74

「……どういう事?」

畳に頭をつける輝夜に問い掛けるエリー。
輝夜はそのままの体勢で喋り出す。

「合成妖怪の精神状態は、とても不安定なの。一度暴れ出したら本人達にも止められない」
「そんなの……私達だって覚悟の上…」
「違うの。貴方達は一時的に暴れてしまうのだと思ってるのかもしれないけど、本当はそうじゃない」
「……え?」
「合成妖怪は私の従者が作り出した者、だから私達の言う事を聞かなくては役に立たない。
 永琳はそう考えて、合成妖怪に暗示をかけて支配出来るようにしたわ。私の妖気で落ち着かせられるようにね」
「!!」

二人の頭の中に、最初に永遠亭を見た時の光景が蘇って来る。
あの時、永遠亭を包み込んでいた妖気は輝夜が意図的に流していたものなのではないか。

「私は更に自分の能力と、鈴仙の狂気の瞳を使って皆を正気に引っ張っている。それでもあの状態なの」
「そんな………それじゃあ……」
「………もし、私の能力の及ばない所に連れて行ったら……忽ち狂って周りにいる者全てを殺してしまうわ」

輝夜の言葉に、頭の中が真っ白になるエリーとくるみ。
それでは夢幻館に連れ帰る事なんて不可能、無理矢理連れ帰っても一生監禁生活になってしまう。

「……嫌よ………折角此処まで来たのに…」
「…ねぇ嘘でしょ? 元には戻せないし、家に帰る事も出来ないなんて……そんなの……」
「だから私は此処で合成妖怪達と暮らしている。それが私のするべき事だと信じてるから。
 それに皆いい子よ、辛い事なんて無い。むしろ今まで寂しかったから、皆と暮らせて嬉しいぐらいよ」

そう言って輝夜は二人に笑いかける。
輝夜なりに励まそうとしているのかもしれないが、今の二人にはその気持ちは届かなかった。

「……やだ……こんなの……」
「…えっぐ………幽香ちゃん……」
「………エリー………くるみ…」






75

幽香は歩く。
此処が何処だかは分からない。
ただ歩かないといけない気がして歩いていた。
やがて煌びやかな光に彩られた、近代的な場所に辿り着く。
そこは床や壁は色とりどりに輝き、多くの妖怪がひしめき合っている不思議な場所だった。
見ると一種のステージのようになっている所に、一匹の深海魚が浮いている。

「貴方は今の自分をどう思ってる?」

深海魚は語りかけて来たが、幽香は無視して歩き続けた。
やがて真っ白な世界に、落書きがたくさんある場所に辿り着く。
そこは地面も空も真っ白で、黒い落書きだけが浮かび上がる不思議な場所だった。
見ると落書きにしか見えない建物の上に、一匹の蛸がへばり付いている。

「貴方は自分のやるべき事をすべてやった?」

蛸は語りかけて来たが、幽香は無視して歩き続けた。
やがて石のような物で出来た家屋が、無数に並んだ場所に辿り着く。
そこは周りをフェンスで囲まれていて、隔離されたようになっている不思議な場所だった。
見ると突き出した棒の間に掛けられた黒いロープに、一匹の蛇が絡み付いている。

「貴方は自分のした事を後悔していますか?」

蛇は語りかけて来たが、幽香は無視して歩き続けた。
やがて空高くそびえ立つ、塔の天辺のような場所に辿り着く。
そこは地面が見えない程高く、何処か異世界のような不思議な場所だった。
見ると塔の階段だと思われる小屋のような物の上に、一羽の雀が留まっている。

「貴方は自分に起こった事がどうして起きたか分かる?」

雀は語りかけて来たが、幽香は無視して歩き続けた。
やがて無数のブロックが宙に浮かんだ、亜空間のような場所に辿り着く。
そこは闇の中にブロックだけが浮いている、とても奇妙で不思議な場所だった。
見るとブロックの一つに、一体の人形が置かれている。

「貴方は自分が何者だか覚えている?」

人形は語りかけて来たが、幽香は無視して歩き続けた。
やがて床に目玉が敷き詰められた、薄気味悪い場所に辿り着く。
そこは目玉がギョロギョロと、何かを探すように動いている不思議な場所だった。
見ると天井に、一匹の蜘蛛が巣を張っている。

「貴方は自分を信じられなくなった事はある?」

蜘蛛は語りかけて来たが、幽香は無視して歩き続けた。
やがてまるで荒野のような、荒れ果てた場所に辿り着く。
そこは空に無数の星が輝いているが、夜という訳ではない不思議な場所だった。
見ると空を飛ぶ、一羽の鴉が向かって来る。

「貴方は自分のいるべき場所は何処だと思ってる?」

鴉は語りかけて来たが、幽香は無視して歩き続けた。
やがて暗く不気味な、湿地帯へと辿り着く。
そこは沼の上に桟橋が掛けられ、小さな島に続いている不思議な場所だった。
そのまま橋を渡ると、そこにはなんと幽香がいる。

「貴方は誰?」
「………幽香ヨ」
「幽香は私、貴方は誰なの?」
「………私ハ…」

幽香が沼に目を逸らすと、水面に反射した鰐の姿が映っていた。

「そう、貴方は鰐なのね」

そう言って目の前の幽香は、背中に傘を突き刺して来る。
そして地面に標本のように固定すると、そのまま去っていった。
傷口からは止めどなく血が流れ出す。
だが突然目の前が真っ暗になると、次の瞬間には幽香は輝夜の膝の上にいた。

「大丈夫? だいぶうなされてたみたいだけど」
「……………」

輝夜の呼び掛けに幽香は返事をせずに俯く。
そして…






76

「お前達はどうしたい」

突然部屋に響いた声。直後に闇が集まり出し、中からルーミアが姿を現した。

「………来ていたのね、ルーミア…」
「直接会うのは久しぶりだな、姫君。だが今日は姫君に用がある訳ではない」

そう言うとルーミアは、エリーとくるみの方へ振り返る。
そして手を伸ばすと、不敵に笑い口を開いた。

「望みはなんだ、言ってみろ」
「えっ」
「幽香を助けたいのだろう? 私にどうしてほしい」
「そ、それは幽香ちゃんを元に戻して……」
「元に戻すとは具体的にどうすればいいのだ? 正気に戻せばいいのか? 体を人型にすればいいのか?」
「………さっきから何を言って………まさか……出来るの? 幽香ちゃんを助けられるの?」
「お前達次第だがな」
「!!」

その言葉を聞いた途端、二人の表情は明るくなる。
そして二人は話し合うと、ルーミアに向かって言葉を紡いだ。

「だったら正気に戻してあげて! 苦しんでる幽香ちゃんを見ているのは辛いもの」
「分かった。ただ先に言っておくが、お前達の力が十分でなければ失敗する。
 そして成功したとしても、お前達はその身を堕落させる事になる。お前達に幽香の為に悪に堕ちる覚悟はあるか?」

すると二人はお互いに顔を見合わせて笑う。
そのままルーミアの方に振り返ると、

「私達は幽香ちゃんを助ける為に此処に来た、それが全てよ!」
「悪にでも何にでもなってやろうじゃない! 私達の主は幽香ちゃんよ!」

そう高らかに宣言した。

「エリー……くるみ……」
「だそうだ。いい部下に恵まれたな、幽香」
「……エエ……」
「姫君、力を貸してくれないか」
「力? ………ッ!! 分かったわ、難題『輝くトラペゾヘドロン』!!」

炸裂する輝夜の弾幕。その弾幕をルーミアは闇に取り込むと、自身の周りに集め出した。
やがて闇が晴れると中から姿を現すルーミア。
しかしその姿は先程の変化とは別の姿となっていた。
頭は変化前と何も変わらず、背中には真っ黒な翼が生えている。
首から下は完全に闇と同化しているのか、闇が集まったような朧気な輪郭が人の形を作り出していた。

「準備は整った。よく聞け、幽香の部下達! これから私が幽香の闘争本能を引き摺り出す!
 お前達は私が幽香から闘争本能を分離するまでの間、幽香の動きを止めておいてくれ!」

そう言うとルーミアはベストを脱ぎ捨て、シャツのボタンを外す。
するとそこには巨大な目玉が三つ、闇の中から覗いていた。
その瞬間、一瞬で幽香の背中に移動するルーミア。
そしてその目玉が怪しく光ると、ルーミアの腕は幽香の背中の中へ入っていった。

「!! グガアアアアアアアアアアア!!」
「ゆ、幽香ちゃん!」

途端に幽香は咆哮を上げ、苦しみ暴れ出す。

「幽香ちゃん……待ってて、今助け出してあげる」
「これが本当の最終決戦ね……行くわよ、くるみ!」
「ええ!」

しかしこれも幽香の為とエリーとくるみは武器を構え、暴れる幽香に向かって行った。














77

「………ふざけないで」
「なんで貴方に幽香ちゃんを奪われなきゃいけないの?」
「……ッ!」

そう言ってエリーは輝夜の首に鎌を振り下ろす。
すると輝夜の首はゴロンと転がり、胴体と離れ畳を赤く染めた。
更に追撃と言わんばかりに、くるみは残った胴体に凄まじい量の弾幕を放つ。
やがて爆煙が消えると、そこには焼け焦げた人骨しか残っていなかった。

「……アア……」
「…ひめさま……」

その光景に茫然とする妖怪達。
しかしそんな事はお構いなしに、エリーは幽香を担いで窓から飛び出した。
後を追うようにして、くるみも外に飛び立って行く。

「え、エリー!?」
「何が姫様よ、幽香ちゃん一人も助けられない癖に」
「私達は私達の方法で、幽香ちゃんを救ってみせるわ」

そのまま二人は夜闇の竹林の中に消えて行く。
それを再生した輝夜が慌てて止めようとしたが、その時にはすでに二人の姿は闇の中に消えた後だった。

「……このままじゃ………幽香が……」

一方で二人は竹林の中を順調に進んでいた。
迷いの竹林とは言っても所詮は自然物、妖力を使って方向を確かめればなんて事はない。
やがて人里を越え、魔法の森へと差しかかる。
すると突然、幽香が激しく暴れ出した。

「ウグ……グガアアアアアアアアアアア!!」
「幽香ちゃん!? うっ!」

そのままエリーを払い除け、苦しみもがく幽香。
その体から禍々しい妖気が溢れ出し、幽香を霧のように包み込み始める。

「……一体、何が…」
「…そんな……妖力がどんどん上がって……」

暫くすると妖気の霧は晴れ、中から幽香が姿を現す。
しかしその姿は以前の幽香とは比べ物にならないほど、禍々しく変化していた。

「………あ……ぁぁ…」
「……幽香ちゃん………よね?」

耳は巨大な水掻きのようになり、口には半透明の巨大な牙が生えている。
更に舌は長く蛇のように伸び、腹は溢れ出る妖力で膨れ上がっていた。

「……………」
「幽香ちゃん…?」

しかし幽香はじっと、その場から動かない。
不思議に思い慎重に近付く二人。すると

「……あがっ!!」

突然舌がうねり、くるみの腹に突き刺さった。
そのまま天高く掲げられ、月明かりに晒されるくるみ。
だがそれで終わりではない。

「……ぅ……ぁぁ……」

なんとくるみの体が徐々に干乾びていくではないか。
よく見ると幽香の舌は、何かが中を通り脈打っている。

「………まさか…」

くるみの血を吸い出している。
エリーの頭にそんな考えがよぎった。
やがて舌を引き抜かれ、くるみの体が落ちて来る。
その顔は死の瞬間まで苦しんだような、凄惨な表情を浮かべ事切れていた。

「あ、ああ……嫌あああああああああああああああああああああああ!!」

咄嗟に逃げ出し、森の中に入っていくエリー。
だがその後ろをゆっくりと、幽香が追い掛けていた。

「嫌! 助けて! 誰か助けてぇ!!」

必死に逃げるエリーの全力疾走は、明らかに幽香の歩みより速い。
だからエリーが走り続ける限り、幽香に追い付かれる事はない筈だ。

「!!」

ところが何故か、エリーの正面から迫って来る幽香の気配を感じる。
まさか道に迷って回って来てしまったのだろうか。
そう考えたエリーは、慌てて道を引き返そうとする。

「なっ!!」

だが振り返ってみると、そこにも確かに迫って来る幽香の気配を感じた。
二つだけじゃない、四方八方から幽香の気配が近付いて来る。
ゆっくりとじわじわと、エリーを追い詰めるように大量の幽香の気配が近付いて来ている。

「ああああ……ああ…あああ……」

最早何が何だか分からない。
何故こんな事になっているのか。
自分は主人を助けようとしただけなのに。
狂っている。
何もかもが狂っている。
幻想郷そのものが狂っている。
なら私だけ狂っていないの?
私だけが正気?
世界が狂ってて私だけが正気?
それって私が狂ってるって事なんじゃ…

「あ、あああああああ!! あああアアあああアああああアアアああああアアああああアああああアアアあああああ!!」





それから数日後、魔法の森。
リグル・ナイトバグとメディスン・メランコリーは、いつものように集めた花を毒と蟲に守られた花畑に運んでいた。
今までは燃えてしまった幽香の花の代わりに、せめて花畑だけでも作り直そうという暗い気持ちで作っていたが今は違う。

「幽香、今帰ったよ」
「幸せ~だと~……君の云う~言葉が……」

花畑の片隅に作られた小さな小屋、そこで幽香は車椅子に座ってぼーっとしていた。
腕は異様な形をしており体も変化しているが、その顔は幽香本人に間違いない。
確かにあの日、幽香は死んだと永琳が言っていた。
しかし今こうして目の前にいる、それだけで二人にとっては十分だ。

「今日はプリムラを見つけたの。一緒に見に行きましょ」
「何よ~りも~……かけがえの無いも~の~……」

そう言ってメディスンは車椅子を押して花畑に行く。
そしてリグルが植木鉢に入ったプリムラを持って来ると、幽香の脚の上に乗せてあげた。

「綺麗でしょ? 幽香に喜んでもらえると思って、植え替えておいたんだ」
「過酷~なる~……この季~節~過ぎゆく……」
「……幽香もきっと嬉しいのね」

幽香はリグルとメディスンが偶然森の中で見つけた時から、この状態が続いている。
一日中虚ろな表情で歌い続け、話しかけても返事も全く帰って来ない。
だが二人にとっては、幽香が生きていてくれただけで満足だった。

「幽香もいろいろ辛い事があったんだよね。でももう大丈夫、此処には幽香を苦しめるものなんて何もない」
「だからずっと此処にいていいの。その方が幽香も幸せでしょ?」
「幽香を苦しめるものは誰一人として寄せ付けない。そんな奴は私が蟲の餌食にしてあげる」
「私の毒でじわじわと殺してあげる。だからもう何処にも行かないで」
「私達といつまでも一緒にいて」
「私達とずっと暮らして」
「誰も入れない」
「誰も入らせない」
「この花園で」
「未来永劫」
「死ぬまで」
「永遠に」
「愛してるよ、幽香」
「愛してるわ、幽香」
「そのあ~いだ~……護~るよ~最~後の~日まで~…………





 あっははははははははっはははははははははははははは!!!」





BAD END『Bad Apple』













78

「………ふざけないで」
「……ッ!」

そう言ってエリーは輝夜の首に鎌を振り下ろす。
すると輝夜の首はゴロンと転がり、胴体と離れ畳を赤く染めた。

「…エリー………?」
「……アア……」
「…ひめさま……」

その光景に茫然とするくるみと妖怪達。
しかしそんな事はお構いなしに、エリーは幽香を担いで窓から飛び出した。
そのままエリーは夜闇の竹林の中に消えて行く。
突然の出来事に、どうする事も出来ずに立ち尽くすくるみ。
すると後ろから死んだ筈の輝夜がやって来た。

「あ、貴方……今死んだんじゃ…」
「私は死なないの。それより早くあの子……エリーを止めないと…」
「……どういう事…?」
「幽香は私の能力と、鈴仙の狂気の瞳を使って正気に引っ張っている状態なの。
 もし私の能力の及ばない所まで連れて行ってしまったら……」
「!!」

このままではエリーの身が危ない。
くるみは窓から飛び出すと、羽を羽搏かせエリーの妖力を追って行った。

「……お願い、間に合って……」

しかし追えども追えども、エリーには追い付かない。
どうやらエリーも相当なスピードで移動しているようだ。
ところが突然エリーの動きが止まる。
そして徐々に妖力が小さくなっていき、

「……………」

完全に消えた。

「………嘘……」

がっくりと膝をつき、その場に座り込むくるみ。
死因は分かってる。正気を失った幽香に殺されたのだ。
死体を見るまで信じたくないという気持ちもあるが、今出ていったら自分も殺されるかもしれない。
それになにより、もしエリーの死体を見てしまったら正気を保っていられる自信がなかったのだ。

「あああ……ごめん、エリー……一緒に頑張ろうって言ったのに……」

くるみの目から溢れ出す涙。
それはゆっくりと頬を伝って流れ落ちた。





あれからどれぐらいの時間が経ったのだろうか。
気が付くと、くるみは竹林の中を歩いていた。
エリーは死んだ、もういない。
幽香を連れ帰る事ももう出来ない。
今のくるみは目的を失い、ただふらふらと歩き回ってるだけだった。
次第に空は明るくなり、夜明けが近い事を知らせる。

「………いっそ、このまま灰になるのも……」

最早くるみの目に生気は宿っていない。
何もかもがどうでもよくなり、ぼーっと日の出を待つくるみ。
そこへ怪しげな気配が近付いていた。

「……貴方は…?」
「……………」

気配の主は髪から服まで、全身黒尽くめの妖怪。
背中には奇怪な羽を生やしており、手には巨大な刀を持っている。

「………私を殺しに来たの?」
「……………」

妖怪は何も喋らない。
ただこちらをじっと見て、様子を窺っているだけである。

「…別に抵抗しないわよ。殺るなら殺ったら?」
「……………」

しかし何の反応も返さない。
何を考えているのだろうかと、訝しげな表情を浮かべるくるみ。
すると突然、別の気配が勢いよく近付いて来た。
その気配の主は妖怪の傍まで駆け寄ると、妖怪の刀を蹴り砕く。
途端に妖怪は意識を失い、砕けた刀は吹き飛び近くの川に落ちてしまった。
気配の主は妖怪を担ぎあげると、こちらに振り向く。

「珍しい気配がするから来てみれば、吸血鬼とは運がいい。こいつは金になりそうだ」
「………その姿…」

その気配の主には大きな赤い角が生えていた。
角には星を模った紋様があり、妖力は並の妖怪とは比べ物にならない。
腕にある注射痕が気になるが間違いなくこいつは…

「……鬼……」
「ご名答。地獄の鬼がお迎えに来たってとこかねぇ。抵抗は無意味さ。夜明けの近い今、吸血鬼のあんたに勝ち目はない」

そう言って鬼は、じわじわとくるみににじり寄って来る。
そして一気に駆け出すと、くるみの首に手刀を当てその意識を奪っていった。





度々意識を失うせいで、時間の感覚がおかしくなる。
最早、今何時で何処にいるのかも分からない。
ただ分かっているのは、気が付いたら両手足を縛られ暗闇の中にいたという事だけだ。

「……………」

暗闇は布で覆われているだけの単純な物、だが布が掛かっているのは大きな檻。
どうやらくるみは檻の中に閉じ込められているようだ。

「……………」

布の向こうでは大勢の妖怪がこちらを見ている。
すると突然、大きな声が聞こえて来た。

「それでは本日のメインイベント! 世にも珍しい本物の吸血鬼の登場だ!」

同時に取り払われる布、目の前が一気に明るくなる。
やがて目が慣れて来ると、無数の妖怪が好奇の目でこちらを見ていた。

「吸血鬼の生命力の高さと、弱点の多さは皆さんご存じだと思います。だからこそあらゆる用途に向いた万能性!
 弱点をチラつかせて隷属に! 丈夫さでいつまでも楽しめる愛玩用に! 貴重さからコレクションの一つとしても!
 さぁ我こそはという方は、お手持ちのプレートをお挙げください!」

次いで飛び交う数字の数々。
だが最早くるみには、そんな事はどうでもいいのであった。
エリーも幽香も、もう傍にはいない。
世界の全てが灰色に淀んで見える。
何も感じない。
何も考えられない。
次第にくるみの心は少しづつゆっくりと死んでいった。





BAD END『旧地獄街道を行く』













79

「なんで貴方に幽香ちゃんを奪われなきゃいけないの?」
「……ッ!」

そう言ってくるみは輝夜に凄まじい量の弾幕を放つ。
やがて爆煙が消えると、そこには焼け焦げた人骨しか残っていなかった。

「…くるみ………?」
「……アア……」
「…ひめさま……」

その光景に茫然とするエリーと妖怪達。
しかしそんな事はお構いなしに、くるみは幽香を掴んで窓から飛び立っていった。
そのままくるみは夜闇の竹林の中に消えて行く。
突然の出来事に、どうする事も出来ずに立ち尽くすエリー。
すると後ろから死んだ筈の輝夜がやって来た。

「!! 貴方なんで生きて…」
「私は死なないの。それより早くあの子……くるみを止めないと…」
「……どういう事…?」
「幽香は私の能力と、鈴仙の狂気の瞳を使って正気に引っ張っている状態なの。
 もし私の能力の及ばない所まで連れて行ってしまったら……」
「!!」

このままではくるみの身が危ない。
エリーは窓から飛び出すと、全速力でくるみの妖力を追って行った。

「くるみ、無事でいて……」

しかし追えども追えども、くるみには追い付かない。
どうやらくるみも相当なスピードで移動しているようだ。
ところが突然くるみの動きが止まる。
そして徐々に妖力が小さくなっていき、

「……………」

完全に消えた。

「………そんな……」

がっくりと膝をつき、その場に座り込むエリー。
死因は分かってる。正気を失った幽香に殺されたのだ。
死体を見るまで信じたくないという気持ちもあるが、今出ていったら自分も殺されるかもしれない。
それになにより、もしくるみの死体を見てしまったら正気を保っていられる自信がなかったのだ。

「あああ……ごめん、くるみ……私が誘ったりしなければこんな事には……」

エリーの目から溢れ出す涙。
それはゆっくりと頬を伝って流れ落ちた。





あれからどれぐらいの時間が経ったのだろうか。
気が付くと、エリーは竹林の中を歩いていた。
くるみは死んだ、もういない。
幽香を連れ帰る事ももう出来ない。
今のエリーは目的を失い、ただふらふらと歩き回ってるだけだった。
次第に空は明るくなり、夜明けが近い事を知らせる。

「………どんな夜にも必ず朝は来る、か……」

最早エリーの目に生気は宿っていない。
何もかもがどうでもよくなり、ぼーっと日の出を見るエリー。
そこへ怪しげな気配が近付いていた。

「……誰…?」
「ただの流離いの音楽家よ。素敵な音と幸せを探して、あちらこちらで演奏をしているの」

気配の主は二つの頭を持つ、奇妙な幽霊。
服は赤と白に中心で分かれており、活発に喋る白い方の頭に対し赤い方の頭は俯いている。

「………何しに来たの?」
「とても悲しい絶望の音色、まるで姉さんの演奏のよう。そんな音に呼び寄せられてやって来た、それだけよ」

幽霊は楽しそうにふわふわと浮かぶ。
そのままこちらをじっと見て、ただ様子を窺っている。

「…今は誰とも話したくないの、帰って」
「そうもいかない。貴方の心の音色は姉さんに似ている、放っておけないわ」

しかし幽霊は、その場に居座り続けている。
何を考えているのだろうかと、訝しげな表情を浮かべるエリー。
すると突然、別の気配が勢いよく近付いて来た。

「………何かあまりよくない音色が…ぐえっ!」

その気配の主は幽霊に向かって、大量の弾幕を放つ。
途端に幽霊は弾幕に被弾し、そのまま竹林の中へ吹き飛ばされてしまった。
それを確認すると、気配の主は振り返る。

「邪魔者の排除を確認、これより目標の捕獲に入る」
「………その姿…」

その気配の主には大きな翼が生えていた。
鼻は若干高く、手には大団扇を持っている。
片脚が義肢なのが気になるが間違いなくこいつは…

「……天狗……」
「ああ、分かる? そんなら話が早いわぁ、一緒に来てもらうで。うちらの大将があんたに会いたいゆうてんのや」

そう言って天狗は、エリーに手を伸ばす。

「……もうどうにでもなれ、よ」

エリーはその手を掴むと、天狗と一緒に飛んでいった。





やがて辿り着く妖怪の山、その山頂には要塞のような物があった。
そこからは目隠しをされて中に入っていく。
そして奥まで行くと目隠しを外され、一人の妖怪を紹介された。

「この御方がうちらの大将、伊吹 萃香様や」

そこにいたのは一人の暗そうな小鬼、すぐ傍には大量の酒瓶が置かれている。

「………何のよう?」
「いや、大した事じゃないんだ。ただ一杯やりたくてね」

そう言って萃香は酒を勧める。
とりあえず受け取るエリー。
やがて天狗が出て行き二人っきりになると、萃香は酒を飲みながら話し出した。

「あんたさぁ、私と同じ目をしてるんだよ。何もかも嫌になったって目」
「…………」
「私さぁ、元大将が倒れた代わりの代役リーダーなんだよ。でも気付いたらこの有様、皆傷付き死んでいった。
 最初は私がちゃんとすれば、何とかなると思ってた。でも違ったんだ。誰も私の事なんか見えちゃいない。
 この戦いは最初から、天魔派と引き抜き派の争いだったんだよ。私はそこに投げ込まれただけ。
 それに気付いたら、もうどうでもよくなっちゃって………こんなんじゃリーダー失格だよね」
「…………」
「だからさぁ…………私、けじめをつけようと思うんだ」
「………えっ?」
「反乱軍の基地に交渉しに行く。皆で手を取り合えば、リーダーがいなくても妖怪の山は立て直せるって」
「…………」
「………多分、私は殺される。でももしそれで何もかも終わらせる事が出来るなら……」
「…………嘘でしょ? 本当は自分の責任から逃げたいだけ」
「……やっぱり……分かるか」

萃香は瓢箪の酒を一気に飲み干す。
そのまま瓢箪を空にすると、隣の酒瓶に手を伸ばした。

「私の話は誰も聞いてくれない。でも何かあったら私のせいにされる。もう嫌なんだ………何もかも……」
「…………」
「こんな時、勇儀だったら見返してやれって言うんだろうなぁ………でももうダメだよ………私には……もう…」
「…………」
「……ごめん、愚痴ばっか聞かせちゃって。最期に話し相手が欲しかったんだ。付き合わせちゃって悪いね」
「………気にしてないわ、どうせ私にも何も残って無いから…」
「そうだよね。あんたの目、この世に未練があるような目じゃない」

そう言って萃香は立ち上がる。
大量の酒瓶はすべて空になっていた。

「ありがとう、逝って来る」
「いってらっしゃい」

萃香は帰らなかった。
戦いも終わらなかった。
エリーは誰にも何も言わず、幻想郷から姿を消した。





BAD END『妖怪モダンコロニー』













80

時は流れ、幻想郷に春がやって来る。
あれからというもの、エリーとくるみは幻想郷でふらふらと暮らしていた。
幽香を連れ帰る事が出来なかった以上、夢幻館に戻っても仕方ない。
あそこには、もう幽香はいないのだから。そう考え二人は幻想郷生活を続けている。
そんなある日の事だった。二人が竹林に建てた小屋で暮らしていると、突然誰かが訪ねて来た。

「…どちら様?」
「こんにちは」
「私達はとある物を探していてね、いろいろと話を訊きたいんだけど」
「…………」

その妖怪達はそれぞれナズーリン、雲居 一輪と名乗る。
一輪が連れている入道は雲山というそうだ。
彼女達は宝塔と呼ばれる物を探しているらしく、この辺りの妖怪に訊いて回ってるらしい。

「そういう訳で君達が何か知っているなら教えてほしい」
「姐さん復活は今の幻想郷を救う、唯一の方法なのよ!」

その言葉に反応するエリーとくるみ。
もしかしたら、この妖怪達は凄い者を復活させようとしているのかもしれない。

「生憎、私達は宝塔とやらは知らないわ」
「でも貴方達の理想には興味があるわ。話を聞かせてもらえるかしら」

するとナズーリンと一輪は顔を見合わせほくそ笑む。
そして二人の方へ振り返ると、嬉しそうに話し始めた。

「聖はすべての人間、妖怪を癒し救える唯一の存在だ」
「私達はそんな姐さんを復活させ、幻想郷を救うべく活動しているの!」

ナズーリン達の言葉にある可能性を見出す二人。
この妖怪達が復活させようとしてる聖とやらなら、幽香を助けられるかもしれない。
二人は藁をも掴む気持ちで、ナズーリンと一輪の手を握った。

「君達も救いがほしいんだね。分かるよ、その気持ち」
「まずは船に行きましょ。そこで詳しい話をしたいの」

言われるがままに、二人は空飛ぶ船に乗り込む。
すると一人の妖怪が出迎えてくれた。

「二名様ご案内~。説明会は未の刻になります。それまでは他の方々との雑談を楽しんでください」

そう言って奥に案内するのは村紗 水蜜。
そのまま二人が進んでいくと、そこには卓袱台を囲む様々な者達の姿があった。

「うぅ……最期に一杯やりたかっただけなのに……皆冷たくてさぁ……それでつい…」

そう言って瓢箪の酒を一気飲みしているのが伊吹 萃香。

「まあまあ、お互い苦労人同士楽しくやろうって。ね?」

そう言って萃香の肩を叩いているのが小野塚 小町。

「苦労人って……貴方は少し真面目になるべきよ。私達の目的は幻想郷の復興なのだから」

そう言って正座しているのが四季 映姫だと、一輪に説明された。

「貴方達は?」
「私達も貴方と同じ、救いを求めてやって来た者です。もっとも私は生ける者達すべての善行への道標となればと思い…」
「はいはい、長話はそこまで。新入りもいろいろあっただろうけど、此処じゃ全部忘れて仲良くやろ?」

小町は二人に酒を注ぎ、そう煽ぐ。
ところがそんな二人の前を、ふらふらと萃香が横切っていった。

「う……船酔いしたかも…………うっぷ…」
「す、萃香!?」
「とりあえず外に!」

そのまま三人は外に出て行く。

「……私達も行く?」
「…そう……ね」

なんかじっとしてるのも悪いので、エリーとくるみも外へと出て行った。
そんな二人の前に現れたのは、幻想郷中が見渡せるような大パノラマ。

「うえええええぇぇ……」
「ほらほら、しっかりしなよ」

そして紙袋に顔を突っ込んで震えている萃香だった。

「暫く風に当たってなさい。少しはよくなる筈よ」
「………うん、そうする」

そのまま外の景色を眺め出す萃香。
すると何かを見つけたのか、小町と映姫を呼び寄せる。

「……ねぇ、あそこにいるの紫じゃない?」

どうやら知り合いがいたようだ。
エリーとくるみも一緒に覗いてみると、確かに地面に二人の妖怪がいる。
そのうち片方は、妖気を空中に向かって放出していた。
しかし妖気はまともに飛ばず、時々渦を巻くものこそあれどすぐ消えてしまう。

「ありゃ、本当だね。何か妖気を飛ばしてるみたいだけど……何やってるんだろ」
「妖気の制御の特訓に見えるけど、あの紫に限ってそんな事………あら? あの妖気、こちらに飛んで来てるような…」

映姫の不安通り、妖気の渦の一つがこちらに向かって来る。
どうやら飛ばしたうちの一つが偶然上手くいって、そのまま空中を漂っているようだ。
やがて渦と接触し、大きく揺れる船体。
途端に船内にけたたましい音が鳴り響いた。

「緊急事態発生! 緊急事態発生! 総員船内に集合せよ!」

次いで聞こえて来る、村紗の声。
状況を確めるべく、慌てて五人は中に入る。
するとそこには神妙な面持ちのナズーリンと一輪に雲山、そして村紗がいた。

「何があったの!?」
「さっきの渦の影響!?」
「ええ。渦は周囲の気質を吸収して大きくなってるから、このままじゃ危ないって雲山も…きゃあ!」

再び大きく揺れる船体、しかしその衝撃は先程とは比べ物にならない。

「しまった……完全に渦に呑み込まれた………総員衝撃に備えよ! 墜落する!」
「ええ!?」

そして起こる凄まじい衝撃、船内は電源も落ちたのか真っ暗になる。
それから暫くの間、全員必死に船内にしがみ付き衝撃に耐え忍ぶ。
やがて轟音を響かせた後、衝撃は治まり船内は静けさを取り戻した。

「………ううぅ……皆、無事!?」
「……ははは……頭と腰の辺りからなんか変な感覚がするよ。何か飛び出しちゃったかな、こりゃあ……」
「うぐ……エリーは何処? 何故か真っ暗で何も見えないの。体も重いし……もしかしたら私ダメかも…」
「……私は此処よ……うっ……なんか気持ち悪い………萃香のがうつったみたい…」
「まずいな、一輪が酷く動揺している。何か落ち着かせる方法はないものか……」
「痛た………今日は珍しく饒舌ね、雲山。けど私は此処よ」
「……う~ん、随分飛ばされたみたい。誰か私の代わりに非常電源に切り替えてくれない? そんな暗くないみたいだし」
「…それなら私が操縦席にいるよ。……これかな? ………やっぱり逃げたバチが当たったのかなぁ…」

そう言って萃香はスイッチを押す。
途端に明るくなる船内、幸い大きな怪我をしている者はいないようだ。
しかし全員お互いを見て、目を白黒させる。
そしてそれぞれを指差して、全員同じ事を呟いた。

『なんで私がそこに!?』





NORMAL END『春の湊に』













81

「グギアガアアアアアアアアアアアア!!」

走って来るエリーとくるみを狙って、幽香は口に妖力を集め始める。
かわそうとする二人だったが、生憎そこまで部屋は広くなかった。

「どうするエリー!」
「真正面から突っ込んで止めるわ!」

かわせないのなら、止めるしかない。
そう判断したエリーは、一気に幽香の許へと加速していった。
徐々に狭まっていく二人と幽香の距離。
ところが誰もが予想しなかった出来事が起こる。

「………う……くっ………ダメだ……妖力が強すぎる…」

なんとここに来て、ルーミアが弱音を吐き始めたのだ。

「ルーミア!? どうしたの、ダメってどういう事!?」
「………大丈夫だ、分離は出来る。……だが……私の体が……」
「……ルーミア…?」
「幽香の妖力が流れ込んで………ぐあああああああ!!」

その瞬間、ルーミアの三つの目玉から熱線が放出される。
熱線は永遠亭の妖怪達を襲い、隣の部屋まで吹き飛ばしてしまった。

「………か、体が………妖力に支配されて。………うぐっ! 何なのだ、これは! どうすればいいのだ!?」

そのまま滅茶苦茶に熱線を放出し続けるルーミア。
ルーミア自身にも予想外だったらしく、最早自分では止める事が出来ないようだ。
そうしている間に、幽香の妖力は溜まり切ってしまう。
そして勢いよく、二人に向かって熱線を放った。

「う……あああああ!!」

熱線に呑み込まれるエリーととくるみ。
その意識は凄まじい熱線の前に、徐々に遠退いていく。
最早これまでか。そう諦めがよぎった二人の視界に、一瞬人影が映り込んだ。

「神宝『サラマンダーシールド』!!」





「……うぅ……」

あれからどれぐらいの時間が経ったのだろうか。
気が付くと、エリーはベッドの中にいた。

「エリー、気が付いたのね」
「…くるみ……私は…」

隣を見ればくるみが、ほっとした様子で座っている。
どうやら幽香との戦いで気を失ってから、だいぶ時間が経っているようだ。

「……そうよ、幽香ちゃんは!?」
「……………」

だがくるみは俯いたまま、何も喋らない。
するとそこへ輝夜とルーミアがやって来た。
しかし二人とも表情は暗い。

「………何よ……なんでそんな顔してるのよ! 幽香ちゃんは!? 幽香ちゃんは何処にいるの!?」

その言葉に反応するように、ルーミアが一歩前に出る。
そしてエリーに何かを手渡すと、

「それが幽香だ」

それだけ言って一歩下がった。
エリーが恐る恐る手を開いてみると、そこにあったのは小さな種。
種からは妖力も感じられなければ、妖気も流れていなかった。

「………どういう事…? ねぇ、どういう事よ!」

エリーはルーミアの胸座を掴んで問い質す。
するとエリーの手に、何か冷たい感触が伝わって来る。

「…………えっ」

ルーミアは泣いていた。
歯を食い縛り必死に涙を堪えながら泣いていた。

「……本当にすまないと思ってる。私の力が足りないばかりに……。お前達にはどんなに謝っても謝り切れない」

そう言ってルーミアは頭を下げる。

「あれだけ偉そうな事を言っておいて、この様だ。……本当に……本当に申し訳ない……」
「………ちょっと、どういう事よ。ねぇ、この種が幽香ちゃんって……」

そこへくるみが宥めるように、エリーの肩に手を置いた。

「ルーミアはね、私達が気を失った後も一人で戦ってたの。でもどうする事も出来なかった。
 暴走した幽香ちゃんの力は、それだけ強かったのよ。せめて……私達が一緒に戦えていれば……」
「……それで………どうしてこんな事に…」
「それは幽香が望んだ事よ」

そう言って輝夜が、エリーの前に立つ。
その目には涙が浮かんでいた。

「幽香はもう誰も傷つけたくなかった。もう……苦しみたくなかった……。だから……自分から……ルーミアに……
 ……………『私をただの花にしてくれ』って………」
「………そんな…」
「…私は断れなかった。あんな幽香の目を見たら…………」
「…………ルーミア……」

部屋に堪えるような泣き声が響る。
するとくるみは俯いたまま、そっとエリーの手を掴んだ。
言わなくても分かる、くるみも泣いている。
そして消え入りそうな声で、くるみは呟いた。

「帰ろう、夢幻館に。幽香ちゃんもきっと、帰りたいって思ってる」
「………うぅ……こんな……こんな事って…………うわあああああぁぁぁぁぁああん!!」

もうこれ以上は堪えられない。
エリーは人目も憚らず、大声で泣き叫んだ。





それから数カ月後、エリーとくるみは夢幻館に帰って来ていた。
あの日受け取った種は、春になってから庭に撒いた。
すると次の日には、一輪の綺麗な向日葵を咲かせたのだ。
それはまるで幽香のように、美しく気高く咲き誇っている。
その向日葵を見ていると何だか頑張らなきゃいけない気がして、二人は主人なき館を守り続けていた。

「そろそろ館に戻る時間ね」

湖周辺を見回りしていたくるみは、日の出が近付いている事を知ると夢幻館に戻っていく。
そして夢幻館の入口まで来ると、入口の番をしているエリーに声をかけた。

「お勤め御苦労様」
「そっちこそお疲れ様」

そう言うと二人は館の中に入っていく。
二人が暮らす館、夢幻世界の維持に必要な館。
幽香との思い出の詰まった館。
そんな夢幻館を守る為に、二人は毎日警備を続ける。
きっと頑張っている自分達を見れば、幽香も安心して咲き誇れると願って。





夏の花、向日葵。花言葉は『私の目は貴方だけを見つめる』





NORMAL END『Lotus Love』





  • ルート78の勇儀姉さんの注射痕はシャブに手を出したってことか?
    ああいう姐御は薬に手を出すと以外と堕ちるからな・・・
    まあ、てゐがシャブばら撒いたことが原因なんだろうけど -- 名無し (2013-03-01 19:59:51)
  • 勇儀の「珍しい気配がするから来てみれば、吸血鬼とは運がいい。こいつは金になりそうだ」=勇儀が奴隷商人になっていたってことだよな
    もちろんてゐがばら撒いたシャブを買うための資金稼ぎに。どうせこの幻想郷じゃ奴隷商売は正業=カタギの商売なんだろうし
    (作者さんお願いしますねw) -- 名無し (2013-03-01 20:06:10)
  • 勇儀が手を出したってことはあの場にいた他の妖怪も薬厨になっててもおかしくなさそうだな特にすいかとかキスメ辺り -- 名無しさん (2013-03-12 02:29:23)
  • この異変…だいたい永琳のせいでここまで規模が広くなったけど元の元凶はその永琳を狂わせる原因を作ったうどんげのことを悪戯でかき回して重傷負わせたてゐなんだよね魔理沙も大概だが
    ところでちょっと気になったことが
    アリスって何で最初からあんな狂ってたんだ?それからその悪人を生き返らせた神綺の意図がわからない
    いつまたあんな風に暴走するかわからないってのに
    単に親バカ? -- 名無しさん (2013-04-07 02:04:59)
  • そういえばなんでアリスは狂ったかいまいちわからん
    小悪魔がそそのかした、というのが理由らしい理由だけど希薄に感じるし、手段を選ばなけれければならないほど追い詰められていたわけでもなさそうだし
    ただ、小悪魔の言動が神綺をぶち切れさせたのは理解できるが


    元をたどれば危険地帯の太陽の畑をてゐに教えた魔理沙がいけないんだけどな。鈴仙も幼児退行しなかったし
    そういえば紫となったこーりんが妖力の練習してたけど、もう一人いたらしいから隣にいたのは藍かな?


    紫の姿と力を手に入れさせられたこーりんはこれから幻想郷を管理しなければならないし
    性格は紫よりずっとマシ?だから意外といい管理者になるかもな。嘘言わないし
    -- 名無しさん (2013-07-29 18:35:45)
  • そういえば紫は隙を突いて気絶したこーりんと入れ替わったけど、担ぎ込まれた永遠亭でモルモットにされるとは思ってもみなかっただろうなw
    自業自得だよ -- 名無しさん (2013-07-29 18:38:46)
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最終更新:2013年07月29日 18:38