最速の名は伊達ではありません。
それを降したとなれば、私の実力を大きく知らしめる事になります。
文様には悪いですが、この戦い利用させてもらいますよ。

「覚悟してください。私に勝負を挑んだ事を後悔させてあげましょう」
「後悔なんてしないわ! どっちが勝ってもね!」





…………文様は強いです。
それこそ私が想像していた以上に。
私の刃はすべてかわされ、逆に文様は何度も隙を突いて攻撃してきます。
ですが私だって修行を重ねた身、文様の攻撃など華麗に防ぎきってやりましたよ。
そしてお互い決め手を欠き五分五分の戦いが何時間も続いた後、ついに戦いは決着を迎える事になります。

「!!」
「………ッ!」
「………………お見事です、文様」
「ちょ、ちょっと! 今のは貴方の勝ちでしょ!? 最後の攻撃は確実に急所を捉えてたわ!」
「刀を折られては剣士として負けも同然です」
「剣士って貴方は警備兵でしょうが」
「刀の損傷具合を考え切れなかったのは私の落ち度です」

本当は負けを認めるのは嫌です。それも文様になんか。
ですが文様の実力は本物でしたし、刀を折られて勝ったのでは私が納得出来ません。
試合で破損した武器を使うのは反則ですから。

「………ところで何故このような事を?」
「……私は椛が苦手よ。愛想もないし、すぐ手を出すし。………でも、だから気になるのよ。
 他の白狼天狗と違って真正面からぶつかって来る貴方が、私をどう思っているのか。
 嫌いなら、とことん冷たくすればいいじゃない。でも椛は私を完全に拒んだりしない。そこが余計に分からないの。
 椛が一番力を入れてる戦いの中でなら何か分かるかと思ったけど……やっぱり何も分からないわ。
 教えて椛、貴方にとって私は何なの?」

……………私にとっての文様?
上司……ですけどなんか違う気が……。
尊敬はしてませんし迷惑もかけられますけど……でも……。
……改めて言われると……よく分からない……です。

「……昔は…嫌な上司でした」
「………今は?」
「…………………」
「………………今も変わらない?」
「…………よく分かりません」
「………そう」

なんか………どうしたんでしょう。
文様は嫌な奴で……でも最近はそんなに嫌いじゃなくて……どちらかというと突っぱねるのが普通のような……。
………なんと言うか……言われてみれば文様には文句も悪口も正直に言えるといいますか。
いつの間にかそんな感じで………確かに他の上司とは違う何か……何処か憎めないような……。
会うと罵りたくなりますが昔からそうだっただけで、別にもの凄く嫌いとかじゃ………。
…………やっぱりよく分かりません。

「椛。今夜亥の刻、また此処に来れない?」
「それは命令ですか」
「…………いいえ」
「なら行かないかもしれませんよ」
「それでもいい。でも私は待ってるから」

…………私は……。





………文様に呼ばれた時間から、すでに30分経ちました。
私は………どうするべきか悩んで、まだ家にいます。
文様は………私に何を言わせたいのでしょうか。
ただ真実が知りたいだけなのか、それとも………。
………行かなくていい。昔だったら即答だったのに何故か今は……。
まさか………私は………文様の事が……。
……………様子だけでも見てみましょうか。
別に気になるとか、そういうのじゃなくて………本当にいるか確認するだけです。
千里眼を使えば、文様が私を嵌めようとしていても分かりますからね。

「………………えっ」

う、嘘ですよね? この光景は……。
こんな……こんな事って。
………違います! ありえません!
た、確かに私の千里眼が間違いを映す事なんてありませんでしたが……今回が初めてかもしれないじゃないですか!
そうです! きっとあの場所に行けば、本当の事が分かる筈です!
ですから私は急いで……急いで……それで…!













気付いたら私は数百の低級妖怪の骸に囲まれて、噛み傷だらけの文様の亡き骸を抱き締めていました。



































最早どれだけ時が流れたのかすら分からない。
ただ守矢の巫女が世代交代してから、すでに随分経っていた。
あの日、文は低級妖怪の群れに襲われ死んだ。
幻想郷最速を自負していた妖怪とは思えないほど呆気ない最期だった。
その後、文の葬式は意外と多かったファンの手により執り行われている。
一方で私はあの日から悪夢に悩まされ続けていた。
あの日の光景、千里眼で見た文の最期の瞬間を度々夢で見るのだ。
なんとか気持ちを切り替えようと、服を替えたり髪を伸ばしたりいろいろ試してみた。
修行も徹底的にした。おかげで今は副隊長にまで昇進している。
だが何をやっても文から逃げる事は出来なかった。
あれからずっと何故あの時、会いに行ってやらなかったのかという後悔ばかりが胸を締め付けている。
私は………どうすればいいのだろうか。
あの日から私はずっと答えを求めて、文の最期の地を何度も訪れている。
だが未だに何の答えも見つかっていない。
もしかしたら文の亡霊が、私にしがみ付いているのかもしれない。
中途半端に気付いてしまった想いが、そんな考えさえ巡らせる。
最早、私の精神は限界に近い。
後悔に押し潰されてしまいそうだ。
誰に頼んでも、この心の淀みはどうにも出来なかった。
もう誰でもいい。
誰か私を助けてください。
私の中の淀んだ想いを、文へのどうしようもない感情を消し去ってください。




  • 半分痛い話だな・・ -- 名無しさん (2010-10-16 21:35:48)
  • 超展開ってレベルじゃねーぞ! -- 名無しさん (2010-10-21 23:22:20)
  • ギャグかと思ったらちょい重い話だったでござる -- 名無しさん (2010-10-22 06:51:05)
  • 椛いじめじゃない件について -- 名無しさん (2012-12-23 22:05:16)
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