翌日、廃墟と化した紅魔館が見える霧の湖の畔では幼い妖怪達が集まっていた。

「はい、パース」
「ふっふっふ、行くわよ! 必殺、パーフェクトフリーズ!!」
「く、空中で止まったー!」
「あ、そのまま落ちた」
「ダメじゃん!」

楽しそうにボール遊びしているのはそれぞれ宵闇の妖怪、ルーミア。
湖上の氷精、チルノに大妖精。そして夜雀の妖怪、ミスティア・ローレライだ。
元々この遊び場は五人の妖怪と妖精のものだったが、今は訳あって四人しかいない。

「リグルちゃん、どうしちゃったのかなぁ…」

その五人目こそ闇に蠢く光の蟲、リグル・ナイトバグ。
今まではチルノ達と仲良く遊んでいた彼女だったが、太陽の畑周辺で起きた妖怪連続襲撃事件を期に顔を出さなくなった。
最初は何より安否が気になったが、時々リグルの使いの蟲が様子を見に来ているので無事なのだと考えられる。
だがそれなら何故会いに来ないのだろうか。
もしかして動けないような大怪我をしているのではないか。
そう思い永遠亭を訪ねたが、確かに大怪我をして治療は受けているがすでに退院してるという。
結局あれからかなりの時間が経っているが、リグルの足取りは途絶えたままでチルノ達は会えずにいた。

「きっとあたいに勝つ為の特訓をしてるのよ! なんてったってあたいは最強だからね!」
「はいはい最強最強」
「でも心配だなー、連絡ぐらいくれればいいのにー」
「私達に話せない悩みでもあるのかなぁ…」

皆、リグルの事を心配してる。
それもその筈、実は先週頃から使いの蟲も現れなくなっていたのだ。
もしかしたら本当に何かあったんじゃないのだろうか。
皆が考え込んでいると、突然森の中から何者かがやって来た。

「あら、変な所に出ちゃったわねぇ」

来訪者の正体は霊夢だった。
ただでさえ他人が来る事の少ないこの場所に、霊夢がやって来るのはとても珍しい。
チルノ達は物珍しさから興味津々で霊夢の方へ向かって行った。

「………ふふふ、今度は妖怪退治ってのも面白そうね」

ところが霊夢はチルノ達を見ると、普段ならしないような不気味な笑みを浮かべる。
その直後、一気に駆け出しチルノ達との間合いを詰めた。

「……ふぇ?」

突然目の前に現れた霊夢に反応が遅れるチルノ達。
そして状況の把握が出来ないうちに、霊夢の放った霊撃で吹き飛ばされた。

「うわああー!」
「な、何!? 何が起こったの!?」

チルノ達は別々の方向に飛ばされ、散り散りになってしまう。
それぞれが混乱している最中、チルノの瞳にミスティアの背後に迫る霊夢の姿が映る。

「!! ミスティア後ろ!」
「え……」

咄嗟に振り返ろうとするミスティア。
だがそれより早くすでに真後ろに立っていた霊夢の結界が展開し、ミスティアを弾き飛ばす。

「あああああぁぁぁあああぁぁああああぁぁぁ!!」
「み、ミスティアー!」

ミスティアの体は結界に接触する事で焼け爛れ、辺りに肉が焼ける臭いが充満する。
弾き飛ばされたミスティアは地面をゴロゴロ転がると、力無くその場に倒れそれっきり動かなくなった。

「あああ……ミスティア! ミスティアあああぁぁ!!」
「れ、霊夢さん……どうして…」

突然の惨劇に泣き崩れ取り乱すチルノ達。
そんな中、ルーミアは一人で霊夢に向かって行く。

「ダメ! ルーミアちゃん戻って!」
「うわあああぁぁ! ルーミアああぁ!」

この時、ルーミアが何を思って霊夢に向かって行ったのかは分からない。
ミスティアがやられた事による怒りか、それともチルノ達を守ろうとする強い意思か。
だがどちらにしても、そんなルーミアの思いは強大な力の壁に押し潰される事になる。

「……『夢想封印』」
「!!」

霊夢がスペルカード宣言をすると、空中に色とりどりの光の弾が放たれた。
その全てが一斉にルーミア目掛けて飛んで行く。

「…うぅ…!」

必死にしゃがんだり転がったりしながら、光の弾から逃げ惑うルーミア。
だが光の弾は休む事無く、執拗にルーミアを追いかけてくる。

「あああ…!」

ついに逃げ切れなくなったルーミアは、ただひたすら空高く目指して飛びあがった。
まるで夜空に散る為に天に昇って行く花火のように。

「ああ、ああああ!」

そしてこの花火にも終わりの時が迫っていた。
光の弾はルーミアを嘲笑うかのように追い越し、周りを取り囲んでいく。
そして徐々に近づいて行き、ついにルーミアの体が光の弾に触れると

「うあああああああああああぁぁぁぁあああああ!!」
「ルーミアあああぁぁ!!」

昼空に大きく綺麗な光の芸術を作り出した。

「…ルー…ミア……ちゃん…?」

やがて光が消えて行くと、真っ黒になったルーミアが黒煙に包まれ現れる。
そのまま湖に落ちていくと大きな水飛沫を上げ、湖の中に消えていった。

「ミスティアああぁ! ルーミアああぁ!」
「さて、妖怪退治も済んだし次は貴方達ね」

泣き叫ぶチルノに、少しづつ無慈悲に近づいていく霊夢。
それに気付いた大妖精は、震える足を奮い立たせ霊夢の前に立ち塞がった。

「……大ちゃん…?」
「…なんで…ですか…? なんで私達がこんな目に……!」

大妖精が精一杯、声を張り上げて紡いだ言葉。
それを聞くと、霊夢は下卑た笑いを浮かべてこう答えた。

「そうねぇ、言うなら私が妖怪退治をする巫女で貴方達が妖怪だったってとこね」
「ひ、酷い……そんな理由で…」
「ううぅ……ミスティアと…ルーミアの仇!!」

すると突然、氷で作った剣を構えてチルノが霊夢目掛けて向かって行く。
だが止めようとする大妖精の言葉が届くよりも早く、霊夢の札がチルノを撃ち落とした。

「うぎうっ! ………うぅ…ああ!」
「ふふふ、そんなに死に急ぐならまず貴方から消してあげるわ。どうせ復活するし構わないでしょ?」
「!! チルノちゃん逃げてええぇぇ!」

チルノの目の前にはすでに霊夢の弾幕が迫って来ている。
ミスティアやルーミアの時とは比べ物にならない、致死量を越える威力の弾幕だ。
先程の札が効いているのか、もうかわすだけの力も残されていない。
これまでかと思ったその時、

「チルノちゃん!!」

大妖精がチルノを突き飛ばした。
慌てて振り返るチルノの目に、穏やかな笑顔を浮かべて弾幕の波に消える大妖精の姿が映る。
チルノが慌てて体制を立て直し霊夢の弾幕に向かって行った頃には、もう弾幕も大妖精も跡形もなくなっていた。

「あああ……そんな…大ちゃんまで……うわああああああぁぁぁぁぁああああああぁぁ!!」
「……何よ……自己犠牲なんて……ズルいじゃない……」

そう言うと霊夢は浮かび上がり、空の彼方へと姿を消す。
後には一番の親友を失い、何時までも泣き叫ぶチルノだけが残されていた。





丁度その頃、魔法の森の中を一人の男が歩いていた。
男の名は森近 霖之助、香霖堂の店主をしている。
彼はたまに出掛けては、珍しい道具が外の世界から流れてないか探しているのだ。
特に最近はよく見つかるので、自然と出かける周期も短くなって来ている。
もっとも道具が見つかりやすくなっているのは、博麗大結界の歪みが原因なのだが霖之助はそれを知らない。
ただ純粋に大漁を喜んでいるだけなのだ。

「今日はこのぐらいでいいかな?」

背負った風呂敷には、一般人にはガラクタにしか見えない物がたくさん入っている。
だが霖之助にとっては、これは宝の山なのだ。
意気揚々と帰り道を進んでいると、何やら草の陰で蠢く者がいる。

「……そこに誰かいるのかい?」

話しかけてみると、より一層激しく動き出した。
だが草陰から出てくる様子はない。
賢い妖怪が獲物を誘っているのかもしれない。
それとも知人がからかっているだけなのだろうか。
怪しい事この上ないが、幸い相手は草の裏。
一旦森の中に入って裏側から近付けば、こちらから正体がすぐ分かる。
早速入って見てみると、紫色のドレスを着た女性が縛られているではないか。

「!! 大丈夫か! 今、助ける!」

本来こういう時は妖怪の変化を警戒するものだが、相手はこちらの見知った妖怪。
悪戯なら笑い話で済むが、本当にピンチなら洒落にならない。
兎に角今は彼女、紫の救出を優先しなければ。
そう思い近寄ってみると、縄で縛られてるだけでなく猿轡までされている。
これでは助けも呼べない訳だ。

「一体誰がこんな事を……」

霖之助が猿轡を外してやると、紫は荒い呼吸を繰り返す。
やがて呼吸が整うと、霖之助をじっと見つめて言葉を紡ぎ始めた。

「霖之助さん……私よ、霊夢よ! お願い、話を聞いて」
「………なんだって!?」





一方、紫邸の前では橙が庭掃除をしていた。
藍が倒れた時はどうしようかと焦ったものだが、看病の甲斐あり今では藍も回復して部屋で休んでいる。
本人はもう心配ないと言っているが、あんな事があった直後に無理をさせる訳にはいかない。
そこで橙が庭掃除など出来る限りの事を手伝っているのだ。
決して作業効率がいいとは言い難いが、それでも少しでも藍を休ませたい一心で橙は張りきっている。
すると誰かがこちらに向かって飛んで来るのが目に入った。

「あ、霊夢」

飛んで来たのは紫を追ったきり、一日近く連絡の取れていなかった霊夢だった。
霊夢はゆったりと地に降り立つと、橙の傍まで歩いてくる。

「…あの、紫様は?」
「…………さあねぇ」
「無事、だよね?」
「……………」

ただ黙ったまま橙の目の前に立つ霊夢。
まさか紫の身に何かあったのではないだろうか。
橙が不安そうに見上げると、今まで無表情だった霊夢の顔が薄気味悪く口元を吊り上げたものに変わった。

「!!」

今、目の前にいるのは霊夢であって霊夢じゃない。
動物的勘が働き、咄嗟に橙は距離を取ろうと後ろに跳ぶ。
だが橙が地面に足を着くより速く、霊夢が突き出した祓い棒が橙の腹を捉えた。

「うぎゅあぁっ!」

そのまま吹き飛び、橙は壁に強く叩きつけられる。
崩れ落ちぐったりと地面に倒れる橙。
そんな橙を追い詰め楽しむかのように、祓い棒を手に霊夢がにじり寄って来る。

「……式神として主人の心配をするのは合格、でもすぐに私が霊夢じゃないって見抜けなかったのは不合格ね」

そう言って手にした祓い棒で、橙の頭をぺしぺしと叩く霊夢。
すると橙を吹き飛ばした霊夢の気を感じ、藍が家の中から飛び出して来た。

「橙!! ……それに……紫様…」
「随分寛いでるみたいね、藍」

藍に紫と呼ばれた霊夢は橙の頭を踏みつけると、藍に祓い棒を向けてにやりと笑う。
一方の藍は橙の無事が心配で気が気じゃない。

「……別に殺したりしないわよ、貴方の態度次第だけどね」
「!! …な、何故そのような御姿に……」
「ふふふ、これ? ただの変化じゃないわ、本物の霊夢の体よ。境界を弄って体を入れ替えたの。
 これからは博麗の地位と力で堂々とやりたい放題できるわ!」

高らかに笑う紫の足元で、意識が戻ったのかぴくりと橙が動く。
それに気付いたのかは定かではないが、紫は橙を掴むと藍の前に突き出した。

「さて、霊夢を嗾けたのはどっちかしら?」
「なっ! そんな事する筈が…」
「そう、藍はやってないのね」
「うっ…!」

これでは自分が否定すれば、橙が犯人という事になってしまう。
橙の身を守る為にもそれだけは避けなければ。
藍は両手を地につけると、深々と頭を下げた。

「わ、私が……私が霊夢に連絡しました……」
「……そう。自分の失態を棚に上げ、主人を追い出そうとしたのね」
「申し訳……ございません……」
「そんな悪い式にはお仕置きが必要、分かるわよね?」
「………はい」

これでいい、これで橙は助かる。
たとえどんな辛い目に遭っても橙さえ無事ならそれでいい。
藍は土下座したまま紫の制裁を待っていた。

「……………」

しかし何時まで経っても紫の制裁は訪れない。
藍が不審に思っていると次の瞬間、

「ぎゃああああああああぁぁぁあああぁぁぁぁ!!」

凄まじい悲鳴が辺りに響き渡った。

「ちぇ、ちぇえええええぇぇぇぇえええぇぇん!!」

悲鳴に驚き藍が顔を上げると、紫に掴まれた橙の足がおかしな方向に曲がっているではないか。

「な、何故……」

悪いのは自分なのに、何故紫は橙に仕置きをしたのか。
藍が疑問を浮かべていると、紫がおかしそうに口を開いた。

「だって、貴方にとっての最大のお仕置きは橙が傷つく事でしょ?」
「!! ……あああ…」

藍は心の中で己の選択を後悔した。
橙が傷つく事を避けようと嘘をついたばかりに、かえって悪い方向に向かってしまったのだ。
後悔する藍だったが、今更何を言っても時既に遅し。
周りには結界が張られ藍を取り囲んでいる、最早手出しは出来ない。
藍は紫の仕置きを見ている事しか出来ないのだ。

「貴方に恨みはないけど主の尻拭いは従者の役目、運が悪かったと思って諦めなさい」
「……………」

一方の橙はこれでよかったと思っている。
実際、霊夢に助けを求めたのも羽衣を持ち出したのも自分がした事。
罰を受けるべきは藍ではなく自分なのだ。

「それじゃあ、行くわよ?」

気付けば紫の手には大きな鞭が握られている。
だが今は恐怖よりも、自分のした事で藍が仕置きを受けずに済んだ事が嬉しい。
橙の小さな体に鞭が叩きつけられる瞬間、橙は誰にも気づかれずに微笑んでいた。













やがて辺りが夕焼けで赤く染まり始めた頃、紫の拷問は終わりを迎えた。
紫の目の前で壁に凭れかかっている橙は、体中に青痣を作り虚ろな表情で座り込んでいる。

「今日はこれぐらいで勘弁してあげるわ」

紫は後ろに振り返ると結界の中に視線を移す。
博麗の神聖な力で張られたその結界の中では、藍が咽び泣いていた。

「これで分かったでしょ? 主に逆らうとどうなるか」
「………はい」
「それじゃあ早く蓮子を探しに行…」
「そこまでよ!」

ところが突然、辺りに聞き覚えのある声が響き渡る。
同時にこれまた見覚えのある道路標識が飛んで来て、藍を封じていた結界を粉々に打ち砕いた。

「……!! 橙!!」

自由になった藍は慌てて橙の元へ駆け寄り、優しく抱きしめる。
対して紫は結界を砕いた人物の方へと振り向いていた。

「遅かったわね、霊夢」
「ええ、おかげ様で」

そこには紫の姿をした霊夢と霖之助が立っていた。
霊夢の片目には外の世界の物と思われる、変わった形の眼鏡が取り付けられている。
恐らく霖之助が持ち出した結界破りの為の道具なのだろう。

「紫、私の体を返しなさい」
「あら、貴方と何処かの魔法使いにだけは返してなんて偉そうに言われたくないわね」
「僕からもお願いだ、霊夢に体を返してやってくれ」
「…………そうやってまた皆で私を悪者にするのね」

そう言うと紫は空中に浮かび上がり、自身の周りに結界を張る。
藍を封じていた結界とは比べ物にならないほど頑丈で強力な結界を。

「何時も何時も貴方は正義の味方で私は悪役、こんなのおかしいじゃない!
 今は私が博麗の巫女よ! 正義は私にある筈だわ!」
「冷静になりなさい、私になったからって何でもしていい訳じゃないわ」
「う、五月蝿いわねぇ! どっちみち今の妖怪の貴方に、この結界は破れないわよ!」

冷静な霊夢とは真逆に感情を強く出す紫は、結界の中から無数の弾幕を繰り出した。
弾幕が地面に着弾する度に、辺りに爆煙と砂埃が舞い視界を遮る。
そんな中、藍は橙を連れて紫邸の裏まで逃げ延びていた。
このまま戦えば橙が巻き込まれる、そう考えての行動だ。

「ここで大人しくしてるんだ、分かったね」
「………藍……様……」

ところが橙はボロボロの体で必死に藍の服にしがみ付き、ぎゅっと強く掴んで離さない。
それを優しく振り払うと、藍はあの穏やかな笑顔で橙の頭を撫でてやった。

「私は大丈夫、だから橙は安心して待ってるんだよ」

藍はそのまま飛びあがり、紫のいる紫邸前まで戻って行く。
橙の呼ぶ声を振り切ってただ真っ直ぐと。

「くっ……ダメよ! 突破出来ない!」

一方、霊夢と霖之助は紫の結界に手を焼いていた。
いくら弾幕を放っても全て結界が打ち消してしまい、紫には一発も当たらない。
境界を弄ろうにも能力すら弾いてしまい、内側に入る事も出来なかった。
これではこちらが一方的にやられるだけで、何も出来ずに負けてしまう。
それが分かっているのだろう、紫の顔にも明らかに余裕の色が見える。

「どうしたの? 私の能力ってそんなに弱かったかしら?」
「……うぎぎ……まさか自分の能力にやられそうになるなんて…」
「大丈夫かい、霊夢!」
「ええ、なんとか。でもこの道具じゃ、あの結界の『目』は見えそうにないわ」
「それだけ強力な結界なんだろう。出来ればサポートしたいけど生憎戦闘用の道具は………霊夢危ない!」

突然霊夢の正面に飛び出す霖之助。
次の瞬間、霊夢目掛けて飛んで来た弾幕が霖之助の背中に命中する。
霖之助は霊夢に覆い被さるように倒れ、そのまま意識を失ってしまった。

「……霖之助さん? 霖之助さん! しっかりして!」
「…………またそうやって他人の為に自分を犠牲にして………やめなさいよ! 私が惨めになるじゃない!」
「……………ッ!!」

紫の言葉に血相を変えて睨みつける霊夢。
今にも飛びかからんとばかりに、隙間から取り出した道路標識を握りしめる。

「………ゆか…」
「紫様ああああぁぁぁああぁぁ!!」

ところが霊夢が向うより先に、紫邸の屋根から飛び立った藍が紫に向かって行く。
そして長く伸びた爪で結界を斬り付けると、霊夢の前まで一直線に降りて来た。

「うぐっ…!」
「……藍! 手が……」

ところが藍は着地と同時に膝をついて手を抑える。
見れば藍の手は結界に触れた事で、真っ赤に腫れ上がっているではないか。
結界の方は多少揺らいだだけで傷一つ付いていない。
だが藍はキッと霊夢の方を見ると、傷を物ともせず怒鳴り声を上げた。

「落ち着きなさい霊夢! 怒りに任せては勝てる相手にも勝てなくなるわ!」
「……! ………分かったわ、藍」
「誰が勝てる相手ですって?」

二人が話し合っていると、紫は一気に二人との距離を詰めて来た。
目の前に現れた紫に咄嗟に身構える霊夢と藍。
だが一歩早く紫の弾幕が炸裂し、二人を吹き飛ばした。

「……うぅっ…!」
「…くっ……こんな……」

大量の弾幕を受けた事で、霊夢と藍の体力も限界に近づいている。
そこへ紫が勝ち誇った顔で、二人のすぐ傍までやって来た。

「勝負ありね。これからは貴方達が境界の管理者、私は蓮子と二人の為の幻想郷を作りあげるわ。
 ふふふ、楽しみにしてなさい。二人の愛が作り出す素晴らしき世界を!」
「………そんな事……」

ボロボロの状態で必死に立ち上がる霊夢と藍。
だがもう弾幕をかわせるような力は残っていない。
最早決着は着いた。誰もがそう思ったその時、

「藍様あああぁぁ!!」
「ちぇ、橙!?」

いきなり紫に突っ込んで来た橙の爪が結界を捉え突き刺さった。

「うっ! ああああああぁぁぁ!!」

だが藍がそうだったように、橙の手も結界によって傷ついていく。

「やめるんだ橙! このままじゃお前は……」
「……嫌だ! ………藍様を……守るんだ!」

橙は藍の警告を無視して、爪をより深く立てる。
一方で紫は余裕の笑みを浮かべていた。
たかが式の式に、この大結界が破られる筈がない。
途中で痛みに耐えかね弾き飛ばされるに決まってる。
そう考え、紫は何もせずに様子を窺っていた。
ところが状況は思いもよらぬ方向へ転がっていく。

「………藍、様を………」
「…えっ?」

ほんの微かだが確かに今、ピシッという音がした。
大結界はあらゆる妖怪を寄せ付けない最強の結界、それが傷付けられる事などありえない。
なのに橙の手は少しづつ結界の中に入って行く。
しかし結界の中に入った橙の左手は、爪が剥げ皮も捲れていた。
更に奥に入って行くと、肉も溶け落ち骨まで露出していく。

「やめろ! もういい! もういいから……」
「そうよ、藍の言う通りよ! これ以上やったら腕が吹き飛ぶわよ!」

だが橙は力を弱めるどころか、どんどん奥へ手を伸ばして行く。
そしてついに左腕全部が入ると、

「……藍様を虐めるなああああああああぁぁぁあああぁぁぁぁ!!」

爆発が起こって橙の腕は吹き飛び、結界には大きなひびが入った。

「ちぇええええぇぇぇぇええええぇぇぇん!!」
「!! 見えたわ! 結界の『目』!」

咄嗟に藍が飛び出し、力無く落ちて行く橙を抱きかかえる。
そして同時に結界に出来たひびに、霊夢の道路標識が突き刺さった。

「行けえええぇぇぇええぇ!!」
「ヒィッ!」

霊夢が勢いよく妖気を流しこむと、ついに結界は音をたてて砕け散る。
そのまま霊夢は無防備な紫を羽交い絞めにすると、地面に降り立った。

「な、なんで大結界が……」
「大結界は清らかな巫女の肉体と魂があって初めて出来るもの。
 貴方の作った紛い物の大結界では、力は防げても橙の純粋な想いは止められなかったようね」
「そんな……御都合主義が……」

すると霊夢と紫を妖気の渦が飲み込んで行く。
以前紫がやった事を、今度は霊夢が紫の体で再現しているのだ。

「……『博麗 霊夢と八雲 紫の境界』」

霊夢がそう唱えると、妖気の渦は二人を飲み込んだまま爆発した。





「……うぅ…」

紫が気が付くと、すでに辺りは暗くなっていた。
体は元に戻っており、先程の戦いで酷く消耗している。
加えてすぐ傍では霊夢と藍が見張っているので、とても逃げ出せる状況ではない。
すると紫はまるで子供のように泣きじゃくり始めた。

「なんでよぉ! なんで皆で私の邪魔ばかりするのよぉ! 私は蓮子と幸せに暮らしたいだけなのに!」

その言葉を聞くや否や、霊夢と藍は神妙な面持ちで話し合い始める。

「不味いわね……。思ってたより進行が早いわ、すぐにでも隔離しないと」
「ごめんなさい、せめて衣玖だけでもと早まった事をしたばかりにこんな事に……」
「貴方は気にする事ないわ、主人の我儘に倒れるまで応え続けた貴方は従者の鑑よ」
「…ちょっと、何の話をしてるのよ…。進行って? 隔離ってどういう事?」

紫が顔を真っ青にして詰め寄ると、霊夢は腰を下ろし視線を合わせて来る。
そして一瞬、哀れみの目を向けるとにっこりと笑って話し始めた。

「紫、落ち着いて聞いて頂戴。貴方は病気なの」
「え?」
「本当は冬眠に入ってる間に治療したかったけど、こうなってしまってはそれまで持ちそうにないわ」
「ま、待ちなさい! 病気って何よ!」
「紫様、覚えていらっしゃらないのですか?」
「何よ……いきなり…」
「貴方は精神を歪められてしまったのよ」

霊夢はそこまで話すと、ゆっくりと立ち上がった。
そのまま一息吐くと、紫に説明し始める。

「これまでの状況から導き出した答えだけど、最初はごく普通の事故が原因だと思うの。例えば最愛の人が自分の力不足で
 大怪我をしたとか、あるいは…亡くなったとか。そうした状況に陥った者がショックで気が振れ、おかしくなってしまった。
 そして暴走し異変を引き起こす。それに逸早く気付いた貴方は、幻想郷を守る為歪んだ精神の境界に挑んだのよ。
 ところが逆に貴方は歪んだ気に飲まれてしまった。暴走した貴方は衣玖を蓮子という女性に変えて
 自分の理想を叶えようとしたわ。でも貴方を歪めた気は、それだけでは治まらなかった。
 貴方が開いた歪んだ精神の境界から、歪んだ気が厄となって溢れ出してしまったのよ。
 その上どういう訳か鍵山 雛が行方不明になってしまったせいで、幻想郷中に厄が溜まってしまった。
 溜まった厄は新たな悲劇を引き起こし更に歪んだ精神の持ち主を生み出す。中には厄そのものに取り憑かれて
 暴走する者まで現れ始めたわ。そして歪んだ気は歪んだ精神の境界に集まり、境界の影響を受けている貴方へ帰ってくる。
 貴方は帰って来たその気に取り憑かれた結果、更に正気を失いついには記憶すらも歪められてしまったのよ。
 そして貴方は自分が衣玖を蓮子にした事も、幻想郷を守ろうとした事も忘れてしまった。
 でも安心して、貴方は歪んだ気に取り憑かれているだけで本当に狂ってしまった訳じゃない。
 暫く私の結界の中で安静にしていれば、境界から気が流れ込む事もなく春には正気に戻れるわ」

そう言うとそっと手を差し伸べる霊夢。
その表情は穏やかな聖母のようだ。

「大丈夫よ、貴方は殆ど寝ているだけでいいの。そうすれば歪んだ気も少しづつ消えていくわ」
「う、嘘よ! 私を閉じ込める為の出鱈目よ!」

だが紫には霊夢の言葉は、とても信じられるものではない。
境界を操る妖怪が境界に狂わされるなど、あってはならない事なのだ。
それに霊夢の話では、蓮子は幻想郷に存在しない事になってしまう。
紫にとってそれは何よりも信じがたい話なのだ。
必死に紫が霊夢の話を否定すると、見下ろしている二人の表情が先程の哀れみを帯びたそれに変わった。

「おいたわしや紫様。誰よりも幻想郷を愛しておられた貴方様が、このような事になってしまうとは」
「私なんかよりよっぽど早く動いてたのに、本当に可哀想な紫」
「な、何よその目は…。やめなさいよ! そんな目で私を見ないで!」
「紫様…」
「紫…」
「やめて! やめてって言ってるでしょ!」

霊夢と藍の同情の眼差しは、紫のプライドをズタズタに引き裂いていく。
それは紫には、軽蔑や嫌悪よりもよっぽど辛い視線だった。
やがて精神が限界に達した紫の周囲で、三度妖気の渦が渦巻き始める。
だが同じ手に何度も引っかかる霊夢ではない。
渦に飲まれる前に距離を取ると、妖気が炸裂したところへ札を叩きこむ。
すると札が命中した紫は、その場に倒れ込み気を失ってしまった。

「紫様……」
「後は私に任せて、貴方は衣玖の捜索に専念して」
「……分かった」

霊夢は紫を抱きかかえると、神社目指して飛び立っていく。
藍はその後姿を心配そうに見送っていた。



































紫がいなくなってから数日後、紫邸では変わらない穏やかな時が流れていた。
食卓には藍が作った料理が並べられていく。
そのどれもが美味しそうで、藍の調子の良さを表しているかのようだ。

「…え~と『プリズムリバー楽団、解散! ファンの惜しむ声、止まず』ですって」
「そうか、やはり妹二人では厳しかったか…。無理させて悪いな、橙」
「そ、そんな! 私が好きでやってるんですから、大丈夫です!」

そう言って橙は片手で必死に新聞を開き、音読している。
折られた足は藍の妖術で完治したが、吹き飛んだ左腕は元には戻らなかったのだ。
だが橙は片腕でも一生懸命、藍の手伝いをしている。
愛する主の為、そして今も帰らない主の主の為。

「藍様、紫様の病気はいつ治るんですか?」
「冬が終わり春が来たら、また皆で仲良く暮らせるさ。それまで頑張ろうな、橙」
「はい! 藍様!」

二人は今日も仲睦まじく、幻想郷の境界を守っている。
この二人がいる限り、幻想郷が無くなる事はないだろう。
そしてこれからも境界は守られ続けていく。
また三人で幸せな毎日が送れるような平和な幻想郷が戻って来ると信じて。





一方で紫は、博麗神社の地下に造られた座敷牢に幽閉されていた。
牢には結界が張られ、周りの空間から隔離されている。
唯一霊夢の結界の張られていない扉も、藍により特殊な術が施されていた。
この結界は境界は勿論、音や臭いまで遮断する効果がある。
その為、手足を縛られ能力を封じられた紫の叫び声も霊夢には届いていなかった。

「大丈夫よ、紫。冬になったら眠ってる間に全て終わるから、それまでの辛抱よ」

当然この言葉も紫には届いていない。
だがそれでも霊夢は、毎日座敷牢を訪れ話しかけている。
それが紫の為になると信じているから。

「もう行かないと。少しでも博麗大結界を安定させるのが、今の私の使命なの」

紫を封じたので後は大結界さえ修理出来れば、これ以上厄が増えるのを食い止める事が出来る。
霊夢は紫に微笑みかけると幻想郷を救う為、座敷牢の前から去って行く。
それを呼び止めるように紫は必死に叫んでいた。
毎日繰り返されるこの光景だが、霊夢は未だ気付いていない。
紫がいつも叫んでいる言葉が『ボクハ、ユカリジャナイ』という事に。





やがて訪れる長い冬、それに先駆けレティ・ホワイトロックはいつもより早めに山を下りて来ていた。
何故ならこの頃、幻想郷中に陰鬱な気が流れている。
もしかしたら何か起こるのかもしれない、そう考えチルノ達が心配で急いでやって来たのだ。

「チルノ? いないの?」

ところがいつも集まっている場所に来ても誰もいない。
やはり突然来たのはマズかっただろうか。
レティが飛び立ちチルノの住み家に向かおうとすると、茂みの中に氷の羽が浮いている事に気がついた。

「そこにいたのね」

かくれんぼでもしている最中だったのだろう。
そう思い静かに茂みの中に入ったレティは、茂みの中の光景に驚愕した。
なんとミスティアとルーミアが、ボロボロで倒れているではないか。

「な、何があったの!?」
「……皆……大ちゃんも……」
「…兎に角治療しないと! 私が永遠亭に連れてくからチルノはそこで待ってて!」

レティは慌てて二人を連れて、永遠亭目指し飛んで行く。

「……レティ、あたいもっと強くなりたいよ……」

飛びゆくレティの後姿を見つめながら、チルノは小さな声でそう呟いた。





「……あの、映姫様?」
「…………」
「き、気にしたって仕方ないじゃないですか! クビになっちゃったもんはなっちゃったんですから!」
「…………」
「それにあんなの上の連中が悪いんです! 死者と流れてくる魂の数が合わないなんて私達のせいじゃありませんよ!」
「…………」
「ちゃんと調べれば私達が無実だって事ぐらい、すぐに分かるのに………ですよねぇ? 映姫様!」
「…………」
「……あ、あの……お昼採りに行きましょうか?」
「………そうね」








  • こーりんだったのか・・・・・・
    まるで意識があるのに行動できない患者が出てくる映画みたいだ・・・・
    題名は忘れたが -- 名無しさん (2009-12-26 18:30:33)
  • いつの間にかこーりんに変わってたとかそういうことか? -- 名無しさん (2009-12-26 19:33:53)
  • ギニューのボディーチェンジを想起した俺はスキマ送り -- 名無しさん (2009-12-26 21:32:34)
  • 嗚呼霊夢に死亡フラグが…… -- 名無しさん (2009-12-27 23:56:03)
  • 雛が消えたのは…ああやっぱり消されたのか -- 名無しさん (2009-12-28 10:35:46)
  • こーりん春になったら女湯行き放題じゃん -- 名無しさん (2010-01-08 23:51:24)
  • おいこーりんちょっと変われ -- 名無しさん (2010-01-10 01:36:22)
  • こーりんの肉体の紫→
    チン○が気になる→
    弄る→
    賢者タイム→
    全てを悟る紫→
    ハッピーエンドと予想 -- 名無しさん (2010-01-23 04:44:28)
  • ↑鬼才現る -- 名無しさん (2010-02-04 23:49:14)
  • 予想外な展開ですね。
    となると、本物の紫は・・・・ -- J (2010-02-05 13:10:42)
  • 一番上の※
    「ジョニーは戦場に行った」か…… -- 名無しさん (2010-02-12 03:44:35)
  • ラスト近くが怖かった…。 -- 名無しさん (2010-09-09 19:55:50)
  • 橙かっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
    と思ったのは俺だけじゃ無、い……よね?
    -- 名無しさん (2010-12-03 10:41:59)
  • 橙の勇姿に全俺が泣いた… -- 名無しさん (2010-12-07 20:31:53)
  • ちょっと俺の腕取って橙につけてくる -- 名無しさん (2015-12-30 07:40:40)
名前:
コメント: